まるで台風一過。
魔女がいなくなった空には、そんな嵐が過ぎ去った後の様な青々とした空が広がっていました。
「ただいま」
「お疲れ様ですビルス様。如何でした?」
「暇潰しには程遠かったけど、まともに相手ができたのは僕だけだったのは確かだな」
「あの、それじゃあ……」
「約束は守ったよ。完全に破壊した。もう現れる事もないだろう」
「あ……そう……です、か……」
ビルスのその言葉に、ほむらはまるで全身から力が抜けてしまったかの様にその場にヘタりんでしまった。
「やっと……終わった……んだ。はは……」
それも無理からぬことだった。
今回は自分が直接動かなかったとはいえ、今まで幾度もワルプルギスの夜と戦ってきた彼女にとって、今回のこの結末はあまりにもあっけなく感じたからだ。
魔女が現れてからどれくらいで事は終わってしまっただろう?
10分? 15分? いや、もっと短かったはずだ。
とにかく今まで苦労してきた生涯の目的がものの数分で終わってしまったのは事実だ。
「こ、こんなに簡単に……」
未だに座り込んで肩を小さく震わせながら、何とか事実を受け入れてそれを喜ぼうと努力しようとしていたほむらだったが、そんな彼女の肩に優しくポンと手を置く者がいた。
「暁美さ……いえ、ほむらさん」
「マミ……」
「お疲れ様」
マミの笑顔を見た瞬間ほむらの目から滂沱の如く涙が溢れ出た。
「うっ……うぅ……! うわぁぁぁぁぁぁ……!!」
それはほむらの努力が、執念が報われた瞬間だった。
やっと事実を受け入れる事ができた彼女は、マミとまどかと、杏子にさやか、今まで必死に守ろうとしてきた大切な仲間達に祝福されることによって、ようやく自分の戦いが終わったことを自覚したのだった。
「ほむらちゃん……」
「ありがとな、ほむら……!」
「なんつーか……お疲れさん!」
感動でむせび泣くほむらを三人は、心からその労を労い、そして喜び合った。
「よく一人で頑張りましたねぇ」
「まぁ、アレ相手によく今まで諦めずにやってきたもんだよ。僕が来るまで持ち堪えていたのは正直大したものだと思う」
ビルスとウイスもそんな様子を満更でもなさそうな表情で眺めていた。
――そして数日後。
「ビルスさん、ウイスさん本当にありがとうございました」
「私からもお礼を申します。本当に、心から……感謝します」
「ソウルジェムの件もな! ビルスさん達にはマジで感謝してるぜ」
そこには魔法少女から人間に戻ったほむら達がおり、三人は一様に喜色の笑みを浮かべてビルス達に心からの感謝の言葉を贈った。
三人の元魔法少女達はビルスが魔女を倒して程なくして、お礼のついでとウイスに魂を元に戻してもらい、続いてビルスに魔法少女のシステム自体を破壊してもら事によって晴れて通常の人間に戻る事ができた。
故に今ではソウルジェムは、ただの空っぽの綺麗な飾り物となっている。
その際に戻された魂は、ウイスに話によるとほむら達だけではなく、世界に存在していた全ての魔法少女に効果をもたらしたとの事だった。
そして最後のビルスの破壊である。
これによって世の中に存在していた全ての魔法少女はいなくなってしまったらしい。
「元々あなた達が認識していた魔女という存在は、あのワルプルギスの夜という大きな存在をベースにインキュベーターが意図的に作り出したものだったのです」
「最初にその存在を観測した彼らはその力を利用することを思いついたのでしょう。ソウルジェムは暁美さんの言っていた通り魔女生成の装置ですね。どんなに用心しても心の弱い人間なら勝手に魔女になると踏んだのでしょう」
「そして、これは憶測ですが、ワルプルギスの夜はこの作られた魔女を自身の能力に反映させていたとものと思われます。元々自分の力から作られたものですから、それを取り込む事くらい容易だったことでしょう」
「では何故アレはそんな事をしたのか。それは恐らく自身の世界に干渉する力に魔女も取り込むことによって、より劇的に確実にどの世界にも自分が望む結果を演出する為だったものと思われます」
「しかしその力の元となる根源もビルス様によって破壊されてしまいました。なのででもう魔女が発生する事はありませんよ」
何故知り合ってから幾日も経っていないウイスがここまでの真相を推理できたのかは謎だが、彼が最後に披露した魔法少女と魔女のシステムの真相はこんなところだった。
そのあまりにも趣味が悪い内容に皆、気分の悪そうな顔をしていた。
「キュゥべぇひどい……」
そう口にしたまどかの顔はセリフこそ前と同じだったが、その目は明らかに以前とは違って激しい怒りに燃えていた。
どうやら彼女は魔法少女にならずして今までの経験による影響から人間的に芯が強くなったらしい。
「インキュベーターは他にもいるの?」
自分たちの運命も変わり、魔法少女でもなくなったとはいえ未だにインキュベーターの存在を懸念していたほむらはビルスに聞いた。
「取り敢えずこの星にいたのは全部破壊したけど、多分他の場所にもいるんじゃないかな」
特に気にもしていない様子のビルスの言葉だったが、そんな何気ない一言でもほむらが焦燥感を露わにするのに十分な効果を持っていた。
「そ、それじゃあまた世界のどこかで同じような事が……。いえ、また私達のところでも……!」
「その心配は恐らくないと思いますよ」
ほむらの言葉に他の面子も動揺するなか、ウイスが言った。
「彼らには互いの情報をリンクし合い、同期する力があります。以前ビルス様に星を破壊された事に加えて今回のご活躍、これらの情報は全て彼らも既に認識しているはずです。つまり……」
「これに懲りちゃってもう大人しくするって事?」
さやかが面白そうな顔で答えを予測した。
「その通りです。彼らだって次がない事くらいは分かっているはずですから」
「それってどういう事だ?」
ほむら達とは途中から合流した事もあって、その時の話を知らない杏子が好奇心から詳しい理由を聞いてきた。
「2度も僕の機嫌を損ねて生きながらえているのは幸運だって事だよ。3度目は無い」
実に解り易い答だった。
彼らは既にビルスを2度も怒らせていたのだ。
「なるほどね……」
憎い敵だったはずだが、怒らせた相手が相手だけに何となく同情してやりたい気持に杏子はなった。
「まとめとしてはこんなとこだろう。ほむら、これで願いは叶ったかな?」
ビルスの言葉にほむらは彼を正面から見ながらハッキリとした口調で言った。
「はい。これで私の願いは全て叶いました。ビルスさん、もう何度目かになるけど本当にありがとう」
「いいよ。プリンの美味しさと比べたら簡単な事だったし。それで満足しているなら僕も言う事はない」
「あ……」
マミが何か思う節があったのかつい声をあげてしまった。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ。これは私たちの問題なんですけど。事情も知らずに人間に戻った他の魔法少女の子の事が……」
マミらしい人の事を思いやった心配だった。
そんな彼女の様子を安心させるようにウイスが微笑みながら答えた。
「その事なら大丈夫ですよ」
「え?」
「巴さん達の魂を元に戻すついでに他の方の魂も一緒に元に戻した時に、更についでにこれまでの経緯を記憶として全員に送りましたから」
「そ、そんな事もしていたのですか……」
感謝する気持ちこそ間違いなくあったものの、ウイスのそのあまりもの万能ぶりに驚嘆の表情をマミは浮かべた。
「相変わらず細かい事に気が利く奴だな」
「ほほ、そうでなければ一体いくつの星がムダに破壊されていた事か」
「むぅ……」
「ふふっ……」
ウイスのさり気ない皮肉に言い返せずにそっぽを向くビルス。
その様子にまどかは本当にこの二人はどっちが上で下なのか分からないなと内心おかしく思うのだった。
「それじゃあそろそろ行くかぁ」
「え、もう行っちゃうの?」
まるで親しい友達が何処か遠くに行ってしまうのを悔やむ様に、残念そうな顔をさやかはした。
「プリンも食べる事ができたし。ほむらの願いは叶えることができたし。取り敢えずここにいる理由はもうなくなったしね」
「それじゃぁ、また……プリンじゃなくても美味しいお菓子を用意したら来てくれたりしますか?」
何となく茶目っ気のこもった目で微笑みながらマミがそう言うと、それに対してはビルスも嬉しそうにこう答えた。
「ほう、美味しいお菓子か……。うん、気が向いたらご馳走になり行こう」
「ビルス様ズルい! こほん、巴さんその時は是非私も一緒にご相伴に預からせて頂いても?」
「ええ、勿論です♪」
ビルスとウイスの掛け合いに笑いながらマミは快諾した。
「あんたには感謝してもし足りねーのに、もう行くのか……」
「また会えるって。そりゃあたしだって寂しいけどさ。一緒に待てばいいじゃん」
寂しそうに呟く杏子に肩を回して励ますさやか。
どうやらこの二人はいつの間にか割と仲良くなっていたらしい。
「じゃ、もう行くよ。プリンごちそう様」
「それでは皆様ごきげんよう。お菓子を食べに来た時にでもまたお会いしましょう」
「ビルスさんまたね!」
「元気で……待ってるわ」
「ビルスさん、ウイスさん待ってますね」
「絶対来てよ!」
「あたしも待ってるからな。また来てくれよ!」
口々に別れを惜しむ声を掛ける少女達にビルスは一瞬だけ神らしい厳かな表情をして言った。
「ああ、またな」
その一言の後、ビルス達は光の柱となって一瞬で消えた。
少女達は彼らが消えた空を眺めながら、また会える、きっと会う。
と、心に誓うのだった。
はい。
以上で「まどマギ編」終了です。
ペースが遅くなりがちですがエタはしません。
読んでいただいている方はこれだけは信じてもらえたらと思います。
次は……まだ決まってませんw