「ふ~…」
夜空の中を結界の上に立ちながら全は周囲を見渡す。眼下には灯が幾つも見える。神社からも諏訪子や神奈子、そして今代の巫女たちが顔を見せていた。
「さあて、一発でかいの行くぞー!!!」
声を張り上げ全は何時もより小さな小玉を幾つも配置する。見た目こそ何時もより小さいがそれは小玉に複雑な仕掛けをしたからである。
「一発目!」
その言葉と同時に一つの小玉が大空へ放たれ――――爆ぜた。
小玉は綺麗な紅色をし轟音を奏でながらも大輪の花を咲かせる。その光景に全員が驚き感嘆の息を吐く。
「二発目、三発目!」
次いで二つの弾が放たれ、今度は青と緑の花を咲かせる。そしてその余韻が消えぬ内に四発目、五発目、六発目と発射されていく。爆発は暗い大地をほんの一瞬照らし、刹那の間を置きもう一度照らす。
「そらそらそらあ!!!」
やがてその姿は花から姿を変え動物の姿等に変わって行く。地上から見ている者達、特に子供等ははしゃいでいる。
「凄いですね」
「神奈子も見なよ!!」
「見てるよ。まったく、お前は子供かい?……いや子供だったね」
人一倍はしゃいでいる諏訪子に呆れた様に溜息を吐きながら神奈子は空を見上げる。
「しかし、器用なもんだ。普通あんなことは出来ないだろう」
「本当だよね。あんな芸当出来るのは片手の指程の数じゃないかなあ」
「御二方は出来ないのですか?」
「無理」
「出来ないだろうね」
巫女の言葉に二人は即答する。その言葉に巫女は驚いた。事実今迄の生活を見ていても全には二人の様な威厳も力も特には感じなかった。渡り妖怪、という噂程度には聞いていたけれどその噂と実態があまりにも掛け離れていたのだ。
「ほれほれほれえ!大盤振る舞いだ!持ってけ泥棒!!」
まるで無尽蔵の様に霊力の小玉を生みだす。形も複雑な物から単純な物、日常的な物から非日常的な物等様々だ。
「さあて、締めはこいつだ!」
そう言って最後に打ち上げられたのはミシャグジの姿を模した物。ただしその姿も可愛らしい物にきちんと変えられている。一際大きなそれは灯の明かりを消す程の明るさで輝き、消えて行った。
「これで終いだ。お次は何年後になるか…」
頭を掻きながら全は神社の境内に下りて来る。調子に乗って少し霊力を使い過ぎたのかもしれない。久しぶりに総量の半分以下になった霊力に懐かしさすら感じつつ全は諏訪子達に駆け寄る。
「よう、どうだったよ」
「凄いじゃないか!」
「今迄全様への印象が変わりました」
「嬢ちゃん、君が今迄俺をどういう風に思っていたのかは大体想像がつくよ」
巫女の言葉に吹っ切れた様にある意味綺麗な笑顔を浮かべる全。彼にとっては他人が自分に抱く想像など分かりやすいものだ。というか、自分でそういった想像を持たせる行為をしていることを自覚している。
「しかし、また随分なことしたねえ」
「まあ、最後だからな。誰かが損してる訳じゃないし構わないだろう。子供たちは興奮して今日は眠れんぞ!」
「ある意味迷惑かもね」
全の言葉に面倒臭そうに対応する神奈子。その姿に気にすることなく全は笑いながら鶴嘴を肩に担ぎアイスキャンディを口に咥える。彼にとっては最早欠かせない物になってしまっている。
「行くの?」
「ああ、やることあるし。ちょっと欲しい物もあるんでね」
「そうかい、此処も少し寂しくなるねえ」
「とか言いながら面倒臭いのいないから安心してるだろ」
「何を当たり前のことを」
満面の笑みで言われ全は思わず地面に膝を折り項垂れる。
「まあ、気を付けてね」
「また面倒事起こさない様にね」
「今迄ありがとうございました」
「おう、お前らも元気でな」
三人にそう言うと全は石段を下りて行く。
「一歩、二歩、三歩の四歩、五歩から六歩―――――」
初めて来た時と同じようにリズムに乗りながら今度は石段を下りて行く全。変わったことと言えば最後まで笑みを浮かべていたことだろう。
「四百九十五~から四百九十ろ~く…四百九十七から四百九十は~ち、四百九十九の五百、っと」
既に大人も子供も家の中に入り寝床にいるのだろう。誰もいない夜道を歩きながら全は何か面白い物は無いだろうかと期待に胸を膨らませていた。
襲い掛かってくる妖獣を追い払いながら林の中を進んで行く全。その足取りは重く、全身から如何にも面倒臭いという雰囲気が滲み出ている。しかし、林の奥へ進んで行くとやがて景色が変わり喜んだ瞬間―――最早地に減り込む勢いでテンションが急激に下がった。
「……林の次は竹林ですか。一面緑とか勘弁して下さいよ」
精神的に削られ全はいい加減うんざりする。だが、地面の中から覗いていた物にその目を輝かせた。
「筍!来たこれ!」
全はそれを掘り起こすと上手そうに眺める。
「久しぶりの飯だ。漸く見つけたぞ!!」
全は火起こしを始め、筍を水で洗い食べようとする。すると、竹の影に何かがいるのを見つけた。それが気になった全は目を細めてそれを見る。
「………」
そこにいたのは一匹の兎。それに全は更に目を輝かせる。
「筍の次は兎か…。随分運が良いじゃないか」
全は兎に逃げる隙を与えず目の前に飛んだ――――――瞬間
「うおぉぉぉぉォ!?」
突如目の前の地面が崩れる。それに驚きながら全は穴の中に落ちて行く。
「落とし穴…?」
地面に尻を打ち付けた痛みに呻きながら全は見上げる。そこから此方を見下す様にして兎がいた。その姿に全は頬を引き攣らせる。
「やーい!引っ掛かった!引っ掛かった!!」
そう言いながら現れるのは兎の耳と尻尾を生やした黒髪のピンクの服を着た少女。
「こんなのに引っ掛かるなんて……ぷっ」
全を見ながら笑い転げる少女に全は今迄にない笑顔を浮かべる。
「はははは、してやられたよ―――――殺してやるクソ餓鬼」
そう言って少女の背後に飛び頭を鷲掴みにする。
「えっ!?何時の間に――――」
「兎って美味いとは思わないか?」
「い、いいいいいやいやいや!!美味くない私は上手くない!!」
「大丈夫だ。この世に食えない物なんてねえから」
「ご、ごごめんなさい!!私が悪かったから!お願い食べないで!」
「ならば俺に食い物を献上しろ!筍を寄越せぇ!!」
頭を鷲掴みにされながら必死に謝罪する少女に全は血走った目で要求する。誰が見ても本気で言っているのだと分かるだろう。少女も半泣きになっている。
「飯を寄越さなければ煮るぞ」
「分かった!ごめんなさい!分かったから止めてぇ!!」
◆
「それで、てゐ嬢。飯はまだなのか」
「まだだよ。五分前にも聞かれたよそれ」
「腹減った奴には時間が長く感じるんだよ」
前を歩く因幡てゐと名乗った少女に全は答える。その手には三本のがある。内一本を食べながら全はてゐの後を続いて行く。
「め~し~めしめしめし~♪…腹減ったぞー!」
「やかましいよ」
「よく言われる」
てゐの言葉に気にした様子の無い全。先程の怒りも食い物への欲望からか既に消えている。
「しかし、人…妖怪?と話すのは久しぶりだ。妖怪も人間もほとんどいないから。てか兎って生きてたら妖怪化すんのな」
「私は健康に気を使ってたら何時の間にかなってたんだけどね」
全の言葉にてゐはそう答えながら先に行く。その間にも何匹かの兎を見つけたがてゐの様に人化している者の姿は無い。会話の内容から恐らくてゐは此処の兎達の頭なのだろう。
「しかし、こんな竹林の奥に何があるんだ?」
何でもこの竹林は入り込んでしまうと方向感覚を失われて出ることが出来ないらしい。一度全は筍に釣られてゐと逸れてしまっている。
「何か古ぼけた屋敷がね。誰が建てたのかは分からないけど、誰もいないから私達が住んでるんだよ」
「ふ~ん、物好きな奴もいたもんだ。そこに飯があるのか?」
「まあね。筍もあるよ」
「いやあ、三日は生きられるだけは食っておかないと」
嬉しそうな全に顔だけ向けながらてゐは尋ねる。
「そういえばさあ、その眼はどうしたの?他の奴等が怖がってるんだけど…」
その言葉に全は自分が眼帯を付けていることを思い出す。
「まあ、色々あったんだよ」
その言葉に何か拙いことを言ったのかも、とてゐは頬を掻く。どうしようかと前を見ると竹の奥に僅かに屋敷の屋根が見えた。
「あ、ほらあれだよ。あそこに私達の屋敷があるんだ」
「たけのこときのこが争ってるのか」
「良く分らないけどそれは戦争が起きるから止めた方が良いよ」
全の呟きにてゐは冷めた声でツッコミを入れる。
「あ、悪い。飯を食えるのか」
「全が食えるのは筍位だけどね」
「木の皮食うよりマシだ」
その言葉にてゐは苦笑いをした。
◆
「っち」
「おい兎。いい加減にしねえと食うぞ?」
屋敷の中、襲い掛かるトラップを意に介さず進む全にてゐは舌打ちをする。
「分かったよ。そこだよそこ。そこに積まれてるだろう」
そう言っててゐが指差す先には収穫された筍の山。全は筍を自分の手に転移させる。
「何でわざわざそうしたんだよ」
「好き好んで罠に嵌ろうとする奴はいねえよ」
全の言葉にてゐは悔しそうな表情をする。
「さて、さあてゐ。罠があるかどうか試そうじゃないか」
全はてゐを担ぐと筍が積まれた近くへと下ろした瞬間
「え、きゃあああああああああああああ!!!!」
床に穴が空きてゐは下へと落ちて行った。それを眺めながら底にいるてゐへと声を掛ける。
「無事か~?」
「無事じゃないよ!何て事してくれるんだ!!」
「そうか、ならこの筍でも喰らえ」
そう言って全は積まれていた筍を次々にてゐのいる場所へと落とす。
「ちょ、止めろよ!止めろって!!」
大の男が幼女を虐める光景など見つかれば間違いなく非難されるだろう。そんなことをしていると全は背後から来た兎に気付くことが出来ず――――その足を噛まれた。
「いってえ!!―――っと、わ、っは!!」
油断していた全は体勢を崩してゐのいる穴の中へと入ってしまった。
「痛いじゃないか馬鹿!」
「そう思うなら此処に罠なんぞ作るな」
落とし穴から抜け出た二人は互いに言葉を交わす。てゐはぶつけた額を痛そうに押さえている。
「筍、筍。久しぶりにこんな物食うな」
全は筍を調理しながら摘み食いをしようと集って来る兎達を追い払う。
「なあ、てゐの嬢ちゃん。この竹林は何時からあんだ?」
「さあ、私達が移り住んだ時にとっくにあったよ」
「ふ~ん」
てゐの言葉を聞きながら全は誰がこんなものを作ったのか考える。彼の予想では十中八九元地上人だ。今の人間にこんなものを作れる筈がない。だが、木製や窓ガラスがあることからその中でも更に昔なのだろう。
「料理何ぞ何百年振りだろうか…」
自分自身、調理の仕方を覚えていたことに驚いている。
全は横から摘み食いをしようとしたてゐの腕を掴み廊下へと放り投げる。背後で短い悲鳴が聞こえたが全は気にした様子を見せない。
「酷いじゃないか!こんな少女を苛めるなんて!」
「御自分の年齢を確認するべきだろ婆兎」
「大して変わらないだろう。童貞」
「OK、お前の言い分はよく分った。五秒やるから今迄の人生振り返りな」
表情こそ笑っているがその瞳はまったく笑っていない全。何時でもてゐの首を刈れる様構えながら全は言い放った。
殺気を振りまく全に冷や汗を流しながらてゐは許しを請う。
「そこで反省してろ」
簀巻きにされ転がされた状態のてゐの目の前で料理―――と言っても材料は筍が九割を占める―――を食べる。
「っく、私にも食べさせろ」
「お前は一度土の味でも覚えるべきだと思う」
てゐの言葉に無情に言い放ち全は飯を食べて行く。
「てゐの嬢ちゃんは此処で長く生きてるんだろ?」
「まあ、そうだけど?」
「じゃあ、ここ等で何か妖怪の噂を聞かなかったか?」
その言葉にてゐは思案し全を見る。
「これを解いてくれたら話しても良いよ」
「…………っち」
てゐの言葉に小さく舌打ちし全は簀巻きの状態からてゐを開放する。
「いやあ、助かった」
「それで?」
「そんなの無いよ」
「―――――ふん!」
満面の笑みで答えたてゐの頭を鷲掴みにし全は握り潰そうとする。
「ま、待ちなよ!ほら、そんな妖怪はいないってことが分かっただろう!?」
「唸れ俺のコスモ!!」
てゐの言葉など今この場においては只彼を苛つかせるだけでしかない。徐々に加わっていく力にてゐは本気で謝る。
「ごめん!でも本当に知らないんだって!!」
助かる為に必死なてゐの言葉に鬼の形相―――決して比喩などではない―――で全は口を開く。咥えていたアイスキャンディは噛み砕かれ粉々になってしまている。
「…兎鍋って……美味そうだよな」
「わーーー!!!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
竹林の中、一羽の兎の妖怪の悲鳴が響いた。