東方渡来人   作:ひまめ二号機

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以前の小説に三十八歩目なんてなかった


三十八歩目 不安

 

拝啓 幽香嬢へ

 お久しぶりです。体調は如何でしょうか。花たちは元気でしょうか。

 私は今遠く離れた大陸にいます。そちらとは環境も違く、中々上手くいかない日々ですが頑張っています。

 城主の奴隷にされて暴力の捌け口にされる度に殺意が芽生えます。途中からは私の言葉を城主は無視ばかりで、今では頬が必ず赤く腫れていないと私とは認識されないのではと思うばかりです。

 そんな日々ですが私は頑張っています。ただ一つ言うことがあるなら―――

 

 幽香嬢の攻撃ってむっちゃ軽いんすね(笑)

 

 それでは再び会える日を楽しみにしています。

敬具

 

 

「………」

 

 窓から入ってきた一通の手紙に目を通した幽香は、無言のままその紙を破り裂いた。

 

 

 

 ウィル―――ウィリアム―――は暇つぶし程度に人をいたぶる奴である。そしてここ最近標的は大体俺である。解せぬ、ふざけるな悪魔かこの野郎。…悪魔だったか。

「………」

 吸血鬼の膂力を考えればこれでも相当手加減してくれているのだろう。しかし、それでも痛いものは痛い。赤く腫れた頬からの痛みに顔を顰めながら俺はシャボン玉を宙に浮かしていく。

 

「…おい」

「………」

 

 ふわふわと浮かぶシャボン玉ゆっくりと漂い、ウィルの眼前で弾ける。

 

「おい」

「……」

 

 再びシャボン玉を浮かばせて俺は虚空に目をやる。俺の下を離れたシャボン玉は再びゆっくりと宙を舞い、今度はウィルの鼻先に触れて弾ける。

 

「いい加減にしろ」

「あだだだだだだ!!?」

 

 度重なる嫌がらせにウィルも実力行使に出る。俺の腕を掴むと容赦なく関節を外してきた。

 

「言うことがあるだろう」

「サーセン」

「もう一度言おう。言うことがあるだろう?」

「……申し訳ありませんでした」

 

 腕だけでなく脚にまで手を伸ばした瞬間、俺は反射的に謝罪を口にしていた。その速度は正しく本能的に危険だと悟ったが故のものだろう。こんな状況でなければ、我ながらあっぱれと言いたくなってしまう。

 俺の言葉だけでない謝罪を聞いたウィルは『珍しく』俺を素直に開放してどかりと椅子に腰かける。

 

「何か問題でもあったか?」

 

 それほど長い付き合いという訳でもないが、今のウィルの表情が何時もとは違うということは気付ける程度には俺はこいつを知っているつもりだ。無論多少の自惚れもあるがな。

 

「………」

「何か面倒なのが出たなら、俺が消してやろうか?」

 

 黙りこくるウィルに、俺は話をかける。床に積まれた本の山に腰かけその体面に座る。

 

「…問題、と言うほどではない。だが、面倒…いや、不愉快ではある」

「また珍しいなお前を不愉快にさせる奴がいるとは」

「今私の目の前に常日頃から不愉快にさせるゴミがいるがな」

「…自殺しろってか?」

「誰もお前が私を不愉快にさせるなどとは言っていないぞゴミ」

「おい、ナチュラルに人をゴミ呼ばわりすんな。危うくスルーしかけたぞ」

「悪いゴミ。不快にさせたなら謝ろうゴミ」

「語尾みてえな使い方すんな」

 

 何時までも経っても話が進まない会話に飽きたのだろうウィルはその言葉に返すことなく用件を伝えだす。

 

「この近くに下僕共の餌場がある。そこに最近、不愉快な輩が現れた」

「不愉快、ねえ」

「お前はその輩を調べ上げろ。もし、歯向かうようなら―――」

 

 そこから先を口に出す必要などない。それ以上は口を開かないウィルに僅かに目をやり、俺は立ち上がる。

 

「緋桜」

 

 呼べば俺の指輪が変化して一人の少女が現れる。

 

「何ですか?」

「話は聞いてたな?」

「はい」

 

 だったら話は早い。

 

「行くぞ」

 

 それだけ言って、俺と緋桜は部屋を後にする。廊下に出た俺は先程のウィルの様子を思い返す。

 

「心配ですか?」

 

 俺の顔を横から覗き込むようにして緋桜が問いかける。はて、顔に出ていただろうか?

 

「分かりますよ。ずっと一緒にいますから」

 

 そう言う緋桜に顔を綻ばせながらその頭を撫でる。

 

「まぁ、あれでも友人だからな」

 

 ウィルは間違いなくこの世界そのものに飽きてきている。

 俺が現れたことでほんの一時だけ、退屈が紛れたに過ぎない。再び、あいつはこの世界を飽いている。その性か、あいつは此処の所その瞳を閉じることが多くなった。

 

「きっと大丈夫ですよ」

 

 撫でる俺の手を握って緋桜が微笑む。

 

「また、全になら前の様な表情を見せてくれますよ」

「だと良いんだがな」

 

 その言葉に少しだけ口元を緩める。

 

「さっさと終わして帰って来るか」

「はい」

 

 きっとどうにかなる。そんな甘い考えだった。

 だから、あの時の俺はこの時を深く後悔した。

 行かなければ良かったと。

 


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