魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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土地が違えば、水が違えば、生まれる欲望もまた違う。


第二十一話 強欲 ガルーダ

 聞きたくもない罵詈雑言のやり取りが小さな部屋から響く。

 ここはヘリコプターのチャーターを行う会社。

 現在、ここの社長室ではある一人のパイロットと社長が激しい言い争いをしていた。

 

「社長! もう期限は過ぎたはずです。俺をヘリのパイロットに戻してください!」

 

 男は嘗てヘリコプターの操縦士だった。

 だが整備不順から過去ヘリコプターを胴体着陸させてしまった経験がある。

 幸いにも死人こそ出なかったが、体裁のため男は3年間運転資格を剥奪され、現在まで慣れない事務作業をこなしてきた。

 謹慎期間である3年はとっくに経過しているのに、未だにパイロットに戻す目処が立っておらず、男はそのいら立ちを社長にぶつけていた。

 男の剣幕に圧倒されながらも、社長は弱弱しく返す。

 

「君も分かっているだろ。一度事故を起こしたパイロットが失った信頼を取り戻すのは大変だと言う事を……」

「確かに整備不順に気づけなかったのは俺の責任です! でも約束は約束じゃないですか!」

「あの時とは状況が違う。あれから会社も軌道に乗って、パイロットの人数も確保出来たんだ。調子がいい今この時にまた問題を起こさせる訳には……」

「もういい!」

 

 社長の見苦しい言い訳をこれ以上聞きたくないのか、男は乱暴にドアを開けて出ていくとその場から走り去る。

 走った先に行き着いた場所はヘリポート。

 雲一つない青空とは裏腹に男の心は曇天の空模様であり、その目からは自然と涙が零れた。

 立つのも苦痛に感じたのか、男は大の字になって寝転んで空を見上げると、自分の想いを吐露していく。

 

「空は……空はこんなに自由なのに、何で俺はこんなにも不自由なんだ……」

 

 男には子供の頃から夢があった。

 空を自由に飛び回りたい。だから男が選んだ道はヘリパイロット。

 しかし現実はたった一度のミスで、大空を飛ぶ翼をもがれる始末。

 地面を這いつくばる自分が嫌で、男は大の字になったまま大きな声で泣く。

 

「ちくしょう……チクショウ……」

「その夢叶えてあげようか?」

 

 その時この場には相応しくない少女の声が響く。

 何事かと思い、男が体を起こした先に居たのは灰色のコートを羽織り、同色の長い髪を後ろで一つにまとめた少女。

 異様な姿を見て男は警戒心を強めて、少女を威圧する。

 

「何だお前は⁉」

 

 男の怒鳴り声にも屈さず、少女は手を彼に向けてかざす。

 その手の中にあったのは一つの盃。

 神々しく発光するそれを見ると、先程までの男の猛りは消え失せ、盃に視線が向けられる。

 

「話は大体理解したわ。飛びたいんでしょ空を自由に?」

 

 少女の問いかけに対して男は黙って頷く。

 そして男は自分の欲望にとことん正直になり、力の限り叫ぶ。

 

「飛びたい! 俺は社会のしがらみから抜け出して自由に飛び回る力が欲しい! 大空を飛ぶ羽が欲しい!」

「その願いのために代償を支払う勇気はある?」

 

 少女の問いかけは最早男には不要な物だった。

 男は感情に身を任せ涙ながらに叫ぶ。

 

「何でもいい! 俺に空を飛ぶ力を!」

「その選択承りました」

 

 すると手の中にあった盃の光が男の体を覆った。

 瞬間、男の体に変化が起こる。両手が消滅し、代わりに現れたのは体よりも大きな二つの巨大な翼。

 足には大きな鉤爪が生え、顔には嘴が生え、その姿はまるで巨大な鳥のようだった。

 男は人間としての体を完全に捨て去る事で、大空を自由にはばたく力を手に入れた。

 本能に任せて左右の翼を振るうと、異形の体は空高く舞い上がり、風に乗って飛んでいく魔物は歓喜の雄たけびをあげた。

 それだけでも十分脅威となっている雄たけびに対して、少女は耳を塞ぎながら手で魔物を呼び寄せる。

 すると魔物は本能的に少女の前に跪き、彼女に忠誠を誓った。

 

「いい子ね……」

 

 少女は新しく生まれた魔物の頭を撫でると、魔物は気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 

「新しく生まれたみたいだね」

 

 上空に異空間へと繋がる穴が広がる。

 穴の向こう側にはキュゥべえが居て、新しく生まれた魔物を見ると興味深そうな顔を浮かべた。

 

「その魔物は聖杯の記憶にはないね。君の力で新しく生み出された存在みたいだ、大した物だよ」

「そう……」

 

 キュゥべえの賛辞の言葉に対しても、少女は素っ気なく返す。

 だがキュゥべえは特に気にする事なく言葉を続けた。

 

「全ての存在には名前が必要だ。だからその魔物は君が命名するんだ」

 

 キュゥべえはそれだけを伝えると穴を閉じて一方的に通信を切る。

 少女は魔物の姿を見て、少し考えると魔物に新たな名を与えた。

 

「あなたは今日から『ガルーダ』よ! 行くわよ、私と共に魔法少女達に死の救済を与えるために!」

 

 ガルーダは主を背に乗せて飛び立つ。

 そして大空に向かって歓喜の雄たけびを上げた。

 自由に自らの翼で飛べる自分に酔いしれるように。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 この日も学校が終わり、美国邸に集まった一同は来るべき時のためトレーニングに励んでいた。

 ジェフリーが用意してくれた結界のおかげで、美しい薔薇園の中でも模擬戦を行う事が出来、現在結界の中ではマミとさやかが戦っている状態。

 ほむらは別の結界で戦うゆまとなぎさの戦いぶりを見て、彼女達の指導方針を考えていて、織莉子とキリカはジェフリーと共にパトロールに勤しんでいた。

 

「あ・い・う・え・お……わ・を・ん」

 

 まどかはカムランに言葉を教えていて、杏子はそれに付き合っていた。

 まどかに教えられた言葉を理解しようと、カムランは彼女の言葉を復唱する。

 

「あ・い・う・え・お……わ・を・ん!」

 

 五十音を止まることなく、スムーズに言えたカムラン。

 ついこの間までまともに喋る事も出来なかった存在が、ちゃんとした言葉を話す。

 まどかはカムランの成長ぶりが嬉しく、その体を撫でながら賛辞の言葉を送る。

 

「すごいよカムラン! ちゃんと全部つまらずに話せたじゃない!」

「そこまでにしておけ。まだ今日の分のカリキュラムは終わってないだろ?」

 

 はしゃぐまどかを杏子は制する。

 冷静さを取り戻すと、まどかは数枚のカードを手の中でシャッフルすると、車の絵が描かれたカードをカムランに見せる。

 

「じゃあ次ね。カムランこれは?」

 

 絵を見てカムランは少し考える素振りを見せて回答する。

 

「くるま」

「そうだね。じゃあこれは?」

 

 まどかは喜びの感情を抑えながら、再びカードをシャッフルしてカムランに見せる。

 雀の絵が描かれたカードを見ると、カムランは先程よりも長めに考えて答えを出す。

 

「とり」

「うん。そうだね間違ってないよ」

「ちょっと待て」

 

 回答を正解にして次へ行こうとするまどかを杏子は制する。

 何故止められたのか分からないまどかは困惑の表情を浮かべるが、杏子は自分の意見を話し出す。

 

「そこは鳥でスズメって種類を教えてやるべきだろ」

 

 もっと細かく教養を深めるべきではないかと杏子は意見するが、まどかは彼女の意見に真っ向から反論する。

 

「ダメ! まだカムランはこの間言葉を覚えたばかりだよ! いきなりあれこれ教えたらパンクしちゃうよ!」

「それは違う!」

 

 だが杏子も負けずに、まどかと向き合って自分の意見をぶつける。

 

「三日でここまで言葉を覚えられたんだろカムランは⁉ だったら子供の可能性を引き出すのも親の役目って物だろ!」

「それは過信しすぎだよ! まだカムランは私が言った言葉を真似ているだけで、意味までは理解してないの。数字だって、まだ三つしか数えられないんだから!」

 

 杏子はカムランの可能性を信じていたが、カムランと長く接しているまどかはその限界も分かっていた。

 まだ鳥の種類まで教えるのは時期尚早だと判断して、杏子を睨む。

 ならばと杏子は試しに指を一本突き立てて、カムランに見せる。

 

「これは?」

「ひとつ!」

 

 杏子の問いかけに対してカムランは元気よく答える。

 続けて杏子は指を一本増やしてピースサインを作る。

 

「これは?」

「ふたつ!」

 

 更にそこから一本増やしても、カムランは「みっつ!」と答え、可能性を信じたい杏子は右手を突き出してカムランに見せる。

 

「これは?」

「たくさん!」

 

 確かにまどかの言う通り、カムランは3っつ以上の数は分からないようだ。

 ならばと杏子は近くにあったスナック菓子の袋を開けて、中身をカムランに見せつける。

 

「じゃあこれはいくつだ⁉」

 

 袋の中の大量のスナック菓子を見ると、カムランの顔には脂汗がにじみ出て、そして口を大きく開けると恐怖に引きつった表情を浮かべながら叫ぶ。

 

「あああああああああああああああああああああ!」

 

 庭中に響き渡る叫びと共にカムランはひきつけを発症してしまう。

 あまりに異常な事態にその場に居た全員がテーブルへと集まって、一同の様子を見る。

 まどかはカムランを必死にあやしていて、杏子はどうすればいいか分からずバツの悪そうな顔を浮かべるばかりであった。

 

「もう! 杏子ちゃん調子に乗りすぎ!」

 

 カムランの体を撫でながら、まどかは杏子を責める。

 彼女の責め立てる言葉に対して、杏子は平謝りする事しか出来なかった。

 

(強くなったわね……)

 

 杏子を責めるまどかを見て、ほむらは彼女の成長を心の中で喜んだ。

 だが穏やかな時間は長くは続かない。

 ひきつけを起こしていたカムランだったが、突如として痙攣は収まり、口を大きく開けて皆に自分の意思を伝える。

 

「まものでた! ばしょここ!」

 

 覚えたばかりの言葉でカムランは魔物が出現した場所を知らせようと体を開いて、ページに見滝原の地図を浮かばせる。

 

「救済の時間だ!」

 

 そこにパトロールをしていたジェフリー達も合流して、一同は地図に浮かび上がった場所を確認すると誰をそこへ向かわせるかを相談しようとする。

 

「美国さんの未来予知で……」

「却下だ。美樹!」

 

 情報を得ようと織莉子の未来予知で事を先に知ろうとさやかは提案したが、キリカはそれを許さない。

 これからのためにもキリカは何故、その案を却下した理由を語る。

 

「織莉子の魔法は切り札だ。時間制限ありきの物を無闇に使うわけにはいかない。それに策線を立てすぎるのは危険だ。臨機応変に対応出来るぐらいじゃないと、魔物の動きに付いていく事は出来ない」

 

 最もな意見にさやかは萎縮して何も言わなくなる。

 ほむらも苦い記憶を思い出して、苦痛に顔を歪めた。

 

「だからジェフリー。君の意見を聞きたい」

「遠距離砲撃型のマミと近距離攻撃型のさやかで行く。残りは何かあった時のために待機だ」

 

 ジェフリーはどのスタイルでも戦う事が出来るので、無難に遠距離と近距離を埋める事で未知の相手に挑む

 全員がそれに納得し、ジェフリーは二人を連れて魔物が現れた地区へと向かおうとする。

 

「待てよ! 近距離なら、アタシは中近距離が可能だ。ならアタシを連れた方がいいだろ!」

 

 杏子は付いていこうとするが、ジェフリーは首を横に振ってやんわりと動向を拒否すると、未だに震えているカムランを指さす。

 

「お前はちゃんとカムランに謝れ」

「何でその事を⁉」

 

 その場に居ないジェフリーが何故彼女がカムランにちょっかいを出した事が分かったのか信じられず、杏子は驚愕の表情を浮かべていたが、ジェフリーは未だにふくれっ面を浮かべるまどかを指さす。

 

「まどかがこんな顔を浮かべていれば、大体の予想は付く」

 

 それだけ言うとジェフリーはマミとさやかを引き連れ、その場を後にした。

 残された杏子はバツの悪そうな顔を浮かべていたが、まどかを始めとする自分を責める視線と空気に耐え切れず、カムランに向かって頭を下げる。

 

「その悪かったよ……ちょっと調子に乗りすぎた」

 

 『謝る』と言う行為の意味がカムランは分からず、困惑の表情を浮かべていたが、まどかが杏子の行動を説明しだす。

 

「こう言う時は怒ってないで、その人の事を許してあげるんだよ」

 

 言葉の意味はまだ分からないが、まどかが何を伝えようとしているのかは分かる。

 カムランは笑みを浮かべて、もう怒ってない事をアピールすると、杏子は一同を見渡して叫ぶ。

 

「ほら! ちゃんと謝ったからな! もう文句は言わせないぞ!」

「杏子すぐこれなんだから……」

「ウルサイ!」

 

 ゆまの突っ込みが入ると、杏子は怒って返す。

 その場が一応和やかな空気に包まれたかに見えたが、織莉子だけはカムランを見て心配そうな顔を浮かべていた。

 

(得た魂の数だけ知識は成長するのかしら?)

 

 だとしたらカムランが背負う業は中々に厳しい物。

 ジェフリーは救済案を用意してくれたが、それは結局織莉子達が背負う業を代わりにカムランが背負っているだけ。

 どうすればいいんだと悩み、頭の中が暗い感情で埋め尽くされる感覚を織莉子は覚える。闇が心を覆いそうになった瞬間、キリカが彼女の肩を叩いて微笑みかける。

 

「心配ないさ。一人でも多く救済すればいいだけの事だよ」

 

 あっけらかんと笑うキリカに対して、織莉子は弱弱しい笑みを浮かべて頷く。

 今はそれだけだが、歩み続けた先にきっと答えはある。そう織莉子は信じていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目的地に到着するとジェフリーは右手を突き出して結界の入り口を広げると、二人と共に中へと入る。

 結界は全体が済んだ青空のようになっていて、地面まで青空になっている空間に方向感覚が狂うのを一同は覚えそうになるが、目当ての魔物は上空をグルグルと旋回していて、三人は視力を強化して魔物の姿を見る。

 

「鳥人間みたいな魔物ですね? ジェフリーさんは分かりますか?」

 

 マミはジェフリーに魔物の詳細を聞こうとするが、彼もまた困惑の表情を浮かべていた。

 過去の体験の中であんな魔物は相手にした事がないからだ。

 どうすればいいかと思考を巡らせていると、頭痛が襲い脳裏に魔物の名前だけが浮かび上がる。

 

「あれはガルーダ! 『強欲』の属性の魔物だ。それ以外は何も分からん!」

 

 正直に自分が知っている情報を全て伝えると、ジェフリーは手の中で炎悪魔の矢尻を形成すると、ガルーダに向かって放つ。

 自動追尾弾の矢はガルーダを捕らえようとするが、魔物は急降下して攻撃をかわすとまっすぐジェフリーに向かって突っ込む。

 

(何てスピード!)

 

 さやかが感想を抱いた頃にはガルーダの嘴はジェフリーの心臓を貫こうとしていた。

 だが当たる直前でジェフリーは氷細工の蓋を発動させて攻撃を受け止めようとするが、それでもガルーダは突進を止めず、そのまま翼を広げて再び上空へと飛び立つ。

 

「こうなったら!」

 

 リボンでの拘束が間に合わないと判断したマミは小型のマスケット銃をいくつも形成して、ジェフリーに当たらないように一斉射撃を放つ。

 威力は低いが狙いは付けやすい小型の弾丸はジェフリーをかわし、ガルーダを貫こうとするが、次の瞬間魔物は翼を地面に向かって振るうと、弾丸は全てかき消される。

 

「風圧で消されたのかしら?」

「違う! あれ!」

 

 さやかが指さすと同時に無数の羽根が地面を襲う。

 ガルーダは自分の羽根を飛ばして弾丸を相殺し、残った羽根は地面のマミ達に向かっていた。

 まるで槍が空から降って来たような感覚を二人は覚えるが、さやかはマミを庇うように抱きながら氷細工の蓋を発動させて、羽根の攻撃を受け止める。

 

「美樹さん!」

 

 だが全てを受け止める事は出来なかった。

 氷塊が崩壊したところに羽根の斬撃を受け、さやかの腹部から暖かな血液がにじみ出て、痛覚排除魔法を使えない所から、彼女は腹部を押さえて苦痛に顔を歪める。

 

「美樹さん! 治療を!」

「それよりも交替が先です。私達じゃガルーダとの相性は最悪ですよ」

 

 マミは回復魔法を発動させようとするが、それよりも先にさやかは勝つための算段を優先し、自分の中で交代すべき要員を彼女に告げる。

 

「スピードが凄まじいから、速度低下の呉さん。あとは時間停止が使えるほむらがアイツを倒すベストな相手だと思うよ。ゴメン、ジェフリーさん、私達離れるから!」

 

 さやかの判断を良しとして、マミは二人にガルーダの詳細をテレパシーで告げると、二人はすぐに了承してこちらに向かう。

 その間マミは負傷したさやかを連れて、その場を脱した。

 

(よし逃げたみたいだな)

 

 二人が無事に逃げたのを見届けると、未だに嘴に氷細工の蓋を突き刺してしがみついているジェフリーは行動を起こす。

 

「この距離なら外さないだろ!」

 

 叫びと共にジェフリーの拳に炎が宿り、ガルーダの顔面に放つ。

 超スピードが通用しない、密着した状態での攻撃なら当たると判断しての事。

 しかし淡い期待は簡単に打ち砕かれる。

 ガルーダは翼を羽ばたかせると、ジェフリーと自分の間に小型の竜巻を作り出し、彼を強引に突き放すと鉤爪で肩を掴んで、勢いを付けて地面に向かって投げ飛ばす。

 地面に激突したジェフリーは背中を擦り剥きながら反撃の策を考えたが、ガルーダは彼に考える時間を与えようとしなかった。

 嘴を突き出しての急降下爆撃を未だに仰向けになって無防備になっているジェフリーに放つ。

 狙いは再びジェフリーの心臓、この状態なら氷細工の蓋は使えないと判断してガルーダは一気に勝負を付けようとした。

 だがその姿を見てジェフリーは邪悪な表情を浮かべる。

 最大の武器である二つの翼はスピードを付けるため、後方に持っている状態なのを見逃さず、ジェフリーは攻撃が当たる直前、指を二本突き立ててガルーダの顔面に放つ。

 

「だああああああああああああああああああああ!」

 

 気合いの入った叫びと共にジェフリーはガルーダの両目を潰そうとする。

 だがジェフリーは知らなかった。鳥の長所は空を飛べる翼だけではない事を。

 目がいい。それも鳥の長所の一つであり、直前になって首だけを捻ってジェフリーの目潰しを回避すると、羽を動かして彼との間に距離を作り、攻撃対象に向かって羽根を放つ。

 両腕と両足を磔にされ、大の字に固定されたジェフリーはまるで昆虫採集の虫のようにされてしまう。

 必死になって体を動かそうとするが、その度に羽根が食い込んで出血をするだけであり空しい努力であった。

 トドメを刺そうとガルーダは身動きの取れないジェフリーに向かって幾多もの羽根を放つ。

 無数の羽根が襲ってくるのを見て、ジェフリーは即座に打開策を実行しようとする。

 

「皮膚を代償に発動……」

 

 禁術サラマンダーを使おうとした瞬間、ジェフリーは自分の身に起こった変化に驚く。

 四肢に刺さっていた羽根は抜かれていて、自分の身が自由になっていたからだ。

 だがその謎は隣に居る少女を見れば、すぐ理解出来た。

 

「大丈夫、ジェフリー?」

 

 ほむらは慣れない回復魔法をジェフリーに施しながら、彼の安否を気遣う。

 作戦通り二人の合流に成功したらしく、ガルーダの相手はキリカが行おうとしていて、彼女は上空の魔物に向かって速度低下の魔法を発動させる。

 

「美樹と巴の判断は正しいな。確かに厄介な相手ではあるが、私ならコイツを相手に遅れを取る事はない」

 

 キリカはガルーダの攻撃をかわすことだけに専念していて、魔物の最大の売りである速度を奪う事だけを行っていた。

 心眼で様子を見ながら、少しずつ速度低下が浸透しているのを見ると、キリカは合流した二人に指示を出す。

 

「3分もあれば速度低下が完全に浸透して、奴はただの案山子になる。だから3分間でいいから時間を稼いでくれ」

 

 指示に対して二人は黙って頷くと、ジェフリーとほむらはまっすぐガルーダに向かって突っ込む。

 狙いが付けやすい攻撃対象を見ると、ガルーダは上空から羽根を放って、下に居る二人に攻撃する。

 羽根の攻撃をかわすと、ジェフリーとほむらは地面に何かを仕込んで、その場を動かないでいた。

 攻撃対象が再び静止したのを見ると、ガルーダはジェフリーに狙いを定め、嘴を突き出して急降下爆撃で突っ込んでいく。

 

「少し調子に乗りすぎたな」

 

 先程よりも明らかにスピードが落ちている急降下爆撃への対策は出来ていた。

 仕込んでおいた球根は布の魔力の影響を受け、巨大なハエトリグサへと変わり、ガルーダの体に絡みつく。

 動けば動くほど体に食い込むハエトリグサを前に、ガルーダは必死に身をよじらせるが、その度に蔦は体に食い込み、更に身動きは取れなかった。

 

「離れて!」

 

 ほむらの叫びにジェフリーは言われるがまま、その場から脱する。

 彼が離れたのを見ると、ほむらは育てたハエトリグサに命令を下す。

 

「対象は絡まっている鳥よ!」

 

 主人の命令を受けるとハエトリグサは口を大きく開いて、そこから弾丸を放つ。

 幾多もの弾丸はガルーダの体に多くの風穴を開けて、自慢の羽をも漫画に出てくるチーズのように穴らだけとなり、各々が作ったハエトリグサが地面へと帰る時、魔物の肉体はボロボロになって崩壊寸前と化していた。

 地面を這いつくばって移動するガルーダを見て、キリカも速度低下の魔法を施すのをやめ、ジッと救済すべき相手を見る。

 

「これなら最早、速度低下を施す必要もないな」

 

 そう言うとキリカは爪を突き立てて一気に勝負をつけようと、ガルーダに向かって突っ込んでいく。

 だがジェフリーは気づいていた。ガルーダの目はまだ勝負を諦めていない事を。

 嘴を大きく開いて、ガルーダはまっすぐ突っ込みキリカに対して攻撃を放とうとする。

 

「キリカ!」

 

 ジェフリーは隼の羽を使って、キリカとの距離を一気に詰めると彼女を抱えて、その場から脱する。

 それと同時にガルーダの口から放たれたのは凄まじい咆哮。

 音の刃は地面をえぐって切り裂き、螺旋状に引き裂かれたそれを見てキリカは青ざめた顔を浮かべた。

 

「そんな……羽の無い鳥なんて、ただの案山子だと思っていたのに」

「羽をもがれても、鳥には鉤爪も嘴もあるわ。それらは空を飛べる事に匹敵する武器よ。それに鳴き声を武器に出来るのは鳥だけよ」

 

 鳥の武器は空を飛べる以外にもある。それを説明するとほむらはキリカの前に立ち、ジェフリーもその隣に並ぶと右腕を突き出す。

 

「呉さんは十分に役目を果たしてくれたわ」

「後は俺達に任せろ」

 

 そう言うと二人は炎竜の卵を立て続けに動けないガルーダに攻撃を食らわせる。

 咆哮の攻撃は強烈な分、何回も続けて放てられないのを二人は知っているため、一気に勝負をつけようとした。

 炎の海に場が包まれるのに時間は必要なく、ガルーダはその体を保つ事が出来ず、ドロドロに溶解していき、場にはコアだけが残った。

 

「救済の時間よ。免許は持っているんだから、パイロットに復権出来るチャンスはまだあるでしょう」

 

 ほむらに促されて二人もコアの元へと向かう。

 戦っている最中、ガルーダが人間だった頃の情報も得ているため、ほむらは彼が何故そうなったのか納得してその場へと急ぐ。

 ジェフリーはヘリの仕組みがよく分からずに困惑した顔を浮かべていて、キリカは彼を苦しめていた存在を許す事が出来ず、歯がゆい表情を浮かべていた。

 三者三様の想いを胸に一同は右腕を突き出して、青白いエネルギーを送った。

 

「させない」

 

 そこに静かな声が響くと、一同は声の方向へと振り返る。

 その間コアは無防備な状態になっていて、声の主は素早くコアへと駆け寄ると、腰に備えた日本刀を抜いて、コアへと振り抜く。

 

「あ!」

 

 ほむらは驚愕の声を上げるが、それよりも先に少女はその場から脱し、日本刀に魔力を込めるとコアは悲痛な叫び声を発しながら、少女の獲物に吸収されていく。

 その瞬間、ほむらは本能的に察した。今少女が行ったのは魔法使いの生贄行為に近い物だと言う事を。

 呆気に取られるばかりであったが、ほむらは改めて少女を相手にコンタクトを取ろうとする。

 

「あなた何者なの?」

「お前もか……」

 

 ほむらがコンタクトを取ろうとする前に、キリカはうんざりした声で少女に接する。

 少女はキリカのげんなりした表情を前にしても、無表情を崩すことなくその場に佇むだけだった。

 

「久しぶりね。呉キリカさん」

「お前の顔にはもううんざりだよ。天乃鈴音……」

 

 少女の名前が鈴音だと分かると、ほむらはキリカの方を見る。

 見たところ自分が関わってない物語の登場人物のようなので、詳しい事は彼女にでも聞けばいいと思い、ほむらは敢えて静観を選んだ。

 

「お前ガルーダに何をした⁉」

 

 威圧するようにキリカは叫ぶ。

 だが鈴音は相変わらずの無表情で彼女に返す。

 

「私の役目は何も変わらない。因果から救う、ただそれだけよ」

「あの時とは状況が変わったんだ! 因果から救う方法はちゃんとある!」

 

 キリカの説得にも応じず、鈴音は日本刀に魔力を込める。

 その瞬間刀身は真っ赤に染まり、そこから無数の髑髏が顔を出す。

 禍々しいその姿にほむらは目を背けようとしたが、自分は自分で情報を引き出そうと、鈴音にコンタクトを取ろうとする。

 

「その日本刀にあなたのミタマは宿っているの?」

「言う必要はないわ」

「だったらせめて名前ぐらい名乗ったらどうなのよ⁉」

 

 感情に任せてほむらが叫ぶと、鈴音は日本刀を持ったまま、一同と向き合って自己紹介をする。

 

「なら教えてあげるわ。私の名前は天乃鈴音、強欲の力を受け継いだ者よ」

「お前にはピッタリの欲望だよ」

 

 キリカの皮肉にも応える事なく。

 鈴音は再び日本刀に魔力を込めると、先程手に入れたばかりのガルーダの力を使って空高く飛んでいく。

 

「今回は顔を見せに来ただけよ。でも次はないわ、次こそあなた達を因果から解放してあげるわ」

 

 宣戦布告を終えると、鈴音は空高く飛び上ってその場を脱した。

 それと同時に結界も崩壊していき、三人はその場から立ち去ろうとする。

 

「あれに関しての情報は後で教えるよ」

「お願いするわ」

 

 キリカとほむらの間で簡素なやり取りが終わると、三人は任務を終えて美国邸へと戻る。

 だが三人の顔に晴れやかな色は無かった。

 未だに暗闇の中でもがく存在を見つけたから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 美国邸へ戻ると、キリカは織莉子に鈴音が聖杯側に付いていた事を話す。

 鈴音の話を聞くと織莉子は苦い顔を浮かべ、これからの事をキリカに伝えようとする。

 

「前々から話していましたが、やはりホオズキ市の皆もこちら側に引きこんで協力要請をしてもらうのが一番かと」

「え――……」

 

 織莉子の提案にキリカは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 彼女に対してのイエスマンであるキリカがこんな態度を取るのは珍しく、ほむらは詳しく話を聞こうとする。

 

「ホオズキ市の魔法少女は何が問題なの?」

「実際に見てもらった方が早いかな。今度の日曜日は空いているか?」

 

 頭の中で予定の確認をすると、ほむらは小さく首を縦に振る。

 キリカは続けてジェフリーの方を見ると、彼もほむらと同じようにしていた。

 

「なら今度の日曜日は私のために予定を開けてもらおう。まどかが織莉子と共にあすなろ市へ向かったんだから、ホオズキ市の方は私と暁美、ジェフリーで行くぞ」

 

 要求に対して、二人は小さく首を縦に振って、その日は解散となった。

 提案はしたが、キリカは胃が痛くなる感覚に陥り、ため息をつく。

 ホオズキ市の物語は頭が痛くなるような出来事ばかりであり、結局首謀者の確保には失敗し、問題を先送りするのが限界だった。

 それに加えて織莉子の未来予知でも間に合わなかったイレギュラーがそこには存在していた。

 嘗ての苦い記憶を思い出し歯ぎしりをすると、キリカはワナワナと拳を震わせながら、復讐を誓う。

 

「あの時の様には行かないぞ! 黒騎士!」

 

 それはホオズキ市で彼女が手も足も出ずに惨敗した相手。

 黒騎士への復讐を胸にキリカはホオズキ市の魔法少女達にコンタクトを取る。

 嘗て、大いに頭を悩まされた未熟な魔法少女の集団に。




と言う訳で今回は初めてオリジナルの魔物を出しました。第一部の時もソルサクの魔物をまどマギ世界の魔女として出し、オリジナル魔女として出しましたが、今回は初めて私一人の手で完全なオリジナルの魔物を登場させました。

いかがでしたでしょうか? 感想、及び評価の方を待っています。

そして次回はホオズキ市の物語になります。新しい魔法少女達を協力者にする予定です。次も頑張りますのでよろしくお願いします。

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