「離せ…」
「嫌よ」
そう言って手を話さない幽香。全は手を振り払おうとするが片手で両手の力に勝てる訳がない。最近幽香の力は増してきている。
「何故?」
「貴方の腕を見れば分かるわ」
そう言って幽香が強引に腕を見ると肘が赤く腫れている。
「こんなもん掠り傷だ」
「それが原因で花に何かあったら困るでしょう」
「じゃあ、花の世話は任せるわ」
「それで貴方は何処に行く気かしら?」
「ちょいと散歩だよ。んじゃ、そう言うことで」
全は会話を一方的に区切りその場から消えた。
◆
「五月蠅い奴らだな」
全は森の中を何時も通りのゆったりとした速度で歩いて行く。
「餓鬼が調子に乗りやがって」
やがて道が開け小さな広場に出る。そこにいるのは六体程の妖怪。妖怪達は最初は大きな笑い声を上げていたが全の姿を見るとニヤニヤとしながら立ち上がる。
「お宅らか、家の貴重な情報源痛めつけたの」
その言葉に妖怪達の間から下品な笑い声が漏れ出す。
「どうやらちゃんと伝えてくれたらしい。良く働いてくれたよ、あの妖獣」
「それで、何の用だ。こっちはお前らと違って多忙でね」
妖怪の言葉を無視し全は口を開く。彼からすれば下らないの一言で済ませる程度の会話でしかない。その姿に妖怪は軽く舌打ちし用件を話す。
「簡単だよ。俺達にこの山くれ」
その言葉に全は内心で呆れる。たかが百年程しか生きていない妖怪達が最近妙に調子付いている。
「下らないな。何でお前らみたいな蟻にこの山を譲る必要があるんだ?蟻にこの山は分不相応と言う物だろう」
「その余裕も今日で終いだ!」
何とも小物臭い台詞を吐きながら妖怪達が向かって来る。それを構えを取らず眺めながら全は呟く。
「本当、馬鹿だよな」
その言葉の直後妖怪達は地面に崩れる。その理由が分からず茫然とする妖怪達。だが、それも直ぐに分かった。
「…ぁ…あ゛あ゛」
脚が無い。まるで鋭利な何かに切断されたかのように綺麗な断面をしている。
男達の絶叫。それが聞こえるより早く
「さようなら」
妖怪達の頭は何処かに消えた。
「…面倒臭くなってきたな」
全は頭を掻きながら空を仰ぐ。
「こりゃあ、そろそろ出た方が良いかねえ」
◆
花畑に建つ一軒の家。そこで俺は幽香の嬢ちゃんと話をしていた。
「本気で言っているの?」
「本気だが?」
俺は此処を出て世界を巡ろうと思う。そのことを俺は幽香の嬢ちゃんに告げた。
「花畑の管理は暫く任せた。有り得ないと思うが、俺が帰って来た時に枯れてるなんてのは御免だからな」
「ちょ、ちょっと―――」
矢継ぎ早に話す俺に幽香の嬢ちゃんが慌てる。その様子の幽香の嬢ちゃんに俺は首を傾げる。
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ!理由も言わずにいきなりそんな事言われても!」
「理由ねえ。やることあるから離れなくちゃいけないんだよ」
「何よやることって!」
「昔の奴等の捜索。あとは…まあ色々かな」
その俺の適当な態度に幽香の嬢ちゃんが掴み掛ろうとする。その腕を掴み俺は幽香の嬢ちゃんの目を見る。
「そう怒るな。俺もお前も寿命が短い訳じゃないんだ。何時か会えるだろ」
「そんなの関係ない!短いとか長いとかは関係ない!!」
瞳に涙を浮かべる幽香の嬢ちゃんに俺は思わず動揺する。
「ほ、ほれ、泣くなって」
ぼろぼろと涙を零す幽香の嬢ちゃんの涙を拭き、俺は懐から種の入った袋を取り出す。
「幽香」
「……?」
俺はそこから一つの種を取り出すと幽香の嬢ちゃんの前に差し出す。何時も嬢ちゃんと呼んでいるからだろう、名前で呼ばれ幽香の嬢ちゃんも顔を上げる。
「これ、やるよ。幽香にプレゼントだ」
「…これ、何?」
受け取った種を見ながら幽香の嬢ちゃんが俺を再び見る。
「名前は俺も分からないんだけどな。暑い季節になると花を咲かせるんだ。どんな花よりも元気でな、太陽みたいな花だ。俺と約束。俺がまた此処に来た時、幽香が咲かせた花を見せてくれ」
「……」
「な、必ず見に来るから」
「……分かったわ」
俺の言葉に幽香の嬢ちゃんはこくりと頷く。
「…今から行くの?」
「そうだな。なるべく早い方が良い。俺の持ち物は好きに使って良いぞ。幽香の嬢ちゃんにやるよ」
「………分かった」
「それじゃあ、行きますかね」
扉を開け外に行く俺の後を幽香の嬢ちゃんが着いて来る。
「見送りさせて…」
「ありがとな」
その頭を撫でて俺は笑う。それに不満があるのか幽香の嬢ちゃんは少しだけ拗ねた表情をする。
「ふん、次会った時はそんな子供扱いなんてさせないわよ」
「楽しみにしてる」
そう言って俺は花畑の中を歩いて行く。大体二十分もあればこの山は下りれるだろう。
俺は花畑にいる幽香の嬢ちゃんに手を軽く振ってその場を後にした。
◆
「右か左か、どっちだ」
俺は地面に垂直に棒を立て呟く。山を下り約二日。特に何かあった訳でもない。精々忠告したのに襲い掛かって来た妖怪を殺していただけだ。
「…右か」
俺は倒れた棒の方向を見ながら呟く。あっちは何があっただろうか。
「まあ、良いか」
古参の奴等も精々片手で数えられる程度しか生き残っていないだろう。そう簡単に会える筈がない。
「気長に行くか」
俺は呟き野を歩いて行く。
「しかし、神とやらには注意した方が良いか」
特に土地神。下手したら土地に入っただけで殺しに掛かるような面倒臭い奴がいるのかもしれない。後は、
「最近噂の祟り神か」
白い蛇。妖獣に聞いてみたらミ、ミ、ミジャ…ミジャグジ、何か違う。何だっけ…。
「ミ…ミ…」
何っだっけなあ。喉まで来ているのにそれが声に出ない。
「あ、ミシャグジか!」
何となくスッキリした気がする。まあ、そこまで凶暴じゃないといいな。向かって来たら殺すけど。
此処に来るまでに人の集落を二つ三つ見たが、どうやらそこまで技術力は高くないらしい。まあ、その為に神がいるんだろうが。やはり神も大変なのだろうか。そもそもどんな姿なのだろうか。蛇を束ねているということはその親玉である神も巨大な大蛇かなのだろうか。
まあ、何でも良いが。
「…疲れた」
流石に二日歩き続けるのは精神的に疲れる。そこらの妖怪でも捕まえて運ばせようか。
「面倒臭いし、歩いて行くか」
取り敢えず寝よう。疲れたし、飯を食べたい。
俺は適当に集めて来た小枝に火起こしで起こした火を投げ入れる。舐めることなかれ。最早数億だか数万だか生きて来た俺に死角は無い。霊力なんぞ使わなくても闘華を呻かせるだけの身体を手に入れているのだ。・・・能力使われたら意味無いけど。
それでも霊力の総量を増やしたくて毎日演算やら使用はしているんだが・・。あと精神集中。
「……寝よう」
俺は焚き火の近くに横になり、瞼を下ろした。
◆
「しつこい!」
飛びかかる野犬の頭を握り潰し右足で近付いて生きたもう一匹の野犬の頭を蹴り砕く。されどどれだけ殺そうとも野犬が退く様子は無い。ガリガリの痩せ細った体で襲い掛かってくる。
ことの次第は今から十数分前。太陽が昇るより少し早く俺は目を覚ました。そして周囲を見れば俺を警戒しながら近付いてきている野犬達。そこからは言わなくとも分かるだろう。そして今に至る訳だが。
「いい加減諦めろっつうの!!」
数匹の野犬の首を圧し折り投げつけて行く。もう随分何も口にしていないのだろう。まるで食べることしか考えていない様に思える。現に死体になった仲間を食い始めている。
「うざい!!」
俺は霊力を拳に纏い地面に向けて放つ。衝撃で大地が僅かに揺れ地面が俺を中心に大きく抉れている。それで漸く諦めたのだろう。野犬達は死んだ仲間を引き摺りながら逃げて行った。
「ったく、何で朝日を拝むのに全身血だらけにならなくちゃいけねえんだよ。厄日か!」
取り敢えずこの血をどうにかしよう。うん、それがいい。また妖怪やら獣やらに目を付けられたら堪ったもんじゃない。
俺は周囲に水場でもないか探す為に移動を再開した。
結果だけ言おう。川を探し出すことには成功した。だが、
「何処にいる渡り妖怪!」
何か変な御仁に目を付けられました。なんだろうね、うん。今日は本当に厄日なのかもしれない。あれで神だって言うんだから笑えない。何だ邪神か?それとも破壊神か?
空で俺を呼んでいるのは軍神さんだそうです。名前は八坂神奈子とか…。笑わせないで欲しい、軍神ってのは脳筋か正義馬鹿なのだろうか。最悪だ、本当最悪。野犬が飢えていた理由が分かる。恐らくは、あれが妖怪と戦っていたからだろう。しかもどうやら、神奈子嬢は渡り妖怪を御存知の様子。照れるね…。
「此処にいますよ神奈子嬢」
俺への返答の代わりに飛んでくるのは御柱。あんなもん喰らったら全身打撲だ。絶対に痛い。けど、流石に神を殺すのは拙いだろう。そしたら周辺の集落にまで影響が及ぶ。
「はてさて、どうするか」
人間が霊力、妖怪が妖力なら、さしずめあれは神力と言った所か。ただ他二つより質が良い。何とも厄介極まりない。向こうの攻撃を相殺するのに俺は多めに霊力を消費する。
「ま、何時も通り凝縮すれば問題ないが」
俺は神奈子嬢の背後に転移し霊力弾を放つ。それは迎撃して来た御柱を半壊させた。
「妖怪を名乗っておいて霊力を操るとは、奇怪な奴だねえ」
「生憎、妖力には恵まれなかったんで」
神奈子嬢の言葉に軽口で返し俺は先程より多くの霊力弾を放つ。密集して放たれた爆弾が一つでも起爆すれば周囲の爆弾はどうなるか。そんなもん考えるまでもない。一つの霊力弾が弾け次々に誘爆していく。神奈子嬢と俺を断つように間に霊力弾の壁が出来る。
「こっちは戦う理由もねえんだ。さらばだ神奈子嬢!!」
「くそ!待て!!」
俺は高笑いをしながら神奈子嬢に背中を向け走り去る。何で能力を使わず、背中を向けて走るかだって?そんなもの馬鹿にしているからに決まっているだろう。
背後から次々に放たれる御柱を躱し、俺は神奈子嬢から逃げて行く。大体相手が飛んでる時点で無理。俺人間だから飛べねえし。
「ふはははははははははははは!!!!!」
御柱が発する破壊音と共に俺の何処までも人を馬鹿にする高笑いが周囲に木霊していた。