東方渡来人   作:ひまめ二号機

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三十四歩目 視線

 闘華との闘いから四日、五日が経った、

 骨折した腕は未だ治らず、未だ赤く腫れあがる頬に氷を当てながら俺は痛みで顔を顰める。そんな俺の様子に新たに氷を持って来た文の嬢ちゃんが呆れる。

 

「良いんですか?見舞いに来たのに殴ってしまって」

 

 現在、俺は文の嬢ちゃんの家に居候中。何故、此処にいるか。そんな物は答えるまでもない。

 鬼の奴等だと全員が全員殴り合い、もしくは宴会になるからだ。ちなみに俺の知りあった鬼は全員そうだ。そして河童に知り合いはいないから残るは天狗。かといって天魔の屋敷には闘華が来るし書類が多い。結果友人の少ない俺は此処しか頼る場所がないのだ。

 

「あいつは身体が異常なほど硬いから大丈夫だ」

 

「……私が見た限りだと普通に抉れていたような」

 

「闘華(あいつ)だから心配ない。どうせもう平気な面して酒でも飲んでるんだろうよ」

 

 怪我の場所を叩く緋桜の額を軽く突きながら俺は立ち上がる。天狗の部屋と言うのはこう言う物なのだろうか・・・。

 

 文の嬢ちゃんの部屋と言うより仕事場に近い。いや、でもお嬢もこんな感じだったし・・・。輝夜の嬢ちゃん・・・は文明的に致し方なし。思い当たる部屋というのは神綺ちゃん位だろうか・・・でもあれ夢子嬢が掃除しているらしいし・・。

 

「まあ、こんなもんなのかもしれんな」

 

 俺は近くの机に置いてある物を見る。

 

「人間より妖怪の方が文明は進んでいるんだな・・・」

 

 昔の月人程ではないが今の人間が使う物に比べれば随分良く出来た用紙だ。

 

「ああ、それは河童達が作ったんですよ。何でも何処からか良く分らない物を手に入れたって・・。そこにあるのは試作品です」

 

「全然分かってねえじゃねえか」

 

 拾って来たって、もしかして昔の月人の文明機器があったのか?核爆発まで起こしたのに?

 これは後で河童達のいる所に行く必要があるかもしれん。

 

「―む?おお、俺の写真だ。何この凄い高画質、河童の技術欲し――――」

 

「ほいさぁ!!」

 

 俺が写真を見て感心していると文の嬢ちゃんが俺の手から写真を奪い取る。白黒とはいえ本当に良い出来だった。

 

「新聞の記事のネタを見ないで下さい!」

 

「あ、それ新聞に貼るの?勘弁してくれよ、顔が広まっても良いことねえんだから」

 

 まあ、少しずつ名前と顔も広まっているからそこまで意味ないけど。けど顔を知られると色々大変なんだよなあ。天狗の情報の正確性が高いだけに困る。そして今の俺は果てしなく弱い。

 

「河童ってのは何処にいるんだ?」

 

 取り敢えずあの技術は欲しい。出来れば投影機か何か。あれがあるだけでも何か調べる時大分楽になるだろうし。

 

「河童はこの山の河にでも行けば流れて来る……かな?」

 

「何故に疑問形。というかそれ絶対嘘だろ」

 

 河童が流れて来るって何だよ。河童に何が起こってるんだよ。革命か?河童に革命でも起こったのか?

 

「まあ、後で案内しますよ。私も用事がありますし…」

 

 手に入れたら真面目に地底の奴等の写真でも撮るかな。いい加減仕事しないと五月蠅いし、面倒臭いし、どれが生意気な新参か分からないし。

 

「…良し、今行くか」

 

「今ですか?その怪我で?」

 

「立てるから平気だ。鬼と会っても逃げられる程度に回復して来てる」

 

 俺は渋る文の嬢ちゃんの首根っこを掴むと外に出る。外はもう新緑で木も青々と生い茂って来ている。

 俺はアイスキャンディを咥えようとするが頬の腫れから来る痛みで断念する。何てこったい、こんな所で弊害が出るとは思わなんだ。

 

「良し、行くぞ!」

 

 意気揚々と飛び出る俺。その横を飛びながら文の嬢ちゃんが声を掛ける。

 

「あのー」

 

「どうした」

 

「方向逆です」

 

「……」

 

 出鼻を挫くとは…。

 

「アホですね」

 

「うるさい緋桜」

 

 ◆

 

「……」

 

「………本当に流れて来るんだな」

 

「ね、言ったでしょう?」

 

 俺達はぷかぷかと水死体の様に流れて来た河童を眺めると、やがて歩を進める。こら、緋桜。そんな汚い物をつつくんじゃない。

 

「ちっがーーーう!!」

 

「うお!?生き返った!!?」

 

「いや、河童ですからあの程度じゃ死なないですよ」

 

「そこ!?先ずは助けるのが普通じゃないの!?」

 

「頼むから俺の文化圏内の言葉を頼む。俺は水死体の言葉は分からん。文の嬢ちゃん翻訳頼む」

 

「私に言われても…」

 

「何て奴らだ!!」

 

 少し弄り過ぎたか。河童は顔を真っ赤にして憤っている。仕方がない、まともに相手をしてやろうじゃないか。

 

「わー、大丈夫かー(棒?」

 

「殺す!こいつ殺す!!」

 

「落ち着いて下さい!挑んでも殺されるだけですから!!水死体から惨殺死体に変わるだけですから!!」

 

「私は死んでなーい!!」

 

「ふぉっふぉっふぉ、この程度のことを受け流せないとは子供じゃのう」

 

「うがー!!!」

 

 怒りのあまり頭を掻き毟る河童に俺はこれでもかと生暖かい視線を送る。その視線に気付いた河童はとうとう直接的な手段に出た。

 

「これでも喰らえ!」

 

 放たれた妖力弾を転移で河童の背後に回ることで回避する。喰らうがいい、この俺の奥義を!

 

「ズェア!」

 

 俺は河童の太股を蹴る。河童は余程痛かったのか太股を押さえながら転げまわっている。

 

「これが俺の力だ!」

 

「大人気ないですね」

 

「虎は兎を刈るのにも全力を尽くす」

 

「普通兎は人間を指すと思うんですけど」

 

「知らんな。俺の常識だと河童が兎、俺は虎だ」

 

 妖怪の常識を語られても困るぞ。人(?)それぞれに常識があるのだから。

 

「まあ、こいつの痛みが引いたら案内してもらおうか」

 

「案内なら私が出来ますけど?」

 

「いや、どうせこいつも仲間の所に戻るだろうし、数は多い方が楽しいだろう?」

 

「…………そうですか」

 

 文の嬢ちゃんはそう言って若干臍を曲げる。何で怒っているかなんて聞きはせんぞ。経験上女は大抵、怒ってないと言って怒っているのだ。そして八つ当たりを仕掛けてくるのだ。理不尽、世は何とも無常なるものか。……一番の理不尽は世じゃなくて女だ。特に、無駄に権力的にも腕力的にも力のある奴!

 

こほん、閑話休題。

 

「そろそろ、痛みも治まって来ただろう?」

 

俺は転げ回っていた河童に手を貸すと立ち上がらせる。見た所何も道具は持っていないらしい。残念だ。

 

「…くぅ、騙されないぞ。そうやって私を陥れようとするんだ」

 

「何にだよ。正直飽きたよ」

 

「そうやって貴方は私を捨てるのね!」

 

「テメェが肉体捨てられる身体にしてやろうか?」

 

 調子に乗りやがってこの河童。俺はもう一度太股を蹴ると河童の首根っこを掴み奥へと進む。

 

「文の嬢ちゃんも、拗ねてないで先行くぞ」

 

「拗ねてませんよ」

 

 そこまで仕事を奪われるのが嫌か。そんなに仕事が好きか天狗の子よ。将来真面目な大人になるなんてつまらないにも程があるぞ。俺が言うんだ五割は正しい。

 

「早く行きましょう」

 

 そう言って先へと進んで行く文の嬢ちゃんに俺達は肩を竦めながら後を追って行った。

 

 ◆

 

「…河童凄過ぎ」

 

 俺の最初の感想はこれだった。こいつら人間社会出たらとんでもないことになるだろうな。

 河童は手先が器用とか言うレベルじゃなかった。

 まだ月人が地上に住んでた頃の昔の工場のような光景が俺達を迎え入れた。

 

「こいつらは世界でも狙ってんのか?」

 

 何かその内パワードスーツでも造りそうだぞ。

 

「どうだい河童は!」

 

「お前がこれを造れる種族とは思えないな」

 

「何だとぅ!!」

 

 だって流されて来る河童だし、調子に乗ってる河童だし、認めたくないし。

 文の嬢ちゃんは何やら他の河童と用紙がどうとかについて話している。

 

「そうだ、撮影機器は河童が作ったとか聞いたんだが」

 

「撮影機器?」

 

「撮った対象の姿を白黒で用紙に写す奴だ」

 

「ああ、あれかぁ。そうだね、あれは河童が手に入れた技術から作ったんだよ」

 

「どうやって手に入れたんだ?」

 

「山の奥。誰も入らない様な奥に流れてる川にあったんだ。半分位埋まってて掘り出すのにも苦労したよ」

 

 失敗したなあ。まさかガラクタとは言え残ってる物があったとは…。もっとちゃんと探せば良かったなあ。

 

「でもそれを聞いてどうするんだい?」

 

「あれくれ」

 

「は?」

 

「麻呂は寄越せと申したのだ」

 

 首を傾げる河童に俺は左手を出して催促する。さあ、寄越すのだ。

 

「あんな物貰ってどうするんだい?」

 

「何って―――悪戯にしか使わないが?」

 

「よし帰れ」

 

 そう言い放った河童を宙に放り捨てる俺。いや、河童って思ったより軽いな。

 俺は落ちて来る河童を無視し文の嬢ちゃんに近付く。

 

「文の嬢ちゃんや」

 

「何ですか?」

 

 未だ若干不機嫌ながらも文の嬢ちゃんは振り返る。そうやって直ぐ怒るのは子供の証だぞ。全く困ったものだ。

 

「此処って主任とかいないの?天狗で言う天魔みたいな役職の奴」

 

「う~ん・・・私も少し分かりませんねぇ」

 

「そっか・・・」

 

 知ってたなら案内してもらおうとしたんだが・・・・これじゃあ説得(物理)も出来ないじゃないか。

 

「何処行くんですか?」

 

「帰る~。緋桜、危ないからそんな物に触るんじゃありません」

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 

「じゃあな河童っ子。次会った時は美味い酒でも飲ましてやろう」

 

「おお!約束だよ!」

 

 喜ぶ河童に俺は笑うとその場を離れて行った。あいつは扱いが簡単だと言う事を俺は一生忘れないだろう。

 

 ◆

 

「どうしたんですか?突然出て行って・・・」

 

「いやさ、何か探すの面倒臭くなっちゃって・・・」

 

「自分勝手な人ですね~」

 

「自分勝手じゃないと強くなれないぞ」

 

「どんな理屈ですか」

 

 俺は呆れる文の嬢ちゃんを一瞥するとその肩を掴み抱き寄せる。

 

「へ、いや、ちょっ!!」

 

 悲鳴を上げる文の嬢ちゃんを無視して俺は文の嬢ちゃんの背後へ霊力弾を数発放つ。

 放たれた霊力弾は何事もなくただ木にぶつかると爆発し周囲を抉り取った。

 

「………?」

 

 俺は眉を寄せながら周囲を警戒する。

 妙だ。先程から首筋の辺りがヒリヒリと焼ける様に妙に熱く感じる。まるで誰かに狙われている様に…。

 

「文の嬢ちゃん、離れるなよ」

 

「いや、その、は、離れると言うか・・離れられない――――きゃあ!!?」

 

 俺は上空に結界を張りそこへと跳んで行く。だが、結果は変わらない。変わらず首筋の熱は治まらない。

俺は緋桜を腕輪の形へと変え身につける。

 

「ど、どうしたんですか…?」

 

 困惑する文の嬢ちゃんを一瞥することなく俺は小さな声で呟く。

 

「誰かいるかもしれない。文の嬢ちゃんも辺りを警戒しときな」

 

 俺の言葉に文の嬢ちゃんの表情は赤面から一転、険しいものとなる。

 俺達が幾ら周囲を警戒しようと何も起きる気配は無い。出来れば一人の所は狙われたくは無い。この状態ではまともに闘えない。

 

「……っち」

 

 俺は小さく舌打ちすると文の嬢ちゃんを放す。

 

「文の嬢ちゃん、飛べるよな?」

 

「え、ええ、出来ますけど…、どうするんですか?」

 

「俺の事運んでくれ」

 

 その言葉に文の嬢ちゃんが目を丸くする。

 

「そんなことしたら敵からは良い的ですよ?」

 

「それで出て来てくれんなら有難いんだがな。手の内を晒す訳にもいかないから、今は転移以外で早く戻ることを優先するぞ」

 

「分かりました」

 

 文の嬢ちゃんは翼を広げると手を差し出す。

 

「掴まって下さい。それなりに速度出しますよ?」

 

「ああ」

 

 俺が文の嬢ちゃんの手を掴むと俺の身体が浮いて行く。空を飛ぶってこんな感じなんだな。相変わらず感じる視線を警戒しながらも俺は初めての飛行に興奮する。

 

「凄いな」

 

「そうですか?」

 

「俺は空飛べねえから」

 

「コツを掴めば誰でも出来ますけどね」

 

「そんなもんかねえ」

 

「そんな物ですよ。もう少し速度上げますよ」

 

 その言葉と同時に顔を打つ風が強くなる。成人男性一人いてもこれだけの速度を出せるとは流石天狗と言えば良いのか、それとも文の嬢ちゃんの力が強いのか。

 

「見えてきましたよ!!」

 

「本当早いな」

 

 だが視線も未だ消えていない。しつこい。本当にしつこい。

 

「……缶詰にしてやろうか」

 

「え?何て言ったんですか?」

 

「いんや、こっちの話だよ」

 

 首を傾げる文の嬢ちゃんに俺は普段と変わらない表情でそう答える。

 いかんいかん、素が出てしまった。もう少し落ち着かないと。

 天魔の屋敷の真上に来た俺達はそのまま屋根の上に降り立つ。

 

「…天魔ちゃんやーい!」

 

 窓を蹴破って転がり込む。俺の声に天魔の肩がビクリと揺れ、次いで書類の山の一部が崩れた。

 

「うわっ!サボって無い!私はサボって無いぞ!!?」

 

 書類から顔を上げて驚いた様子の天魔に俺は呆れながらも近付いて行く。

 

「天魔や、至急これに書いてある物を用意しろや」

 

「…何だお前か。これは……面倒く―――――分かったから!頼むから目を潰そうとするな!!」

 

「直ぐに用意しろ。俺はこれから出かける」

 

「人使いの荒い奴だ。よし、お前も手伝え」

 

「ええ!?私もですか!?」

 

「緋桜、お前も手伝って来てくれ」

 

 天魔は文の嬢ちゃんの首根っこを掴むと引き摺って行く。そして、その後を追って、緋桜も歩いて行った。

さて、その間に俺も用意しないとな。

 

 ◆

 

「そうか、もう出て行くのかい」

 

「ああ、右腕もいい加減どうにかしないといけえねえからな」

 

 俺は闘華と酒を飲みながら言葉を交わす。……酒が水にしか感じられねえ。

 

「萃香と勇儀は?」

 

「さあ?何処かに出掛けるのを見たが」

 

「そうか」

 

「しかし、お前も良い所に来たな。このまま来なければ地底に向かおうと思っていたんだ」

 

「さらりと恐ろしいこと言うんじゃねえ!」

 

 良かった。本当に来て良かった。あそこで暴れられるとか最悪だぞ。

 

「しかし、アンタと闘ったおかげで随分身体も火照っちまったよ。次戦う時は殺してやるよ」

 

「そりゃこっちの台詞だ」

 

 俺達は互いの杯をこつんとぶつけ互いに笑う。

 そのまま暫く無言のまま酒を飲み交わす俺達。そうしていると遠くから天魔と緋桜が俺の名を呼びながら向かって来ているのが見えた。

 

「そろそろ行くわ」

 

「ああ」

 

 俺は立ち上がると天魔の下へと向かう。

 

「用意が出来たぞ!それで、あれを何に使うんだ?」

 

「なに、少しばかり喧嘩を買ってやるだけだよ」

 

 俺の言葉に天魔は目を丸くする。まあ、右腕もない癖に何を言っているんだと思うだろうなそりゃ。

 俺は天魔から渡された黒い大きな布と刀や盾を受け取る。

 

「じゃあな」

 

 俺は天魔にそう告げると、緋桜の手を取り目を瞑る。

 お久しぶりの全力全開の能力使用だ。全快であった霊力がごっそりと持っていかれるのを感じながらやがて俺は目を開ける。

 一秒前までは夕刻にもなっていなかった筈の世界。それが真っ暗な夜の世界に変貌していた。先程まで隣に居た筈の天魔も何処かに消えている。

 

「久しぶりに使うと身体がだるく感じられるな…」

 

 はて、これを使ったのは何時が最後だったか。

 

「ああ、俺になった瞬間(・・・・・・・)だ」

 

 通りでここまでだるい訳だ。

 

「さて、緋桜」

 

「何でしょうか?」

 

 俺の言葉に何時もより少し高い声で答える緋桜。景色が夜になったことに驚いているらしい。

 

「問題ないよ。別に俺達に害がある訳じゃないから」

 

 俺は緋桜を極細の鉄線に変えると布や刀に結び付ける。

 

「さて、喧嘩売って来てる誰かさんに会いに行こうや」

 

 俺はそう言って闇の中を歩いて行った。

 

 ◆

 

「……」

 

 暗い闇の中、一人の男が山を下りていた。

 法衣を着、笠を被っているその服装から見て、修行僧だろうか。

 

「こんばんは」

 

 男の前から突然女性の声が聞こえる。男は僅かに顔を上げるがそこには誰もいない。

 

「ふふふ、此処ですわ」

 

 背後から聞えて来た声に男は振り返る。

 そこにいたのは金髪に何とも奇妙な中華服を着た美女だった。だが、彼女が腰掛けるモノが彼女が人間でないことを物語っていた。

 それは何と表現すればいいのだろうか。まるで魔界の様にそこに違う世界が広がっているかのように、無数の眼が覗くナニかに女は腰を掛けていた。

 

「御機嫌よう、渡り妖怪さん?」

 

「………」

 

 女の言葉に男は只無言のまま女を見る。

 女はつれないわね、と言うと扇子を向ける。

 

「さようなら」

 

 その言葉と共に背後から突如現れた妖力弾が男を襲った。

 男はそれに反応することが出来ず地面に膝を吐く。

 

「あら、思ったより頑丈ですわね」

 

 女は笑うと男の頭上に腰掛けているのと同じナニかを出現させる。そこから吐き出される様に無数の妖力弾が降り注いだ。

 

「―――――――」

 

 男はそれを見ると即座に女へ向かい駆けだした。

 女はその様子を変わらず笑顔のまま妖力弾で迎撃する。彼女にとっては遊びなのだろう。

 だが、その微笑も直ぐに驚愕へと変わった。

 

「――――なっ!?」

 

 男は迫る妖力弾を躱すことすらせずに自ら飛び込んだのだ。顔面に妖力弾が炸裂し笠の下にあった素顔が現れる。

 そこにあったのは闇。顔などなく、ただ闇が広がっているだけであった。

 

「まさか――――!」

 

 女はそれが囮であることに即座に気付く。只の布であった物は腕を振るように見せかけその胴から三本の刀を飛ばす。

 思わぬ攻撃に虚を突かれながらも女はそれを冷静に回避し眼の空間へと入り込んだ。

 

 ◆

 

「ふははは、馬鹿め。誰がまともに闘うものか」

 

 その様子を遥か遠く離れた山の中で全は眺めていた。

 女と闘っているのは天魔に用意させた布や武器で作った影武者だ。それを緋桜を使って霊力で操ることで人であるかのように見せていたのだ。

 

「妖怪相手に片腕で戦ったら死んじまうわ」

 

 驚いている様子の女を眺め全は笑う。

 

「……あ、こりゃやばい」

 

 全は耐え切れなくなって来ている影武者を見ると緋桜を手繰り寄せ、人形に込めていた霊力で女ごと人形を爆発させた。

 遠くで響く爆発音を聞きながら緋桜が戻ってくると全はその姿を錫杖に変えさせ、自身は法衣を着ることで修行僧へと姿を変える。

 

「さて、行きますか」

 

 全は笑うと影武者とは正反対の方向へと歩いて行った。

 

 ◆

 

「――――はぁ」

 

 女は爆発で出来た穴を見て溜息を吐く。

 

「突然見失ったと思ったら囮がいるなんて…」

 

 ここまでの苦労が水の泡になってしまった女は深い溜息を吐いて何か思案する。

 

「彼が手に入れば鬼達との交渉も円滑に進むと思ったのだけれど、伊達に長くは生きていないようね」

 

 何処か感心した声で女は身を翻す。女が一歩歩くと目の前に女が『スキマ』と呼ぶ空間が現れた。

 何時見ても悪趣味だ。彼女は自分でそう思いながらも今更気にした様子は無く、そのまま入って行く。

 

「どうやって手に入れようかしら」

 

 困った様に、されど悪戯を考える童の様に女が呟き、スキマは閉じた。

 

 


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