東方渡来人   作:ひまめ二号機

31 / 41
三十一歩目 涙だって流すし恐怖だって感じてこその人間だろう

 

「起きて下さい」

 

「いや、本当に後三百年位寝かせて」

 

 俺の頬をべちべちと叩きながら起きろと催促してくる緋桜に俺は目を瞑りながらそう反抗する。本当になんであんなもん使っちまったのかなあ。だから馬鹿とか言われんだよ畜生。

 俺がそう自己嫌悪をしていると緋桜は諦めたのか気配が離れて行くのを感じる。

 

「マジで三百年くらい寝ようかな」

 

 俺がそう呟いているとふと、周囲が暗くなった。

 

「・・・・・?」

 

 何だと思いながら空を見上げると、そこには巨大な鉄塊に姿を変えた緋桜がいた。

 

「は?いや、おい、ちょ・・・待っ――――!!??」

 

 茫然としていた俺の腹に鉄塊と化した緋桜が直撃する。無防備だった俺は肺に溜まっていた息を吐き出し悶え苦しむ。まさかここまで攻撃的な手段に出るとは誰が予想出来ようか・・・・マジで苦しい。

 

「行きましょう!?」

 

 悶え苦しむ俺に跨りながら大声で言う緋桜。第三者が見れば休日に起こされた父親とはしゃぐ娘の図ではないだろうか。

 

「分かった・・・分かったから下りてくれ」

 

 咳き込みながら俺は立ち上がる。たぶん能力の影響だろうが全身がだるい。これも使うのが嫌いな一つだ。あの能力、まるで俺に人間を止めろと催促するように身体を造り変えようとするのだ。人間の身体のままだと全力は出せないからなのだろうが。迷惑極まりない、こんなもん使いたがる奴なんて自虐癖でも持ってんじゃないだろうか。

 

「・・・・・・何処行きたい?」

 

「花を見に行きたいです!」

 

「ああ、はいはい。幽香嬢の所ね」

 

 俺が動いたことで機嫌を良くした緋桜は俺の隣にぴたりとくっついて来る。。何時も元気そうでいいなあ、等と思いながら俺は緋桜の頭を撫でると歩を進めた。

 

あ、法衣に着替えないと。

 

 

「・・・はてさて、どうしたもので御座いましょうか」

 

 俺は錫杖へと姿を変えた緋桜を構えながら困り果てる。

 

「あら、別に困ることではないでしょう?」

 

 にっこりと微笑みながら俺を見る幽香嬢。正体はバレていないが強者と言う理由で目を付けられてしまったのだ。いや、本当勘弁して下さいよ。まあ、正体を明かす気なんてないから迎え撃つのだが。・・・・・理由?単に幽香嬢の実力が知りたいだけだ。

 

「・・・・いえいえ、少々私用が御座いまして。如何に美しい女性の頼みであってもこればかりは・・・・」

 

「大丈夫よ―――――直ぐ終わるもの」

 

 跳躍、頭上から俺の頭を蹴り砕く様に幽香嬢が蹴りを放つ。それを緋桜で往なしながら距離を取ろうとする。だが―――

 

「っぐ!・・・お、も・・・っ!!」

 

 俺の素の身体能力は大妖怪には及ばない。だが、それでも中級妖怪を相手取り勝つことは出来るのだ。それだけの力でも幽香嬢の蹴りを往なすことが難しい。それは彼女が大妖怪に匹敵することを露わしていた。

 とんでもない才能だ。俺はなるべく距離を取る様に札を放り迎撃する。

 

「思ったより痛いわね」

 

 だがその札の雨の中を掻い潜る幽香嬢。何枚かが彼女に当たるが精々火傷程度の痛みなのだろう。対して効いた様子がない。

 

「・・・・・っち」

 

 俺は大量の水を鞭の様に撓らせ幽香嬢へと放つ。この程度の攻撃、彼女は難なく突破してくるだろう。俺は左目から巻物を取り出す。呪文の内容忘れた。

 

「あ~・・・こんなのだったな」

 

 巻物を周囲に漂わせ呪文を唱えていると水の鞭を突破して来た幽香嬢に俺は苦笑いを浮かべる。

 

「強過ぎだよ。冗談じゃない」

 

 錫杖で足元をこつんと叩く。そこを境に俺と幽香嬢の間を流水の壁が出来上がる。岩も切り裂ける程の速度だ。突破するのなら覚悟をするべきだろう。幽香嬢もこれの危険性を瞬時に理解したのか地面を削りながら急停止する。

 

「まったく、老いぼれには手加減をして欲しいものだ」

 

「あら?まだまだ現役の様に見えるけど?」

 

 向こう側から聞えてくる声と共に高まる妖力。こんな壁など紙キレの様に消し飛ばされる程の力だ。

 

「洒落にならねえな」

 

 呟き、俺は前夫に幾重もの結界を張る。恐らくこれも突破されるだろう。

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 俺は八百万を金棒へと姿を変えさせると霊力を込めて行く。流石に此処まですれば止められる・・・・と良いなあ。

 

「消し飛びなさい」

 

 聞えた言葉。直後、一瞬で水の壁を消し飛ばし巨大な閃光が視界を埋める。閃光は結界を物ともせずに破壊し俺へと直進してきた。

 

「卑怯過ぎるだろう、がァ!!!!!」

 

 俺は霊力を込めた金棒を全力で閃光へと叩き付ける。焼ける様にじりじりとし熱に中てられながら俺は力尽くで閃光を押し返していく。火事場の馬鹿力舐めんな!

 

「う―――――ラァ!!!」

 

「な!」

 

 荒い息を吐きながら膝を吐く俺。いや、無駄に格好付けないで回避するべきだったかも・・。

 無事・・・とはいかないまでもあの閃光を消し飛ばした俺を見て幽香嬢が瞠目する。本当、止めてほしいわ。マジで死んじゃうから、俺人間だから。

 

「ったく、手加減してほしいんだがな。仮にも元同居人ですよ?」

 

「!・・・・・・・貴方ならあれも納得だわ」

 

 笠を取り幽香嬢に顔を見せる俺。向こうも俺のことを忘れてはいなかったらしい。何やら諦めの溜息を吐かれた。失礼な所は変わっていないらしい.

 

「此処に来るなんてどんな用かしら?」

 

「何、幽香嬢の噂を聞いたもんでね。どんなもんか様子を見に来たんだよ」

 

「そう、呼び方も変わったのね」

 

「昔みたいに嬢ちゃんの方が良いかい?幽香の嬢ちゃん?」

 

「さっきので良いわよ」

 

 にやにやとしている俺に幽香嬢は溜息を零す。俺が幽香嬢に近寄ろうとすると突然日傘を向けられる。あれかい?もしかして俺加齢臭でもする?

 

「あんな終わりは認めないわ。私はまだ戦えるもの」

 

 微笑む幽香嬢。だが向けて来る日傘から放たれた妖力弾は手加減などされていない。

 

「うお!はっと!!老体なんだからもう少し優しくしてくれ!!」

 

 間一髪で放たれた妖力弾を躱す俺。いや、本当に手加減してほしい。今腰の辺りがビキッって鳴ったから、絶対警告だからあれ。

 

「仕方ない」

 

 俺は呆れながら幽香嬢の視界を水で覆う。喰らえ俺の十八番を!

 

 ◆

 

「・・・・・あ、割と美味い」

 

 只今俺は幽香嬢の家の中から勝手に見つけた食料を調理し手を着けていた。外では未だ轟音が鳴り止まない。

 

「・・・・しかし、意外とバレ無いもんだねぇ」

 

「そうですね」

 

 椅子に座りながら初めて見るパンを頬張る緋桜が同意する。今外で戦っているのは水を媒体にした俺の分身だ。姿も瓜二つ、無口な所が傷だが仕方ない。まあ、俺が表情だけなら真剣そのものだからそう簡単にバレはしないだろう。

 

「・・・・・む?」

 

 外に咲いている俺が渡したであろう種の花を眺めていると外の轟音が止んだ。どっちが勝ったのかと分かり切ったことを考えながら勢いよく家の扉を開け放った人物に挨拶する。

 

「こんにちは幽香嬢。どうしたんだいそんなに怖い顔をして」

 

「良くもあんな紛い物を私に宛がわせたわね!?無駄にしぶとい上に家に戻ろうとする私の邪魔までして来たわよ!」

 

 どうやら簡単に偽物だと分かったらしい。これは改良が必要かもしれない。

 

「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きなよ」

 

「私の家の物でしょう!何を勝手に上がり込んで好き勝手しているのよ!!」

 

「・・・・・・幽香嬢が入って良いと」

 

「一回も私は言ってないわよ!」

 

 ぶちぎれた幽香嬢は室内で日傘を構える。

 

「此処でそんなことしたら花も消し飛ぶよ?」

 

「っく!」

 

 実に悔しそうな表情で日傘を下ろす幽香嬢。いやあ、愉快愉快。ざまあないですのぉ。

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ」

 

 笑っている俺の何が気に入らないのか幽香嬢はお嬢と同じ笑みを浮かべて俺の腕を握る。

 

「外に出なさい!肉塊にしてあげるわ!!」

 

「いやァァアアアア!!幽香嬢の変態―!!汚される―!!」

 

「変なこと言わないで頂戴!!」

 

 俺は必死に踏ん張りその場で叫ぶ。それにキレながら叫ぶ幽香嬢。

 

「う、うわああああああああ!幽香嬢に汚されるーーーー!!!」

 

「分かったから!分かったから騒がないで!!」

 

「さて、お茶の続きを・・・」

 

 さっきと一変し何事もなかったように寛ぐ俺に幽香嬢は額を押さえてよろめく。ストレスでも溜まっているのだろう。まったく、自己管理が出来ていない証拠だ。

 

「今何か言わなかった?」

 

「いや、何も」

 

 拳を握る幽香嬢に何事もない様に振舞う俺。危ない危ない、少しからかい過ぎたのかもしれない。

 

「・・・あの花、俺があげた奴だろう?良く此処まで咲かせたねえ」

 

 窓から見える一面黄色の花畑に軽く驚愕する。多分俺が育てていた時よりも広くなっているだろう。まあ、能力の御蔭もあるのだろう。

 

「そうでしょう?自慢の子たちよ」

 

「元気な子供たちじゃないか」

 

「その子は?」

 

「俺の家族、付喪神の緋桜だ」

 

「よろしくです」

 

 ちょこんと座りながら頭を下げて挨拶する緋桜。それを見て幽香嬢が俺に振り向く。

 

「貰ってもいいかしら?」

 

「ざけんな」

 

 尋ねる幽香嬢に満面の笑みで答える。誰が家族をやるかよ。つうか一寸いなくなったら長寂しい一人旅じゃねえか。

 

「あ、そうだ」

 

 そう言えば訊きたいことがあったのだ。俺はそれを思い出すと幽香嬢に尋ねる。

 

「スキマ妖怪って知ってるかい?」

 

 俺の言葉に幽香嬢は露骨に嫌そうな表情をする。もしかして何かあったのだろうか・・・。

 

「知ってるけど・・・何でそんなことを?」

 

「いやね、友人に聞いて気になってたんだよね。まだそこまで知名度は高くないけど中々強いらしいじゃん」

 

「会うのは止めておいた方が良いわよ」

 

「何で?」

 

 俺の言葉に幽香嬢はまるで背後に阿修羅がいるかのようなオーラを纏い答えた。

 

「人の神経を逆撫でする目障りな奴だもの」

 

「・・・・・そうっすか」

 

 取り敢えず幽香嬢にこの話題はしない方が良いらしい。その内怒りの矛先が俺に向けられそうで怖い。

 

「まあ、元気そうで良かったよ」

 

 俺は席を立つと笠を取り緋桜を呼ぶ。

 

「あら?もう行くの?」

 

「まあね、少し鬼神にも用事があるから」

 

「あれにねえ・・・」

 

 苦い顔をする幽香嬢。きっと俺がいない間にまた何かしたのだろう。ご愁傷さまとしか言いようがない。

 

「じゃ、また近いうちに来るかもしれないから」

 

「その時は喜んで御持て成しするわ」

 

「出来れば荒事以外の御持て成しを期待するよ」

 

 そう告げて俺は幽香嬢の家を出て行った。

 

 ◆

 

 法衣を脱いでスーツ姿になった俺は険しい山の中を進んでいた。今更だが、あの法衣は人里に入る分には良いのだがそれ以外だと戦闘時に動き辛いのだ。あれを着ていると戦闘はほぼ札や魔法便りになる。前はそれでも良いと思っていたが・・・大沼ちゃんと幽香嬢の戦いから流石に拙いと言う事で着替えたのだ。

 

「緋桜、俺は疲れたよ」

 

「そうですか…」

 

「あれ、緋桜さん。疲れたっつってるのに何で先に行くかな?」

 

 自由すぎるでしょう、もう五日以上歩いてるぞ?俺は疲れた身体に鞭打って緋桜の後を追う。そのまま進んで行くと、突然空が光ったかと思えば爆音が聞こえて来た。

 

「緋桜、逃げよう」

 

 俺達が進む遥か前方から聞えてくる轟音と悲鳴に俺は歩を止める。これ以上進んだら絶対面倒臭いことになるのが予想出来る。流石に緋桜も驚いたのか俺の方へと慌てて戻ってくる。

 

「・・・・・此処って天狗の山の筈だよなあ」

 

 何でこんな合戦みたいなことしてんだよ。そんなに強い奴が・・・・

 

「誰かあの鬼を止めろ―!!」

 

「ああ、いたな。何も考えないで突っ込む馬鹿が」

 

 あれ、もしかして今とんでもないことになってる?俺達帰った方が良いんじゃね?

 

「あ!?こんな時に人間まで!」

 

 その声に反応して空を見上げるとそこには黒い翼を生やした黒髪の天狗の少女がいた。

 

「・・・・おっと手が滑ったァァァァ!!」

 

 俺は近くにあった小石を拾うと天狗の少女に全力投球する。

 

「うわ!―――何するのよ!」

 

 その小石に驚きながらも難なく躱す少女。何で躱すかなあ、どうせならそのまま気絶でもしてくれれば良いのに・・・。

 

「この山で何かあったのかい?」

 

「ふん!誰が人間にそんなことを教えるもんですか!!」

 

 まあ、流石に初対面で石投げたら警戒されるよな。

 

「・・・・・・・・・おおっと、テガスベッタ―」

 

 俺は小さな棍棒に姿を変えた緋桜を握ると天狗の少女の背後に回り頭を叩いた。天狗の少女は背後にまでは気を付けていなかったのかすんなりと気絶してくれた。

 

「・・・・さて、どうしよう」

 

 逃げるか、逃げないで先に進むか。多分闘華はこの先にいるんだよな。でも会いに行くには天狗と鬼の合戦に混ざる必要がある。

 場所は分からないし空も飛べない。さて、どうするか・・・。

 俺は気絶している天狗の少女を一瞥し騒ぎの方へと顔を動かす。

 

「まあ、道案内がいれば上手く行くかな」

 

 駄目だったら押し通ろう。それが良い。俺は緋桜を金棒へと姿を変えさせると騒ぎの中心へと歩を進めた。

 

 ◆

 

「うざい!しぶとい!面倒臭い!!」

 

 群がる天狗を頭上に配した霊力弾で一掃し向かって来る鬼を不意を突いて悶絶させながら先へと進む。いや、流石に鬼と天狗相手に真正面から向かう訳ないだろう。俺そこまで出来る程強くないし。

 

「ちょっと!皆に何するのよ!!」

 

 俺に簀巻きにされて抱えられている天狗の少女。名前は射命丸文だそうだ。

 

「なら説得してくれ。向こうが来なけりゃあこんなことしねえよ」

 

 騒ぐ文の嬢ちゃんに溜息を零しながら先へと進む。

 

「・・・・・霧?」

 

 だが、その先を遮る様に俺の周囲を霧が覆った。

 

「そこの兄ちゃん中々やるじゃないか・・・・」

 

 そう言って現れたのは小柄な体躯の少女と長身の女性。少女の方は頭の両側に体躯とは不釣り合いの長い二本の角を生やし両手と髪に三種類の分銅を付けている。そして女性の方は額に紅い一角を生やしている。

 

「此処に来たってことは、私ら鬼と天狗の戦いに参加するってことだろう?」

 

「いっちょ、勝負してくれないかねぇ!」

 

 その気合の入った言葉と共に二人から強大な妖力が噴き出してくる。その妖力に圧倒され、思わず俺は目を剥いた。

 

「・・・・・文の嬢ちゃんは逃げときな」

 

『緋桜・金剛不壊』

 

 俺は文の嬢ちゃんを下ろす緋桜を構える。流石にこれだけの力を持った鬼に不意打ちは無理だ。何より、そんな奴が二人もいるとか・・・マジ勘弁。

 

「萃香、どっちが先にやる?まあ、譲る気はないけどね」

 

「む~・・・私もやりたいんだけどねえ」

 

 二人は何やら言葉を交わすと長身の鬼の女性が前に出て来る。

 

「お前さんの相手は私だよ」

 

「どっちでも良いよ。疲れることに変わりないし」

 

 俺の言葉に二人が笑う。いや、俺何か面白いこと言ったか?

 

「ハハハハハ!鬼を相手に疲れるだけとは!良いねえ、面白いこと言うじゃないかお前さん!!」

 

 長身の女性は笑うと不敵な笑みを浮かべる。

 

「自己紹介がまだだったね。私は山の四天王が一人、星熊童子。星熊勇儀!!尋常に勝負といこうじゃないかい!!!」

 

「・・・自称渡り妖怪、渡良瀬全。えっと・・・・好きな物は鮭ってことで」

 

 俺の言葉に二人はキョトンとし再び笑う。いや、真面目な雰囲気の時に御免。正直すまんかった。反省してる。ホント・・・。

 

「――――――渡り妖怪。アンタがそうだって言うんなら、手加減する必要なんてないねえ!!?」

 

 その言葉と同時に勇儀嬢が踏み込んでくる。神速とでも言うべき速度を持って鬼の剛腕が襲い掛かって来た。

 

「―――――っ!?・・・・くっ」

 

 それを緋桜を斜めに構え受け流す。流石は鬼と言うべきだろう。衝撃だけで全身が痺れたかのようだ。

 

「オラァ!!」

 

 二撃目が放たれるより早く俺は勇儀嬢を押し返す。あんな洒落にならないもんそう何発も喰らって堪るか!

 俺は八百万を両腕で握ると全力で勇儀嬢へと叩き付ける。それを横腹に裏拳を叩き込み逸らす勇儀嬢。やはり大振りな得物では鬼を捉える事は出来ない。

 

『緋桜・仏ノ導』

 

 金棒から錫杖へとその姿を変え霊力で強化する。その光景に勇儀嬢はほぅ、と息を漏らしながらも俺へと上段蹴りを放つ。それを屈み込んで躱し勇儀嬢の顎へと錫杖による突きを放つ。それを左腕の掌で押さえ俺の頭を踏み潰しに来る。それを転移し俺は勇儀嬢と距離を取った。

 

「っちい!?」

 

「はっ!」

 

 互いに正反対の表情を浮かべる俺達。今度は逆に俺が勇儀嬢へと攻めた。

 

「っづォ!!!」

 

 背後へと転移し右肩へと全力を込めて錫杖を振るう。それをまるで背中に目でもあるのか反転し躱すとがら空きになった俺の胴へと握りしめた拳を放つ。

 まるで嵐の様な荒々しさを持って放たれた拳は俺の胸に寸分の狂いなく吸い込まれる。拙い!そう思いながら俺は胸の部分に霊力の鎧を纏う。だが、焼け石に水だ。

 

「―――――――っか!?」

 

 衝撃で視界が揺れそこだけ炎に焼かれた様に胸が熱く感じる。生々しい音を立てながら俺は吹き飛ばされた。木々を破壊しているにも関わらずまるで勢いは衰えない。ほんの数秒の出来事が数時間の様に感じながら俺は漸く止まった。

 

「・・・・・っは・・・・っは・・・ぇ」

 

 ヤバい、これは冗談抜きで死ぬ。涙と汗で歪む視界の中で俺はがくがくと震えながら合掌する。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!

 俺は身体の内側に意識を集中させると霊力を全身に張り巡らせる。

 

『明鏡止水』

 

「・・・は・・・・は・・・は・・」

 

 先程より楽になった身体を起き上らせ涙を拭う。いや、本当死ぬかと思った。大沼ちゃんの時よりやばかった。

 

「は・・・ァ・・緋桜・・・離れてろ」

 

 俺は錫杖から元の姿へと戻った緋桜を確認するとそう告げて深呼吸する。まだ息をするだけでも痛みが走るが・・・それでもしばらくすれば回復する。

 俺は勇儀嬢の下へと転移する。先程の攻撃で死んだと思ったのか、勇儀嬢は目を剥くがやがて小さく笑う。

 

「良いねえ。そうこなくっちゃ!それでこそ喧嘩のし甲斐があるってもんだよぉ!!!」

 

 放たれた互いの拳は交差し―――大地が砕けた。

 

 ◆

 

「オオオオォォォォォ!!!!」

 

「ハアアアァァァァァ!!!」

 

 互いに一歩も譲らず目の前にいる敵へと渾身の一撃を叩き込んで行く。全の拳を勇儀は腕を圧し折って返すがその肌に触れた勇儀の腕もズタズタにされる。全の懐に潜り込んだ勇儀はその顎を打ち砕く。

骨と歯が砕け口内からだらだらと血を流しながらも全は勇儀の脚を払いその腹を殴りつける。この状態でも向かってくるとは思わなかったのか勇儀は防御すらすることが出来ず全の一撃を貰う。体内を何かに蹂躙されているかのような激痛に勇儀は吐血する。だが、その眼光に宿る光は衰えるどころか増している。

 

「ふん!」

 

 勇儀は馬乗りになって殴り付けようとする全の頬を打ち砕くと立ち上がる。顔の右半分を打ち砕かれても驚異的な再生能力で再び立ちあがってくる全に勇儀は内心歓喜していた。

 

 ああ、これ程の人間など今迄いなかった。人間が鬼の力に対抗すること等出来る筈もなく、人間の殆どは鬼に負けてその身を食われた。どれ程の人間が立ち向かおうとも鬼に、ましてや自分に勝てる程の者等同族を除いて一人もいなかった。

それがどうだ。この人間は人の身を捨てず鬼に対抗する為の力を持っているではないか。痛みで涙を流し膝を振るわせながらも、一度もその瞳に燃える炎は衰えて等いない。

 これが渡り妖怪か。我等が鬼の母にああも言わせた人間か。ならば―――

 

「もう私も自分が抑えられないよ!」

 

 その身が燃え尽きるまで、その力を魅せてくれ!

 

「着いて来な人間!これが鬼の闘いだァ!鬼の華だァ!!」

 

 神速。そのボロボロの身体の何処にそれ程の力が残っているのか。勇儀は全の目で追えない速度を持ってその首を捉える。

 

「――――――この程度で散るんじゃないよぉ!!」

 

 勇儀の腕が全の首へと直撃しその身を大地へと叩き付ける。衝撃でバウンドする全の身体。勇儀はその足を掴むと先と同じ速度を持って大地を駆ける。背中の皮膚は剥がれ肉も削げ落ちて行く全。激痛に思わず声にならない悲鳴を上げる。

 

「―――――――ふうゥ!!!」

 

 だが、歯を砕く程の力で歯を噛み締め痛みを堪え全は勇儀を連れて上空へと転移する。

 

「テメェこそ!この程度で散るんじゃねえぞぉ!!?」

 

 全は勇儀の手から逃れ背後へと回るとその左腕を圧し折った。

 

「っぐう!?」

 

 堪らず声を上げるが鬼の身体はその程度で止まるようなものではない。勇儀は右腕で背後の全を掴むと急加速で大地へと全を叩き落とした。

 軋む身体も臆病な心も無視しなければ鬼には勝てない。かつての鬼神との闘いでそれを学んでいる全は即座に立ちあがると既に拳を構えている勇儀に向き直る。

 

 放たれる剛腕からの正拳突きを肉を抉られながらも回避し勇儀に迫る。握り込まれた拳は加速の勢いを伴い勇儀の右頬に叩き込まれた。

 その威力に踏ん張り切れなかった勇儀は錐揉み状に吹き飛ばされ何時の間に集まって来たのか鬼達へとぶつかった。

 この程度じゃ倒れない。全はすぐさま勇儀の上へと転移するとその腹に踵落としを炸裂させる。吐血し息絶え絶えの状態の勇儀だが、鬼の誇りか、それとも彼女自身の誇りか、はたまた別の何かか、その足を掴むと圧し折り、引き寄せた額を殴り飛ばす。

 

 荒ぶる二人の益荒男に萃香さえも呑み込まれていた。これ程の闘いになると誰が予想出来ようか。二人の姿に触発され彼女の気持ちにも火が点き始める。自分もあれだけの闘いをしたい。自らもあの戦場へと立ちたい。押し寄せて来る感情をギリギリで押し止め二人の闘いを見守っていた。

 

「ぶっ飛べぇぇぇ!!!」

 

 勇儀の米神を蹴り転倒させる全。だが、彼も片足が折れている状態での蹴りなど無理があったのかバランスを崩し転倒する。そこを狙う様に素早く立ち上がった勇儀が全へと右腕を振るう。それをかつての闘華と同じく自身の身体で受け止めると霊力を流し込んで破壊していく。

 勇儀も全も、既に満身創痍だ。全の再生能力も勇儀の力に追い付けず精々気休め程度の力しか発揮しない。勇儀もまた全身に青痣を作り顔も美人が残念な姿になっている。

 

 此処が正念場か。

 ふらつきながらも自分を睨み付ける全を見て勇儀はそう悟る。出来る事ならばこの強者と永遠に闘い続けていたいと思う心もある。だが、そんなことは無理な話だ。ならば―――

 

「最後は自慢のこいつで終わりにしてあげるよ!!」

 

『三歩必殺』

 

「一歩ぉ!」

 

 全く追い付けない速度で、それこそ消えたと感じた様に。勇儀は全の目の前に現れる。

 

「二歩!」

 

 震脚。鬼の強靭な肉体による地面の踏み締めはまるで巨大な地震でも起きたかのように感じられた。そして―――

 

「三歩!!!」

 

 乾坤一擲、過去最高であろう程の力で放たれた一撃は最早必殺一撃のものであった。神速の領域で迫る拳は全の息の根を止めるべくその身体に触れ――――

 

「・・・・・・な・・・・に?」

 

 茫然とした声を上げ、勇儀の身体は光に飲み込まれた。

 

 ◆

 

「三歩!」

 

 勇儀嬢が放った一撃。それはこの身体、ましてや片足が折れている状態で耐えられる様な物ではなかった。迫る拳、それを前に俺は

 

『明鏡止水・涅槃』

 

 最後の奥の手を出した。

 仏教において涅槃とは一切の囚われから解放された絶対自由の境地を意味する。重要なのは一切の囚われというもの。それはつまり、何者も自分を捉える事が出来ないと言う事。もし、これが攻撃的な意味に捉えられたとしたら?この境地が『邪魔する物を例外なく消し飛ばす』空間であったら?

 それを露わしたのが俺の『明鏡止水・涅槃』。俺の精神の迷いを、煩悩を消し飛ばす為に意識を消す。そして俺の周囲に穢れすらも一切ない俺以外が存在できない空間を展開させるのだ。無論、俺の意識は無い為に何が起こっていたのか自分が何をしたのかも覚えていない。限界時間は最大一分だが、間違いなく俺が自力で編み出した中で最強たる技だ。

 尤も、この空間は慈悲もあるが為に意思のある物を完全に消すことなんて出来はしないのだが。

 

 光が俺を包むのを見た瞬間、俺の意識は消えた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

 目覚めた俺は周囲の様子を確認する。今回の怪我からして精々十秒持てば良い方だったのだが・・・。どうやら勝負には勝ったらしい。俺の前方、そこには大の字になって気絶している勇儀嬢がいた。俺と同じく全身がボロボロで見る影もない。服もその要素を果たしていない。

 

「お見事。勇儀に勝っちゃうとは思わなかったよ」

 

 そう言いながら近寄ってくる・・・・・えっと・・・あ、萃香の嬢ちゃん。

 もしかして二連続で戦うのだろうか。そしたら間違いなく俺は死ぬと思うんだ。

 

「どうしたんだい?顔が青いよ?」

 

 そう言いながら俺の身体を揺らす萃香の嬢ちゃん。良く考えたら血を流し過ぎた。怪我は治っても流した血が戻ってる訳じゃない。

 

「あ~・・・・ァ・・」

 

 ぐらつく視界の中、一寸と何処かで見た馬鹿の顔が映り―――俺は気絶した。

 

 ◆

 

 

「・・・・・・・ァ・・・?」

 

 ぼやける視界の中、俺は状況が飲み込めないながらも上体を起こす。・・・・何しに来たんだっけ?

 

「・・・・・・・闘って・・気絶したのか」

 

 その直前まで思い出しならば此処は何処なのか周囲を見渡す。畳が張られ屋敷の様な雰囲気が感じられる室内。だがそこに静けさは無く何処からか聞こえる喧騒が届いていた。

 

「・・・・・マジで何処?」

 

 俺は立ち上がると襖を開け屋敷の中を進んで行く。広いな・・・。そう言えば緋桜は何処に行ったのか。怪我をしていないか心配だ。

 襖を開け喧騒の原因へと近付いて行く。だんだんと喧騒は大きくなりその部屋の前に立つ頃にはそれが何かを俺は理解した。

 

「・・・・・・・・」

 

 入りたくねえ。入ったら絶対巻き込まれる。

 

「お!ワタリじゃないかい!もう起き上って大丈夫なのかい?」

 

「寧ろお前が大丈夫なのかと訊き返したいよ」

 

 襖の前で突っ立っていた俺に全身包帯だらけの勇儀が話しかけて来た。何でそんな平気そうに立てるし。あれ一応俺の全力だぞ?俺まだ全身が痛いし骨も折れてんだぞ?

 

「ハハハハハ!宴会やるってのに寝たきりなんていられないよ!ほらワタリも来な!母さんもアンタに会いたがってる!!」

 

 俺の身体を無理矢理引っ張り勇儀が襖を開ける。部屋の中は予想より遥かに広く、鬼や天狗が互いに酒を飲みあっていた。

 俺達が入るのを鬼や天狗が気付き声を掛けて来る。主に鬼だけど。

 

「スゲエな兄ちゃん!あんな闘いは母さん以来だ!」

 

「本当だな!流石は渡り妖怪!母さんが褒め称えるだけのこたぁあるねえ!」

 

 話しかけて来る鬼や天狗に軽く返しながら勇儀に引き摺られて見覚えのある馬鹿の前に連れてかれる。どうやら緋桜も一緒に飲んでいるらしい。

 

「母さん!連れて来たよ!」

 

「お、来たのかい勇儀。どうだったこいつとの闘いは?」

 

「最高だよ!あんなに昂ぶったのは母さんと闘った時以来だ!!」

 

「だろう?こいつぁ最高の人間だよ」

 

「うるせえよ」

 

 俺の頭をぽんぽんと叩く闘華の手を払いのける。ったくよお、何でこんな目にあったんだか・・・。

 

「お前もどうだった?勇儀との闘いは?」

 

「お前と同じで超強かったよ。これでも強くなったつもりだったんだがな」

 

「何言ってんだい。勇儀の奥義を破ったそうじゃないか」

 

「あれは本当に死ぬと思ったぞ」

 

 ばしばしと俺の背中を叩く闘華。怪我で痛いってのに聞きやしねえ。取り敢えず、訊きたいこともある。

 

「俺が来た時、天狗とやりあってたのか?」

 

「ん?ああ、そうだよ。今じゃ張り合えるのは天狗くらいしかいなくなっちまってねぇ。アタシは天魔とやり合ってたんだが・・・。そっちに行っとけば良かったかあ。まあ、天魔とはやりあえて満足だけどね」

 

 笑いながら目の前にいる黒髪の女の天狗に酒を注ぐ闘華。こいつが天魔なのだろう。

 

「ども」

 

「聞いてるよ、昔こいつとやりあったそうじゃないか」

 

 会釈する俺に陽気に笑いながら闘華同様に肩を叩いて来る天魔。いや、何でこいつら怪我人の身体を遠慮なく壊しに来てるんだよ。ならば勇儀はどうなのだろうかと目をやると萃香の嬢ちゃんに悔しそうに叩かれながらも笑っていた。・・・・・・本当に鬼と人間のスペックって違うよな。

 

「ほれ!アンタも飲みな!!今日は朝まで騒ぐよ!!」

 

「オー!」

 

 闘華と共にノリノリな天魔。こいつらだけじゃない。他の連中も朝、それどころか昼まで騒ぎそうな勢いだ。

 

「・・・・はあ」

 

 俺は溜息を零しながら渡された杯の酒を飲み干して行く。

 

「ほれほれ、どんどん飲みな!」

 

 空になったと思ったら満たされる杯。こいつら本当にどれだけ飲むつもりだよ。

 

「飲むぞー!!!」

 

『オー!!!』

 

 かつてない規模の宴会の中、俺は酒で満たされた杯を呷った。

焼けつく様な痛みは怪我の身体には堪えたが、その痛みは不思議と今迄で一番自分が生きているのだということを実感させた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。