東方渡来人   作:ひまめ二号機

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十八歩目 諏訪子猛修行

「諏訪子嬢…」

 

「な、何だよ!言いたいことがあるならハッキリ言いなよ!!」

 

「弱い」

 

「う゛っ!!」

 

 全の言葉に諏訪子嬢はがっくりと項垂れる。その言葉は諏訪子の胸に深々と刺さった。しかし、全からすればその一言だ。精々祟られるのに注意すればいいだけと言う程度のこと。だが、それでも年季の違いだろうか、幽香よりは強いというのは流石は神と言った所だろう。

 

「まあ、それでも十分奮闘した方だろ。そこらの中級妖怪も一分持つか分かんねえぞ?」

 

 今回、全は霊力こそ殆ど使っていないが接近戦ではそれなりに本気だった。その状態で十分持てば良い方だろう。

 

「しかし、神様も不便だな。信仰が無いと駄目なんてのは…」

 

 人の信仰によって神は存在し、力を得ることが出来る。人の感情という存在する元が同じでも妖怪と神では在り方や持ち得る力は大分違うらしい。

 妖怪が年月で力を得るのも人々の恐怖が徐々に増していくからかもしれない。だから妖怪は人を襲いその恐怖を増大させる。ある意味本能的に刷り込まれたことなのかもしれない。

 対して神が信仰によって力を増すのは人々の誠意等が元だからかもしれない。恐怖と違い信仰は継続する物ではない。恩恵が無くなれば人々の神への信仰など無駄な物だ。ギブ&テイク。見返りの無い神に誰が誠意を見せ信仰などするだろうか。

 

「おーい、どうしたの?」

 

「ん?…ああ、何でもねえ。考え事」

 

 全は目の前で手を振っている諏訪子の言葉に思考を中断する。

 

「しかし、またどうしていきなり相手をしろだなんて言ったんだ?」

 

 その言葉に諏訪子は顔を俯かせて言った。

 

「大和の使者が来たんだよ」

 

「大和、今勢力を伸ばしてる所だったか」

 

「そう、軍神八坂神奈子を筆頭とした多くの神が迫って来る」

 

 その言葉に全は顰め面をする。彼からすれば八坂神奈子は軍神と言うより邪神だ。その上あの御柱の威力には顔を引き攣らせる他ない。

 

「その為の修行相手か。まあ、別に良いけど」

 

 居候の身だ。この程度のことは別に問題ない。

 そう考えながらも全は諏訪子に頼みをする。

 

「敵の大将以外は俺が貰っていいか?そうすればお前も一騎打ちで余計な力を使わずに済む」

 

「…何でそんなことを?」

 

「他の神がどんなもんなのか知りたくてな」

 

 未だ全が見た事のある神は軍神と祟り神。この二柱だけでは現在の神たちの力は分からない。もしかしたら二人は平均であるかもしれないし最高位程の力なのかもしれない。なるべくあやふやな状態にしたくないというのが全の本音である。

と言うのが建前で、本当は日頃のストレスをぶつける相手が欲しかっただけなのだが。

 その言葉に諏訪子は思案しやがて顔を上げた。

 

「分かった。申し訳ないけど向こうと此方では戦力差も大きいんだ」

 

「無問題。神奈子嬢以外は任せとけ……死なせちゃっても平気だよな?」

 

「まあ、それについては大丈夫だけど」

 

 その言葉に全は立ち上がり諏訪子を見る。

 

「よし、ならもう一戦やろうか。さっきと同じ速度で相手してやるから最低でも掠らせる様にしろ」

 

「それって相当だよね?」

 

「俺と鬼神の闘いはそれ以上の速度じゃないと死ぬぞ?」

 

「…頑張ろう」

 

 全の言葉に諏訪子は小さく手を握り決意を固める。それを見ながら全は結界を張った。それは何時ぞやの霊力での強引な物ではなく、きちんとした物だ。全は鶴嘴を掴み諏訪子を呼ぶ。

 

「やるぞ」

 

 その言葉からは何時もの不真面目さは無い。全も諏訪子の事情が分かった以上、何時までもふざけている訳にはいかない。諏訪子が負ければこの国や神社もどうなるか分からない。

 諏訪子が結界に入ると全は口を開く。

 

「そうだな、とにかく俺の速度に慣れろ。これが大体上の中って奴等の速度だ。相手が軍神である以上これ位の速度は出して来るだろう」

 

 元々軍神と祟り神では分が悪い。向こうは軍神と言う以上、闘いは祟り神よりも得意だろう。でなければ御笑い物だ。誰も笑わなくとも全が笑う。

 

「分かった」

 

「行くぞ」

 

 そう言って構え、全は駆ける。霊力が無しの状態での加速。手加減しているとはいえその速度は人間の物ではない。

 諏訪子は大地から次々に土柱を生やし全を迎撃する。それを時に躱し、足場にし、そして鶴嘴で砕いて行く。純粋に筋力の身で土柱を破壊する等諏訪子からすれば悪夢以外の何物でもないだろう。

 

「ほら、迷うな!敵に行動させる暇なんて与えてどうすんだよ!」

 

 全の放った一撃を間一髪回避し、諏訪子は距離を取ろうとする。

 

「自分が得意な距離での戦闘を心掛けろ!敵の力が自分より上なら敵の得意な距離にさせるな!!」

 

 全は迫る攻撃を全て捻じ伏せる。だが、それも只力だけでやっているのではない。最も脆い場所を瞬時に判断し、その個所を正確に突き崩しているのだ。これは経験からの物であろう。今の諏訪子には到底出来る物ではない。

 

「っく!」

 

 目の前に迫られ諏訪子は虎の子である鉄の輪を構える。全は鶴嘴を捨てる。なるべく怪我はさせない方が良い。徒手空拳を用いての近接格闘。柔軟な身体から繰り出される攻撃に諏訪子は一瞬たりとも気を抜かず必死に食らいついていく。

 

「―――――!!?」

 

 その猛攻の中全が繰り出した蹴りが人体の構造上本来有り得ない筈の軌道で迫る。それに虚を突かれ諏訪子の身体が一瞬止まる。

 

「甘い」

 

 全は一言呟き諏訪子の手から鉄の輪を蹴り飛ばした。その衝撃に思わず尻餅を着く諏訪子を見て全はそれ以上の攻撃を止めた。

 

「今のどうやったの?吃驚したよ」

 

「すげえだろう。これは修行の賜物だ」

 

 驚いている諏訪子に自慢する全。そこからは先程の厳しさはとても窺える物ではない。

 

「伊達に長生きしてねえよ」

 

 誇らしげな全。彼としても修行の成果をこうして試せたのは僥倖だったのだろう。何せ襲って来る妖怪はこんなことをする前に死んでしまう。

 

「まあ、及第点って所か。後はもう少し余裕を持てるようにしたいな」

 

「う~ん、何か他にもやることってある?」

 

「そうだな、神力、能力の扱い方が主だな。後は・・・直ぐに熱くならないで余裕を持て、他にも精神集中でもして戦場で全力を出せるようにしとけ」

 

 二人が話し合っていると昼食の準備が出来たのか巫女が呼びに来る。

 

「まあ、今は飯でも食っとけ。それからでも良いだろう」

 

「ま、まだ出来るよ!!」

 

 全の言葉に諏訪子は立ち上がり叫ぶ。その頭に手を置きながら全は内心苦笑する。

 

「そう慌てるな。さっきも言っただろう。常に余裕を保てと、そんなんじゃ身が入らない」

 

 全は言いって諏訪子を連れて神社の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「まだ、遅い。それに注意が散漫だぞ」

 

 全の言葉に気を付けながら諏訪子は放たれる霊力弾を躱す。時折掠れることもあるが今の所被弾した様子は無い。

 

「今回お前が戦うのは一人だ。他の敵に注意を向ける必要はない」

 

「―――うわっ!」

 

 徐々に諏訪子の動きは遅くなっていき、やがて一発の霊力弾が諏訪子に被弾した。荒い息を吐く諏訪子に全は傍に置いてある水の入った桶を持っていく。

 

「休憩いるか?」

 

「いらない!」

 

 全の言葉を強く否定し諏訪子は再び立ち上がる。夕刻まではまだ時間がある。全は太陽の傾き具合を見ると分かった、と返し結界を張る。

 

「次は動きながらだ。今度は霊力弾もあるからな。それに気を取られて敵の姿を見失うなよ」

 

「応っ!」

 

 その言葉に気合の入った声で答え諏訪子は構える。それを確認し全は周囲に霊力弾を浮かべた。

 

「今度はお前が尻餅着いても追撃するからな。死ぬ気でやれ!」

 

 全は周囲の霊力弾を飛ばす。その数三十、威力や速度こそ手加減はしているがそれでも速い。それを土柱や弾幕で押し返す諏訪子。その行動に全は溜息を吐く。

 

「自分で視界を潰してどうする」

 

 霊力弾を押し返して迫って来た弾幕の中を掻い潜り全は諏訪子の前に出る。

 

「せめて空に飛んでから放つべきだったな」

 

 その言葉と共に放たれた一発の霊力弾が諏訪子に被弾する。衝撃で仰け反るがそれも一瞬、追撃が来る前に諏訪子は空へと逃げた。

 

「飛ぶのなんざ何時振りだか」

 

 なるべく条件は神奈子と同じにしたい。その考えから全は空に飛んだ。だがまだ幾らか覚束無く不安定だ。それでも隙を見せない所は中々だろう。地上から襲ってくる土柱と空にいる諏訪子の弾幕による挟撃。それを全て紙一重で回避していく。時折反撃の霊力弾を放ちながら全は徐々に諏訪子との距離を縮めていく。

 

「く!」

 

 これ以上の攻撃は無意味だと悟ったのだろう。諏訪子は弾幕を放つとその後を追う様に鉄の輪を握って全に迫る。

迫る弾幕はまるで雪崩と錯覚してしまう程に大きい。全は壁の様な弾幕の一点に霊力弾をぶつけるとそれによって開いた穴から弾幕を回避する。

 

「ハア―――――!!」

 

 それを予測し、諏訪子は開いた穴から出て来た全へと渾身の一撃を叩き込んだ。

 鈍い音が響く。この距離で回避できる筈がない。事実、諏訪子は確かに全にぶつけた手応えを感じている。だがしかし、回避できないのであれば

 

「今のは中々良かったな」

 

 煙が晴れ、そこには方手で鉄の輪を受け止める全の姿があった。

 

「しかし、あれだけの弾幕を張ったんだ。大分疲弊しただろう?」

 

 現に諏訪子は荒い息を吐き伝う汗を拭っている。

 

「まあ、合格かな。速度にも慣れて来たみたいだし」

 

 全が腕を見せる。そこには諏訪子の鉄の輪によって出来たであろう擦過傷があった。その傷を見て諏訪子が笑顔を見せる。

 

「やったーーーーー!!」

 

「一応これくらいなら戦えるみたいだしな。後は動きの無駄を無くせば良いかな。まあ間に合うか分からんが」

 

「うん、分かったよ!!」

 

 傷を負わせたことがそれ程に嬉しいのか諏訪子はぴょんぴょんと跳ね回る。その姿に全は溜息を吐く。

 腕の傷を消し全は諏訪子に近寄る。

 

「何とか…ってところか。四日後、だったよな?」

 

 全の言葉に諏訪子は先程の笑みは何処へ行ったのか真剣な表情をする。

 

「うん。目に物見せてやる!軍神が何だー!!」

 

「その息だ!諦めなきゃ勝てる可能性なんてのは幾らでもあんだ。頑張れよ諏訪子嬢!」

 

 大声で叫ぶ諏訪子に全は笑いながらその背を叩く。

 

「よっしゃ、もう少しやるか!」

 

「やるぞー!!」

 

 ◆

 

「………疲れたぁ」

 

「若いのがその体たらくとは、まったく情けない」

 

「御二人ともボロボロですね」

 

 境内で寝転がる諏訪子と逆立ちをしている全を見て沙菜が声を掛ける。お互いボロボロだ。俺は服だけだが諏訪子は体中埃や傷が出来ている、と言っても直ぐに治りそうなものだが。

 

「諏訪子嬢は水浴びでもして来い。俺はもう少し此処にいる」

 

「ん~、そうするよ。沙菜も行こう」

 

「はい」

 

 諏訪子嬢はゆっくりと身体を起こす。全へと一礼するとその後に沙菜も続いて行く。それを眺めながら全はぽつりと呟く。

 

「……今度会ったら謝ろう」

 

 全は逆立ちを止めると服装の時間を戻し綺麗にする。

 

「まあ、やれることはやったしな。後はその日が来るのを待つしかないか」

 

 予定より幾分早く出来ている。これも諏訪子の才能によるものだろう。戦いが本職である軍神に祟り神が勝つ為にはそれ相応の努力が必要だろう。祟りへの対策も、もしかしたらしているのかもしれない。

 全は鶴嘴を持って来ると鉱石を取り出す。

 

「しかし鉄があるとは……石じゃ限界があるからな」

 

 そう言いながら全は鉱石を加工していく。石製であった鶴嘴は鉄製へと姿を変えその威力を増した。

 

「若干軽いか?……あとでもう少し鉄取って来るか」

 

 呟き鶴嘴を二、三回と振るう。ただ全が鶴嘴を振るう度に風切り音が聞こえて来る

 

「まあ、神ならたぶん死なないだろう、たぶん」

 

 全は少し自信なさげに呟き鶴嘴を肩に担ぐ。恐らくもうすぐ夕食が出来るのだろう。全はその足を神社へと進めて行った。

 

 ◆

 

「……壮観ですなあ」

 

 全は座りながら目の前に広がる神達の姿を見て笑う。隣に立つ諏訪子もその様子の全を見て緊張が解れている。

 

「うっわ、あっちの邪神さんはやる気満々だよ。怖い怖い」

 

 軍神八坂神奈子の姿を見つけた全はおどけた様に肩を竦める。

 

「取り敢えず神奈子嬢はあそこ、と」

 

「任せて良いの?」

 

「問題ない問題ない。俺にとっても意味があるからな」

 

「そう、済まないね」

 

 そう言って諏訪子が前に出る。それと同じく神奈子も前へと出る。二人は互いに睨み合う。

 

「洩矢の国も今日でお終いだよ」

 

「言ってな八坂の。お終いなのはお前達だ」

 

「面白い」

 

 諏訪子の言葉に不敵に笑う神奈子。

 

「野郎どもぉ!私達の力を見せてやりなぁ!!」

 

 神奈子の声と共に空気が震える程の雄たけびが聞こえる。その様子を面倒臭そうに全は眺めていた。

 

「いや、本当俺が空気読めないみたいになるから止めてくんねえかなあ」

 

 頭を軽く掻きながら全は困った表情を浮かべる。それに呆れた様に溜息を吐く諏訪子。

 

「大丈夫だよ。多勢に無勢の時点でねえ…」

 

「ミシャグジは諏訪子嬢のサポート。残りは任せろ」

 

「うん」

 

 全は敵の目の前に転移する。突然現れた全に神達は動揺するがそれもほんの一瞬、全員すぐさま構えを取る。

 

「こんにちは皆さん。自称渡り妖怪の渡良瀬全と言います。じゃ、お前らはこっち来いや」

 

 全が不敵に笑うと同時にその場にいた神達が姿を消した。残ったのは洩矢諏訪子と八坂神奈子の二柱のみ。

 

「まさかあれがここまで出来るとはね」

 

 素直に驚きながら神奈子は呟く。

 

「まあ、仮にも私達より長生きしてるからね。さて――――」

 

「邪魔はいなくなったよ。殺り合おうじゃないか八坂の神」

 

 諏訪子の心情を表す様に今迄にない程の気迫を放つミシャグジ様。その姿を見て神奈子の笑みが深まる。

 

「ああ、やってやろうじゃないか。洩矢の神」

 

 二柱の戦闘が始まった。

 

 ◆

 

「はてさて、どうしようか…」

 

 空中に転移した全は結界の上で胡坐を掻き思案する。その傍には重傷を負った数柱の神、そして血に濡れた鶴嘴があった。

 

「…まさか、簡単に肉を引き裂くとは」

 

 呟き、向かって来る神達を霊力弾を爆発させながら応戦する。どうやら諏訪子や神奈子は神達の中でもレベルの高い方であったらしい。そう認識し全は徒手空拳で構えを取る。実を言うと、鶴嘴に罅が入ってしまったのだ。

 

「昏倒させれば良いか」

 

 転移すると同時に近くにいた神へとその拳を減り込ませる。

 

「久々の運動でね。ちょいと加減が出来ないっぽいから気を付けて」

 

 吹き飛ぶ神に全は多少手加減した霊力弾で追撃を加える。その一柱は全身をボロボロにされ墜落する。

 

「ほらほらほら、お次はちょいと本気だ」

 

 全の周囲、いや、神達の頭上を覆う様に無数の霊力の小玉が展開される。頭上だけではない、全方位に展開され既に逃げ場など無い。何柱かは瞬時に判断し能力や神力で突破しようとするが数が数なだけに耐え切れず地上へ落ちていく。

 それを無感情に見つめながら全は指を動かす。

 

「これで生き残れたら割かし強い奴ってことで」

 

 その言葉と同時に浮遊していた小玉は一斉に神達へと迫っていった。

 

 ◆

 

 上空から聞えてくる轟音と衝撃に思わず両者の肩がビクリと揺れる。

 

「派手にやってるなあ」

 

 この上空に送ったのも神奈子を地面に縫い付ける為だろう。上に行けば完全に乱戦だ。全の能力が転移としか知らない神奈子からすれば乱戦は避けたい所だろう。何処から奇襲されるのか分からない。

 

「普段はあんななのに…」

 

 呟き、目の前にいる軍神に諏訪子は視線を戻す。

 

「ハアッ!!」

 

 放たれた御柱に土柱をぶつけ回避する諏訪子。次いで放たれた弾幕を土柱と御柱を盾に躱し前進していく。

 

「舐めるなよ八坂の!」

 

 神奈子に急接近し弾幕を張る諏訪子。神奈子は回避することが出来ず、多少被弾しながらも強引に諏訪子へと御柱を放った。再び開く両者の距離。御柱の攻撃は土柱でもそう簡単に防げる物ではなく次第に諏訪子は接近戦へとスタイルを変えて行く。

 

「ほら!最初の威勢はどうしたんだい!?」

 

 挑発に無言で返し、諏訪子は御柱さえも足場にし神奈子へと接近戦を試みる。それをミシャグジ様も祟りで補助しようとするが神奈子も対策をしているのだろう。効果が見られない。

 

「八坂アアアアァァァ!!!」

 

「洩矢アアアアァァァァ!!」

 

 ぶつかる二人。諏訪子の鉄の輪を受け流し神奈子はカウンターを入れようとする。だが、それは土柱やミシャグジ様の補助によって防がれる。接近戦において諏訪子は神奈子より不利だ。その理由は至って簡単、けれど変える事の出来ないもの。それは体格差だ。

 諏訪子は神奈子に比べ体格が劣る。筋力は神力を用いて補える。だがしかし、リーチではどうしても神奈子を超える事は出来ない。全の様に霊力を文字通り手足の様に扱えるならともかく、諏訪子はそんなこと等出来はしない。故に常に神奈子から離れず自分の距離である超接近戦(インファイト)しか手は無い。

 諏訪子の小柄な体躯からは想像できない重い一撃を逸らし、躱しながら神奈子は空へと戦場を変える。空は神奈子の戦場。地上でこそ真価を発揮する諏訪子には不利な場所だ。だが――――

 

「ハアァァァァァァ―――――!!!!」

 

 追撃し決して距離を離そうとしない諏訪子。ここで距離が出来るのは拙いと思ったのも確かだ。だが、何より今の諏訪子は興奮し冷静に状況を把握できていない。追いかける諏訪子に笑みを浮かべ神奈子が攻勢へ移る。

 二柱は激突しその影が交差した。

 

 ◆

 

「……?」

 

 遥か上空から真下を眺める全。そこから見えたのは二つの影。諏訪子と神奈子だ。

 

「何であそこで戦ってるんかね?」

 

 首を傾げ呟いていると、衝撃が結界越しに伝わってくる。それによってまだ立っている神がいることに漸く全は気付いた。

 

「…三柱か。思ったより少ないな」

 

 目の前にいる三柱は皆満身創痍といった状態だ。しかし、だからと言って隙を見せるつもりはないし見逃す訳もない。全は宙に結界を幾つも張り足場を作る。

 

「んじゃあ、直ぐに楽にしてやるよ」

 

 呟き全は疾走した。今迄の様に手加減などしていない。霊力を使用した本気の加速。今迄にこの速度を捉えられたのは鬼神である闘華だけだ。腕をかるくぶつけたつもりであっても加速による衝撃が全身を襲う。堪らず残っていた三柱の内一柱は気絶し落ちて行く。

 

「脆いなあ」

 

 その姿を一瞥し未だ唖然としている残りの二柱の胴に正拳突きをする。先程とは違い軽くぶつけた物ではない。二柱は血を流しながら虫の息の状態で地上へと落下していく。

 

「これは拙いか」

 

 少しやり過ぎたことに反省し全は落ちる神達を結界の中へと入れる。あのまま落ちていたら確実に死んでいただろう。

 

「死に掛けの奴だけ治せば良いか」

 

 全は呟きながら真下を見る。どうやら大将同士の戦いも決着が着く様だ。

 全の眼に映っていたのは諏訪子が持つの鉄の輪が神奈子の手によって封じられていた姿。

あの距離で武器を失えば諏訪子にはもう戦う術はない。良く見れば、諏訪子の鉄の輪は錆ついてしまっている。

全は溜息を吐き瀕死の神達の傷を動ける程度に治して下へと降りる。

 

「お久しぶりだ神奈子嬢」

 

「渡り妖怪か」

 

 諏訪子を完全に封じ込め勝利した神奈子に全は声を掛ける。

 

「家の大将はどうだった?」

 

「強かったよ。正直舐めていたね、足元掬われかねなかったよ」

 

「そうかい。軍神相手にそこまで言わせるってのは相当なもんだ」

 

「お前の方が規格外に思えるがね」

 

 笑う全に神奈子は呆れ顔で言う。それに軽口で返しながら全は諏訪子へと近寄った。

 

「頑張ったじゃないか。ほれほれ、怪我は大丈夫か?」

 

 倒れている諏訪子に声を掛ける全。

 

「…負けちゃったよ」

 

「そうだな」

 

「……私、負けちゃった」

 

「ああ」

 

 嗚咽交じりの声に全は短く答える。

 

「なあ、神奈子嬢」

 

「何だい?」

 

「洩矢の国はどうなるんだ?」

 

「…当然、私達の物だ。だがお前達の民や巫女に危害を加えようとは思ってないよ」

 

「そうか」

 

 信仰が力である以上神達も人に危害を食わ酔うとは思わないだろう。何より国を取っても民がいない等話にもならない。

 

「詳細は後日だな。そっちも大分被害を受けただろう」

 

「殆どの奴等があんたにやられてるんだけどね」

 

 全の言葉に神奈子は溜息を吐きながら返す。場所や日程を決め全は再び諏訪子へと戻る。

 

「…立てるか?」

 

 涙を流す諏訪子に声を掛けながらも全は内心苦笑して諏訪子を背に負ぶった。

 

「良く頑張ったよ。お前は」

 

「…っ……!」

 

「誰もお前を責めようとは思わないよ。何より誰かの命が奪われる訳じゃないんだ。それを一番に考えな」

 

「でもぉ……でもぉ…っ!!」

 

 涙と嗚咽が交り合いながら声を出す諏訪子をあやしながら全は神社へと戻って行った。

 

 ◆

 

 洩矢は大和に負けた。しかし、民はミシャグジ様の祟りを恐れそれを拒んだ。結果、神奈子は名前だけの新しい神と諏訪子を混ぜ合わせ王国内では洩矢を守矢へと変えたのだ。

 しかし、それは只名前を変えただけであり裏では諏訪子が引き続き信仰され、諏訪子の力によって神奈子を山の神へとしたのだ。落とし所としては諏訪子にとっては逆に不安になる程の好待遇だ。

 

「全―!」

 

「此処にいるが?」

 

 ぱたぱたと廊下を走りながら駆けよって来る諏訪子。戦いの時の感情など微塵も感じ取れない。それに気だるそうに答え縁側で横になっている全。諏訪子はその隣に座った。

 

「神奈子嬢は?」

 

「今は色々と忙しいからね。休んでる暇なんてないよ」

 

「そう言うお前は休んでいいのか?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 けろけろと笑う諏訪子に呆れた様に溜息を吐く全。彼も大変ではあった。一度大和へ死んだ神がいないか確認しに行った時等、怯えられまともな会話も出来なかったのだ。彼からすれば少しショックだ。

 

「…この間は泣いて、今は笑って、忙しないねえ」

 

「全よりは落ち着きがあると思う」

 

「まあな」

 

 欠伸をしながら呟く全に諏訪子は笑いながら答える。そうしてのんびりしていると遠くから神奈子の怒鳴り声が聞えて来た。

 

「ひゃー、怖いなあ。今行くよー!!」

 

 その声を聞いて諏訪子は再び慌ただしそうに駆けだす。それを一瞥し全は空を仰ぐ。

 

「どれだけ時が経っても変わらない物なんてのは無いか…」

 

 その言葉は誰に聞かれることなく風の音にかき消された。

 

 

 


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