「此処は俺の領地だ」
「ふふふ、直ぐに私の手に落ちるよ」
全はてゐを睨みながらドスの利いた声で言うがその言葉にてゐは不敵な笑みを浮かべ答える。
「その程度の護りで私の攻撃は止められないよ!!」
「舐めるな!数が戦力の決定的差でないことを教えてやる!!」
鈍い音を立てぶつかり合う全とてゐ。二人がその手に持っているのは竹から作られた箸。そして二人の間にはぐつぐつと煮えた鍋があった。
「ふふふ、一枚貰ったぁ!!」
「させるかよお!!」
隙を突きてゐが肉へと向け放った一撃を全は間一髪で受け止める。ぎちぎちと音を立てながら互いに譲らない。
「ふ、たかが一本!」
てゐは左手に持った箸でその一枚を奪おうとする。
「その程度で俺は落とせん!!」
それを鍋を横にスライドさせ防ぐ全。てゐは小さく舌打ちし再び互いに睨み合う。
「……今を防いでも私は何度でも奪えるんだ。諦めた方が良いと思うよ?」
「残念だったな。その余裕が貴様の敗因だという事を教えてやろう」
「何をしても無駄だよ!」
てゐが再び肉へと放った一撃。それは確かに肉を掴んだ――――かの様に思えた。
「なん…だと…?」
確かに捉えたと思っていた箸は何も掴まず只鍋の中にその先端を沈めているだけであった。その光景にてゐは信じられないと瞠目する。
「残念だったな」
そう言いながら笑う全。全が持つ皿にあるのは先程まで自分が狙っていた肉。
「ば、馬鹿な!?」
「両手に箸?それがどうした、既に此処は俺の領域なんだよ」
にやりと笑い悠々と肉を口へ運ぶ全。先程のてゐの一撃を肉を転移させることで回避したのだ。なんとも下らない能力の使い方である。
「面白いじゃないか。腑抜けていたのは私の方だったか」
俯き笑うてゐ。次の瞬間。
「―――――!?馬鹿な…!」
目にも止まらぬ速さで全が護っていた肉を掠め取るてゐ。全はその速度に反応することが出来なかった。
「……っく!やるじゃねえか。だがまだ一枚、勝負はこれからだあ!!!」
「因幡の素兎を舐めるなんじゃないよ!!」
二人はほぼ同時に互いの箸を鍋へと放った。
◆
「暴れすぎたな」
「そうだね」
全とてゐは鍋で汚れた部屋を掃除していた。かつて二人を魅了した鍋の具材達は飛散し汁も零れ落ちている。
「身体がべとべとする…」
「先に風呂入って来い」
全身がべとべとの状態でてゐは屋敷に備えてあった風呂場へと直行する。何故風呂や鍋をする為に道具が此処にあったのか。全は首を傾げながらも部屋の掃除をしていく。
「俺もこれは嫌だな」
呟き全は服と身体の時間を戻し鍋を被る前に状態に戻る。
「久しぶりだったからはしゃぎ過ぎたな」
ある程度の掃除を終え全は外に出る。外には相変わらず兎達が屯していた。どういう訳かこの兎達はてゐの言う事は聞くが全の言う事は全く聞こうとしない。
暫く空に昇る月を見上げていると屋敷の中から声が聞こえて来る。
「おーい、そう言えば私の服はー?」
「あ?そこら辺に置いといただろう」
「ん~?…ああ、あったあった!」
「つかお前女だろうが。そこはどうなんだよ」
てゐの言葉に呟きながら全は屋敷の中へと入って行く。
「もう少ししたら俺も出発しますかねえ」
「む?そう言えば全って何処に行こうとしてたのさ」
「私物が壊れちまってね。それの修理と後は昔からいる古参の妖怪共を捜してんだよ」
「ふ~ん。そりゃ大変だねえ」
全の言葉に適当に答えながらてゐは寝転がる。
「全員がお前みたいな引き籠りだったら良かったのにな」
「誰が引き籠りか」
「違うのか?」
「違うよ。私達は外敵から身を護る為にこうしてるんだよ」
「へー、ソウナンデスカ。スゴイデスネ」
棒読みで答えながら全は筍を食べる。
「まだ食べるの?」
「俺は燃費悪いからな。こうして食べた物を別の機関で保存して冬越しするんだよ」
「嘘でしょそれ。と言うかまだ冬じゃないし」
「あれだよ実は俺の能力は食い物食わねえと使用できないんだよ」
「どんな能力だよそれ」
全の言葉にツッコミながらてゐは欠伸をする。てゐを眠気が襲い次第にその眼は閉じられていく。
「どうしたてゐ!死にたいなら俺が止めを刺してやるぞ!!」
「五月蠅いよ。どんだけ邪魔するんだよ」
「馬鹿野郎!今夜は眠らせないぞ!!」
「いや、本当に五月蠅くて眠れないから」
眠気からか全にぞんざいな扱いをするてゐ。その顔は鬱陶しいと分かりやすく教えていた。その表情を見て何が満足したのか全はアイスキャンディの制作に取り掛かる。本当に何故満足気な表情をしたのか不思議である。奇人変人と言われようと仕方のないことだ。
「いっそのことずっと溶けないで味わえる様にでもしようか」
そう呟いてその考えを放棄する。それでは只退屈な人生の様なものだと全は何時もと同じ普通のアイスキャンディを作る。
「人間共も大分知恵を付けたなあ」
竹林の外の人間達の文明レベルはまだそこまで変わった訳ではないらしい。しかし、徐々にではあるが農作物や農具、技術力が上がって来たらしい。少なくとも今日鍋を食べるまでここ最近は空気を食べてた全より少しは裕福になっている様だ。
「まったく遺憾である。食料と鉄を寄越せ」
ぶつくさと独り言を漏らしながら全は壊れた鶴嘴を取り出す。
「こいつ以外にも欲しいな。これじゃあ距離が限られる」
壊れている鶴嘴をこつこつと叩きながら何を作ろうかと思案する。役立つことを考えれば刃物…しかし戦闘で使えるかと問われれば答えはNOだ。全にそんな物を振るえる技量は無いしそもそも刃物は切れ味こそ良いが総じて脆い。本気で振るったら刃が耐え切れずに砕け散るであろうことが容易に想像できる。
「ん~…あれは何処にあったかなあ」
全は記憶の中にある鉱石を思い出す。自分が知る限りでは硬度では最高の物だった。
「隕石何てにこの辺りは無いよなあ…となると深海、海も渡って探さなくちゃいかんのかぁ。面倒臭い。いっそのこと闘華に目ぼしい場所全部掘り起こさせるか」
ぶつぶつと頭をフル回転させながらどうするかを考えて行く全。月に行っても自分の腕力に耐え切れる機械があるのかという疑問もある。そもそも接近戦での武器等恐らくあそこには殆ど無いだろう。
「…何作ろうかなぁ」
アイスキャンディを舐めながら記憶の深くに潜り何か案は無いか探し出す。
「ナイフ、作れるけど勿体無いな。どうせなら棍棒…金棒でも作るか。でも持ち運ぶの不便だし」
うんうんと唸りながら考案する全。鉱石から作る為そこまで無茶なデザインには出来ない。
「まあ、良いや。後で考えよう」
それ以上考えることを止めると全はてゐを見る。
「暇潰しでもするか」
◆
「…ん…ゥ…?」
朝日を浴び呻きながらも目を空けるてゐ。伸びをしようと思うが身体が動かずてゐは自分の身体を見た。
「え!?ちょ、何、何これ!!?」
てゐは簀巻き状態のまま吊るされていることに気付いた。自分の状態に慌てながら脱出しようと必死にもがく。
「よう、元気かてゐ」
そう言いながら屋敷から出て来たのは全。のんびりと欠伸をしながら全はてゐに近付く。
「ちょ、お前か!これやったのお前だろう!!」
騒ぐてゐに耳を押さえながら全は口を開く。
「いや、暇で暇で仕方無くてさ。お前の真似をして罠の練習をしようと…」
「何で私を標的にしてるのさ!」
「おいおい、普段から罠仕掛けてんだからこの程度突破できるだろう?」
「出来るか!!」
「じゃあ解くぞ」
「ま、待って―――」
「ファイトー」
てゐの言葉を無視して全はてゐを簀巻き状態から解放する。突然解放されたことに驚きながら尻餅を着く。するとてゐを中心に半径二メートル程の巨大な穴が出来る。
「うわっ!」
咄嗟にその場から跳んで穴に落ちずに済むてゐ。だが、全の罠はそれだけではない。這い上がって来たてゐに何処から調達して来たのか上空から丸太が襲い掛かってくる。
「危なッ!」
それを必死に躱すてゐ。全は黒い笑みを浮かべながらその姿を眺めている。
「っく!こうなったら――――」
てゐは突然走る方向を変え全へと向かって来る。その行動に全はキョトンとした顔のままその場に立っているだけだ。
「全が盾になれば大丈夫!!」
「む!よっしゃ、来るなら来い!!」
全の背後に隠れるてゐ。それを追って転がって来る岩に全は立ち向かう。
「ちょ!何で能力で逃げようとしないんだよ!このままじゃ私も潰されちゃうじゃん!!」
「分かっていないなてゐ」
「何がだよ!?」
「俺はな――――――お前を苛める為なら岩に撥ねられても構わん」
「アホかあああァァァ!!!!」
清々しい程の笑みで断言した全にてゐは背後から跳び蹴りを放つ。
「っく!やるな、免許皆伝じゃ何処にでもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!???」
何やら生々しい音と叫び声を上げながら岩に潰される全。その光景にてゐは顔を青褪める。岩は全を潰すとその衝撃で向きを変え何本かの竹を破壊しやがて止まった。岩に潰され地面に埋まった状態の全。手足は動いていることから生きてはいる様だ
「死ぬかと思った」
「…何で死んでないの?」
全身から血を流しフラフラの足取りで全は立ち上がる。その姿はまるで死体が動いているようにしか見えない。流石のてゐも頬を引き攣らせた。
「ふ、ふふふ…この程度……闘華の一撃に比べたら…」
そう呟きながらも吐血をし全の顔色は青いを通り越し白くなっている。
「ごめん、やっぱ無理」
そう言いながら全は倒れ伏し気絶する。
「え、ちょ、大丈夫かい!?というか生きてるかい!?」
がくがくと全の身体を揺さぶるてゐ。全は少しだけ意識を浮上させる―――と同時に吐血した。その血はてゐを真っ赤に染め上げる。
「きゃーーーーーーーーー!!!!!!」
それにてゐは暫し茫然とし、やがて悲鳴を上げてその場から逃げ去って行く。
「…お、い…ちょ、たす…け……」
一人残された全は途切れ途切れに言葉を紡ぐがそれは誰にも聞かれることなく消えて行った。
その数十分後、全は生死の境を彷徨い歩きながら何と助かったそうな。