魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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向き合うべきは嘗ての仲間か、新たな希望の種か。


第二十五話 ミタマとの対峙

 ジェフリーは一人何もない真っ白な空間に1人佇んでいた。

 もう何度も見る風景、それが夢の中の世界だという事を彼は重々に理解している。

 この夢のおかげで彼は最近眠りが浅く疲れが取れない事に悩んでいた。眠れない事実は夢の中でのメッセージにある。

 何も言わずにジェフリーが1人立っていると、目の前に光と共に1本の偃月刀が姿を現す。

 光り輝く偃月刀を見ると、思わず反射的に彼は手を伸ばしてそれを掴んでしまう。

 そこまではいつも通りの光景、そしてこの後彼の脳内に流れ込んでくる声もいつも通りの物だった。

 

――迎えに来るんだ。私を……

 

 その籠ったような声は聞き覚えがある。

 嘗て彼がサンクチュアリに所属していた時、共に戦った仲間の声。

 ある意味ではジェフリー・リブロムとしても、アーサー・カムランとしても根深い人物の声にジェフリーは声を上げた。

 

「どうしろと言う?」

 

 質問に対しても偃月刀は何も答えない。

 ただジェフリーの手の中で発光するだけのそれは再び彼の脳内に映像を流し込む。

 それは彼の故郷の今。

 サンクチュアリの面々が復興のため、新たな秩序を築くため、多くの都市を立ち上げ、食料の問題や環境の復興など、魔法の力と人々の知恵と工夫が重なって、少しずつではあるが、自分達の街が再生していく様子が目に映った。

 その姿を見て、ジェフリーは妹達が頑張っていると思って、心が暖かになっていく感覚を覚えたが、立て続けに偃月刀は声を流し込む。

 

――皆、お前を必要としている。死ではなく、生を与えてやるんだ。私達は結局死しか与えられなかったからな。

 

 その皮肉を聞くと、完全に偃月刀の正体が分かる。

 嘗ての仲間の名前を叫ぶと、ジェフリーは手の中の武器を力強く握りしめた。

 

「俺に帰れと言うのか? まだこの世界の聖杯の問題は何も解決してないんだぞ」

――少しの間でいい、私は必ずお前の力になれる。少女達を救うためにも私を迎えに来てくれ、頼む……

 

 自分の言いたい事を言うと、偃月刀は彼の手の中から消えて光の粒子となった。

 その粒子に対して、ジェフリーは手を伸ばして叫ぶ。

 

「せめて場所ぐらい言え! モルドレッド!」

 

 手を伸ばした瞬間、ジェフリーは意識が遠のくのを感じる。

 それは意識が現実に戻る証明。

 光の中に体が消えていくと、ジェフリーは1つため息をついた。

 また浅い眠りで休息を終えた事に対して。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 この日も浅い眠りで朝を迎え、ジェフリーは不機嫌そうにマミが用意してくれた朝食を胃に流し込むと、パトロールと称して出ていこうとする。

 

「応援が必要な時は呼ぶ」

 

 それだけ言ってドアを閉めて出ていくジェフリーを、マミと杏子は呆けながら見送る事しか出来なかった。

 ここ最近機嫌が悪いジェフリーを見て、何もする事が出来ない歯がゆさに苦しむばかりの2人であったが、時計を見るとそろそろ出ないと遅刻する時間だと分かり、2人は慌てて支度をするとドアから出ていく。

 

「一度ちゃんとした話し合いの場を用意しないとね」

「そうだな……」

 

 マミと杏子は現状を打破しようと、他の皆に助けを求める事を選び、各々学校へと向かった。

 自分が成すべき事をやるために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 この日学校が終わり、ほむら達は近くの喫茶店に集まりジェフリー抜きでのミーティングを行っていた。

 中学組と高校組に分かれて話し合う事を選び、マミ達は別の喫茶店で話し合いを行う事となり、中学組の面々は精力的に話し合いを行う、議題はもちろん最近やたらと不機嫌なジェフリーについて。

 

「杏子は彼と一緒に住んでいるんだから、心当たりはあるのでしょう?」

 

 ほむらはジェフリーと生活を共にしている杏子に助けを求めたが、彼女は黙って首を横に振るだけ。

 

「寡黙な奴だからな。アイツが話すまで待つ事を選んだけど、ここ2、3日ずっとあんな感じだからな」

「さすがにそろそろって話だよね」

 

 杏子の愚痴に対して、さやかも同意する。

 現状が打破出来ない事に全員が渋い顔を浮かべていたが、その時まどかの鞄の中が震え出す。

 それはカムランが魔物の出現を訴えている証拠、まどかは本を鞄から取り出すと、ページが勢いよく開き、見滝原の地図が現れた。

 魔物が現れたのは二か所。1つはここから近くにあり、もう1つの場はマミ達に任せようと、ほむらは携帯電話を取り出して彼女に電話をかける。

 場所がマミに伝わったのを見ると、一同はまどかを残して魔物が居る場へと向かおうとする。

 

「私はゆまちゃんとなぎさちゃんの所に行って待機しているから!」

 

 そう言うとまどかは会計を済ませて、2人が待っている美国邸へと向かい、彼女の無事が確認出来ると、一同は魔物が潜む結界へと向かう。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 中学生組は各々法衣姿に変身すると、結界の中に突入する。

 その中に居たのは一つ目の化け物。

 目玉だらけの君が悪い槍をつっかえ棒代わりにして、ヨタヨタと頼りなさげに歩く魔物を見て一同はそのあまりにも醜すぎる姿に嫌悪感を持ったが、すぐ少女達の脳内に魔物の名前が浮かび上がる。

 『サイクロプス』名が分かると、ほむらを中心としてさやかと杏子は散って、魔物の注意を引いた。

 ほむらの目の前に居るのは槍をつっかえ棒代わりにズルズルと亀のように歩むサイクロプス。

 愚鈍な動きの異形を見て、一気に勝負を決められると判断したほむらは弱点と思われる単眼に向かって、手を伸ばして炎竜の卵を放つ。

 卵は一直線にサイクロプスの単眼へと向かい、魔物の注意はそれだけに向けられた。

 

「不便な物だな! 単眼って奴は!」

「視界が狭いから、私達の事に全然気づけないしね!」

 

 両脇に飛んだ杏子とさやかはそれぞれの獲物をサイクロプスの穂先に向けていた。

 一歩手を伸ばせば、各々の攻撃が当たる直前、ここで初めて魔物は行動を起こす。

 地面に潜って全ての攻撃をかわすと、その体は完全に地中に埋まる。

 攻撃対象を見失ったさやかと杏子は同士討ちになる前に獲物を収め、ほむらは心眼で魔物の様子を見ようとするが、地中に埋まったサイクロプスの姿を捕らえる事は出来ず、2人が合流するまで待つ事を選び、2人が彼女の元に合流すると予想外の行動を取った相手に対して、次の作戦を練ろうとする。

 

「出て来た所を一斉射撃よ!」

 

 さやかの作戦は至ってシンプルな物であり、地面に向かって今か今かと手を伸ばして魔物が出るのを待つ。

 すると地中から槍だけが姿を現し、穂先に備わった単眼がジッと少女達を見つめていた。

 単眼が熱を帯びていくように真っ赤に染まっていくのを見て、本能的に恐怖を感じたさやかは2人を抱えて、モグラの爪を発動させる。

 

「ちょ! 何?」

「アタシは分かったぞ! 早く逃げろ!」

 

 さやかの行動の意味が分からず、ほむらは困惑するが、杏子は理解して3人は並んで地中へと潜る。

 それと同時に単眼からビームが勢いよく放射線状に発射され、その場全てに攻撃が放たれた。

 一しきりビームを出し終えたのを見て、3人は地中へと再び姿を現す。

 それと同時にサイクロプスも地上へと姿を現し、まだ戦闘準備が出来ていない少女達に対して槍で薙ぎ払いの攻撃を放つ。

 愚鈍な動きだったため、少女達は飛び上って攻撃をかわしたが、サイクロプスは無防備になっている3人に向かって頭突きを放つと、彼女達の体は吹っ飛ばされて壁に勢いよく激突してしまう。

 動きが止まったのを見ると、サイクロプスは槍を突きあげて3人を突き刺そうとするが、直前でほむらは時間停止魔法を発動させ、動きを止めた。

 静止した世界の中でほむらは2人の体を壁からほじくり出すと、自分と一緒に地面へと着地して時間停止魔法を解除すると、杏子に作戦を提案する。

 

「あれはスピードを犠牲にしてパワーにだけ特化したタイプよ。長期戦はこっちの体力を消耗するだけだわ」

「その話しぶりたと作戦があるみたいだな。言え」

 

 2人の間で勝利の方程式が出来上がりそうになっている時、さやかは話し合いの時間を用意するため、サイクロプスに立ち向かって時間を稼ぐ。

 その間にほむらは自分が考えた作戦を杏子に伝える。

 

「あなたの魔力をありったけ詰めた巨大な槍を私が持って、時間停止魔法を用いて弱点である単眼に刺して勝負を付けるわ」

「だが……」

 

 確かにほむらの力を用いれば、一気に勝負を決する事は可能。

 しかし、杏子はその作戦に対して苦い顔を浮かべた。

 時間停止の世界ではほむら以外動く事が出来ない。

 そのため攻撃も彼女に任せるしかないが、華奢で後方支援型のほむらが、前衛型の自分の武器を使いこなせるのかと不安に思っていた。

 中々行動に移せず心配そうにさやかを見つめる杏子に対して、ほむらは彼女を自分の方に向かせ、凜とした表情で告げる。

 

「私を信じて」

 

 短い言葉ではあったが、覚悟を感じ取った杏子はほむらの目を見る。

 前は全く個を見ようとしない傲慢な部分を感じる事が多い彼女だったが、今はちゃんと目の前の自分を見て、誠心誠意説得を試みようとしている。

 彼女の覚悟に負けた杏子は、魔力を練って槍を作り出す。

 丸太を連想させるような大きさの超特大の槍は、作った当事者でも動かすのが厳しい一品であったが、杏子はそれをほむらに預けた。

 

「後は任せた!」

 

 そう言うと杏子は押され始めているさやかの救出に向かう。

 無事に杏子がさやかを助け出したのを見ると、ほむらは時間を停止させて、超特大の槍を手に取る。

 普通に振り回すのは不可能だと判断したほむらは、前に魔力を用いて吹き飛ばす方法を選び、後ろに回って狙いを定める。

 自分がやりやすい方法を選んだ結果、事はスムーズに運び、照準はサイクロプスの単眼に定まり、ほむらは一気に押し出して槍を突き出す。

 

「行け!」

 

 叫びと共に槍が射出されて、勢いよく放たれた獲物は魔物の単眼を突き刺し、そこでほむらは時間停止を解除する。

 血しぶきを発しながら、前のめりに倒れたサイクロプスの体はドロドロに溶解していき、コアだけが残ったのを見ると勝負は決したと判断して、3人はそこへ寄り添って青白いエネルギーを放ち、魔物を救済するとさやかは常温の氷の布を元魔物の青年に被せ、彼を安全な場所まで保護しようと外へ向かっていた。

 

「アタシ達は高校組の援護に向かうぞ!」

 

 杏子はほむらを引き連れて、結界から脱してもう1つの反応の方へと向かうが、ほむらは1つ気になる所があった。

 

(あの魔物まるで私達をこの場にとどまらせるために用意したみたいね……)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミ達は結界の中に自分達を閉じ込めた魔法少女の姿を見る。

 織莉子とキリカは目の前のオレンジ色の法衣に身を包み、くすんだ金髪の少女に対して面識があるらしく、織莉子は目を合わせたくないらしく彼女から目を伏せていて、キリカは彼女に憎しみの目線を送っていた。

 

「お久しぶりです。お二人さん。そしてそちらのあなたとは初めまして、私、嫉妬の力を受け継いだ者、優木沙々と申します」

 

 沙々は丁寧にマミに対してお辞儀をしたが、マミは警戒心を強めたまま彼女の挨拶に返そうとしなかった。

 対峙している内に沙々に対して憎々しい感情が一気に蘇ったキリカは2人の前に出て、爪を突き出して威嚇する。

 

「おやおや……」

「淑女気取ってないで、サッサと消えろ! 聖杯側もよっぽど人手不足なんだろうな。お前みたいなどうしようもない小者を継承者に選ぶなんてな」

 

 キリカの皮肉に対しても沙々は余裕を持った態度を崩さなかった。

 以前彼女と対峙した時、彼女はここまで余裕を持って行動出来る人間ではなかった。その事を知っているキリカは威圧する顔を浮かべながら、ゆっくり沙々との距離を詰める。

 

「聞こえなかったのか? 私は見逃してやると言ったんだぞ。魔法少女の真実を知った途端、ベソかいて逃げ出すような小者に聖杯の力が使いこなせるわけないだろう! お前が望むなら人間にも戻してやる。そこでショックを受けたままひっそりと生きるんだな」

 

 キリカなりの説得に対しても沙々は余裕を持った態度を崩さなかった。

 まるで彼女がそこに居ないかのような素振りを見せ、あくびをしながら耳を指でほじる沙々を見て、キリカの中で何かが切れる音が響く。

 一気に沙々との距離を詰めると、彼女の首元に爪を突き立てる。

 

「これが最後通告だ。消えろ! 今すぐ帰れ!」

 

 脅しにも屈せず、沙々は指を鳴らすと使い魔を呼び出す。

 瞬く間に3人は使い魔に包囲されるが、百戦錬磨の彼女達からすればこの程度の相手は敵とは呼べない。

 戦う意思を捨てない沙々に対して、キリカは一言冷淡に告げる。

 

「馬鹿だよお前」

 

 そう言うと同時に刃を突き立て、一気に首から爪を引き下ろす。

 肉が引き裂かれ、柔らかな内臓を抉る感覚が広がると、勝負は決したと判断したが、次の瞬間に起こった出来事を前にキリカは驚愕の表情を浮かべた。

 

「何で使い魔が切り裂かれているの?」

 

 織莉子は驚愕の声を上げ、マミは驚きのあまり声も出ないでいた。

 周りに居た使い魔達は首を切り裂かれて絶命しているにも関わらず、攻撃を食らった沙々は傷一つ負ってなくケロッとしていたからだ。

 何が起こったのか分からず、固まっているキリカを沙々は見逃さず、槍を召喚すると、無防備な腹を柄で殴る。

 呼吸が出来ない苦しみに悶える暇も無く、キリカは後方へと吹っ飛ばされていき、織莉子にその体を受け止めてもらうと、脳に新鮮な酸素を送ろうと咳き込みながらも呼吸を繰り返す。

 

「何なのその槍⁉」

 

 マミは沙々が持っている奇妙な槍に嫌悪感を露わにした表情を浮かべた。

 そこら中に目玉が施された槍は見ていて気分の良い物ではなく、改めて獲物を見た2人も目に入れたくないのか、反射的に視界から遠ざけようとする。

 だがその反応に対しても沙々は何のリアクションもなかった。

 

「私のミタマを受け入れてくれる器ですが何か?」

「あなたのミタマの力は? ジェフリーさんの仲間がその中に封じられているのでしょう?」

 

 織莉子は沙々から情報を引き出そうと叫ぶが、沙々は彼女の叫びを無視して一気に距離を詰めると槍を乱暴に横へと振り抜く。

 邪悪な表情を浮かべながら突っ込むその姿を見て、キリカは反射的に織莉子を庇い、背中に深い切り傷を負ってしまう。

 2人が重なっている所を沙々は見逃さず、まとめて串刺しにしようと槍を突き立てるが、直前になって槍を無数のリボンが覆って攻撃は防がれた。

 

「させないわ!」

 

 マミは一定の距離を保ったまま、沙々を2人から引きはがし、1対1の状況を作り出した。

 2人は睨み合いながら威嚇し合うが、その中でもマミは沙々から情報を引き出そうとする。

 

「質問に答えてちょうだい! あなたのミタマの力は? 誰がその中に入ってるの?」

「バカか! 言う訳ないでしょ!」

 

 自分の圧倒的な有利を理解している沙々は質問を悪態で返す。

 そしてマミが自分の槍を防いでいるので精一杯なのを見ると、指を1つ鳴らして周りの使い魔達を一斉に襲わせた。

 

「甘いわ!」

 

 だが百戦錬磨のマミに取って、使い魔の一斉攻撃は脅威にならず、自分の周りに小型の銃をいくつも配置すると一斉に砲撃して、使い魔達を撃退する。

 無残に散っていく使い魔達を前にしても、沙々の余裕を持った表情は崩れる事はなかった。

 彼女が何を考えているのかは分からないが、キリカと彼女に付きっきりになって回復魔法を施す織莉子の事が心配なマミは一気に勝負を付けようと、全ての銃口を沙々に突きつける。

 

「漫画のチーズのようにはなりたくないでしょう? 見逃してあげるから去りなさい!」

「やってみなさいよ」

 

 挑発に対して、マミは一斉に砲撃を放つ。

 急所は敢えて外したが、それでも致死レベルの攻撃が決まった事にマミはあまり気分の良い物を覚えなかったが、次の瞬間肉が抉れ、血が飛び散る音は別方向から聞こえた。

 何事かと思いマミが音の方向に振り向くと、そこには体中穴だらけになって消滅していく使い魔達の姿があった。

 この異常な状況に愕然となっている一瞬、それが勝負の分かれ目であり、リボンの拘束が緩んだのを沙々は見逃さず、リボンから槍を引き抜くとマミの首元に向かって放つ。

 

「巴さん危ない!」

 

 織莉子の叫びで我に帰ったマミは慌ててリボンでガードをしようとするが、間に合わずに首から勢いよく鮮血が吹き出て、意識が遠のく感覚を覚えた。

 3人の内、2人が戦力として機能してない状況に織莉子は危機感を覚え、未来を見ようと意識を集中させようとするが、それは目の前で槍を突き出す少女によって遮られる。

 

「死んで」

 

 無慈悲に振り下ろされる槍を前に織莉子は反応が間に合わず、青ざめた顔を浮かべる。

 だが死の恐怖は突如間に入った1つの黒い影によって制された。

 

「ジェフリーさん!」

 

 ジェフリーは改魔のフォークを片手に、沙々の槍を弾き返していて、彼女と向き合っていた。

 突然の乱入者を前にしても沙々の余裕を持た態度は崩れず、見下した笑みを浮かべながら、彼と対峙する。

 

「次の相手はあなたですの?」

 

 沙々の問いかけにジェフリーは答えず、死の淵を彷徨うキリカとマミに最低限の応急処置を施すと、織莉子は2人を抱えてその場を脱そうとした。

 

「逃がすと思って?」

 

 沙々は当然織莉子達を追いかけようとするが、ジェフリーは穂先を掴むとそれ以上の進撃を許そうとしなかった。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 威風堂々と言ってのけるジェフリーに対して、沙々は彼の手から槍を引き抜くと、再び攻撃対象に対して突きつけて間合いを取る。

 一方のジェフリーは沙々の準備が出来る前に一気に距離を詰めて突っ込み、慌てて槍を突き出そうとする彼女の穂先を肩で受け止めると、穂先はあらぬ方向へと飛んでいく。

 無防備になったところを見逃さず、ジェフリーは片手で首を思い切り締め上げると、そのまま彼女の体を持ちあげ宙に浮かす。

 

「これだけ近ければ、槍は邪魔にしかならないだろう?」

 

 質問に対しても沙々は苦しそうに呻き声を上げるだけで何も答えない。

 完全に自分が場を制圧したと見ると、ジェフリーは改魔のフォークを彼女の喉元に突きつけて情報を引き出そうとする。

 

「それはサイクロプスの槍か。呪部を解体してもそれその物は手に入らなかったからな。どこで手に入れた?」

 

 質問に対しても沙々は何も答えようとしない。

 ならばとジェフリーは首を絞める力を少し弱め、話せる状態にすると沙々は苦しそうに咳き込みながら何度も何度も深呼吸を繰り返して、脳に新鮮な酸素を送る。

 

「じゃあ次の質問だ。そこにミタマは存在しているのか? 俺の仲間がその中に入っているのか? 特性は?」

 

 立て続けに聞かれる質問に対して、沙々は一切答えようとしなかった。

 ここからジェフリーは情報は自分で得る物だと思い、心眼で槍を見る。

 その中には確かに1つの魂が宿っていた。それが誰なのかを確認するため、更に意識を集中させて、ミタマの正体を探ろうとする。

 

――お前は誰だ? 答えろ。

 

 意識の世界の中でジェフリーはミタマに問いかける。

 この間現実世界の彼は無防備な状態になっているが、反撃出来ないのは沙々も同じ事。

 自分の安全が確保出来ているからこそ、この行動を彼は取っていて、ジェフリーの質問に対して、ミタマは少しずつ姿を変え、その形状は純白の球体から、白い法衣に身を包んだ金髪の青年へと姿を変えた。

 

――やぁ久しぶりだね。ジェフリー。

 

 その姿を見て、ジェフリーの中で彼の記憶が一気に蘇っていく。

 初めは彼に対して暴言を吐いて、その結果面倒な同行者として付き合わされる破目になった。

 だが付き合っていく内に彼が自分なりの信念を持って行動し、自分の罪を償おうと必死になって生きた存在。

 そんな彼の名をジェフリーはつぶやく。

 

――ガングラン……

――お互いに意識下の存在でしかないからね。こんな状態じゃなければ、茶の1つでも出してもてなしたいところだが、まぁ我慢してくれ。

 

 ガングランは爽やかな笑みを浮かべながら対応に当たろうとしたが、ジェフリーの方は険しい表情のまま、彼から情報を引き出そうとする。

 

――あの女の呪縛からどうすればお前を解放出来る?

――ああ、沙々の事かな? もう少し待ってくれないかな。他の皆はどうかしらないが、少なくとも私は沙々を救いたいと思っている。その為には私が傍に居る事が必要なのだよ。

――何だって⁉

 

 自分から聖杯に協力している。

 その言葉を聞いて、ジェフリーは驚愕の声を上げた。そして同時に怒りの感情が沸々と湧いてきて、ガングランとの距離を詰めて、彼の胸倉を両手で掴んで絞め上げた。

 

――野蛮な男は女の子に嫌われるよ。

――ふざけるな! あの女は聖杯と繋がっているんだぞ! お前も叛逆して止めるのが当然だろう!

――もう私の信念を忘れたのかい?

 

 諭すような言い方にジェフリーの中で再びガングランとの思い出が蘇る。

 彼はサンクチュアリに所属していて、その役目は元魔物の勧誘。

 傷ついた人達に贖罪の機会を与え、ひいてはサンクチュアリの戦力増強に繋げるのが目的。

 どんなに絶望したとしても、何百回でも救済してみせる。

 そう言って、魔に落ちた存在を絶対に見捨てようとしない存在だった。

 だが、だからこそ今のこの状況が分からず、ジェフリーは彼の真意を知るため、胸倉を掴んでいた手を放して、再び彼と向かい合う。

 

――だったらどうして……

――沙々は私の力を反転して使っている。だからミタマの順応に彼女は一番遅かったんだ。しかし反転して使えるのなら、本来の使い方も出来るはず。私は沙々の可能性を信じたいんだ。

――もしかしたら、心変わりしてくれるかもしれない。だから、あの女に力を貸しているというのか?

 

 一番重要な事をジェフリーはガングランにぶつけた。

 聖杯との闘争は個での戦いで済まされる問題ではない。

 彼女が生み出した魔物が人を傷つけて、また新しい悲しみの物語が生まれる可能性だってある。

 そこを問い詰めると、ガングランは穏やかな笑みを浮かべたまま返す。

 

――そうではない。この状態での叛逆は不可能だ。ならば見守って信じてやる事も戦いだとは思わないか?

 

 この言葉からガングランがジェフリーに強い信頼を持っている事をジェフリーは察する。

 一見すれば無責任な発言とも取れる。だがミタマとなったガングランに何も行動を起こす事が出来ない。

 まだ詳しい事は分からないが、囚われの身にあっても個人的な趣向だけは話は別なのだろうと思い、ジェフリーは無理矢理自分の作った仮説で納得させると、更に情報を引き出そうとする。

 

――分かった。だがお前を解放した時は、お前も沙々の更生に付き合うんだぞ。俺は全力でアイツと向き合って戦う。

――了解した。その時は私も沙々と全力で向き合おう。

――じゃあ次の質問だ。お前のミタマの力は?

 

 質問に対してガングランは少し考えるそぶりを見せると、自分の中で思考をまとめてジェフリーに伝える。

 

――そうだな。私のミタマの力は言うならば『献』のミタマと呼ぼう。能力は!

 

 そこから意気揚々とガングランは自分のミタマの能力について語り出す。

 献のミタマはその名の通り、自分を犠牲にして仲間を助けるミタマ。

 味方が受けるダメージをエリア内にいる全員で分散して共有する『命ノ楔』

 範囲内にいる味方が受けるすべての攻撃を無効化するが、自信の体力が徐々に減少する。体力がなくなると効果が切れる『捨身供儀』と自分の力を話した。

 

――この中で沙々は捨身供儀の力を反転させている。

――どう言う事だ?

――つまりは力を発動するたびに自分のダメージを他の誰かに送る事が出来るのさ。発動している間、彼女は無敵だ。

 

 強力すぎる力を前にジェフリーは絶句した。

 時間制限があるとは言え、無敵化の能力は侮ってはいけない。

 恐らくマミとキリカがやられたのもそれが原因なのだろうとジェフリーは判断して、更に情報を引き出そうとする。

 

――まだ傲慢の協力者の情報が分からない。その事について教えてくれ。

――さすがに沙々の事以外は私には……

 

 分からないと遠回しに言われた瞬間、ジェフリーの意識はそこから離れていく。

 ブラックアウトしていく中、彼は感じた。

 現実世界の自分の身に脅威が襲って来たのだと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目を覚ますと、ジェフリーの体は地面に寝そべっていて、自分を突き飛ばしたのは沙々に付き添っている。新たに現れたもう1人の小柄な少女だと判断した。

 少女は紫色の法衣に身を包み、藍色の髪の毛を左右で円状にまとめた特徴的な髪型をしていたが、ジェフリーが気を引いたのはそこではない。

 

「茉莉?」

 

 少女の顔は茉莉と瓜二つだった。

 その名を聞くと少女はジェフリーの方へと向かい、憎々しげな表情を浮かべながらも自己紹介を始める。

 

「茉莉は私の双子の妹だ。私は日向カガリ、傲慢の力を受け継いだ者だ」

 

 最後の協力者が分かると、ジェフリーはゆっくりと立ち上がって改魔のフォークを片手に向かい合う。

 ガングランから無敵化の能力を聞いてから、ジェフリーは長期戦になる事を覚悟していて、周りが使い魔に囲まれている事もあり、援軍を期待し、結界の後ろを見る。

 

「言っておくけど、援軍なら来ませんわよ」

 

 余裕を取り戻した沙々はニヤニヤと笑いながら告げる。

 カガリは何も言わずに出来たばかりの肩当てを自分の肩に装着すると、ジェフリーと向かい合い、自分のミタマについて説明をする。

 

「時間はかかったけど、私もミタマを使いこなす事が出来た。最初に言っておく、私のミタマは『防』のミタマ。そしてその正体は……」

 

 そう言うと同時に肩当ての中央部分が開き、そこからスピーカーが出る。

 スピーカーから発する音楽はどこかで聞いたような人の心に安らぎを与える物であり、歌が紡がれるとカガリと沙々の体は緑色のバリアのような球体で包まれた。

 歌が終わると、その正体を思い出しジェフリーは叫ぶ。

 

「まさか⁉」

「そう。私のミタマの正体は歌人ルンペルよ!」

 

 強力すぎる2人を前にジェフリーは援軍を期待したが、その様子を見て沙々はケタケタと下品に笑う。

 

「だから援軍なら来ませんわよ」

「何故そんな事が言える?」

「この結界に天岩戸の力を施したからな」

 

 天岩戸と言う聞き慣れない能力にジェフリーは困惑の表情を浮かべた。

 彼の顔が面白かったのか、カガリはニヤニヤと笑いながら能力の説明をする。

 

「分かりやすく言うならば、全ての攻撃の無力化よ。それを結界全体に施したんだから、この中に入るのは不可能って事。術者の私を倒さない限りね」

「加えて、あなたはこの優木沙々も相手にしなくてはいけませんのよ。2対1だけど文句は言わせませんわ」

 

 そう言ってジリジリと距離を詰めよる2人に対して、ジェフリーは覚悟を決めた。

 ここから絶対に生きて戻る事。

 そして、ガングランもルンペルも解放してやる事を。




これで全ての協力者とミタマの判明をさせました。ユウリの細かいミタマの能力に関してはまた後程記載します。

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