2015/8/16 改稿
SIDE 三人称
ギャアギャア! ピーキュルルルルルルル!
人里から遠く離れた深い森の中。生い茂った木々により日の光が遮られ、そこに住む生き物たちが生存競争にいそしむ世界。聞こえてくるのは獣たちの声だけだ。
そんな場所に小さな人影があった
SIDE 石川龍二
「…ここ、は…?」
朦朧としていた意識が少しずつはっきりしてきた。ゆっくりと瞼を開けていってもあまり光が見えてこない。周りの景色が見えるほど開けてみると、そこは日の光が届かないほど深い森林の中。どうして俺がこんなところに、今がいつで一体どれだけの間意識を失っていたんだろう…、湧き上がってくる疑問に答えを付ける前にまずは起き上がろうと体に力を込めようとするが、
「っが!ぐぅ…!」
一瞬で全身を駆け巡った激痛と疲労感で全く体を動かすことができねえ、まぁおかげで意識が一気にはっきりしたけど。
動けるほどまで体が回復するのを待つ間に、自分の状況を改めて考えてみる。でも、答えはすぐに頭の中に浮かんできた。
巨大な神の如き一撃
体のスイッチが入った感覚
今までにない力の爆発
そしてこの手で人を傷つけた感触…
「…。」
あの時俺の意識はほとんどなくて断片的な記憶だけが残ってる感じだ。それでも自分がやったことははっきりとわかる。
鼓動が速くなり、唇が渇く。のどがカラカラになり頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「あ、ああ…!」
口を動かそうとしてもうめき声しか出ずにいた。
やってしまったことへの罪悪感、自分を制御するための訓練が無駄になってしまった喪失感、何もできなかった無力感。あまりにも大きな負の感情は、ただでさえ弱っている体を更に蝕んでいく。視界が真紅に染まっていき、限界まで達したときに意識が暗転した。
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目が覚めるとあたりが更に暗くなっていた。人の気配が全くしない森の中だけど、夜行性の動物が騒いでいるからか昼間よりも騒がしく感じる。
体のほうはほとんど回復してない。ほんの少し地面を這うことができるようになっただけだ。むしろ昼間よりも腹が減って余計に厳しくなった。
心に重く沈んでいる気持ちは今も刃のように鋭い痛みを与えてくる。それでも今は体の回復が肝心。目を瞑ってなけなしの気を体中に循環させて少しでも回復を早めていく。
動物の鳴き声、動く音、虫の鳴き声、葉が風になびく音。様々な音が聞こえる。
「(うるさい…)」
「(自然ってこんなにうるさいもんなんだな)」
今まで聞いてこなかった自然の旋律。それは騒々しいながらもどこか心を落ち着かせてくれた。
ズンッ!
「!?」
それは突然だった。今までの安らぎを一瞬で吹き飛ばすような重い音。ゆっくり目を開けてみると、そこには暗闇の中で光る二つの眼、分厚い毛皮に覆われた巨大な体躯、樹木をも一撃で粉砕する強靭な爪。熊だ。巨大な熊が俺に向かってゆっくりと近づいてきた。
マズイマズイマズイッ!
全快の時なら何とかできるかもしれない状況だけど、今の状態じゃマズイ!ロクに動けもしないのに熊の相手なんてできるわけがない!
ゆっくりと確実にこちらに近寄ってくる熊の姿に本能的な恐怖を感じる。
今は全力で体を気で強化、活性化して少しでも動かないと!
「ふっ、ふっ、ふっ、ガゥッ!」
「…っ!オオオオオオオオ!!!」
近づいてきた熊がその強靭な爪を振り下ろしてくるのを、俺は両腕だけを全力で強化して腕立て伏せのような動きでジャンプ!
何とか一撃目を間一髪で避けれた。ジャンプの勢いで地面を転がり、そのまま樹木に激突した。背中を打ったところが痛むが、今はそんなことを気にする余裕はない。木に両手をついて寄りかかるようにして立ち上がり熊を見る。
「グルルルルルルルルッ!」
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!(マジでシャレになんねえって!)」
こいつは諦める気はないようでゆっくりとこちらに近づいてくる。
「(オイオイ、コイツ俺を喰おうってーのか!?)」
改めて自分の中の恐怖心が掻き起されるのを感じる。熊は後ろ脚二本で立ち上がってその右の爪を振り上げた!
「ヒッ!」
体に力が籠められないのが幸いした。タイミングよく膝が折れて熊の一撃は頭上を掠った。強力な爪は俺が寄りかかっている木の皮を抉り、その爪跡を残した。
でもそこまでだった。一瞬でも力が抜けてしまった体に力を入れなおすのは極僅かとはいえ時間がかかる。その一瞬が命を懸けた場では命取りだった
ドズッ!
「グフッ!」
左腕を振り上げるような一撃は無防備な俺の右わき腹を直撃。骨が砕ける音を聞きながら俺の身体はボールのように吹き飛ばされた。
地面に仰向けに倒れ、喉の奥から血が溢れてきた。でも頭はなんでか冴えてる。
体中の感覚がなくなっていく。口から出てくる血が止まらない。転生してから10年も経ってないのに走馬灯が浮かんでくる。一度死んでいるとはいえ前はあまり実感がわかなかったので改めて感じる。
「(ああ、これが死ぬってことか…。ははは、料理人志望が熊に喰われて死ぬなんて笑い話にもなんねえよ)」
この熊は生きるために俺を喰おうとしてる
俺はこの熊に喰われて……喰われて?
頭の中でパズルのピースが嵌ったような気がした。
そっか…
「(食べることって、生きることと一緒なんだ…)」
『へえ?まさかここまで来るなんてな』
気づいたら俺は一面真黒な空間にいた。目の前には黒髪で中肉中背の青年、前世の俺の姿があった。
「ここは?」
『ここはお前の精神世界。誰にも入られることのないお前だけの空間だ。つってもお前さんがここまでたどり着くなんて思わなかったけどな』
「俺だけの空間?ってことはアンタは…」
『その通り。俺はお前さんでありお前さんじゃない…、つってもわかんねえわな。一言で言うとお前さんの前世の魂の欠片だ』
「前世の魂?俺の魂は前世から変わらないんじゃないのか?だから俺はこうしているわけだし」
『そうさ、お前さんは今そこにいる。でもそれは石川龍二としてだ。□□ □□としてじゃない」
そうして前世での名前を言う俺?の魂。どういうことだ?
『つまりお前さんの魂は変質したんだよ、記憶だけは受け継いでな。自分でも少し性格が変わったなあって思うことくらいあったんじゃねえか?』
確かに前に比べて少し活発になったかなあって思ったことはあるけど
『そう、お前さんの精神年齢が肉体に引っ張られて幼くなっちまってるんだよ。まあそれだけじゃなくいろんな要素が絡まりあってお前の魂は前世の物とは違うものになっちまったんだ。俺はその最後の欠片、と言ってもそろそろ消えっけどな』
なんで自分が消えるのにそんなに軽いんだ?
『あ~、一回死んでるからってのもあるが、俺とお前さんは一心同体。お前さんが生きてる限り俺も生きてっからな』
そんなもんか?
『そんなもんだよ。ああそうそう、忘れるとこだった。お前さんの暴走だけどな、あれはお前さんの生存本能が暴走したもんだから多分もう起こんねえんじゃねえかなぁ』
「はっ!?」
いや意味わかんねーし!?
『も少し詳しく説明するとだな、あれはお前さんの生存本能が暴走した結果で、今までにない大技を見たことがきっかけでお前の中の枷が外れちまって、死の恐怖に飲まれちまったんだなこれが』
「いやでも、死にそうな目には何度もあってきたぞ!?ヒュームとの修行で!」
『そんな死にそうなーとかって表面的なもんじゃなくて、もっと根源的な恐怖だよ。普通の人でも殴り殺すってことはできっけど、別に普通に殴られただけじゃ死の恐怖なんて感じねーだろ?でも銃を向けられりゃ恐怖で動けなくなったりするだろ?アレをめっちゃ強くしたのがお前さんの暴走だ』
「じゃ、じゃあなんでもう起こんないって…?」
『そりゃお前さんが覚えたからだよ、あの程度じゃ死なないって。まあまだ体が子供だから過剰に反応しちまったようなもんだからな。これから体の成長と一緒に危険性は一気に下がっていくさ。つってもアレよりも恐怖を感じるようなもんなんてほとんどないと思うけどな。ったくあの爺さん、子供同士の喧嘩の仲裁になんて技使いやがる…』
「ってことは…」
『もうほとんど心配はいらねーよ。まあそれでも怖いならちゃんとあのヒュームとか言う爺さんの修行をちゃんと受けるんだな。もしお前さんが何も修行をしないで暴走したんだったらお前さんは気の過剰放出で今頃お陀仏さ』
そっか、ヒュームに感謝しなきゃな
『先達の導きにはちゃんと従うもんだってこったな。さて、お前さんに言いたいことはまだまだあっけど、そろそろ時間だ。ま、自分に言うには変な言葉だけど、これから頑張れや。あとあの神のクソジジイに合ったら絶対殴っといてくれよ!』
おう、ありがとう。そしてさようならだ、前世の俺
背中に地面の感触を感じながらゆっくりと目を開ける。そこは前と変わらず夜の森の中だけど、明らかに今までと違った
「(右のあばらぜってー折れてんなこれ。口から血ぃ出してるから内臓もどっか傷ついてんな。後は全身に打撲っと…。良く生きてんな俺。まぁ体は相変わらず重いけど心は軽い。全快の時よか調子がいい気がする)」
全身に怪我を負ってようとも今の俺は最高だ。確かな確信をもってそう宣言できる
「グルルルルルルッ!」
「…ん?ああ、そういやいたな。丁度いい、お前さんを糧にして生かしてもらうぜ」
ゆっくりと、そして確かな動きで俺は立ち上がって熊を見すえる。さっきまでは恐怖しか感じなかったこいつの姿に今は別の感情しか浮かばない
「グオオオオオオオッ!!」
「この世のすべての食材に感謝をこめて…」
数百キロの巨体がこっちに突進してくるけど、俺に焦りはない。
心の中は生きてることへの、この世に産んでくれた両親への、俺を鍛えてくれたヒュームへの、モモへの、鉄心爺さんへの、そして今の状況への、何より目の前の熊への感謝でいっぱいだ。
「いただきます」
ヒュッ!
熊とすれ違うように俺は前へ跳躍。熊は次第に突進の勢いがなくなっていき
ブシュウウウウウウ!!
「食義 瞬間血抜き」
首筋の頸動脈を狙った俺の技が決まり、首から大量の血を一気に放出して崩れ落ちた。
「ごちそうさまでした」
この時食べた肉はとても臭く、固く、そして何よりも美味しかった
主人公、しっかりと自分のことを自覚しました