魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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少女は覚醒していく。少女の意思とは無関係に。



第六話 暴食 舌の魔女

 お菓子の魔女との対峙から三日の時が流れた。

 その間何気ない行動の一つ一つがマミにとっては新鮮であり、生きているという実感を与えてくれた。

 この日学校が終わり、まどかと別れるとマミはほむらが待っている廃ビルへと向かっていた。

 ほむらの話曰く、近々その場所で『ハコの魔女』と呼ばれる魔女が志筑仁美を含めた多くの一般人を洗脳し、集団自殺へと追い込もうとしているという。

 まだほむらに対して警戒心は解けない状況ではあるが、魔法少女としてやるべきことはやらなくてはいけない。

 メールで指示を受けた廃ビルへマミが到着すると、既に扉の前ではほむらが近くの岩に座って待っていて、ジェフリーは壁に背を預けながら何かを食べていた。

 

「遅いわよ……」

 

 短くそう言うとほむらはスカートについた砂埃を払って立ち上がる。

 その表情は相変わらず固く周りを威圧させるものであり、何を考えているのか分からないほむらに対してマミも完全に警戒心を解くことが出来ないでいた。

 だがそんな二人の間にある緊張感を和らげたのは咀嚼の音だった。

 静まり返った場なだけにその音が余計に気になったマミはジェフリーに尋ねる。

 

「何を食べているんですか?」

「チーズとやらだ……」

 

 ジェフリーは初めて食べるチーズが気に入り、ほむらにコンビニで買ってもらった一口大サイズのチーズを食べ終えると、二人の元へ向かう。

 三人集まったところでほむらは改めて話をしようとする。

 

「準備が出来たようだから改めて話を進めるわ。近々この場において『ハコの魔女』が出現する可能性が高確率であり、魔女の口づけによって集団自殺へと追い込まれる人間の中にはまどかとさやかの友達でもある志筑仁美の存在もあるわ」

「そうなったら間違いなく鹿目さんは契約するでしょうね……」

 

 以前とは違い一応はまどかの契約を阻止することに協力してくれるマミ。

 それがジェフリーによって命を救われたことへの恩義なのかはわからないが、事が上手く進んでいる様子を維持しようと心の中で改めて決意を固めてほむらは話を続けた。

 ハコの魔女の傾向と対策、ジェフリーとの連携手段などを三人で話し合い、万全の状態を一同は作り上げようとしていた。

 頭の中で勝利の方程式が組みあげられると、マミは一息入れる。

 話しかける相手はジェフリーだ。

 

「あの……チーズお好きなんですか?」

 

 仏頂面を浮かべているジェフリーに対して何を話していいのか分からず、学校に友達がおらず、家でも一人ぼっちのマミは彼に対してどう接していいか分からず素っ頓狂な質問をしてしまう。

 あまりに場の空気を読まないくだらない質問にほむらは軽くため息をついたが、ジェフリーは淡々と答える。

 

「俺の居た世界ではない代物だ。だがこちらにはあるから無性に食べたくなってな……」

「『俺の居た世界』?」

 

 何気なくジェフリーが言ったことに興味を持ったマミはそのことについて詳しく問いただそうとする。

 ほむらは口の軽いジェフリーに呆れてため息をつき、彼に近づいて耳元で警告するように囁く。

 

「ダメよジェフリー。ただでさえ私たちの信頼関係というのはあやふやな物なのよ。これ以上巴さんを困惑させるようなことは言わないで……」

「別にいいじゃないか」

 

 ジェフリーの胸元から聞こえたのは、ほむらでもジェフリーの物でも無い声。

 男とも女とも聞こえる二重奏のような声にマミは困惑し辺りを見回す。

 そんな彼女の期待に応えて現れたのは、表紙に左右非対称の目があり下部分には口のように大きな空洞がぽっかりと空いた奇妙な本だった。

 

「よう」

 

 いきなり現れたリブロムにほむらは嘆き顔を手で覆う。

 一方のマミはこの奇妙すぎる存在に思考が完全に停止してしまい、落ち着きを取り戻したころには顔が青ざめ絶叫が木霊した。

 

「きゃあああああああああああああああ!」

「本を見ていきなり悲鳴を上げるとは、中々に失礼だな……」

 

 顔を覆って怯えきっているマミに対して、ジェフリーは右手を突き出して本の中から供物を取り出す。

 青い植物の種のような物を取り出すと、細かく砕いて少量マミに差し出す。

 

「落ち着けよ……気の静まる薬だ」

 

 言われるがまま、マミはジェフリーの手の中にある粉を手に取って飲み干す。

 苦みが口の中に広がって一瞬不快な表情を見せるが、彼が言う通り飲んでみると心が落ち着き、先程まで嫌悪感しかなかったジェフリーの顔も直視できるようになった。

 

「それで、この珍妙な物体は一体……」

「リブロムと言う名が俺にはある。俺のことを呼ぶならそう呼べ」

 

 ジェフリーが答えるよりも先にリブロムは自己紹介を終えると満足げな表情を浮かべた。

 見た目こそ不気味ではあるが決して劣悪な存在ではないと判断したマミは、苦笑いを浮かべながらも探り探りで応対に当たる。

 

「それでこのリブロムは魔法使いさんの何なんですか?」

「お前とキュゥべえの関係のような物だ」

 

 そう言うとマミの中でリブロムを見る目が変わる。

 自分とキュゥべえのような関係なら分かり合えるパートナー同士だと思ったからだ。

 すっかり穏やかにな表情を浮かべたマミに対して、ジェフリーはほむらとテレパシーで会話をする。

 

(リブロムと俺の関係については後で話すよ)

(そうね。あなたがその場逃れの取り繕うための嘘を言うような性格じゃないことは知っているけど、その辺りはハッキリ私も聞いておきたいわ)

 

 テレパシーでの会話を終えるとほむらは時計を見る。

 時間的には今ぐらいにハコの魔女は姿を現すのだが日時にはラグがある。

 今日はもう来ないだろうと思い、帰ろうとした時に違和感を覚えた。

 まだそこに志筑仁美がいる訳でもないのに、結界の感覚を覚えたからだ。

 ほむらが行動するよりも早くジェフリーは右手を虚空にかざし、結界への入り口を開くと真っ先に中へと入って行き、二人を誘導する。

 ほむらとマミは互いに頷き合って準備が出来たのを確認すると中へと入って行く。

 マミは人々を守るという使命感のため、ほむらはワルプルギスの夜戦のためのグリーフシードの確保のために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 色彩がめちゃくちゃに施されたグロテスクな空間を奥へと進んでいくが、三人共に変身を終えて準備も万全ではあるがほむらは妙な違和感を覚えた。

 ジェフリーが来てからという物イレギュラーな出来事は多い、特に見たこともない魔女との戦闘はあくまで統計学的なデータを元に戦っているほむらとしては分が悪い物。

 だがジェフリーが来てからという物、千里眼の刻印で彼は潜んでいる魔女をも見つけ出し、二人で協力して幾多の魔女を討伐してきた。

 今回も肌がヒリヒリと焼けつく感覚を覚えたので、今までに見たこともない魔女が相手なのだろうと思い、ほむらはマミに檄を飛ばす。

 

「巴さん。あなたは以前のお菓子の魔女のこともあるわ。とにかく油断はしないでちょうだい……」

 

 その時のことを思い出したのか、マミは苦い顔を浮かべながら小さく頷く。

 こんな形でしかコミュニケーションが取れないのかとほむらは自分が嫌になるが、自己嫌悪は目の前に広がる異様な光景を見るとかき消された。

 

「そんな! 二体同時だなんて⁉」

 

 目の前で咆哮をあげているのは二体の異形。

 一つは巨大なナメクジのような姿をした不気味な軟体動物を思わせる魔女。

 もう一つは無骨な巨大な石柱の魔女。

 二体ともほむらが見たこともない魔女だが、二体同時に魔女が現れるなんてのは今までに経験が無い。

 これにはマミも驚きを隠せず、マスケット銃を作り上げたはいいが警戒して行動に移せずにいた。

 だがジェフリーは落ち着き払った様子で二体をじっと観察すると、右手に力を込めて放電している斧を作り上げると先にナメクジの魔女から攻撃しようと突っ込んでいく。

 

「ボサっとするな二人とも! 相手はジェミニ、対して珍しいもんでもない!」

 

 ジェフリーが言う『ジェミニ』が何なのかはよく分からなかったが、彼がこの状況になれているのは理解できる。

 先導を切って戦うジェフリーに感化され、マミとほむらは後方からのバックアップに努めようと突っ込むジェフリーのサポートをしようとするが、これまでコンビネーションプレイが久しぶりのマミに取って思うように狙いが定まらずに困っていたが、ほむらは何のためらいもなくサブマシンガンを突き出して引き金を引く。

 

「暁美さん! 彼がいるのだから気を付けて……」

「心配は無用よ」

 

 短く切り捨てるようにほむらが言うと同時にサブマシンガンから炎の矢が放たれる。

 放たれた矢はまるで意思を持っているかのようであり、ジェフリーの背中をかわすとナメクジの魔女に向かって突き刺さる。

 だが炎の攻撃は軟体と表面を覆う唾液のような粘液によってかき消されると、矢は力なく落ちる。

 炎の攻撃が無意味と分かると、ほむらは貰った炎の小太刀を盾から取り出すと切り付けて攻撃しようと突っ込むが、それを巨大な壁に制される。

 ほむらが見上げた先にいたのは石柱の魔女であり、鈍いと思っていた割には意外と機敏な動きをすることに驚かされたが、すぐに気持ちを切り替えると至近距離でサブマシンガンによる矢の連打を放つ。

 

「巴さん。ナメクジの方はジェフリーに任せて、私たちはこの石柱の魔女を倒すわよ」

 

 ほむらに促され、マミもマスケット銃で狙いを定めて石柱に向かって魔法の弾丸を放つ。

 だがそれらはか弱い抵抗だった。

 炎の矢も魔法の弾丸も全てを弾き返すばかり、業を煮やしたほむらはバズーカ砲を取り出してバックステップで距離を取ると、マミに目で合図を送る。

 ほむらの意図を察したマミは魔力を練り上げると、巨大なマスケット銃を作り上げて遠距離からほむらの攻撃と合わせて自身の必殺技を放つ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 光のエネルギーと同時にバズーカ砲から炎で包まれた卵が放たれる。

 石柱の魔女にそれらが接触すると辺りは爆炎に包まれ、爆風が舞い上がった。

 だがそれでも二人は近づこうとしなかった。マミは前回の失敗から慎重になり、ほむらは予想が出来ない魔女に対して下手な行動を取ろうとしなかった。

 爆風が消えるまで二人はその場に立ち尽くしていたが、爆風が消えた時にそこにいた魔女の姿はなかった。

 

「一体どこに? キャッ!」

「巴さん? いや!」

 

 二人が石柱の魔女を探していた時、足元に注意が行ってなかったことから地中から沸き上がった岩の存在に気づかないでいた。

 ほむらが注意深くものを見ると、自分が乗っている部分には切れ目のような物があり、自分に向かって突っ込むマミも同じような状態となっていた。

 ここからほむらが導きだした結論はこの魔女は体を二つに分けることが出来、その体を元の石柱に戻すことも容易だということを。

 このままでは二人揃ってミンチになってしまうと踏んだほむらは何とか脱出を試みようとするが、加速の重力がかかり体が思うように動かない、思考がまとまらない中差し出されたのは一本の黄色いリボン。

 

「暁美さん! 地面に逃げるわよ!」

 

 右手から放たれたリボンはほむらの腕を縛って掴み、左手で放ったリボンは地面に突き刺さっていた。

 これでマミの意図を察したほむらは小さく頷くと、マミは左手のリボンを一気に自分の元へと戻す。

 まるで掃除機のコードが本体に戻るかのようにリボンの勢いで二人の体は一気に地面へと落下し、マミは地面に激突する直前にリボンでクッションを作り上げると、二人は無事に地面へと降りた。

 それと同時に上空では轟音が響き渡り、元の姿に戻った石柱の魔女は再び落下して、二人の前に降り立つ。

 圧倒的な防御力と単純ではあるが、強力な攻撃方法を持つ魔女に対して二人は萎縮して攻撃に移せないでいたが、突然石柱の魔女は勢いよく飛び上がると同時に突っ込んできたのはナメクジの魔女だった。

 突進してくるナメクジの魔女をかわすことが出来ずに、二人の体は異形の上へと乗せられ、ナメクジの魔女は体を大きく跳ね上がらせると魔法少女たちの体は宙へと舞い上がる。

 空中で完全に無防備になったのを見計らったかのように、石柱の魔女は再び体を二つに分けて上空の無防備な魔法少女二人を左右から叩き潰そうと突っ込んでいく。

 背中を石柱に預ける形となった二人は大の字になって拘束され、互いを見合う状態となる。

 リボンによる脱出も出来ずに、二人の表情は引きつってここまでかと覚悟を決めてしまいそうになる。

 

「邪魔だ! どけ!」

 

 男の怒鳴り声が響くと同時にほむらを支えていた石柱の軌道は下へと落ち、ほむら自身もそこから逃れて地面へと落下していく。

 壁が目の前にあるのを見つけるとほむらは盾から小太刀を取り出して壁に突き刺す。

 刃が壁に刺さって止まったのを見ると、ほむらは上を向く。

 上空でジェフリーは紫色の禍々しい毒の霧を身にまとって、空中を蹴り上げてマミが捕まっている石柱の方へと突っ込む。

 マミに当たらないように石柱の上部分に突撃すると石柱は砕け散る。

 ダメージを追った石柱は重力に負けて地面へと落下していき、自由になったマミはリボンを壁に突き刺してほむらの隣に立った。

 

「暁美さん……」

 

 自分の攻撃が全く効かないことにマミは不安な顔を見せるが、それは相性の問題。

 そんなマミに対してほむらは厳しい表情を見せて睨み付けると、小太刀を壁から抜きとると下で蠢いているナメクジの魔女に向かって突っ込む。

 

 

 

 

味を感じたい……

 

 

 

 

 その時ほむらの脳内に響いたのは悲痛な少女の叫び声。

 今までに聞いたこともない幻聴にほむらは一瞬困惑するが、ナメクジの魔女に向かって小太刀を突きたてるとそのまま落下していく。

 

「巴さん! 援護を!」

 

 ほむらに檄を飛ばされるとマミはその場でリボンの足場を作り上げると、マスケット銃を再び召喚して小さく打ってほむらに当たらないようにエネルギー弾を放つ。

 だが重力に任せて落下しての一撃もナメクジの魔女の軟体には通用せず、その肉体を利用してほむらの体を弾き飛ばすとそのまま無防備になっているほむらに向かって突っ込む。

 

――炎の攻撃はこの魔女には無意味! 雷の力が……

 

 攻撃が効かないことに怒りを覚えたほむらは脳内で雷の力が使えるイメージを作り上げる。

 頭の中で雷の火花が作り上げられると、盾の中にある武器から電撃が放出される。

 供物がほむらの想いに応えたのか、供物の力が変化するのをほむらは感じ、サブマシンガンを取り出すと引き金を引く。

 中から射出されたのは炎で包まれた赤い矢ではなかった。雷で包まれた黄色いエネルギーに満ちた矢だった。

 先程は粘液によって攻撃を無効化されたが、今度の矢の攻撃はその軟体を貫き、電撃を体に浸透させた。

 痺れで動きが鈍くなったのをほむらは見逃さず、立て続けにサブマシンガンから雷の矢を放ち続ける。

 体が雷で覆われ動きが鈍くなっているのを見ると、明らかに攻撃に手ごたえがある事を感じ、ほむらはサブマシンガンの引き金を引く手を強めながら前進していく。

 

 

 

 

何を食べても何も感じない……

 

 

 

 

 再び脳内に響く幻聴にほむらは辛そうに頭を押さえる。

 その様子をマミも心配そうに見つめるが、すぐに頭を振って気持ちを魔女へと向けると手を伸ばせば攻撃が当たるまでの距離まで近づくと小太刀を取り出す。

 思っていた通り、雷のエネルギーで覆われた小太刀を見るとほむらは邪悪な笑みを浮かべながら小太刀を振り上げて一気に振り下ろす。

 近接系の武器はほとんど使ったことがないほむらだが体が自然と動く。

 まるで小太刀が誘導しているかのようにスムーズに攻撃は当たり、小気味いい音が辺りに響き渡る。

 

 

 

 

た~べた~い! の~みた~い!

 

 

 

 

 ナメクジの魔女にダメージを与えるたびに幻聴はほむらの脳内でドンドン強くなってくる。

 今までは声だけだったが、慣れない症状に今度は頭痛まで感じてくる。

 それが気のせいだということは分かる。魔法少女はその気になれば一切の痛覚を排除することが可能だ。

 だが痛覚を排除しようと試みても頭痛は強くなる感覚を覚えて、電撃の攻撃でナメクジの魔女が動きが止まったのを見るとほむらはバックステップで後方まで一気に吹き飛ぶとマミに目で合図を送る。

 

「巴さん。石柱の魔女の方はジェフリーに任せましょう。私たちはこのナメクジ……」

 

 先程まで仮称で呼んでいたナメクジの魔女と言う名前に違和感を覚える。

 頭痛が先程よりも強くなる感覚を覚えると、ほむらの脳内に映像が広がっていく。

 マミが幾多のマスケット銃を召喚して、ナメクジの魔女に砲撃を放つのを見届けると、自分は彼女の後ろに回って頭痛を鎮めるために脳内の映像に集中することを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は何よりも食べることが大好きだった。

 年齢には相応しくない高級品にも手を出すようになり、親を困らせることもしばしばあった。

 そんな時、少女の耳に悲痛な知らせが届く。

 稼ぎ頭である父親の死だ。

 これにより残された母と娘は貧困生活を余儀なくされ、少女はこれまでのようなグルメな生活を堪能できなくなった。

 貧相な屑野菜のスープばかりをすする毎日に少女は絶望していた。

 またグルメな生活を楽しみたいと思っていた矢先に、少女の目の前に白い獣が現れる。

「ボクと契約して魔法少女になれば、どんな願いでも一つだけ叶えてあげるよ」

 この申し出に対して少女は即座に首を縦に振り、申し出た「美味しい物を好きなだけ食べたい」と。

 その日から一人の魔法少女が新たに生まれ、少女の生活も一変した。

 魔女という異形の戦いの日々が加わったが、そんな物は少女に取って些細なことだった。

 頭の中でイメージすれば、どんな高級料理でもその場に現れて美食の限りを尽くすことが出来る。

 美味しいものを食べられる喜びに比べれば、異形との戦いの日々など些細な物。

 食欲はエスカレートしていく一方であり、寝る時以外は全て食事に与えられるほどであった。

 だが栄華の時は長く続かなかった。魔法少女の代償という物が現れたからだ。

 魔法少女は魔女と戦う肉体に特化するため、戦いに及ぶ感覚が極端に鈍くなる。

 痛覚もそうだが、味覚も例外ではない。

 魔女との戦いの日々で痛覚を排除し続けた後遺症なのだろうか、少女は味覚も鈍くなっていたのだ。

 取り戻そうとしても中々思うようにいかない。何を食べてもゴムを食べていたり、泥水をすすっているような感覚が襲い、食事その物に嫌悪感を抱く様である。

 唯一の心のよりどころであった食事を奪われたと感じると、少女は魔女と言う大人へと姿を変えた。

 その姿は味覚を感じるうえで最も重要視される『舌』へと変わり、舌の魔女となった少女は今でも求めていた。

 むしゃぶりつきたくなるくらい美味しい物を。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にいる舌の魔女の経緯を知ると、頭痛は収まりほむらはゆっくりと目を開く。

 感覚も鋭敏さを取り戻していき、耳に届くのはマスケット銃での乱射音。

 舌の魔女の利点である粘液と軟体がほぼ失われている今、勝利は確実であり、マミは立て続けにマスケット銃での乱射を連発する。

 腕時計を見ると意識を集中してから一分も経っていなかった。

 濃厚な時間を過ごしたと額に出た汗をほむらが拭い、腕が目を覆うと不思議な光景が視界に飛び込む。

 まるでサーモグラフィーのようになった視界に驚いて慌てて腕をどけると、元の景色が目に映る。

 何が起こったのか理解できずにいくつもの仮説がほむらを襲うが、その中で最も有力なのを選ぶ。

 目を閉じると先程と同じサーモグラフィー状の映像が目に映る。

 マミと思われる人影は緑色の健康そうな状態に映り、まだまだ余裕があった。

 対照的に舌の魔女の方は肉体が真っ赤に染まっていて、その様子からあと一歩の所で撃沈は可能だと判断した。

 だがそれとは別にもう一つ魔女の方に現れている肉体の変化にほむらは困惑する。

 

(あのマークは?)

 

 ほむらが注目したのは舌の中央に存在する紫色の斑点のような物。

 その部分にはマミのマスケット銃の攻撃は届いていなかったが、ほむらは直感的に感じ取っていた。

 そして結論を出す前に行動に移していた。

 勢いよく飛び上がると斑点があった場所へ向かって、小太刀を突き立てて落下していく。

 

「暁美さん⁉」

 

 自分と同じように後方支援型のほむらが真っ先に突っ込むことが予想できずにマミは困惑の声を上げるが、そんな事はお構いなしにほむらは斑点があると思われる場所に向かって小太刀を突き刺すと魔力を全開に流し込んでそこから電撃の攻撃を食らわせる。

 自分の思った通りに行動を起こしてくれる供物に感心していたが、その感情は激しい血しぶきにかき消される。

 見たこともないショックの強い光景にマミは一瞬言葉を失うが、ほむらは血しぶきの海をかわすと盾からバズーカ砲を取り出して構える。

 

「ボサっとしない!」

 

 雷の卵が入ったバズーカ砲を力任せに吹き飛ばし続けるほむらに続いて、マミももう一度魔力を練り上げると巨大なマスケット銃を召喚し、自分の必殺技を決める。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 雷の卵と高攻撃力の魔法エネルギーは舌の魔女の体を包み、その肉体は爆発して四散した。

 爆風が収まった先に現れたのは、コアと思われるドロドロのヘドロのような塊であり、初めて見るそれにまたしてもマミは絶句するが、ほむらに肩を叩かれると意識が彼女へと向かう。

 

「あれに関しての説明は後よ。今はジェフリーのサポートを優先してちょうだい」

「わ、分かったわ……」

 

 聞きたいことはあるが、魔女の討伐を優先して欲しいと言うほむらの正論に二人は地面で戦っているジェフリーの元へと向かった。

 その体に『毒鳥の羽(改)』を身にまとって、石柱に突進するジェフリーに向かって。




まだ少女の戦いは終わらない。苦悶の感情を残したまま。

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