『少佐!三時の方向から妖怪が多数向かって来ています!!』
「あいよ」
通信機から聞えてきた声に軽く答え全は言われた方向を見る。
「あ~…面倒臭いからこれで良いや」
全は霊力を凝縮したビー玉程度の小玉を伝えられた方向へと放つ。その数三十。そのどれもが中級程度の妖怪なら易く消し飛ばすだけの威力を秘めている。
次の瞬間に聞えてくるのは轟音。次いで衝撃が伝わってくる。
『――――――全滅を確認。帰還してください』
「はいよ」
それだけ答え彼は通信を切った。
◆
「これで何回目かしら?」
正座をする全の目の前で腕を組んで見下ろして来る永琳。表情こそ笑ってはいるがその目は全く笑っていない。
「二桁…かな?」
そこから放たれる威圧感に曖昧な笑みを浮かべ何とかこの状況を脱しようとする全。だが彼女から放たれる怒気はふくれあがるばかりだ。
「今回で三桁になったわね」
「……それはまあ……頑張ったな」
「頑張ったな、じゃないわよ!!」
全の言葉に永琳が怒鳴る。
「突然警備隊と一緒に妖怪の相手をするなんて言い出して!あれほど駄目と言ったのに何で分からないのかしら!?」
今迄にない程の大声に全の肩が恐怖で震える。
「大体、貴方は私の護衛でしょう!?護衛対象を放っといて良いとでも思ってるの!!?」
「い、いや…その、あれだ。護衛するのに少しでも強くなっておこうと」
全も何とか弁解しようとするが如何せん永琳の怒りの形相で完全に腰が引けている。
「そう思うなら実戦以外でも筋力を高めたりもするでしょう!そもそも私に一言も無しに行くこと自体が信じられない!!」
「…………はい」
まるで妻に叱られる父というかの様な構図が出来上がっていた。
「………はあ、もういいわ!一日外で反省でもしてなさい!!」
「え、嘘!?ちょ、待ってお嬢!!すみません!すみませんでしたから!路上生活は嫌だあああぁぁぁァァ!!!!」
黒服の男達に両腕を掴まれ全は連れて行かれた。
研究所の外に放り出された全。屋敷に帰ろうにも鍵など持っていない。それに永琳が屋敷に連絡し中へは入れさせないだろう。
「……どうしよう」
路上生活より牢屋に入れられる方がまだ良かった。
そう思いながら全は頼りになりそうな知人を思い出す。
「おっさんは考えるもなく却下。オカマは迷惑になるだろうし…てか掘られたくないし……」
だが一向に頼りなりそうな知人は出てこない。
「―――――――あ」
そう言えば一人だけ頼りになる奴がいたではないか。
全は思い出すとすぐさまその者の家へと歩を進める。
「一応連絡入れた方がいいか」
全は呟きながら小型端末を取り出すと目的の人物へ連絡を入れる。
「あ、もしもし?俺だよ俺、いや俺だって。そうそう、朝方パン派の俺だよ」
街中を歩きながら俺俺と連呼する全。通行人も不審人物を見るかのような視線を見せるが全の姿を確認すると納得したように通り過ぎて行く。……実に嫌な認識である。
「そう、すんませんね。じゃあ、今そっち向かってるんで、じゃねー」
ホッと胸を撫で下ろしながら端末をポケットへと仕舞う全。その表情からは安堵の色が窺える。
「――――――いやあ、よく不敬罪にならなかったなぁ」
そう一言呟き、全は雑踏の中を進んで行った。
◆
「おっす、おっす。お世話になるね月夜見の嬢ちゃん」
そう言いながら現れた人物に挨拶する全。この男、敬う気配が欠片も見えない。
「別に良いよ。永琳に追い出されたんだって?大変だねェ」
「今回はマジで怒っちゃったらしくて、牢屋にすら入れてもらえなかったよ」
「ちょっと待って、貴方達の中じゃ家から追い出されるのは牢屋に入れられることより酷いことなの?」
「それはもう。遠回しに死んでこいと言われたようなもんさ」
「貴方達の考え方凄いね」
苦笑しながら中へと招く月夜見。全は一言おじゃましますと言うと中に入る。廊下を歩きながら全は周囲に目をやるがどこも綺麗に掃除させられ汚れなど見受けられない。
『月夜見様が男の方をお招きになったらしいわよ』
『え!?そ、それでお相手はどんな方なの?』
「…………」
「気にしないでね?単純に永琳以外は人なんて殆ど呼ばないからどうしてもね…」
月夜見は溜息を吐きながら先へと進んで行く。やがて彼女は一つの扉の前で止まった。
「客間は後で色々手配しておくから、取り敢えず私の部屋で時間でも潰してて」
そう言って部屋の扉を開け中に招くと月讀は使用人たちの下へと向かう。
「……女の子の割に気にしないんだな」
小さかった時のお嬢は部屋に間違えて入っただけで怒ったのに…。
そんなことを考えながら全は近くに置いてあった写真立てを覘く。そこには笑顔でいる永琳と月夜見の姿があった。
「……許してくれっかなぁ」
永琳の怒りの形相を思い出し、果たして明日生きていられるのだろうかと不安になる全。
珍しく自信なさげな声が部屋の中に静かに木霊した。
◆
「彼、結構凹んでるよ?」
空が夕暮れに染まり始めた頃。月夜見は廊下で電話をしていた。
「珍しいよね。永琳が本気で怒るなんて」
『今迄全く反省してこなかった罰よ。いい薬にでもなったんじゃないかしら。いい気味だわ』
端末から聞えて来る友人の言葉に月夜見は苦笑する。
「そう言いながらも様子を確かめる辺り、結構心配してるんだね」
『そんなわけないでしょう。只貴方に迷惑が掛かって無いか心配しただけよ』
そう言っているもの、友人として今迄長く接してきた月讀には永琳が僅かに動揺していることが分かった。
「全然平気だよ?彼、面白いから皆気にいってるし。貰っても良い?」
『私の護衛だから駄目よ。諦めなさい』
月讀の言葉に即答する永琳。それに僅かに驚き、月讀は悪戯っ子の笑みを浮かべる。
「へ~、随分気にいってるんだねェ?彼に恋でもしちゃったのかなあ?」
『まさか、寧ろ呆れしかないわよ』
その言葉に月讀が乾いた笑いを上げる。
「あ、あははは。じゃあ、一日借りていい?家の使用人より家事が上手だから頼りになるんだよね」
『…え?彼、家事なんて出来たの?』
「……え、もしかして知らなかった?」
『ええ、まあ。そう、彼、家事なんて出来たんだ。それで、今は彼どうしてるの?』
「酔い潰れちゃった。永琳に捨てられたらこれからどうしようって縋り付いて来たよ」
『……はあ、捨てるなんて誰も言ってないのに』
「大丈夫!そしたら家で雇ってあげるって言っといたから!!」
『何処が大丈夫なのよ。渡さないわよ』
「ケチ~」
『はいはい、明日になったら。それまでは頼んでもいいかしら?』
「おっけー、任せといてー」
二人はその後一言二言交わすとやがて通話を終える。
「『渡さない』かあ」
永琳が言っていた言葉を思い出し月讀はニヤニヤと笑う。
「何だかんだ言って大事なんじゃん」
そう呟きながら上機嫌で月讀は廊下を歩いて行った。
◆
「………」
翌日、全は緊張しながら屋敷の戸を開ける。
月夜見は大丈夫と言っていたが…。
戸はカラカラと音を立てて開く。そこから僅かに顔を覗かせながら全は屋敷の中へと入る。
「た、ただいま~……」
「おかえりなさい」
「うおっ!?すんませんでした!!」
目の前にいた永琳の姿に全は条件反射で土下座する。
「………もう怒ってないわよ」
その言葉に全は恐る恐る顔を上げる。
「…本当でしょうか」
「本当よ」
「本当の本当に…?」
「ええ、本当の本当によ」
その言葉に全は胸を撫で下ろす。
「ただし――――」
その言葉と共に目の前に突き付けられた一枚の神。全はそれを手に取る。
「その紙に書いた料理を御馳走しなさい。それで許してあげる」
そう言われ全はもう一度紙に目を通す。
「え、えっと・・・昨日は少し言い過ぎたわ。その―――――ごめんなさい」
その言葉に全が視線を永琳に移すと彼女は頬を僅かに赤く染めながら視線を逸らしている。
「……全くだな、俺はお嬢を一番に考えてやっていると言うのにぃ!?」
「調子に乗るな」
「……すいませんでした」
痛みで僅かに涙を浮かべ謝る全を見て永琳はくすりと笑う。
「貴方の料理、楽しみにしてるわよ」
「任せとけー!」
そう言いながら歩いて行く永琳に全はそう大きな声で答えた。
後日談
『何で出来るって言わなかったのよ』
『いやあ、お嬢の料理が好きだったからさ……それに作るのだるくて(ボソッ』
『………』
『?』
『やっぱりこれからも作らなくて良いわ』
『?まあ、お嬢がそう言うなら良いけどさ。俺は楽が出来るし』
『……♪』