東方渡来人   作:ひまめ二号機

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四歩目 常識なんて人それぞれ

 

 嬢ちゃん―――今はお嬢と読んでるが―――に牢から出され早数十年。時が経つのは早いものだ。

 

「…久しぶりおっさん」

 

「…………馬鹿野郎が」

 

 俺は再び牢に入れられてます。

 

 ◆

 

「で、八意様に今度は何したんだ?今回で十五回目だぞ?」

 

 昔と変わり、鉄格子ではなく全て白に統一された白い空間。その牢屋の外側から話しかける看守は雑誌片手に全に視線を移す。

 

「仕事しろよ。それがよ、今回ばかりは俺は悪くねえと思うんだ。屋敷の中に上官がいたから……」

 

「ああ、成程。殺そうとしたのか」

 

「いや、何処に苛立ちをぶつけるか迷ってお嬢の寝顔に落書きした」

 

 心底残念そうな表情をする全に看守は呆れる。

 

「お前、よく殺されなかったな。少なくとも職は失いそうそうなもんだが…」

 

「首になったら俺何処で生活すればいいと思う?」

 

「路上で寝てろ」

 

「おっさん、俺達の仲だろ?そんな冷たいこと言うなよ」

 

「囚人と看守の仲だな。八意様もお前を評価してるから首にしないんだぞ?最近はお前も有名になってきているんだ」

 

 その言葉に全は怪訝そうな表情をする。

 

「え、俺変な噂が立つようなことしてねえぞ?」

 

「最初にそれが出るのはどうかと思うぞ?八意様が特定の者を御傍に就けることなんてなかったからな。それも数十年も」

 

「前任は俺よりも馬鹿な事をしたのか」

 

「お前ほど馬鹿な事をする奴はいねえよ」

 

「ぶっ殺すぞ万年禿じじ―――――!?」

 

 突然全の顔面に衝撃が走る。その痛みに涙を浮かべながら全は看守を睨み付ける。

 

「な、なあおっさん。今何した?見えなかったんだけど、何か顔面が痛いし鼻血も止まらねえし」

 

「お前はもう少し護衛としてのな――――」

 

「おいおっさん。鼻血が!鼻血がとんでもない程出てるんですけど!?」

 

「だからな―――――」

 

「聞けよ!?テメェだろ!?これやったのテメェだろ馬鹿親!!」

 

「誰が馬鹿親だ!昔はなぁ、パパって呼んでくれたんだぞ!?」

 

「テメェの昔話なんざどうでもいいんだよ!!毎回毎回下らねえ話しやがって!!」

 

「俺の娘を下らねえつったなクソ餓鬼!その綺麗な面を深海魚みてえにしてやらあ!!」

 

 互いの胸倉を掴み叫ぶ大人たち。何と醜い光景だろうか。

 

 ◆

 

「全、いい加減反省してくれたかし………ら」

 

「何が不良だ!ただの反抗期だろうが!!」

 

「あんな優しい子がそんな訳ねえだろうが!!きっと脅されてんだよ!!」

 

「現実見やがれクソ爺!」

 

 永琳の視線の先。そこには何故か牢から出ている全と監視をしていた筈の看守。互いに胸倉を掴み鼻血を出しながら大喧嘩をしている。そして話している会話は娘がどうとか。

 

「……はあ」

 

 最早何も言えず永琳は近くに置いてあった椅子に腰を掛ける。

 二人とも頭に血が上っているのだろう。永琳が入って来たことになど全く気付いていない。

 

「……何やってるんだか」

 

 喧嘩している二人に溜息を吐く。彼女も以前の様な可愛らしさではなく女性としての魅力が出始めていた。

 幽閉されていた全を助けて既に数十年。自分はこれだけ変わっていても彼には全く変化が見受けられない。何時も楽しそうに生きている。

 

「これだけ変わらないのも珍しいわね」

 

 永琳がいることに気付いたのだろう殴り合っていた全が近寄って来る。

 

「仕事は良いのか?」

 

「ええ。もう終わったわ。それより顔が血だらけよ?」

 

 そう言われ全は顔の血を服の袖で拭おうとする。

 

「服が汚れるでしょう。これ、使いなさい」

 

 そう言って永琳は持っていたハンカチを渡す。

 

「悪いな」

 

 それを特に気にすることなく受け取る血を拭う全。永琳はその様子を苦笑しながら眺めている。

 

「これは八意様、御息災何より」

 

「ええ、そちらこそ」

 

 挨拶をする看守。その顔は先程までは全と同様に血で汚れていた筈なのにまるで何事も無かったかのようになっている。

 

「お嬢、おっさんを地球上の生物に当て嵌めて考えるなよ。おっさんは理不尽から生まれて来たような奴だ」

 

「変なことを言ってんじゃねえ」

 

 全の言葉に永琳は取り敢えず看守についての疑問は考えないでおこうと決めた。

 

「しかし、思ったより早かったな」

 

「簡単な雑務ばかりだったのよ」

 

「ふ~ん…まあ、御苦労さま。じゃあな、おっさん」

 

「おう、八意様に迷惑掛けるなよ」

 

「それには期待するな」

 

「ああ、迷惑掛ける気なのね」

 

「掛けないんで家に置かせて下さい。路上生活は嫌です」

 

「はいはい、別に捨てないわよ」

 

「永琳さん流石っす、素敵っす、普段は何処かおかしいけど」

 

「………そう言えば首輪を買わなくちゃ――――」

 

「すみませんでした!お嬢は完璧なお方です!!」

 

 そんなふざけた遣り取りをしながら二人は屋敷へと帰って行った。

 

 ◆

 

 永琳の背後。そこに寝転がり床を回っている全がいた。暫く回り続けていると全は突然永琳を見る。

 

「…お嬢、暇だ」

 

「そこにある本でも読んでいたら?」

 

「もう読んじまったよ」

 

 その言葉を意外に思いながら永琳は何か暇を潰せそうな物があったか思いだす。だが、数十年もいた屋敷の中では彼にとって特に目新しい物等思い当たらない。

 基本的に全は暇を嫌う。暇になると考え方や行動が子供っぽいのだ。それは二百歳をとうに超えた男がどうなのだろうと思われるだろうが永琳には何となく微笑ましく思える。

 

「なら何か探してきたら?」

 

 永琳が放った言葉に全は暫く天井を見る。どうしたのかと見てみると何か気になる物があったのかボーっとしやがて口を開いた。

 

「女は天井の染みを数えてると辛いことがすぐ終わるらしいぞ」

 

「―――――!?」

 

 全が何となく発した言葉に永琳は思わず噴き出しそうになり赤面する。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんなの何処で聞いたのよ!?」

 

 世間知らずだった彼がそんなことを知っている筈がない。それに自分が知っている範囲では誰かに教え込まれていた記憶は無い。というか何か違う。

 

「いや、店に飲みに行ったら隣に座ってた爺さんが教えてくれた」

 

 その言葉に永琳は目眩を覚える。

 ああ、またか。以前も何処からか全はそう言ったことを覚えて来た。ただし普通に知っていることとは何処か間違っている。

 全は知っている物と知らないものが極端だ。彼は恥ずかしい話ではないと思っているのだろう。

 

「しかし、何で女だけなんだろうな。天井の染みに男じゃ感じれないものでも感じるのかね?」

 

 やはりそうだ。彼が今迄生きて来てどうしてこういった物に触れてこなかったのかは甚だ疑問に思う。そして、こんなことを他人と喋ること等無かった私にもどうやって言えば良いのか分からない。というか恥ずかしい。

 

「さ、さあ。迷信か何かじゃないかしら。もしくは心構えみたいな。と、とにかくあまりそう言う物は人に話しちゃいけないわよ?」

 

 どうしたものか。あれはどうにかして治さないといけないかもしれない。あれでは親に自分がどうやって生まれたのか聞いている子供の様なものだ。いや、流石にそれより知識は持っているが。

 

「あ~暇だ」

 

「…そうね」

 

「…………………」

 

 そんなことを考えていると不意に視線を感じる。見てみれば仏頂面をして私を見つめている全。

 

「な、何かしら…?」

 

「…………」

 

「?」

 

「…………何でもねえ」

 

 そう言って寝転がる全。だがほんの少し経つとまた此方をじっと見て来る。

 

「…貴方って子供っぽいわよね」

 

「失礼な、子供心を忘れないピュアな大人なだけだ」

 

「……ええ、ある意味ピュアね」

 

 全の言葉に意味深に頷く永琳。それに全は首を傾げる。

 

「それで?どうしたいの?」

 

「何か暇を潰せる物ないか?」

 

「…あ、そういえば」

 

「む、何かあるのか?」

 

「そうねえ、最近中々興味深い子が―――天照大御神様の妹なのだけれど」

 

「何だ天照か…」

 

 その名を聞くと全は再び床に転がる。

 

「一気に興味を失ったわね」

 

「いや、良いよ。そう言うお偉いさん方は苦手なんだ」

 

「私もそのお偉いさんなのだけれど」

 

「お嬢は別。…けど、それ以外特にないかァ」

 

「そうね。後は貴方が興味を示す物は無いわ」

 

「仕方ない。会いに行ってからかおうかなあ」

 

「言っておくけど、失礼の無いようにね」

 

「ごめん、迷惑掛けちゃうかも」

 

「そしたら三十年位あそこに打ち込もうかしら」

 

「勘弁してくれ。あんなむさい男と顔合わせるより、永琳みてえな美女と一緒にいる方が何百倍とマシだ」

 

「そ、そう。ありがとう」

 

 その言葉に僅かに頬を赤く染め照れた様子の永琳。それを見て全は笑った。

 

「何よ…」

 

「いや、まだまだ子供だなぁってよ」

 

「貴方には言われたくないわよ!」

 

 ◆

 

「外に出たのは失敗だったのだろうか」

 

 看守からの話等とうに忘れていた全は集まる視線を鬱陶しそうに呟く。

 

「そうかしら。というか、貴方軍服以外の服装って持ってるのね」

 

 今の全はブラックスーツに身を包み、黒いハットを被っている。

 

「まあ、これ一着しかないけどな。後は全部軍服だ」

 

「そう言えば貴方の服をちゃんと買ってあげたこと無かったわね」

 

「軍服で良いんだよ。どうせ何時も汚れるんだから。それにこれ被ってるのだって視線が他の奴らに見えないようにだし」

 

「お洒落で買おうとは思わないの?」

 

「ん~、あんまそう言うのに興味ねえからな」

 

 正確には永琳に任せると凄いことになりそうで怖いだけなのだが、それを口に出す程彼も愚かではない。

 

「そう……」

 

 その言葉に永琳は何かを思案していた。

 

 ◆

 

「どうしようお嬢。速攻で此処から逃げたくなって来た」

 

「……貴方それでも護衛?」

 

「仕事に私情は挟まないから大丈夫。今は違う」

 

「諦めなさい。貴方が行くと言ったから此処まで来たのよ?それに天照大御神様はご多忙だからきっと会わないわよ」

 

「よし、行くぞお嬢。敵は何処だ!」

 

「敵じゃないわよ」

 

 急に元気を取り戻す全を永琳はジト目で睨む。

 

「取り敢えず何時上官にあっても大丈夫なように…」

 

「いないから!此処にはいないから、ナイフを構えない!」

 

「お嬢!此処は戦場だぞ!?」

 

「貴方が此処を戦場にしようとしてるのよ!」

 

「お嬢、何一人で盛り上がってんだ?」

 

「え!?あれ!?おかしいのは私!?」

 

 先程までのノリが嘘であるかの様に突然冷静になった全に永琳は慌てふためく。

 

「………お嬢」

 

「ち、違うでしょ!今のは絶対私はおかしくないでしょう!?」

 

「お嬢、きっと誰だってそう言う時はあるさ」

 

「止めて!私をそれ以上可哀想な子みたいに見ないで!!」

 

「貴方達何やってるの?」

 

 騒がしい二人に掛けられる声。永琳と全がそちらに顔を向けると永琳より年下であろう少女がいた。

 

「月夜見!」

 

「知ってるのかお嬢!?」

 

「ええ、彼女の名前は月夜見。屋敷で話していた子はこの子のことよ」

 

「永琳、急にどうしたの?」

 

「(月夜見で)遊びに来たのよ。こっちにいる彼は渡良瀬全。前に話した私の護衛よ」

 

「お嬢がすみません」

 

「さらりと私の我儘みたいに言うの止めてくれないかしら」

 

「―――――え?」

 

「何よその顔」

 

「あははは、何かよく分らないけど面白い人だね」

 

 二人のやり取りに朗らかに笑う月夜見。

 

「お嬢、遠回しに馬鹿にされていますよ。あと服も」

 

「貴方が考え過ぎなのよ。というか、後半はどういう意味かしら?」

 

「きゃー!お嬢様が!お嬢様がーー!!」

 

「―――!?止めなさい!また変な注目されちゃ―――――」

 

「また、珍妙な研究をー!!」

 

「あ、何時も通りね」

 

「それはどういう意味かしら月夜見?」

 

 ◆

 

「「俺(私)は悪くねえ!俺(私)は悪くね――――」」

 

「犬小屋が二つほど必要だったわね」

 

「「誠に申し訳ありませんでした」」

 

 永琳の言葉に額を擦りつけて謝る二人。

 

「………」

 

「月夜見様が私にそう言えと…」

 

「ちょ!?私を裏切る気!!?」

 

 全の嘘八百の告発に隣で一緒に謝っていた月夜見が顔を上げる。

 

「大人とは卑怯な生き物なのです」

 

「貴方みたいな大人にはなりたくないわよ!!」

 

「そう、その心意気です!貴方なら何れあの永琳(まおう)も倒せ――――!?」

 

「誰が魔王かしら?」

 

 笑顔で全の頭を踏み潰す永琳。その表情に月夜見は完全に恐れ戦(おのの)いている。

 

「お嬢、はしたない真似は止めた方がいいかと――――下着が見えてしまいますよ?」

 

「―――――っ!?」

 

 その言葉に永琳はすぐさま全から離れる。

 

「ま、まさか見たの?」

 

「ふむ、し―――――んでしまいますから矢を番えるのは止めてください!見えてない!見えてないから!!」

 

「え、永琳、流石に部屋でそれは…」

 

 月夜見の言葉に永琳は弓を下ろした。

 

「そうね。嘘じゃないみたいだし――――」

 

「月夜見様!貴方は天使だ!」

 

「やっぱり殺しましょう」

 

「え、永琳!?」

 

 ◆

 

 既に外は暗く、空には数多くの星々が輝いていた

 

「いやあ、中々面白かったなあの月夜見って子」

 

「貴方達、随分仲良くなっていたわね」

 

 笑う全と反対に永琳は少し拗ねたように言う。

 

「友達を取られて嫉妬ですか?お嬢さん」

 

「そう言う訳じゃないけど・・・それで、用がないなら帰るけど」

 

「ああ、俺あそこに行きたいんだけど」

 

「またあそこに?三日に一度は行っているわよね?」

 

 苦笑する永琳に全は照れたように頬を掻く。

 

「いや、気に入っちゃって」

 

「仕方ないわね。徒歩で行くの?」

 

「いや、能力で飛ぶ。ほれ…」

 

 そう言って全は手を差し出す。その手に永琳は頬を僅かに赤く染めながら自分の手を重ねる。

 

「何と言うか…一々こうするのが恥ずかしいんだけど……」

 

「いやあ、練習不足ですんません。んじゃ飛ぶぞ」

 

「ええ」

 

 その言葉と同時に周囲の景色が一変する。先程まで様々な建物が並んでいた町並みから月の光に照らされた花畑になっていた。 

 そこは嘗て永琳と薬の材料を採りに来た花畑。

 

「前より随分増えたわね」

 

「……地道に頑張って来たからな」

 

「そうね」

 

 空に浮かぶ星を見ながら、やがて永琳が口を開く。

 

「永遠に咲き続ける。ねえ、貴方から見たらそれはどうかしら?」

 

 その言葉に全は肩を竦め、辺りに咲いている花々を見る。

 

「生憎、美しいとは思うけど、それになろうとは思わないな。俺は地べたに座ってそれを眺める方が好きだ」

 

「…そう、貴方らしいわね」

 

 その言葉に永琳は薄く微笑む。

 

「だろ?」

 

 その言葉に笑う全。二人は暫く笑いあっているとやがて元の街並みへと帰って行った。

 屋敷を出た時と同じく

 

「今の俺かっこよかったんじゃね?」

 

「貴方は相変わらず、締まらない男(ひと)ね」

 

 星の様に輝く女と花の様に笑う男はふざけ合いながら帰って行った。

 

 

 


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