東方渡来人   作:ひまめ二号機

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十六歩目 自分の噂って中々自分の耳には入らないよね

八坂神奈子から逃げ切り三週間。全は人間の集落にいた。

 

「悪いねおっさん」

 

「がはは!なあに人手が足りなくて困ってたんだ。寧ろこっちが礼を言いたいよ」

 

 豪快に笑う農夫。現在、全は農夫と共に畑を耕していた。その理由は単純なもの。ただ食料が無くなっただけである。

 実際の所は妖怪の噂等を聞きに来たのだが丁度食料が無くなり目的の優先順位が摩り替ってしまっているのだ。

 

「ほれ、これ位あればあと数日は持つだろうよ」

 

「ありがたい」

 

 そう言って農夫から渡された食料を見て頭を下げる全。別に食わなくとも死ぬ訳ではないが今迄の習慣というのは中々抜けないものである。

 

「あ、あと最近何か妖怪の噂とかは聞いてないかい?強力な力を持った奴が出たとか、行方不明が立て続けに起きてるとか」

 

 全の言葉に農夫を顎に手を当て思い出す。

 

「噂ねえ。いや、特に聞いた覚えはねぇなぁ」

 

「ん、そうかい。そんじゃあ、ありがとうねおっさん」

 

「おう、気ぃ付けろよ兄ちゃん。外は危険だからよぉ!」

 

 別れの挨拶をし集落を出て行こうとした時に掛けられた農夫の言葉に全はおう、と元気よく応えて出て行った。

 

「ここも特に収穫は無しか…」

 

 早速貰った食料を食べながら全はぼやく。今の所強力な妖怪に会うことは無く噂を聞けたとしても精々が中級程度。彼のテンションは崖に落ちたかのように垂直落下をし始めている。

 

「どうすっかなあ。神とやらがどんなのか見てみようか」

 

 八坂神奈子は彼のことを敵視している。他の神と言っても特に情報がある訳でもないし、あったとしても少々遠い。であれば近い場所にあり、特に自分とは接点の無い神の場所に行けばいい。すなわちミシャグジを統括する諏訪子なる神に会いに行けばいい。

 ただ、これにも不安材料があった。

 

「祟られたら身体の時間戻せば何とかなるのか?いや、祟りの内容にもよるか…?そもそもどういう姿なのか」

 

 全は洩矢諏訪子という人物を噂で少し知っている程度だ。ミシャグジ様という蛇も白蛇であるというだけ。もし、尋ねて違います等と言われたら彼が恥を晒すことになる。

 

「……まあ、神なら神職が誰か御付きでいるだろう」

 

 相変わらず短絡的な思考のまま全は洩矢の王国へと歩を進める。此処からならば二、三日も歩けば着くだろう。戦闘になろうとも逃げ切れる自信がある。闘華と肩を並べる程の敵ではないのだ。最悪本気で戦えば殺す事も出来る……と良いのだが。そう考えながら全は先程貰った食料に再び口を付けた。

 

 ◆

 

「到着!いや、案外早く着いたな」

 

 此処、洩矢の王国まで特に全は何事もなく着くことが出来た。彼にとっては非常に珍しいことだろう。恐らくは洩矢諏訪子が妖怪を追い払っているのだろうが。

 洩矢の王国は今迄に見た集落より技術が幾らか上だった。まあ、神自らがいて技術力は集落に負けている方が有り得ないのだが。

 全は国の中に入ると辺りを見回していく。一応人々の意識を自分から外れるよう向けている為か、注目もされずそこに誰かがいる、と言う程度の認識である。

 

「ふむ、ここまで豊作なのも神の御蔭か」

 

 呟きふと全は考える。

 自分はあまり神に興味が無い為、神のことはあまり知らない。何をしているのか、何故人々に無償の恩恵を与えているのか・・・。

 考えれば考える程に増えていく疑問に全は本格的に洩矢諏訪子を探そうと決心する。いざという時は気絶させ頭の中を覗きこめばいい。

 

「・・・・あ~、すんません。洩矢諏訪子様がいらっしゃる神社は何処でしょうか?」

 

 なるべく自分の服装や言葉に疑問を持たせないように慎重に能力を調整し全は近くにいた女性に尋ねる。

 

「外から来た人かい。洩矢様はこの道をまっすぐ行けば見えて来る神社にいるよ。たぶん巫女様がいるだろうからそれで分かる筈さ」

 

「ありがとうございます」

 

 女性に礼を述べ全は道を真っ直ぐに進んで行く。基本的に進む道の両側には田畑が続いているだけだ。だが、それも神を祀る神社が近付いて来ると人間の家屋が続く様になってきていた。

 

「……うっわ、だるいなぁ」

 

 げんなりとした表情をする全。その目の前には石段が続いていた。神社が山を切り開き造られた為段数が非常に多い。全は途中で石段を数えるのを止めた。

 

「子供も歩くのは大変だろうに」

 

 必死に石段を上ろうとする子供を想像し全は微笑する。

 

「頑張りますか。年寄りの身体には辛いけど」

 

 そう言って全は石段をゆっくりと上り始めた。

 

「一歩、二歩、三歩の四歩、五歩から六歩―――――」

 

 リズムに乗りながら徐々に上って行く全。最初こそ楽しそうであったけれど次第にそれも苦い表情に変わって行く。

 

「四百九十五…四百九十六…四百九十七…四百九十八、四百九十九…」

 

「五百!」

 

 最後の一段を上り全はやりとげた表情をする。本人も何に勝ったのかは分からないがとにかく誇らし気な表情をしている。きっと普段の彼であればまた騒いでいただろう――――目の前に人がいなければ。

 

「………」

 

「…えっと、こんにちは?」

 

 まだ若い少女が小首を傾げながら声を掛ける。

 

「……見てましたか?」

 

「…見ちゃいました」

 

「さらば!!」

 

「きゃーーーーーー!!!?」

 

 突然振り返りそう言って石段へと飛び降りた全に少女が悲鳴を上げる。普通の人間であれば無事では済まない。その凶行に少女は暫く呆然としていたがハッ、と意識を取り戻し石段へと走る。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 およそ百段程だろうか。石段を転げ落ち、ぐったりと横たわっている全の姿がそこにはあった。

 

「へ、返事をして下さい!」

 

 そう言いながら横たわる全の肩を揺すり声を掛ける少女。もし、これが仮に全の普段の姿を知っている者であれば無視を決め込むだろう。この男まったくもって残念である。

 

「…あ~…死にそう」

 

 そう言いながら身体を起こす全。フラフラと覚束無い足取りの全に少女は肩を貸す。

 

「あ、頭から血が!」

 

「大丈夫。放っとけば治るから」

 

「だ、駄目ですよきちんと手当てしないと!!」

 

「くう…すまないね、お嬢さん」

 

 少女の言葉に全は目頭が熱くなるのを感じる。

 何て良い娘だろうか。あいつらとは大違いだ。

 全は今迄にあった仕打ちを思い出しながら今の状況の差異に涙を零しそうになる。

 

「だ、大丈夫ですから。直ぐに痛みも治まりますから!」

 

 それを勘違いしたのか少女が更に気を掛けて来る。それによって溢れだしそうになる涙。

 やがて階段を上り切り境内へと入る二人。

 

「ようこそ、不届き者。歓迎しよう」

 

 そこに威圧感を放ちながら立つ少女と白い蛇たちに全は固まる。違う意味で今度は涙が溢れて止まない。

 

「す、諏訪子様。この人は―――」

 

「よくも家の巫女に手を出したなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 少女の声空しく、諏訪子と呼ばれた祟り神は全へと容赦なく攻撃した。

 

「え、ええと…」

 

 暴れている自らの神と頭から出血しながらもそれを必死に躱している全を見ながら少女は戸惑い。

 

「あ、手当てするのに準備しないと!」

 

 手をパンと打ち合わせ何ともズレたことを言って少女は神社の中へと入って行った。

 

 ◆

 

「何だ、襲われたんじゃなかったのか…」

 

「駄目ですよ諏訪子様。人の話はお聞きにならないと。あ、動かないで下さい」

 

「俺必死に言ってたよな…」

 

 神社の縁側で三人は話をしていた。呟く諏訪湖に全は少女に手当てされながら不満げに見る。

 

「まあ、良いじゃないか済んだことは!」

 

「全然良くねえよ!危うく死に掛けたよ!!」

 

「あ、動かないで下さいね」

 

「あ、すんません」

 

 少女の言葉に立ち上がりそうだった全は謝りながら座り直す。やがて手当てが終わり全は目の前にちょこんと座っている少女を見た。

 

「で、御宅が諏訪子さんで?」

 

「如何にも、私がこの国を治める洩矢諏訪子だ」

 

 神力を放ちながら名乗る少女。頭に被っている蛙の様な帽子の瞳が僅かに動いた気がした。思わずそれに視線を持っていかれる全に諏訪子はゴホンと咳をする。

 

「こっちは私に仕える巫女の沙菜(さな)だ」

 

 その言葉に正座をして頭を下げる緑の髪の巫女。先程全に手当てをしてくれた少女だ。

 

「それで、お前人間ではないね?只の人間が私の攻撃を躱せる筈がない。その上人間はそんなもの着ていないからね」

 

 その言葉に全は呻く。

 

「いや、一応人間なんだが…。普通とは少し違うというか。まあ、いいや。俺は渡良瀬全。自称渡り妖怪だ」

 

「…渡り?」

 

 その言葉にピクリと諏訪子が反応する。

 

「もしかしてこっちにも名前が知れてる?」

 

「ああ、何でも鬼の頭と同等の力を持っているとか…。酷く残忍な奴だとも聞いてるね」

 

 全はその言葉に頭を抱える。噂に尾鰭(おひれ)が付くのは良くあることだが、こんなことで神に目を付けられたら堪ったものではない。恐らくあの八坂神奈子が命を狙って来たのもこのことからだろう。

 

「残忍って。そりゃあ、嘘だろ。妖怪共から残忍なんて呼ばれることはしたことねえぞ」

 

「ふうん、まあ良いけどさ。けど、この国の人間に手を出したら只じゃおかないよ」

 

「そんなことしても俺に得ねえから」

 

 その言葉にそう、と諏訪子は答えて立ち上がる。

 

「なら、ゆっくりしていくと良いよ。何かあったら他にも巫女はいるから。沙菜」

 

「はい」

 

 諏訪子が沙菜の名前を呼ぶと彼女は返事をして諏訪子の後を着いて行く。その途中、彼女は全を見てにこりと笑った。

 

「……これからどうしよう」

 

 空を仰ぎながら全は呟いた。

 

 ◆

 

「沙菜。あの男、どうだった?」

 

 振り返った諏訪子の質問に沙菜はニコニコとしている。

 

「全て本当でした。あの方は嘘を言っていません」

 

「そうかあ、沙菜の能力でそうなら問題ないかなあ」

 

 彼女の能力である『感じ取る程度の能力』。それによって彼女は全が嘘を吐いていないか調べていたのだ。

 

「中々面白い方でしたね」

 

「そう?私には雲みたいな感じだったけど。掴めた様で掴めて無い様な感じ」

 

「大丈夫ですよ。何となくこう、感じましたから」

 

「何時もあやふやだよね沙菜は。…まあ、それを信じちゃう私もどうかと思うけど」

 

 祟り神とその巫女は二人廊下を歩いて行った。

 

 ◆

 

「ほれ、こっちだこっち」

 

 そう言いながらこっちに来いと手を動かす全。その先には先程諏訪子が操っていた白い蛇――――恐らくはこれがミシャグジだろう―――がいた。

 

「お前も土地神だよなあ。たぶんだけど」

 

 呟きながら全はミシャグジの額を人差し指で撫でる。

 

「あ、此処にいましたか」

 

「む?ああ、沙菜の嬢ちゃん」

 

 背後から掛けられた声に全は立ち上がりどうしたのか尋ねる。

 

「これから貴方はどうするのかと思いまして」

 

「そうだねえ」

 

「留まるのならばこの神社で生活をしても構いませんが」

 

 その言葉に全は少しだけ驚く。

 

「諏訪子嬢は俺は無害だと認識したのかい?」

 

「ええ、貴方がそこまで害のない存在であることは認めた様です」

 

 そこまで、と言う言葉になるべく迷惑掛けない方が良いかなあ。などと考えながら全は思案する。

 

「そんじゃ、御言葉に甘えちゃおうかね。けど、嬢ちゃん達は良いのかい?」

 

 他の巫女たちが納得していない状態で此処に住まうのは少し気が引ける。そう思いながら言った言葉に沙菜は笑顔を浮かべる。

 

「ええ、既に他の方にからも了承は得ているので問題ありませんよ」

 

「そっか、じゃあ、これからよろしく頼む」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 互いに笑顔で二人は言葉を交わした。

 

 


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