東方渡来人   作:ひまめ二号機

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三歩目 護衛の日々

 

「ふん!」

 

 気合いの入った言葉と共に放たれる回し蹴り。その蹴りは前方に立っていた男の米神を打ち抜く。

 打ち抜かれた男は床に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「それ、誰の犬か聞き出しといて」

 

 床に倒れた男を指さし、全はやって来た警備員にそう言いつける。警備員はコクリと頷き男を運んで行った。

 それを横目に、全は背後で壁に背を預ける少女、八意永琳に声を掛ける。

 

「ほら、譲ちゃん。そんな所で眠らないでくれ」

 

 少女の肩を揺らしながら全は言うが、既に永琳は夢の中へと旅立ってしまったのか起きる気配はない。その事に溜息を吐きながら、全は永琳を抱きかかえる。

 

「困った譲ちゃんだよ、ホント。そんな疲れるまで働くこともないだろうに…」

 

 呆れたように言いながら、全は駐車場に停めてある車へと向かう。

 車の前まで来ると、全はその場でしゃがみ込み、車の真下や座席を調べる。不審物が無い事を確認し、永琳を助手席へと乗せると、全は車のエンジンを掛けた。

 

「ったく、こんな子供を狙うことはないだろうが」

 

 愚痴を吐きながら車を走らせる全。

時折、永琳を狙って来る者達がいるのだ。当然それを退治することも全の務めであり、失敗は許されない。

幾ら頭が働こうと子供相手にここまでする必要は無いのではないか。それが全の考えであった。決して、自分の仕事が増えるなどとは考えていない。

 

「………」

 

 もうすぐ日付が変わるというのに、街灯の下を歩く人々の姿は減っている様子が無い。煌びやかに飾られた街並みと雑踏。全はそれらから永琳へと目を移し、溜息を零した。

 

「こんな子供が重鎮とは…」

 

 やがて永琳の屋敷へと着いた全は助手席から永琳を抱きかかえ、屋敷の中へと入っていく。

 広い屋敷の一室にある永琳の部屋。そのベッドに永琳を寝かせると、全は部屋の外へと出る。永琳の部屋のドアの傍に立ち、周囲を警戒する全。護衛である以上は対象から離れてはいけない。常日頃、こうして永琳の周囲を警戒しているのだ。

 時が経つにつれ、徐々に重くなる瞼。やがて、全の意識は闇の中に落ちていった。

 

 ◆

 

「………っ」

 

 どれ程の時間が経っただろうか。全は眠たげな眼で廊下を見渡す。

 どうやら何時の間にか眠ってしまっていたらしい。段々と意識がハッキリし、そのことを思い出すと全は跳ね起きた。

 自分に毛布が掛っていたことから既に永琳は起きている可能性が高い。全は眠気を吹き飛ばし、音のするリビングへと入る。

 

「悪い!眠っちまった!」

 

「あ、全。あんな所で眠ってたら風邪引くわよ?それに身体も痛くなるし、これからは自分の部屋で寝るのよ?」

 

 全の視線の先、そこにはエプロンを掛けて朝食を作る永琳の姿があった。永琳の言葉に全は呆れる。

 

「護衛がんなことして良いわけが無いだろう」

 

「大丈夫って何時も言っているでしょう?この屋敷には侵入者用の防衛プログラムがこれでもかと組まれているんだから」

 

「何でも機械に頼ってたら痛い目見るぞ?」

 

「大丈夫よ。その時は貴方が護ってくれるでしょう?」

 

 永琳の言葉に全は言葉を失う。どうしてこう自信満々に言えるのだろうか。眉間の皺を揉みながらソファに座る全。

 

「今日は仕事は……?」

 

「あるわ。研究所で実験があるの」

 

「さいですか」

 

 永琳の言葉に装備の点検を始める。

 

「出来れば食事時にはやらないで欲しいのだけれど」

 

「すまん」

 

 朝食を持ってきた永琳の言葉に全は慣れた手つきで銃やナイフを片づける。

 

「……そういや」

 

「?」

 

 食事をしながら、ふと全は永琳に気になっていた事を尋ねる。

 

「譲ちゃんは友達はいないのか?」

 

「そうね、親しい間柄はいないかしら。精々、貴方位じゃないかしら」

 

「そっか。友人くらいは欲しいな」

 

「煩いわよ」

 

 全の足を蹴り、永琳は食事を続ける。全はただ痛みに耐えるようにその場で震えていた。

 

 ◆

 

「次はここをこうして…」

 

「分かりました」

 

 次々に研究員に指示を出していく永琳。その姿を眺めながら全は渡された最新式――と言っても鉛玉を射出する銃ではだが――の銃を弄繰り回す。

 

「そんな旧式じゃなくても、言えば最新式のを渡すわよ?」

 

「いや、良いよ。これくらい重い方が、俺には合ってる」

 

「……そう」

 

 言葉の意味を理解しきれない研究員たちは首を傾げ、永琳はそれだけ言うと研究に戻る。

 

「譲ちゃん、何か的になる物は無いかい?」

 

「そうね……丁度良いわ。耐久テストをして貰いたい物があるの」

 

 そう言うと永琳は研究員を呼び、実験場に巨大な檻を運ばせてくる。

 

「私の指示に従ってあれに攻撃してみて。攻撃方法は此方で指示するわ」

 

「了解」

 

 短く答え、全は実験場の中に入っていく。

 

『先ずは貴方が持っている銃を撃ち込んでみて』

 

「サ―」

 

 全は銃を構えると、最も壊れやすいであろうボルト部分に発砲する。放たれた銃弾は多少の誤差こそあれど、目標へとぶつかった。しかし、檻はビクともせず、ボルトも外れる気配は無い。続いて何発か撃ち込むが、やはり変わった様子は無い。

 

『次は素の状態で蹴ってみて』

 

 その言葉に従い、全は加速による勢いを利用し檻を全力で蹴る。鈍い音が響き渡り、衝撃で檻が僅かに動く。しかし、壊れた様子は無く、全はもう一度蹴る。再び鈍い金属音、今度は僅かに檻が凹んだ。

 

『良いわ。次は貴方が得意な霊力弾でやってみて』

 

 全は指の先に霊力を凝縮し、それを檻へと放った。次の瞬間、先程とは比べ物にならない程の衝撃と轟音が実験室を蹂躪する。実験場の中を煙が舞い、視界が遮られる。やがて、煙が晴れると、そこには完全に破壊された檻の姿があった。

 

『実験終了よ。全はこっちに戻ってきて』

 

「了解」

 

 永琳からの指示に短く答え、全は永琳たちのいる観測室へと戻る。

 

「耐久力は今までで最高の値だった。……やはり大妖怪を相手にするには無理があるわね」

 

「はい。中級も能力持ちであれば果たしてどうなるか…」

 

「分かったわ。貴方達は引き続き研究を続けて」

 

「了解しました」

 

 研究員との会話を終え、全へと近寄る永琳。

 

「妙に堅かったなあの檻」

 

「ええ、あれは研究中の物でも最高硬度を誇る物だもの」

 

「ふぅん…」

 

 粉々に砕けた檻を見る全。しかし、すぐに興味を失ったのか檻から視線を外す。

 

「他にやる事はあるのか?」

 

「…特に貴方に協力してもらうことはもうないかしらね」

 

「また退屈になるな」

 

「そう言わないで…」

 

 つまらないと雰囲気で告げる全に永琳は苦笑する。

 その場を後にして次の研究室へと向かう永琳とその後に続く全。しかし、突然その場から動かなくなる。その事に首を傾げ、永琳は自らの前方へ顔を向けた。

 

「ああ、ここにおりましたか八意様」

 

 そこには一人の中年の男性がいた。体系は良い方ではなく、腹には脂肪が溜まり軍服を着るのが少々辛そうに見える。その男は嘗ての全の上官であった男だ。

 

「っち、薄汚い豚が」

 

 目の前にいる上官に聞こえないように毒を吐く全。それを目で咎めながら永琳は頭を小さく下げる。

 

「これは、大佐。この度は何用で此処にいらっしゃったのでしょうか?」

 

 永琳の言葉に顎を摩りながら大佐は笑う。

 

「いえいえ、私の元部下が迷惑を掛けていないか確認に。何分、全少佐は少し手の掛る男なのでね」

 

「ただの点数稼ぎだろうが」

 

 小さく呟かれた言葉に永琳は全の足を踏み潰す。何とか声を抑え、全は痛みを堪えるように小さく震える。その様子に気づかない元上官は、変わらず声を上げていたが、永琳は適当に相槌を打ち愛想を振りまくだけだ。

 自分の言っていたことが伝わって機嫌が良いのか、元上官は豪快に笑いながらその場を後にする。

 元上官が去り、永琳は全をきつく睨みつける。

 

「もし聞かれたらどうする気?」

 

「気絶させて突然倒れたってことにしとけば良い」

 

 永琳の怒気を孕んだ声に事も無げに答える全。その表情からは申し訳ないという気持ちは全く見られない。

 永琳は疲れたように深く溜息を吐く。

 

「お願いだから、面倒事は起こさないでね?」

 

「分かってるつもりだ」

 

 本当に分かっているのか。そう思いながらも、信じるしかないと永琳は結論付ける。少なくとも、頭の働かない人間ではないのだ。自分の損得は理解しているだろう。

 

「何時か地獄を見せてやる…」

 

 背後で小さく呟かれた言葉に若干の不安を抱く永琳。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、彼女は全を連れてその場を後にした。

 その後、全が不機嫌であったことは語るまでもないことだろう。

 

 

 

 


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