東方渡来人   作:ひまめ二号機

10 / 41
十歩目 妖怪は何時だって理不尽だ

 

「―――――な…!?」

 

 この戦いの中、鬼神は始めて瞠目した。

 

「…はあ……はあ…」

 

 鬼神の視線の先、そこには左目を潰され荒い息を吐く全がいた。左目からは血が止めなく溢れ、視界を赤く染めている。だが、それ以外には全(・)く(・)外(・)傷(・)が(・)無(・)い(・)。

 

「角、一本貰ったぞ」

 

 鬼神の足元、そこには半ばから折られた角があった。

 

「し、仕切り直し…だ。こんにちは鬼神の姉さん、俺は、自称渡り妖怪…渡良瀬全だ」

 

 痛みで震える声で全は自分の名前を名乗る。

 

「く、くははは!中々面白いじゃないか!!アタシは鬼神、闘華だ!鬼の角を折ったこと後悔させてあげるよ!!」

 

 自身の名を語ると共に闘華が駆ける。

 相手がどうやって傷を治したかは疑問だが、あれだけ傷を負わせられながらまだ戦意を失っていないのだ。それは称賛に値する。こんな奴は今迄いはしなかった。

 

「随分度胸があるんだねェ!!」

 

 放たれた拳。全はそれを見つめ、全く動こうとしない。それを奇妙に思いながらも駆けだした足は止まらない。闘華の拳は寸分の狂い無く、全へと直撃した。

 

「何だい?その体はただの見かけ倒しかい!!?」

 

 衝撃で浮き上がる全の身体。だが―――

 

「―――――捕まえた」

 

 血を吐きながら全はその拳にしがみ付く。それと同時に、闘華の脇腹が何かに抉られた。

 

「―――――!?」

 

「零距離じゃないと本当…役に立たねえなあ」

 

 次々に抉られていく闘華の身体。それは全の能力による物。

 渡る程度の能力によって闘華の身体の一部だけを転移させているのだ。当然元の肉があった場所からは血が溢れ激痛が走る。

 如何に鬼が硬かろうとこれではその肉体も意味をなさない。

 

「ぐぅ―――――!!!?」

 

 闘華は堪らずしがみ付いていた全を地面に叩き付ける。叩き付けられ苦悶の表情をしながらも全は立ち上がった。

 全は闘華の背後へと飛ぶ。闘華が全へと裏拳を繰り出した瞬間。

 

「これでも喰らえ」

 

 全は手榴弾を間へと放り投げる。そして闘華の拳はそれにぶつかり―――二人を閃光と爆風が包んだ。

 

「っは!どうだいお味は!」

 

「不味くて堪んないよ!!」

 

 互いに爆風の中から現れ、拳を振るう。

 

「痛くも痒くもねえんだよ!!」

 

「アタシだってそうだよ!」

 

 全の痛覚はもう麻痺し、闘華もまた鬼特有の強靭な身体の為に大した痛みは無い。闘華が放つ攻撃をカウンターで返し、全の拳を闘華は強靭な肉体で受け止める。

 だが、全は変わらず劣勢のままだ。先程の目を潰された瞬間の一撃。全は肉体の時間を過去へと渡らせることで傷を負っていない状態にした。だが、その為に全は霊力を半分以上持っていかれてしまっている。

 

「――――――っ!」

 

 鈍い音共に全の左腕が折られる。だが左腕を犠牲に全は闘華に接触し彼女の身体の一部を飛ばす。

 

「く!?」

 

 それによって僅かにバランスを崩す闘華。その隙に全はその場から転移した。

 

 ◆

 

「ったく、人間にあれは厳しすぎるだろ…っ」

 

 吐き捨てる様に呟き全は部屋の奥へ入る。全が目指す先にある物は大型の無線機。全はそれを取ると軍の本部へと連絡を入れる

 

『こ、此方!本部!!』

 

「まだ生きてる奴がいたのか。残りのロケットは後幾つだ?」

 

『そ、その声は少佐!え、えっと、ロケットは後二機だけです!!』

 

「まだ、そんなにあんのかよ。他に生存者は?」

 

『いえ、他の部隊は連絡が取れなく、生存は絶望的かと…』

 

 小さくなっていく声に全はそうか、と答える。

 

「なら、今そっちに生き残ってる奴等は妖怪の進行を出来るだけ食い止めろ。時間になり次第、後はお前達も乗り込め」

 

『しょ、少佐は!?』

 

「生憎、彼女が離してくれねえんだ」

 

『少佐!小――――』

 

 全は通話を強引に切ると扉を見る。

 

「話は済んだのか?」

 

「ああ、アンタを待たせる訳にはいかないだろう?」

 

 堂々と入って来る闘華に全は苦笑する。ふと目をやればその右手には全が折った角が握られていた。

 

「さあ、こっちにも事情があるんでね」

 

 全はそう言うと構えを取る。

 

「こいや鬼神。渡り妖怪の底力見せてやる」

 

「言うねえ――――逃げ出すんじゃないよ!!」

 

 疾走する全に闘華が拳を振るう。それを転移することでで躱し全は右腕に霊力を纏い殴りつける。

 

「そんなものが効くか!!」

 

 その攻撃を受け流し逆に殴りつける闘華。それを敢えて受け再び闘華の肉体を抉る。

 

「そんな手が何度も通用すると思うな!」

 

 叫び、闘華は全の腹に膝蹴りをし踵落としを放つ。それに全の意識が一瞬奪われ、床を打ち抜き一階へと叩き付けられた。

 

「―――――――かっ……舐めんな!」

 

 頭上から飛び降りて来る闘華に霊力弾をぶつける。地上ならともかく今の彼女は空中だ。支える大地が無い為か彼女はバランスを崩す。

 

「ぶっ飛びやがれえ!!」

 

 自身の右腕に膨大な霊力を集中させ全は落ちて来る闘華へと一撃を放つ。

 

「――――!?」

 

 放たれた一撃。それを闘華は能力を使って受け流そうとする。

 

「妙な真似はさせねえ!!」

 

 全は闘華の背後に所持していた全ての手榴弾を転移させる。拳に集中すれば背後の爆撃。後方に集中すれば前方からの拳。結果闘華は―――

 

「鬼を!その程度で止められるかあァァァァ!!」

 

 全の拳を掠りながらも受け流した。それと同時に、重力に引き摺られ落ちて来た手榴弾は二人を飲み込み爆発した。

 

 ◆

 

「―――――う……っ!?」

 

 ロケットの中、気絶していた永琳が目を覚ます。

 

「御目覚めになりましたか八意様」

 

 そう言って永琳に声を掛けるオカマ。

 

「中将!彼は…全は!」

 

 その言葉にオカマは首を横に振る。

 

「彼は地上です。約束があると」

 

「な!?ほ、他のロケットに乗っている――――」

 

「確認しましたが全少佐の姿はないと」

 

「そんな…!」

 

 オカマの言葉に顔を青褪める永琳。

 

「八意様お気を確かに…。彼がそう簡単に死ぬ様な者ではないことは貴方が一番知っている筈です」

 

「……っ…」

 

 ほんの一握りの希望。永琳はそれこそ藁にも縋る思いでその言葉に頷く。その様子を見ながらオカマは居た堪れない表情をする。

 

「(…死んでるなんて、言える訳無いわよ)」

 

 ◆

 

 爆発した瞬間、咄嗟に転移したものの爆風から逃れることが出来ず、全は瓦礫の山に叩き付けられた。

 

「―――――――!!」

 

 喉がやられ声が上手くでない。彼は荒い息を吐きながら闘華がいた場所へと近付く。

 

「っ!…っ!」

 

 痛む体を鞭打って何とか動かす。周囲を見渡すが何処にも闘華の姿は無い。死んだのか?そう思った瞬間―――

 

「ハアアアアアァァァァァァァ!!!!!」

 

 瓦礫の山から闘華が現れ拳を振り上げる。まるで走馬灯のようにゆっくりとした時間の中、全は必死に体を動かす。

 

「「――――――――!!!!」」

 

 複数の火薬の弾ける音と、何かが粉砕される音が戦場に響く。

 

「…は……はっ」

 

「…っ……ゥ」

 

 荒い息を吐きながら闘華を睨む全。その右頬を掠る様に闘華の拳が背後の瓦礫へと伸びていた。身体に鉛玉を撃ち込まれ血を流しながら闘華はそこを動こうとしない。根比べ、どちらが先に倒れるか。二人は睨み合い。やがて…。

 

「……か…」

 

「……や、るじゃ……な、かい」

 

 ほぼ同時にその身を横たわらせた。

 互いに未だ息はある。だがこれ以上の戦闘は不可能だろう。闘華も苦笑を浮かべている。

 

「…っく!」

 

それを横目に全は壊れた街の中をボロボロの身体を引き摺っていく。

 

「…や……ぇ、確か…」

 

 上司の頭を覗いた時に得た情報。あれが正しければ…。

 突如、地面が揺れる。街の中央。そこから光が見えていた。

 

「ははっ、核…とか」

 

 その光を横目に全は思わず笑いが漏れる。戦闘中もなるべく助かるよう、中心部から離れていたが此処も無事では済まないだろう。

 なら、せめて―――――

 咄嗟の判断。全が考えを行動に移した瞬間―――光が総てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 分からない。あれからどれほど経ったのか。

 全は地中に空けた穴の中から外へと転移した。

 

「……は…ぁ」

 

 かつては様々な人で溢れ賑わっていた筈の国。だがそこに最早その姿は無く、更地になっていた。

しかし、その光景は全の視界には映らない。全の視界は黒一色で塗りつぶされていた。

 

「……」

 

 辛うじて息こそあるものの、今の彼の命の灯火は秒読みで小さくなっていっていた。何も見えない視界の中、彼の指先に地面の感触だけが伝わってくる。

 薄れゆく意識の中、不意に自分の身体が持ちあがったのが分かった。感じる浮遊感。一体これが何なのか分からなかったが、脇腹に感じる感触から誰かの腕が自分の腹に回されていることが分かる。

 

「…か、何…這い蹲ってんだい」

 

 その声は少し前に聞いた声。視界が閉ざされた中、全はその名前を呟く。

 

「き、し…ん?」

 

「ああ、そうだよ…」

 

 その呟きに答える闘華。だが分からない。何でこの女が生きているのか。

 

「な…で、し…んで…ぇ、の?」

 

 掠れた声。正しく発音できず果たして聞えたのか。その声に闘華は腹の底から声を上げる。

 

「能、力だ…よ!衝撃を、受け流したんだ!!」

 

 その言葉と共に自分を持ち上げる力が増す。それに表情が変わっているかも分からない状態で苦笑してみる。

 

「…は、ぶえっ!…ぁ…は……」

 

 どうやら無理はしない方が良いらしい。声の代わりに喉から血が出て来た。

 

「情けない!アタシが生きるのに、アンタが必要…なんだよ!!」

 

「……?」

 

 言っている意味が分からず全はそのままでいる。すると闘華がじれったいと言わんばかりに怒声の様に声を張り上げる。

 

「人間が死んじまったら!がふっ…は、アタシ達妖怪も死んじまうだろう!!」

 

「…っ…ほ、ど…」

 

 その言葉に掠れた声を出す全。妖怪は人間の恐怖を基に生まれる。なら人間が死んでしまったら彼女等妖怪は存在できない。

 二人は互いに血だらけで更地を歩いて―――全は持ちあげられているが―――行く。

 

「暫く…一蓮托生だ!アンタが死ねば私も消えちまう。アタシが死ねば、アンタはその傷で死ぬ!」

 

「…は…い、よ」

 

「死ぬんじゃないよ!渡り『妖怪』なんだろう!!?」

 

「ってる、つうの……ぁっ!!」

 

 腹から込みあげて来る血を何度も吐きながら全は答える。それを見て闘華も先程より力強く歩きだす。

 こいつに負けたくないから。その単純な理由でありながら、強靭な精神力を持って二人は意識を保つ。闘華も一歩動く毎に傷口から鮮血が噴く。

 痛覚など麻痺しまっているのだ。多少の無茶は出来る。

 闘華は全を抱え直すとその足を前へと動かした。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。