東方渡来人   作:ひまめ二号機

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十九歩目 また会いましょう

 長生きをしていると時間の感覚と言う物が薄れて来る。特に妖怪や神といった寿命が無いに等しい者達には尚更だ。気付けば百年、二百年と過ぎているということも有り得るだろう。

 

「…本当、時が経つのは早いなあ」

 

 胡坐を掻きながら全は床に伏せている者の頭を撫でる。

 

「…ええ、早いものですね」

 

 かつての様な明るい声ではなく弱々しい声で沙菜が答える。巫女といえど人間だ。いずれ寿命は来る。この時代は月にいる人間達が地上にいた時代とは違う。齢二十という歳だが、この時代には珍しいことではない。それこそ五十、六十になるものなど砂漠から一粒の米を見つける程の確立でしかいない。

 沙菜以外の巫女たちは皆沙菜より早くに亡くなった。人のいない神社の中は何処か哀愁を感じさせる。

 

「……沙菜の嬢ちゃんは、何時も楽しそうに笑ってたよな」

 

「ええ、諏訪子様や神奈子様に全様、それに他の皆と過ごした日々はとても楽しいものでしたから」

 

「なあ、沙菜の嬢ちゃんは生きたいと思うか?」

 

 その言葉に沙菜はキョトンとした顔をする。それがとても寿命を迎える人の姿に見えず全は苦笑した。

 

「………生きたくない、と言えば嘘になります。ですが、他の皆を先に行かせる訳にはいきませんから」

 

 そう言って弱々しく笑う沙菜に微笑を浮かべながら優しく頭を撫でる。

 

「沙菜の嬢ちゃんは、優しいな」

 

「ふふふ、そうでしょうか」

 

「もし、沙菜の嬢ちゃんが生まれ変わっても、俺のことを覚えていたら声掛けてくれよ?なるべく目立つ服装でいるからさ」

 

「…はい。次に会えた時はまた一緒に笑いましょう」

 

 全は沙菜の頬を優しく撫で静かに口を開いた。

 

「いってらっしゃい、沙菜」

 

「……いって…きます、全…様」

 

 そう言って沙菜が目を閉じる。暫く動かないで座っている、と頬を撫でていた手から沙菜が冷たくなっていくのを感じる。

 

「……お前は綺麗だったよ」

 

 全は立ち上がると退室する。

 

「終わったの?」

 

「ああ、最後まで優しい笑顔だった」

 

「人間の寿命は短いねえ」

 

 諏訪子と神奈子の隣に腰を下ろす全。三人は目の前に広がる境内を無言で見ていた。

 

「後任は?」

 

「沙菜の娘がやるよ」

 

「あの娘か。お前の血縁だっけ?」

 

「そうだよ」

 

 響き渡る蝉の音を聞きながら三人は静かに言葉を交わす。

 

「俺らが親代わりか」

 

「じゃあ、私が母親で神奈子は父親だね」

 

「何で私が男何だい?」

 

「俺は?」

 

「「反面教師」」

 

「………」

 

 二人の言葉に項垂れる全。気のせいかその姿も何時もより元気がない。

 

「…少しの間、寂しくなるな」

 

「…うん」

 

「そうだね」

 

 全の言葉に二人ははただ静かに頷くだけであった。

 

 ◆

 

「…・暑い」

 

 境内に大の字に寝転がりながら呟く全。右手には水を凍らせて作った、小さなアイスキャンディがある。

 

「五月蠅い蝉共だな。これじゃあ嬢ちゃん達がゆっくり出来ないだろうに…」

 

 アイスキャンディを加えながら全は肌蹴たシャツのまま日陰へと移動し再び大の字で寝る。

 

「此処にいたのかい」

 

「此処にいたんだぞ。で、用件は?」

 

 やって来た神奈子に全は口を開く。暑い為か額に汗が浮かんでいる。

 

「皆準備できたから呼びに来たのさ」

 

「あ~…あいよぉ」

 

 その言葉に全は大の字から上体を起こし立ち上がる。

 

「お嬢ちゃんは?」

 

 あの日から全はあまり巫女のことを名前で呼ばなくなった。単純に覚えきれなくなったのか、それとも亡くなった時に少しでも苦しみから逃れたいからなのかは分からない。けれど、全は沙菜の名前や姿は今も覚えている。

 

「もう来てるよ」

 

「んじゃあ、急がないとな」

 

 そう言って全はほんの少しだけ歩みを速める。それは行きたくないからなのか、ただ何時も通りゆっくりしていたいだけなのか。

 

「こんな日くらいは早くしな。今日は沙菜の命日だろう」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 促され神奈子嬢の後を駆けて行く全。

 

「二百年か、随分経ったな」

 

 アイスキャンディを咥えながら話す全。その言葉からは懐かしさが感じられる。彼からすれば二百年など昨日、一昨日という程度の出来事でしかない。特に昔は口で何だかんだと言っていようと時間と言う感覚が感じなかった様にも思える。これは彼自身が今の一瞬を大切な物として考える様になったからか。それとも・・・

 

「…よう、久しぶり。って程でもないか」

 

 言いながら全は持って来た酒を置く。簡素な石造りの墓。しかしその周りには花が咲き乱れ墓を彩っていた。

 

「沙菜と会うのは何時になるんだろうな?」

 

 墓の汚れを拭き取りながら全は呟き、その場から立ち去る。

 

「普通酒を持ってくる?」

 

「普通は無い。というか沙菜は酒が好きだった訳でもないだろう」

 

「そうなんですか?」

 

「うるせえよ」

 

 三人の声にそう言い。全は新しいアイスキャンディを取り出し口に咥えると、神社へと戻って行く。

 

「……あ~」

 

 だるそうな声を上げながら空を仰ぐ全。何時もより鬱陶しく感じる蝉の鳴き声に耳を塞ぎながら神社の石段を下りて行く全。

 

「…暑い」

 

 ふとその足を止め全は石段に座る。暫く石段から見える景色を何となく眺めながら呟いた。

 

「もう少ししたら此処も出るかなあ」

 

 ここ数百年は闘華にも会っていない。あれが元気なのは知っているが、もしかしたら妖怪について何か知っているかもしれないだろう。それに幽香に管理を任せた花畑のこともある。さらには…、

 

「ちょっくら月にも行かねえとなあ」

 

 地球から月への転移などしたことがない。そもそもが遠すぎて果たして着くことが出来るのかと疑問に思ってしまう。いや、時間さえ掛ければ出来るのだが、それは文字通り渡らなくてはいけなく転移とは違う為時間が掛かる。

 

「そもそも宇宙空間に生身って平気なのか?」

 

 海に行く前に深海でも潜っておこうか、等と考えつつも今後の予定を考えて行く。

 

「・・・・此処出て行く前に何かやりたいなあ」

 

 何か良い案がないか考えながら全は鶴嘴を呼び出しカンカンと拳で叩く。

 

「これも寿命ですか」

 

 鶴嘴は叩いた衝撃でいとも簡単に壊れた。その残骸を見て全は溜息を吐く。

 

「新しいの作んねえと」

 

 何か代わりになりそうな物は無いか。そう考えながら全はある場所を思いつく。

 

「…浅間の小娘」

 

 その名は一度会った事がある神だ。姉と共に火山に住んでいる(?)と言う事を聞いたことがある。

 遥か未来で黒曜石と言われる鉱石。それは人間の狩猟の際に刃に用いられたものだ。見た目こそ黒い鉱石だがあれは砕けた断面が鋭利であり、鉄の代用品として扱う事も出来る。多くは火山の火口付近で見つける事が出来るだろう。態々鉄を手に入れるより遥かに楽だ。いや、鉄の方がい言っちゃ良いんだがな。

 しかし、一番面倒なことは浅間神だ。あれは姉と違い性格に難がある。まあ、文句を言われたら力で黙らせるか姉の方に頼めばいいのだが。

 

「決まりだ。次の行き先は山か。あとは此処で何をするか」

 

 石段に座りながら全は楽しそうな笑みを浮かべながら思案していた。

 口に咥えていたアイスキャンディは何時の間にか溶けてしまっていた。

 

 

 


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