「―――――!」
放たれた霊力弾に頭を吹き飛ばされる妖狼。
「そこだ!」
次いで茂みの中に隠れていた妖怪の傍に霊力弾を転移させ爆発させる。
『残りは九体よ』
通信機から聞える永琳の声に短く答え全は全方位へ霊力のレーザーを飛ばす。
『最後の一体は空中よ』
「了解」
全は空中に転移して鳥類の妖怪を見つける。
「逃がすかよ」
鳥の妖怪を包囲するように起爆型の小玉を転移させ一斉に起爆させる。爆風が晴れ、そこには鳥の妖怪は塵一つ残さず消えていた。
『…お疲れ様、もう良いわよ』
「はいはい」
その言葉にそう答え全は転移した。
◆
「どうだったかしら?」
「大したこと無かった。けど、未だに大妖怪が出てこないのが怖いねえ」
尋ねる永琳にそう答える。前に屋敷を追い出されてから、妖怪との戦いには永琳も関わって来るようになっていた。
「過保護な親ですか?」
「すぐ何処かに消える困った子が悪いと思うわよ?」
そう言われると何も返せない。全は目を逸らして永琳の言葉に返さない。
「でも、本当に妙ね。発見すら出来ないなんて」
月へと向かう為、人間は国周辺に蔓延る妖怪達を出来るだけ排除していた。
排除、と言っても殺すだけではない。話が通じる者、温和な者達には出来るだけ会話で済ましている。だが、妖怪の殆どは人間を見下し聞く耳を持たない。そう言った者達には止む無く武力による排除をしているのだ。
「鬼は…発見しても殺されてるか」
「他の大妖怪達もそうね」
二人で資料にに目を通しながら話す。
「………」
全は今もあの花畑には言っているがあれ以来鬼神も姿を現さない。
「嵐の前の静けさってやつか…」
妖怪達も人間が何か企んでいると言う事には気付いているだろう。鬼は嘘を嫌うらしいからあれが嘘だと言うことはあり得ない。鬼神の話では相当な規模の筈。だが、この周辺にはその様な集団は見つからない。
「なぁに考えてんだか…」
「取り敢えず、私達にもあまり時間は無い以上妖怪達には構ってられないわ。貴方も独断行動はしないように。これは絶対よ?」
「はいよ。何かあってお嬢が死んだら洒落にならん」
永琳の言葉にそう答え全は街路へと向かう。
表通りを少し外れ裏通りへと出る。その一つ、オカマの店主が経営する店へと全は入った。
「あら?まだやって…全ちゃんじゃない」
「あ?何だお前も来たのか」
「ういっす。おっさん、仕事はどうした?」
「今日は休みだ。最近お前も入って来ないから暇でしょうがねえ」
そう言いながら酒を飲む看守。
「まあ、暫くは無いだろうねェ。なにせもう直ぐ完成だ」
月へ向かう為のロケット。それがもうすぐ完成するのだ。皆、仕事も一段落させ始めているだろう。科学者たちは除き。
「それで全ちゃんはどうしたの?」
「いや、こっちも少し休憩だ。きな臭くなって来てな」
「それって例の妖怪の襲撃のことかしら?」
「それ、上は信じちゃいねえけどさ」
あいつらは頭ごなしに否定する、と愚痴りながら全は出された酒に口を付け―――吹く。
「ちょ、げほっ!これ、度数何?」
「15程度よ?」
「何でこれが常識みてえに言ってんだよ!?」
「看守のおじさんは水の様に飲むけど」
「こいつを人間扱いするな!」
「おい、ぶっ飛ばすぞテメェ」
全の言葉に横で酒を飲んでいる看守が口を挟む。
「くさっ!」
「娘と同じことを言うなあ!!」
「貴方達賑やかねえ」
互いに罵り合っている二人を見てオカマが何かを思い出し口を開く。
「そういえば、貴方八意様の旦那になったの?」
「は?何で俺が」
「最近噂になっているな。お前と八意様が仲睦まじく歩いているとか」
その言葉に普段の様子を思い出すが大して変ったことなど見当たらない。
「…そもそも何で今更そんな噂が?」
昔から一緒にいたがそんな噂を聞くのは初めてだ。
「ん~…何ででしょうねェ。普段はどんな感じなの?」
「そうだな、普段は―――――」
◆
「何て言うんだったかこれ?」
「あれよ、確かバカップルよ!」
首を傾げる看守の言葉に妙に生き生きとした表情で答えるオカマ。その二人に全はげんなりする。
「お前ら、劇薬を被せられるような日常の何処にそんな要素があると思った?」
「きっと八意様なりの照れ隠しよ」
「そんなんで普段から劇薬喰らって堪るかァ!!」
オカマの言葉に全は大声を出す。
おかしい、照れ隠しならせめてもう少しレベルを下げる筈だろう。一歩間違えたら死ぬようなレベルを照れ隠しだとは認めたくない。絶対に!
「あれじゃないかしら?自然な距離に感じたんじゃないかしら?」
「自然な距離?」
オカマの言葉に全は聞き返す。
「ええ、今迄はやっぱり主従って感じが少しあったけれど、今は隣に肩を並べて歩いているのが当たり前。逆にそれ以外に違和感を感じる、みたいな。後は貴方達の態度が自然なのよね。壁を感じないっていうか」
「腐ってもオカマか…。理解不能」
「お前が子供なのが一番問題だろう」
「子供じゃねえ。少年の心を忘れないピュアな大人だ」
「駄々捏ねる餓鬼だろう」
「黙れ枯木」
「「………っ!!」」
取っ組み合いを始める二人を眺めながらオカマはグラスを拭く。
「アンタ達も変わらないわねェ。奥さんや八意様も大変でしょうに」
「待て、こいつと同列に扱うな」
「そうだ、俺はおっさんと違って人間だ」
「テメェ歯ぁ食い縛れ」
「ごふっ!?」
「おじさん、椅子壊したんだから弁償してよね」
二人の喧嘩の巻き添えにされていく店内を見てオカマは溜息を吐いた。
◆
「…頭痛い」
「二日酔いよ」
「今度は何したの?」
「おっさんに殴り飛ばされて喧嘩した」
「うん、全く要領を得ないよ」
全の言葉に苦笑する月夜見。
「本当、迷惑しか掛けないわね」
そう言いながらテキパキと薬などを用意する永琳。
「永琳子供の相手とか上手そうだよね」
「大きな子供が一人いるもの」
「あれ?二人とも俺の扱い酷くない?」
全の呟きを無視し薬を渡した二人は何かの書類を見る。全が何か言うが二人は悉く無視。
「二人が構ってくれません」
「―――じゃあ、こっちはこうすれば…」
「そこはこうした方が効率が…」
「あ、そうか。じゃあ、これを…」
「それが良いわね」
「…………」
二人の話がさっぱり分からず、全はとぼとぼと部屋を出た。
◆
二人がある程度の整理を終えた頃。月夜見は部屋を見回すが全の姿は見当たらない。
「彼は?」
「ああ、何処か暇潰しにでも行ったんでしょう」
「ふ~ん、何だ。彼で暇潰ししようと思ったのに…」
不穏な発言をしている月夜見。なら他に何をしようか。そんなことを考えていると不意に彼女の耳に音が聞こえる。
「…?」
「どうしたの?」
「いや、何か聞えるからさ」
その言葉に永琳も耳を澄ます。すると微かにだが音色が聞こえる。
二人はそれを不思議に思いその場所へと向かう。
「~♪~~~♪」
そこにいたのは電子機器を弄っている全の姿。彼が口を開くたびに電子機器達から美しいメロディが聞こえて来る。まるで彼が歌っているかのようだ。
「……凄いねェ」
「ええ」
その姿を見ながら呟く二人。だが二人の姿を捉えると全はその口を閉じ、徐々にその顔を赤くさせていく。
「……聞いてたのかよ」
赤くなった顔を伏せながら全が呟く。
「君でも恥ずかしいことってあるんだね?」
「あんなことが出来るなんて初めて知ったわ」
「能力だよ」
「渡る程度の能力?」
永琳の言葉にそう、と答え全は説明する。
「俺の能力を海で例えると波にのったり、海水に自分を溶け込ませるって感じなんだよ。渡るっていうのは結果、能力の効果であって、のったり、溶け込むのはその過程、どうやってその結果を出すかの選択だ」
「じゃあ高次元に渡るっていうのは…」
「その波に乗っていくか、その次元に徐々に自分って言う存在を馴染ませていく感じ・・・」
「じゃあ、今のは?」
「音の波に自分の思考を乗せる感じ、だから自分の発したい音を電子機器から流れる音が代わりに発してくれるんだよ。と言っても、話せる訳じゃないからな?
まあ、イメージだから具体的なことは分からないし、これはそんな使わないけど…」
「ふ~ん…それ便利?」
「演算で一苦労。この能力は効果は凄いけど、脳みそが死ぬ…。練習にはなるんだけどな」
「その割に普段から転移してるわよね」
「あれはもう慣れた。余程遠くじゃない限りは集中しなくてもすぐ移動できるし」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんだ」
月夜見の言葉にそう返し全は立ち上がる。
「あれ?もうやらないの?」
「やらねえよ。人前でやる程の技術も無いし、恥は掻きたくない」
「え~」
「月夜見、全がそう言ってるんだから諦めなさい」
「永琳まで…仕方ないな~」
「うるせえ」
そう話しながら三人はその部屋を後にした。
◆
「……えっと、お嬢?」
「何かしら?」
「いや、何でこれ持って来たの?」
全の目の前。そこには全が弄っていた電子機器が鎮座していた。
「ああ、これね。貴方にやらせる為よ?」
「いや、だから何で?俺やらないって言ったよね?」
全の言葉に永琳はキョトンとした表情をし、天使の様な笑みを浮かべた。
「聴いているのがのが私だけなら問題ないでしょ?」
「何故そう捉えた」
逃す気が無いのだろう。両手には何時ぞやの劇薬を持ち、出口を塞いでいる。
「ほら、聴かせて頂戴?」
変わらず天使の様な笑顔を浮かべ、全にとって悪魔のような命令を下す永琳。それを見て全は溜息を吐く。
「どうぞ、お嬢」
そう言って椅子を一つ近くに転移させる。それを見た永琳はありがとう、と言いながら椅子に座った。
「期待すんなよ?本当にこういうのは人に聴かせられる程のものじゃないんだ」
「構わないわ。貴方が一生懸命やるもので満足よ」
「何だその子供に対する態度は……」
「ほら、早く早く」
催促して来る永琳。彼女も聴くのが楽しみなのだろう。全は椅子に座ると電子機器達の音の波に乗る。
「~♪~~♪~♪」
彼が口を開くとまるで歌っているかのように電子機器からメロディが流れる。永琳は目を瞑りそのメロディに身を委ねる。
満月の夜、屋敷の中をぎこちないながらも美しい音色が響き渡っていた。