東方渡来人   作:ひまめ二号機

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三十二歩目 酒!酒!酒!

 

「・・・・・ぁ・・・・・・」

 

 まどろみから目を覚ます俺。だが、直ぐ傍から感じる温かさで俺は再びまどろみに落ちそうになる。

 

「・・・・・っぁ・・・・・ふぎゃ!」

 

 突然顎に走った衝撃に悶えながらも俺は完全に意識を覚醒させる。痛む顎を擦りながら蹴り飛ばして来た人物へと目をやる俺。

 

「・・・・・・・かぁ・・・・・ぁ・・・」

 

 そこには爆睡する闘華の姿があった。

 

 ◆

 

 まだ朝日が昇り始めた頃、朝方から騒いでいる部屋へと眠い目を擦りながら天魔は向かっていた。

 

「全・・・五月蠅いぞぉ?」

 

 欠伸をしながら襖を開ける天魔。その視線の先には、今にも闘華に殴りかかろうとする全の姿があった。

 

「・・・・・は?・・いや、ちょっと!」

 

 その光景に暫し茫然とするが、少しの間を置き直ぐ様天魔は全の腕にしがみ付く。

 

「何してんの!?」

 

「離せ天魔!こいつは此処で殺すべきだ!!」

 

「落ち着きなよ!?闘華も何時までも寝てんの!!?」

 

 この状況下でも寝ている闘華に叫びながら天魔はこうなった理由を尋ねる。

 

「この女、勝手に人の寝床に潜り込んだ来た上に俺の顎蹴りやがったんだよ!」

 

「そ、それ位我慢しろって!」

 

「出来るかぁ!こんな婆と一緒な上に、こいつの怪力だったら危うく俺の顎は蹴り砕かれてんだぞ!?」

 

「誰が婆だ青草坊主!」

 

「テメェ起きてやがんじゃねえかクソ婆がぁ!!」

 

「ちょ、お願いだから此処で暴れないで!!?」

 

 殴り合いを始める二人を天魔が大慌てで止めようとする。

 

 朝日に照らされる中、何かが壊れる音と女性の悲鳴が山の中に木霊した。

 

 ◆

 

「良いじゃんかよ~!」

 

「うるせえ!嫌だっつってんだろ!」

 

 俺は引っ付いて来る萃香の嬢ちゃんを引き離そうと力を込める。だが、それに抗う様にさらに力を込めて来る萃香の嬢ちゃん。つうか酒臭っ!?

 こうなった理由は実に簡単なことだ。先日の勇儀と俺の闘いを見て自分も闘いたくなったとのことらしい。

 

「少しくらい良いじゃないか!」

 

「勇儀でもあれだけ強かったんだぞ!?あいつと同等と分かってて誰が闘うか!!」

 

 第一怪我だって治ってねえのにもう一人の四天王なんかと闘ったら死んじまう。

 

「母さん相手に引き分けたんだから強いんだろう!」

 

「あんな規格外と一緒にすんな!」

 

 今でもバリバリ現役どころか日付変わると同時に全盛期が変わる様な奴と一緒にされたのでは堪ったものじゃない。俺も強くはなってるがこの身体で勝てるかどうか分からねえんだぞ。・・・・負けるつもりはないが。

 

「ふん!」

 

 萃香の嬢ちゃんを持ち上げ頭突きをかまそうとするが霧に変化され躱されてしまう。鬼が付き纏うなんてそこらの悪餓鬼よりも質が悪い。

 

「ったく、面倒臭い」

 

 霧になった奴をどうやって元に戻すってんだよ。気合か?気合で元に戻せんのか?

 

「・・・・・ほっとこう」

 

 俺は闘華からくすねた酒の入った瓢箪を置いておくとそのまま先へと進んで行く。まあ・・・・

 

「萃香!アタシの酒を取るたぁいい度胸してるじゃないかい?」

 

「え?いや、待って母さん!これは・・・・!!」

 

 背後から迫って来てた闘華に絞られるだろうけど。

 背後から聞えて来る萃香の悲鳴に笑いながら俺は山を下りて行った。

 

 ◆

 

「―――――ほら、これも」

 

「・・・・・まさかこれ全部ですか・・・?」

 

 私、射命丸文は目の前に積んである書類の山に頬を引き攣らせる。恐らくこれの大半が一昨日に鬼達の暴れた際のものだろう。私達の仕事は此処にある場所へ行き被害状況の確認、及び復旧の手伝いだ。雑用の仕事は只汗を流す様なものばかりである。

 おまけに・・・。

 

「よりによって渡り妖怪まで来るとは・・・・・」

 

 上司が沈痛な面持ちで呟く。ある意味、これが最も被害を拡大させた――――現在進行形だが―――らしい。

 私自身会ったことはなかったが噂である程度は聞いたことがあった。

 妖怪へと堕ちた人間、忌み子、・・・。その大半は噂の出所も分からない物であったが、一つだけ確かな情報もあった。

 

 鬼神の怨敵。

 

 あの鬼の頭である鬼神の片角を折った人間であり、鬼神と互角に戦える人間であるらしい。誰でもない、鬼神本人がそれを語っている。嘘をつかない鬼の言葉とは言えこれにはどうしても耳を疑ってしまう。実際に本人に会い私も嘘なのではないかと思った。纏う空気も、口調も、その態度も、常人とは違うとはいえ、とてもそんな人物だとは思えなかった。

 

 只、あの山の四天王である星熊童子の星熊勇儀。あの方との闘いを見た時、その考えも改めさせられた。

 先程までの姿が嘘だと思うかのような雰囲気を纏い、何よりも彼の目が今迄とは掛け離れていた。何か覚悟を秘めたものであった。死ぬ覚悟をした目ではない。鬼との闘いで生き延び、尚且つ勝ってみせるという目だ。

 事実、鬼に勝るとも劣らない覇気と卓越した技量は素人目でも尋常ならざるものであることが窺えた。そして僅かな差とは言え、鬼との闘いに勝って見せたのだ。その時の彼の姿には、何処か、他者を魅せる美しさの様な物があった様に私には見えた。

 

「それじゃ頼んだぞ」

 

「・・・・・はい」

 

まぁ、それでもこれが見学料だと言うのなら堪ったものではないが。

 私は上司から渡された書類を持ち空へと飛び立った。

 

 ◆

 

「・・・・・あ~、なんだ・・お前よく無事でいられたな」

 

「これの何処が無事に見えるんだよ!?頭にほら!たんこぶ出来たじゃないか!!」

 

「いや、あいつの拳を喰らって何でたんこぶで済むんだよ!テメェら鬼の身体はどうなってやがる!」

 

 おかしいだろ色々と。大体何で喧嘩の傷は気にしねえのにたんこぶは気にすんだよ。

 

「勝負しろよ~!」

 

「ええい引っ付くな!テメェは酒飲んだ親父か!」

 

「私の何処が親父な~ん~だ~よ~!」

 

「そのノリがだよ!この飲兵衛!!」

 

 引っ付く萃香の嬢ちゃんに今度こそ頭突きをかます。不意を突いた一撃に萃香の嬢ちゃんは今度は霧になることが出来ず俺の頭突きが直撃した。

 

「ったく、変なとこだけ闘華に似てんじゃねえよ」

 

 俺は気絶した萃香の嬢ちゃんを転がして置くと目の前の滝の前に立ちワイシャツを脱ぐ。

 

「・・・・・お」

 

 思ったより身体の傷は塞がっていることから自然治癒能力も大分上がったのだろう。これなら鬼と喧嘩しても逃げ切れる気がする。

 俺は手を滝の中に入れると目を瞑り呼吸を整える。

 

 勇儀と互角では闘華になんて勝てない。勝てない理由を身体能力、種族の差で片づける訳にはいかないのだ。あいつに勝ち誇った顔をされるのが悔しい。互角以上の闘いが出来る方法もあるが・・・・却下。それを使って勝っても俺自身は全く勝った気もしないし、何よりあれを使うと人間やめなくてはいけなくなる。

 

 俺は手から放出した霊力を流水へと流し込んで行く。油断すれば流水の勢いで一気に持ってかれる。少しでも集中力を欠けられないという思いと精神的なものと霊力を常に放出し続けることから全身から汗が噴き出してくる。

 霊力を操り水の向きを変え頭上に巨大な水球を作って行く。漸く安定したことで俺はほっ、と一息吐く。

 

「ん~・・・アンタ何してんの?」

 

「ひゃあ!す、萃香様!?」

 

 突然の悲鳴に俺は思わず集中力を乱してしまう。その瞬間、球形を保っていた水はその形を崩し降り注いで来る。

 

「「・・・・・・・・あ」」

 

 びしょ濡れになった俺を見る二人。俺はゆっくりと顔をその場にいた二人へ向けた。

 

「萃香の嬢ちゃん・・・それに文の嬢ちゃん・・・・」

 

「さらば!」

 

「え、ちょっと!萃香様!」

 

「・・・・・・・・・」

 

 霧となっていなくなった萃香の名前を呼ぶ文の嬢ちゃん。その視線はやがて背後に立つ俺へと向けられた。

 

「あ、あやややや!」

 

 俺を見た文の嬢ちゃんはたらりと冷や汗を流していた。

 

 ◆

 

「これ外して下さいよー!」

 

「誰が外すか」

 

 喚く文の嬢ちゃんを右腕を縄へと変えた緋桜が縛り上げ木に吊るす。そのまま反省しやがれ。

 

「萃香の嬢ちゃんも見つけたら拳骨でもかましてやら」

 

 久しぶりにアイスキャンディを口に咥えながら俺は川にいた魚を焼く。まともな飯を久しぶりに感じるのはなぜだろうか。

 俺は丁度いい具合に焼けて来た魚を食べる。無論アイスキャンディはとっくに舐め切っている。

 

「・・・・・大根おろし欲しいな」

 

 何かこう・・・足りない。

 俺は闘華からくすねた二つ目の瓢箪の中に入っている酒を飲む。いや、便利だねえ。水を入れただけで酒に変わるってんだから。

 

「人間の割に飲みますね」

 

「まあ、この位なら水みたいなもんだしな」

 

「鬼の酒ですよね?」

 

「飲み比べなら俺は闘華に負けたことは無いからな」

 

「・・・・・・」

 

 絶句する文の嬢ちゃんに胸を張って俺は言う。これは俺の数少ない自慢だ。耐性が付いているからこの程度では酔わないのだ。たぶん今でもあいつには負けないと思う。

 

「・・・・足りないなあ」

 

「それだけ食べてもまだ言いますか」

 

「つうか気になってたんだが・・・」

 

「?何ですか?」

 

「何故に敬語?」

 

 この前会った時は敵だと言う事も相まって敬語なんぞ使われなかったが、別に俺は敬語を使われる様な存在ではないだろう。

 

「貴方はあくまで鬼の客人という扱いですので」

 

「へー、俺そんな扱いなんだ。組織ってのはやっぱ大変だな。こんな奴にまで敬語使うんだから」

 

「普通自分で言いますか?

天狗社会では仕方のない事です。上司からの命令には逆らえませんから」

 

 俺なんて年がら年中遊び呆けているのに・・・天狗ってのは大したもんだねぇ。

 感心しながら今こうして吊るしていたら他の連中にも迷惑がかかるのでは?、と思った俺は緋桜に解く様に言う。

 

「ほれ、さっさと仕事に戻りな」

 

「・・・・・ありがとう・・・ございます?」

 

「何故疑問形で言った」

 

 俺は文の嬢ちゃんが飛んで行くのを見送ると再びその場に座る。酒を飲みたがる緋桜に俺はもう一つ杯を用意する。

 

「ありがとうございます」

 

はにかむ緋桜に心を癒されながら俺は杯に酒を注ぐ。

二人静かに杯に口を付ける。緋桜は酒に少し弱いのだろうか。もう顔が少し赤くなって来ている。

緋桜と二人で飲んでいると背後から気配を感じる。

 

「・・・ん?・・・・お前も飲むか?」

 

「そりゃアタシのだろうが」

 

「小さいこと言うんじゃねえよ。つか文の嬢ちゃんも何故戻って来たし」

 

「小さいこと言わないで下さい。誘拐されたんです」

 

「俺の言葉を盗るな」

 

 文の嬢ちゃんを傍に連れ現れた闘華。俺は文の嬢ちゃんと闘華の二人分の大きな杯を用意する。

 

「いや、悪いねえ」

 

「どうせテメェは俺に用意させるつもりだったろうが」

 

「アタシの物を盗っておいてそれで済ましてやってるんだ。ありがたく思いな」

 

「・・・・っち」

 

 俺は小さく舌打つと杯の中に酒を注いでいく。

 

「で、文の嬢ちゃんは仕事は良いのか?」

 

「あ、あはははは。今更行っても怒られるのは確定ですから・・・」

 

「だったらいっそのこと俺達と飲んじまおうってか?悪い娘だねえ」

 

 そう言って苦い笑いを零す文の嬢ちゃんに杯を渡す。天狗も鬼同様に酒豪と聞いたからこの程度では酔いもしないだろう。

 

「ほれ、テメェの分だ」

 

「何やら文とは随分扱いが違うな」

 

「テメェの普段の行いを振り返るこった」

 

 何時の間に名前を呼ぶ間柄になったのか・・・。まあ、天狗が鬼に逆らえる筈もないんだが。

 

「…もっと欲しいです」

 

「飲むの早いな緋桜」

 

 何時の間にか杯を空にしていた緋桜が俺の袖を引っ張る。一応俺達と同じくらいの大きさの杯に注いでいるんだが・・・・。

 

「あ、美味しい」

 

「そりゃあ、私の酒だからねぇ!ほれほれ、飲みな飲みなぁ!!」

 

 文の嬢ちゃんの言葉に気を良くした闘華がどんどん酒を飲ませようとする。助ける?・・・いや、大丈夫だろ、うん。…決して面倒臭がっている訳ではないぞ?

 

「酒の臭いとあらば黙ってられないよ!」

 

「……お前の嗅覚おかしいんじゃねえの?」

 

 突然現れた萃香に呆れる。だが、それだけでは終わらなかった。

 

「宴の席と聞いて!」

 

「いやさ、本当に仕事が多くてさぁ。やってられないよ。…あ、全、私の分もよろしく!!」

 

「何だ、お前等は地面からでも生えて来たのか?」

 

 何時の間に居たのか、勇儀は自分の杯を持ってきており、天魔は最初から居たとでも言うかのように溶け込んでいる。

 

「て、天魔様!?こここ、これは決して職務怠慢では――――」

 

「いや、本当にやってられないよねぇ?妖怪なんだから今直ぐじゃなくてもいいのに、どうして家の部下は仕事が早いんだろう。もっとのんびりすれば良いのにさあ、人間じゃないんだよ?」

 

「は、はあ・・・」

 

 矢継ぎ早に繰り出される天魔の愚痴に文の嬢ちゃんは困った様に俺達へ助けを求める。

それを俺達は合掌して見送った。

 何時の間にやら四人だった酒盛りは多くの天狗や鬼達を呼びよせ忽ち大宴会へと変わっていた。

 

「いい加減勝負しようよ全!」

 

 後頭部を蹴り飛ばして来た萃香に流石の俺も我慢の限界が来た。

 

「上等じゃクソ餓鬼ぃ!子供だからって今回ばかりは容赦しねえぞ!!」

 

「お!やった!こっちも容赦しないよ!!」

 

 喜んだ隙を突いて俺は萃香の嬢ちゃんに全力の一撃を放った。

不意打ち?卑怯?知らんな。もう勝負は始まっているのだ。

 

 ◆

 

「まさか負けるなんて・・・」

 

「はっ!餓鬼とは年季が違うんだよ!!」

 

 倒れる萃香に勝ち誇った顔で言い捨てる全。だが、彼の脚もがくがくと笑っており何時倒れても仕方ない。

 

「アンタら随分派手にやりあったねえ」

 

「もっとやりなよ!」

 

「お前殺すぞ?」

 

 酔った天魔の台詞に全はその頭を掴むと力を込める。

 

「痛い痛い痛い痛い!!?」

 

 やがて全が手を放すと天魔はその場に崩れ落ちた。

 

「さて、次はアタシとやりあおうじゃないか」

 

「ふざけんな!連戦で相手がテメェとか冗談じゃねえわ!!」

 

 既に準備は出来ているとでもいうかのように腕を回しながら片手でがっちりと全の腕を掴む闘華。回している腕からは風切り音が聞こえて来る。

 その様子を見た周囲の鬼や天狗も即座に離れ見守る。鬼に至っては子供の様に目を輝かせているようだ。

 

「おい!放しやがれ!!」

 

「そんなつれないことを言うな。ほれ、逃げ場は無いぞ?」

 

 闘華が指差した方を見ればそこには勇儀他山の四天王が立っている。

 

「くそ!逃がしやがれ!!」

 

「安心しろ、別に殺しはせん」

 

「テメェとの闘いの何処に安心する要素があった!?昔からそう言って本気で殺しに来るじゃねえか!!」

 

「頑張って下さい」

 

「緋桜!!?」

 

 全の必死の抵抗むなしく闘華は全を引き摺ると距離を取り、他の鬼に開始の合図をさせていた。

 その姿を見て全も諦めたのか空を仰ぎながら溜息を吐くと、肉体の傷を萃香と闘う前の状態へと戻し、構えを取った。その表情は真剣そのものであり、連戦にも関わらず全身から覇気を出し他者を身震いさせている。

 その姿に闘華は思わず舌なめずりをする。

 

「ぶっ!」

 

「殺!」

 

「「す!!」」

 

 かくして、此処に最古の鬼と忌み子の人間の闘いの火蓋が切って落とされた。

 

 


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