東方渡来人   作:ひまめ二号機

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文章量が少ない(嘆き)


三十九歩目 忘れぬ出会い

俺は緋桜の手を引いて森の中を歩く。

 

「スキマ女さんは出てこないでねぇ~」

 

 祈る様に呟きながら歩く。隣を歩く緋桜は糸を森中に張り巡らせて今も周囲を警戒している。言われなくてもやってくれるこの娘はよく出来た娘だ。俺の教育の賜物と言っても過言ではないと思う。

 

「どうだ緋桜」

「特に何も……あ」

 

 何もないと告げようとした瞬間、緋桜の指が動く。

 

「どうした?」

「反応有り…これは、村です」

「それじゃ、そこがウィルの言ってた餌場か」

 

 餌場を見つけたは良いが…。はてどうしたものか。ウィルからその不愉快な奴の名前も特徴も聞いていない。

 思考を巡らせていると緋桜が服の裾を引っ張って来る。

 

「ん?」

「何か…変な感じがします。この村……綺麗で気持ち悪い」

「綺麗?」

「全然空気が淀んでないです。…少し近付きたくない」

「ふむ」

 

 この森や城の中には多くの妖怪たちがいる。それは詰まる所、此処等一帯に妖気が満ち溢れていることでもある。そんな所の近くでありながら全く淀みがないなんてことは有り得ない筈だ。

気になる…非常に気になる。だが…

 ちらりと横を歩く緋桜を一瞥する。

 この身体(・・・・)である俺は差した問題はない。しかし、緋桜はそうでないかもしれない。だからといって緋桜を一人で城に帰らすのも心配だ。

 

「緋桜、少しだけならそれは我慢できるか?」

「…たぶん」

 

 俺の言葉に頷く緋桜に、俺はその村に行くことを決めた。

 

 ■■■

 

 村は森出た少し先にあった。規模としては中々のもので、川に隣接していることもあり、村の中である程度の自給自足が出来ていた。

 遠目で見るだけでその村の違和感はハッキリと感じられた。確かにこれは…。

 

「気持ち悪いな」

 

 それを見ただけで毛が逆立つような感覚を覚える。緋桜の言った通り、その場所には淀み―――穢れがなかった。

 

「何が起きてやがる」

 

 月人が見たら大喜びしそうだ…。

 そう考えながらその村へと近づいて行く。

 

「…中に入ってて良かった」

「?」

「何でもないよ。こっちの話だ」

 

 首を傾げる緋桜の頭を撫でて歩き出す。

 もし私(・)が出てたらこの村には近づく気すら失せているだろう。

 俺と緋桜を能力で村人たちの視覚外に渡らせる。こうすれば別段怪しまれることもないし、余程のことがない限りはバレないだろう。

 

 村の中は極々平凡なものだ。どこにでもある農具を使って畑を作り、何所にでもある道具で魚を取る。しかし、その様子は此処においてはその意味が大きく異なってくる。

 大妖怪と無数の中級妖怪たちが犇めく森のすぐそばで、まるで何事もないかのように生活しているのだ。これを異常と言わず何と呼ぶ。

 

「緋桜、まだ大丈夫か?」

「…はい」

 

 少しだけ顔色を悪くした緋桜を気遣いながら村の奥へと進んでいく。

 

「………あれか」

 

 村の奥、他の家屋よりも丁寧に作られた造りの大き目な教会の様な建物。そこから、僅かに力が這い出るのを感じる。

 その建物に近づけば近づくほどに己の中の不快感が増していく。吐きたくなるような不快感の中を突き進み、俺はその扉を開け放つ。

 

「――――」

 

 開け放たれた先には無骨な広間があり、奥には何かを奉る祭壇らしき物があり、他には何も見受けられない。いや、何もないわけではない。正確には、一人いる。

 

「………」

 

 開け放たれた間の中央に座して祈りを捧げる少女。後姿からでも、その背丈からこの少女がまだまだ幼い子だと分かる。

 

「…誰ですか?」

 

 舌足らずな、幼子の声が響き、俺は自分の身体が呼吸さえも忘れて固まっていたことに気付く。

 光を照り返す金色の髪と、海の様に深い蒼の瞳。幼いその容姿は、あと数年もすれば見惚れるほどの綺麗な姿へと成長することが予想できる。

 

「誰ですか?」

 

 聞こえていないと思ったのか、もう一度先と同じ言葉を投げてくる少女。しかし、二度目の言葉にも、俺は何も答えることが出来ずただ少女を見つめているばかりだった。

 


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