ヒュームから渡された地図に従って海上を走っていたが、ここは目印が何もない海の上。すぐに迷ってしまった。
「やべぇ、森の中ならともかく海の上で遭難とかシャレになんねえぞ…」
つい先日遭難した俺としては流石にこんな短期間で二度目の遭難はしたくない。
大体5,6時間は走り続けただろうか、どこを見ても島らしきものは見えない。今はまだ大丈夫だが、いつかは食没でためたエネルギーも尽きてしまうだろう。
「…っ!そうだ!島ってことはだんだんと陸に向かって水深は浅くなってくるんだよな、だったら海底に潜って浅くなっているほうに進めばいいじゃないか!」
正直、この時の俺は精神的な疲れで我を失っていたのだと後になって思う。
いくらなんでも無謀すぎる考えだろう。しかしそんなこと、この時の俺には考え付かなかった。
ドボン!
「…ぼっびば!(こっちか!)」
大体100mくらい潜っただろうか、砂だらけの海底が見えた。
正直水深の差なんてほとんどなかったように思えた。結局は直勘で動いたんだろう。
しばらくすると実際に海底に傾斜が見えるようになってきた。
「ぼびっ!びぶびばびばぼうば(よしっ!陸地は近そうだ)」
ついには海底が砂ではなく岩で覆われるようになってきた。
水深も大体10mぐらいだろう、いったん水面に上がろうとした瞬間、
「ばべば…ばぼば!(あれは…タコだ!)」
長い時間動き続け、精神的にも肉体的にも疲れている俺にとって食料になりそうなものは何よりもありがたかった。すぐさま接近しノッキング。硬直したタコをつかみ俺は一気に水面に浮上した。
「獲ったどーーーーーー!」
やっぱこういう場合はこのセリフを叫ぶのが様式美だよなー、なんてくだらないことを考えながら俺は砂浜に上がった。
ふと横を見てみると、そこには目を真ん丸にしてこちらを見ている俺と同じくらいの少女がいた。よかった、無人島じゃないようだ。
「ねえ、君。ちょっと聞きたいんだけど…」
「え、は、はい、なんでしょうか?」
「ここってなんて島?ちょっと海で迷っちゃってさ」
「(海で!?)え、え~と、ここは△△島っていう島なんですけど…」
「マジでっ!?」
俺が探してた島ドンピシャじゃねーか!
「えーと、じゃあさこの島、他に人いる?」
「はい、そこまで人数は多くないと思いますけど…」
「じゃあその中にさえ~と、クラ、クロ…、」
「クラウディオさんですか?」
「そう!その人!会わせてくんないかな?」
「いいですけど、君は一体?」
「ん?ああ、そういえば名乗ってなかったか。俺は石川龍二、ある人にここに行けって言われてきたんだ。よろしくな」
「なんだかよくわかりませんが、私は葉桜清楚っていいます。よろしくお願いします」
簡単な自己紹介が終わり、俺は彼女にクラウディオとかいう人のもとに案内してもらった。
やがて俺は絶海の孤島にあるにしては立派な建物に辿り着き、その建物の前に一人の老齢の執事が立っていた。
「お帰りなさいませ、清楚様。そしてようこそいらっしゃいました、石川龍二様」
「あなたがクラウディオさん?」
「はい。九鬼家従者部隊第3位クラウディオ・ネエロと申します」
なんていうか、THE執事!って感じの人だな。ヒュームみたいな不良執事とは違って。
「えーと、正直俺は何が何だかわからないんですが…。詳しい話はあなたに聞けと」
「おや、ヒュームから話を聞かされていないのですか?」
「はい、唯この地図を渡されて泳いで行けって。あと九鬼の超極秘事項だとかなんとか…」
「…全くヒュームは。わかりました、それでは私のほうから詳しく説明させていただきます」
俺が渡した地図を見ながら頭を抱えたクラウディオさんはそう言って建物の中に案内してくれた。
案内された先には二人の少女と一人の男の子がいた。
「ん?クラウ爺、誰だいその子?」
「新しいクローンの人ですか?」
くせっ毛の少女と男の子が質問を投げかけてくる。って
「クローン?」
「はい。こちらの方々は武士道プランによって生み出された過去の偉人たちのクローンでございます。皆様、自己紹介を」
クラウディオさんに促されて、全員が立ち上がってこちらを向いた。
「義経は源義経だ!義経と呼んでくれ、よろしく頼む!」
「武蔵坊弁慶、です。よろしく。私も弁慶でいいよ」
「那須与一です。与一って呼んでください。よろしくお願いします」
「私も改めて葉桜清楚です、清楚って呼んでね。」
おいおい、義経に弁慶、与一って歴史上の英雄じゃねーか。そんな人たちのクローンって…ん?
「石川龍二だ。俺も龍二って呼んでくれ。なんだかよくわかんないうちにここに来たけどよろしくな。ところでクラウディオさん、俺が無知なだけかもしれないんですけど、葉桜清楚っていう偉人を聞いたことがないんですが…」
俺がそう言った瞬間、清楚の顔が一瞬つらそうな表情になったのを俺は見逃さなかった。
あれ?俺地雷踏んだ?
「はい。確かに葉桜清楚という名の偉人は存在しません。彼女の名前はイメージで付けられたもので、彼女が実際に誰のクローンなのかは私たちも知らされていません」
なるほどイメージか、確かに見た感じ清楚だからな
「で、結局龍二はなんでここに来たんだい?」
「いや、俺も知らねえんだよ。なんかいきなりこの島に行けって言われて海に放り投げられたから」
「え!?じゃあ本土から泳いでこの島に来たの!?」
「おう」
弁慶からの質問に答えた瞬間、クローン組の表情が一瞬で暗くなった。
「あの、その、ごめん。辛いこと聞いて…」
「…待て、絶対なんか勘違いしてる」
「え?いや、あの、虐待…されてるんでしょ?」
「ちげーよ!そんなことはない…と思う、思いたい…」
別に俺は虐待を受けているわけじゃない!ただ単に蹴られたり、殴られたり、吹き飛ばされたり、海に投げられたり…あれ?否定できる要素がない…
否定しようと思うどころか、自分の境遇とヒュームとの地獄の訓練の様子が思い出されて涙が出てきた。
「…辛かったんだね、大丈夫だよ?ここには龍二君をいじめる人はいないよ」
「ほら、これでも食べて元気出して」
「義経は龍二が心配だ」
「何か僕にできることはないかな?」
清楚が、弁慶が、義経が、与一が俺に優しい言葉を投げかけてくる。
なんかとても不本意な形でクローン組と仲良くなれた。彼らの純粋なやさしさが今は素直にうれしいよ…
「(ヒューム、あなたはいつも彼に何をしているのですか…)」
クラウディオさんがため息をつく姿が妙に印象に残った
このころの与一は素直ないい子です