炎で燃やす。レーザーで貫く。鋼と化した拳で心臓を射抜く。
かずみ、織莉子、カオルは各々の最も得意とする攻撃でリザードマン達を撃破し、倒された魔物達はドロドロに溶解され、中からコアが現れた。
生贄、救済の行為に関しては、まだ織莉子から話しか聞かされていないが、かずみは本能的にやり方を理解している。
頭の中で思い浮かんだイメージに従い、右手を突き出して聖なる気をコアに送った。
(おかしい……)
普通ならばここで救える力を持った事を喜ぶのだが、海香は妙な違和感に苦しんでいた。
手駒であるリザードマンが全て撃破されたにも関わらず、カンナは全く焦る素振りが見えなかったからだ。
ただ腕を組んでニヤニヤと笑っているだけで余裕を持った表情を崩さない。
まだ彼女に関しての情報はほとんどないが、もしカンナが言うように彼女が聖カンナのクローンだとすれば、実力の上では充分勝てるレベル。
それはカンナ自身も分かっているはずなのに、彼女は余裕を持った笑みを浮かべたまま、かずみ達を見ているだけ。
海香は注意深くコアを見ていたが、織莉子は頃合いとばかりに救済が終わり、かずみの右腕にリザードマンの気が宿った瞬間に叫ぶ。
「カオル! かずみを守りなさい!」
織莉子の叫びに反応して、カオルはかずみの方を見た。
するとコアからリザードマンが再び現れ、大口を開けてかずみの肩を掴んで、彼女の頭を丸かじりにしようとする。
「かずみに手を出すな!」
カオルは拳を握りしめて鋼に変えると、力の限りリザードマンの口内に拳を放り込む。
勢いが付いた拳は口の中だけにとどまらず、首の後ろを貫通すると反射的にカオルは拳を引き抜く。
大の字になって倒れ込んだリザードマンは再びドロドロに溶解して、コアだけがその場に残った。
「これはどう言う事なの?」
海香は何故救済出来ないのかをカンナに聞く。
カンナは相変わらずの余裕めいた笑みを崩さないまま淡々と話す。
「大体の魔物は救済によって元の人間に戻る事が出来るわ。まぁそれでも深く絶望して50%の確率で再び魔物化しちゃうけどね」
「その辺りは魔女化のシステムと変わらないって事か……」
カオルは自分が魔法使いになっても全ての因果から解放された訳ではない。
そう判断して一人真剣な顔を浮かべていた。
そんな彼女に構わず、カンナは話を続ける。
「でもリザードマンだけは別。そいつらはどうあっても救済出来ない。欲望のままに永遠の命を持った状態で行動し続けたい。それだけの理由で聖杯と契約した輩さ、意識を集中させれば、そいつらの過去が見えるはずよ」
カンナに言われるがまま、二人は三つのコアに向かって手を伸ばし意識を集中させる。
「私もやるわ」
そこに後方支援に徹していた海香も加わり、三人は瞳を閉じて意識を集中させる。
「何だよこれは⁉」
頭の中に広がったイメージにカオルは声を上げて激昂する。
それはリザードマン達が魔物になったきっかけを見たからだ。
一人は金が欲しく、贅沢三昧な毎日を過ごしたいから。
一人は自分の怒りを抑えきれず、強大な力を求めて。
一人はいつまでも若くありたいと願い。
各々は人の姿を捨て、欲望のままに生きるリザードマンと化した。
あまりに下らない願いで人を捨てたリザードマン達に、カオルは地を蹴って怒りを露わにする。
「何て奴らだ! どうしようもないクズ野郎ばかりじゃないか!」
「なら殺したら?」
激昂するカオルに対して、カンナが冷めた口調で一言言うと、彼女は右手を突き出してカオルに生贄行為を促す。
「皆には新しく、魔物を生贄にして右腕に宿す力があるんでしょ? 腹が立ったんなら殺せばいいじゃない。どうせ救済出来ないんだし」
「いや、だからと言って……」
確かにリザードマンを救済する事は出来ない。
だがそれでもカオル達は曲がりなりにも魔法少女のシステムと真っ向から戦い抜いた存在。
ここであっさりと屈するのは違うと判断して、カオルは戸惑うが、そんな彼女をカンナは鼻で笑うと自分の話をしだす。
「思った通りね! 血に塗れながら進み続ける事も、屍となって止まる事も出来ない。そんな事だからヒュアデスの暁なんて物が生まれる羽目になって、仲間たちだったプレイアデス聖団も空中分解するのよ! 心底見下すべき人間ね!」
「カオルをバカにするな!」
カオルを卑下されて、かずみは怒ってカオルの前に出て、カンナを睨む。
だが彼女の怒りの感情を受けても、カンナは変わらぬ調子で語る。
「覚悟がない人間を卑下して何が悪いのよ? 善悪はとにかくとして、覚悟だけで言うなら、私達聖杯側の方があるわ。私達は目的のためなら、自分以外皆殺しても構わないと思っているわ。私達は共闘しているけど仲間ではない、ただ利害が一致したから一緒に居るだけよ」
「なら聞かせてもらいたいわね」
空気が重い中で織莉子が口を開く。
彼女は三人から一歩前に出て、カンナと向き合って話し出す。
「さっき貴方の目的はオリジナルと同じだと言ったわね。つまりは自分を偽物として生み出した人間たちへの復讐、人類の絶滅って事になるわね」
「その通りさ。私は私として生まれた事が憎い! 憎い! 憎い! 憎い!」
織莉子に確信を突かれると、カンナはこれまでの余裕めいた表情が一気に崩れ、憎しみに身を預けた醜悪な顔を浮かべながら、まくしたてるように叫ぶ。
「私の正体は聖カンナの手によって作られたクローン人間だ! 私は彼女の思考パターン全てを継承して生まれた! それこそまともじゃない私がこの世界全てを憎んでいるのも同じようにな!」
「しかしオリジナルのカンナは、最後の最後でニコの願いを理解して、最後は自分で自分の命を終わらせる悲しい結末を選んだわ。だからあなたも自棄にならないで……」
「だからどうした⁉」
海香の説得にもカンナは応じず、憎しみに身を任せて叫び続ける。
「どんなに取り繕っても私は人間じゃない! だから人で溢れかえったこの世界が憎い! オリジナルは人造人間が代わりに支配させようとさせたが、そんな必要はない! この世界は魔物で埋め尽くす! そして私は一人ほくそ笑むのさ、人間なんてこの程度の生き物だってな!」
そこからカンナは狂ったように笑った。
涎を垂らしながら狂人のように笑うカンナを前に四人は圧倒されていたが、一歩離れたところからその様子を見ていたまどかだけはカンナに対して悲しみの感情を抱いていた。
ある一つの悲しい物語が頭を過っていたから。
(この人はニミュエさんと一緒なんだ……)
***
見滝原に双樹あやせ、ルカを宛がったのはキリカ。
彼女の真意が分からず、ほむらはキリカに問いただそうとする。
「どう言う事なの?」
「全ては未来を変えるためさ」
そこからキリカは懺悔をするように語り出す。
織莉子は魔法少女に契約して未来予知の能力を持ったが、彼女の未来予知はなったばかりの時はあまりにもあやふやだった。
一応はワルプルギスの夜は、四人の魔法少女と異界の魔法使いの手で撃退出来る未来は見えたが、家庭が全く分からない状態。
高度な魔法のため、見たい未来を見る事も出来ず、魔法を使うだけで倒れることもしばしばあった。
「だが、あすなろ市とホオズキ市で悲劇的な未来が見えたのだけは分かってな。私達は手探りであやふやながらも、この悲劇的な未来を回避するため、出来る限りの事をやったつもりだ。だがプレイアデス聖団のほとんどは撃沈してしまったがな……」
「話を逸らすなよ。何でキリカは双樹達を見滝原に送ったかって話だろうよ」
杏子に振られると、キリカは再び話し出す。
「初めはな。あの二人も私達の手で迎撃しようと思ってたんだ。でも、織莉子はまだ力の使い方がよく分からなく、あすなろ市はグリーフシードの確保が難しい場所だったからな。織莉子もこのままではいけないと思ったんだろう、見た未来のまま、ユウリをその場から離す事と、双樹達を見滝原に送る事を選んだ」
「その分だとユウリに関しても話を聞いてもらいたいんだよね? 皆も聞く準備出来ている?」
さやかに促されると、全員が静かに頷く。
話を聞いてもらう準備が出来たのを見ると、キリカは先にユウリの事に付いて話し出す。
「理由は割愛するが、ユウリは特にプレイアデス聖団に強い恨みを持っていたからな。だから私は織莉子の未来予知の力を借りて、奴の奇襲に成功したよ」
「それで結果は?」
マミに促されて、キリカは語る。
多彩な魔法が使えるユウリではあるが、それも奇襲となれば話は別。
戦う準備が未だに出来ていないユウリに対して、奇襲を成功させたキリカは速度低下の魔法を使って一気に彼女を追いつめ、後一歩の所で殺せる所まで追い詰めた。
「だが私は殺さなかった。織莉子の指示だからな。未来が見えたんだよ、ハッキリとした物ではないが、奴がこれから先必要な未来がな。なのに聖杯の協力者になっていたとはな……」
「それだったらユウリに関しては織莉子さんの……」
「織莉子の罪は私の罪だ」
威風堂々と言ってのけるキリカに、マミは何も言い返す事が出来なくなる。
ならばとマミは双樹あやせ、ルカの件に関して、詳しい事を聞き出そうとする。
「それも見えた未来に従ってさ、過程が分からなかったから、不安だったが、あの娘達を見滝原に送る事がベストだと見えたからな。だから私達は口八丁でうまく彼女達を丸めこんで、見滝原に送った。元々ついでであすなろ市へは向かうつもりだったらしいから、こっちも助かったと思っている」
「何が『助かったと思っている』だ! あの二人のせいで、ほむらとジェフリーはとても苦しんだし、あの二人が居なければ、ソウルジェムの秘密も守れたはずなんだぞ!」
あまりに身勝手な言い分に杏子は激怒して、キリカに飛びかかろうとするが、ほむらは彼女に向かって手を伸ばし、それを制する。
「話は分かったわ。単刀直入に言うわ、別に怒ってないから、もういいわよ。皆もそれでいいわね?」
「やけにあっさりしているな」
あまりにも呆気ない結末に、キリカは呆けていたが、ほむらは続けて話す。
「彼女達のお陰って訳じゃないけど、あの戦いがあったから、私は供物魔法を完全に使いこなすことが出来るようになったのよ。皆も済んだ事で仲間をとやかく責めたくないでしょ。この件はこれでおしまいよ」
そう言って強引に話を終わらせるほむら。
他の三人はまだ納得がいかない部分もあるが、全ての話は終わってしまった。
何も言う事が出来ず、その場は微妙な空気のまま解散となる。
全員が家へと帰っていくが、ほむらだけは席に座ったまま動かないでいた。
「ほむら、やっぱり怒っているですか?」
なぎさは心配そうにほむらに尋ねるが、ほむらは黙って首を横に振るだけ。
ゆまも心配そうに彼女を見るが、ゆまの前にキリカが出ると、ほむらの前に立つ。
「やっぱり怒っているのか?」
「そうではないわ。一つ気になった事があってね」
「何だ?」
「あなた何で私にだけ、聖カンナの件を話したの?」
確かにカンナの件に関しては重い話題であるが、ほむらは自分一人に事を話した真相を確かめようとキリカに問いただす。
だが返答は意外にもあっさりした物だった。
「別に深い理由はない。ループ経験者の暁美なら、受け止められると思っていたからだ」
「あなたジェフリーに関してどこまで知っているの?」
いきなり話が飛んだ事に困惑しながらも、キリカはほむらの問いに答える。
「異界の魔法使いって事しかしらないよ。まぁ織莉子を正しい道に導いてくれたのは、彼だから私は彼に好意を持っているけどね」
「なら話してあげるわ……」
ほむらはキリカがジェフリーの事を何も知らないと分かり、ゆっくりと立ち上がると冷めた目で彼女を見ながら話す。
「ある魔法使いの悲恋の物語をね」
***
一しきり笑い終えると、カンナは乾いた笑みを浮かべながら、黙って一同を見ていた。
かずみ達は未だにリザードマンを生贄にする事をためらっていて、行動に移せないでいた。
そんな一同をカンナは見下した顔で見つめる。
「一つ忠告しておいてあげるわ。魔法使いになったあなた達はグリーフシードの対象外になるわ。でも、魔法の過度な使いすぎは魔女へのコース一直線に繋がるわよ」
「ならどうやって魔力を回復すればいいんだよ」
「休めば自然と治るわ」
カオルの問いかけに対して、カンナは一言言う。
織莉子からここ最近グリーフシードを使わなくてもソウルジェムが濁らなくなった原因は、ワルプルギスの夜の超ド級のグリーフシードが原因だという事は聞かされていた。
だがもうその恩恵は受けられない。そう考えると皆の背筋に冷たい物が走った。
「私は引くつもりはないわよ。この状況を打破するには、あなた達が生贄行為に走るしかない。でも本当に出来るの?」
冷めた目で一同を見つめながら、カンナは三人を追いつめるように話しを続ける。
「リザードマン達の事を悪く言っているけど、この人達が魔法少女とどう違うって言うのよ? 自分の欲望に忠実になった結果こうなっただけじゃない。彼らはただ生きているだけよ。そんな彼らに死ねって言うの? 生まれた命をあなた達の身勝手なエゴで殺す事が出来るの?」
「出来るわよ」
そこに三人の物ではない声が響く。
織莉子は迫力のある他を寄せ付けないオーラを放ちながら、前へと進みコアの前に立つと右手から魔のエネルギーを発する。
「私は目的のためなら進み続ける事を選ぶわ。例え人から理解されなかったとしてもね」
「ダメ! 織莉子さん!」
「許してもらおうとは思わないわ。でもこれが魔法使いの罪なら、私は一生この業を背負って生きていくわ」
まどかは止めようとするが、それでも織莉子は止まらず、血しぶきと共にコアから魂は放出される。
三つの魂は全て織莉子の右腕に宿ろうとしていた。
「そうはいかないわ!」
反射的にカンナは右腕を突き出して、魔のエネルギーを発する。
空中で静止した魂は小さな塊と大きな塊に分かれ、小さなな魂は織莉子の元へ、大きな魂はカンナの元へと向かう。
織莉子は罪を受け入れようと右腕を突き出すが、塊は彼女の右腕を通りすぎ、まどかの元へと向かう。
「何で⁉」
予想外の事態に織莉子は未来を見ようとしたが、その前にまどかはカムランを突き出して魂を受け止めた。
魂を受け取るとカムランは口をパクパクと動かして体が赤く発光する。
「ああああああああああああああ!」
一しきりカムランが叫び終えると、カムランの体の発光は収まる。
何が何だか分からない織莉子であったが、この事態を見てまどかはある事実を思い出し、その旨を織莉子に告げる。
「生贄行為をした場合、私達の右腕に宿る魂は代わりにカムランが受け止めてくれるんです。ジェフリーさんが一回帰った時に私達に託してくれた存在なんですカムランは」
「そう言う事はもっと早く言ってくれよ……」
緊張の糸が切れたのか、カオルは気の抜けた声で言う。
だが戦いはまだ終わっていない。海香は小さな塊がカンナの右腕に宿ったのを見逃さず、戦闘態勢を崩さないまま、彼女を睨んだ。
「あなたのそれも生贄行為?」
「言う必要はないわ」
それだけ言うとカンナはバールを召喚して、振り上げて四人に向かって突っ込んでいく。
「第2ラウンドの始まりだ!」
意気揚々と叫ぶカンナだが、その動きは直線的すぎて見切るのは簡単。
初めにかずみがカンナのバールを受け止めると、海香が持っていた本のページをばら撒く。
カンナの周りをページが覆うと紙は鋭利な刃に変わり、凄まじい勢いでカンナに向かっていき彼女の体を引き裂いた。
喉を引き裂かれると、血が噴水のように放出し、カンナは呼吸が出来ない事に苦しむ。
そこに鋼と化した右の膝がカンナの顔面に叩きこまれる。
カオルがカンナの体を後方に吹き飛ばしたのを見ると、織莉子がトドメとばかりに水晶玉からレーザー砲を放つ。
「オラクルレイ!」
レーザー砲がカンナの体を包み込むと、彼女の体は全身大火傷の状態になる。
海香が心眼で様子を確認すると、体は真っ赤に染まっているが、まだ生きている事が分かった。
そして横たわっているカンナに向かって叫ぶ。
「帰りなさい! そして二度と私達の前に姿を現さないで!」
だが、その呼びかけにもカンナは反応を示さない。
魔法少女を基準に攻撃を加えた為、もしかしたらやりすぎたのではないかと言う考えが海香の中を占める。
本当に死んでしまったのかと思い、海香はカンナに向かって近付いていき、かずみとカオルもそれに続く。
その時織莉子の中で未来が見える。
「皆ダメ!」
叫びの意味が分からず、織莉子の叫びが届いた時には三人はカンナの周りを取り囲んでいた。
「死ね!」
それと同時にカンナの叫びが木霊する。
三人は身構えようとするが、それよりも早くカンナのバールは円を描いて、三人の喉を引き裂いた。
鮮血が勢いよく流れ、海香は必死に回復魔法を放とうと蹲る二人の元へと向かうが、這いながら移動する海香の背中をカンナは足で踏みつける。
反射的にカンナの方を海香が見ると、その姿に驚愕した。
(そんな! 傷一つない状態ですって⁉)
先程まで致死レベルの怪我を負わせたにも関わらず、カンナの体は全快していて、リザードマンと先程の攻撃で体力を失った海香達とは違い、フルパワーの状態だった。
何がどうなっているのか分からない海香の頭部に向かって、カンナはバールを突き刺そうとするが、直前になってカンナはバールを止める。
「さすがの判断ね。もし貴方が海香を殺していたなら、私も貴方を殺していた所よ」
声の方向をカンナが見ると、織莉子が水晶玉を突き出してレーザー砲を放とうとしているのが見えた。
織莉子は警戒心を解かないまま、カンナとの距離を詰めて情報を引き出そうとする。
「自然治癒にしては、あまりにスピードが速すぎるわ。それが貴方のミタマの能力?」
「答えてほしかったら交換条件があるわ。私は人質を解放するから、あなたはその手を下ろしなさい」
カンナの要求を織莉子は受け入れ、突き出した手を下ろした。
それと同時にカンナも海香から足を退け、足で蹴り飛ばして三人を織莉子の元へと送る。
織莉子は三人を安全な場所まで避難させると、改めて話し合いを続けようとする。
「約束よ。貴方のミタマの能力は?」
「私は他の面々と違って、特定のミタマって言うのを持ってない。一つの魂をミタマにするのが精一杯なのよ。でも使い捨てであっても、私のミタマは中々に強力よ」
そう言うとカンナは狂ったように笑いながら、自分のミタマの特性を叫ぶ。
「私のミタマは『癒』のミタマ! 右腕に宿った魂一つに付き一回しか使う事が出来ないけど、一度使えば私は死の淵にあっても完全復活する事が出来る! 因みに今はリザードマンの魂が二つ私には宿っているから、私の分の命も含めて、少なくともあなた達は後二回私を殺さなければ勝てないのよ。出来るの? 三人はまだ回復に時間がかかるだろうし、後方支援のあなた一人なら私一人でも何とかなるわよ」
全てのからくりが分かると、織莉子は絶望に飲まれそうになるが、必死でポーカーフェイスを装う。
カンナの実力はずば抜けて高い訳ではないが、それでも強敵である事には変わらない。
戦略抜きの単純な力比べの勝負となった場合、カンナを相手に勝てる自信が織莉子にはなかった。
そんな彼女の心情を見透かしたのか、カンナは一気に距離を詰めてバールを織莉子の頭部に向かって振り下ろす。
「死ね!」
その時、織莉子の顔が邪悪に歪む。
それと同時にカンナも自分に起こった変化に気付いて行動を起こそうとする。
だがその時にはもう手遅れだった。
カンナの体は植物の蔦のような物で雁字搦めに束縛されていて、身動きが取れなくなり、バールを手から落としてその場に突っ伏す。
辛うじて動く首で後方を見やると、そこには無精髭を生やして炎に包まれた剣を持っている法衣姿の男、黒のタンクトップとパンツに身を包み、木で出来ているかのような右腕を持った青年の二人だ。青年は、己の右腕を蔦のように伸ばし、カンナの身体を締め上げている。
「美国織莉子! この未来見えていたな⁉」
怒りながら織莉子に噛みつくカンナに対して、織莉子は何も言わずに黒衣の青年を見つめていた。
だが青年は何も言わずにカンナを絡め取る事に集中していて、織莉子に対して意に介さない状態。
ならばと織莉子はジェフリーの方を向き、彼の詳細を聞こうとした。
「終わったら全て話す」
それだけ言うとジェフリーは青年の一歩前に出て、身動きが取れないカンナに向かって右腕を突き出す。
そして何も言わずにそこから可能な限り炎竜の卵を放ち続けると、辺りは瞬く間に火の海に変わった。
肉が焦げる不快な臭いが辺りに広がると、自然治癒が間に合ったかずみとカオルは起き上がって、先に治癒が終わった海香と一緒に彼女と同じ方向を眺めようとする。
「何が起こったの?」
「ダメ!」
海香はかずみを制そうとするが遅かった。
炎竜の卵の威力は凄まじく、瞬く間にカンナの体は全身が大火傷の状態で覆われ、皮膚という皮膚はまともな状態を保っていなかった。
息も絶え絶えになって皮膚呼吸が出来ない状態になったのを見届けると、ジェフリーは炎悪魔の矢尻を発動させ、カンナに向かって放つ。
身動きが取れないカンナは全方位囲まれた炎の矢に対して成すすべがなく、ただ呆けて見ているだけであり、次に意識が追い付いたのは彼女の体が全て矢で貫かれた時だった。
「ぎゃあああああああああああ!」
カンナの悲痛な叫びが木霊し、そこに居た少女達は全員その光景から目を背けた。
体のありとあらゆる部分を矢が貫いていて、少し動いただけでもそこから血が噴き出る様子は見ていて気持ちがいい物ではなかったからだ。
ジェフリーは呻き声を上げるカンナに構わず、青年に指示を出す。
右手を上げたのを見ると青年は蔦を離し、木のような右腕を人間の形に戻す。
ジェフリーは改魔のフォークで蹲っているカンナの顔を起こすと、冷淡な顔を浮かべながら言う。
「聖カンナ。お前の事は大体、織莉子から聞かされている。俺は別にお前を救おうなんて気は毛頭無い」
そう言うと同時にジェフリーは力任せに下からカンナの顎を殴り飛ばして、その体を宙に浮かす。
無防備になったカンナの体に向かって、無茶苦茶にジェフリーは刃を振りかざす。
まるでスライサーがリンゴの皮を剥くように、少しずつカンナの体は切り刻まれていき、痛覚排除魔法を使う暇もなく、カンナは声にならない声を上げて切り刻まれていく。
「何て残酷な……」
目の前に居る彼が何者なのかはカオルには分からない。
だが見ていてあまりにも気分の悪い戦い方にカオルは率直な感想を彼にぶつけた。
しかしジェフリーはそんな彼女に構わず攻撃を続ける。
まるでそこに肉がなかったかのように消滅していく様子をまともに見る事が出来ず、海香もかずみもそこから目を背けてしまう。
肉と言う肉を改魔のフォークによって削がれ、その場に残ったのは宙で鼓動を繰り返す心臓だけだった。
「不便な物だな。魔法少女とはそれだけやられても、まだ死ねないんだからな……」
最後にジェフリーは真っ赤に染まった心臓に向かって、刃を突き立てて刺す。
心臓の鼓動が止まった瞬間、臓器はドロドロに溶解して消えてなくなり、完全に聖カンナが死んだ事を一同は理解した。
あまりの光景に圧倒されていた一同だったが、カオルはハッとした顔を浮かべて正気を取り戻す。
それと同時に襲ってきたのは激しい怒りの感情。
感情のままにカオルは拳を握りしめて、ジェフリーに突っ込もうとする。
「この人でなしが!」
「待って! まだ終わってないわ!」
カオルを制したのは未来を見た織莉子。
織莉子の視線の先には激しい雷があり、そこから凄まじい勢いで再生していく人体が見えた。
骨格、臓器、筋肉、皮膚、法衣の順番で復活すると、一度無残に死に耐えた聖カンナは完全復活を遂げた。
「嘘でしょ? 全身細胞の一片も残らないレベルで駆逐しても復活出来るって言うの⁉」
「でも事実よ」
癒のミタマの能力に驚愕するかずみ。
そんな彼女を窘める海香。
だが両者の想いは一つだった。今のままではカンナには勝てないと。
しかし、全身を再生させたカンナもこれまでの余裕めいた笑みはなかった。
痛覚排除魔法を使う暇もなく、死の恐怖を教えられるかのように繰り返された攻撃の数々に圧倒されていた。
ジェフリーとの戦力差もそうだが、カンナは生まれて初めて感じる死の恐怖に戸惑い、完全に戦意を喪失していた。
少女の様子を見届けると、ジェフリーはカンナの胸倉を掴んで持ち上げると、その顔面に向かって思い切り拳を叩きこむ。
地面に何度も口づけを繰り返すカンナ。
やがて激突も収まり、血だらけのカンナがジェフリーの方を見ると同時に一本の矢が少女を襲う。
矢は胸に刺さったが、心臓の一歩手前で炎の矢は止まり、痛覚排除魔法を発動させたが、カンナは死の恐怖に表情が固まっていた。
「どうだ? 肉体を生きたまま斬り刻まれ、痛めつけられる気分は? 何度でも肉体を復活できるとしても、徐々に殺されていく様をじっくりと体験したんだ。いくら肉体を回復しようと、それに精神がついて来なければ意味が無いだろう⁉」
激昂するジェフリーを前にカンナは何も言い返す事が出来ず、後ずさりしながら退散しようとするだけ。
彼女に戦闘の意思がないのを見届けると、ジェフリーはトドメとばかりに宙に矢を放って威嚇射撃を行うと、カンナに向かって叫ぶ。
「二度と面を見せるな! そして聖杯とは縁を切れ! さもなくば今度はもっと痛い目を見る破目になるぞ!」
これ以上彼の怒鳴り声を聞きたくないか、カンナは異空間に穴を開けると逃げるように飛び込んで立ち去る。
その場を静寂だけが包んだが、ジェフリーは黒衣の青年の前に立つと彼の肩を叩いて自分に注意を持っていく。
「帰るぞ。まどか達にもお前の事を紹介しないといけない」
「待てよ!」
黒衣の青年を連れて、ジェフリーが見滝原に帰ろうとしたが、海香とカオルは彼を取り囲んでいた。
その怒りの表情を見て、ジェフリーは自分に対する敵意を感じた。
「あなたの戦い方は初めから殺すつもりのそれでしたよ! 何であそこまで残酷になるんですか⁉」
「答える必要はない」
海香の問いかけに対しても、ジェフリーは淡々と返すだけであり、相手にしないようにしていた。
彼女達に構わず黒衣の青年を連れて、その場を後にしようとしていたが、カオルはジェフリーの胸倉を掴んでその場にとどまらせる。
「あ……」
黒衣の青年は心配そうに手を伸ばすが、ジェフリーは手を突き出して彼を静止させる。
「問題ないパーシヴァル。すぐに終わる」
「それはおめぇが決めることじゃねぇよ! 見ていて気分悪い物見せやがって! 歯食いしばれ!」
カオルは怒りに任せて拳を振りかざして、ジェフリーを殴ろうとする。
「やめて!」
そこに怒鳴り声が響いて、カオルの拳はジェフリーに当たる寸前で止まる。
呆けた顔でカオルが声の方向を見ると、まどかが怒りに満ちた表情でカオルを睨んでいた。
「何よ! 何も分からない癖して、分かったような事ばっかり言って!」
「『分かったような事ばっかり』って……事実こいつはカンナに対して見るも無残な戦い方をしたじゃないかよ!」
怒りをカオルにぶつけるまどかだが、カオルも負けずに反論する。
だがまどかは自分の感情をぶつけると、彼女を無視してジェフリーの胸に飛び込んで、彼に抱きしめてもらう。
「辛かったよね。昔の嫌な事思い出しちゃったんだね。ニミュエさんと同じ末路を、彼女に味合わせたくなかったから、心を鬼にして徹底した戦いをしたんだよね?」
まどかはジェフリーを慰めようとしたが、逆にまどかの方が涙が止まらなくなり、彼に慰めてもらう形となる。
何が何だか訳が分からない一同だったが、かずみと織莉子がこの場を収めようとする。
「その人まどかの知り合いなんでしょ? だったら話を聞かないと……ねぇ?」
「かずみの言う通りよ。その人は私達に取っての救世主なんだから、私の方からも彼の行動に対して説明をするわ。だからここは私に免じて話し合いの機会を」
有無をも言わせぬ織莉子の物言いに渋々ながらも、海香とカオルは引き、家へと向かう。
それにジェフリー、まどか、織莉子の順で続いたが、一人取り残されたパーシヴァルはどうしていいか分からず、その場に立ち尽くすだけだった。
「ほら、お兄さんも」
だがかずみがパーシヴァルの手を取ると、彼と手を繋いだままかずみは家へと向かう。
かずみは人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、パーシヴァルに接する。
「お兄さん名前は? 見たところ二十代前半ぐらいだけどさ?」
かずみの言っている事が分からず、困惑するばかりのパーシヴァル。
彼に教えられたのは自分の名前だけ。
それをパーシヴァルはかずみに伝える。
「パーシヴァル……」
「そうなんだ。私はかずみ、よろしくね!」
かずみはカオルや海香とは違い、ジェフリーの話を聞きたいと思い、そしてパーシヴァルの話も聞きたいと思っていた。
彼女の優しい人柄に触れると、パーシヴァルは自分の名前以外で覚えた言葉を口にする。
「かず……み……」
聖カンナの設定を見た時、これは絡ませなくてはいけないと思い、今回推敲を重ねてやってみました。次回は再び悲しい魔法使いの物語の話を織莉子とかずみ勢が聞く話になります。