東方渡来人   作:ひまめ二号機

33 / 41
三十三歩目 対決

『明鏡止水』

 

「ハアアアアアアァァァ!!!」

 

 勇儀や萃香を凌駕する速度と重みを持って闘華の拳は放たれた。

 それは初撃決殺とも思える程の威力、鬼の中でも規格外を誇る鬼神の一撃だ。

 

「るおおおおおおおおお!!!」

 

 それを全は全霊力を持って受け止めようとする。後のことを考えれば負ける。一秒先の未来を、生きるのではなく勝つ為に全てを尽くす。

 鬼神の一撃を少しでも和らげるように霊力の膜で包み込むようにして全は受け止めた。骨に罅でも入ったのか、両手に走る痛みを気にするより早く全は霊力を流し込む。

 

「む!」

 

 それを敏感に感じ取る闘華。けれどもう遅い。

 闘華の左腕は内側から膨れ上がり爆発でもしたかのようにズタボロにされる。普通ならこの痛みに絶叫するか、手を放そうと暴れるだろう。だが、彼女は違う。

 

「ふん!」

 

 片足を持ち上げがら空きになった全の胴へと膝蹴りを放つ。両腕が使えず、左腕を破壊することに集中していた全はその速度に反応できず。

 

「――――――!!!???」

 

 声を上げることすら出来ず目を忙しなく動かしながら血と胃液を吐いて吹き飛ばされる。

 腹に風穴が空かなかったのは霊力によって少しでも強化していたからだろう。そうでなければ今の一撃で全は絶命していた。

 

「・・・・・っ・・・・ぁ・・・」

 

 零れ落ちる涙で歪む視界の中、闘華が追撃しに来ている姿を全は捉えた。全は歯を食い縛りながら立ち上がると闘華が拳を振り下ろす直前に頭上へ転移した。

 

『明鏡止水・涅槃』

 

 出し惜しみをする余裕等最初からない。全を中心に膨れ上がった光は闘華を飲み込む。

 

「――――っづお!?が、ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 能力を使い受け流して尚、光で全身を焼かれ、裂かれ、砕かれながらも闘華は中心にいる全へと拳を振るう。

 僅か数秒がまるで数時間に感じられる。スローモーションの様にゆっくりと動いている様に感じられた闘華。だが、放たれた拳は確かに全を捉えた。

 

「ブロオォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 意識の無かった全の肉体が闘華の拳によって持ち上がる。意識の戻った全は襲い来る痛みに動くことが出来ず宙へ飛ばされた。

 

「・・・・・かぁ・・あ゛!」

 

 上昇から一転、全の肉体は落下して行く。そしてその落ちるであろう地点には構えを取る闘華。

 

「ぁ・・・・けん・・・じゃねえええええええええええええ!!!!」

 

 全は闘華が踏み締める大地の一部を転移させる。

 

「――――――な!?」

 

 瞠目し、闘華はバランスを崩す。その隙を突き全は闘華の懐に潜り込むよう転移した。

 

「ぶっ飛べやぁ!!」

 

 全力で放った一撃を闘華は受け流そうとする、だが、その霊力までは受け流せず闘華の脇腹が抉れた。顔を顰めながらも闘華は全の頭を掴むと地面に叩き付ける。

 

『緋桜・両刃ノ顎』

 

 舞い上がる土砂と土煙の中、鈍い光を放ちながら大鋏が闘華の首へと突き出された。その大鋏を間一髪で躱すが首から僅かに血が滴り落ちる。

 

「良いねえ。あれだけやられてそんな一撃出せるのはアンタ位だ」

 

 酔いも冷める程の攻防戦が止むが、二人は互いに興奮状態のまま睨み合う。

 先に動いたのは全だった。全は緋桜を目に見えない程の細さの鉄線へと変えると霊力を流し操る。

時折鉄線が放つ霊力は大地を吹き飛ばし闘華に迫るその様はさながら竜の様だ。掴もうにも掴んだ瞬間に鉄線から霊力が衝撃波の様に放出されるのだ。これは全の腕もあるが緋桜が付喪神であることも大きいだろう。互いに息をするかの様に自然な動きで動きの波長を合わせている。

 

「・・・・・・・そんなもんじゃ、鬼神は止められないよ」

 

 その攻撃を受け流しながら闘華は身を低く屈める。次の瞬間―――

 

「はっ!」

 

 全の顔面に闘華の肘が減り込んだ。鼻が折れ、歯の何本かが砕ける。全はその一撃を自分から背後に倒れる様にしてダメージを減らす。

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 次いで地面に仰向きで倒れた全は緋桜を金棒の状態に変え闘華の顎を打ち上げた。そのまま金棒の先で闘華を突く。

 

「ぁ・・・はははははははは!!!」

 

 打ち上げられながらも、闘華は笑うと全の腕を掴む。

 

「全然効かないねぇ!!」

 

 そう言って全の左腕を百八十度の方向へ圧し折った。痛みで怯んだ全の隙を逃す筈もなく、闘華は全の腹に踵落としを入れ地上へ落下して行く。

 

「――――お゛!・・・ぇ・・・ぁ・・・が!!!」

 

 上下からの衝撃の板挟みに大量の血を口から迸らせやがて、全はその動きを止めた。

 

「・・・・・・こんなもんじゃあ、ないだろう!!」

 

 動かない全を見て、闘華は拳を振り下ろす。衝撃で全の身体が跳ねる。今の彼女にかつての様な油断は微塵もない。かつて、その油断があったためにその命を詰み取る際に片角を奪われたのだ。

 だが、生物とは総じて気を張り続ける事が出来ないのもまた事実。そしてその油断は、やはり他者の命を刈り取る時が最も大きいのだ。

 

『明鏡止水・紅蓮』

 

 全の身体が光った瞬間、闘華は素早く後退しようとする。だが―――

 

「な―――!?」

 

 全の腕、手錠に変わった緋桜が闘華の腕に巻き付き阻害したのだ。全は闘華に飛び掛かると馬乗りになって殴り掛かる。

 

「っちい!な・・・めんじゃ・・・ないよ!!」

 

 全に殴られながらも闘華の放った右拳が顎を打ち抜く。闘華は全の胸倉を掴むと全力で投げ飛ばした。

 その勢いに手錠となって二人を繋いでいた緋桜も堪らず悲鳴を上げて解ける。

 冷たい、全を投げ飛ばした闘華は裂け、流血した皮膚を撫でながらそう感じた。先程全が触れた箇所がまるで凍った様に冷たいのだ。

 

 紅蓮、それは仏教に置いて八寒地獄の七番目にある紅蓮地獄の略称だ。そこに落ちた者は寒さによって皮膚が裂け、流血すし紅色の連花の様になる。

 彼は自分が触れた箇所の熱を奪い氷の様に冷たくしているのだ。

 

『狭間渡り』

 

 闘華の目の前に突然現れる全。そのことに闘華は動揺を露わにする。

 

自分は一度も目を放していないし油断もしていない。だが、事実気付けば全は自分の目の前に現れている。

 

 次いで闘華の全身が裂け血飛沫を上げる。

 

「っぐ!?」

 

 闘華は困惑していた。それも当たり前だろう。全の挙動が見えないのだ。動いていない筈なのに自らに傷を負わせている。気付けば自身の身体が浮き後から来るように殴られた痛みが襲い来る。

 

「・・・・・ぁ・・・・かぁ・・・・はっぁ・・・・」

 

 だが全の拳も只では済まない。残り僅かな霊力を底が尽きるまで能力に回しているのだ。明鏡止水も右腕一本にしか発現出来ていない。全が一歩動く毎に闘華を視えない拳打が襲うが逆を言えばこれさえ耐え切れば全は動くことが出来ず闘華の価値なのだ。だが―――

 

「ぬ、おおおおおおおお!!」

 

 一切の怪我も攻撃も無視し闘華が全へと殴り掛かる。それを視えない拳打が迎撃する。

 

 ただ我慢して耐えて得た勝利など自分は欲しくは無い。相手の体力が尽きるのを待つなど鬼にあってはいけない。

 死力を尽くし挑んできた相手に何もせず自滅するのを待つ?そんな勝利など家畜の糞にすら劣る。鬼ならば、常に挑み続けろ!正面から打ち勝ってこその鬼なのだ!

 

『羅刹・真言陀羅尼』

 

 闘華が放つ一撃必殺足り得る拳。それは回避不能、防御不能にして神速の一撃。

 例え全快していようとも、この一撃が直撃すれば全の体など跡形も残らないだろう。手加減などない。本気の一撃。

 

 この闘いの決着を見守る天狗や鬼達にも緊張が走る。鬼にとってこれ程傷付き、輝いている母など見たことがなければ、それを成す人間も見たことは無い。

 そしてそれは天狗も同じだ。鬼の頭たる鬼神を瀕死にまで追い込んだ人間。そして追い込まれて尚笑う鬼神。天狗達に彼らの心境を到底図ること等出来はしない。

 

「オオオオオオオオオオオォォォォォ!!!!!!」

 

「ハアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!」

 

 全力の踏み込みから放たれる一撃。それを真っ向から迎え撃つ不可視の一撃。

 

 二人の拳は刹那、ぶつかりあった。

 

 ◆

 

「ふう・・・ふう・・・・!」

 

「・・・・ぁ・・・っ・・・!」

 

 互いの額がぶつかり血が流れる。互いに両腕を壊し只立っているだけが限界だ。

 二人の拳は互いに砕け、血が流れている。鬼の闘華であってもこれなのだ。人間である全に至っては右腕が消えている。

 緋桜が右腕の代わりとなって血液を循環させながら全は何とか命を保っているのだ。

 

 当初に比べ、まるで子供の様に弱々しく動く二人。だが、それを見る皆がその場を動くことが出来ない。両者の瞳には未だその火が消えていないのだ。

 血反吐を吐き覚束無い足取りでぱちん、と音を鳴らせ殴り合う二人。視界が歪むだけでなく距離感も麻痺しているのか二人の拳は空振りさえしている。

 

「は・・・」

 

 それはほぼ同時であった。全と闘華は地に膝を着き、やがて倒れる。腕に力を込めようと動く気配は無く、互いに倒れる相手を睨むしかない。

 

「・・・・・くそ」

 

「・・・・ここまで、か・・」

 

 互いに放った言葉。それはこの闘いの終わりを告げる物であった。やがて、二人はその場からぴくりともしなくなった。

 その言葉を聞いた天狗と鬼達は急いで気絶している二人を運んで行く。妖怪、ましてや鬼という種族でも規格外である闘華はともかく、鬼より遥かに脆い全は早急に手当てが必要だろう。

 騒がしくなる両種に天魔や山の四天王が的確に指示を飛ばしていく。

 騒然となった妖怪の山の中で二人は未だ決着をつけられず、鬼と天狗は暫くこの話題で盛り上がっていた。

 

 ◆

 

「これ、注文した物持って来たよ」

 

「悪いな」

 

 寝床で横になっていた俺は萃香と勇儀が入ってくると上体を起こす。

 

「しかし、凄いねぇ。私達の時は本気じゃなかったんじゃないかと思うよ」

 

「戯け、んな訳あるか。ありゃあ意地と火事場の馬鹿力だ」

 

 俺は萃香から渡された差し歯を受け取り嵌めて行く。しかし良く出来たもんだ。

 

「右腕も凄いことになってるねえ」

 

「まあな、けどこっちはその内生えるだろ」

 

「アンタの腕はトカゲの尻尾かい?」

 

「かもな」

 

 笑う勇儀にそう答え俺は風に靡く右腕の袖を握る。生える・・・と言うのはまあ正直可能性としては絶望的に低い。だが、治す手段がない訳ではない。

 月の民が住まう月の都。あそこに向かえばこの右腕が治る可能性もあるのだ。侵入者と間違えられる可能性もある――――事実侵入者でそこまで間違いは無い―――があそこには一応おっさんやオカマ、月夜見の嬢ちゃんもいるのだ。それにもしかしたら神綺ちゃんにだって治せる可能性はある。後は地上だから可能性は低いがお嬢もいる。

 それ以外で、簡単に済ますのなら義手でも付ければいいだけだ。

 

「・・・・闘華は?」

 

「母さんも悔しそうだったよ。今度こそ勝てると思ったのにって」

 

「元気そうだなおい」

 

「妖怪だからね」

 

 肩を竦める萃香にそりゃそうかと俺は頷き酒に手を伸ばす。

 

「おおと、病人が酒を飲むんじゃないよ。これは私が安全な――――」

 

「馬鹿め、油断したな萃香」

 

 萃香が奪った筈の瓢箪は何時の間にか俺の手の中にあった。ざまあないな、これ出来ただけでも闘華と闘った価値はあったのかもしれない。

 

「闘ってる時も思ったけど、それどうやってるんだい?」

 

「秘密だ」

 

 教えてたまるか。これを使うのは予想以上に疲れた。まあ、燃費の悪さは涅槃が一番だけど・・・。

 

「まあ、暫くは動けないか・・・」

 

 多分この傷だと中級妖怪に絡まれるだけでも面倒臭いことになる。残念なことに今ので回復した霊力使い切ったし・・・。本当に無駄な事するな俺。

 

「まあ、また来るよ」

 

「次はアタシ達と闘ってよー」

 

「俺に酒で勝ったらな」

 

 俺の言葉に萃香と勇儀は喜びながら帰って行く。まあ、どうせ勝つことなんざ出来やしないだろうがな。

 

「・・・・・・緋桜も済まなかったな」

 

 俺は布団の横で座っている緋桜の頭を撫で、縁側に出る。予想以上に此処に長く留まることになってしまった。

 

「片腕にも慣れないとな・・・」

 

 バランスを取るのも一苦労なのだ。戦闘になんてなったら間違いなくやられる。幸い両利きに矯正しているから緋桜を使えない訳ではないがそれでも四肢の一つの欠損はマズイ。これは本当に義手を付けた方が良いかもしれない。

 

「・・・・・まあ、命があるだけ安いもんか」

 

 俺は暮れる日を見ながら縁側で酒を煽った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。