魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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その騎士は敵となるか味方となるか。


第二十三話 黒騎士との対峙

 キリサキさん以外のもう一つのホオズキ市での物語。

 黒騎士の存在を知ったのは全くの偶然だった事をキリカは話し出す。

 

「先程も話したが、彼女達の水準は低く、1人にしておくのが危険と判断した私達はしばらく4人に付いて、戦闘の指導を行う事にしたんだ」

「よくあなたそれをやろうとしたわね」

 

 ほむらはキリカが人の指導が出来るのかと思い、突っ込みを入れる。

 もっともな突っ込みを貰うと、彼女は軽く笑いながらもそれに返す。

 

「私に取って織莉子の命令は絶対だ。その為ならプライドなんて捨てるさ」

 

 そう言うと再びキリカは当時の記憶を思い返して語る。

 鈴音を相手に手も足も出なかった4人は大人しく2人の指導を受け、共に魔女と戦っていた。

 

「だがその中でも成見の奴はカミツキガメみたいに何かと歯向かってだな。本当に半人前の癖に主義主張だけは一人前と、でも織莉子の教育方針で感情を伝える事はしても、感情で行動してはいけないと命令されていて、殴る事もキレる事も出来ずにだな……」

 

 話していく内に当時の苦い記憶を思い出したキリカは歯ぎしりをしながら、苦痛に顔を歪め体を震わせていた。

 その様子を見て、ほむらもまた数多くのループの中での苦い記憶を思い出し、つられて不快そうな顔を浮かべる。

 

「まぁ私も主にさやかの件で泣かされて、私自身感情的になった事は少なくないから、気持ちは分からないでもないけどね……」

「2人共! 主旨がずれていますよ!」

 

 茉莉に突っ込まれると、キリカは一言「済まない」とだけ言って、深呼吸をして心に落ち着きを取り戻す。

 脳に新鮮な酸素が行き渡ると、彼女は再び本題に付いて語ろうとする。

 

「そんな中でチームとして戦っていたが、ある日織莉子がゆまとなぎさが戦力になる未来が見えてな。彼女は2人を迎えるため児童養護施設へと向かい、私が1人で皆の指導を行う日が出来た。その時、茉莉が1人はぐれてしまってだな」

 

 他の魔女に襲われているかもしれないと判断したキリカは他の面々を置いて、1人での捜索に身を乗り出す。

 土地勘がなく、慣れないホオズキ市の探索に四苦八苦していたキリカだったが、魔女の気配を感じると、彼女は工事現場の中で生まれた魔女の結界の中へと入る。

 

「茉莉!」

 

 そこでキリカが見たのは最悪の光景だった。

 茉莉は猫の姿をした魔女に加えられていて、もう一噛みすれば、彼女の体は両断されてしまう未来がキリカの中で容易に想像出来た。

 咄嗟に彼女は速度低下魔法を施すが、それが間違いだった事にすぐ気づく。

 

――ダメだ! 間に合わない……

 

 キリカの速度低下魔法は発動してから浸透するまで時間がかかる物。

 焦りからか判断を間違えたキリカは猫の魔女が茉莉を噛み砕こうとする瞬間、思わず目を背けてしまう。

 だがその時一陣の風が吹く。

 何事かと思いキリカが猫の魔女の方を見ると、噛み砕かれる前に魔女の口内から茉莉を助け出した黒い影が1つそこにはあった。

 魔女は歯を強く打った事に苦しんでいたが、そんな事に構わずキリカは着地した黒い影の正体を確かめようとするが、それは先に彼女へと歩みより、抱え上げていた茉莉をキリカに手渡す。

 

「ここは危険だ。彼女を連れて逃げるんだ」

 

 声の質から成人男子のそれだと理解したが、キリカは混乱の極みに達していた。

 魔法少女でもない存在が魔女と戦おうとしている事に、少しでも混乱を解消するため、まずキリカは情報取集から入ろうと見た目をじっくりと見つめる。

 漆黒のフルアーマープレートに身を包み、背中には青年の身長よりも大きな大剣が背負われていた。

 何も言わずに青年は大剣を引き抜くと魔女に向かって突き出し、構えて戦闘態勢を取る。

 この態度にあまり良い気分を覚えなかったキリカは、青年の前に立つと爪を振りかざす。

 

「素人は引っ込んでいろ! 魔女退治は魔法少女の役目だ!」

「退治?」

 

 『退治』と言う言葉に反応した青年は踏み込もうとタイミングを見計らっていたキリカに構わず、一直線に大剣を振りかざして突っ込んでいく。

 何も考えずに真正面から突っ込む獲物に対して、魔女は爪を凄まじいスピードで振りかざして青年を包囲した。

 

「馬鹿が! そんな事をすればそうなるのは当然だろう!」

 

 キリカは青年が無残に切り裂かれるのを予想していたが、現実は違っていた。

 青年は大剣を振り回し、振り下ろされた爪を全て弾き返すと、回転攻撃により勢いが付けたままの状態で大剣を突き出して縦横無尽に振り回す。

 一見すれば乱雑に振り回されているようにしか見えない攻撃だったが、キリカには理解出来た。

 必要最小限の動きで相手に的確にダメージを与え、自分に負荷がかからないように青年は剣を振り回しているのだと。

 大剣を選んだのは、青年が使いこなせるだけの技量を持っているのに加え、一瞬で勝負を決せられるから。

 そこから青年が高い技量を持っているとキリカは推測したが、考えがまとまる頃には魔女は肉塊として化して、その体はドロドロに溶解し、中からコアのような物が姿を現す。

 

「何だありゃ?」

 

 初めて見る光景に興味を持ち、キリカは一旦攻撃の手を止めて、その様子を観察しようとしたが、次の瞬間更なる驚愕に彼女は包まれる。

 青年が右腕を突き出して青い気をコアに送ると、コアは溶解して中から現れたのは栗色の髪を持った小柄な少女だった。

 

「馬鹿な⁉」

 

 魔女が元の人間に戻る。

 あまりにイレギュラーな事態にキリカは思考が追いつかずに呆然となるばかり。

 青年は生まれたままの姿である少女に向かって赤い布を被せると、彼女を抱え上げてその場から去ろうとするが、その瞬間キリカは彼の首元に向けて爪を突き立てる。

 

「悪いが君を帰す訳にはいかないな」

 

 威圧するようにキリカは言い放つが、青年は意に介さず爪を邪魔そうに退けると一言だけ言う。

 

「彼女の身柄の安全の確保が最優先だ。話があるなら戻るから後にしてくれ」

 

 言われてキリカは青年の腕の中の少女を見る。

 青白い顔を浮かべて息も絶え絶えになっている満身創痍の少女を見て、もっともな正論を前に何も言い返す事が出来ず、爪で兜を小突くと脅すように告げる。

 

「逃げたりしたら、地の果てまで追い詰めてやるからな」

 

 眉間にしわを寄せて脅すキリカに対しても、青年は何も言わずに頷くだけで、崩壊しかかっている結界から脱して、その場を後にした。

 苛立ちを抑えられないキリカだったが、茉莉が目を覚ましたのに気付くと、彼女の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

 問いかけに茉莉は朦朧とした状態で返し、意識が混濁している状態だった。

 キリカは彼女を現実世界に引き戻そうと、軽く頬を平手で叩いて意識をハッキリさせるようにする。

 何回か叩くと茉莉は眠気眼を擦りながら、彼女の応対に当たろうとする。

 

「何があったんですか?」

 

 自分に何が起こったのか分からず、茉莉は困惑した表情でキリカに尋ねる。

 その顔を見て、キリカは事実を伝えていいかどうか迷ったが、彼女のためにありのままを伝える事を選んだ。

 

「これから話す事は全て事実だからな……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 キリカは時期尚早だと判断して、魔女を人間に戻したと言う事実だけを伏せて、茉莉を助けたのは黒い甲冑に身を包んだ謎の青年だと言う事を伝えた。

 初めは半信半疑の茉莉だったが、真剣な顔で話すキリカを見て、それが事実だと自分の中で飲み込むと、彼女に自分の想いを伝える。

 

「マツリ、ちゃんとその人にお礼を言わないと!」

「心配しなくても、戻ってくるよ」

 

 そう言ってキリカが親指で指した先に居たのは、ビルの屋上を伝ってこちらに戻って来る青年の姿だった。

 青年は二人の前に降り立つと、キリカはブスっとした顔を浮かべながら腕を組んで彼を睨んでいて、茉莉は青年の姿を見ると一歩前に出て深々とお辞儀をする。

 

「助けてもらったみたいでありがとうございます!」

 

 自分の感謝の気持ちを伝えようと、元気良く大きな声でお礼を言う茉莉に対して、青年は手を軽く突き出してそれを受け止める。

 

「大丈夫だから」

「話は終わったか?」

 

 2人の間でやり取りが終わったのを見ると、キリカが茉莉の前に出て青年と対峙する。

 キリカは警戒心を強く持ったまま、円を描くように青年との距離を少しずつ詰めていく。

 

「まず聞きたい。君は何者だ?」

「答える必要はない」

 

 青年は短く返答するとそれ以上答えようとしなかった。

 余裕を持っているのか、自分に興味がないのかは分からない。だがキリカは青年の態度が気に入らず、先程よりも怒気を多く含んだ声で接する。

 

「なら君の事は『黒騎士』と呼ばせてもらおう。では改めて聞くぞ、黒騎士! 貴様の目的は何だ⁉」

「答える必要はない」

 

 態度を変える事のない黒騎士にキリカの中で何かが切れる音が響く。

 速度低下魔法を発動させると同時に爪を振り上げて、一気に黒騎士との距離を詰める。

 

「魔法少女のテリトリーに不用意に関わった罰だ! しばらくは病院のベッドで大人しくしてもらうぞ!」

 

 第三者の視点でこれから起こる戦いを見ようとしていた茉莉は背筋が凍る感覚を覚えたが、それはあっさりと打ち砕かれる。

 黒騎士は爪が届くよりも先に大剣を地面に突き刺し、抉るように前へと付き出す。

 大剣によって土は攻撃対象に向かって飛び交う散弾となって襲い、キリカの突進は大量の土、小石、その他のゴミによって止められ、爪が届く前にキリカは黒騎士の前に立ち往生してしまう。

 だがそこからキリカは何の行動も起こさなかった。

 歯がゆそうな顔を浮かべながら、黒騎士を睨むばかりだけであり、それ以上の行動をキリカは起こそうとしない。

 何事かと思い、茉莉は注意深く2人を観察していると、黒騎士が大剣を掴んでいるのは右手だけであり、左手はキリカの腰に回されていて、手の先には短剣が握られていた。

 

「貴様……どこまで知っているんだ⁉」

 

 腰の後ろにキリカのソウルジェムは備わっていて、そこに向かって短剣は突きつけられていた。

 魔法少女の事をどこまで知っているのか、キリカは問いただそうとするが、黒騎士の顔色は全く読めない。

 甲冑で全身を覆われているため、彼が何を考えているのか読み取る事すら出来ず、これ以上の戦闘は無意味だと判断したキリカは爪を袖の中にしまい、両腕を上げて降伏のポーズを取る。

 

「降参だ」

「ありがとう。分かってくれて」

 

 それだけ言うと黒騎士は短剣をしまい、2人に背を向けてその場を後にしようとするが、彼の背中に向かってキリカは力の限り叫ぶ。

 

「いつか必ずその正体に辿り着くからな! 宣戦布告って奴だ!」

 

 少女の宣戦布告も無視して、黒騎士は飛び上ってその場を後にした。

 その叫びはキリカがプライドを守るための行動。

 だがそれでも完全敗北した悔しさを拭う事は出来ず、キリカはその場で膝を突いてさめざめと泣き出す。

 

「クソ!」

 

 プライドの高いキリカが人目を憚らず泣くのを見て、茉莉は思った本当に悔しかったのだろうと。

 だが今の茉莉に彼女を気遣う余裕は無い。1つの疑問があったから。

 

(何でソウルジェムに短剣を突きつけられただけで降参したんだろう?)

 

 まだ茉莉は魔法少女システムの事を全て教えてもらっていない。

 故にキリカが降参した理由が分からず、困惑するばかりだった。

 だがそれでも茉莉は1つだけ分かった事がある。

 

(あの黒騎士さん。キリカさんを気遣って手加減してくれたんだ)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 自分の恥ずかしい思い出を語ると、キリカは遠い目を浮かべながら、その後の大変な出来事を語り出す。

 茉莉にソウルジェムの事を問いただされ、魔法少女システムの事を4人に話さなくてはいけなくなった事を。

 その時の事を思い出し、キリカは茉莉をジト目で睨みながら語る。

 

「半人前どもには重い事実だったらしくて、分かってもらうのに大変だったよ。ジェフリーが居なかったら、即魔女ルートまっしぐらだったろうな……」

 

 キリカの責める視線に対して、茉莉は何も言い返す事が出来ずに身を縮こませるばかり。

 その様子から4人がかなりキリカ達に迷惑をかけていた事がほむらには容易に想像が出来、彼女に同情してしまう。

 

「でもそんなに心が弱い面々なら、何で私達に相談してくれなかったの?」

「私は私でチビどもの教育に忙しかったんだよ。それにワルプルシードがあれば、よっぽど馬鹿な事をしなければ魔女化する事はないだろうよ。心を強く持とうとするためのモラトリアムだって必要だ」

 

 与えるだけでは何も変わらない。

 厳しいようだが、それは魔法少女と言う業を背負った少女達の試練。

 正しき心を持たなければ、強い力を持った幼い少女は暴徒と化してしまう恐れがある。

 だからこそ静観を決め込んだのだろうと判断して、ほむらはそれ以上の追及をしようとしなかった。

 話がまとまりそうになった瞬間、ジェフリーはキリカから更に深い情報を引き出そうとする。

 

「黒騎士とはその後会ってないのか?」

「私はな。茉莉は?」

 

 話を振られると茉莉は困った顔を浮かべるが、すぐに自分の心情を吐露する。

 

「マツリは……もう一回黒騎士さんに会いたいです。全てが分かる今だから、もう一度ちゃんとお話がしたいです!」

「待った」

 

 興奮する茉莉を宥めるようにジェフリーが手を突き出す。

 右腕の千里眼の刻印が光っているのを見ると、近くに魔女が出現したと踏んで、ジェフリーは刻印が示す方へと向かう。

 

「魔女が現れたみたいだな。今の私達なら救済出来るから行くぞ茉莉!」

 

 キリカに促されて、茉莉とほむらも彼女と並んで、3人はジェフリーの後を追う。

 今は自分の成すべき事をすべきために、一同は向かった。

 苦しんでいる魂の元へ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 成見亜里沙は1人、黒いローブで全身を覆った小柄な存在と対峙していた。

 背格好から見て、大人のそれとは思えず、自分と同年代の子供が相手なのだと亜里紗は推測し、怪しさで溢れている存在に対して、警戒心を強めたまま彼女は応対をしようとする。

 

「どいてよ。邪魔」

 

 亜里紗の威嚇にも黒いローブの子供は反応せず、何も言わずに手を振りあげるとそこは今まで居た空間とは異なる世界に変化する。

 その空間は亜里紗が何度も体験した場所。魔女の結界。

 だが本能的に亜里紗は察した。ここは今まで戦ってきた魔女の結界ではない事を。

 

「アンタ。アタシをどうしようってのよ⁉ アンタ何者なのよ?」

 

 先程よりも怒気を強めた声で威嚇する亜里紗。

 ここで初めてローブで隠れた口元から歪んだ笑みを浮かべると、それは自己紹介を始める。

 

「ならば自己紹介をしよう。聖杯の話は異界の魔法使いから聞いているわね?」

 

 質問に対して亜里紗は小さく首を縦に振る。声の質から少女だと仮説を立てて。

 相手がある程度の知識を持っていると分かると、ローブの子供は改めて自己紹介を行う。

 

「私は聖杯から傲慢の力を受け継いだ者。ようやく力のコントロールが出来るようになって、試しに魔物を一体作ったの。だからさ死んでくれる?」

 

 傲慢の力を受け継いだ者は指をパチンと鳴らすと、地中から魔物が姿を現す。

 それは土くれのような肌を持った巨人であり、鼻をつんざくような醜悪な臭いを辺りにまき散らし、亜里紗は反射的に鼻を手で覆う。

 それと同時に感情が昂ぶり、思わず魔法少女の姿になってしまうが、亜里紗は慌てて反論をする。

 

「待ってよ! 私はもう戦わないって決めたんだから!」

「そうなの? でもあなたは魔法使いなんだからさ、まぁ運がなかったと思って諦めるのね。もし『トロル』に勝てたのなら、私は何も言わずにこの場から引くわ、勿論私は一切手出ししない。私ミタマのコントロールはまだ出来ないから」

 

 傲慢の少女は宙に浮かび上がると、トロルに命令を下す。

 魔物は主人の命を受けると、咆哮を上げながら、のそりのそりと牛歩の歩みで亜里紗との距離を詰めていく。

 やるしかないと判断し、亜里紗は自分の武器である大鎌を召喚すると、戦闘態勢を取り、まっすぐトロルに向かって突っ込む。

 狙いは太い首であり、一気に勝負を付けようと亜里紗はそこに向かって鎌を振り下ろす。

 勢いが付いた刃はトロルの首に深い傷を与え、皮一枚で繋がっている状態でブランと垂れ下がっていた。

 地面に着地すると亜里紗は勝ち誇った笑みを浮かべながら、上空の少女に告げる。

 

「私の勝ちよ! お願いだから、これ以上私には関わらないで!」

「まだ早いわ」

 

 そう言うと同時にトロルの体が白く発光していく。

 切れかかった首は繋がっていき、自己修復が終わると、魔物は体を捻って亜里紗と向き合って、再び勝負を挑もうとする。

 

「何度でも切り裂いてやるわよ!」

 

 再び亜里紗は飛び上って鎌を振り上げるが、攻撃に対してトロルは手を突き出し、指を炎をまとった弾丸として射出して対応する。

 上空で無防備になった状態に飛び道具への対応が出来ず、亜里紗は引きつった顔を浮かべて炎の弾丸を受け止める事しか出来ず、彼女の中で広がっていくリアルな死のイメージが。

 

「亜里紗!」

 

 叫びと共に被弾は防がれる。

 弾丸を迎撃したのは2本の剣と無数の弾丸。武器の持ち主を知っている亜里沙は放たれた方向を見る。

 

「亜里紗、大丈夫?」

「話し合いはこの戦いが終わってからにしましょう」

 

 千里は地上に降りた亜里紗を保護して、遥香は自分の武器である新たな双剣を召喚すると、目の前のトロルと向き合う。

 千里も2丁拳銃を取り出すと、魔物に向かって突き出すと、2人は戦うべき相手に向かって突っ込んでいく。

 

「アテンション!」

 

 大型で愚鈍な動きのトロルを見て、スピードを捨てたパワー型だと判断した遥香は魅了の魔法を魔物にかける。

 効果はテキメンであり、魔物は虚空に向かって弾丸を放ち、手を振り下ろすだけであり完全に遥香達が目に入ってなかった。

 そこに千里が突っ込んでいき、2丁拳銃から弾丸を放つ。

 弾丸がトロルに着弾すると、ここで初めて魔物は苦しそうな呻き声を上げる。

 この様子を見て、魔物の弱点は炎の攻撃ではないかと思い、千里はテレパシーで遥香と連絡を取る。

 

(私が一気に勝負を決めるわ。援護をお願い)

 

 千里の案に乗っかり、遥香は引き続き魅了の魔法をトロルに施し、その間に千里はありったけの弾丸を魔物に向かって放つ。

 予想通り弱点は炎の攻撃であり、魔物の体は真っ赤に燃え上がって膨らんでいき、今にも爆発しそうな様子であった。

 頃合いだと判断して千里が離れると同時にトロルはその体を保つ事が出来ずに、その場で大爆発を起こして、跡形もなく消えてなくなる。

 残骸だけが降り注ぐのを見て、千里は勝ち誇った顔を浮かべて上空の少女に勝利宣言を告げようとする。

 

「私達の勝ちよ!」

「まだ終わってないわ」

 

 静かに少女が言うと同時に残骸が集まって、一つの魔物が出来上がる。

 復活したトロルは戦闘準備が整っていない一同に向かって拳を振り下ろす。

 拳に潰されるのが容易に想像出来た3人は死の恐怖から解放されるために、その場で立ち尽くし呆然とするしかなかった。

 その時だった。黒い影が3人の前に立ちふさがると、背中に背負った大剣を引き抜き、地面に突き刺してつっかえ棒代わりにすると、3人と自身の体が手で潰されるのを防いだ。

 

「さぁ早く逃げるんだ」

 

 紳士的に黒い影は3人に逃げるように告げる。

 何が何だか分からない3人はその存在をじっくりと眺めて観察する。

 漆黒の甲冑に身を包んだ青年と思われる存在は魔物の攻撃を受け止めていた。

 彼が何者なのかは分からないが、味方だと判断した3人は言われるがまま、その場から脱すると青年は大剣を地面から引き抜くと同時に、上へと振り抜いてトロルの手を切断すると、前へと獲物を突き出して魔物の体を押し倒した。

 青年の突き出しに対して、トロルは尻もちをついて倒れてジタバタと見苦しく手を動かす。

 突然の乱入者にその場に居た全員が愕然となっていたが、傲慢の少女は青年に対してコンタクトを取ろうとする。

 

「アンタ、何者なのよ⁉」

 

 それはその場に居た全員が知りたかった事。

 青年は少女の叫びも気にする事なく、トロルが起き上がると同時に一言だけ言う。

 

「黒騎士とでも呼ぶんだな」

 

 そう言うと同時に黒騎士の大剣は炎に包まれ、炎の魔力が大剣に宿ったのを見ると黒騎士はまっすぐ魔物に向かって突っ込む。

 トロルは再生した右手を再び黒騎士に向けて叩きつけようとするが、それよりも早く彼は大剣を振り上げて自分を潰そうとする障害物を排除した。

 ただ切り捨てるだけではなく、炎をまとった刃は右手その物を灰塵と化し、そこから消滅させる。

 その様子を見て、亜里紗は驚愕の表情を浮かべていた。

 

「信じられない。あんなデカブツを振り回しているのに、軌道が全く見えなかった。2人は見えたのか?」

 

 亜里紗の問いかけに対して、2人は黙って首を横に振った。

 大剣を使っているにも関わらず、素早い動きが出来る事から黒騎士の実力は自分達よりも群を抜いていると判断し、亜里紗は何も言わずに彼の戦いを見守る事にした。

 一方のトロルは何が起こったか分からず困惑するばかりであり、その隙を見逃さずに黒騎士は大剣を突き立てて、魔物に向かって突き刺す。

 トロルは悲痛な叫びを上げるが、構わずに黒騎士はそこから炎の魔力を流し込んで一気に勝負を付けようとする。

 

「待って!」

「そんな至近距離でやったら爆発に巻き込まれますよ!」

 

 千里と遥香は自分達は回避出来た爆発攻撃に彼が巻き込まれないかと不安に思い警告を出す。

 だが黒騎士は少女達の警告を無視して、その場に留まって魔力を流し込み続けた。

 

「バカが! 爆発に巻き込まれてしまえ!」

 

 傲慢の少女の叫びと共にトロルは黒騎士と共に大爆発する。

 当然、3人は無残な姿になっている黒騎士を想像して、目を伏せたが炎の海の中に立っている1つの人影を見ると驚愕した。

 

「よく見ておくんだ。トロルは自己再生機能を持っているから、早く倒したい場合は再生中に攻撃を加えるんだ」

 

 そう言うと炎で包まれた状態ながらも、黒騎士は大剣を振り回して落ちてくるトロルの肉片を切り刻んでいく。

 攻撃に対してなすすべなく切り刻まれると、トロルの姿は完全に消えてなくなり、最後に振ってきたのは魔物の元となったコアだけだった。

 それを右手で受け止めると黒騎士はそのまま聖なる気をコアに流し込む。

 見る見る内にコアは元の人間へと戻って行き、ごく普通の青年が裸の状態で横たわっているだけとなった。

 

「きゃああああああああああああああ!」

 

 裸の青年を見ると3人は悲鳴を上げて目を覆う。

 黒騎士は特に焦る素振りも見せずに熱を失った炎の布を被せると、上空の傲慢の少女に向けて一言告げる。

 

「約束は守った。今日は引いてもらおうか」

「ハイハイ、分かったわよ」

 

 うんざりした様子で傲慢の少女は異空間に通じる穴を広げると中へ飛び込む。

 取りあえず脅威が去った事に3人は安堵の表情を浮かべるが、甲冑の下から鮮血が滴り落ちている黒騎士を見ると千里と遥香は彼にすり寄る。

 

「大丈夫ですか⁉」

「早く治療を……」

 

 遥香は治療魔法を施そうとするが、黒騎士はその手をはねのけ、1人その場から立ち去ろうとする。

 

「問題ない」

「そんな訳ないじゃないですか! 血が出ているんですよ、早く治療を……」

「別にいいでしょ。本人がいいって言ってるんだから」

 

 何とか治療を受けさせようとしている遥香に対して、亜里紗はブスっとした顔を浮かべながら黒騎士に対しての不満を爆発させる。

 

「爆発するって事は教えたのに、その場から離れなかったのはそいつのミスじゃん! その怪我だって自業自得でしょ!」

「そんな言い方! 黒騎士さんは私達を助けてくれたんだよ!」

「自分の身も大切に出来ないような奴に感謝する必要なんてない!」

 

 亜里紗の言い分が気に入らず、千里は声を上げて抗議するが、彼女も引く気はなく声を荒げる。

 

「それに私達一言でも助けてくれなんて頼んだ⁉ そいつの怪我はただのお節介から来るもんじゃいのよ!」

「アンタね! いい加減に……」

「いや俺は亜里紗の意見に賛成だ」

 

 千里が我慢の限界を迎えようとした時、別人の声が響く。

 3人を引き連れたジェフリーは、3人をその場に残すと黒騎士の前に立って向き合う。

 

「久しぶりだな」

 

 口調から黒騎士がジェフリーの知り合いだと言う事を一同は理解したが、黒騎士の方は突然話かけられて困惑するばかりだった。

 

「誰だお前は? 私はお前など知らぬぞ」

「だろうな。この姿で会うのは初めてだ。だが俺は姿形が変わってもお前の事を認識出来る。魂はあの時のままだからな」

 

 2人の間で意見が食い違い、見守っている少女達は何が何だか分からない状態だったが、その微妙な空気の中でも2人のやり取りは続く。

 

「本来なら再会の喜びにと色々と語り合いたい事がある。だがまずは落とし前を付けるのが先だ!」

 

 叫びと共にジェフリーの拳が黒騎士の顔面にめり込む。

 兜の上から殴られたにも関わらず、彼の体は後方へと吹っ飛んで地面に寝転ぶ形となる。

 

「何をする?」

 

 ここで今まで冷静沈着だった黒騎士に怒りの色が現れる。

 彼が起き上がるまで待つと、ジェフリーは自分の意見をぶつけた。

 

「亜里紗の言う通りだ。何ださっきの戦い方は⁉ 確かにトロルの倒し方はあれで正しいが、お前の戦い方は自分の身を守る事が全く頭にない。まるで命を捨てるような戦い方だ! 俺も禁術に頼る事はあるが、それでも自分の身を第一に考えて使用している!」

 

 ジェフリーの言い分にほむらは思い出の数々が蘇っていく

 確かに禁術で自分の体を犠牲にした事は何度かあったが、全てはリブロムの涙という回復アイテムがあるのを見越しての事。

 自分から傷つくような戦いを絶対にしないジェフリーからすれば、黒騎士の戦いに怒りを感じるのは当然だろうとほむらが思っていると、遥香に話しかけられる。

 

「あの……見てたんですか?」

「黒騎士が乱入してからね。ジェフリーの命令で彼の戦いを見守る事にしたのよ」

 

 遥香の疑問を解決させると、再びほむらは2人のやり取りを見届けようとする。

 ジェフリーは相変わらずの怒気を含んだ声で黒騎士に接していた。

 

「今のお前の真意は分からない。だが今のお前を見過ごすわけにはいかない、あまりにも見苦しすぎる! そこで俺はお前に決闘を申し込む!」

 

 決闘の発言にその場に居た全員がどよめく。

 困惑するばかりの少女達と違い、黒騎士は兜の上からでも表情が分かる程にオーラを発していた。

 呆れて物も言えない。それが少女達にも伝わり、そのオーラを発したまま黒騎士はジェフリーと接する。

 

「何を言っているのか意味が分からない。私はお前など知らないと言っただろう、そんな下らない物に付き合う義理などない」

「寂しい事を言うじゃないか。グウィネビアと一緒に国境の護衛までした仲間に対して、お前呼ばわりはあんまりじゃないのか?」

 

 少女達には何を言っているのか分からなかったが、グウィネビアの名前を聞いた瞬間、黒騎士の顔に初めて動揺の色が出る。

 感情を表に出した状態で、黒騎士はジェフリーの肩を掴んで揺さぶる。

 

「何故お前がその事を知っている⁉ 答えろ! お前は何者だ⁉」

 

 肩に掴まれた手を離すと、ジェフリーは黒騎士と面と向き合って話す。

 

「俺との決闘を受け、全てが終わったら話してやるよ。お互い無事に生き残ればの話だがな」

「場所と日時は?」

 

 黒騎士が決闘を承諾したのを見ると、ジェフリーは癒しの花を発動させて、彼の傷を治した。

 全快の状態になったのを見届けると、彼は元トロルを抱えて、その場から立ち去ろうとし、去り際に一言だけ言う。

 

「今晩12時、場所はこの街の河川敷だ」

 

 そう言うとジェフリーは少女達を連れて、その場を後にする。

 空気を読んで全員が何も言えないでいたが、彼に付いてきたほむら達だけは違っていた。

 

「見届け人として、あなた達の決闘見させてもらうわ」

「私もだ。黒騎士の存在が何なのかちゃんと知りたい!」

「マツリもです!」

 

 ほむらだけでなく、キリカも茉莉も決闘の見届け人になると言い、言っても聞かないと判断したジェフリーはため息交じりに諦めるように言う。

 

「好きにしろ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 そして約束の12時の5分前。

 ジェフリー達は河川敷で黒騎士を待っていた。

 全員が何も言葉を発さず、場は緊張感で包まれていたが、それは戦うべき相手がジェフリーの前に立つと、より一層強まった。

 

「待たせるなよ」

 

 一言ジェフリーは軽い調子で言うが、黒騎士は何も言わずに仁王立ちするだけ。

 一触即発の状態であったが、ジェフリーはほむらの方を見ると現在の時刻を確認しようとする。

 

「今何時だ?」

「12時、3分前よ」

 

 まだ決闘までには時間がある事が分かると、ジェフリーは円を描くようにゆっくりと黒騎士との距離を詰めると、彼に問いかける。

 

「さっきも話したが、お前が何を考えて、今のような戦い方。及び魔女への救済行為をしているのかは分からない。別に救済行為が悪いとは言っていない、だがそれは自分への見返りがあってこそだ。サンクチュアリもただ救済をしているわけではない」

 

 それは魔法使いが生贄行為と言う人から忌み嫌われる生き方しか出来ないのかと苦悩する人に取っての選択肢。

 悪い言い方をすれば逃げ道とも取れる。だがそれでも魔法使いの生き方が嫌になった魔法使いに取って、サンクチュアリは最後に残された希望の場と言ってもいい。

 サンクチュアリの話を聞いても、黒騎士の顔色に変化は見られなかった。

 

「罪深い私には関係のない事だ」

 

 それは嘗ての仲間の口癖、この言葉が黒騎士から聞けた事に対し、ジェフリーは邪悪な笑みを口元に浮かべながら話を続ける。

 

「ようやく俺が『俺』である事を認めてくれたようだな」

「だが私が知っている彼はお前のような姿形ではないぞ。どう言う事だ?」

「それはお互い様だろう。もういいだろ」

 

 話している途中で雲に隠れていた月が姿を現す。

 腕時計の針をほむらが見ると、12時を指しており、彼女は片手を上げて時間が来た事を2人に知らせた。

 黒騎士は大剣を突き出して構えを取り、ジェフリーは改魔のフォークを召喚して構えた。

 

「来い。今のお前は見るに堪えない、嘗ての仲間として、お前にしてやれる事は力の限り殴り飛ばして、目を覚まさせる事だ、行くぞ!」

 

 そう言って2人は同時に突っ込んで剣先を交差させた。

 火花が散ると同時に2人はバックステップでお互いに距離を取って、再び突っ込もうとする。そしてジェフリーは叫んだ嘗ての仲間の名を。

 

「いい加減過去の罪を言い訳にするのは止めろ! ランスロット!」




と言う訳で黒騎士の正体はランスロットになります。本編でも彼はあまりに救われなさすぎるので、こう言う形でこの作品に出してみました。

彼がどう言った経緯で黒騎士になったのかは次回投稿したいと思います。よろしくお願いします。

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