東方渡来人   作:ひまめ二号機

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十三歩目 少女の理由

 

 

「おい、こら小娘」

 

 まだ日が地平線から昇り始めた頃、俺は絶賛不機嫌状態であった。

 

「ん……?」

 

「起きろっつうの」

 

 俺はベッドの中で丸くなる幽香の嬢ちゃんの肩を揺する。だが、一度瞼を開いたかと思えば夢の世界へとまた旅立っていく。

 

「人様のベッド占領して安眠すんな」

 

 未だぐっすりと眠る幽香の嬢ちゃんを見て俺は呟く。一回や二回なら別に構いやしない。だが、ここ最近ずっと俺はこんな目に合っている。お陰で俺の寝床が木製椅子になってきてしまっているのだ。体中痛くて仕方がない。

 

「……ったく」

 

 起きない幽香の嬢ちゃんを見て俺は家のドアを開ける。花畑の手入れでもしていればその内あいつも起きるだろう。

 人もだいぶ増え、妖怪もかつてと変わらない程の数になってきた。いや、恐らくはかつてよりも随分増えているだろう。それ自体は喜ばしいことだ。ただ妖怪が増えてきたことによって花畑を荒らしに来る輩も増えて来たのだ。よって朝からこうして見回りをしなくてはならない。特に幽香の嬢ちゃんが出て来た時は要注意だ。あの嬢ちゃんは相手が故意だろういが故意じゃ無かろうが殺しやがる。

 

「……今日は大丈夫か」

 

「相変わらず早いわね」

 

 見回りを終え花の手入れにでも掛かろうとすると幽香の嬢ちゃんが出て来る。どうでもいいが外に出る時位はちゃんとした格好をして欲しいものだ。

 

「起こされるからな」

 

「?」

 

 俺の小さな呟きに幽香の嬢ちゃんが首を傾げる。良いよな本人に自覚が無いってのは・・。

 

「何でもねえ。餓鬼は寝て育つってことだ」

 

「子供じゃないわよ」

 

「俺からすれば全然餓鬼だ。飯は出来てるからさっさと食え」

 

 その言葉に幽香は再び家の中に戻る。

 

「どうするかなあ」

 

 家を建て約百年。俺の能力で家は未だ壊れる予兆は見せない。まあ、壊れたら困るんだが・・・。

 能力の方も少しずつだが使いこなしてきている。つい最近近触れなくとも相手の身体の一部を転移出来る様になった。犠牲者は花畑を荒らした新参者だ。

 後は困ったことだが…。

 

「あ、ワタリさん」

 

 自称だった渡り妖怪が徐々に広まってきている。最近は俺を知っている輩にはワタリさんとか呼ばれて来ちまった。原因の八割は闘華。あいつが言いふらしてるとか。まあ、俺も自称渡り妖怪って名乗るけどさ。

 俺は近寄って来た妖獣の頭を撫でる。妖獣の中でもよく話してくれる奴だ。ちなみに記念すべき俺の花畑に最初に侵入した奴。

 

「よう、最近何か噂とか聞かなかったか?」

 

「噂ですか?……あ、そういえば最近祟り神が勢力を拡大してるとか聞きましたね」

 

 これでも妖獣。俺達より交友関係なども広いことから情報を手に入れるのに便利だ。

 

「そうか、神なんかも出て来たか」

 

「何か白い蛇を操ったりとかするそうですけど。妖怪達もそれに大分駆逐されたらしいです」

 

「祟り神ってことは呪いか何か掛けるんだろうなあ」

 

「さあ、鬼の頭程じゃないと思いますけど…」

 

「そうかい」

 

 闘華も再び鬼の頭に就いていたらしい。最近会わないから全然知らなかった。しかし、

 

「鬼の頭ねぇ。絶対碌なことしてねえだろう」

 

 どうせ暴れて寝て騒いで、それのサイクルだろう。神にでも退治されちまえ。

 

「まあ、ありがとな。次も頼んだよ」

 

「はーい」

 

 それだけ言うと妖獣は森の奥へと帰って行く。俺は花の手入れをしていく。幽香の嬢ちゃんは『花を操る程度の能力』なんてのを持っているから便利だが俺はそうもいかん。何時も通りの手作業で雑草を抜いて行く。

 

「……暇だなあ」

 

 刺激が無い。単調な仕事ばかりと言うのは飽きて来る。止めはしないが、こう、何と言うか、日々の潤いが欲しい。新しい発見とか強そうな奴とか。幽香の嬢ちゃんも見所はあるがまだ熟成してないから戦う気が起きない。向こうはバリバリ俺と戦おうとするけど。

 

「そう言えば古参の妖怪は生きてんのかねえ」

 

 何気なく言った言葉であるが俺が最も危険視していることでもある。

 逆算してあの爆発からおよそ何万年。それ程の年月が経てば強力であった大妖怪はそれこそ手の付けられない強さを得ているだろう。好戦的な奴らであればあの戦争で爆発に飲まれ死んでいる筈だ。ただ傍観していた妖怪が暴れださないかという事。

 大妖怪がほぼいなくなり睨み合いが消えた今、その枷が外れれば俺や闘華が出向いて消し潰す必要がある。出来れば俺一人で殺せれば大分進化できると思うが。

 

「全。花達の手入れは?」

 

「あらかた終わった。後は水撒き位だ」

 

 そう言うと幽香の嬢ちゃんはじょうろ―――何処から持って来たのかは知らん。ついでに日傘も持って来た―――で花達に丁寧に水を撒いて行く。

 

「…回った方が良いかもな」

 

 もし、古参がいたら話だけでもしておきたい。姿位は確認出来れば此方も素性が分からないよりは安心出来る。

 原因の中には俺達過去の人間がして来たことも関係している。わざわざ今の奴等が犠牲を出す必要もない。まあ、古参の大妖怪は大抵誇りや矜持があるから問題ないと思うが。闘華も妖怪と人間のバランス位は考えている。あいつ一応、頭は働くし。

 

「どうしたの?」

 

「いや、悩み事がねえ」

 

 その言葉に幽香の嬢ちゃんが目を開く。

 

「何だよ」

 

「いえ、貴方にもそんなことがあるんだと思って・・」

 

何だこの女ぶっ飛ばしてやろうか。僅かに拳を握りながら俺は地面に寝転がる。

 

「大人は大変なんだよ。特に俺みたいな後先考えないのは…」

 

「貴方直進しかできない馬鹿だものね」

 

「虐めるのが好きな奴よりは質が悪くねえと自負してる」

 

「だ・れ・の・こ・と・か・し・ら?」

 

「誰だろうね」

 

 本気で殴りに来ようとした幽香の嬢ちゃんの手を掴む。舐めんな、伊達に今迄闘華の相手をしてきた訳ではない。今の所負けまくりだがまだまだ餓鬼には負けん。

 

「さて、暇だ幽香の嬢ちゃん」

 

「ならまた昔の話をして頂戴」

 

「何故俺が暇なのに俺の話?」

 

「花達は貴方の話を楽しんでるのよ」

 

 む、そう言われたら仕方がない。嘘かどうか確認するのも面倒臭いし、もしそれで本当だったら花達を俺が信用していない気がしてくる。

 

「そうだなあ、じゃあ俺が牢獄から出ての話でもするか。俺は何時も通りおっさんと言う妖怪染みてえな面した人間にな――――」

 

「それで貴方はどうしたの?」

 

「それがなあ、全身が麻痺してるから―――」

 

 ◆

 

「ああ、もう夕方か」

 

 気付けば空が茜色に染まっている。少し昔話に夢中になってしまったようだ。

 

「この次はまた今度だな」

 

「楽しみにしてるわ」

 

 幽香の嬢ちゃんはそう言って立ち上がる。ふと、俺は昔のことを思い出す。

 

「なあ、幽香の嬢ちゃん」

 

「何かしら?」

 

「永遠に輝く星と地べたでそれを眺める有限の花。嬢ちゃんはどっちになりたい?」

 

 その言葉に幽香の嬢ちゃんは人差し指を唇にあて思案する。惜しい、大人になったらきっと色っぽいのに。

 

「そうねえ、変わりゆく有限の花を見守って行く太陽になりたいわ」

 

 その言葉は俺にとって予想外な物で俺は少しだけ目を見開き、やがて笑った。

 

「そりゃあ素晴らしい考えだ」

 

「で、それは何なの?」

 

「さあねえ、人生の道標か何かだよ」

 

「何その台詞。言ってて恥ずかしくないの?」

 

「黙れ餓鬼。格好付けたい年頃なんだよ。先帰ってるぞ」

 

 俺は幽香の嬢ちゃんの言葉から逃げるように家へと変えった。

 

 ◆

 

「先帰ってるぞ」

 

 そう言いながら彼は家へと入って行く。その姿を私は眺める。

 

「よく分らない男ね」

 

 彼は最初に会った時から変だった。たぶん彼は覚えてなんていない。彼からしてみれば何の変哲もないことだったから。けど、私は鮮明に覚えている。

花畑で会う時より前、私は一度彼に助けられた。

 

 

「・・・・はあ・・・はあ・・」

 

 夜の森の中、私は体中に傷を負いながら走っていた。

 

「おい!何処に行った!あれだけの餌は珍しいんだ逃がすんじゃねえぞ!!」

 

 背後から聞えて来る妖怪の耳障りな声。咄嗟に私は木の影に蹲った。こんな状態じゃあれだけの妖怪に勝てる筈がない。屈辱であったけれど私は生き残る為にほんの小さな希望に縋った。

 

「この辺りだ!臭いがしやがる!!」

 

 そう言ってリーダである人狼を中心に辺りを探す妖怪達。奴等の内の一体が私の隠れる木に手を掛けた瞬間、それは起きた。

 

「こんちんは、死ね」

 

 呑気な男の声と共に私に近付いて来ていた妖怪が塵一つ残らず消された。

 

「!?な、何が起こった!」

 

 それに気付いた妖怪達にどよめきが起こる。

 

「あ~・・どうも皆さん。ちょいとお宅らに聞きたいことがあるんですわ」

 

 そう言いながら茂みの中から現れたのは袴姿の男。

 

「っと、名前がまだだったかな。自称渡り妖怪、渡良瀬全だ」

 

 渡り妖怪。そう聞いた妖怪達が僅かに動揺する。

 

「っ、で、何の用だ!」

 

「いやね、大したことじゃないんだよ。そこでさ、小さな男の子に会ったんだ。

 男の子が血だらけで泣いてるから理由を聞けば、妖怪に追われてたそうじゃないか」

 

 それは恐らく私が奴等に見つかる前にいた人間だろう。一人ずつ奴等に食われていたのを思い出す。

 

「それ自体は別に良い。妖怪は人間を食う、それが常識だからな。たださあ、男の子が必死に握りしめてたんだよ。ぐちゃぐちゃに壊された友達の宝物。それで、友達を助けてくれって言われたんだよ。それ見ちゃってさあ―――」

 

 男が指を一体の妖怪に向けられる。

 

「テメェら殺そうかなって」

 

 瞬間指を向けられていた妖怪の頭が爆ぜた。

 

「いや、本当だったら見逃しても良いんだけどさ。俺の気分を害したってことで死ね」

 

 そう言って次々に妖怪を殺していく男。戦闘ではなく虐殺に近い。妖怪達は誰一人とせず男に近付けず、逃げる事さえも許されない。

 

「理不尽だと思うか?少年もそう感じただろうな。世の中平等に不平等なんだよ。自分の運が悪いと持って死ねよ」

 

 即死する者、四肢を順に切断され死にゆく者、腸を焼かれ悶え苦しむ者。妖怪達はやがて最後の一匹となり。

 

「た、頼む、お願いだから見逃してくれ!これからはこんなことしない!!」

 

 そう言って泣きながら許しを請う。それを見下し男が口を開く。

 

「命乞いか・・・。じゃあ、特別に逃がしてやるよ」

 

 その言葉に妖怪が顔を上げる。

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 そう言って妖怪が駆けだした瞬間。

 

「逃げ切れたらな」

 

 妖怪の身体を無数の光線が貫いていた。妖怪は叫び声すら上げられずその体を霊力弾で吹き飛ばされた、

 

「・・・・後味悪。ったくよお、だから子供の泣き顔なんて見たくねえんだよ」

 

 男はそう言いながら周囲を見回す。丁度木の影から覗いていた私と男の新線が合った様に感じた。私は恐怖から咄嗟に身体を隠す。すると男は少し大きな声で言った。

 

「誰もいないみたいだし。帰るかなあ・・。ここら辺は今の奴ら以外に誰かを襲う奴は特にいないしなぁ」

 

 男はそれだけ言うとその場を去って行った。その姿が少しだけ悲しそうに私には見えた。

 

 

 私がその男のことを知ったのはその後だった。花畑に住む変わった者がいるそうだ。渡り妖怪と名乗り鬼や妖獣達と話しているらしい。その男が咲かす花がどのような物なのか気になって私は花畑に入った。

 花達はあの男が来ると嬉しそうにする。それが少し悔しくて私は話しかけて来た男を思わず蹴ってしまった。

 男はそれからも私を見かける度に話しかけて来た。男は何度鬱陶しいと言われようと気にした様子がない。それどころか無理矢理私を巻き込んで騒いでいた。

 何となく男が毎日楽しそうに笑っているのを見て私は花達が嬉しがる理由が少しだけ分かった。

 

 ◆

 

「ふふふ・・」

 

 その時の自分を思い出しクスリと笑う。あの時の自分にか考えられなかっただろう。もし、あの時の自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。信じられず頭を抱えるだろうか・・。

 

「まあ、退屈はしないわね」

 

 私は花達を見て微笑む。

 

「何やってんだ幽香の嬢ちゃん。飯が出来るぞー」

 

「今行くわ」

 

 窓からそう言って来る男にそう返し私は彼のいる家へと帰って行った。

 

 


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