魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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魔法使いがこの世界に現れた時、少女たちに新たな選択肢が生まれた。


第七話 傲慢 磁石の魔女

 舌の魔女を撃退して、二人は石柱の魔女と対峙するジェフリーの援護へ向かおうとしていた。

 石柱の魔女は相変わらずジッとその場から動かず、毒の霧をまとったジェフリーの突進攻撃をまともに食らっていた。

 攻撃が当たるたびに激しい炸裂音が響き渡り、ダメージはどちらかというとジェフリーの方にあると見たが、そんな不安は一旦距離を置いて様子を見る彼を見れば払拭された。

 ジェフリーは二人が無事なのを確認すると、口元に軽い笑みを浮かべて指示を出す。

 

「二人とも無事で何より、援護に回ってくれ」

 

 それだけ言うとジェフリーは右手を突き出して、木の蔓で出来た鞭のような形状の剣を作り出す。

 『改剣の苗木』を作り出すとジェフリーは石柱の魔女に向かって突進して、勢いよく振り上げて剣を振り下ろす。

 剣というよりは鞭のようにしなったそれは石柱に絡みつくと毒の霧をまき散らしながら石柱に絡みつく。

 岩の破片が少しずつではあるが飛び散っているのを見て、攻撃が確実に効いているのを見ると、マミはマスケット銃を構えて援護に回るが、ほむらは再び幻聴と頭痛に悩まされる。

 

 

 

 

私を見て……

 

 

 

 

 舌の魔女との時はただただ事態に困惑するばかりであったが、二回目ともなるとこの現象を理解しようとする冷静さがほむらの中に生まれた。

 これは恐らく魔女が人間だった頃の心の叫びなのだろう。

 先程最後に舌の魔女が魔法少女から舌の魔女に変貌するまでのあらすじが見えたことから、ほむらが出した結論だ。

 なぜこんな物が聞こえるようになったのかは分からないが、今はジェフリーの援護が優先。

 それにここにハコの魔女がいない以上、違う場所にハコの魔女が出現している可能性だってある。

 高確率で魔法少女になったばかりのさやかが撃墜するのだが、それにも安心は出来ない。

 早く目の前にいる石柱の魔女を倒そうとサブマシンガンから雷の矢を放つのだが、それもまた石柱の魔女には無意味な攻撃だった。

 マミも銃を小さな物に変えて、細かく打つ事で手数で圧倒する作戦に切り替えたが、それもあまり効果があるとは思えない。

 ほむらは心を落ち着かせると、先程の舌の魔女との戦いを思い出す。

 炎の属性から雷の属性へと変貌させた時のことを思い出し、心を落ち着かせると頭の中で強くイメージを作り出す。

 ジェフリーを見る限り、あの魔女には毒の攻撃が最も有効だと判断したほむらは頭の中で思いつく限りの毒のイメージを作る。

 紫色の禍々しい毒の情報が頭の中で駆け巡って行くと、サブマシンガンから紫色の毒霧が放出され、属性が毒に変化したのを本能でほむらは感じ取った。

 試しにサブマシンガンの引き金を引くと放たれたのは予想通りに紫色の毒のエネルギーをまとった矢であり、全自動で狙った個所に飛んでいくと毒の矢は石柱の魔女に突き刺さる。

 石片が飛び散っているのを見ると、攻撃に効果があると判断したほむらは立て続けに毒の矢を射出する。

 だがここで異変を感じる。

 それは直感に近い物であり、石柱の魔女の足元が少しずつ揺れているのをほむらは見逃さず、マミに一旦攻撃を止めさせるように指示を出す。

 

「巴さん。一旦攻撃を止めてちょうだい。妙な感覚を覚えるのよ」

 

 ほむらに言われるとマミは攻撃を止めると、先程と同じような光景が広がっていた。

 そこに石柱の魔女の姿はなく、マミは地面から再び現れるのかと思い地面に向かってマスケット銃を構える。

 

「オイ、その場に魔力を停滞させることは出来るか?」

 

 ジェフリーは石柱の魔女の狙いにやらないようにあちこち動き回りながらも、地面に毒々しい球根を設置する。

 不気味に蠢いているそれを見て、二人の魔法少女はそれが地雷のような役割を果たす武器だと確信する。

 ジェフリーを真似してマミはリボンを練り上げて拘束のための罠を設置し、ほむらは爆弾を取り出そうとするが、この位置ではマミやジェフリーまで巻き込んでしまうと判断すると苦痛そうな顔を浮かべて爆弾をしまう。

 

「ボーっとするな!」

 

 男の怒鳴り声が聞こえると同時にほむらの足元から石柱の魔女の片割れが現れる。

 気の迷いがあったとは言え、二度も同じ手に引っかかってしまう自分が情けなく歯がゆさに満ちた顔を浮かべていたが、下からリボンの助け舟が出ると反射的にほむらはリボンを掴む。

 

「暁美さん飛び降りて!」

 

 マミの手にはリボンがしっかりと握られていて、ほむらはリボンを体に巻き付けると飛び降りる。

 それと同時に石柱から大爆発が起こる。

 ほむらはただ悔しさに感情を任せるだけではなく、この状態なら周りを気にせず爆弾を使えると判断して、設置できるだけ爆弾を設置すると同時にマミのリボンで脱出をした。

 落下していく途中で地面の様子を見ると、もう片方も設置していた罠に引っかかっていた。

 ジェフリーが設置した『猛毒の球根(改)』に引っかかった石柱の片割れは弱点の攻撃に動きが鈍り、そこをマミのリボンで拘束されていたが、動きが激しくマミの手に余る状態となっているところをジェフリーが手伝って二人がかりで動きを押さえている状態だった。

 

「暁美さんも手伝って……」

 

 マミは石柱の魔女のパワーに圧倒され、弱弱しく頼むと同時に三人の視界は暗闇にを覆われた。

 ジェフリーは反射的に二人は経験からその場を離れると、二つの石柱は元の一つへと戻り爆音を響かせた。

 

「呆れるぐらいに頑丈ね……」

 

 ギリギリまで爆弾を設置してダメージを与えようとしたほむらは自嘲気味につぶやく。

 多少石片が欠けているが、石柱の魔女はまだまだ戦える様子であり威圧的にその場にとどまっていた。

 マミは続けて小さなマスケット銃での連打を試みるが、小刻みに震える石柱を見て嫌な予感を覚えたほむらは乱れた呼吸を整えながらマミにアイコンタクトを試みる。

 それと同時にマミから手渡されたのはリボンであり、もう片方の端はマミがしっかりと握りしめていた。

 考えていることは同じようだほむらとマミは互いに距離を取ってリボンをピンと張らせると、石柱の魔女の迎撃を試みようとする。

 予想は的中した地面からの不意打ちが効かないと判断した石柱の魔女は今度は直接潰そうと、体を二つに割って上の部分の石柱が少女たちに向かってまっすぐ飛び交う。

 威力は絶大だが、攻撃その物は単調。

 それを見切った二人は突っ込んでくる石柱に合わせてリボンのバリケードを持って突っ込み、捕獲することに成功した。

 先程の失敗から今度は地面にリボンを打ち込むとマミは拘束をしようとして、ほむらはマミが離れると同時にバズーカ砲から毒の卵を発射する。

 途中で引き寄せられるように下部分の石柱も拘束されている上部分に突っ込んで元に戻り、石柱の魔女は完全に拘束されると一方的に毒の卵の攻撃を受けた。

 

 

 

 

私から離れないで! 私と一緒に居て!

 

 

 

 

 毒の卵が当たるたびに幻聴が聞こえてくるが、もうほむらに頭痛は感じなかった。

 それが魔女のダメージの進行具合を知らせてくれる物だと正体が分かると、心強い物だと感じ立て続けに卵を射出する。

 マミは高いパワーを持った石柱の魔女を警戒してか、完全に拘束に回っていたが、ここでジェフリーが何をやっているのかが気になり、チラリと彼の方を見る。

 ジェフリーは使わなかった猛毒の球根(改)の地面に毒の布を張る動作をひたすら繰り返していて、その場の地面が変化すると球根たちは躍動して不気味な鼓動を発していた。

 見ていてあまり気分がいい光景とは言えないので、マミは見なかったことにして引き続き拘束を続ける。

 毒の卵の攻撃は確実に石柱の魔女の体を蝕んでいき、石片が飛び散っていく。

 ダメージを確実に与えられていることを確信したほむらは引き続き、バズーカ砲から毒の卵を発射するが、石柱の魔女の異変に気づく。

 体を痙攣させてはいるのだが、今までのように地中に潜るものではなく、その場にとどまっての痙攣。

 嫌な予感を肌で感じ取ったほむらは一旦攻撃を止めると、マミに向かって叫ぶ。

 

「何か嫌な予感がするわ! 防御形態を取って!」

 

 鬼気迫る発言に対して、マミは言われるがまま壁にリボンを括り付けると、自分の周囲をリボンで覆って防空壕を作ると、ほむらを呼び寄せようとするが、彼女は手でそれを制した。

 自分と反対側にいるほむらがそこまで来るのは徒労だと分かると、マミはリボンで完全に自分の体を覆って防御形態を取る。

 そうしている間にも石柱の魔女の痙攣は強まる一方であり、ほむらは頭を抱えて身を低くした。

 それと同時に辺りに悲痛な叫び声が木霊する。

 女性がヒステリーを起こしたような金切声は超音波と化して、石柱の魔女を拘束していたリボンを切り裂く。

 あのままだったら見えない音のカッターで体を引き裂かれていたことは必然であり、攻撃が止むとほむらは額に浮かんだ冷や汗を拭いながら立ち上がり、マミは切り裂かれたリボンの中から恐る恐る現れて事態を確認する。

 

 

 

 

みて~よ! わたし、みて~よ!

 

 

 

 

 同時に脳内へ幻聴が聞こえる。

 先程の攻撃は自身にもダメージを与える諸刃の剣のような物だと判断したほむらは、マミが対象が弱っているのを判断して攻撃と拘束を同時に行っているのを見て、先程と同じように意識を集中して目を閉じた。

 脳内に映像が広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は自分が常に優位に立っていたいという歪んだ誇りを持っていた。

 だが少女自身にこれだけはと誇れるような長所は何もなかった。勉強も運動も人よりも劣っていて、劣等感の塊のようになってしまうことを嫌った少女が自分の身を守るため選んだ選択肢は否定すること。

 どんな偉業を成し遂げた人間にも、何の意味もないと屁理屈をこね続け、突っぱねることで少女は自分の誇りを守った。

 そんな歪んだ考え方しか出来ない少女は当然、集落の中で孤立した存在になり、少女は常々孤独に苛まれることとなった。

 少女は何もかもが嫌になっていた。自分を見てくれない環境に対して、自らを改めようという考え方を持てない少女の目の前に一匹の白い獣が現れる。

「友達が欲しい。それが君の願いかい? ボクと契約して魔法少女になってくれれば、君の願いは叶うよ」

 その獣の言葉に少女は首を縦に振った。

 その瞬間に少女の世界は一変した。

 根暗で非社交的な性格が一気に社交的な物へと変わり、話術も巧みで何をどうすればその場が盛り上がるのかも理解できた。

 学力と運動能力に関しては魔法で強化して常に注目を浴び、少女の周りには人が絶えなかった。まるで磁石に吸い寄せられる獲物のように。

 だが栄華の時にも終わりが訪れる。

 ある日魔女との戦いから戻って、傷だらけになった少女を見て偶然通りかかったクラスメイトは彼女に駆け寄る。

 だが生死の境をさまようレベルの大怪我を追っているにも関わらず、瞬く間に傷が治っていく少女を見て、クラスメイトは叫んだ「この化け物!」と。

 翌日から少女は学校に居場所がない状態となってしまった。何を語っても何をしても少女の元に人が集まることはない。

 再び孤独へと苛まれた少女が絶望するのに時間は必要なかった。元々あった根暗で陰湿な性格が顔を出し、一気に絶望へ心が覆われると本当に欲しいものだけを求めるようになった。

 その肉体は巨大な磁石へと変わり、今でも人を求めて吸い寄せ続けていた。もはや何のためにそうするかも分からないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 石柱の魔女改め、磁石の魔女が魔法少女から魔女になった生い立ちを知るとほむらは歯ぎしりをしながら、憎々しい顔を浮かべた。

 それはかつてのダメな自分を連想したのか、自分の中の可能性の一つが目の前にいる異形だと思ったのか理由は彼女自身にもよく分からない。

 だがこのいら立ちは磁石の魔女にぶつけるのがベストだと判断したほむらは再び毒の卵が入ったバズーカ砲を構えるが、ここで得策を思いつく。

 相手は石柱ではなく磁石。ならばその性質を利用すれば一気にあの魔女を無力化することも可能だと判断したほむらはわざと魔力を限界まで弱めて、上空に向かって弱弱しく卵を発射し、空中で磁石の魔女と卵が一直線に繋がっているとこでほむらはマミに向かって叫ぶ。

 

「巴さん。あの卵を撃って!」

 

 言われるがままマミはマスケット銃で卵に向かって砲撃をする。

 エネルギー弾によって砕かれた卵は毒の粉となって磁石の魔女の上へと舞い散る。

 砂鉄が全身に纏わりつくかのように紫色の粉で覆われた磁石の魔女は苦しそうに蠢く。

 このまま一気に押し切ろうとほむらはサブマシンガンを取り出し、マミは小さなマスケット銃をいくつも召喚して乱打を放つ。

 だがそれでも磁石の魔女の牙城を崩すことは難しく、二人の少女は自分たちの攻撃力の低さを嘆いていた。

 

「二人とも離れろ! 一気に勝負を付ける!」

 

 ここで今まで静観を決めていたジェフリーの声が響いた。

 二人が何事かと思い、彼の方を向くと、その後方にある異形の存在に二人は絶句してしまう。

 毒の布の栄養をたっぷりと吸って成長した毒の球根は、禍々しく開花して巨大なハエトリグサはうねうねと不気味に蠢いて獲物を待っていた。

 見るのも嫌悪感が漂う兵器に二人は言われるがまま逃げて、ジェフリーは二人が自分の後方へと回ったのを見ると、磁石の魔女を指さして魔生植物に命令を下す。

 

「対象はあの磁石の魔女だ! やれ!」

 

 主人の命令を受けると魔生植物は気味の悪い鳴き声を発しながら、口を大きく開いてそこから紫色の毒の弾丸を放つ。

 マシンガンのスピードとバズーカ砲の威力を兼ね備えた弾丸は、見る見る内に磁石の魔女の体を削って行き、弾丸の連打により原型を留めない状態となった異形を見るとジェフリーは二人を見て静かに小さく頷く。

 それだけで彼が何をしたいのか分かり、二人も同じように頷くとジェフリーは改剣の苗木を持って突っ込み。

 ほむらはバズーカ砲を構え、マミは巨大なマスケット銃を召喚した。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 初めにティロ・フィナーレによる高エネルギーで全体の防御力を落とす。次にほむらによるバズーカ砲での毒の卵が地面に付着して爆発を起こすとその体は二つに分断される。

 それと同時にジェフリーがしなる剣で鞭を振るうかのように振り回す。

 磁石の魔女は乱撃の数々にその姿を保つことが出来ずに、石片一つ残さず砕かれる事となり、最後に残ったのは先程舌の魔女を倒した時と同じように現れたコアの部分だった。

 

「それで暁美さん。あの中央にあるあれは一体……」

「分からないわ。ジェフリーは話してくれないから」

 

 その口ぶりからほむらが本当に知らないと判断したマミはそれ以上聞くのを止めた。

 ジェフリーは何も言わずに邪な魂を感じ取るコアの部分に向かって右手を翳すと魔のエネルギーを放出させ、その魂を右腕に宿らせた。

 同じように邪な魂を感じ取った舌の魔女に向かって魔のエネルギーを放出させると、魂を右腕に宿らせて全てを終わらせる。

 

「これは魔法使いの罪だ……」

 

 そう言うと同時に結界が崩壊していくと、ほむらはハッとした顔を浮かべた。

 

「二人とも急いで! 志筑仁美の件はまだ終わってないのよ!」

 

 二体同時に魔女が現れたとイレギュラーな事態と、マミとの連携について考えていたほむらだったが、まどかがまだ危険にさらされている可能性が高いことを思い出すと、慌てて入り口から出ていこうとする。

 マミは出会った時とは違い、奇妙な供物を使ってソウルジェムに影響がないかを心配しながら後を追いかけ、ジェフリーは何も言わずに二人の後を追った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 元居た場所へと戻ると、すぐにほむらはもう一つの可能性である廃工場へと向かおうとしたが、その手を焼けただれた右腕に掴まれる。

 

「待て、あの二体を倒した時のグリーフシードを忘れてるぞ」

「そんなの巴さんにあげるわよ! それよりもまどかの安否の確認が先よ!」

「それにお前は実戦で供物を使用するのは初めてだろ。ソウルジェムを見せてみろ!」

 

 そう言うとジェフリーは左腕を掴んで、手の甲にあるほむらのソウルジェムを見る。

 思っていた通り、慣れない供物を使用したことから、かなり黒ずんでいてすぐにグリーフシードによる浄化が必要な状態となっていた。

 ほむら自身も興奮しきっていた状態だったが、濁り切ったグリーフシードを見ると冷静さが取り戻される。

 ほむらは慌てて盾からグリーフシードを取り出そうとして、ジェフリーは懐からリブロムの涙が入った小瓶を取り出して、ほむらに与えようとする。

 

「ちょっと穢れはグリーフシードじゃなきゃ取れないんだから、邪魔をしないで……」

 

 未だに焦りの色が消えないほむらは右手でジェフリーの差し出した手を乱暴に払う。

 突然のことに対応できないジェフリーは持ってた小瓶を落としてしまい、小瓶はほむらのソウルジェムの上に落ちると粉々に砕け散って中にあるリブロムの涙はソウルジェムに浸透していく。

 

「ごめんなさい……え?」

 

 その時遅れて脱出したマミも二人の元に合流する。

 マミが目にしたのは自分のソウルジェムを見つめて呆けているほむらの姿。

 リブロムの涙はほむらのソウルジェムを優しく包み込むように浸透していくと、その溜まった穢れを空へと放出させて、穢れは天の彼方に消えてなくなり、彼女のソウルジェムは穢れが一つもない美しい状態へとなっていた。

 二体の魔女を倒して手に入れたグリーフシードはマミが持っている。使用済みのグリーフシードを出した形跡もな無い。この事態にマミも不思議そうな顔を浮かべていた。

 

「何をしたの? え……ジェフリーさんでいいですよね?」

「お前がそう呼びたければそう呼べ」

「それで一体……」

 

 物珍しそうに綺麗になったソウルジェムを見つめるほむらよりも、恐らくはこの事態を引き起こしたジェフリーに向かって話しかけた。

 するとジェフリーは新しく小瓶に入ったリブロムの涙を取り出すとマミと対峙する。

 

「お前のソウルジェムは?」

「私の場合ソウルジェムは、この花の髪飾りになりますけど……」

 

 それだけを聞くとジェフリーは小瓶の中身を髪飾りに向かってかける。

 

「何をするのよ⁉ え?」

 

 マミは突然水をかけられたことに怒るが、すぐに自分に起こった変化に驚いて自分の髪飾りを外して見る。

 二体の魔女を相手にしたことから少し黒ずんでいた自分のソウルジェム。そこから綺麗に穢れが取り除かれていることにマミは何も言えなくなっていた。

 このイレギュラーな事態にほむらもマミも呆けているだけとなっていたが、ほむらはすぐに目的を思い出して魔力で脚力を強化するともう一つのハコの魔女の出現場所候補である廃工場へと向かおうとする。

 

「ジェフリーさん。あなたは……」

「話は後だ。今は急ぐぞ」

 

 ジェフリー存在が気になり、その旨をマミは聞こうとするがジェフリーはほむらの後を追う。

 二人に取り残されまいとマミも後を追った。

 今は大切な後輩を守ることを優先しようと心に決めながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 廃工場へ到着すると、そこに居たのは地面に突っ伏して気絶する志筑仁美を含めた大勢の一般人。

 ほむらはその中にまどかの姿がいないのを確認すると、すぐ奥へと突入する。

 そんな彼女の動きに付いていけないマミは倒れている一同を安全なところに誘導することを選んだ。

 一般人たちの無事が確認できたのを見ると、ジェフリーはほむらの隣について走る。

 最奥に到着すると、そこに居たのは地面に座り込んでいるまどかと見慣れない姿の少女だった。

 

「遅かったわね。転校生」

 

 そこに居たのはキュゥべえと契約して魔法少女となった美樹さやかだった。

 青を基調としてマントを付けた法衣に身を包んだ派手な姿にジェフリーは何も言えなくなっていたが、ほむらはまどかの無事を確認するとさやかに向かって冷ややかな視線を向けた。

 

「やはりね。せいぜい頑張りなさい」

 

 それだけを言うとほむらは長い髪をかき上げて、その場から立ち去って行く。

 不愛想な姿にさやかは相変わらず不快感を露わにした顔を浮かべていたが、さやかは変身を解くとまどかを立ち上がらせて帰ろうとする。

 一人残ったジェフリーはそんな二人を黙って見つめていた。

 

「何?」

 

 ジェフリーに対してもさやかは敵意を見せていて、まどかはジェフリーに対しても心配そうな顔を浮かべていた。

 自分を睨み付けるさやかに対して、ジェフリーは一言だけ言う。

 

「ほむらのことを転校生と呼ぶのは止めてくれ。極東の人間の呼び方はただでさえ呼び方が多々あって難しいんだから、頭がこんがらがる……」

 

 それだけ言うとジェフリーもほむらの後を追う。

 真剣な顔を浮かべて何を言うかと思っていたが、あまりに場の空気とはかけ離れた内容の話にさやかはこれまで感じていた緊張感も忘れて呆けた顔を浮かべていたが、まどかに促されるとさやかは意識を現実に戻す。

 

「あの人の言う通りだよ、さやかちゃん。もうほむらちゃんは転校生じゃないんだから、そんな敵意を露わにした発言いつまでもしていたら、永遠に分かり合えないままだよ」

「でもさ……」

「表面上だけでもいいから、ほむらちゃんが話してくれるまでは私たちが譲渡しよう……」

 

 目をウルウルと涙で輝かせ、小動物のように懇願してくるまどかに負けたのか、さやかはため息を一つつくと渋々ながらに語り出す。

 

「分かったわよ……これからは『暁美』って呼ぶことにするわ。そこから先は暁美次第だけどね」

 

 さやかが分かってくれたことが嬉しく、まどかはパッと花が開いたような笑みを浮かべるとさやかに抱き付いた。

 和やかな空気に包まれている中で二人は気づいていなかった。自分たちを見つめる一つの敵意ある視線を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 廃工場の近くにあるビルの屋上の貯水タンクに乗っているのは赤い髪の魔法少女、佐倉杏子。

魔力で強化した視力から双眼鏡を除いて、杏子はさやかとまどかの様子を見ていた。

 仲睦まじそうに笑いあっている二人を見て、少女は菓子パンを乱暴に食らいつくと不機嫌そうな顔を浮かべながら咀嚼を繰り返す。

 

「どうだい、久しぶりに来た見滝原の感想は?」

 

 そこにキュゥべえも合流して、杏子に話しかける。

 杏子は双眼鏡を外すと、残った菓子パンを食べつくすとこれまでに見た魔法少女たちの感想を語る。

 

「マミは相変わらずだな。イレギュラー二体に関しては情報が少なすぎるけど、マミと肩並べて戦っているんだ」

「今は手を出さない方が無難と言ったところかな?」

「そう言うことだ。となると……」

 

 その敵意を持った視線はさやかへと向けられていた。

 魔法少女という物に希望を持って戦っているのが気に入らないのか、邪悪な笑みを浮かべると一言決意表明のように呟く。

 

「穴を責めるのが鉄則だな。あんまり先輩の言うことに噛みつくようなら……」

 

 最後の菓子パンを食べきると魔法少女に変身して槍をさやかの方向に向かって突き出して叫ぶ。

 

「命を亡くすぜ!」




現れた新たな脅威、敵となるか味方となるか……

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