東方渡来人   作:ひまめ二号機

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二十三歩目 珍妙はそこまで珍妙じゃなかった

「面倒臭いお嬢さんだな」

 

「おっと、結構厄介だね。ちょっと速過ぎないかい?」

 

「っく、中々当たらないわね」

 

 二人は次々に放たれる光線を躱していく。放たれる光線はサラの物より数段速く油断すれば間違いなく回避する間もなく被弾するだろう。時折てゐへと向かう光線を弾きながら女性へと全は迫る。

 

「ルイズの嬢ちゃんよ。俺達は只観光に来ただけなんだが」

 

「此処は観光に来る場所ではないわ。さっさと帰ることね」

 

 ルイズと呼ばれた女性はそう言うと先程とは違い回避不可の速度で光線を放つ。

 

「危ないだろが」

 

 それを霊力の網で防ぐ。

 

「――――な!?」

 

 絶対に当たると確信していた一撃を防がれたことに彼女に動揺が走る。

 

「ったく、技量のある奴に手加減ってのは難しいんだよ!」

 

 言い放ちとても手加減されているとは思えない速度の拳骨をルイズへと放つ。

 

「~~~~~~~!!!?」

 

 思わず頭を押さえるルイズ。その瞬間を狙いてゐが放った妖力弾が直撃した。

 

「いっ…たたた。危ないでしょ」

 

「襲っといてそれは無いだろ」

 

「ほら、大人しく引き下がりなよ」

 

 てゐの言葉にルイズはキッ、と二人を睨み付ける。

 

「そんな訳ないでしょう!神綺様の為にも貴方達を通しはしないわ!!」

 

「……どうする?」

 

「簀巻きにでもして寝かせとけば良いんじゃない?丁度道具もあるし」

 

 てゐは縄や壺などを掲げながら提案する。

 

「ふむ、それが一番楽かもな」

 

 呟き二人はルイズを瞬時に縄で両手両足を拘束すると頭に壺を被せる。

 

「止めなさい!貴方達こんなことして只で済むと思ってるの!!?」

 

「自分の心配をするべきだと思うよ?」

 

「全くだな。てゐ、壺の中にあれを入れよう」

 

「分かった」

 

 全の言葉に頷きながら何かを取り出すてゐ。二人の言葉にルイズは慌てる。

 

「ちょ、あれって何よ!!?私に何をする気よ」

 

「そりゃあ・・・まあねえ?」

 

「ねえ?」

 

 二人はニヤニヤと笑いながらルイズに被せられた壺の中に僅かに光り輝く鱗を持ったある物を入れた。

 

「きゃあああああああああああああああ!!!!臭い!?何か気持ち悪い!!気持ち悪いいいいいい!!!!」

 

 壺から聞えて来る悲鳴。二人はその正体を明かした。

 

「どうだい?新鮮な生魚だよ?」

 

「いやああああああああああああああ!!!!!」

 

「ふむ、俺は絶対にこれは嫌だな」

 

 必死に頭を振りながら何とか壺から頭を抜こうとするルイズ。だが魚がそれを阻害し上手く抜くことが出来ない。

 

「……勿体無いし食べちまうか」

 

 そろそろ苛めるのは止めておこうと全は生魚を自身の手に転移させる。念の為、水で軽く洗い、全は齧り付く。

 

「良く生で食べられるね」

 

「最初は抵抗感もあったけど…、もう気にしなくなっちまったよ」

 

 魚を骨も残さず食い尽し全はルイズを一瞥する。

 

「…気絶してる?」

 

「…だね」

 

 ピクリとも動かず倒れ伏しているルイズを指先でつつき気絶していることを確認するてゐ。二人は取り敢えず壺は取りルイズをその場に残し先へと進んだ。

 

「何気にてゐの能力が役に立ってるよな」

 

 今の所強敵にも出会っておらず着実に神綺という人物の下へと近付いている。願わくばこの幸運が続くことだが…。

 

「…何食ってるのさ」

 

「魔界煎餅」

 

「何それ、おいしいの?」

 

「ルイズの嬢ちゃんの荷物を漁ってたら出て来た。割と美味いぞ」

 

「……そう」

 

 完全に観光気分の全にてゐは呆れながらもそれ以上何も言わない。毒が無いのなら問題ないだろうし敵が来ればきちんと相手をする。

 

「……この世界って本当に広いよな」

 

「まあね、けど何人かの人影も見たし……あ、何か見えて来たよ」

 

 眼下に広がる景色は大地から水面へと変わって行く。

 

「…その前にお客さんだ」

 

 全はてゐの首根っこを掴み背後へ跳ぶ。その直後二人がいた場所を弾幕が過ぎ去って行った。

 

「人間がこんな所に何の様かしら?」

 

「………」

 

 現れたのは黒い服と黒い帽子の少女とそれとは反対に白い服に白い翼の少女の二人だ。

 

「渡り妖怪と妖怪兎だよ。そちらさんは?」

 

「私はユキ、こっちはマイ。魔法使いだよ」

 

 ユキと名乗った黒い服の少女。マイと紹介された少女は変わらず無言のまま二人を見ている。てゐはそちらを一瞥し全に耳打ちする。

 

「向こうの白いの、何か臭うね」

 

「……臭う?」

 

 てゐの言葉に全は眉を顰める。

 

「そ、臭う、よ!!」

 

 人間である自分より、元は動物であるてゐの方が悪意等の感情には敏感だろう、とマイと言う少女を注意しておく。

 二人が放った弾幕を躱しながら二人も応戦する。二対二という一見五分に見える戦いだが全は空中を移動する為には結界の上を移動する必要があり個別で撃退される恐れがあるのだ。

 

「人間と妖獣にしては中々やるね!」

 

 量で押し潰そうとするユキと彼女が放った攻撃をカバーするように立ち回って来るマイ。コンビネーションでは向こうの方が上手であろう。その上てゐは全とは違い元々戦闘向きではない為火力も低い。

 てゐへと向かう弾幕を相殺するように全は霊力弾や網を張って行く。てゐもなるべく全が支援しやすいように空中で動いて行く。だが、やはり敵が二人ではそれも上手く行かない。

その攻防に嫌気が差し全は決着を着けようと先程まで食べていた饅頭を食い尽し空箱を捨てる。

 

「調子に乗るなよクソ餓鬼。てゐ!!」

 

「了解」

 

 全はてゐの前に転移する。妖力弾が数発全に直撃するが彼にとってはこの程度屁でもない。てゐは背後に回られない様に気を付けながら全を支援していく。

 全は霊力弾をぶつけ視界を隠す。

 

「オラァ!」

 

 凝縮された霊力弾をユキへと放っていく。見た目は只速いだけの物だ。その速度も決して回避できない物ではない。その弾幕を難なく回避する。しかし、その瞬間に霊力弾に変化が起こる。

 

「―――――っ!?」

 

 突然霊力弾が輝きその光が増してくるのだ。そこで漸くこの弾幕がどういう物なのかを理解するユキ。だが最早手遅れだ。彼女は逃げようとするが霊力弾はそれを許さない。やがて霊力弾はほぼ同時に大規模な爆発を起こした。

 

「きゃああああああああああああああ!!!!!!」

 

 衝撃で揉みくちゃにされ気絶しながら落ちて行くユキ。全は結界で取り敢えず保護をしておく。気絶していることを確認し二人はマイを見る。その様子を見ていたマイは突然全達に笑い掛けた。

 

「やるじゃんアンタ達」

 

「……化けの皮が剥がれたよ」

 

「…もしかして今から本気出す。みたいな?」

 

「そうだね。足手纏いもいなくなったし」

 

 結界の中で気絶しているユキを一瞥するマイ。仮にマイと月の立場が逆ならばユキは全達に激怒していただろう。

 

「アンタ達は私が斃してあげるよ!!」

 

「…んじゃ、少しこっちも本気で行くか」

 

 準備していた道具の中から石造りの鶴嘴を取り出す全。それを見てマイは笑った。

 

「あはははは!!何?そんなので私に勝つの!?」

 

「……全の鶴嘴舐めない方が良いよ」

 

「ふん!そんな物すぐガラクタにしてあげる!!」

 

 てゐの忠告を鼻で笑い次々に弾幕を放つユキ。全は狙いを付けるとその場で鶴嘴を構える。

 

「ガラクタになんのは――――――テメェだよ!!!」

 

 迫る弾幕へと構えていた鶴嘴を振りかぶり、勢いよく投げ付けた。鶴嘴は弧を描きながら勢いよくユキへと向かう。途中弾幕とぶつかるが鶴嘴は容赦なくそれを消していく。だが鶴嘴も無事ではない。妖力弾とぶつかるうちに柄の部分は破壊され石造りの頭部も半壊だ。とてもではないがユキに当たるとは思えない。精々この弾幕の一部を引き裂けるかどうかだろう。

 自らが放った妖力弾を蹴散らし向かって来る鶴嘴にマイは目を見開くが直ぐに余裕の笑みを浮かべる。

 

「やっぱり私には届かないじゃない」

 

「確かに、鶴嘴は届いてないね」

 

 直ぐ近くから聞えて来た声の方向にマイは意識を向ける。崩れ落ちて行く鶴嘴。その背後に隠れるように飛行しているてゐがいることを見つけた。

 

「無駄だよ!」

 

 マイは迫るてゐを飲み込むように弾幕を張って行く。一見すれば壁のようにしか見えない。

 

「そうだな、無駄な苦労だ」

 

 次いで背後から聞えて来た声。見れば背後にはてゐを担ぎながら弾幕を放つ全の姿があった。

 

「く!」

 

 背後からの弾幕を回避し向き直るマイ。だが頭上に転移したてゐの弾幕が彼女を混乱させる。先程とは違いユキがいなくなったことによってマイは二人に翻弄されていた。一方を向けばもう一方からの攻撃が、これでは回避をするしかない。

 

「っく!」

 

 マイは苦肉の策である全方位への弾幕を放つ。力を溜める為に数瞬の時間を要したことによって全とてゐの二人が放った小玉が身体を掠める。

 

「これでも喰らえ!!」

 

 全方位へ向けて放たれた弾幕。時間を掛けただけあり通れる隙間も針の穴程度の物だ。

 

「―――――っぶねえ!!」

 

 流石の全もてゐをかばう余裕はなく即興の結界を盾に何とか被害を最小限に抑える。てゐもボロボロの状態だが何とか撃ち落とされずにいた。

 

「これで終わり!」

 

 満身創痍のてゐにマイは狙いを定め止めを刺そうとする。

 

「嬢ちゃんがな!」

 

 生物は勝利を確信した瞬間に最も隙が生まれる物だ。全はその隙を突きマイへと霊力弾を放った。当然てゐへと注意が注がれていたマイは動ける筈もなく。

 

「―――――!!」

 

 マイは悲鳴を上げることすら出来ず落下していった。それを全はユキと同じ結界に閉じ込め一息吐く。

 

「おーい、無事かー?」

 

 全はボロボロの姿のてゐに近付いて行く。

 

「疲れたよ~」

 

「はいはい」

 

 全はてゐの傷を治しながら――――正確には傷を負っていない状態へと肉体を戻しただけなのだが―――先を見る。

 

「……サラやルイズの嬢ちゃんより大分強かったな」

 

「相手が二人っていうのもあっただろうけどね」

 

 元通りの身体になっているかを確認しながらてゐは全に言う。

 

「結構力使っちまったな」

 

「そうだね、特に最後ので…」

 

 てゐは結界内で気絶している二人を一瞥し溜息を吐いた。

 

「とにかく先行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 新しいアイスキャンディを咥えながら水面の上を歩く全とその隣を浮遊していくてゐ。二人の先には六本の柱が見えていた。

 

 ◆

 

「凄いでしょう此処は」

 

「いや、本当凄いな」

 

「こんなのを創る奴なんて初めて見たよ。珍妙は只の珍妙じゃなかったんだね」

 

「あら、私は珍妙じゃなくて神綺よ。てゐちゃん」

 

「ちゃん付けされるなんて初めてだよ」

 

 のんびりと会話をしながら歩いて行く三人。神綺と名乗った女性は微笑を浮かべている。

 

「ちなみに此処に宝とかはあるのかい?」

 

「…そうねえ、一応あるにはあるけど」

 

「あるの!?」

 

「ええ、勿論」

 

 にっこりと笑う神綺と歓喜する二人。此処まで来た甲斐があったと言う物だ。談笑しながら進んで行く三人に頭上から何者かが声を掛ける。

 

「神綺様!何をやっているのですか!!?」

 

「あら夢子ちゃん。どうしたの?」

 

「どうしたもこうもありませんよ!何故侵入者と仲良さ気に話しているのですか!!」

 

「御近所付き合いは大事よ?」

 

「御近所じゃありませんから!そこにいる者達は侵入者です!!」

 

 変わらずのほほんとしている神綺とその神綺に状況を伝えている夢子。全は頭を抱える夢子の肩に手を置いた。

 

「まあ、そう苛々しなさんな。あ、これ魔界煎餅。美味いからどうぞ」

 

「あ、いえ、どうも――――って違いますよ!!貴方達の所為でこんな事態になってるんでしょう!!?」

 

「いやあ、そんな照れちまうじゃねえか」

 

「何処に照れる要素があったんですか!!」

 

「そんなことを女に言わせるなんて…」

 

「貴方も乗るな!!」

 

 ふざける全とてゐに夢子はわなわなと肩を震わせ何処からか短剣を取り出す。

 

「神綺様。彼らは私が受け持ちます。貴方は早くお戻りになってください」

 

「…分かったわ~」

 

 二人を睨みつけながら夢子は神綺に言う。神綺も漸く事態を理解し頷くと先へと進んで行く。

 

「そう言う訳です。貴方達の相手は私がさせていただきます」

 

 そう告げると共に先に戦った四人とは比べ物にもならない程の弾幕を放つ。その速度に二人は瞠目し全は急いで結界を張る。

 

「…どうする?」

 

「どうするって…。あれ結構強いよね?」

 

「話からしたら従者だな。従者であのレベルって…珍妙の力はどれだけのもんか」

 

「怖いね~、この結界どれくらい持つの?」

 

「…そうだなあ。多分三分持てば良い方」

 

「三分で策を考えるのかぁ」

 

 外から聞えて来る結界と弾幕がぶつかる音に注意を向けながら二人はどうやって突破するかを考える。此処を突破しても先には神綺がいる。あまり力は消費したくない。

 

「…あ、一つあるけど」

 

「?…どんな方法?」

 

「お前が気に入るかは分からないが…」

 

 そう言って全はてゐに作戦を話す。その作戦を聞きてゐは不敵に笑った。

 

「良いね。それじゃあ頼むよ」

 

「任せとけ」

 

 ◆

 

「そろそろ降参する気にはなりましたか?」

 

 全とてゐの二人を覆っていた何重もの結界が破られるのを見て夢子は二人に言う。

 

「生憎、諦めだけは悪くて…」

 

 中から出て来たのはてゐ。その顔には何かあるのか笑みを浮かべている。

 

「…もう一人は」

 

「もう此処にはいないよ」

 

 その言葉と同時に夢子は自分の背後を見る。そこには宙を跳んでいく人影が見えた。

 

「――――――しまった!」

 

 急いで全の下へと飛んで行こうとする夢子。だが、彼女の頬を妖力弾が掠めた。

 

「無視されるのは嫌だなあ。ちゃんと相手してよお姉さん?」

 

 にやにやとした笑みを浮かべながら夢子を挑発するてゐ。夢子はてゐへと振り返ると短剣を構える。

 

「いいでしょう。たかが妖獣一匹。直ぐに始末してあげます」

 

「因幡の素兎。舐めて貰っちゃ困るよ」

 

 殺意を向けて来る夢子にてゐは只笑みを浮かべ続けていた。

 

 ◆

 

「よっと、はっと…到着」

 

 神綺の前へと到着し全は水面へと下り立つ。その姿に神綺は目をパチクリと瞬き意外そうな表情で声を掛ける。

 

「あら?もしかして夢子ちゃんは負けちゃいましたか?」

 

「いいや、てゐが相手をしてくれてるよ」

 

「…そうですか。てゐちゃんも可哀想に」

 

「あいつはそこまで弱くないよ。むしろ夢子って嬢ちゃんの心配をするべきだろ」

 

 全の言葉に神綺は笑顔で断言する。

 

「夢子ちゃんは強いですもの。心配ありません」

 

「…さいですか」

 

 勝つと信じている両者に揺らぎはない。神綺は微笑を全は不敵な笑みを浮かべながら対峙する。

 

「まあ、どっちが勝っても俺達が決着付けないと仕方ねえんだがな」

 

「そうですね。あ、殺しはしないから安心して下さい。けど、負けてもらわないと夢子ちゃんに怒られちゃいますから」

 

「こっちも勝たないと文句言われちまうからな。それに宝は欲しい」

 

 全と神綺は互いの力を集中させる。神綺の力が昂ぶり大気が震える様に感じる。全もまた水面に波が生まれ波紋を呼んで行く。

 

「……神綺様の御力拝見と行こうか!」

 

「頑張って下さいね?」

 

 二人はほぼ同時に初撃決殺にもなりうる力を相手へと放った。


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