東方渡来人   作:ひまめ二号機

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十一歩目 時が経つのは早いもんだ

 

「我が世の春が来たあアアアアァァァァァァァァァ!!!」

 

「五月蠅いよ」

 

 叫ぶ全の頭を闘華が小突く。その衝撃で左目から血が溢れだす。

 

「痛っ!」

 

 全は頭を押さえながら闘華を睨む。左目から血を流しながら睨まれるのは中々に不気味だ。

 あの爆発から何年経ったのか。最初の百年こそ数えていたがやがて忘れてしまった。もしかしたら数千、数万の年月が経っているのかもしれない。恐らくは数万年であっているのだろうが…。

全は未だに月へは向かわずその眼を治そうとも考えていない。闘華もまた折られた角を全に治してもらおうとは全く考えてなどいない。

 生物は、恨む原因さえどうにかなってしまえばその恨みを忘れるものだ。個人差はあるだろうが恨みが薄れないということはそうありはしない。だからこそ二人は傷を治そうとはしない。一人は自身の身体に負わされた恨みを忘れない為。もう一人は自身の誇りを折られた恨みを忘れない為。

 

「………しかしよお」

 

「何だい」

 

「何でまたこいつらは突然襲って来たんだ?」

 

 全と闘華の足元。そこには多くの人間が倒れていた。全員男であり皆手には木で作られた槍や、石から出来た斧を持っている。倒れ伏した男達の中には血を流し既に息絶えている者もいる。

 

「花畑に行こうとしただけなのに・・・・」

 

 げんなりとしながら全は呟く。狙われる理由も自分には無い。あるとすれば―――

 

「お前何やった?」

 

「精々暴れたくらいだよ」

 

 どうやら想像した通り闘華が原因らしい。そのことに溜息を吐きながら全は倒れ伏す男達に声を掛ける。

 

「おーい、生きてるかー?」

 

 倒れている男の頬をぺちぺちと叩く。暫くそうしていると呻き声が聞こえて来る。どうやら死んではいないようだ。それを確認すると全は男に聞える様に口を開く。

 

「まだ死にたくないんなら他の奴等担いで帰れよ?死んでも俺は知らんからなー」

 

 それだけ言うと全はその場から立ち去ろうとする。

 

「何処に行くんだい?」

 

「何時もの場所。いい加減面倒臭いからあっちに家でも建てようかとな」

 

「なら土産頼んだよ」

 

「泥水でも飲んでろ」

 

 闘華の言葉にそれだけ返し全はその場から消えて行った。

 

 ◆

 

 全が転移した場所は花畑だった。採取した種を蒔き長い年月を掛け徐々に大きくしたのだ。

 

「今回はどれにするか」

 

 全は幾つもの種類の種が入った袋を取り出す。何処に蒔くか花畑を見回していると誰かがいるのが目に入る。

 

「………?」

 

 その人物に近付いて行くとそれが小さな子供であることが分かる。だが人間の子供ではない。緑の髪に赤いチェックの服を着た小さな少女。僅かだが妖力を感じる。

 別に妖怪が来ることが珍しい訳ではない。今迄に妖怪が来たことは何度もある。その大体は妖獣であり、人型が来ること等ない。無論、花に危害を加えた物は例外なく殺している。

 

「こんにちはお嬢さん」

 

「………」

 

 片目を眼帯で隠し笑いながら話しかけて来る黒服の男。怪しいと思うのも不思議ではない。少女は無言で全を見る。少女は返事の代わりに足を動かし―――

 

「――――ふん!」

 

「――――っ!?…あ、つお…ま…」

 

 全の股間を蹴りあげた。股間に走る痛みに悶絶する全。男なら思わず抑えてしまうだろう。

 

「…気安く話し掛けないで」

 

 悶絶し地面を転がる全を見下し少女は告げる。

 

「此処から出て行きなさい。此処は私の場所よ」

 

 そう言って少女が全に背中を向けた瞬間、

 

「男の象徴に何しとんじゃゴルァ!!」

 

 少女のこめかみを拳を握ってグリグリと力を加える。

 

「痛い!痛いわよ!放しなさい!」

 

「大体人の所有地を自分の物にすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「きゃあああああああああああああああ!!!!」

 

 花畑に男の怒声と少女の叫び声が響き渡った。

 

 ◆

 

「…で、お嬢さんは何時此処に流れ着いたんだ?」

 

 目の前で涙目で座る少女に全が話しかける。

 

「……ふん」

 

 全の言葉に少女はそっぽを向く。

 

「ふん!」

 

「痛っ!」

 

 少女に頭突きをかまし、全はもう一度少女に口を開く。

 

「名前は?娘がこんなんで君の親御さんは泣いているぞ」

 

「…妖怪に何を言ってるのよ。貴方頭おかしいんじゃないの?」

 

「ふん!」

 

「痛っ!」

 

 少女に再び頭突きをし全は少女を見る。

 

「文句ばかりだな。で、名前は?」

 

「………」

 

「…吐かねえと次は拳にするぞ」

 

「……風見幽香」

 

「ふむ、幽香の嬢ちゃんか。俺は渡良瀬全だ。」

 

 幽香と名乗った少女に全は笑いながら問い掛ける。

 

「幽香の嬢ちゃんは花が好きなのか?」

 

「…ええ」

 

「そりゃあ、良いことだ。此処の花はどうだい?」

 

「綺麗よ。此処の花は皆生き生きしているわ」

 

 その言葉に全は顔を綻ばせる。

 

「妖獣達はほとんど話さないし、知り合いは馬鹿だからな。そう言ってくれたのは幽香の嬢ちゃんくらいだよ」

 

 そう言って全は立ち上がる。

 

「まあ、ゆっくりしてきな。少し騒がしくなるけど勘弁な」

 

 全の言葉に幽香は首を傾げる。

 

「何をするの?」

 

「家建てんだよ。此処まで来るのも面倒臭いからな」

 

 立ち上がり全は花畑の一角。不自然に空けられた場所に立つ。

 

「大きさはどれ位が良いか…。大体こんなもんか?」

 

 棒で大まかな仕切りを書いていく全。幽香はその姿を遠くから眺めていた。

 

 ◆

 

「……木材を用意するだけで辛い」

 

 既に夕暮れ、全は木材の山を眺め呟く。

 いっそのこと闘華でも連れてくれば早いのではないかと思えて来る。

 全が辺りを見回すと幽香は未だ花達を眺めている。

 

「幽香の嬢ちゃん!」

 

 声を上げる全。だが幽香はそれに反応しない。というか話す気が無いのだろう。全は溜息を吐きながらも幽香の近くへ寄る。

 

「俺はそろそろ帰るが、幽香の嬢ちゃんはどうすんだ?」

 

「別に、もう少し此処にいるわ」

 

 全の言葉に億劫そうに答える幽香。

 

「そうか。大丈夫だとは思うが気ぃ付けろよ?まだ生まれたばっかだろう?そこら辺の奴よりは高いがまだまだだ」

 

「五月蠅いわね。言われなくても大丈夫よ」

 

「はいはい、そんじゃあ、またな。幽香の嬢ちゃん」

 

 さっさと帰れ、と手を振る幽香に苦笑しながら全は転移する。

 

「……またな、ねえ」

 

 小さく呟かれたその言葉は風の音に紛れ消えて行った。

 

 

 


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