いかんなぁ……。
「魔力の
利用価値がなくなった
「師よ、これは……」
予想外の突然の脱落者となった時臣ほどではなかったが状況が把握できずに困惑していたのは綺礼も同じだった。
師の心情を慮り努めて落ち着いた声で時臣に状況の確認を進言しようとした彼の頬には無意識に流れた冷や汗が一筋見受けられた。
「解らない……しかし……しかし、ああ」
今回の聖杯戦争の為に今まで積み重ねてきたあらゆる努力と苦しみが全て無駄になったことに時臣は目眩を覚えながらも何とか気力を振り絞って踏み止まると言った。
「何にせよ状況の把握が最重要だ。綺礼、アサシンの何人かを
「同感です。直ぐに」
心の底で自分でも気付かない内に芽生えていた聖杯戦争に対する期待が全て覆われるような不安を綺礼はこの時感じていた。
「『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を』《ファースト・フォリオ》!」
「…………」
皆が注目していた中キャスターは懐から取り出した本への執筆に熱中し始めた。
仰々しい挨拶と自信に満ち溢れていた態度からどんな宝具を出すかと思えば、宝具を芝居がかった台詞で真名開放してただ文字を書き始めただけだった。
「…………」
剣の柄を握っていたセイバーの力に
彼女が発する怒りの凄まじさについさっきまで矛を交えていたランサーも思わず怯み、我を忘れて暴走しないようにと落ち着かせまいとまでした。
「セイバー落ち着け。キャスターはその……真剣だ」
「…………」
フォローする言葉がこれくらいしか思い浮かばなかった事にランサーは軽くキャスターを恨んだ。
だがランサーの言葉は何とかセイバーに暴走を思い止まらせることに成功しており、確かに少し落ち着いてキャスターを見てみれば周囲からどれだけ痛い視線を浴びせられていても彼は真剣な表情で、時折執筆に対する幸福感か楽しさからか笑みを浮かべながらも夢中に筆を取り続けていた。
そして……。
「お待たせしました!」
満足したといった表情で本をパタンと閉じたキャスターは言った。
「……それで、貴方は何をしたんです?」
「ふふ、気付きませんか?」
「分かりません」
「すまんが俺もだ」
「ライダー?」
即答するセイバーに自分のフォローを無駄にしたのではと失望の目をキャスターに向けるランサー。
だがそんな気まずい雰囲気が立ち込めようとした中ライダーだけがマスターに問われて一人だけ他の者とは異なる答えをした。
「分からん。だがそれ故に予想はできるがな」
変化が生じていないのにだからこそ予想できる事とは何か。
キャスターは横目でチラリとセイバーより遥か昔に勇名を馳せた
「今私の
「え?」
「
「いったい何を――」
キャスターの言葉は理解できなかったが彼が自分の剣を強化したと言ったことにはセイバーは興味を持ったので手にしていた剣をふと見た時彼女は言葉を失った。
「どうしたセイバー?」
どうやら所有者以外には変化は伝わらないらしい。
だが所有者であるセイバーには解った。
今持っている宝具で『何が』できるかが。
「セイバー、貴方の剣、いろいろと封印が施されていて自分の意思では本来の威力は開放できませんよね? ですから私が擬似的に開放できる条件を創り出し、それを貴方の剣に付与しました。所有者である貴方なら解るはずです。いまその剣がどれほどの力を持っているのかを」
「な、何て事を……」
自分の宝具だから解る
それは世界の危機の時にのみ力の封印が解除され行使できる星をも破壊することができるとされる絶対破壊の力だった。
キャスターは後にその場限りの限定的なものだと言ったが、それでも一時的にでも封印を解除された
聖杯戦争がそれなりの規模の戦いになることは予想されたがそれでも星を破壊するほどの威力の必要性が生じるとは先ず思えなかった。
だからこそ封印されたままでもセイバーには何の問題もなかったのだが、その凄まじい力を際限なく使えるようになると話は別だ。
別に力の加減ができないというわけではない。
しかし必要がないのなら最初から使えない方が自分や周囲を危険に晒す事はない故に気も楽というものだ。
「キャスター本当にこの状態は一時的なものなのでしょうね?」
「勿論です。あくまでその疑似開放の状態は私の宝具が有効である間だけです」
「……そうですか。なら以降は私の許可なくこれはしないでください」
「承知しました」
何となく意外に思えたがセイバーの要求をすんなりとキャスターは受け入れて宝具の発動を解除した。
これは他にも何かできるなと彼女は思ったが、敵対するサーヴァントの陣営が2つも居る場で一応味方であるサーヴァントの宝具について追及する気にはなれなかった。
「ふむ、やはり余の予想通り局所的な変化であったか。それにしても作家の真似事が宝具など……いや、もしや本当にただの作家か?」
「如何にも」
セイバーからしたら戦においては何も自慢できないことなのにライダーの指摘を嬉しそうに肯定するキャスター。
だがそこから妙な親しげかつ楽しげな二人の会話が始まった。
「ほぉ、誠にそうであったか。いや、だとしたら大したものだ。ただの作家風情が英霊扱いされるまでに至るなど、貴様は余程飽くなき探究心と果てのない想像力を持っているのであろうな」
「ええ、ええ! それはもう! お褒めに預かり大変光栄です」
作家を含め
ライダーに褒められたキャスターは彼の賛辞に対して喜びを隠そうともせず誇らしげに口髭を弄ると恭しくお辞儀をした。
「いやぁ実に良い巡り合わせだ! どうだお主、ここは一つ余の事も著してはくれぬか? イリアスにも負けぬ心踊る物語が書けることを請け負うぞ」
「何ともそれは魅力的なお話! しかも彼の有名なアレキサンダー大王直々のお言葉となりますと私も流石にその魅力的な提案に己の心が揺らいでしまうのを抑えられませんね!」
「そうかそうか! では詳しい打ち合わ――」
「悪いが二人とも」
緊張感の欠片もなく親しげに話すライダーとキャスターに再び込み怒りが込み上げてきたセイバーに気を遣ってランサーが介入してきた。
「なんだ、今良いところなのだ。話は後にせい」
「ダメ!」
人間など比較にならない破格の存在である
イリヤスフィールである。
ランサーはその彼女に二人の視線が向けられたところで槍の矛先を先程から苦しげな声を上げて死にかけている
「そういう事だ。レディの嘆願を無碍にする事もできないのでな。ここは先ずあの男を助けてから話の続きをしても遅くはないだろう?」
ついにビルス様が全く出ない話が出てきてしまいました。
すいません。
話としても長いので近いうちに各話を合体した上で編集して話数を少し整理(減らし)したいと思います。
怠け癖がついてこの程度の文字数でも疲れたので感想返しも後ほど。