東方渡来人   作:ひまめ二号機

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七歩目 日常が常に危険地帯

「…………」

 

 壁に背を預けながら中央の円卓での会議を見守る全。その表情は真剣な物であり、普段迷惑を掛けられている者達が見たら何故何時もこうであれないのかと涙ぐむのではないだろうか。

 

「………ではその方向で―――」

 

 円卓の会議に耳を澄ませながら全は嫌気がさす。

 どいつこもこいつもお嬢の意見を只聞いているだけじゃねえか。お嬢以上の意見を言えとは言わねえが、もう少し自分たちで考えやがれ。

 そう思いながらも全は感情を表に出さないよう無表情のままその場で佇んでいた。

 

「御苦労さまです、お嬢」

 

 そう言いながら全は永琳の傍に控える。見知った顔だけならば敬語など使いはしないが此処には重鎮ばかりだ。付け入る隙などは作らないのが賢明だろう。

 

「ええ、ありがとう全」

 

「いえ、自分はお嬢の護衛ですから」

 

「普段からそれなら良いのに(ぼそっ)」

 

「絶対無理だ(ぼそっ)」

 

 周囲に聞えない程度の声量で会話をする二人。近付かなければ口が動いていることにも気付かないだろう。

 

「それで、今日は他にもあったかしら?」

 

「いえ、本日の予定はこれで終了かと」

 

「そう、なら屋敷に戻るわよ」

 

「了解しました」

 

 歩いて行く永琳の傍に控えながら怪しまれること無く清純そうな表情で続いて行く全。 

 やがて人目が無くなると永琳は全の手に自身の手を重ね屋敷へと転移した。

 

「本当、それって詐欺よね」

 

「まあ、金に困った時はよく利用してたけどな。お陰でお客さんがたくさん来た」

 

 先程の清純な顔から一転、不敵な笑みを浮かべながらスーツを脱ぐ全。

 

「別に俺は軍服でもいいと思うんだけどねェ」

 

「止めなさい、変な視線が集まるでしょう」

 

「お嬢は何時も注目を集めてると思うけどね。有名だし美人だし頭おかしいし」

 

「最後の一言は絶対に余計よ」

 

 全の言葉にそう返しながら永琳は書類の山に向き合う。

 

「大変だねえ。ここ最近は特に」

 

「仕方がないでしょう。それだけ大きな計画なんだから」

 

「結局、穢れを完全には取り除けなかったのか…」

 

 研究の結果、穢れを完全に防ぐのは無理だと言うことが分かり、上層部は今回の計画を決断した。最も厄介なのは国民達にどう説明するかだが、それは天変地異が起きると発表することで事なきを得た。当初こそ国民達は戸惑っていたが、計画の進行状況等の発表により今では落ち着いている。

 

「まあ、穢れに侵されない俺には特に関係ないけどね」

 

「貴方は何時も気楽ね」

 

「俺に責任の追及が来る訳じゃないかな」

 

「少しは労おうとは思わないのかしら?」

 

「胸でもお揉みしましょうか?」

 

「そう言えば新薬が」

 

「ごめん調子乗った」

 

 何か毒々しい色をした薬品を掲げた瞬間全は額を擦りつけて謝罪する。もはやこれが日課になって来ている気がしてならない。

 

「しかしお嬢も随分大きくなったよねえ」

 

「またセクハラ?」

 

「いや、違うから。胸じゃないから」

 

 そう言いながら全は昔を思い出す。

 

「前は腰より少し上って位だったのに…。今や肩位だもんなあ。後性格が悪くなった気がする」

 

「私だって成長はするわよ。あと貴方への仕打ちは愛情表現よ」

 

「便利だね愛情表現って…。愛憎表現の間違いじゃない?」

 

「私を病んでいるみたいに言わないで頂戴」

 

「病んでるよ。主に頭があ!?」

 

 そう呟いた全の額に劇薬がぶつけられる。

 

「額が!額が焼ける様に痛いいいィィィィ!!?」

 

 ヒリヒリと痛む額を撫でながら全は永琳に渡された氷を当てる。

 

「貴方死なないから便利よね。存分に鬱憤を晴らせるわ」

 

「死ぬから!ただ運が良かっただけで普通に死ぬから!!」

 

 永琳の言葉に必死に否定する全。これから先毎日こんな目に会っていたら堪ったものではない。

 

「貴方は本当に騒がしいわね」

 

「ええ~……」

 

 永琳の理不尽な言葉に全はげんなりと項垂れる。とはいえ全も普段から同じことをしている為強く言いだせない。

 

「お嬢がだんだん汚れていく」

 

「あら、誰にも汚されてないわよ?」

 

 そう言いながら胸を強調するように腕を組む永琳。その姿に全は呟く。

 

「むしろ汚す程の額があアアアアァァァ―――――!!!」

 

 全の言葉に永琳は何の躊躇いもなく劇薬を被せる。再び走る激痛に全は悶える。

 

「何て言ったのかしら?聞えなかったからもう一度言ってくれないかしら?」

 

「――――――――っ!!」

 

 永琳の言葉に答えることも出来ず全は声にならない悲鳴を上げながら床を転がる。

 

「氷!氷!!氷をください!!」

 

「……あそこに置いてある薬」

 

 その言葉に全はその薬に飛び付く。

 

「――――は劇薬よ」

 

「危ねぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 薬の蓋を空けた瞬間元に戻す。

 

「あら残念」

 

 殺しに掛かってきやがった。

 永琳の表情に戦慄しながら全はまた劇薬を被せられないか警戒する。

 

「本当に失礼ね。これでも求婚者は結構いるのよ?」

 

 危うくそいつの眼は節穴だ、と言いそうになるが全は先程の教訓から口を閉じる。

 

「確かによくそんなのが来るな。永琳がそれを見ていた所を見たことなんてないけど・・」

 

「興味無いもの」

 

 その言葉に全は求婚者たちに合掌する。

 

「ちなみに貴方にも来てたわよ?」

 

「え、何それ初耳」

 

 永琳の言葉に全は軽く驚きを露わにする。

 

「どうせ興味無いでしょう?」

 

「まあね」

 

 そんな気持ちは無いし、今の生活の方が良い。それにそんなことをしたら他の奴の心配をしなくてはならない。何より――――

 

「もう仕えている人がいるからね。今の主人より良い人なんて考えられないから」

 

「貴方って恥ずかしいこと平気で言うわよね」

 

「自分に正直なもんで」

 

 永琳の言葉に笑顔で答える全。永琳は僅かに顔を逸らす。

 

「お嬢が恥ずかしがるのも久しぶ、っり…だね」

 

 飛んできた劇薬の入った瓶を受け止め全が口を開く。

 

「……はあ、それじゃあ貴方は私にずっと仕える気?」

 

「ん~、少なくともお嬢が俺を捨てるまではね。まあ、お嬢以外に仕える気も特にないから、捨てられたらあとは自由に生きていくさ」

 

「そう、なら結婚を考える必要もないわね」

 

「?それとこれって何か関係あんの?」

 

「手の掛かる人がいるもの」

 

「………遠回しに迷惑掛けるなって言ってる?」

 

 全の言葉に永琳は微笑を浮かべる。

 

「さあ、どうかしらね」

 

 そう言いながら部屋を去っていく永琳。閉められた扉を見ながら全は呟く。

 

「まあ、どれだけ迷惑掛けようと傍にいるんだけどね」

 

 その言葉に扉の向こう側で永琳は再び微笑を浮かべる。

 

「本当、手の掛かる男性(ひと)」

 


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