東方渡来人   作:ひまめ二号機

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二十七歩目 怪しかったら積極的に行動しよう

 

「緋桜、そこにある薬草を」

 

「……どれ?」

 

「そこの磨り潰してある奴だ」

 

「そことか爺臭いです…。はい」

 

「うるせえ」

 

 俺は生意気なことを言う緋桜の額を叩き、持って来た薬草を受け取る。それは磨り潰して薬用として保存しておいたものだ。

 

「動くなよ」

 

 俺は苦悶の声を上げている男にそう言うと磨り潰した薬草を塗って行く。傷口に触れたことで男は暴れそうになるが力強く押さえつける。暴れられたら部屋の物が散らかっちまう。

 やがて塗り終わり最後に傷口に清潔な布を押し当て晒を撒いて固定する。この時代じゃあ珍しい物なのかもしれない。使っている奴はあまり見ないからな。

 

「っててて、ありがとうございます」

 

「これからは気を付けろよ」

 

「さよーならー」

 

 そう言って頭を下げる男にそう言いながら俺と緋桜は男を見送る。まあ、来ないと俺は儲からないから困るんだが…。

 俺がこの仕事を始め四日。思った以上に客が来た。当初は初日で二、三人来れば良いと思っていたがその三倍の九人が来た。どうやら最初に餓鬼から助けた男が予想以上に頑張ってくれたらしい。

 今日で四日。たった四日でも二十に届く人数がやって来た。というか途中からは薬師稼業も兼任するようになっていた。疫病患者が来たら拙いんだがな。疫病は治療する気はない。そう言った物は人が長年の経験や努力で治すものだ。能力や霊力で治す気はない。というか霊力の方は未だ不完全である為使いたくない。失敗したら患者の身体がズタズタになる。

 

「さて、次が来るまでどれだけ時間があるか」

 

 俺は頭を掻きながら家の中へと戻る。たぶん緋桜が茶を用意している筈だ。

 俺は茶を飲みながら、部屋の中を駆け回る緋桜を眺めていると家の戸を叩く音が聞こえた。

 面倒臭いと思いながらも客に失礼な態度を取らないように戸を開ける。そこには帝に仕える兵士が二人立っていた。

 

「……何の用だ?」

 

「おい、間違いないな」

 

「ああ、外見も仰っていたものと一致している」

 

「無視すんな」

 

 此方の話を聞かず何やら言葉を交わす二人に戸でも閉めてやろうかと考えながら俺は空を仰ぐ。取り敢えず厄介事なのだろう。問題は起こしていない筈なのだが。

 

「輝夜姫様からの言伝を預かっている」

 

「至急屋敷へと参上されよ」

 

「………は?(訳:んな一銭にもならない用で来るなカス)」

 

 自分でも間抜けだと思う声を出し、数瞬の間を置き自分を納得させる。

 

「暫し待たれよ」

 

 俺はそう告げると一度家の中へ戻り笠と錫杖へと変わった緋桜を持ち外へ出る。

 どうせ退屈だから相手をしろとかそんな理由だろう。面倒臭いったらありゃしない。

 

「して、輝夜姫は何故私を?」

 

「我々は言伝を預かっただけの身、その糸など知る由もなかろう。只姫様は貴様を探せと我々に命じたのだ」

 

 俺の言葉に兵士の一人が答える。さて、どうするか。話す内容等あまりない。ほとんどの年月を修行、採掘、妖怪との交友に費やしていた自分ではボロを出さずに話すのは難しいのだ。

 

「………」

 

 上の立場にいる者は本当に厄介―――あ、お嬢は除く。あれは厄介と言うより理不尽だ―――だ。神の方が余程楽だぞ。

 何を話すか。そんなことを考えていると何時の間にか輝夜姫の屋敷へと着いていた。帝の相手でもしていればいい物を。そんなことを考えていると貴族が並ぶ列の中に見覚えのある少女を見かける。

 

「…あれは藤原…、えっと…」

 

 名前は確か…妹紅の嬢ちゃん、だったか。

 俺は姿を確認すると妹紅の嬢ちゃんへと近付き話し掛ける。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

「……あ、あの時の」

 

「その節はどうも」

 

「いえいえ」

 

 周りが貴族の男ばかりで居心地が悪かったのか妹紅ちゃんは俺を思い出すと近寄って来る。貴族の男より俺の方が何百倍も怪しいと思うんだが…。あれか、子供は無意識にそう言うのを感じるって言うからきっとそれか。

 

「今日はどうしたのですか?」

 

「いえ、何やら呼ばれてしまいまして。無礼は働いてないのですがねェ。こうしてむさい男に連れてこられたのですよ」

 

 肩を竦める俺に妹紅の嬢ちゃんは笑う。

 

「変わった人ですね。最初は真面目で硬そうな雰囲気でしたのに」

 

「たまには息抜きも大事ですよ。毎日あれでは気がめいる」

 

「そうですね」

 

 俺達が話していると行列から妹紅の嬢ちゃんを呼ぶ声がした。

 

「あ、父上が呼んでいるので」

 

「ええ、それでは」

 

 妹紅ちゃんはそう言うと父の下へと走って行く。藤原不比等…、車持皇子と呼ばれている人物だ。というか娘的に父親が(たぶん)同年齢の少女に恋していることにどう思っているのだろうか。随分慕っているようだが。あ、俺的には無理。あれだよ、お嬢が俺と同年齢の親父を好きになる位にキショイ。まあ、お嬢に限って親父趣味はないと思うが…。あっても中身はしっかりしてるおっさんだと思う。

 

「さっさと歩け」

 

「………」

 

 背後から急かす兵士に辟易しながら俺も屋敷の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「はあ、疲れたわ」

 

「左様で御座いますか」

 

 ぐでーっとうつ伏せに寝転がる輝夜姫に頬を引き攣らせそうになりながらも俺は何時も通りに対応する。

 いや、仕方ないだろ。あれだけ美しいとか騒がれているのがこんなとか。お嬢みたいだ。見た目が良い程中身が凄まじい―――どういう方向でかは黙秘しよう―――というのは世の鉄則なのだろうか。いや、沙菜の嬢ちゃんや神綺ちゃんはここまで酷くは無いか。

 

「して、あの者たちは…」

 

「求婚よ、求婚。私はそんなの微塵も興味無いけど。御爺様や御婆様には迷惑掛けられないもの」

 

 溜息を吐きながらごろごろと転がる輝夜姫に、真面目な振りをしているのが馬鹿らしくなり俺はアイスキャンディを口に咥えた。

 

「何それ?」

 

「アイスキャンディと言う物で御座います」

 

「私も欲しいわ」

 

「残念ながらこれは一つしか持ち合わせておりませんので」

 

「ほーしーいーわー」

 

 縁側に座る俺の隣へと移動する輝夜姫。面倒臭い。何か真面目に付き合うのも嫌になって来るぞ。

 

「ねえ、その技術は何処から手に入れてくるの?」

 

「摩訶不思議な世界からで御座います」

 

「何よそれ」

 

 頬を膨らませる輝夜姫。俺はそれに呆れながら注意を促す。

 

「もう少し威厳を保ったらどうですか?」

 

「あら、たまには息抜きも必要よ」

 

 俺と同じようなことを言う輝夜姫にならば仕方がない、と同意し俺は笠を取る。

 

「貴方のその眼に付けている物、今の時代じゃ珍しいわよね」

 

「ええ、そうでしょうね。ですが自分のいた場所には銀色なんて髪の人もいました。それに比べれば大して珍しい物ではないでしょう」

 

「ああ、私も銀髪は見た事あるわ。怒らせると怖かったわ」

 

「奇遇ですね。私の知っている方もとても恐ろしい方でした」

 

 俺達ははあ、と深い溜息を吐く。彼女もその人物を思い出したのだろう。しかし、屋敷から出られない身で銀髪の人間を見るとは。妖怪か…はたまた混血の者や先天性白皮症の者でも入って来たのだろうか。何にしてもそうならば結構な噂になる筈だが。

 

「………」

 

 俺は空を仰ぐ輝夜姫を横目に思考を纏める。

 今の時代(・・・・)。そう言った輝夜姫の言葉に俺は妙だと感じた。たかが十数年程の小娘がまるで未来を知っているかのような台詞。あるいは過去(つきのにんげん)を知っているのか。ならば話しは変わる。

竹から生まれた。月の科学力ならば地上の座標を指定しそこに縮小させた人間を送ること等不可能ではない。お嬢がいるのだから薬で小さくさせることも出来る可能性がある。そして共に発見された金銀財宝。そこからこの娘は月の中でも重要な地位、あるいは高貴な生まれだと言う事が分かる。

 銀髪。これはお嬢が当てはまる。高貴な生まれならば会ったことや会話をしたことがあっても不思議ではない。恐ろしいという点でも当てはまるが…いや、実を言うとこれが俺の中での決定打なのだがな。

 

 さて、どうしようか。もしこれが正解ならば月からの監視があっても不思議ではない。あるいは迎えが来るか。いや、後者の方が確率的には高い。連中は穢れを嫌う事から地上に自ら出てくるとは思えない。ならば罪人への罰がこれか?

 それならば話しもつながる。罪を犯した罪人への罰として地上へ送り監視をすることで現在の地上の穢れに変化が起きていないのか測定する。これが最も有り得るものだが…。

 

 罪人である筈の少女は穢れを嫌っていない。地上にいるうちに感化されたのかは分からないが罰としては成り立っていないだろう。

 

「少し、お聞きしたいのですが」

 

「?何を?」

 

「いえ、昔ある鬼に聞かれたのです。……『お前は月に人間がいると言ったら信じるか?』と」

 

「―――――」

 

「私は是とも否とも言えませんでした。輝夜姫はこれをどう御思いに?」

 

「………」

 

 驚嘆する輝夜姫。だが俺は考える時間を与えるつもりはない。此処で畳み掛けて考えを表層へと浮き出しにする。

 

「私はいるのではないかと強く思っております。その鬼は億の月日を生きながらえた鬼神。その者はかつて八意永琳という天才が発展させた都へと攻入ったことをこの目で見ておりますから」

 

「!?」

 

 俺は輝夜姫が最も動揺した瞬間を狙いその頭に手を乗せる。

 

「お前の記憶、少し覗かせてもらうぞ」

 

 呟き俺は輝夜姫の思考の波へと潜り込んで行く。

 

「…ああ、成程」

 

 俺が手を離すと輝夜姫は糸が切れた人形の様に倒れる。俺の言っていたことを忘れてもらう為にも気絶してもらうのが一番良い。

 

「お嬢の知り合いか。しかし地上に憧れ不老不死になるとは」

 

 お嬢もあの薬を完成させたのは良いが何故こんな娘に飲ませたのか。永遠なんぞ人間が望むことではない。永遠は最も辛いことだ。親しいが者死んでいく中ただ自分一人がそれを見届けて行く。そして人々の記憶から忘れ去られる。

 

「……化け物より余程辛いぞ」

 

 気絶している輝夜姫を横に寝かせ俺は空を仰ぐ。一度お嬢に理由を聞いた方が良いかもしれない。

 月の使者も近いうちに迎えに来るらしい。その時に紛れ込めば月へ向かう事が出来るだろう。問題があるとすれば。

 

「輝夜姫が帰りたくないと思っていることか…」

 

 どうするべきか。お嬢が帰ってきてほしいと思っているのなら無理矢理にでも連れていく必要がある。

 

「……どうするか」

 

 今此処にお嬢がいる訳ではない。残念なことにもしかしたら俺が捨てられている可能性もあるし…。まあ、仕事なんて殆どやってなかったから仕方ないんだが。

 

「まあ、それは後で考えれば良いか」

 

 俺は笠を取ると気絶している輝夜姫を起こす。

 

「……わたし、…あれ?」

 

 目を擦りながら身体を起こす輝夜姫。眠る前に何をしていたのか思いだそうとするが首を傾げるばかりだ。

 

「良く眠ってらっしゃいましたよ」

 

「え?あれ?私何時の間に眠ってた?」

 

「自分が気付いた時には既に眠ってらっしゃいました」

 

 寝顔を見られたと言う事からか輝夜姫が顔を赤くする。その表情に安堵と苦笑が混ぜ合わされた笑いを浮かべる。

 

「それでは、私はこれで」

 

「え、ええ……また会いましょう」

 

 未だ首を傾げる輝夜姫に俺はそう告げて屋敷を出た。

 

「…緋桜」

 

 周囲に人気がないことを確認すると俺は緋桜を、錫杖の状態から少女へと姿を変えさせる。

 

「お前はどうしたい?」

 

「……出来れば、見たいです」

 

「ああ、成程。月の兵器の形なんて見たこと無いもんな」

 

 緋桜は能力の影響か、見たことのない物にはやけに執着しその形を完全に覚えるまで中々離れようとしない。大方今回も初めて見る月の道具の形が気になったのだろう。

 まあ、緋桜が張り切っているのだ。道具の気概に応えずして何が主か。

 

「まあ、命令違反なんて何時ものことだったしな」

 

 久々に暴れられるかもしれない。月の人間なら大層な代物を持っているだろう。

 俺は早く帰ろうと促す緋桜に苦笑しながら帰路へと着いて行った

 

 

 


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