東方渡来人   作:ひまめ二号機

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九歩目 人間が生身で妖怪に勝てるわけないじゃないですか。…たぶん

屋敷の縁側。全は月を見上げていた。

 

「…む?どうしたんだお嬢?」

 

 足音を聞き目を向ければそこには此方へ歩いて来ている永琳の姿があった。

 

「貴方こそ、どうしたのかしら?」

 

「さあねえ、あれだよ。昔を懐かしんでたんじゃない?」

 

「何で疑問形なのよ」

 

 そう言いながら永琳は全の横に座る。

 

「時が経つのは早いものね」

 

「……終わりが来るとどうして早いんだろうって思うよ。最初は長いと感じるのに」

 

「何だってそんなものよ。気付いたら後悔だらけ」

 

 呟く永琳にも哀愁の色が感じられる。その横顔を一瞥し全は月へと視線を移す。

 

「…まあ、俺はそんな人生だから好きなんだけどね」

 

「……」

 

「死にたい何て思わない、永遠なんてのもいらない。俺は後悔だらけの人生で死にたくない時に死んでいきたいよ」

 

「…そう」

 

「元々俺に寿命なんて無いからね。月に行こうとそこまで変わらないんだけど」

 

「だから行かない、って?」

 

「そんなことは言ってないよ。ただ、月の生活ってのはどんなものなのかなってね」

 

 肩を竦めながら全は苦笑する。

 

「今と変わらない生活なのかねえ」

 

「分からないわ。運命なんて私には見れないもの」

 

「人間如きが運命を見るなんておこがましいんじゃない?」

 

「でしょうね」

 

「…なあ、お嬢」

 

「何?」

 

「明日、何時出発するんだ?」

 

「最初の月へのロケットは昼間よ」

 

「起きれるかなあ」

 

 何を考えているのか。全の顔を見ながら永琳は何とか読み取ろうとするが土台無理な話。天才と呼ばれる頭脳を持とうとも彼の考えていることは読めはしない。

 

「ねえ、全」

 

「ん?」

 

「ずっと疑問に思っていたけど…何で貴方は人間から外れたの?」

 

 後悔をして死にたいというのなら寿命を消す必要などない。寿命を消してしまえば、死ぬことなどそうそうありはしないだろう。

 

「…そうだねえ。進歩とは違う道を知りたかったんだよ」

 

「違う道?」

 

「そう、生物は進化していくもんだろう?」

 

「…ええ」

 

 古来より生物たちは進化し続けて来た。そしてやがてそれぞれが犬や、鳥、花となっていき、そしてまた進化する。

 

「人間は妖怪に対抗する為に進化を捨てて進歩を取った。それが妖怪に対抗する方法を最も早く、効率的に手にすることが出来る道から」

 

「……」

 

「俺はね、進化し続けた人間の先には何があるのかを知りたいんだよ。人間が進化し続けた先の存在になってみたい」

 

「けど、寿命を無くすと言うことは…」

 

 老いを、進化する可能性を捨ててしまっている。単一で終わる不変の人間だ。

 

「そだね、結局寿命があったら進化は見れない。けど、捨ててしまえば進化の可能性は零になる。なら、人間の身のまま他の道は無いのかを探した」

 

「それが…」

 

「一つ高位の次元体へとなる。まあ、無理したけどね。崩れる身体を必死に能力で繋ぎ止めて、徐々に慣らして、その上身体は人間とほぼ変わらないって言うんだ。無理しない方がおかしいんだけど…。

 前に俺の能力は波に乗るようなもんだって言ったろう?」

 

「ええ」

 

「俺はね、自分の身体を常に進化という波に乗せているんだ。死んだら沈没する船で…。

 闘争こそが人間の進化の可能性なのではないか。弱者が強者から生き延びる為に遥か昔から続いて来た行為。その果てで今の姿へと進化を遂げたのならば少なくとも今の俺にも可能性はある」

 

「…戦い続けていたいということ?」

 

「似たようなもんだめ。生存競争だ。妖怪を含めての生存競争を勝ち続ける。進化するにはそれくらいだろうと昔から考えてる」

 

「…差し詰め貴方は生物学者というところかしら?」

 

「自分の身体を実験台にする奴なんていないかもしれないけどね」

 

 笑いながら何処から出したのか酒を取り出す。

 

「一杯」

 

「戴くわ」

 

 永琳は差し出されたグラスを受け取る。

 

「地上でこうするのも最後かぁ」

 

「何だか物悲しいわね」

 

 次出来るのは月へと行った時。その時は月ではなく地球を見て出の酒だろう。

 

「でも、生存競争に勝ち抜いた時、貴方はどうするの?」

 

 素朴な疑問。けれど、これは重要なことでもある。その問いに全は

 

「知らない」

 

「……え?」

 

「そんなの考えてないよ。大体、それが何処まであるのかも知らないし。思い立ったらすぐ行動。それが俺だからねえ…。

 そうだ、見下してきた奴等を足蹴にでもして高笑いなんてどうだ?」

 

「……はあ」

 

 その言葉に永琳は呆れる。何も変わっていない。後先見ずに、ただ気になったから。まるで子供だ。いや、子供でももう少し気にするのではないだろうか。それをこの男は…。

 何回目かも分からない溜息。その殆どはこの男が関係している気がする。

 

「どうしたお嬢。何故そんな残念な物を見るかのような視線を向ける」

 

「貴方が残念だからよ」

 

「そんな馬鹿な……。え?もしかしてマジで思ってる?」

 

「寧ろ自分は思われてないと?」

 

「………」

 

 永琳の言葉に全は目を逸らす。少なくとも自分でも多少は思っていたらしい。

 

「…はあ。そろそろ寝るわ。明日は早いもの」

 

「む、送ろうか?」

 

「流石にこの距離、ましてやこの時期に襲ってくる輩はいないでしょう」

 

 そうかもしれない。

 全はそうか、と答え奥へと消えて行く永琳を見送る。

 

「これも最後かあ」

 

 全は近くに置いてあった何時ぞやのケースを手に取る。

 

「お前達の親とも、明日でさようならだな」

 

 それだけ呟くと全は自らの寝室へと戻った。

 

 ◆

 

『緊急事態!緊急事態!!職員は直ぐに退避して下さい!!』

 

 スピーカーから流れる音声を掻き消す様に警戒装置の音と人々の叫び声が響く。

 

「お嬢、それで全部か?」

 

「ええ!それにしてもこんな時に妖怪の軍勢が来るなんて…!」

 

 全は永琳の手を取るとすぐさま能力で飛ぶ。今やこの国は戦場になっていた。

 

「大妖怪もいるんだ。持ち堪えろと言う方が無茶だ」

 

 全は破壊されていく町並みを一瞥しロケットへと永琳を連れて行く。

 

「――――やべ、忘れ物!」

 

「ハア!?こんな時に何を――――!」

 

「取って来る!」

 

「待ちなさい!!行かせないわよ!大体何を取って来るのよ!」

 

 戻ろうとする全の腕を永琳が掴む。

 

「種だよ!あそのこの花畑の種!!」

 

「月じゃそんなもの咲かないでしょう!」

 

「そりゃあ月で咲かせないからな!!」

 

 答えた全の言葉に永琳は瞠目する。

 

「―――――!?貴方まさか!!」

 

「お休み」

 

 全は永琳を抱き寄せると手刀を放ち気絶させる

 

「っ!…な…う、つ?」

 

 気絶した永琳を抱きながら全は溜息を吐く。

 

「オカマ中将?」

 

「はいはい、運べばいいんでしょう?後で八意様絶対怒ると思うわよ?」

 

 その言葉に今迄隠れていたオカマが出て来る。

 

「いやあ、仕方ないでしょう」

 

「で、本当は何しに行くの?」

 

 その言葉に全は笑顔を浮かべる。

 

「ちょっと、デートの待ち合わせを」

 

「…そう。死なないようにね」

 

「大丈夫だって、悪運だけは強いから!―――それにお嬢に怒られちまうからな!!」

 

 そう答えると全はその場から転移した。

 

 ◆

 

「…やあ、こんにちは上官殿」

 

 殆どの職員が消えた軍の本部を全は歩いて行く。その視線の先には必死に逃げている全の上官の姿。

 

「そんな逃げること無いじゃん。こっちに来てお話ししよう、ぜ!!」

 

 逃げていた上官の足元に小石を転移させ転ばす。

 

「っく、化け物め!今更何の用だ!!」

 

「いや、ちょっとお礼を言いに」

 

 そう言って取りだしたのは鈍い輝きを放つ物。それを見た上官が顔を青くする。

 

「や、止めろ!」

 

「安心しろよ。まだ殺さねえ」

 

 そう言いながら全は上官の頭に手を置く。

 

「アンタの頭の中、見して貰うぜ」

 

 そう言うと全は上司の思考の波へと潜り込んで行く。

 

「……警備部隊は全員捨て駒か。まあ、正しい判断ではあるかな。全滅よりはマシだ」

 

 今回の作戦。上層部の意見を覗きこみ全は呟く。その足元には怯える上官の姿。全はその上司に銃口を向ける。

 

「…っひ!よ、よせ!」

 

「―――――――まあ、良いか。アンタの不正暴くって言ってたし…」

 

 永琳の言っていた言葉を思い出し全は銃を仕舞った。

 

「ああ、もう行って良いよ?ぶっちゃけ今回の人員配置が知りたかっただけだし」

 

 その言葉に上司は未だ怯えながらもその場を離れて行く。

 

「まったく、デートがあるのに余計な時間使わせんなよ」

 

 その後姿に吐き捨てる様に言い放ち全は再び転移した。

 

 ◆

 

 歯応えが無い。

 向かって来る兵士たちを薙ぎ払いながら鬼神は不満げな表情をする。今迄あれほど蹂躙していた人間達が、たった数体の大妖怪や強大な種族を加えただけで瓦解していく。その様に鬼神は落胆する。

 

「まったく、これでは出て来た意味が―――――」

 

 そこまで口に出し鬼神はその口を閉じた。

 

「…やあ、鬼神のお姉さん。待ち合わせ時間には間に合ったみたいだ」

 

 そこには自らが求めていた獲物がいたのだから。

 

「ああ、待ち草臥れたぞ渡り妖怪」

 

 広場で待っていた全を前に鬼神は好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ごめん、ごめん。こっちにも都合があったんだよ」

 

「何か策でも用意したと?」

 

「違うよ。こっちは仕えてる身でね。色々あるのさ」

 

 その言葉に鬼は納得する。そして間にあった残骸をどかし笑みを浮かべる。

 

「まあいいさ。…精々楽しませておくれよ!!」

 

「死んじまっても知らないぜ!!」

 

 襲い掛かる鬼神。その速度は流石と言うほかないだろう。全の眼には何とか影が映っている程度だ。正しく神速の速さを持って鬼神は渾身の一撃を叩きこんだ。

 

「む?」

 

 だが叩きつけた拳は何も捉えていない。それに首を傾げた瞬間、後頭部に衝撃が襲い掛かった。

 

「さようなら!!」

 

 鬼神の拳が届く瞬間、全は鬼神の頭上へと転移したのだ。霊力を纏ってでの一撃。大妖怪と言えど昏倒出来る程の物だと全は自身を持って言えた。

 

「その程度かい!!?」

 

 だがしかし、それはあくまで全の予想。その一撃に鬼神は全く動じていない。

 

「――――ぐ!!」

 

 振り払われ放たれた一撃。咄嗟に全は両腕で防ぐが骨が軋む音が聞こえてくる。

 

「アンタこそ舐めてんじゃねえのかあ!?」

 

 辺り一面に霊力を凝縮した小玉を配置する全。小玉は全がその場から飛ぶと同時に一斉に輝き――――周囲一帯を更地へと変えた。

 

「どうせまだ死んでねえんだろう!!」

 

 次いで霊力をレーザーの様に飛ばし鬼神がいた場所へと次々に放つ。

 

「もう一丁!!」

 

 最後に近くに建っていたビルの一つを鬼神の頭上へ落とした。その衝撃で土埃が舞い、大地を炎が地獄へ変える。

 

「……おいおい」

 

 その中から現れた者の姿に全は頬を引き攣らせる。

 

「今のは直撃してたら危なかったねえ」

 

 そこに立っているのは鬼神。目立つ外傷など殆ど見当たらない。躱したと言っても普通はそれなりの傷を負うものだろう。

 

「いや、規格外過ぎるだろう?」

 

 だがしかし、その言葉に反して全が浮かべているのは笑み。

 

「遠距離じゃあ、無理ってことか」

 

 全は霊力を全身に纏い鬼神の背後に転移する。

 

「――――ラァ!!」

 

 放った右ストレートは鬼神に直撃した――――かのように思えた。

 

「な!?」

 

「鬼に殴り合いだなんて根性あるねえ」

 

 その一撃を受け流し鬼神は全の腹に蹴りを放つ。

 

「――――っ!?ぐ、ぶぁ!!…か……っ!」

 

 ボキボキと言う骨が折れる音が聞こえ全は吐血する。内臓でもやられたのだろうか、あまりの痛みに視界が明滅し脚がガクガクと震えだす。

 

「……っ!」

 

 その視界の中、鬼神が左腕を振り上げたのが見えた。頭で理解するより早く全はその場から転移した。

 

「―――――!!」

 

 鬼神の懐へ飛び再び一撃を放つ。普通であれば回避など出来る筈もない。だが―――

 

「無駄だよ!」

 

 即座に受け流され反撃を喰らう。その衝撃に耐えきれず全はビルの壁を破壊しながら吹き飛ばされる。

 

「……は、んそく…だろ」

 

 瓦礫の山に体を埋め全が声を出す。だが、それもほんの一瞬。此方を踏み潰さんと迫って来ていた鬼神の姿を見、全はすぐさま転移する。

 

「中々捕まらないねえ」

 

  瓦礫から埋まった腕を抜き辺りを見回す鬼神。やがて、その瞳は窓ガラスから見えた影を捉える。

 

「そこかい!」

 

「――――――!!」

 

 鬼神がビルの壁を破壊し侵入すると同時に全は霊力を込めた一撃を放つ。

 

「「―――――っ!!?」」

 

 互いの拳が減り込む。結果、足場が不安定であった鬼神は全の拳に吹き飛ばされた。

 

「……?」

 

 痛みで鈍くなっている頭を働かせながら、先程の光景に全は首を傾げる。先程までは受け流されていた筈の一撃が何故か直撃した。

 

「やるじゃないか!」

 

 鬼神は立ち上がると更なる闘志を燃やし構えている。

 とにかくカウンターなら攻撃は通用する!

 全は構えると迫る鬼神を迎え撃った。

 

「オラァ!!」

 

「効きやしないよ!!」

 

 鬼神が攻撃して来た瞬間を狙い全も殴る。だが、鬼神が攻撃を放つ瞬間しか此方の攻撃が効かないと言うことは必然的に鬼神の一撃を受けなくてはいけない。

 一発食らう毎に間違いなく死が近づいてきている。襲い掛かる痛みに歯を食いしばり反撃を放つ。

 

「ハハハハハハ!!楽しいじゃないかい!!」

 

「ど…こがっ!」

 

 受け切れないと判断した一撃を転移で躱し、その腕を叩き折ろうとする。

 

「っは!無駄だよ!!」

 

 だが突如鬼神から妖力弾が放たれる。予想だにしなかった一撃。全はそれに反応出来ず直撃する。痛みで思わず動きが止まる。

 

「ほら!動きが止まっちまってるよ!!」

 

 その隙を逃さず鬼神の一撃が全を捉えた。

 

「――――――――!!?」

 

「ハアアアアアアァァァ――――――!!!」

 

 全は声を上げることすら出来ず地面に叩きつけられた。脚は有り得ない方向へ折れ立つことはおろか意識を保っていられる筈もない。だが、全は未だ意識を保ち激痛に苦しんでいる。いっそ殺してやった方が良いと思えるほどだ。

 

「ごぼっ…!ひゅー……ひゅー…」

 

 最早虫の息である全に鬼神は近付く。

 

「人間にしちゃあ大分持った方だよ」

 

 全を見下ろす鬼神。全は何も喋らずただ鬼神を睨み付ける。

 

「アンタの顔は忘れないよ渡り妖怪」

 

 握られる拳。鬼神は腕を振り上げると――――全力で全へと振り下ろし、

 

「―――――――――ッ!!!!」

 

 男の声にならない絶叫と鈍い音が辺りに響いた。

 


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