魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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人は求める。より良い未来を勝ち得るためにかけがえのない絆を。


第二十話 これからの未来に付いて

 今日も魔法少女達は美国邸でミーティングを行っていた。

 心が成長して言葉を覚えるようになったカムランにまどかは付きっきりであり、彼女だけはカムランの世話だけに専念させ、その場には居るのだが会議には参加させなかった。

 全員の準備が整ったのを見ると、キリカが代表して今のところ分かっている情報をホワイトボードに書き込む。

 それは聖杯の協力者の事、現在判明している面々の名前を書くと、8人中、5人出ている事が分かり、敵の事も本格的に分かりだし、これからが本当の戦いだと皆が気合いを入れ直す。

 だがこれ以上何を話していいか分からず、会議は煮詰まった状態になりそうだったが、その悪い空気を破ったのはさやかだった。

 

「今のところミタマの正体が判明しているのは3人だけだよね? 残りの2人、小早川と松田のミタマにジェフリーさんは心当たりある?」

 

 2人のミタマに関しての情報はその特色ぐらいであり、そんな状態でミタマの詳細を聞く事はどうなのだろうと一同は思い、杏子が代表してさやかの軽口を咎めようとする。

 

「お前な! あれだけで分かるはずが……」

「見当は付いている」

 

 杏子の怒鳴り声を制したのは、静かなジェフリーの一言。

 ほんの触り程度の会話しか聞いていないはずなのに、見立てが付いている事に一同は驚いて彼の方を見た。

 

「本当なんですか?」

 

 念を押すように言う織莉子。

 他の面々も驚愕の表情を浮かべていて、一々相手をするのが面倒なジェフリーは前に出てマジックをキリカから借りるが、それを不思議そうな顔を見ていた。

 

「妙なペンだな……」

「そこで一々驚愕しない!」

 

 異文化に未だに慣れないジェフリーにほむらが突っ込みを入れる。

 彼女の檄を受けて、ジェフリーはマジックの感触に戸惑いながらも小早川と松田のミタマの正体に付いて書く。

 小早川の隣には『ディンドラン』と書き、松田の隣には『ガラハッド』と書いて、ジェフリーは自分が思う彼女達のミタマの正体を一同に告げた。

 

「ガラハッドは知っているが、ディンドランはアタシには分からないな」

「私はディンドランの物語は知っているけど、ガラハッドは知らないわね」

「私達は両方知らない。だからジェフリーまずは二人の物語から教えてくれ」

 

 片方しか知らない杏子とほむら。両方知らないキリカ達のために、ジェフリーは二人の物語を語り出す。

 生まれながらにして魔の運命と戦ったディンドランの物語と、贖罪のため自ら魔へと堕ちていったガラハッドの物語を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 話を全て聞くと、彼の推測も一同は納得出来た。

 だがミタマの正体が分かっても、まだ問題は山積み。

 有栖のワンダーランドに関しての攻略法はまだ分からない。織莉子は自分の推測が正しいかどうかをジェフリーに言って、彼にも同じように考えてもらおうとする。

 

「恐らくはそれで正解だ。詳細は分からないが、俺達の世界でワンダーランドは魔法使いの教育の場として使われていてな。もしアリスの最深部まで辿りつければ、彼女の救済も可能だろうが、誰も最深部にまで辿り着いた者は居ない。俺も自分の世界に居た時、挑戦したが最深部への到達をする前に命が惜しくて逃げ帰ったよ」

「ゴールはどこまでで、ジェフリーはどこまで行ったの?」

 

 キリカは恐る恐る質問をすると、ジェフリーは淡々と返す。

 

「ワンダーランドは地下へと潜っていき、階層が進む事に彼女の中の魔物の記憶は色濃い物になり強くなっていく。俺は20階が限界だったが、著名な占い師の判断によると30階まで進めば真の彼女へと到達出来る見込みがあるそうだ」

 

 自分達の世界とミタマになったワンダーランドではルールが違うため、攻略法はジェフリーにも分からない。

 現時点で彼が出来る事は自分が知っている情報を皆に教える事ぐらい。だがこれでもキリカの心に希望を抱かせるには十分だった。

 

「なるほど、一回目に戦った時とはまるで別格の実力だったからなアリスは。三回目であれだけの力になっていると言う事は大体60%の力を発揮したとして、あと二回倒せば撃破出来るって事でいいんじゃないのか?」

「キリカ憶測だけで物を話すのは感心しませんよ」

 

 完全に自分の中で事を完結させようとするキリカに織莉子は苦言を呈する。

 そんな彼女に対して、キリカはあっけらかんとした笑みを浮かべながら返す。

 

「分かっている。だが目標がなくちゃ、すぐ潰れちゃうのも事実だろう? 自分ルールって奴さ」

「過信はしないようにね……」

 

 キリカに釘を刺すと織莉子は残っている問題点についてまとめようとする。

 まだ分かっていない聖杯の協力者についてだ。

 織莉子は話題を変えようと、まだ空欄の部分に目をやって話し出す。

 

「まだ分かっていないのは『強欲』『傲慢』『嫉妬』の協力者ね」

「この属性の魔物はどんなのが居るの?」

 

 やれる事をやっておこうと、ほむらはこれらの属性にどんな魔物が当てはまるのかをジェフリーに聞く。

 ジェフリーは少し考えた後に語り出す。

 

「傲慢の魔物で特に苦戦を強いられたのは居ないな。出たらその都度教える。強欲は実力は大した事はないが、数が多くてな。お前らも戦った経験があるスライムは強欲の属性だ」

 

 最もなりやすい魔物『スライム』が強欲の属性だと知ると、一同の顔いろに緊張の色が走る。

 作りやすい魔物が居ると言う事は戦力の確保がしやすいと言う事だ。

 まだこちらの世界の聖杯の詳しい事は分からないが、それでもスライムのような単純な欲望から来る魔物は生まれやすい事ぐらいは分かる。

 一同が適度な緊張感を持ったのを見て、ジェフリーは更に細かい事を話そうとする。

 

「嫉妬の魔物は種類は少ないが厄介なのが多くてな。特に苦戦させられたのは『リヴァイアサン』と言う魔物だ。そいつは大陸一つが丸々魔物になっている超大型でな……」

 

 大陸一つが丸々魔物になっていると言う話を聞くと、ほむらの顔に緊張の色が走る。

 ワルプルギスの夜レベルの魔物が現れるとも限らないからだ。詳しく聞こうとほむらは身を乗り出してジェフリーとの距離を詰める。

 

「何でそんな事になったの?」

「元々はある国の王子だったんだが、そいつには双子の兄が居てだな。全てにおいて兄より劣る弟は常に劣等感に苛まれていた」

 

 そこからジェフリーはリヴァイアサンの物語を話し出す。

 結果として卑屈になった弟に対し、王はどう接していいか分からず愛情の代わりに何でも物を与える事にした。

 与えられた生き物を弟は全て虐殺し続け、その中でも遠方から取り寄せたワニを痛めつけている時が一番優越感に浸れられた。

 日々弟は妄想に駆られていた。このワニを兄の寝室に送ったらどうなるかと。

 

「しかし兄が王に即位した時、弟の嫉妬心は爆発してな。体の小ささを常にコンプレックスに持っていたそいつは聖杯に飼っているワニを代償に捧げて、自分の体を大きくさせた。結果として住んでいる城どころか領地全てを食らってな。そして超大型魔物のリヴァイアサンが生まれたって訳だ」

 

 そして当時それと戦った記憶を思い出し、ジェフリーは苦い顔を浮かべる。

 マーリンと共に聖杯の記憶を求めて挑んだが、百戦錬磨の二人でも大陸一つが丸々魔物になっているリヴァイアサンとの戦いは困難を極め、最後は禁忌に頼らざるを得ないまでとなり、どうにか倒す事が出来た。

 話を聞くと一同はもっと強くならなければと言う想いが強まり、訓練場である中庭へと向かう。

 

「ちょっと供物魔物の調整をするわ。杏子手伝ってくれる?」

 

 ほむらは真っ先に中庭へと向かい、杏子もそれに続く。

 2人を見てさやかとマミも続き、それを見守るためまどかも同じ所へ向かう。

 

「じゃあ私はお茶を淹れてくるわ」

 

 織莉子は皆のため、紅茶を淹れにキッチンへと向かう。

 大広間に取り残されたジェフリーとキリカ。

 特に気にする事なく、ジェフリーは椅子に深く座ると昼寝をしようとするが、キリカは肩を掴んで彼を起こす。

 

「悪いがそうはいかないな。話がある」

 

 真剣な表情を浮かべるキリカに対して、ジェフリーは目を開いて彼女の顔をまっすぐ見ながら話を聞く体勢を取る。

 

「昨日、暁美から私と君は同じ存在と言われてね。その詳細を知りたい話してくれ」

 

 キリカの言っている意味が分からず、ジェフリーは困惑の表情を浮かべた。

 困っている理由が分かると、ジェフリーはそれをキリカに伝える。

 

「まずはお前の話からだ。大方魔法少女に契約した理由で、ほむらはそう言っているのだろう。だからそっちがまず話してくれ」

 

 時間逆行者のほむらならキリカが魔法少女になった事情もすべて理解している。

 それを理解したキリカは簡潔に事を話し出す。

 

「分かった。私がしろまると契約した理由はたった一つだ『織莉子に相応しい自分になりたい』分かりやすく言うならば、性格の改変さ」

「どう言う事だ?」

 

 話に興味を持ったジェフリーにキリカは自分の過去の話を始める。

 元々キリカは常にオドオドしている気が弱く、要領の悪い女の子だった。ある日コンビニでお釣りを落として戸惑っている時に一緒に拾ってくれた織莉子を見て、キリカの中で一つの想いが生まれた。彼女に相応しい自分になりたいと。

 

「笑うかい? こんな下らない理由で魂を悪魔に差し出した私を」

「いや全然」

「ほう?」

 

 即座に返された声色に遠慮や思慮と言った感じは見られない。

 ジェフリーは本音で会話している事をキリカは知ると、詳細を聞き出そうとする。

 

「俺も似たような理由でいがみあっていた人間と唯一無二のパートナーにまでなれたんだ。誰にも想いを笑う理由なんてない」

「なら聞かせてくれないか? その物語を」

 

 キリカに促されると、ジェフリーはニミュエとの物語を話し出す。

 ある魔法使いが孤独を癒すため、聖杯に願って作られた分身の少女はまともじゃない出生からまともな世界全てを憎み、破壊衝動の塊となっていた。

 そんな彼女は更に破壊を求め、アヴァロンの入社試験を受け、パートナーとなったジェフリーにも辛く当たるばかり。

 

「俺もそんな彼女を嫌悪していたが、ある日夜営をしていると、彼女が蹲って泣いていてな。嗚咽を繰り返すそいつを見て俺は反射的に背中を擦ってあげたよ。そこから彼女は変わった。ある日俺がヘマをした時、ニミュエは身を挺して俺を守ってくれた。邪魔をするなら俺から殺すなんて言っていたような奴がな」

「理由は?」

「俺に背中を擦られて気が変わったとよ。キリカはニミュエを笑うか? そんな理由で心変わりをする彼女を」

「いや全然」

 

 キリカは逆に「素敵な話だ」と言って、ジェフリーに称賛を送る。

 話をしてキリカは理解した。ジェフリーと自分は同じように愛に生きている存在だと言う事が。

 心の中を晴れやかな感情が覆うのを感じるが、ジェフリーは話を続けた。

 

「俺に取ってもニミュエはとても大切なパートナーだった。そんな彼女を俺は殺してしまったがな」

「え⁉」

 

 話に続きがあると知ると、キリカは驚愕の表情を浮かべた。

 彼女に構わずジェフリーは話を最後まで続ける。

 アヴァロンの入団の条件として、三か月パートナーと共に魔物討伐の旅を進め、最後はそのパートナーを生贄に宿す。そうして生き残った方だけが、アヴァロンへの入団を認められる。

 事実を聞かされるとキリカは青ざめた顔を浮かべて戸惑うばかりとなった。

 

「軽蔑するか、想い人を殺した俺を?」

 

 ジェフリーに問いかけられるが、キリカは何も言い返す事が出来なかった。

 これまでの話を聞いて、ジェフリーとニミュエが強い信頼関係で結ばれている事は分かっていて、彼女もまた覚悟を持ってパートナーとの殺し合いに挑んだのは理解出来る。

 そこに赤の他人がちっぽけな正義感で茶々を入れるのは絶対に許せない行為。

 キリカは一つ深呼吸して気を落ち着かせると、話を再開する。

 

「それは仕方ない事だよ。君は想い人の覚悟に全力で応えたのだろう? 私だって織莉子と同じ状況になれば……」

 

 ジェフリーを元気付けようとキリカは言葉を口に出そうとするが、瞬間彼は少女の唇に手を置いてそれ以上の発言を許そうとしなかった。

 

「それ以上は言わない方がいい」

 

 言葉には力がある。

 何気なく言った一言でも、何かが変わるきっかけになる。

 それを理解しているジェフリーはキリカの言葉を止めさせた。

 その場に不気味な空気が流れていたが、それを払拭しようとキリカは話し出す。

 

「そう言う事なんだな。暁美が私とジェフリーは同じ存在だと言ったのは、想い人のために行動出来るからって意味で話しくれたんだな」

「違う」

 

 何とかジェフリーを元気付けようとするキリカに対して、魔法使いは一言冷淡に言い放つと、右手を突き出してホログラム状の本を形成する。

 キリカでも見れる状態にまで仕上げると、ジェフリーは彼女に本を突き出して見るように強要する。

 

「これは?」

「ある魔法使いの記憶が記された本、名はリブロムだ。俺は元々ある魔法使いに拘束され、生贄にされるのを待っていた身だが、意思を持ったその本を最後まで読み進め、最後は本を生贄にする事で、その魔法使いと同じ力を得て、どうにか生き延びる事が出来た。代償は支払ったがな。とにかく読むんだ、それで全てが分かる」

 

 言われるがまま、キリカは本を読んでいく。

 そこで書かれている内容はジェフリーが思い出と語った事柄と寸分たがわぬ物。

 ニミュエの事も、仲間達の事も、マーリンの事も全て記されていた。

 そしてリブロムの中の魔法使いが最後は正気を失ったマーリンによって、手も足も吹き飛び本のような形状となったところで物語は終わった。

 

「後書きを見ろ」

 

 最後のページを開いて、キリカは愕然となった。

 

 

 

 

 

最後に記しておきたいことがある。

記憶から消えつつある自分の名前だ。

自身の存在を忘れること。

それは死ぬことよりも恐ろしい。

私の名前はジェフリー・リブロム

自分がこの世に存在したという確かな証を、ここに刻みたい。

 

 

 

 

 

「俺が支払った代償、それは『俺』の物語だ。力を得る代わりに、俺の物語は全てジェフリー・リブロムの物語に変わった。そこをほむらは言いたかったんだろうな、人によって変わったとな」

 

 残酷な真実にキリカは呆然となっていたが、ジェフリーは構わずに本をしまうとその場を後にしようとする。

 ドアを開けて出ていこうとするジェフリーに、キリカは反射的に飛びついて後ろから彼を強く抱きしめた。

 

「どうした?」

 

 返答の代わりにジェフリーに送られたのは乱暴な行為。

 キリカは強引にジェフリーを振り向かせると、無理矢理唇を奪う。

 だが振れるだけで口づけは終わらなかった。

 何度も何度も舌を出し入れして、部屋の中に卑猥な音が響き渡らせると、キリカはジェフリーの唾液を自分の中に浸透させていく。

 されるがままのジェフリーに対して、キリカは遠慮することなく彼の口内全てを舐め取ると、強引にジェフリーを押し倒して強く抱きしめた。

 

「何の真似だ?」

「違う! 君の物語と私の物語は断じて違う! 悲しみを乗り越え、私や織莉子にさえ希望を与えてくれた君と私なんかを一緒にしちゃいけない!」

 

 キリカは気持ちを伝えたいが、方法が分からず乱暴な行為に走る事しか出来なかった。

 そして拙いながらも、キリカは自分の想いをまっすぐジェフリーにぶつける。

 

「確かに君の物語はジェフリー・リブロムのそれで構成されているかもしれない。でも未来は分からないだろう? 君のおかげで織莉子は救われたんだ。そんな君がそんな事では私が困るんだよ……」

「分かっている。俺も新しい物語を紡ぐため、日々頑張っているよ。『アーサー・カムラン』の物語を紡ぐためにな」

「それがジェフリーの本名なのか?」

 

 問いかけに対して、ジェフリーはキリカの頭を優しく撫でながら微笑む。

 その笑みを見て、彼が過去の物語にだけ囚われている訳ではないと分かり、キリカはパッと花が咲いたような笑みを浮かべながら強くジェフリーに抱きついた。

 

「一つだけお願いがあるんだ……」

「何だ?」

「暁美が言いたかったのは、私とジェフリーは新たな物語を紡げる者同士って事なんだろうよ。だけど成熟した大人の君と違って、私はまだ子供だ。だからジェフリー、時々でいいから私の話を聞いてくれないか? 織莉子との愛をより強めるためにも理解者が必要だからさ」

 

 問いかけに対してジェフリーは黙って首を縦に振って返す。

 キリカは無骨ではあるが誠意のある対応が嬉しく、人懐っこい笑みを浮かべたまま頬ずりをしてジェフリーに喜びの感情をアピールする。

 そんな彼女をジェフリーは優しく抱きしめ、二人は穏やかな時間を共有し合っていた。

 

「キリカ……」

 

 人数分の紅茶を持って、ドアからその様子を見ている織莉子にも気付かず。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ある程度の特訓が終わると、この日は解散という事になり、一同は自分達の家へと戻って行く。

 ジェフリーは一同の特訓を場に残った残留思念から見て、これからのプランを少し考えると、彼も続いて帰ろうとする。

 

「ストップ」

 

 そこをキリカに肩を掴まれて止められる。

 確かに彼女とは同じ境遇と言う事で友達になる事を約束したが、それにしても早すぎるのではないかと思い、ジェフリーは苦言を呈そうとする。

 

「流石に早すぎるだろ……」

「そうじゃない。今度は彼女のターンだ」

 

 そう言ってキリカが指さした先には穏やかな笑みを浮かべた織莉子が居た。

 彼の注意が彼女に向かったのを見ると、キリカは紅茶を淹れようとキッチンへと向かい、ジェフリーは織莉子の先導で中庭に設置されている椅子へと腰かけ、二人は向かい合う。

 

「こうして私達が面と向かって話し合うのは初めてですね」

「確かにそうだな」

 

 彼女は未来予知を持っているから、話をしなくてもいいのではと思う部分もあり、加えてジェフリーは自分から積極的に人と関わるタイプではない。

 故に遠ざけていた訳ではないが、関わろうとしない織莉子とコミュを形成する事が今までなかったが、彼女は今こうしてジェフリーと絆を紡ごうとしている。

 向かい合ってお見合いの状態が続いた二人だが、そこにキリカが2人分の紅茶をテーブルの上に置くと足早に去って行く。

 

「キリカは置かなくていいのか?」

 

 織莉子は常にキリカを傍に置いていたし、キリカもまた織莉子の傍から離れようとしなかった。

 ジェフリーの問いかけに対して、織莉子は黙って首を横に振る。

 

「これは私一人で向き合わなくてはいけない問題です。まずは先に一言お礼を言わせてください」

 

 そう言うと織莉子は立ち上がって深々とジェフリーに向かって頭を下げる。

 

「本当にありがとうございました。あなたのおかげで私は道を踏み外さずに済みました」

「言っている意味がまるで分からん」

 

 真摯な態度でお礼を言う織莉子に対して、ジェフリーは淡々と返す。

 そして何故この様な素っ気ない態度を取るのかを説明していく。

 

「ほむらから聞いたが未来予知を持っている織莉子なら、俺が来る事も分かっていたはずだろ? 俺は俺が元の世界に帰るために行動しただけにすぎない。別に織莉子にお礼を言われる覚えはない」

「だからですよ……」

 

 当時を思い出してしんみりした表情を浮かべる織莉子。

 そして織莉子は語り出していく。自分が何故この様な行動を取ったのかを。

 

「その為には、まず私が魔法少女になった理由から語らないといけません。多くの時間軸で暁美さんが見てきた『私』がそうなった理由は聞いていますか?」

 

 問いかけに対してジェフリーは短く首を縦に振る。

 父親の自殺から、彼女は『自分が生きる意味を知りたい』と願った。

 だが今でも彼女の父親は健在。故にほむらは織莉子が魔法少女になる理由が分からなかった。

 藪を突いても良い事はないと思い、彼女もそれに関しての追及はしないでいたが織莉子はゆっくりと語り出す。

 

「私の場合は多くの『私』とは根本的な理由が違います。私の場合は契約する前からぼんやりとした形ではあるのですが、分かっていたのですよ未来と言う物が」

「え⁉」

 

 織莉子は元々エスパーだった。この事実は衝撃的であり、ジェフリーは素っ頓狂な声を上げた。

 彼に構わず、織莉子は自分の武勇伝を語っていく。

 未来が見えた事から父親の危機を過去何度も救ってきた。父親が事故に合うビジョンが見えれば、駄々をこねて彼をその場にとどまらせたり、部下に殺されるビジョンが見えれば、秘密裏に拘束をしたりして、何度も父親を助けた事を織莉子は伝えた。

 

「でもそれは父が私を溺愛していたからの事です。彼が私の言葉を受け入れてくれたからこそ、最悪の未来を回避する事が出来ました。でも悲劇はそれだけで終わらなかったのです」

 

 子供に手がかからなくなり、政治家を辞任させられた父はその後アメリカに渡り、実業家として成功。

 そこからは彼に不穏なビジョンは見えずに織莉子自身も平和な日々を謳歌していたが、ある日、彼女の脳裏に最悪のビジョンが過る。

 

「とある凶悪な存在が世界を滅ぼすと言う未来です」

「その未来予知は織莉子が魔法少女になってからだと、ほむらから聞いたが『織莉子』は違うんだな?」

 

 質問に対して織莉子は黙って首を縦に振る。

 自分の力ではどうしようもないビジョンが見えてしまい、織莉子は恐怖から震えるだけの毎日を送っていた。

 そんな時に悪魔のささやきが聞こえる。

 彼女の目の前に現れたキュゥべえは織莉子にささやく。

 

「ボクと契約して魔法少女になれば、君に未来を変えるための力を与えられるよ」

「私はそのささやきに二つ返事で契約をしました。『この力を確実な物にしたい』と言う願いで私は魔法少女になりました」

 

 そこから織莉子はまずは魔女の正体が何なのかを見極める所から始めた。

 多くの未来から情報を集め、織莉子自身も手探りながらに魔法少女としての任務をこなして、魔法少女の闇と言う物を理解していった。

 

「もちろん初めは絶望に負けそうになりました。でも私には未来が見える魔法があります。最初に私を絶望から救ってくれたのはキリカでした」

 

 織莉子に相応しい自分になりたいと願ったキリカは、彼女に取って最高の理解者であった。

 これまでは一人ぼっちで戦い続けていた彼女はキリカと共に未来を変えようと奮闘していた。

 

「そして世界を滅ぼす魔女の正体に行き着きました。それはワルプルギスの夜を撃退して、自分の魔力を抑えられなくなった鹿目まどかさんでした」

「そして、お前らはそうなる前にまどかを殺そうとした。これが多くの時間軸の美国織莉子と呉キリカだと俺はほむらから聞いている」

「ハイ、そのつもりでした」

 

 意外な答えだったが、ジェフリーは特に驚く事なく彼女の話の続きを待つ。

 そこから情報網を使って鹿目まどかの存在を知ると、二人は彼女が魔法少女になる前に殺そうとしていた。

 

「しかし直前になって強烈な頭痛が襲って、今までにないぐらい鮮明なビジョンが見えたんです」

「どんなビジョンだって言うんだ?」

 

 そこから織莉子は自分が見えたビジョンを語り出す。

 まどかを殺そうとキリカと共に通学中の彼女を襲おうとしたその時だった。

 織莉子は強烈な頭痛に見舞われ、その場で膝を突いて蹲る。

 突然の事でキリカも当初の目的を忘れ、織莉子に付きっきりとなってその場は退散した。

 それから三日三晩寝込み続け、彼女の脳内にはあるビジョンが見えた。

 

「それはあなたと共に戦う未来です。その中にまどかさんの姿はなく、彼女は私達を応援してるだけでした。それを筆頭として、私の中には多くの未来が見えました」

 

 そこから織莉子は自分の中で見えたビジョンを語り出す。

 それはジェフリーに取って見滝原での思い出の日々。

 廃ビルでほむらの召喚に応じて異界に呼び出された事。

 マミをシャルロッテの魔の手から救い、魔女シャルロッテを救済した事。

 杏子と友好関係を築き、共に魔女となったさやかを救済した事。

 そして四人の魔法少女と共にワルプルギスの夜に挑み、見事最悪の魔女を撃退した事。

 これらのビジョンが全て見えた時、織莉子の頭痛は収まり、彼女の意識は現実に戻される。

 

「そして目を覚ました私はこれらのビジョンを信じ、まどかさんの暗殺を中止する事をキリカに告げました」

「よくそれだけでキリカは納得してくれたな」

「私は織莉子の愛だ。彼女がそう言うなら私はそれに従うだけだ」

 

 そこにキリカが割って入ると、穏やかな笑みを浮かべながら当時の事を語り出す。

 そこから織莉子は自分がやるべき事を見出そうとする。

 最悪のシナリオは回避出来た。ならばするべき事は何だろうと思い、彼女が選んだ道は魔法少女システムとの戦いだった。

 取りあえずは人員集めから始めようと思い、未来予知を使って、理解者になってくれそうな人員が居そうな『あすなろ市』と『ホオズキ市』へと向かい、ほむら達がワルプルギスの夜と戦っている間、二人はこちらの問題に立ち向かう事にした。

 

「あすなろ市の時は残念でした。私が来た時にはプレイアデス聖団はほぼ壊滅状態で、かずみさんの保護派の二人を生き延びさせるのがやっとでしたから……」

「それでもユウリや双樹達を追い払えただけでも良しとしようよ。ホオズキ市の方は何とか全員生存する事は出来たんだからさ」

 

 自己嫌悪に陥ろうとしている織莉子を励ますようにキリカは激励する。

 あすなろ市の問題は聞いたが、ホオズキ市の問題をジェフリーは知らない。

 その旨に付いて聞こうとすると、キリカは首を横に振った。

 

「今日は喋りすぎた。ホオズキ市の問題はまた今度な」

 

 色々な事がありすぎて精神の部分が疲れたキリカは自分が伝えるべき事を伝えると、その場を後にする。

 キリカが居なくなると、織莉子は立ち上がってジェフリーの胸の中に飛び込む。

 

「オイ……」

「あなたが帰る頃には、私達は未だにホオズキ市の問題に取り合っていました。だからあなたに関しては物語の中の王子様程度の感覚しかありませんでしたが、こうして面と向き合って話し合って、あなたで本当に良かったって思います。あなたが居なかったら、私達は修羅の道を歩む破目になったのですから」

 

 そう言うと織莉子は当時の事を思い出し、さめざめと彼の胸の中で泣き出す。

 その姿は年相応の少女らしく、ジェフリーは彼女が落ち着くまでその頭を撫でながら胸の中で泣かす事を選んだ。

 

「俺も織莉子には感謝しているよ。あすなろ市の皆がいなければ、パーシヴァルを任せる事は出来なかったからな。ホオズキ市の魔法少女達とも一度面を合わせたい物だ」

「ダメ! いま、そんな優しいことばかけないで……」

 

 自分を気遣ってくれるジェフリーの優しさが嬉しく、そこから織莉子は堰を切ったように大泣きする。

 それだけ彼女が抱えきれない大きな荷物を背負っていた事が分かり、ジェフリーは彼女が落ち着くまで抱きしめる事を選んだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリーが解放されたのは日が完全に落ちてからだった。

 彼の服は織莉子の涙と鼻水でグシャグシャに濡れていて、ジェフリーはそれを気にする事なく、彼女が落ち着いたのを見るとマミのマンションへと向かおうとうする。

 

「待って!」

 

 去って行くのが怖いと感じたのか、織莉子は彼を引き止める。

 顔だけ振り向いてジェフリーは彼女の方を見て話し出す。

 

「どうした?」

「これからも私の味方でいてくれますか?」

 

 それは今までキリカしか居なかった織莉子の懇願。

 キリカも決して絶対的な存在とは言えない。彼女とは違った魅力を持ったジェフリーと繋がっていたいと言う想いから、織莉子は反射的に口に出す。

 そんな彼女の願いに対して、ジェフリーはいつも通りの仏頂面を浮かべたまま返す。

 

「織莉子、俺は打算だけで女の涙を受け止めてやれるほど器用な人間じゃない」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てると、今度こそジェフリーはマミのマンションへと帰って行く。

 そんな彼の背中を織莉子はいつまでも見続けていた。

 自分を救ってくれた魔法使いの背中を。




と言う訳で今回は今までなぁなぁになっていた織莉子が何故行動を起こさなかったかについてでした。初めから超能力者という事にする事で回避させたつもりです。

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