「…して、何も自分を呼ぶ必要性は無かったのでは?」
新月の夜。蝋燭の灯り僅かに照らされながら輝夜姫へと俺は口を開く。
「良いじゃない、たまには。何時もは昼だから人目も多いもの」
「左様で。しかし人目を気にする話題など私は持ち合わせておりませぬゆえ」
「私にはあるわよ」
「………左様で」
俺は笠で目線を隠し呟く。夜に呼び出したと言う事は難儀な話なのだろう。こう言ったことはあまり表情を読まれたくない。
「もし……月には人間が住んでいると言ったら、貴方は信じる?」
「………」
「信じらないと思うでしょう?……私はね、月の都から来たの」
成程、そのことで呼びだしたのか。
「もうすぐ私に月からの迎えが来るって噂は聞いた?」
「ええ、来る者皆その話しで持ち切りでしたから」
そう、と輝夜姫は答え月の見えない夜空を仰ぐ。
「私は昔から地上に憧れていてね。一度でいいから地上はどんな場所なのかを見てみたかった。
だから月では決してやってはいけない大罪である不老不死の薬を飲んだの。そしたら月の人間は私を地上へと追放した。
私は喜んだわ。願いが叶ったのだもの。その時は別に月に帰ることには抵抗が無かったの。
けど、私を拾ってくれた御爺様や御婆さまと過ごして、貴方や他の人たちから外の世界を聞いて…帰りたくなくなっちゃったの」
輝夜姫はにこりと俺に笑い掛ける。
「我儘だと思うでしょう?けど、私はどうしても月に帰りたくない。
帝も私を護ると兵を送ってくれるけど…。地上の者では月の民には勝てないわ」
そこで言葉を区切り輝夜姫は俺へと顔を向ける。
「ねえ、お願いがあるの」
「何でございましょうか」
輝夜姫は少しの間を置き意を決したように告げた。
「―――――――私を、外へ連れてって」
「……」
「貴方の言う事はちゃんと聞くわ。何だってする・・・・だから」
涙を流す輝夜姫に俺は手を翳す。
「…女性、それも絶世の美女である輝夜姫が涙を流させたとあらば私は打首にあってしまう」
「……」
「良いでしょう。その代わりきちんと言う事は聞いて下さい」
「!―――良いの?」
顔を上げ縋る様に見上げて来る輝夜姫に俺は頷いた。
「ええ。……そうですね、これはその証明の様なものだと御思いになって下さい」
御手を、と俺はそう言って輝夜姫へと手を伸ばす。輝夜姫はおずおずと手を伸ばし俺の手をしっかり握る。それを確認すると俺は輝夜姫を抱き空へと転移した。
「わっ!」
「……摩訶不思議でしょう?これが私の自慢の一つで御座います」
空中に結界を張り俺はそこに着地する。
「御名前は?」
「……え?」
「輝夜姫、という御名前だけでは御座いませんでしょう?」
「……蓬莱山、…蓬莱山輝夜」
「そうですか、輝夜嬢。これが空から見た外の世界です」
俺は空からの景色を見渡す輝夜嬢に微笑を向ける。既に輝夜姫は興味津々といった様子だ。
「そう言えば、貴方の名前は?」
そう言えば教えていなかったか。俺は笠を取り輝夜嬢に挨拶する。
「…ごほん、改めまして、俺の名前は渡良瀬全。自称渡り妖怪の人間だよ。他の奴らはワタリって呼ぶこともあるがね」
「……貴方って本当はそんな表情をするのね。それに何よ。自称渡り妖怪って。私の噂じゃ渡り妖怪は恐ろしい妖怪だって聞いたわよ」
「強過ぎる人間は化け物にされちゃうんだよ」
「そう言う物なの?…渡良瀬全。―――全!約束は守るのよ!?」
「勿論、約束は守る。けど…」
俺は輝夜姫を下ろしながら懐からアイスキャンディを取り出す。
「もう少し待ってくれ。まだ準備もあるし俺の相棒がまだ此処にいるって言うもんだから」
「相棒?」
小首を傾げる輝夜姫に俺は錫杖を見せる。
「それが相棒なの?」
「ああ、緋桜。出て来い」
俺が呼び掛けると錫嬢は何時もの小さな少女の姿へと変わる。
「随分可愛らしいのね。この子も妖怪?」
「いや、それは付喪神だ。道具等に宿る神様だよ」
「…緋桜です」
「へ~」
輝夜嬢は一寸の頬をつんつんと突きながら笑う。緋桜も嬉しいのだろう。その顔には笑みを浮かべている。緋桜など小さくなって輝夜嬢の頭に乗っている。
その姿に思わず俺は笑う。
「…良く似合ってる。うん、これ以上ない程に似合ってる」
「どういう意味かしら?」
笑っている俺に輝夜嬢が詰め寄る。仕方ない、これは仕方がないのだ。あまりにも似合っているのだから。うん。
「いや…本当に似合ってる……くくっ」
「緋桜!あいつに何か言ってやりなさい!!」
「似合ってますって!」
「違うわよ緋桜!?」
何やら二人で漫才を始めた輝夜嬢と緋桜。もう少し見ていたい気もするがあまり屋敷から離れると誰か輝夜嬢の部屋に入って来た時が危ない。
「そろそろ屋敷に戻るぞ。ほれ」
俺が輝夜嬢に手を差し出すと今度は輝夜嬢は直ぐに握る。
「本当に、来てくれるんでしょうね?」
「安心しなよ。約束は守る。ちゃんと待ってろよ?」
若干怪しげな輝夜嬢に俺は肩を竦める。信用度worst一位の俺に任せてほしいものだ。
「そんじゃ、俺は戻るよ。そろそろ輝夜嬢も眠りな」
「ええ、それじゃあ」
俺は輝夜嬢とそう言葉を交わすと屋敷を出る。緋桜も既に錫杖の状態にしている。
もしかしたらお嬢への敵対行動になってしまうかもしれないが仕方ないだろう。約束は守る。例え相手がお嬢でも譲る気はない。
「……楽しくなりそうだ」
人間を殺すのは久しぶりかもな。
俺は新月の空を仰ぎ、笑った。
◆
満月の夜。輝夜姫の迎えが来る日。俺は縁側で茶を飲んでいた。
「早く行きましょうよ。早く」
隣で俺の法衣を引っ張りながら早く行こうと促す緋桜。俺はその頭を撫でて茶を流し込む。
「分かってるよ。時間の調節って奴が必要なんだ。俺達の姿を見られる訳にはいかないからな。……緋桜」
俺の言葉に緋桜はすぐさまその姿を帰る。何だかんだ言ってこうやって言う事を聞いてくれる辺りは可愛い物だ。少し純粋すぎる気もするが。
「さて、跳ぶぞ」
俺は外へ出戸を閉めると脚に力を込めて宙を舞う。結界を踏み台にし輝夜嬢の屋敷へ加速する。
屋敷には既に大量の人影が見える。だが近付くにつれその人影は全員倒れ伏していることが分かった。穢れがある以上殺してはいないだろうが・・・・・。
そこまで考えた瞬間、俺は目を丸くしその場で止まる。
月の迎えであろ何台かの御車。そこには十数人の月の民がいる。
だがそんなことよりその月の民の視線の先。そこには――――
「……お嬢」
そこには俺の主たる八意永琳が輝夜嬢を庇う姿があった。
お嬢の視線の先。そこに立つ一人の月の民がその手に持つ銃に手を掛けようとする。
「死ね」
その姿が見せた瞬間俺はそいつの頭上に転移していた。
『緋桜・金剛不壊』
俺の言葉を聞き緋桜はその姿を錫杖から大木程の太さ金棒へと変わる。その金棒を俺は容赦なく月の民へと振り下ろした。
短い悲鳴が上がるがそれは轟音と衝撃で掻き消される。金棒の下赤黒い体液と臓物を散らしている物体を一瞥し周囲に立つ月の民を睨み付ける。
「テメェ等、誰にその銃向けてるのか分かってんのか?」
「全!―――来るのが遅いのよ!!」
涙を拭きながら叫ぶ輝夜姫に俺は片腕を上げる。
「問題ない、問題ない。ちゃんと間に合っただろう?」
「そういう問題じゃないわよ!!」
「―――全?」
何が起こっているのか分からないお嬢は輝夜嬢の叫んだ名を確認し俺を見る。いやあ、照れちまう。……・お嬢に殺される前になんとか逃げ切れないかな。
「まあ良いや。取り敢えずテメェ等、お嬢とその御友人にその小汚いもん向けた罰だ」
『緋桜・両刃ノ顎』
俺の言葉と共に金棒の姿の緋桜は更にその姿を変える。
金棒は両刃の剣の形状へと変わりバクリ、とまるで竜がその顎を開く様に裂ける。その形状は巨大な枝切り鋏だ。だが通常とは異なり刃が長く柄は短い物だ。
「全員死ね」
ガキン、という音と共に目の前にいた一人の月の民の首が転がり落ちる。目の前の現実に思わず全員が動けずにいた。
「お嬢!輝夜嬢!!刺激が強かったら目を瞑っときな!!」
二人からの言葉が返ってくるより早く俺は最も近くにいた月の民の心臓に緋桜を突き立てる。吐血をしながら倒れる月の民を一瞥もすることなく俺は銃を構えようと動いていた月の民へと霊力弾を放つ。
爆音を奏で炸裂した霊力弾は月の民の身体を塵すら残さず消し去る。
「どうした月の民!テメェ等が持ってるのは水鉄砲かあ!?」
一人の首を足で圧し折り続け様にもう一人の首を刎ね飛ばす。
技術力は高くとも個人の戦闘能力は所詮こんな物なのだろう。同じ武器を持たせれば帝の兵士とそう変わらないのではないだろうか。いや、もしかしたらそれより低いかもしれない。
「話しにならないな」
俺は最後の一人の首を刎ね飛ばすと辺りを見渡す。月の文明も死体も残して置く訳にはいかない。
今日、輝夜姫は月の民の迎えと共に月へと帰る。そう言う流れでなければいけない。
俺は月人の死体や文明機器を消し地形を元に戻す。殺すより片付けに霊力を持っていかれるってどういうことだよ。あ、念の為一つくらいは銃を回収しとくがな。
俺は溜息を吐きながらも立ち尽くしている二人へと歩み寄る。
「……迎えに来ましたよ輝夜嬢。それに―――」
俺は輝夜嬢の前に立つお嬢に頭を下げる。
「久しぶり。ただいま、おかえり……どっちかは分からないけど、また会えて良かったよお嬢」
お嬢は何も言わず俺の頬に触れる。
「少し、髪が伸びたかしら?前より少しくらいは大人になったんじゃないかしら?」
「良く覚えてるねえ。嬉しいよ」
「貴方のことを忘れるなんて有り得ないわ」
笑っている俺達に輝夜嬢が戸惑いながら話し掛けて来る。
「え、永琳?ちょっと、どういうことか説明しなさいよ!全も!笑ってないで私にどういうことか説明しなさい!!」
叫ぶ輝夜嬢を見てお嬢は溜息を吐きながら俺の頬を抓った。痛い、冗談抜きで本気で抓ってやがる……。
「主人に長年顔を見せに来ないで心配ばかり掛ける従者よ」
「…酷い。これでも大変だったんだぜ?」
「そう、それよ。この眼はどうしたの?」
「……あの時にね。鬼神の片角と交換でやられた」
「…そう。―――――で、その子は?」
「………娘――――ではないので殺気をぶつけないで下さい」
「…娘、で大体あってる」
「お前は何を言っている?」
「全?」
「いや、違う、違うんです。この子付喪神、俺の子じゃない!」
まるで自分が汚い大人のようだと感じながらも、全は自分の命の危機である為か必死に弁明する。
「……」
その現場を眺める緋桜は、我関せずと言った様にただ口を噤むだけだ。そこには罪悪感など全く見受けられない。
「……そう」
全の必死の弁明が功を成したのか、それだけ呟き、一応の納得を見せると永琳は輝夜嬢に話し掛ける。
「輝夜。早く此処から離れましょう。昔話は後からでも出来るわ」
「え、ええ。―――本当に話してくれるのよね?」
「ええ、当時のことを覚えていたら」
疑う輝夜嬢の視線にお嬢は笑顔で答える。話す気なんてないのかもしれない。例え話しても大まかな流れだろう。今となっては昔のことを話す必要もない。今こうして会えているのだから。
「二人とも、さっさと離れようぜ。じゃねえと他の奴等が起きる」
「そうね。行きましょう輝夜。護衛なら全がするわ」
「ちょ、ちょっと永琳!本当に話してくれるんでしょうねえ!?」
元気な二人に多少辟易しながらも俺は二人の後に続いて行く。
「……」
俺は縁側に置かれた壺を見て溜息を吐く。後であれの最後も見届けなければならない。碌でもない奴に渡れば処分も必要だ。
結局始末は俺が付けなければならない。これだから下っ端は大変なのだ。地底の代理探しに大妖怪探し、鉱石も探す必要があるのに更に蓬莱の薬の監視とは…。
「随分忙しくなるな」
やっぱり俺が地底を治めるべきじゃなかっただろ。くそっ、店も畳まないと…。
緋桜も何時の間にか少女の姿へと変わると俺の手を握る。
「全!早く行くわよ!昔の話も聞かせなさい!!」
前を歩く二人に再び溜息を吐いて俺も脚を進める。本当忙しくなりそうだよ。
「そうだなあ、あれは永琳が生まれる前、俺が軍のトップにいた頃のことだ」
「…ことだー」
「え!?」
「こらこら」
取り敢えず、今は嘘位吐かせてもらおう。
俺は嘘八百の話を語りながら一緋桜の手を握りながら二人と肩を並べ歩いて行った。