東方渡来人   作:ひまめ二号機

25 / 41
二十五歩目 二人揃って

 

 朝日が昇る中、俺は眠い目を擦りながら気だるげな身体に鞭打って起き上る。

 

「…あ~……何でこんな所で寝てたんだっけ…」

 

 敷いてある筈の布団から離れた畳の上から起き上がった俺は呆けた頭のまま昨日の記憶を探って行く。

 

「――――あ、手入れしてたんだっけ」

 

 振り返り背後に立て掛けられている大木程もある太さの紅い金棒を見る。それを確認した時、ふと視界の端を何かが横切る。何かと思い振り返るが視界の端に映る何かも俺と一緒に動いて行く。

 髪に何か付いているのか?そう思った俺は髪に手をやって漸くそれが何かを理解した。

 

「…あ……」

 

 理解したと同時に冷や汗が流れて来る。自分は病気への体勢なら既に付いているから掛かる筈はない。では何が原因で?

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」

 

どうしようもない不安から俺は立ち上がると大声を上げながら居間へと走っていた。

 バン!と襖が壊れてしまうのではと思う程勢いよく襖を空け中に入る。

 

「てゐ!てゐ!か、かかかかか髪が!俺の髪が!!」

 

 騒いでいる俺を何時もの様に鬱陶し気に一瞥するてゐ。だが、てゐも俺の姿を見ると目を丸くした。

 

「え…?な、何それ…?」

 

「しし、しししししし知らない!!」

 

 震える声でてゐに話す俺。此処まで動揺する等初めてだ。

 

「何で俺の髪が伸びてるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は堪らず大声で叫んだ。

 

 ◆

 

「…何でこんな」

 

「本当に突然だね。昨日までは異常なんてなかったのに」

 

 長くなっている俺の髪を弄りながら呟くてゐ。遊んでんじゃねえ。

 第三者から見ればそれがどうしたと言うだろう。妖怪も人間も髪なんてのは伸びるのだから。

だが、俺の場合は別だ。俺は老いを捨てている体だ。その身体に進化の波による耐性や身体能力等以外の物で変化が起きる訳がない。この髪もそれなのでは?と思いもしたが何の変化もなく、そもそも髪が伸びるなど進化することには何ら関係ないだろう。

 

「…あ、まさかこれは昔に聞いた」

 

「知ってるのかてゐ!」

 

 てゐの言葉に即座に反応する俺。

 

「昔聞いたことがあるよ。神秘的な力ってのは髪に宿るもんだって。だから髪は大切で切ってしまうとそれは力を失うことを意味するとか何とか」

 

「何だそれ。んなこと言ってたら昔からこの髪は伸びてるだろ」

 

「う~ん…。許容量超えたのが夜だったとか?」

 

「何それ意味不明」

 

「何せ全自体が意味不明だもんね」

 

 さり気無く貶して来たてゐの頭を小突きながら俺は思案する。どうしようか・・・取り敢えず邪魔だと言う事には変わりない。

 

「よし、切ろう」

 

「え~切っちゃうの?そっちの方が女らしくて良いよ」

 

「俺は男だ。つう訳で髪切ってくれ」

 

「はいはい、仕方がないなあ」

 

 俺は鉄で創った鋭利なナイフをてゐに渡す。此処だけだが刃物を渡す時どうしても緊張しちまう。これが敵だった時のことを考えてるからなんだが。

 

「…んじゃ頼む」

 

 俺はてゐに背中を向ける。シャ・・・シャ・・と言う髪を切る音だけが聞こえて来る。

 

「なあ、てゐ」

 

「…ん?どうしたの?」

 

 髪を切るのに集中してるからかてゐは間を空けてから答える。

 

「もう直ぐしたらさあ、此処を出ようと思う」

 

「へ~、それで次は何処に行くんだい?」

 

「京って言う所。何でも人間達の都らしい。其処に寄って暫くは普通の人間達の生活を眺めて……それからはどうしようか」

 

「そう。まあ、全なら逆に相手の方を心配しちゃうけどね」

 

「酷いなあ」

 

「あ、馬鹿頭を動かすなって」

 

「悪い悪い」

 

 笑いっていると背後で髪を切っているてゐがそう言って来たので謝る。

 

「緋桜(ひざくら)も早く行きたいって言ってるしさ」

 

「緋桜?」

 

「あの金棒のこと」

 

「ああ、あれか。作るのにも大分苦労してたね。緋々色金まで使うとは思ってなかったけど・・・。それにしても話せるのかい?」

 

「まあね、最近だけど少しだけ自意識を持った見たい。付喪神って奴だよ。それに緋々色金だって持ってても仕方がない。作るなら最上の物をってね」

 

「ああ、付喪神。緋桜はそこからかい?」

 

「そ、おまけに能力持ち。緋々色金を使ったからかねえ。『形を変える程度の能力』だってさ」

 

「そりゃあ、便利じゃないか。鶴嘴を作る必要もないってことだろう?」

 

「おうとも、まあ、それでも火山には行くんだが」

 

「相変わらず何考えてるか分からないねェ」

 

 てゐは苦笑しながら切り終わったよ、とその場から立ち上がる。

 

「前の髪型より少し長くしたんだけど。うん、遊んであるアンタにはそれ位が似合ってるね」

 

「失礼な。遊んでるんじゃなくて遊ぶしかないんだって…。ありがとな、邪魔にもならないし丁度良いよ」

 

「どう致しまして。そう思うなら私の代わりに働いてよ」

 

「はいはい」

 

 からからと笑いながら切った髪を掃除していくてゐ。手持無沙汰だった俺もその手伝いをしていく。俺達は無言のまま髪を掃除していた。

 

「こんなもんかな。しかし随分伸びたんだね」

 

「だなあ、今迄のツケが回ってきてるようだ」

 

「アンタの場合まだまだあるでしょ」

 

「おいおい俺は安心と信頼の渡り妖怪だぞ?」

 

「うわ、ごく自然な表情で嘘八百並べたよ」

 

 清々しい程の笑顔で言いう全にてゐは生暖かい視線を送る。俺はその視線に耐え切れずやがて顔を背けた。

 

「まあ、此処にはまたちょくちょく遊びに来るけどな。その時は俺の知り合いも来るかもな」

 

「変なの連れてこないでよ?」

 

「生憎と俺の知り合いは変なのしかいなくて。その上気軽に動けるのは俺より厄介なのだ」

 

「勘弁してよ」

 

 頬を引き攣らせるてゐに俺は最高の笑顔を送る。その顔に苛立ったのか殴り掛かってこようとしたてゐを難なく躱し俺は横になる。てゐもそれ以上手を出そうとは思っていないのだろう俺の近くに腰を下ろした。

 

「てゐ」

 

 前言撤回。どうやら防がれたせいで余計に苛立ったようだ。

 てゐに殴られた脛を押さえながら蹲る俺。畜生、地味に痛い。

 

「しかし、随分長くいたな」

 

 此処に住み付き何年だろうか。時折渡り妖怪と名乗りながら妖怪や人間を相手にし時には泥棒を働いた村から逃げ帰って…。顔を出す神綺ちゃんや夢子の嬢ちゃん達とも話をし。数百年は此処に住んでいるだろう。外では相変わらず闘華の噂を聞く。あいつとも会ってないし久しぶりに死合(けんか)もしたい。

 

「そうだねえ。何だかんだ言って本当に長くいるよね。何百年前にも出るとか言って結局忘れてたし」

 

「ハハハハハ、ナンノコトカワカラナイナ―」

 

 そう言えばそんなこともあった。あれは何が原因で結局忘れたんだったか・・・。

 そんなことを考えながら俺は畳を転がる。

たった今思いだしたが人間達の所に行くと言う事はバレ無いように服装も変えなくてはいけないのか…。

 

「なあ、てゐ」

 

「ん?」

 

「浴衣に鬼の仮面でも付ければ問題ないよな?」

 

「取り敢えずお前の頭の中を見せてみろ」

 

 何故かとんでもないツッコミを入れて来るてゐに内心冷汗を流しながらも俺は気にしてない振りをする。此処で変なことを言えばまた厄介なことが起こる気がする。

 

「さ、さて昼の用意でもするか」

 

「おいこら逃げんな」

 

 背後で喚くてゐを無視し俺は昼の用意をしていく。夏だから冷たい物が良い。その方がてゐの頭を冷える気がする。いや、マジで。

 

 ◆

 

「美味い」

 

「美味いね」

 

 俺達は居間の上で一緒に冷麺を食べる。大陸の文化も中々良いかもしれない。用事が終わったら大陸にも足を運んでみるのも悪くは無いかもしれない。

 

「…美味い」

 

 俺は外を見ながら最後の麺を食べ終えもう一度そう呟いた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。