楽しい宴を邪魔された気分の幽々子は若干険のある顔で二人に話し掛けようとしたが、その時意外な人物がこんなことを言った――
「待ってたぜ!」
「んっ、んん……うまい、美味いっ」
「……」
目の前でご馳走を頬張り嬉しそうに舌鼓を打つビルスを八雲紫は不機嫌そうな目で見ていた。
場所は白玉楼。
ビルスが幽々子と魔理沙の戦いに水を差して一時緊迫した雰囲気になるも、既に疲労困憊だった魔理沙はその機を見逃さずすかさずビルスの側に回り込んで彼を自分の助っ人に仕立て上げたのだった。
そんな魔理沙のあまりにもその場辺りの身の振り方に、幽々子もそれが虚偽だという事を見抜けず、助っ人に仕立て上げられた当の本人のビルスとウイスも状況が理解できずキョトンとするだけだった。
「助っ人? あなたが……?」
幽々子はそこで初めてビルスが魔理沙の助っ人だという事に興味を持ち、かつ先程の自分の最大の弾幕を“くしゃみ”で消したらしい事も思い出した。
流石に自分のあの弾幕をただのくしゃみの一発で消した事は信じられるわけもなかったが、それでも幽々子は改めて彼を見ることによって徐々に彼から感じる異質さに気付いて更に興味を持ったのだった。
死角である頭上とはいえ、自分が弾幕遊戯の最中だったとしても、そう遠くない距離にいたあの者らの気配に私が気付かなかった……?
紫のようにスキマから覗いていたわけでもなく、自分と一緒の空間に居たにも拘らず?
そういえば、今も彼らは目の前にいると言うのにまるで命ある者から感じられる存在感をまるで感じない。
自分と同じ亡霊、あるいは幽霊?
いや、違う。
気配は感じなくても彼らは間違いなく生者だ。
これだけは長い間亡霊をやってきた自分の勘が間違いないと保証している。
ならばこの者らは……?
そして現在に至るのである。
今ビルスは自分に興味を持った幽々子に招かれ、彼女の住まいである白玉楼にいる。
広い和室の卓には彼女が用意したご馳走が所狭しと並べられ、直ぐにビルスの興味を引いた。
今その場にいるのは彼を含めて6人。
初めて居合わせた時に居なかった人物がその場には二人居た。
一人は同じ部屋で今彼と向かいの側に座って愉快でない顔をしている幻想郷の創造主である大妖怪の八雲紫。
そしてもう一人は部屋の外の庭でウイスと何やら太刀合いのような事をしている白玉楼の庭師にして幽々子の護衛を務めている魂魄妖夢だ。
「はっ、ふっ!」
木刀を握る妖夢の鋭い太刀筋をウイスは片手に同じ木刀を持ったまま難なく全て受け立つ。
ウイスはビルスの師である為闘いの心得は勿論あったが、そのスタイルはどちらかというと彼自身の経験から確立した我流に近い。
対して妖夢は今まで型にはまった“剣術”を一筋に真面目に学び切磋琢磨してきた。
故に彼女は己の剣術の技術と技に対して強い自信と自負があり、それがどう見ても適当な身のこなしのウイスに全く通用しないのが受け入れられず堪らなく悔しかった。
だがウイスも別に不真面目に対応しているわけではなかった。
妖夢が放つ太刀には全て真面目に応じ、自分に当たる前にそれを防御した。
ただそのやり方に少々問題があった。
ウイスは剣術の心得がないので敢えてボロが出易い“攻勢”には転じずに、ただ防御に徹していたのだが、それは玄人の妖夢からすれば『これは必ず当たる攻撃』が何故か素人の動きで防御が間に合うという結果になってしまっていたのだ。
それは単純に速く防御しているだけだったのだが、その速さが妖夢には残像という言葉でも生温く感じる程の瞬間的に受け立つ木刀が現れる現象に映った。
剣術における身のこなしは確実に自分に分がある、しかしにも関わらずその優勢をウイスは全て速さだけで覆していた。
妖夢にはそれが訳が解らず、受け入れられず、柄にもなく益々頭に血が上ってより強引な攻めをさせた。
「う……うぁぁぁぁ!」
ヒュヒュヒュヒュッ!
「お? はいはいはい、と」
「ふぁ!? う、うぐぅ……」
既に悔し涙まで滲ませて繰り出した渾身の攻撃がやはりあっさり全て防御されてショックの表情を見せる妖夢を幽々子は微笑ましく眺めていた。
「あら、ふふ……。あんなに熱くなっている妖夢は初めてねぇ」
「もぐもぐ……ふぅ。ん? まだやってたのか。あの子もよくやるね」
「いやいや、よくやるってもんじゃないと思うぜ? あたしじゃあんな攻撃防げないぜ」
ウイスと妖夢の太刀合いを呆れた様子で見るビルスと反対に感心した様子で魔理沙が言った。
因みに既にこの時点で幻想郷の春未到の異変は解決していた。
ビルスが白玉楼に招かれた際に、ふと話題で幽々子が今回の異変を起こした理由を話すと、ウイスが持ち前の便利な力で杖を使い、彼女が異変を起こして知りたかった事実を教えたからだ。
正直その内容は幽々子にとって大変興味深いものであったが、既に今の亡霊としての暮らしに満足していた彼女はウイスの話だけですっかり満足して自ら進んで集めていた春を解放して異変を終わらせたのだった。
『そうだったの……。なら私はまだ消えたくないからする事は一つね。今まで迷惑かけてしまったお詫びも兼ねて春をお返しするわ』
これで異変は解決、後は目の前の面白い客人にいろいろ話を聞いたりして宴会を楽しむだけ。
当然の様に客人面して同席している魔理沙も用意されたご馳走で鋭気を養おうと思った時だった。
『こんにちわ』
突如空間にできたスキマから八雲紫が現れたのだった。
紫がその場に現れ、現在もその場に居座っている理由は2つあった。
1つは関知していた異変が落ち着いたのでその異変の当事者の様子を見る為。
2つ目はその場に現れた際に目にしたビルス達だ。
幻想郷の創造主たる八雲紫は幻想郷で起こった異変は先ず確実に式神の八雲藍を通してか、もしくは自ら察知できるはずだった。
ところが幽々子を訪ねた際に自分の視界に入った妖怪の様な人物と謎の人間の様な人物は、実際にそこで目にするまで全く気付かないでいた。
これは紫にとって驚くべき事だった。
幻想郷を覆う結界に直接影響を与える事ができるのは基本的に自分と博麗の巫女たる博麗霊夢の2人だけだ。
そして個人が結界を出入りする以外では、外部からこの世界に人が迷い込む原因の凡そは自分であるにも関わらず今回はその事に気付けなかった。
これは一体どいうことなのか。
表面上はいつも通り飄々とした雰囲気に笑みを浮かべ得て余裕を崩さないでいた紫だったが、その時内心で幽々子と同じ事に気付いた。
(気配が……ない?)
そう、目の前にいる二人からは人間でも妖怪でも、はたまた神霊の気配すら感じなかった。
(一体どういう事これは……?)
果たして紫は幽々子と動機は似ていたものの、彼女よりはやや不安と危機感のようなものを感じ、館の主たる幽々子に同席の許可を貰い、ビルス達の正体とその真意を確かめるべく行動したのだった。
あまり話は進んでませんが、書いてて楽しかったのです。
ビルス様が弾幕ごっこする話は書くつもりです。
それまでどういう展開にするか、まだ考え中ですw