東方渡来人   作:ひまめ二号機

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三十七歩目 客人

 古城の門を開け、二人は無断で中へと入る。二人を最初に迎えたのは、ひんやりとした冷気だった。夏でも肌寒く感じる程の冷気を浴びながら、二人はホールの階段を上って行く。古城の中は複雑で、緋桜が糸を伸ばしていなければ直ぐに迷ってしまっていただろう。

「…誰もいないな」

 城の中を歩いて五分ほどだが、未だに誰にも会わない。緋桜の糸も何かを感知する事も無いまま二人は歩いて行く。上階へと上がって行く毎に、静寂は重圧となり、恐怖が身体を縛り付ける。

 階段を一歩踏む度に、本能が叫ぶ。逃げろと、止めろと。上に行ってはいけないと。しかし、そう叫びながらも、身体は何かに惹きつけられる様に足を動かす。

「緋桜」

 動く事が出来なくなって来ている緋桜へ顔を向ける。

 来い、と。俺の手の中にいろ、と。

 緋桜はその姿を剣へと変え、全の手に収まる。

「怖い怖い」

 おどけた様に呟く全の手は僅かに震え、汗が頬を伝う。此処までの恐怖を感じたのは何時振りだろうか。間違いなく、この上には自身を超える者がいる。あの鬼神と同等か、それ以上の者が。

 静かに、されど忍ぶことなく。自らの存在を主張するように、霊気を発して進む。

 幾階を超え、やがて階段はなくなり、扉が立ち塞がる。感じる妖気は先程の比ではない。

 重い扉を開け放ち、足を踏み入れる。そこには多くの妖怪が並んでいた。狼男や吸血鬼、死霊や悪魔、多くの者達が膝を折り、頭を垂れている。

「………」

 その向かう先、そこには一人の男がいた。満月の光に照らされ、妖しく光る金髪と、それと同じ輝きの黄金の瞳。そしてワインレッドの貴族服に身を包んだ、実に端正な顔立ちの男であった。

 男は此方を一瞥することすらなく、椅子に腰かけ本を捲る。

「騒がしい客人だ」

 不意に、男が口を開いた。

「余程の礼儀知らずらしいな」

 男の言葉に反応し、周囲の妖怪達から殺気が飛んでくる。しかし、周囲からの殺気など、目の前に居る男からの存在感の前ではまるで塵に等しい。

「無礼は詫びよう。お前がこの城の主と見ても?」

 俺の言葉遣いに殺気は強まるが、男は気にせずただ頁を捲るだけだ。

「貴様の眼には、他に誰かいる様に見えるか?」

 つまらなそうに答える男に俺は一歩近付く。

「いや、確かに、お前の他にはいないな。成程、主が主ならその配下も配下か。唯我独尊ってか?自分の上ってのが見えてないらしい」

「…なら、貴様が私の上だとでも?」

 男の目の前に転移すると共に右腕を振るう。

 だが男は俺に目をくれる事も無く、ただ文章に目をくれるだけだ。男に当たる寸前で、その拳を止める。

「どうした。私より上なのだろう?」

 成程、確かに余裕をかましてくれる訳だ。

 俺は腕をだらりと下げる。身体の力が急速に抜けて行く。もし、こいつに触れていたらただ力が抜けるだけでは済まなかったかもしれない。

「面白い事をするな。私は確かにお前を捉えた。本来なら骨だけになっている筈だと言うのに、どうやったのか、お前は私の能力から逃れている」

 主を護る様に動き出す配下達から転移をし逃れる。先程の接近だけで多くの霊力と体力を失った。この状態で奴を倒す事は出来ないだろう。

 逃げるか。

 俺は緋桜を鉄線に変化させ、最も近くにいた狼男を殺す。そしてその死体から噴き出た血液でほんの一瞬だけ奴等の視界から消える。

『狭間渡り』

 より確実にこの場から逃れる。地面に向かい拳を叩き付け、下の階へと穴を開ける。そして下へと下りようとした時。

「……っ」

 全身の力が急速に抜けて行く。膝が耐え切れず、がくりと地面に着く。見れば、奴の仲間も、その三割ほどが動けなくなっている。そうこうしている間にも、霊力と体力は奪われ、ついに緋桜も動けなくなる。俺は動けなくなった緋桜を下におろし、奴の能力から逃がすと姿を晒す。

 俺の姿を見つけ、動ける配下達が殺到して来る。襲ってきた悪魔の頭部を砕き、前に進む。それと同時に左目から小さめの鉄球と数枚の札を取りだす。

「おらぁ!腹いっぱい食えや!!」

 鉄球に霊力を込め配下達の頭上に投げる。すると、鉄球が光り輝き―――轟音を伴い衝撃を撒き散らす。鉄球の直ぐ傍にいた者は爆発で、離れていた者は鉄球から飛び出した小さな針に貫かれ内側から爆ぜて行く。

 爆発によって注意が逸れた隙を突き、俺は駆け抜ける。襲ってくる者を札を投げ付けて退け、男の下へと飛び出す。

「ほう」

「死ね」

 左目から取り出した短剣を構え、男の喉元へ投擲する。

「無駄だ」

 男に届くより早く、短剣はボロボロと崩れ去って行く。

「ぐっ―――!」

 それと同時に俺は力なく倒れ伏す。その俺の身体を配下達が上から押さえ付け、完全に身動きを取れなくする。

「残念だったな。貴様は、貴様が思っているよりも強くはないらしい」

 男が俺に語り掛け、俺の意識は闇に飲まれて行った。

 

 

 

 目を覚まして最初に視界に入ったのは薄暗い石造りの天井だった。

「………」

 無言のまま上半身を起こし、隣から聞える寝息へと目をやる。

 そこには静かに寝息を立てて眠る緋桜の姿があった。

 そのことに安堵しながらも、頭の中はこの不可解な状況の整理を始める。

 何故、あの男は俺達を殺さず、それどころかベッドにまで寝かせさせたのか。どれ程考えても俺には納得のいく答えを出せずにいた。

「あら、起きたのね」

 俺がベッドの上に座り唸っていると、入口の扉を開き一人の少女が入って来る。セミロングの金髪を左右で結い、縁の紅い眼鏡を掛け、その奥に理知的な青い瞳を持った少女だ。

「ウィリアム様が手加減無しで力を行使したと言うから心配だったけれど、思ったよりも元気そうね」

 ウィリアムというのは恐らくあの男の名前だろう。俺はその女性と向かい合い口を開く。

「何であいつは俺を助けたんだ?」

「はぁ、まずは名前を名乗るのが礼儀なのじゃないかしら?」

「……渡良瀬全だ。こっちで寝てるのは緋桜。面倒を掛けた様で済まない」

 俺が頭を下げると女性は短く息を吐く。

「まあいいわ。私はサーシャ。この城の当主であるウィリアム・スカーレット様の下で修行をしている身よ」

「と言う事はお前も吸血鬼か」

「違うわよ。私は魔女を目指してるの」

「ふーん…」

 俺が興味なさげに返事をすると、サーシャはこほんと咳をし話しを変える。

「それで、何故貴方をウィリアム様が生かしたかだったわね。それについてはあの方本人に聞いてちょうだい。貴方が起きたら連れて来るよう言われているの」

 彼女は立ち上がると、着いて来て、と言って歩きだす。俺が緋桜を一人にするべきか迷っていると、大丈夫だと言って再び歩き出して行った。

 彼女はまあ見た目通り、結構無口だ。質問した事にはきちんと答えてくれるが、それ以上の事はない。道中静かに歩いていると、奥の灯りが漏れている部屋から幾つかの叫び声が聞こえて来た。

「お待ち下さい!貴女様にその様な事は―――」

「大丈夫よ。これ位私でも出来るわ―――あ(ガシャン」

「ひいぃ!お、お怪我はありませんか」

「平気よぉ。どうせすぐ再生するもの」

「ま、またウィリアムさまがお怒りに…」

「お嬢様にお怪我が無かっただけでも良かったです」

 その何名かのやりとりを聞いていたサーシャが小さく溜息を吐く。結構働いてる奴いるなぁ。来た時は反応なんてしなかったのに。

「何をやっているのよシルヴィ」

 中は厨房だったらしい。床に落ちた食器類を召使の女達が掃いて片付けていた。そんな中、貴族服を身に纏った赤毛の女性が申し訳なさそうにしていた。

 シルヴィと呼ばれた赤毛の女性は、顔を出したサーシャを見ると顔を綻ばせ近寄って来る。

「珍しいじゃない。サーシャが地下室から出てくるなんて!」

「ウィリアム様に渡良瀬を連れて来るよう頼まれたのよ」

「渡良瀬?」

 そこで漸く、彼女は俺へと顔を向ける。

「渡良瀬全だ」

「ああ!聞いたわ!お兄様にボコボコニされたって言う人ね!!」

 彼女はその紅い瞳をキラキラと輝かせる。

 うん、いやまあボコボコニされたけどね。もう少しオブラートにね。うん……凹むわ。

「初めまして、渡良瀬全。私の名前はシルヴェーヌ・スカーレット。スカーレット家当主ウィリアム・スカーレットの妹でございます。どうぞシルヴェーヌとお呼びを」

 先程とは別人の様に綺麗な仕草で一礼するシルヴェーヌ。その顔は女性としての魅力と同時に子供の様な笑みを浮かべていた。

 彼女はクルリと一回転をすると、その堅苦しさを消す。

「全と呼んでも?」

「問題ない」

「そう。じゃあ全。ここの掃除を―――」

「行くわよ。あまりウィリアム様を待たせられないわ」

「ああ」

 上手い具合にシルヴェーヌの言葉を遮り、サーシャは歩きだす。

「いけず~!」

 背後から声が聞こえるが気のせいだろう。召使達の悲鳴も気のせいだ。

 城の中には召使の他に先程暴れた中で見た覚えのある者達もちらほらいた。俺が周囲を眺めていると、サーシャがはしたないと窘めてくる。

 そうしている間に、俺は最初に来た時と同じ、最上階の広間の前へと連れて来られていた。

「ウィリアム様、失礼します」

 そう言って扉を開け、サーシャは一礼する。俺も後に続き足を踏み入れると、ウィリアム・スカーレットは本をテーブルに置き、此方へと向き直る。

「良く来たな」

 奴は笑みを浮かべ俺を見る。その目は誰がどう見ようとも他者を嘲る物であった。

「っち」

 だが奴の嘲りに対して何か言える訳でもない。あそこまで言って負けた上に情けまで掛けられた俺に対してこの反応は当たり前だろう。腹は立つがな。

「下がれ」

 ウィリアムの言葉に、サーシャは一礼し退室する。

「さて、気分はどうだ」

「最悪の気分だ」

 俺の言葉にくつくつとウィリアムが笑う。

「聞けば、貴様は随分暴れているそうだな」

 恐らくはここ最近のスキマ妖怪との攻防の事だろう。思い当たる節はそれしかない。

「先程変わった女が来た。渡り妖怪なる者を探しているとな」

「……それで?」

「助けてやっても良い。ただし条件がある」

「何だ?」

「私の暇潰しになれ」

 奴の言葉に最悪の未来が幾つか想像される。

「そう簡単に潰すつもりはないから安心しろ」

 何時かは潰されるのか…。

 と言っても、今はそれ以外に何かある訳ではない。

「………良いだろう」

 命を拾えるのなら、何だって我慢は出来る。俺の言葉にウィリアムは満足気に笑う。

「ならば、貴様は今より客人だ。客人よ、貴様の名は?」

「客人の名前位知っとけや。……渡良瀬全だ」

 笑う奴とは反対に、俺はやさぐれた表情をする。

「そうか。私の名前はウィリアム・スカーレット。この城の主であり、貴様が吸血鬼と呼ぶ者達の祖だ」

 ウィリアムは不遜な態度を崩さずにいう。兄妹でも随分と変わるもんだ。

「では渡良瀬よ。部屋はサーシャにでも聞くと良い。それと、安全であるのはこの城の中に居る時か私の傍に居る時だけだと言うのを忘れるな」

 ウィリアムにそう告げられ、俺は部屋を出る。すると、扉の直ぐ傍にサーシャが立っていた。

「お前、此処でずっと待ってることになっらどうする気だったんだ?」

「ウィリアム様がわざわざ私に頼んだと言う事は重要度がそれなりに高く、きちんとした

対応をする必要があると言う事よ。それに、あの方は暇潰し以外にはあまり時間を掛けないわ」

 暇潰しと業務を反対にするべきなのではないだろうか。

「客室はさっきの部屋の直ぐ近くよ。あの子ももう起きているかもしれないし、丁度良い頃合いでしょう」

 流石はウィリアム様ね、と呟き先を歩く。つか、え、なに?そんなことも計算して俺と会話してたのあいつ?

 先程の部屋に戻ると、丁度緋桜が起きて扉の隙間から周囲を確認している所であった。新たに通された客室は、先程の部屋に比べ遥かに豪華な物であった。こう言った洋風の物を見るのがそれほどなかった緋桜にとっては新鮮味が溢れているのだろう。暫くの間はそわそわとしていた。

 それを見てクスリと笑いながら、何かあれば呼び鈴を鳴らす様にと言ってサーシャは自室に戻って行った。

 俺は窓から見える紅い月を眺める。これも、あいつが魔法だかで行っているらしい。

「吸血鬼の祖、ねえ」

 何が違うのかは知らないが。その力の強大さは実感できた。あれを倒すのはきついだろう。何にしても今の俺は客で、向こうに借りを作ってる身だ。じっとしているしかない。しかし、それはそれで癪だ。

 俺は紅い月を手に納め、能力を発動させる。喰らうが良い、些細な嫌がらせを。

 紅い月は、その身を元の姿へと変え、紅かった光は青白い光へとなって古城を照らしていた。

 


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