東方渡来人   作:ひまめ二号機

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三十歩目 ……最悪です

 

 木々の生い茂る森の中。突如轟音と共に水柱が立つ。

 

「……危ないなあ」

 

 凍った水面の上に着地し俺は錫杖を構える。俺達の目の前、そこには人間よりはるかに巨大な山椒魚がいた。怖い怖い、今回ばかりは本気で行かないと死ぬだろう。

 何でこんなことになったのかは遡ること一日前だ。

 

 ◆

 

 雪が降る山の中、防寒着を着た俺と緋桜は白い息を吐きながら山道を歩いていた。

 今俺達が昇っている山は本島の北にある蝦夷の国だ。

 本島では春になっているが未だこの地には雪が降っている。

 

 

「はてさて、大沼の主はどれ程の者か…。どれ位だと思う?」

 

 俺は雪が降り積もる山道を歩きながら頭の上に乗る緋桜に問い掛ける。

 

「……これ位?」

 

 両腕を広げ一生懸命に大きさを表そうとする緋桜に和みながら俺は歩を進める。今回は久しぶりの大物。それも実力未知数の格上だ。これ位の気持ちの余裕がなかったらたぶん緊張で潰れる。

 

「…先ずは第一印象が大事だよな」

 

 俺は拳を握り目的の場所へと出た。

 

「………うっへえ」

 

 あ、何かもう帰りたい。

 俺達の目の前、そこには凍った巨大な湖があった。それだけなら何も怖くは無い。

だが、水面に超巨大な影があるとしたら?

 

「やべえってこれ、ヘタレの僕には無理です」

 

「がんばっ!」

 

「緋桜さんマジ鬼畜」

 

 緋桜の激励を受け俺は湖へと歩き出す。俺が一歩踏み出した瞬間、先程までの綺麗な湖は一変し毒々しい色へと変わる。どう見ても警戒されてます。

 

「………何の用だ人間。此処は貴様等が来る場所ではないぞ」

 

 あ、喋れるんだ。っていいうかまともに会話してくれるんだ。

 

 

「貴方に用があってね。お名前は?」

 

「そんな物など必要ない。とっとと用件を言え」

 

「大沼ちゃんか。成程、で大沼ちゃんに用って言うのはね――――」

 

 俺が口を開こうとした瞬間目の前の地面から煙が上がる。酸…毒…?良くは分からないがこれがあちらさんの能力とみて良いのだろう。

 

「次は無いぞ。さっさと用件を言え」

 

「……そうだな、用件って言うのは他でもないよ」

 

『緋桜・睡蓮杖』

 

 俺は緋桜を錫杖へと変え肩に担ぐ。

 

「ちいとばかり、痛い目見て貰おうってな。取り敢えずまともに話そうじゃねえか!」

 

 その言葉と同時に俺の目の前の大地が砕かれた。それに虚を突かれ動きが止まる俺。見れば大沼ちゃんは御怒りの様だった。

 

「不快……不快だ。図に乗るなよ人間!」

 

 怒気に乗って放たれる妖力。正直脚が震えて来る程の物だ。冗談抜きで凄い怖い。

 やっちまったもんは仕方がない。俺が飛びだすと同時に大沼ちゃんも動いた。

 

 ◆

 

 とまあ、昨日から戦い続けているのだが、正直何回か死んいでる。正確には死に掛けてる。

 大沼ちゃんには触れられないのだ。触れた瞬間手が溶けた。二回目は即効性の神経毒だ。三回目は猛毒。お陰で緋桜でも触れる事が出来ない。結果霊力弾などしか手段は無く、かといって直撃するわけもない。

 

「…どうしよう」

 

 大沼ちゃんの攻撃を躱しながら作戦を練る俺。幸いなのは大沼ちゃんの動きが遅いということだろう。でなかったら死んでる、絶対。

 そんなことを考えていると大沼ちゃんが身体をくねらせ尻尾を水に叩きつける。

 

「――――――!?」

 

 水飛沫で視界を塞がれた俺は急いでその場から動く――――筈だった。水飛沫の中から黒い影が急速で迫ってくるのを視界の端で捉えた俺は本能が危険信号を発すると同時に身を捻る。だが、躱し切れない。

 

「…がっ!、ゴボォ!……オオ!!」

 

 衝撃で水中に落とされた俺は水を飲み苦しむ。極寒の湖はとてもではないが長く耐えられるものではない。

 俺の傍に姿が無いことから緋桜は既に退避しているのだろう。

 

「死ね」

 

 耳元から聞えて来た声。俺がそちらを振り向いた瞬間、顔面を叩き潰された。

 溢れだす鼻血と痛みに顔面を押さえる俺。その眼の前には紫髪の少女の姿をした大沼ちゃんがいた。

 次の攻撃が来るより早くその場から転移した俺は陸地で咳き込みながら湖を睨み付ける。

 

「人間状態は…あれだけ速いのかよ。一寸!逃げろ!!」

 

 俺は何処にいるのか分からない一寸に聞えるよう大声で叫ぶと目を瞑る。

 能力だけが取り柄だと思ってんじゃねえぞ!

 これから行うのは俺が編み出した術の中でも三本指に入る程の物だ。人間が妖怪や神に打ち勝つ為に編み出した秘術。この一億以上の月日を修行に費やしたのもこれを完成させるためだ。

 俺は自分の内側に意識を集中させる。途中水の音と共に大沼ちゃんが俺の胸に腕を突き刺して来る。身体が焼ける様に熱くなるが好都合だ。

 

『明鏡止水』

 

 普段の俺は霊力を外側に纏っている。だが、こいつは違う。霊力を神経の様に極細にし全身に張り巡らせるのだ。その霊力の糸から水の様に霊力を身体に浸透させ内側から強化する。結果、俺の身体は妖怪以上の再生能力と力を発揮する。

 しかし、この技の強みはそこではない。

 

「―――――」

 

 俺は大沼ちゃんの腕を握ると霊力を流し込む。すると、大沼ちゃんの腕は内側から盛り上がり――――破裂した。

 

「っぐ!?」

 

 その現象に瞠目しすぐさま俺から離れる大沼ちゃん。

 この技の真髄。それは全身に巡る霊力を相手の身体へと流し込ませ内側から対象の身体を破壊することなのだ。どれ程外皮が頑丈であろうと内側からの破壊ではそれも意味をなさない。これこそが俺が妖怪や神を殺す為に編み出した秘術だ。

 だが、当然リスクもある。この技は集中力と細かな霊力操作が必要なのだ。失敗すれば俺の身体も内側から破壊される。

 

「―――――ふっ!」

 

 俺は息を吐き出すと同時に大沼ちゃんの懐へと潜り込む。外皮に毒があるからなんだ。そんなもの張り巡らせた霊力で破壊し尽くしてやる。

 俺は大沼ちゃんの顎を掌で打ち上げる。衝撃で大沼ちゃんの顎が打ちあがり、骨が折れる音が鳴り響く。そしてがら空きになった胴を次々に拳打する。大沼ちゃんの胴は血に汚れボロボロになる。だが妖怪はこの程度でやられる様な造りじゃない。

 俺は大沼ちゃんを蹴り上げると空中に結界を張り全方位から拳打していく。だが、大沼ちゃんも只やられている訳ではない。全身から大量の毒液をばら撒き俺を迎撃する。その中を右目を護るように構え突貫していく。隙を与えたら逆転されかねない。水中なんて入られたら俺の速度で追い縋れるかも怪しいのだ。此処で決める!

 俺は両拳を握り合わせると大沼ちゃんの頭に全力で振り下ろした。轟音と衝撃を撒き上げ大地へと叩き落とされる大沼ちゃん。

 

 俺の両腕も溶解液でボロボロだ。毒も完全に防げていた訳ではない

 倒れ伏している大沼ちゃんが起き上らないのを確認すると俺はその場に座り込む。完全には制御し切れなかったのか全身に痛みが走り所々から出血している。いってえ…。

 

「緋桜!…終わったぞぉ……」

 

 疲れから俺の声も小さくなる。全身汗だくにボロボロだっつうの。胸の傷はまだ完全には塞がっていなから暫くは動く訳にはいかない。

 俺の声が聞こえたのか上空から一寸が心配そうな表情をしながら下りて来る。そんな所にいたのか…。

 

「怪我は無いか?」

 

「…大丈夫。怪我は?」

 

 心配したら逆に心配されちまった。というか俺そこまで酷い怪我してるのか?動けないから確認も出来やしない。

 

「……疲れたぁ…」

 

 大の字になりながら空を仰ぐ俺。取り敢えず大沼ちゃんが起き上る前にある程度の怪我は治しておこう。体は寒いが、まあ、俺ならそのうち耐性が付くだろう。

 今回は大沼ちゃんが戦闘が得意でなかったのが幸いした。恐らく普段は獲物が来るのを待ち伏せて捕食しているのだろう。あの巨体に勝てる奴がいるのかどうかも怪しい。

 

「さて………」

 

 俺は立ち上がると倒れている大沼ちゃんの頬を叩く。別に殺す訳で来たのではないのだ。大沼ちゃんは只此処に来た獲物を捕食しているだけなのだから。

 俺がぺちぺちと軽く叩くのを止め、強めにばちんと叩くと大沼ちゃんは目を開けた。俺は別に悪くない、只力加減を間違えただけなのだ。俺は悪くねえ!

 

「………っち、化け物が」

 

「うわ、一言目がそれかよ」

 

 舌打ちをして俺を睨み付ける大沼ちゃん。一応顎砕いた筈なんだけど、何故そんなにも平気そうな面して普通に発音してんだよ。おかしいだろ。顎砕いたんだぞ?……砕いたよね?

 

「……大沼ちゃんさあ」

 

「そんなふざけた名前で呼ぶな人間」

 

「大沼ちゃん!」

 

 そんな大沼の言葉を無視して緋桜がば苗を呼ぶ。しかし、全の時とは違い、大沼は緋桜を睨む事も無く只

 

「あ、俺、自称渡り妖怪の渡良瀬全ってんだよ。それでさ大沼ちゃん」

 

「……ワタリか。そうか、お前が…」

 

「無視ですか。つうか何で年寄りは皆俺を化け物呼ばわりするかな。苛めだよ?俺の心に深い傷が残るよ?」

 

「人間」

 

「おい、無視し過ぎだろ。俺の話し聞けよ」

 

「此処に何の用だ」

 

「…………観光」

 

「?貴様何と言った?」

 

「観光とちょっとした交流だよ。俺は古くから生きてる妖怪達を探してるんだよ」

 

「くだらん。そんな物で私に近寄るな」

 

 一方的にそれだけ告げると大沼ちゃんは湖へと戻って行ってしまった。というかあれだけの怪我であんなに動けるのを見ると俺が負けた気がしてくる。流石妖怪としか言えねえよ。

 

「……良いの?」

 

「良いんじゃない?そこまで嫌われてないみたいだし。無理矢理巻き込むし」

 

 そう簡単に逃げられると思わないことだ。次は闘華や神綺ちゃんも連れて来て騒いでやる。何時までも引き籠ってられると思わないことだな!

 

「……何か、俺が可哀想な子みたいだ」

 

「大丈夫です、何時もの事」

 

「ちょ、緋桜さん。後で家族会議しようか、な?緋桜も何時もそう思ってるのか、おい」

 

 さりげなくとんでもないことを言い放った緋桜に俺はそう尋ねる。だが、緋桜は俺の話を聞いていないのか聞く気がないのか俺に抱き付いて来ると眠り始めた。

 何と言う自分勝手な奴だ。まあ、俺も人のことは言えないが……。そう考えると緋桜は俺の影響でこうなったのか?だったら馬鹿な部分も似ていていいと思うんだが…。

 

「仕方ない。幽香嬢の所でも行きますか」

 

 噂を聞く限りだと結構強くなったらしいし、綺麗にもなっているらしい。会うのが楽しみだ。俺の顔を忘れられていたら悲しくて泣きそうだが…。まあ、その時は花達の様子だけでも眺めて行けばいいか。

 

「しかし、眠るの早いなあ」

 

 胸元から聞える寝息に苦笑しながら、俺は緋桜を抱き上げるとボロボロの身体に鞭打って下山して行った。

 

 ◆

 

「嫌ですなあ。拙者只の修行そうでございますよ」

 

「この状況で良くもそんなことを抜け抜けと…、覚悟しろ渡り妖怪!!」

 

「っち、いい加減にしろカス」

 

 やっぱ濡れたままとはいえ法衣は着ていた方が良かったかもしれない。俺は放たれた札を握り潰し倒れている陰陽師の一人を男に放り投げる。

 

「っく!」

 

 男は陰陽師を受け止めるとキッ、っと俺を睨み付ける。自業自得でしょうに、若僧が俺に勝てるとか思っているのが駄目なんだろ。

 渡り妖怪=魔に堕ちた人間、ってのが人間共の考えらしい。困ったもんだ。これでも種族的にはきちんと人間だし、殺した人間にもちゃんとした理由があるのだ。まあ、姿はそこまで正確ではないからスーツ姿にでもならない限りバレやしなかったりするんだが…。今回は運が悪かった。

 

「しかし、俺一人の為に随分掻き集めて来たなァ」

 

 倒れている人間を抜いても十三人。それなりに強い陰陽師も中にはいる。遠征か…、それとも妖怪でも封印して来たのか。京でもないのに此処まで多くの陰陽師には普通出会わないだろう。また地底の妖怪の数が増えているのかもしれない。

 俺は溜息を吐きながら周囲を見渡す。結界、恐らくは妖怪の力を弱めるであろう物が俺達を囲むように張られている。多分向こうは俺が妖怪の類だと思ってこれを用意したんだろうが…。

 

「可哀想過ぎて涙が零れるな」

 

 緋桜が起きる前に片付けよう。俺は最も近くにいた陰陽師の目の前に転移すると鳩尾を殴りつける。加減するのも中々に大変なのだ。

 即座に反応して来た三人の兵士の攻撃を身を捻ることで躱し転倒させる。転んだ兵士が立ちあがるより早く俺はその頭を小突き気絶させた。残りは九人。

 俺は近くにいる兵士たちを薙ぎ払い後方の陰陽師達へと迫る。

 

「掛かったな化け物が!」

 

 その言葉と共に四方から妖怪が俺を襲って来た。

 

「式神か」

 

 面倒臭い。そう思いながら俺は飛び掛かってきた妖怪の頭部を粉砕し他の妖怪達にぶつける。

 

『滅』

 

 その間に何をしたのか、陰陽師達から膨大な霊力による光線が放たれた。

 

「こりゃ危ない!」

 

 咄嗟に回避しその光線を回避する。しかし、危ないねぇ。危うく緋桜にまで危険が及ぶ所だ。

 

「ワタリが子持ちとは…」

 

 俺が抱き上げている緋桜を見ながら式神が口を開く。今更だけど、この娘は良く起きないな。

 

「がははははは!お前の様な大妖怪がこんなちんけな奴を囲うとはなぁ!!」

 

 うっぜぇ。少なくともテメェよりは役に立つっつうの。

 

「…あれも危険だ。滅せ」

 

 陰陽師の言葉。それを聞いた妖怪達の内、一匹から妖気が噴きだす。そいつには、まるで鬼の様な一本角が生えており、黒い袴を穿き上半身は鍛えこまれた身体のみだ。

 

「うっざいねぇ。俺一人の為にそんな式神を使うかい」

 

「良いんだよ。俺はテメェと戦いたくて式になったんだ」

 

何処の戦闘民族だ。そう内心で呟き、俺は緋桜を強く抱きしめる。と言うか、いい加減起きてくれないと辛いんだがな。

 

「……緋桜、緋桜」

 

 眠っている緋桜の肩を揺するが起きる気配はない。はっはっは、鬼相手にこのハンデはキツイかなぁ。

 

「来いやクソ餓鬼。相手になってやる」

 

そう言いながら、俺は周囲に居た他の式神どもを転移させた霊力の小玉で吹き飛ばす。疲弊した所を何てやられたら堪ったものじゃない。

俺の行動に鬼は笑う。あいつとしても他の式神は邪魔でしかなかったのだろう。

 

「………緋桜、いい加減起きろ」

 

もう向こうも待ってくれなさそうだから。先程より強く揺さぶっていると、短く声を上げ、緋桜が目を覚ました。幾ら寝惚けているとはいえ、周囲の状況から何となく察したのだろう。緋桜はこくりと頷き、空へと避難する。

 

『明鏡止水』

 

俺が発動させると同時に、鬼の踏み込み。予想より幾分か速い。振るわれた拳を往なし、胴を打ち抜く。内側からの衝撃に瞠目するが、笑みは深まるばかりだ。

 

「面白い!」

 

 先程より速い拳。紙一重で躱すが、放たれた蹴りに反応できず吹き飛ばされる。地面を抉りながら勢いを殺し、再び疾走。幸いなのは、相手が自分よりも遅いこと。

 

「散れ」

 

左腕を破壊する。その直後、蹴り上げられた足が右腕を圧し折る。痛みで顔を顰めるが、今の俺なら直ぐに治る。

常に俺の死角となる左側へと移動する鬼。緋桜を呼ぼうにも、陰陽師共の結界がそれを阻む。

 躱し切れず、鬼の拳が徐々に俺の身体を掠り始める。

 

「…っち」

 

 小さく舌打ち。面倒臭い。俺は能力で視界を敵からの物にする。

 

「ぬっ!」

 

 鬼との視界を供給した以上、先程の様にいきはしない。放たれる一撃を全て紙一重で躱す。

 

「…温い」

 

 遅い。闘華の一撃は、こんな物ではなかった。

 

「お前じゃ、殺せねえよ」

 

 俺の言葉に、鬼が笑う。

 

「やってみなけりゃ、分からんぞ?」

 

 放たれた拳が歪に歪む。それを危険と判断し、離れるより早く、手首から先が捻じ切れた。

 

「―――――っ!!?」

 

 その事に驚く間もなく、鬼の拳が俺を捉える。思い衝撃が全身に響き渡り、鈍い痛みが身体に残る。

 込み上げて来る錆を吐き出すより早く、鬼の巣城に転移する。鬼は自身の左腕を犠牲に、その攻撃を回避する。

 

「逃げられると思うな」

 

 後退する鬼に、追撃とばかりにその顎を蹴り砕く。止めを刺そうと拳を握るが、鬼が口から飛ばしてきた血液と歯がそれを封じた。

 

「ワタリ、強いじゃねえか」

 

 鬼の呟き。それと同時に、俺の腹が歪む。

 

「終いだ」

 

 次の瞬間、俺の腹は真っ二つに裂けた。

 

 ◆

 

「…良くやった」

 

そう言って、陰陽師の一人が鬼に近付く。しかし、鬼は動かない全を睨みつけたままその場を動かない。そのことに首を傾げる陰陽師。ふと、あの化け物が連れていた、緋桜と言う妖怪は何処かと空を見上げる。

 緋桜は空に浮いたまま全を眺めるばかりだ。その表情からは、主人が死んだ事が信じられないという感情が読み取れる。

 

「退け」

 

 鬼が陰陽師の前に手を出し、後ろに下がらせる。

 

「これじゃあ、どっちが鬼か分かりやしねえ」

 

 突如、全の死体が動き出す。煙を吹き出し、不快な音を立てながら肉が繋がる。

 ぴくり、とその指が動いた。

 

『禍を司る程度の能力』

 

噴き出すのは神気。けれど、それは何処か人を魅せる妖しさがあった。むくりとその身体を起こす全。黒く、長い髪がゆらりと揺れる。

 

「……・…」

 

何かに憑かれた様な豹変ぶりに、さしもの鬼も動揺を隠せない。

 

「……」

 

転移。鬼の背後に居た陰陽師の前へと転移した全は、一瞬でその命を刈り取る。

 

「っ!ぬぁ!!」

 

振り向くと同時に振るわれた拳が空を切る。転移し、そっとその腕を鬼の胸に添える。

 

「死ね」

 

振り向く間際、鬼の耳にはその声が、やけに鮮明に聞えた。次の瞬間、胸の辺りに違和感が生じる。見れば、滝の様に噴き出す鮮血と、大きな穴。

がくりと膝を着き、鬼はゆっくりと、その顔を前へと向ける。そこには、脚を振り上げる女(・)の姿があった。そして、鬼の意識はそこで途絶えた。

 

 ◆

 

「…緋桜」

 

 名を呼ばれ、全へと抱き着く緋桜。その頭を撫でながら、全は陰陽師へ視線を向ける。

 

「生きて返す訳にはいかないからね。悪いけど殺すよ」

 

『緋桜・金蜘蛛』

 

 一瞬でその姿を鉄線へと変える緋桜。それは、常人が反応出来る速度を超えて陰陽師達の心臓を的確に貫く。

一人たりとも逃がしはしない。全は、生き残った陰陽師達を次々に駆逐していく。

 

「運が無かったと諦めるんだね。あの鬼さえいなければお前たちは命を拾ってた」

 

 倒れ伏し、冷たくなっていく陰陽師達を見下ろす全。その瞳は、どこまでも冷え切った物であった。

 

 ◆

 

「最悪・・・・・最悪・・・本当に最悪」

 

 俯きながらふらふらと歩く全。気のせいか彼の頬がげっそりとやつれている様な気がする。

 

「何であんなもん使ったし俺」

 

 彼は明らかに山肌が見えている一角と土砂を見て小さく舌打ちする。

 いくら我慢ならなかったとはいえあの能力を使う事はなかったのではないか。過去の自分を殴りに行きたい衝動に駆られながらも彼は最早そんな気力がわいてこなかった。

 

「幽香嬢の所に行く気も起きねえよ」

 

 地の底にまで落ちているテンションは上げようにもまったく上がってはくれない。何故あんなものを使ってしまったのかという自責の念ばかりが起きて来る。

 

「大丈夫?」

 

 そんな様子の全を元気付け様と必死に声を掛ける緋桜。その姿を見て元々自分の所為でこうなったという念が一層彼を追い立てていた。

 

「鬱だ・・・・鬱だ・・・・・もういや」

 

 全はごろんと横になると不貞寝を始める。取り敢えず今日はもう何もしたくは無い。そう思い彼は緋桜の頭を撫でるとその瞳を閉じた。

 

「・・・・・最悪だ」

 

 一言呟き、彼は意識を闇の中へと落として行った。

 

 


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