魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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子供を正しい方向に導く、それが大人の務め


第十九話 幼子二人

 全員が家の中に入り、リビングに集う。

 かずみが人数分の紅茶を淹れている間も、海香とカオルはジェフリーに対して厳しい表情を浮かべていた。

 

「お茶が入りましたよ~」

 

 そこに緊迫した場には相応しくない能天気な声が響く。

 かずみは紅茶をテーブルの上に置くと、場の空気を強引でも変えようとしていた。

 取りあえずは紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせようとする二人だったが、パーシヴァルだけは紅茶を物珍しそうに見ていた。

 

「パーシヴァルさん。紅茶嫌い?」

 

 かずみに聞かれても、パーシヴァルは何の事か分からず、困った顔を浮かべるだけ。

 思いもよらなかった反応を見て、かずみもどうしていいか分からず二人の間には微妙な空気が流れるだけだった。

 しかし、カオルは珍妙な状態ながらも穏やかな空気をぶち壊す事を選ぶ。

 

「かずみには悪いけど、そのお兄さんに関しては後だ。答えろ!」

 

 紅茶を飲み干してもカオルの怒りは治まらず、ジェフリーに対して恫喝する。

 何故見ていて気分の悪い戦い方を選んだのかを。

 圧倒的な戦力差があるにも関わらず、何故わざわざなぶり者にするような真似をしたのかをカオルは問い詰める。

 しかし睨みつけるカオルに対して、ジェフリーは腕を組んだまま無言を貫くだけだった。

 

「だんまりかよ……」

 

 その態度が気に入らないカオルはジェフリーの胸倉を掴んで拳を振り上げる。

 

「なら嫌でも喋りたくなるようにしてやるよ!」

「やめて!」

 

 その時まどかの叫び声が部屋中に響き、カオルの拳はジェフリーに当たる直前で止まる。

 まどかはジェフリーの元へ駆け寄ると、彼を説得しようとする。

 

「ジェフリーさん。辛いのは分かるけど、話してくれなきゃ誤解されたままで終わっちゃうよ。それじゃ、ちょっと前のほむらちゃんと一緒じゃない!」

「信じる気があるなら話すよ……」

 

 今まで気が乗らなかったが、涙目のまどかを見て気が変わったのか、ジェフリーはかずみ達の方を向くと、ゆっくりと語り出す。

 

「俺の事は織莉子から聞いているか?」

 

 問いかけに対して、三人は黙って首を横に振る。

 織莉子も肝心な部分を説明し忘れたことにバツが悪い顔を浮かべたが、ジェフリーの前にまどかが立つと、彼女は涙で潤んだ眼を拭って凛とした表情を浮かべて語り出す。

 

「そこから先は私が話すよ。彼はジェフリー、異界の魔法使いで魔法少女を絶望から救ってくれた存在だよ」

 

 そしてまどかはジェフリーの事を語り出す。

 話を聞いていく内に三人はどれだけ彼が魔法少女のために頑張ってきたのかを理解し、彼に対する態度を改めなくてはと思った。

 ある程度誤解が解けたところで、まどかは問題の確信に付いて語り出す。

 

「それでカンナさんに対して、あんな暴挙を行った理由だけど、多分ジェフリーさんは昔の大切な人と同じ末路をあの人に味わってもらいたくないから、心を鬼にして死の恐怖を植え付けたんだと……」

「そこから先は俺が話す」

 

 今にも泣き出しそうなまどかを見て、ジェフリーが代わりに自分の真意を話し出す。

 

「俺にはかつて心が通じ合った女が居た。織莉子から、聖カンナの話を聞いて、その出生が彼女とだぶったもんだからな。身勝手な感情なのは分かっているが、聖杯から引き剥がすためにも徹底させてらったよ……」

 

 そう言うとジェフリーはどこか寂しそうな顔を浮かべた。

 だがそれだけでは海香とカオルの二人はまだ納得出来ない。

 その彼女の話を詳しく聞こうと、かずみが切り出す。

 

「辛い事だってのは分かってます。でも聞かせてください、ジェフリーさんの彼女の話」

 

 ジェフリーはかずみの表情を見る。

 かずみもまた彼の気持ちを汲み取ったのか、どこか苦痛そうな顔を浮かべていて、聞くのが怖いと言った感じの顔を浮かべていた。

 だがそれだけ覚悟を決めているのも事実。

 ジェフリーは意を決してニミュエの事を皆に伝えた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ほむらからニミュエの話を聞くと、なぎさとゆまは耐え切れずにその場で泣きじゃくり、キリカも重い物語に言葉を失っていた。

 ほむらは伝える事は全て伝えたと判断して、その場を後にしようとするが、キリカは彼女の手を取って止めた。

 

「何?」

 

 鬱陶しそうに手を払いのけるほむらだが、キリカは真剣な顔を浮かべながら彼女と向き合う。

 何を言葉にすれば分からない状態であったが、キリカは必死に言葉を選んで、それをほむらに伝えようとする。

 

「考えてみれば、私はフィールだけでジェフリーに近づこうとして、彼の事を何も知らない状態だったんだな……」

 

 キリカの中にあるジェフリーの情報と言えば異世界の魔法使い。そして織莉子を本来の悲劇的な末路から救ってくれた人。その程度の印象しかなかった。

 高い実力とキリカに取って全てである織莉子を救ってくれた事から、キリカはジェフリーを慕うようになったが、冷静になって考えれば本能だけで唇まで許すだろうかと、キリカは思った。

 まだ何か知らない事があるんじゃないか、そう感じたキリカはもっと深くジェフリーを知ろうと、彼と一番長く居たほむらから情報を引き出そうとする。

 

「だから教えてくれ! 妙だとは分かっているんだが、ジェフリーには親近感を感じるんだ! 私が織莉子以外の人間にここまで興味を持ったのは初めてなんだよ。何かがあるんだ織莉子とは違った私が彼を欲する理由ってのがさ!」

 

 興奮したのか、キリカはほむらの肩を掴んで揺さぶる。

 ほむらはキリカの手を払いのけると、改めて帰ろうとし、最後に彼女に向かってヒントだけ与えた。

 

「あなたの直感はあながち間違ってないわ。ある意味ではジェフリーは、あなたと同じ存在だからね呉さん」

 

 それだけ言うと、今度こそほむらは家へと帰っていく。

 一方のキリカは彼女が残してくれた言葉の意味が分からず、困惑するばかりであった。

 

「ジェフリーが私と同じ存在? どう言う事だ……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 全ての話をジェフリーから聞くと、かずみは耐え切れずにその場で号泣してしまい、カオルと海香もさめざめと泣く。

 織莉子はと言うと、初めて聞くジェフリーの混み入った話に複雑そうな顔を浮かべていて、この場を収めるのに必死で襲ってくる感情を抑えていた。

 やがて泣くのにも疲れたのかカオルは泣きじゃくりながらも、ジェフリーと向き合って頭を下げる。

 

「そうだったんだな。ジェフリー……さんの気持ちも分からずにゴメン……」

「構わない。見ていて気持ちが良い物ではない事は事実だからな」

 

 誤解が解けたのを見ると、ジェフリーは未だに紅茶を前に固まっているパーシヴァルの手を取って、その場を後にしようとする。

 

「聖杯の事は織莉子から聞いたろ。この地区の事は任せたぞ」

 

 それだけ言うとジェフリーは手を繋いだままその場を後にしようとするが、パーシヴァルはその場に座り込んだ状態で動こうとしなかった。

 

「どうした?」

 

 彼の真意が分からず困惑するばかりのジェフリーだが、パーシヴァルは何も言わずにジッとジェフリーを見つめるだけだった。

 まだ自分の意思を言葉にして伝える事がパーシヴァルは出来ない。

 それが分かっているジェフリーは彼の頭に手を置くと、そこから直接彼の思考を読み取る事を選んだ。

 ジェフリーの頭の中には数多もの情報が飛び込む。

 その中でジェフリーは必要な物だけを選別して、ジッと自分を見つめるパーシヴァルが何を伝えたいのかを理解しようとする。

 

「もしかしてお前自分が生まれたこの地を守りたいのか?」

 

 ジェフリーの言葉の意味はパーシヴァルには分からない。

 だが本能で彼が言っている事が、自分が求めている物だと言う事は分かる。

 問いかけに対して、パーシヴァルは本能に従い、首を縦に振る。

 生まれて初めてパーシヴァルが自分の意思を他人に伝えた瞬間だった。

 しかし、パーシヴァルの訴えに対してジェフリーは苦い顔を浮かべる。

 

「しかしだな……パーシヴァル、お前はまだ生まれたばかりの赤子のような物だ。保護者が傍に居て、色々な事を教えてやらなければいけないんだ。俺はお前の父親からお前を託された身として、その要求を受けいれる訳にはだな……」

「すいません……」

 

 ジェフリーの言っている意味が分からず、海香は抗議の声を上げる。

 目の前の青年を『生まれたばかりの赤子』呼ばわりする意味が、海香にはどうしても理解出来なかった。

 面倒だと思いながらもジェフリーはまどかの方を一瞥すると説明に入る。

 

「分かった話す。パーシヴァルは人間じゃない、俺が魔法の力で人間の肉体を与えただけだ。これがこいつの本来の姿だよ」

 

 そう言うとジェフリーは手をかざして、パーシヴァルに魔法のエネルギーを送る。

 すると彼の上空に小さな苗木が映り、影の形が苗木になっていた。

 これを見てかずみ達は目の前の青年が人間じゃないと理解し、驚愕の表情を浮かべた。

 理解してもらったと判断すると、ジェフリーは手を引っ込め、改めてパーシヴァルの事を皆に説明しようとする。

 

「こいつは俺の嘗ての仲間の息子だ。名をパーシヴァルと言う……」

 

 そこからジェフリーはパーシヴァルの事に付いて、全てを話す。

 嘗ての仲間であり、最後は魔法使いの掟に従って自らも魔物『ユグドラシル』となったが、体は魔に落ちても、人としての心を失わず、人を助け続ける唯一の魔物として、世界に貢献している事をジェフリーは伝えた。

 嬉しそうにパーシヴァルの事を話すジェフリーを見て、まどかは一つの結論に達し、それをジェフリーに伝える。

 

「そうか。ジェフリーさんはパーシヴァル君の事が大好きなんだね」

 

 面と向かって言われて、少し驚いた顔をジェフリーは浮かべるが、すぐに穏やかな顔を浮かべて返す。

 

「ああ、一時期は本気でパートナーに迎えようかとも考えたが、破壊衝動に巻き込みたくないと言う想いの方が強くてな。1、2年コンビを組んだが結局別れたよ」

「そしてその息子が彼と言う訳ですね」

 

 話が脱線しそうなところを織莉子が元に戻す。

 ジェフリーはパーシヴァルの姿を見ると、首を小さく縦に振る。

 

「そうだ。だがこいつは嘗てのパーシヴァルと同じで一般常識と言うのが全く無い。戦い方もロクに分からない状態だ。だから俺が父親代わりとなってだな……」

「あの……」

 

 話の途中でかずみが割って入る。

 青年と思っていたパーシヴァルが苗木を擬人化した存在で、実際は何も知らない赤子のような存在だと言う事は分かった。

 だからこそ、大人の勝手な事情で彼を掻き回すのはよくない。

 嘗て同じような立場だったかずみは、彼の処遇に対して抗議の声を上げた。

 

「本人は自分の生まれた故郷を守りたいって言うんだから、そうさせてあげてはいいんじゃないですか?」

 

 かずみの意見に対して、ジェフリーは眉を顰める。

 そして頭を掻きながら面倒臭そうに彼女の応対に当たる。

 

「それは子供の意見だ。やらしてあげたいからと言って、出来もしない事をやらせる奴がいるか。俺は無責任な考えが嫌いでね」

「そんな! 無責任だなんて!」

 

 ジェフリーの物言いにかずみも噛みつく。

 ヒートアップしたかずみはまくしたてるようにジェフリーに向かって叫ぶ。

 

「生まれた場所を守りたいって思う事の何がいけないことなんですか⁉ パーシヴァル君には力があります! その力を正しい方向に導く事が私達の役目じゃないですか!」

「それは俺の仕事だ。俺はこいつの父親に息子を託されたんだ。役目は果たさないといけない」

「石頭! 大事なのはパーシヴァル君の気持ちでしょ⁉ もっと臨機応変にケースバイケースで行動しようって思わないんですか⁉」

 

 熱がこもり、声色にも怒りが見え隠れするかずみ。

 興奮しきっている彼女とは対照的に、ジェフリーはあくまで冷静に諭すように話す。

 

「それを行うには代替案が必要だ。ただ感情をぶつけるのは子供のする事だ。俺が連れていく以外で、パーシヴァルを正しい道に導く手段があるのか?」

「あるよ!」

 

 堂々と言ってのけるかずみにカオルと海香はたじろぐ。

 その目を見れば真剣その物であり、彼女が思いつきや勢いだけで発言しなかったと言う事が分かる。

 ならばとジェフリーは彼女の代替案を聞き出す。

 

「それで? かずみの代替案は?」

「パーシヴァル君は家で面倒見る!」

 

 思いもよらなかったかずみの発言に全員が凍りつく。

 確かに経験だけなら、プレイアデス聖団の面々は豊富であり、指導者としてジェフリーにも引けを取らない。

 だがこの問題はかずみ一人の意見だけで決めるべき内容ではない。

 ジェフリーはかずみから視線を逸らし、カオルと海香の方を見る。

 

「お前達はどうなんだ?」

 

 話を振られると、カオルと海香は戸惑う。

 特にカオルはどうしていいか分からず、この問題を家主である海香に預けることにした。

 カオルの助けを求めるような目線を受け、海香は自分の意見を話し出す。

 

「経済的な問題ならないわ。今更一人ぐらい増えた所で何の問題もないしね。でも……」

 

 海香はパーシヴァルの指導に関して文句はない。だが問題はそこではない。

 男と一つ屋根の下で暮らす事に抵抗があり、口ごもっていた。

 それはカオルも同じ事であり、海香の態度をきっかけに自分の意見を話し出す。

 

「そうだぞかずみ! パーシヴァルに関しては色々大変だとは思うが、世の中どうにもならない事なんて多々あるんだからよ。ここはジェフリーさんに任せてもらうのが一番だって」

「でも……パーシヴァル君は自分のふるさとを守りたいって言ってるし、私で力になれるならなってあげたい。カオルや海香がそうしてくれたみたいに」

 

 海香とカオルの言う事が正論なのは分かっているが、かずみも引くつもりはなかった。

 嘗て自分が二人に助けられたように、今度は何も知らないパーシヴァルを助けてあげたい。

 その想いが強く、かずみは弱弱しいながらに二人に反抗して見せる。

 ジェフリーは何も言わずにこの言い争いを見ていたが、織莉子は未来が見えると血相を変えて彼の元に駆け寄る。

 

「早く! 今ならまだ未来を変えられるわ!」

 

 尋常じゃない焦り方の織莉子を見て何事かと思ったジェフリー。

 だが相手が焦っている時ほど、こちらは冷静でなくてはいけない。

 それを理解しているジェフリーは諭すように話し出す。

 

「落ち着け。何をどうすればいいんだ?」

「パーシヴァル君を早く! あ⁉」

 

 織莉子らしからぬ慌てた声が響く。

 ジェフリーがパーシヴァルの方を見ると、彼の股は濡れていて、そこからアンモニアの臭いが立ち込める。

 小便を漏らしたと知ると、そこに居た女性陣は全員固まり、パーシヴァルから逃げるように去って行く。

 

「わー! 小便漏らした!」

 

 カオルはいち早くかずみと海香を連れて、その場から去ろうとするが、かずみはその手を払いのけると、パーシヴァルの元に寄り、彼の手を取ってトイレへと誘導しようとする。

 

「かずみ何を?」

「おしっこなんて誰だってするよ! パーシヴァル君は何も知らないんでしょ⁉ それなのに汚い呼ばわりするなんてあんまりだよ!」

 

 何が何だか分かっていないパーシヴァルの手を取って、かずみはトイレへと誘導しようとするが、その手はジェフリーによって解かれ、彼は大きな幼子を連れて海香からトイレの場所を聞き、そこへと向かう。

 

「流石に子供が糞や小便の世話までするのは気が折れるだろう。そこは俺が教育しておくから、後は皆で話し合えばいい」

「あ……」

 

 向かっている途中でパーシヴァルは自分の尻を指して、ジェフリーに注目させた。

 それが何なのか理解すると、ジェフリーは足早にトイレへと向かう。

 嵐のように過ぎ去った二人を見て、海香は小便で濡れた床をどうすればいいかと困惑していた。

 

「雑巾、または使ってないタオルってあります?」

「バケツも持ってきたから」

 

 まどかは海香に聞くが、先にかずみが水の入ったバケツと二つの雑巾を用意していた。

 二人は雑巾を絞ると、小便で濡れた床を拭いて掃除を始めた。

 カオルと海香はこの手際が良すぎる二人の行動に呆けていたが、まどかは床を拭きながらポツポツと語り出す。

 

「家にも小さな弟が居るの。おもらしするなんて珍しい事じゃないから、私がよく掃除してたんだよ」

「おしっこぐらい誰だってするよ! 私ちゃんと教えるから。ちゃんとパーシヴァル君が正しい大人になれるよう、私頑張るから、カオルと海香に迷惑かけないから!」

 

 そう言いながら床掃除をするかずみを見て、彼女の意思が固い事を知り、二人は何も言い返す事が出来なくなった。

 話がまとまったのを見て、織莉子は未来を見る。

 脳裏に映ったのはパーシヴァルと共に戦う三人の姿。

 新たに強力な味方が出来た事に織莉子は微笑み、心の中で皆のこれからに祝福を送った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 数十分後、トイレから二人は出てきて、パーシヴァルのパンツは新しい物に変わっていた。

 小便で濡れた方のパンツはどうなったのかを海香が聞く。

 

「洗面所で洗濯をしておいた」

 

 手際の良いジェフリーに感謝して、海香は二人を呼び寄せると、三人は並んで彼と向き合うと頭を下げる。

 

「ジェフリーさん。親友の一粒種の教育に関してですが、私達に任せてはもらえないでしょうか?」

 

 海香の提案にジェフリーは他の二人の顔を見る。

 二人とも真剣その物な顔を浮かべていて、心は同じだという事が分かり、続いてカオルとかずみも自分の決意を話し出す。

 

「パーシヴァルが本当に何も知らない赤ん坊だってのは分かりましたよ。でも正しい心を持とうとしているのなら、私は彼を正しい道に導いてやりたい。一回私達はそれで失敗しちゃったから」

「ふるさとを守りたいって思う心は間違いじゃないよ! カオルや海香が私にしてくれたように、今度は私がパーシヴァル君を助ける番だよ! だからお願い。彼をあすなろ市から、生まれ故郷から引きはがさないであげて!」

 

 話している内に熱がこもったのか、かずみの目には涙が浮かんでいた。

 三者三様の真剣な心を見て、最後にジェフリーは本人の希望を尊重しようと確認を取ろうとする。

 

「お前はどうしたい?」

 

 問いかけに対してパーシヴァルは自分の気持ちをどう言葉にしていいか分からず、困った顔を浮かべるだけ。

 ジェフリーは脳から直接気持ちを読み解く。

 彼の脳裏に浮かんだのはパーシヴァルの言葉だった。

 

『みんなといっしょにまもりたい……』

 

 パーシヴァルがかずみ達と共に歩みたいと知り、ジェフリーは手をどけると、彼を三人と向き合わせる。

 

「こいつは言葉も一般常識も分からない赤子だ。だが赤子は成長する物だ。苦労をかけるかもしれないが、パーシヴァルの事をよろしく頼んだぞ」

「ハイ!」

 

 こうして三人にパーシヴァルを預けると、ジェフリーは織莉子に今の状態を確認しようとする。

 

「現状は伝えたな?」

「ハイ。私達と協力して何かあったらすぐ駆けつけてくれると約束してくれました」

「なら帰るぞ。まどかもそれでいいな?」

 

 まるで弾丸のような超スピードに戸惑いながらも、まどかは首を縦に振ってその場を後にした。

 三人が居なくなったのを見ると、かずみは二人に自己紹介をするよう促す。

 

「私はもう終わったから、次は二人の番だよ」

「そうだな。これから一緒に寝食を共にする訳だからな。私は牧カオル、カオルでいいよ」

「私は御崎海香よ。これからあなたには正しい心を持った戦士になるため、教育を受けてもらうからね」

 

 穏やかに微笑む二人を見て、かずみもつられて笑う。

 三人の優しい笑みを見て、パーシヴァルは心の中に暖かな物が芽生えるのを感じながら、覚えた事を復唱する。

 

「カオル……うみか……」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 帰る途中、まどかは携帯電話を片手に家へ電話をしていた。

 話す内容から、相手は弟のタツヤだと言う事が分かり、一しきり話し終えると、まどかは電話を切る。

 そしてもう一人彼女に取って弟同然の存在を鞄から取り出す。

 カムランはまどかに背表紙を撫でられると気持ち良さそうに顔を綻ばせていた。

 その様子を織莉子は穏やかな顔で見ていたが、ジェフリーは時計を見ながらカムランの様子を気にする。

 

(そろそろの筈なんだが)

 

 彼の予感は的中した。

 カムランは口をパクパクと動かして何かを伝えようとしていたが、どう伝えていいか分からず目に涙を浮かべるばかりだった。

 

「どうしたのカムラン? 魔物が現れたの⁉」

 

 まどかは慌ててページを開くが、そのような様子は見られない。

 ジェフリーは右手をカムランに置き、左手をまどかの手に置くと、発光させてカムランの気持ちを直接まどかの脳内に送る。

 

――ことば、おしえて……

 

 カムランは自分の気持ちがまどかに伝わったのを見ると、目を閉じてスヤスヤと眠りに落ちる。

 一方のまどかはカムランが成長している事に驚き、困惑するばかりだった。

 

「これはどう言う事なんですか?」

 

 これまで赤子のように喋る事が全く出来なかったカムランが突然成長した。

 この事実を受け止めるのは、まどかは知識が足りず、ジェフリーに助けを求めた。

 仮説が真実になった事を見届けると、ジェフリーは何故こうなったのかを話し出す。

 魔法使いは生贄行為をする事で、その人の力や記憶を継承する。

 カムランの場合もそれは同じ事であり、生贄になった魂の影響で少しずつ知識が成長していく事をジェフリーは伝えた。

 

「だがこれから正しい心を持つかどうかはまどか次第だ。子供なんて教育でどうとでも変われるからな」

 

 真実を知るとまどかの中で使命感が生まれる。

 凛とした表情を浮かべながら、まどかはジェフリーに決意表明をする。

 

「やってみせます! タツヤもカムランも私に取って大切な弟です。二人を立派な大人にする。これが今の私の鹿目まどかの戦いです。だからジェフリーさんも見守って下さいね」

 

 そう言って最後におどけて笑うまどかを見て、ジェフリーも同じように笑い、彼女の頭を撫でながら一言言う。

 

「いい顔だ……無責任な概念なんかより、よっぽど輝いているよ」

 

 嘗て行おうとした愚かな選択肢を提示され、まどかは顔を真っ赤にして俯く。

 そんな二人のやり取りを見て、織莉子もまた穏やかな顔を浮かべていた。

 

(本当に良かった。この笑顔を守る事が出来て)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 異空間の中の豪邸でカンナは一人バールを磨きながら歪んだ笑みを浮かべていた。

 頭の中にあるのはジェフリーへの復讐心だけ、乾いた布でバールを拭きながら佇んでいると、そこに見知った顔が入る。

 

「随分と気合が入ってるじゃないか」

 

 優香は了承も得ずにカンナの隣に座る。

 カンナは彼女を気にすることなく、武器の手入れを続けるが、優香の方から静寂を打ち破った。

 

「このまま終わるつもりはないんだろう?」

「当然」

 

 戦いの様子を見ていた優香はカンナを奮い立たせるように言う。

 手入れが終わって、自分の顔が映るぐらいに磨きあげたバールを見ると、試し振りを行い、今度こそと言う想いがカンナの中で生まれた。

 

「確かに私のミタマは最弱よ。単体ならね」

 

 カンナは自分のミタマの長所も短所も分かっていた。

 強力すぎる能力が故、使い捨てにしか出来ないのだが、その魂はミタマとしての役割を終えた後もカンナの体に残る。

 後は魔法使いと同じ原理、体に宿した魂の数だけ、魔法使いは強くなれる。

 長期戦を視野に入れて、カンナは行動を起こそうとしていた。

 

「長い戦いになりそうだな」

「構わないさ。私は生きていたいんだよ、その為なら他の全てを犠牲にしても構わないさ。弱肉強食は世の理なんだからな」

「ウフフ、そう言う分かりやすい考え、私大好きよ。佐倉杏子と違って、カンナちゃんは心底正直に生きているからね」

 

 そこに有栖も加わって、三人は共に歪んだ笑みを浮かべる。

 まだまだ戦いは始まったばかり、一回死んだぐらいでカンナの心は折れない。

 こればかりは魔法でもどうする事も出来ない事だった。




と言う訳であすなろ市組に関しては、これからパーシヴァルが加わる事になりました。

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