魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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その少女を見て、魔法使いは思い出していた。守れなかった彼女の事を


第九話 赤ずきんとの思い出

 ほむらに教えられた路地裏へとまっすぐ突き進む二人。

 マミはやり直せられる内に杏子にはやり直してもらいたいと言う想いが強く、ジェフリーはほむらの意思を尊重するために走り続けていた。

 二人は何も言わなかったがマミは感じていた。ジェフリーは自分のせいで本気で走れないということを。

 脚力を魔法で強化してもジェフリーが隼の羽で脚力を強化した場合のスピードはそれ以上の物であり、自分のせいで本気で走れないことをマミはひしひしと感じていた。

 ならば自分が出来ることはというと一秒でも早く目的地に到着すること。

 マミは焦りながら走っていると、辺りに刃と刃がぶつかり合う音が響く。

 それは戦いの音、命をかけた殺し合いの音。

 目的地を通り過ぎそうになっていることに気付くと、マミは恐る恐る物陰から様子を見る。

 

「躍ってんじゃねぇぞ!」

 

 目に映ったのはマミが知っているのとは別人のように怒り狂った姿で、槍を多節棍のように振り回し、後方からのガードに対応できないさやかを少しずつ追いつめる杏子の姿。

 杏子のことは駆け出しのころから知っている。口が悪く粗暴な部分もあるが、困った人を見たら放っておけない優しさを持ち合わせた笑顔の素敵な少女というのがマミの記憶。

 だが今目の前に居る彼女は、さやかを傷つけることを心底楽しんでいる狂人という言葉がピッタリの少女。

 あまりの変貌ぶりに自分と別れた後、杏子がどれだけ荒んだ人生を送ったのか想像も付かないマミは涙を流しながら二人の元へ突っ込もうとする。

 

「佐倉さん。止めて!」

 

 感情に任せて突っ込もうとするマミの顔面に青い粉が振りかけられる。

 以前マミがリブロムを見て錯乱した時に使った物と同じだが、あの時では量が違う。

 顔中の穴という穴から粉を吸ってしまったマミの意識は遠のいて、そのまま前のめりに気絶してしまう。

 寄生魔法の『眠り教主の花(改)』を砕いた細粒は通常のように動きを遅くするだけではなく、相手の意識まで奪うことができるように自己進化していた。

 魂がソウルジェムに宿っている魔法少女に効くかどうか心配していたジェフリーだが、肉体その物が凍結すれば魂も自然と静まるらしく、冷気の属性を持った花は体の動きを静かに止めて浸透させていた。

 

「悪いが興奮しきった相手で、興奮しきった相手の説得出来ないよ」

 

 杏子のことはまだよく知らされていないが、ここは自分が出るのがベストだと判断したジェフリーは二人の間に割って飛び込んだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 多節棍による多方向の攻撃は確実にさやかの体を蝕んでいた。

 全身が細かい刀傷で覆われ、動きが鈍くなったのを見ると最後に杏子は武器を元の槍へと形状を戻して、さやかの動きが止まったのを見ると最後に心臓へ向かって槍を振り下ろす。

 

「死ね!」

 

 だがその瞬間、獲物は人影で覆われる。

 人影は杏子とさやかの間に割って入ると、さやかの顔を右の掌底で吹き飛ばして一気に後方へと追いやり、杏子の槍を岩で覆われた左腕で受け止めると槍を奪い取って、腹部に掌底を放つ。

 息が出来ない苦しみに悶えながら杏子の体と人影は間に30センチ程の空間を作って離れた。

 突然の乱入者に怒った杏子は力強く憎しみを持った目で乱入者の正体を確かめようとする。

 

「何だテメェは⁉ あ⁉ マミと一緒にいたイレギュラーじゃねーか?」

 

 杏子の怒声に対しても乱入者は至って冷静であった。

 まず後方に追いやったさやかがちゃんと気絶しているのかを見る。

 掌底を顔面に放ったが、その手のひらには眠らせるための特効薬である眠り教主の花を砕いた粉が付着していたので、さやかは静かに寝息を立てていて壁を背にして力なく座っていた。

 もう戦闘意欲がさやかにないのを見ると、杏子の怒りの矛先は目の前にいる青年へと向けられる。

 

「テメェ、あのボンクラの関係者か? なら新人に教育ぐらいちゃんとしやがれボケが!」

「さやかが何かいけないことでもやったのか? なら俺が代わりに謝るよ。すまなかった」

「謝って済む問題か!」

 

 法衣姿の青年に対しても杏子はいつも通りの調子で接する。

 気になるところは多々あったが、今増長した怒りをぶつけられる相手はジェフリー人。

 まだ戦闘力が分からない不安もあったが、杏子は槍をジェフリーの顔面へと突き出して威嚇する。

 

「そこのボンクラは魔法少女に取って死活問題となっているグリーフシードの確保を邪魔したんだよ。制裁は当然だろうが!」

「討伐対象の魔女を横取りされたのか?」

「そうじゃない。まだ魔女に成長する前の使い魔を勝手に倒したんだ。お前知らないのか使い魔が魔女に成長することを?」

 

 杏子の問いかけに対してジェフリーは小さく頷く。

 その表情から嘘を言っているようには見えなかったが、それでも杏子の怒りは収まらず立て続けに話し出す。

 

「しかもお前は勝手に間に入って粛正の邪魔をしたわけだ。これは償ってもらわないといけないことだよな?」

「割って入ったのは謝るよ。だから俺の話を聞いてくれないか?」

 

 ジェフリーはあくまで紳士的に事を進めようしたが、杏子に聞く耳はなかった。

 槍を天高く上げると同時に両手で持って飛び上がると、一気にジェフリーとの距離を詰めよって槍を脳天へと振り下ろす。

 殺意を持った攻撃をジェフリーは後ろに下がってかわし、穂先は地面に埋まり、杏子は乱暴に槍を引く抜くと憎しみのこもった表情を浮かべた。

 

「逃げるな!」

「攻撃を受け続ければ話を聞いてくれるのか?」

 

 荒唐無稽な発言に杏子は思わず失笑してしまう。

 ジェフリーのスペックは分からないが、杏子だって攻撃力には自信がある方だ。

 本当に彼が自分の攻撃を受け続けるだけだというのなら、一瞬の内で肉塊になるのは目に見えている。

 邪悪な笑みを浮かべながら、杏子はバックステップで一旦距離を取ると、槍を前方で振り回してどこから攻撃が来るのか分からないように威嚇する。

 

「ああいいぜ。ただしそっちからやり返すような真似はするなよ。的は大人しく殴られてないとな」

「分かった。攻撃は一切しない……」

 

 交渉が成立したのを見るとジェフリーは一言呟く。

 杏子は余裕めいたその態度が気に入らないのか歯ぎしりをしながら突っ込み、上下左右様々な方向から槍を突き出して前方のジェフリーを覆った。

 前方に死角はなく、瞬く間に槍で貫かれる様が杏子の中で広がるが、穂先が獲物を捕らえた瞬間、感じ取ったのは柔らかい肉の感触ではなかった。

 岩にでも直接攻撃したような感覚は痺れとなって、槍から手へと伝わる。

 何事かと思って杏子が目の前の獲物を見ると、そこは巨大な氷で覆われていた。

 目の前にあるのは『氷細工の蓋(改)』で前方の攻撃から完全に身を守るジェフリーの姿。

 冷気は槍から腕へと伝わってきて、反射的に杏子は氷に刺さった槍を引き抜くとジェフリーと向かい合う。

 

「ただし『防御』はさせてもらうがな」

「屁理屈じゃねーか……」

 

 呆れながらも杏子は飛び上って今度は正面からではなく、多節棍のように振り回して無防備である後ろ側を狙おうとする。

 金属の棒で構成されているにもかかわらず、その動きは鞭のようにしなり、獲物を狙う蛇のようにしなやかな動きをする槍の動きを見て、ジェフリーは感じいてた。杏子が今までどれだけ修羅の道を歩んでいたのかを。

 怒りと憎しみをたっぷりと吸いこみ、それは技術となって形となってジェフリーを襲う。

 穂先が体に触れる前に氷の盾で穂先の接触を防ぐと、辺りに金属同士がぶつかり合う衝撃音が響き渡る。

 この不毛なやり取りが続くかと思っていたが、双方ダラダラと長ったらしい戦いは好まない方。

 ジェフリーは話を聞いてもらうため、杏子は自分の中にある炎のように燃える苛立ちを消すために、次の行動へと移る。

 氷細工の蓋を解除して両手をダランと下げたのを見ると、杏子はチャンスとばかりに利き腕に槍を巻き付ける。

 金属で構成されているにも関わらず、まるでロープのように絡まりつく獲物を杏子は力任せに前倒しに放つ。

 螺旋の力を得てドリルのように襲う槍を前にしても、ジェフリーは何の行動も起こさず、ただジッと近づいてくる穂先を見つめているだけであった。

 

「終わりだ!」

 

 勝利を確信した杏子は叫ぶが、その瞬間に起こった変化はジェフリー自身ではなく、大地の方。

 突然ジェフリーの足元が隆起して、アスファルトの地面から高台が生まれたのだ。

 『古代の地層(改)』の力で5メートル近くまで伸びた高台の上で、ジェフリーは荒い呼吸を整え魔力の回復に勤しむ。

 杏子の攻撃は決して軽いものではなく、防御だけに勤しんでいても精神的な疲労は大きくジェフリーは深呼吸を繰り返す。

 杏子はと言うと勢いを付けてトドメとばかりに放った攻撃が空振りに終わり、勢いがつきすぎた穂先は槍の中程まで高台の中心に埋まってしまい、引き抜くのに四苦八苦していたが、完全に埋まったと悟ると魔力を消費して新たな槍を召喚すると、そのまま怒りに任せて上空のジェフリーに向かって投げつける。

 だが無理矢理に投げ飛ばした槍に威力があるわけなく、ジェフリーは難なく槍を掴んで受け止めると、杏子に向かって投げ返す。

 

「頼むから話を聞いてくれ……」

 

 ジェフリーに投げ返された槍を受け取る杏子だが、その懇願を聞くと更に怒りへ火が灯る。

 意地になって何が何でも倒してやるという想いが強くなると、訳の分からない奇声を上げると、一旦高台から距離を取って空間を作ると高台に向かってまっすぐ走る。

 高台と顔面が接触する寸前に杏子は穂先を地面に突き刺すと、そのまま棒高跳びの要領で飛び上って、一気にジェフリーの真上を取ると後は重力に任せて落下する。

 

「これを受け止められるか⁉ この弱虫が!」

 

 挑発の言葉と共に現れたのは無数の槍。

 杏子は今持っている槍とは別に自分の周りを全て槍で覆って、その穂先は全て真下にいるジェフリーへと向けられた。

 そして杏子の合図と共に彼女が持っている槍を除いて全てが重力以上の速さを持って、ジェフリーに向かって突っ込んでいく。

 襲ってくる穂先に対してジェフリーが感じていたのは恐怖の感情ではなかった。

 

(あれだけの槍を召喚して、魔力は無事なのか?)

 

 あくまで杏子とはワルプルギスの夜の討伐に協力してもらいたいという話し合いのために現れた。

 だがこの勢いでは下手をすれば魔女化してしまう恐れだってある。

 ここで勝負を付けなければ、彼女はきっと自分を殺すまで向かい続けるだろう。

 決心を固めたジェフリーは右腕に力を込めると、新たな供物を発動させる。

 

「もう遅ぇよ!」

 

 杏子の叫びと共にまるで豪雨のように槍が降り注ぐ。

 重力と魔力によって勢いがついた槍は高台をも削っていき、全ての槍が降り終える頃には高台の存在は消えてなくなっていた。

 砂埃が舞う中、杏子は大体の目安を付けて影となっている部分がジェフリーだろうと判断して、最後は自分の手でトドメを誘うとする。

 

「これでジ・エンドだ!」

 

 勝利を確信した杏子は叫ぶが、次の瞬間に砂埃の中から襲ってきたのは巨大な球状の岩。

 『岩虫の甲殻(改)』に身を包んだジェフリーは体を回転させて上空へ突進し、杏子の穂先を受け止めるとそのまま杏子ごと回転する。

 

(結局最後はこれかよ! どいつもこいつも口先だけだな!)

 

 杏子は失望していた。そして同時に激しい怒りを感じていた。

 ジェフリーは攻撃しないと言っていたにも関わらず、自分の身が危うくなったら攻撃に転じる。

 どうせこんなもんだろうと思ってもいたが、心のどこかで彼に期待をしていた自分が情けなく、杏子は槍を引き抜こうとするが、重力と回転の力に負けて何も出来ないでいた。

 上空で岩の塊は止まり重力の力に任せて落下していく。

 その際ジェフリーは再び回転をして壁に向かって突っ込んでいく。

 この瞬間杏子は痛覚を遮断しようとしたが、彼女の眼前に現れたのは無機質なコンクリートの壁ではなかった。

 ジェフリーは杏子が壁にぶつからないようにコンクリートの壁に激突を繰り返す。

 直接ダメージはなくても衝撃が何度も襲ってくることから、重力の影響で槍から手を離せない杏子の体にも疲労が蓄積される。

 パチンコ玉のようにビルとビルの間を弾く球体は地面に勢いよく激突すると、岩は粉々に砕け中から現れたのは首を鳴らして調子を確かめるジェフリーだった。

 上から落ちてくる杏子をお姫様抱っこの要領で受け止めると、睨み付ける杏子を優しく地面に下ろし、自分もまたその場に腰を下ろした。

 

「気は済んだか? そろそろ冷静な話し合いがしたいんだがな……」

 

 接近して自分を攻撃するチャンスがあったにも関わらず、睨み付けるだけの杏子を見て、その時点で戦意は半分喪失している物だと判断したジェフリーは話し合いの交渉を持ちかけようとする。

 杏子は自分の胸元のソウルジェムを見る。

 先程の無茶な攻撃の連続は思っていた以上に負荷をかけていたのか、濁り始めているそれを見るとこれ以上意地を張るのは得策ではないと思い、渋々腰を下ろすとジェフリーと向かい合う。

 

「ちぇ……何だよ言ってみろ」

「まずさやかの件だが素直に謝るよ。俺も魔女討伐に関してはまだまだ素人で探り探りの状態だからな。この通り済まなかった」

 

 そう言ってジェフリーは立ち上がると綺麗に頭を下げて謝る。

 だが杏子は相変わらず不機嫌な顔を浮かべたまま、槍を逆に持って持ち手の部分でジェフリーの頭を小突くと彼に顔を上げさせる。

 

「だから謝って済む問題じゃねーっての。グリーフシードの確保は魔法少女に取って死活問題なんだよ。言葉だけじゃなくて誠意を示せって話だ」

「ようするに穢れを取り除ければいいんだろ? これじゃダメか?」

 

 そう言ってジェフリーが右腕から召喚したのは小瓶に入った清浄な液体。

 グリーフシードを渡すかと思っていた杏子だが、目の前にある液体の存在が気になり、目を丸くして物を見つめる。

 

「何だそりゃ? 水で洗ってソウルジェムの穢れが取れるとでも思っているのか?」

 

 その声色は明らかにジェフリーを馬鹿にした物であり、その視線は彼を見下していた。

 少女の態度は気にせず、ジェフリーは小瓶の蓋を開けると杏子に向かって差し出す。

 その表情は真剣その物であり、杏子が小瓶を受け取ったのを見るとジェスチャーで胸元のソウルジェムに中身をかけるようにアピールを繰り返す。

 

「これで満足か?」

 

 どうせ効果がないと思っていた杏子は液体をソウルジェムにかける。

 ここから説教をしてやろうと思ったが、次の瞬間に予想外の出来事が起こった。

 液体をソウルジェムにかけた瞬間に物は浸透していき、穢れは空に消えていった。

 ソウルジェムを見ると穢れ一つない綺麗な状態であり、物をもっとじっくりと見たいと思った杏子は変身を解いて、ソウルジェムを手に取ってしげしげと眺める。

 今もらった液体がグリーフシードと同じ役割を果たしていると分かると、杏子はジェフリーの方を見る。

 

「アンタ何者なんだよ?」

「ジェフリーとでも呼んでろ……」

「名前を聞いてるんじゃない! 出所を言えってんだ! アンタ、キュゥべえと契約した魔法少女じゃないし……どう見てもオッサンじゃないか!」

 

 様々な情報が脳内で交錯し、パニック状態になっている杏子を見て、今日はこれ以上の話し合いは無理だと判断したジェフリーはさやかの元に向かうと、彼女を抱え上げてその場を去ろうとする。

 

「また来るぜ……」

「待てよ」

 

 立ち去ろうとするジェフリーを杏子は呼び止める。

 ジェフリーが振り返るとふて腐れた顔で手を差し出す杏子の姿があった。

 

「何だ?」

「一個じゃまだ信用できない。しばらくはここを狩場とするからな。もう一つさっきの水をよこせ。それで今日のところは去ってやるよ。そのボンクラの行為も見逃しやる」

 

 言われるがままジェフリーは右手を突き出すと、リブロムの涙が入った小瓶を杏子に手渡す。

 物を奪うように受け取ると、杏子は何も言わずに背を向けて去っていった。

 ジェフリーも帰ろうとした時、腕の中のさやかが蠢くのに気付く。

 目を覚ましたさやかは初め、何が何だか分かっていない状態だったが、目の前にいる魔法使いが自分と杏子の戦いを邪魔したのだと分かると、途端に怒りの表情を浮かべてジェフリーの顔面に目がけて右ストレートを放つ。

 頬の痛みに悶えながらも、ジェフリーはさやかを下ろし彼女と向かい合って話し合う。

 

「殴ったことは謝るよ。だがそうでもしなきゃ止められなかったんだ。悪かった許してくれ」

「そっちに怒ってんじゃないわよ!」

 

 ジェフリーはさやかが殴られたことに対して文句を言おうと思っていたのだが、さやかが怒っている理由は違っていた。

 他に怒られる理由が思いつかないジェフリーは困った顔を浮かべていたが、さやかはジェフリーに詰め寄りながら感情に任せて叫ぶ。

 

「見たところ、あの最低な魔法少女は倒されてもいないみたいだけど、どうしたわけ?」

「杏子のことか? 俺が謝罪をして詫びの気持ちを渡して丁重にお帰りいただいた」

「何であんな奴に⁉」

 

 興奮しきっているさやかは今にも刀を召喚しそうな勢いで彼に詰め寄るが、ジェフリーは両手を差し出して落ち着くように無言のアピールをしながら冷静な話し合いを試みようとする。

 

「落ち着けって。やり方に関して意見をするなら、まずは相手と同じ立場にならなければという話だ。今のまま戦っても魔法少女になりたてのお前じゃ、あのベテランから勝ち星を取るのは厳しいだろ」

 

 もっともな意見ではあるが、納得がいかないさやかは黙ってジェフリーを睨み付けることで不満を訴える。

 救済を第一に考えるという考え方言う組織は自分もかつては潜入調査で所属していたことがある。

 さやかの考えも、杏子の考えも、どちらも正義であると分かっているジェフリーはため息を一つつくとこの場を収めるための提案を出す。

 

「分かった。一回俺と共闘しろ。そうすればまた杏子とは出会えるだろうよ、今度は俺が仲介人になるから、思う存分議論しあえ」

「議論って……あんな奴のどこを認めろって言うのよ! 人を見殺しにしようとしたのよ!」

 

 話し合いの場を持つと言うジェフリーの提案にもさやかは噛みつくばかり。

 怒りに身を任せているさやかを何とか納得させるために、感情に任せているさやかに対してジェフリーは徹底して冷静に対処しようと話を進める。

 

「それに関しても全てはお互い再び出会った時に話し合え、それに比喩表現じゃないぞ、あのままだったらお前は確実に死んでいた。見ろ」

 

 そう言ってジェフリーが指さしたのは古代の地層の破片だった。

 滅茶苦茶になっている路地裏を改めて見ると、さやかは唖然となっていて多少冷静さが戻った状態でジェフリーに話しかける。

 

「ちょっとこれどうすんのよ……」

「ほっときゃいいんだよ。どうすることもできないだろ」

 

 自棄気味に言うジェフリーに呆れながらも、さやかは続けて質問をぶつけるこの惨状がどうかしたかということを。

 

「俺が発動したのは5メートル大の足場を作る魔法だが、杏子は槍を連続で召喚して足場ごと崩そうとした。俺は咄嗟の判断で足場を崩して瓦礫で自分の体を守りながら『岩虫の甲殻』を発動させて何とかなったがな。お前にそれだけの芸当が出来るか?」

 

 杏子とジェフリーの戦いは見てはいないが、かいつまんで話を聞いただけでも壮絶な魔法のぶつかり合いだったということは分かる。

 まだ魔法少女になったばかりの自分では確かにそれだけのことは出来ないと認めると、悔しさに歯ぎしりをして目に浮かべた涙を見られたくないのか、ジェフリーとは逆方向を向いて歩こうとする。

 

「分かったわよ……でも連絡に関してどうするの? オジさん携帯とか持ってないんでしょ?」

「何をどう携帯するって言うんだ?」

 

 天然で言うとぼけた発言も普通ならば笑いを誘う物だが、今のさやかにそれを笑う余裕はない。

 ジェフリーは前後の話の流れから連絡手段のことを聞いているのだと判断し、その旨をさやかに伝えようとする。

 

「準備が出来たらマミを通じて連絡してもらうことにするよ」

「分かった……」

「ちょっと待て」

 

 帰ろうとするさやかをジェフリーは呼び止める。

 さやかは相当不機嫌な状態になっているのか、ジェフリーの方を振り返らずにそのまま応対に当たる。

 

「何よ?」

「お前はまだ新人だ。一人で勝手な行動を取らず、俺との共闘が終わったらマミに師事してもらえ、俺やほむら、杏子のことは信頼できなくてもマミなら信頼できるんだろ?」

「そんなことアンタに言われる筋合いなんて……」

「弱い内は自分の弱さを認めて、誰かに頼って自分を磨くことをするんだ。自分が信じた人間だけが自分を磨き輝かせるもんなんだよ」

 

 ジェフリーのことは信頼出来ないが、その言葉には重みがあった。

 さやかはジェフリーの用が終わったのを見ると、今度こそ帰ろうと変身を解いて去っていく。

 ジェフリーもまた法衣を腕輪の中にしまって私服に戻すと、その場を去ろうとしたが、杏子の戦い方を見ると、脳裏にある一人の魔法使いが過った。

 

「杏子か……少しだけアイツに似ていたかな」

 

 それはかつて右腕の破壊衝動を解くために関わった一人の魔法使い。

 赤い装束に身を包んだ『レッドフード』を思い出すと、ジェフリーは苦い表情を浮かべていた。

 その存在を守れなかったから。

 

――あなたはあなただけの物語を紡いて、思い出だけに囚われちゃダメだよ……

 

 その時後ろからどこか懐かしい声が聞こえたが、すぐに消えてなくなった。

 どこか懐かしい気持ちにさせる物だったが、声の言う通り今は自分の目的を果たそうとジェフリーは歩き出す。

 自分を頼る少女の願いを今度こそ守るために。




そして魔法使いは歩く。自分だけの物語を紡ぐために

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