魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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例え傍から見れば歪んだ物でも、本人たちに取っては真剣な戦い。人だからこそ、迷い、間違い、迷走するのだから。


第十七話 人としての孵卵器との戦い

 あすなろ市へ到着すると、まどかは見慣れない近隣の街の風景を物珍しそうに見て、織莉子は様々な思い出が蘇り、一人干渉に浸っていた。

 ジェフリーはと言うと、目を閉じ魔力を高めて意識を集中させて、大切な仲間が自分に託してくれた存在がどこに居るのかを探していた。

 三者三様の考えがありながら、一行は織莉子に付いていく。

 

「そう言えば、どこに行くんですか?」

 

 詳しい事を何一つ聞かされてないまどかは、今更ながら織莉子がどこへ向かっているのかを聞く。

 織莉子はあすなろ市での戦いの記憶に耽りながらも、彼女の問いに答える。

 

「ここで共に戦った仲間達の元です。彼女達は本当に強いんですよ、魔法少女システムと真っ向から戦い続け、いつの日か人間に戻れるその日を夢見て戦い続けていたんですから、本来なら真っ先に向かうべきなのですが、こちらも美国の復興に忙しくて……」

 

 家の事で手一杯になってしまい、本来真っ先に向かうべき相手の所へ行けなかった事を反省し、織莉子は苦痛に顔を歪ませる。

 そんな彼女をまどかは慌てながらフォローに入る。

 

「仕方がない事ですよ。仲間の皆が全滅する未来は見えなかったんですよね?」

「そんな未来が見えたら、私は真っ先に皆の元へ駆けつけるわ」

「だったら、じっくりと一人で考える時間だって必要ですよ。いきなり色々起こったんじゃ、頭がパニックになっちゃいますから」

 

 まどかは実体験から語る。

 ワルプルギスの夜が来るまでの、嵐の様な一か月は彼女に取って生きた心地のない日々。

 そんな中で突然、魔法少女に取って変わる存在。魔法使いと言う選択肢を上げるのは、まだ会った事もない彼女達に取って、メンタルの部分でよくない所があるとまどかは判断した。

 続けて言葉を発そうとするまどかだが、うまく言葉が出ない。

 その時、まどかのポーチが激しく揺れ動く。

 一緒に連れてきた存在を思い出すと、まどかはポーチからそれを出して織莉子に見せる。

 

「ほら! カムランだって元気を出してって言ってますよ」

 

 まだ言葉が喋れないカムランは、体を震わせて必死に自分の気持ちをアピールしていた。

 そんな健気なカムランの姿を見ると、織莉子はカムランの体を撫でて穏やかな笑みを浮かべた。

 

「可愛い子ね」

「ハイ! たっくんと同じぐらい、カワイイ私の弟みたいなもんですから」

 

 そう言うと二人は笑いあい、和やかな空気に包まれた。

 だが、そんな二人とは対照的にジェフリーは相変わらず険しい顔のまま辺りを見回していた。

 彼は彼で目的があったから、大切な仲間が自分に託した存在を守り抜くと言う目的が。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリー達があすなろ市へ向かって家主の居ない美国邸に一行は呼び出されていた。

 呼び出した主は呉キリカ、キリカは両脇にゆまとまどかを置くと、ホワイトボードの前に立ち、まるで教壇に立つ教師のように一同を見渡す。

 

「諸君、私が君達を呼んだ理由は知っているな?」

 

 声色から明らかに怒っている事が分かった。

 その理由を一同は知っている。

 先日のリザードマン戦は全員で挑んだにも関わらず、結局最後は全てをジェフリーに委ねると言う情けない結果に終わった事だろう。

 だがそれをキリカに咎められる理由はない。

 杏子はその意思を遠回しに彼女へと伝える。

 

「相変わらず何かにつけて、芝居がかった喋り方をするな……宝塚のファンか何かか?」

「無駄口を叩くな!」

 

 キリカは杏子を一喝する。

 叱られて杏子は萎縮したのか、取りあえずは話を聞こうとゆまとなぎさが手渡してくれた資料に目を通す。

 数枚のプリントで構成された資料を捲ると、そこには一つの戦いの記録が記されていた。

 資料の表紙には『あすなろ市での魔法少女達による。魔法少女システムの否定、インキュベーターに頼らない魔法少女システムの完成を試みようとした少女達の物語』とあり、タイトルだけで興味を惹かれる内容を持ち、杏子もキリカに噛みつく事を止め、資料を開く。

 一枚目には一人の魔法少女の詳細が書かれていた。

 少女の名は『和紗ミチル』留学中に祖母の危篤を知り急遽帰国し、彼女の元に向かう途中で魔女に襲われたところ魔法少女に救われ、その存在を知り『祖母の命が尽きるまで間、彼女の意識をハッキリさせてほしい』という願いを対価に契約した魔法少女。既に故人。

 その願いを聞いたマミは一つの疑問を感じ、手を上げてキリカに説明を求める。

 

「何で祖母の病気を治す事を彼女は選ばなかったの?」

「私も聞いた話だから詳しい事は分からないが、祖母は延命処置を断ったそうだ。彼女の生き方を尊重するため、恐らくはその願いをしたのだろう」

 

 触りの部分しか聞いていないが、この魔法少女が強く正しい心を持っている事を一同は理解した。

 続けてページを捲っていくと、彼女を中心にした7人の魔法少女の集団『プレイアデス聖団』に付いて書かれていた。

 共に戦った仲間から得た情報を頼りに作られた資料には、魔女を相手にコンビネーションで戦う魔法少女達の行動パターンが事細かに書かれていて、チームワークの重要性と言うのがよく分かった。

 大体の行動パターンに一同が目を通したのを見ると、キリカはホワイトボードに各々の魔法少女の特色を書いて見せる。

 だが7人居る中で『浅海サキ』『若葉みらい』『宇佐木里美』『神那ニコ』の4人の名前の隣には十字架のマークを付ける。

 

「それは?」

 

 あまり気分が良くないマーキングにほむらが噛みつくと、キリカは冷淡に答える。

 

「私達も死力は尽くした。だがその中でもこの四人は脱落してしまったよ。プレイアデス聖団で残っているのは三人だけだ」

 

 既にリーダー格の和紗ミチルが故人である事を知らされている一同は、計算が合わない事をおかしく思っていた。

 

「あ――!」

 

 そんな中、空気の読めない大声が響く。

 さやかはプレイアデス聖団のメンバーの中の一人、神那ニコの姿を見ると、キリカを相手に手を上げて質問に答えてくれるよう求めた。

 

「何だ美樹、騒々しいぞ……」

「この人この間の人ですよね?」

 

 さやかが指さした神那ニコの写真を見ると、一同もハッとした顔を浮かべた。

 その姿は以前、リザードマン達のコアを持ち帰った『聖カンナ』と瓜二つなのだから、この事に付いて詳しい話を聞こうと、一同はキリカを見た。

 

「分かった、分かった。本当はチームワークの大切さを皆にも分かってもらおうと思ったが、予定を変更する。恐らくは今頃織莉子も彼女達を魔法使いに変えている頃だろうしな、話すとするよ……」

 

 そう言うとキリカは空を見上げて、当時の思い出に浸りながら思い返す。

 魔法少女のシステムと真っ向から戦い抜いた少女達の物語を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 少女達の目の前にあるのは美国邸程ではないが、見る人を圧巻させる白亜の豪邸がそこにあった。

 まどかが表札を見ると『御崎海香』と言う名前が書かれていて、それを見るとまどかの中で何かが引っかかる感覚を覚える。

 

(どこかで聞いたような……)

 

 まどかの心情に構わず、織莉子はインターホンを押して申し訳程度の挨拶を行うと、家主の応対を待つ。

 織莉子に肩を軽く叩かれ、まどかも新しい仲間になるかもしれない魔法少女達の応対に当たろうとしたが、ジェフリーは一人そこから離れていく。

 

「どちらへ?」

 

 織莉子は少し威圧するような感じでジェフリーに言う。

 だがジェフリーは彼女の言葉など気にせず、淡々と語る。

 

「ここに俺の目当ての存在は居ない。舞台変換の刻印なら織莉子だって継承しているだろう。だからそこの救済は任せる」

 

 自分の言いたい事だけ言うと、ジェフリーはパーシヴァルの息子を求めて去って行く。

 あまりに身勝手なジェフリーをまどかは引き止めようとするが、織莉子は肩を掴んで自分の方にまどかの注意を向かせると、首を横に振ってそれを否定した。

 

「彼の言う通りです。自己紹介などに関しては追々やっていけばいいでしょう」

「でも……」

「誰だって譲れない目的はあります。彼女達がそうだったように……」

「オーイ!」

 

 話している途中で元気な声が響く。

 二人がその声の方向に顔を向けると同時に玄関の門が開き、中から飛び出たのは黒髪のショートヘアーの活発そうな印象を持った少女が飛び出した。

 少女は織莉子の顔を見るなり、いきなり飛びついて抱きつき、頬ずりをして久しぶりの再会を喜んでいた。

 

「織莉子さん久しぶりだね!」

「ええ。本当に久しぶりね、かずみ」

 

 『かずみ』と呼ばれた少女は自分の名前を織莉子に呼ばれると、パッと花が咲いたような笑みを浮かべて、織莉子に甘えた。

 部外者になっているまどかからすれば、何が何だか分からない状況。

 一人取り残されて困った顔を浮かべていると、後ろから別の二人の少女が姿を現す。

 

「コラ、かずみ! いきなり織莉子さんに失礼だろ!」

「すいません織莉子さん。かずみには私がよく言って聞かせますので……」

 

 織莉子に抱きつくかずみを引きはがしたのは、オレンジ色の髪をショートヘアーでまとめた。かずみとは違った意味で活発そうな印象を持つ少女。

 織莉子に向かって頭を下げて謝っているのは、腰まで伸びた黒髪のロングヘアーを靡かせ、眼鏡が知的な印象を持つ文科系の少女。

 特にまどかは眼鏡の少女を見た時、記憶が蘇る感覚を覚え、恐る恐る彼女に対して質問をする。

 

「もしかして、『遠く潮騒を聞きながら』の御崎海香先生ですか?」

「え、ええ……」

 

 目の前に居るのが中学生ながらにベストセラー作家の御崎海香と知ると、まどかはパッと花が咲いたような笑みを浮かべ、興奮した様子で彼女と強引に握手を交わす。

 

「感激です! 私あの小説読んでとても感動したんです! あとでサイン貰ってもいいですか⁉」

「え、いや、あの……」

 

 突然の事で海香は対応に困り、困惑するばかりであった。

 そんな彼女に助け船を出したのは織莉子であり、二人を引きはがすと改めて中に入って話がしたいと海香に目で訴えかける。

 

「話は大体聞いていますけど、未だに半信半疑です。私達にが人間に戻れるなんて……」

「人間に戻れると言うよりは、ゾンビから違う種類の人間に作り変えると言った印象ね。私がこの力を得て思ったのは」

「それと、ある日を境にキュゥべえがプツッと姿を見せなくなった事も関係あるんですか?」

「それについても立ち話で話せるような薄い内容の話じゃないわ」

 

 本題を思い出すと場の空気は一気に重苦しい物へと変わる。

 その場の空気の悪さに、まどかは居心地の悪さを覚え、どうすればいいか分からないでいたが、その空気は三人に後ろから抱きついて首に手を回すかずみによって打ち砕かれる。

 

「難しい話はお家に入ってからにしよう! 紅茶とお菓子もあるからね!」

 

 天真爛漫なかずみに三人共顔が綻び、四人は並んで家へと向かう。

 一人取り残されたまどかだが、四人が家へと向かうのを見るとハッとした顔を浮かべ、彼女達の後を追う。

 彼女達の事はまだよく知らない。だが良い仲間になれるであろうと言う淡い期待を抱きながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 紅茶とお菓子を楽しみながら、まず織莉子はいきなり本題に入るような真似はせず、各々の近況報告から行った。

 見滝原でワルプルギスの夜を打ち倒したのは、異世界から来た魔法使いを筆頭に彼の人柄に賛同して集まった四人の魔法少女達であり、まどかはほむらの影響で世界を打ち亡ぼすレベルの魔力を持った魔法少女の資質がある事を告げた。

 ほむらのループの話を聞くと、オレンジ色の髪の少女は困惑した顔を浮かべていた。

 

「でも一概には信じられないな。パラレルワールドって漫画の中の話だけじゃないんだな」

「カオル、パラレルワールドは科学的に証明出来ている話なのよ。一つしか世界がないなんておかしな話じゃないの」

 

 頭の固い『カオル』を海香は一蹴する。

 ここでオレンジ色の髪の少女がカオルと言う名前が分かると、まどかは行動に出ようとする。

 

「あ、あの……改めて自己紹介します。私、見滝原中学三年生の鹿目まどかです。契約はしないで人間としてインキュベーターと戦っていきたいと思います!」

 

 勢いよく立ち上がって深々とお辞儀をするまどかに対して、三人は圧倒されながらも「こちらこそ」と言いながら頭を下げる。

 ここで織莉子は彼女達の自己紹介がまだ済んでいない事に気付き、改めて三人にもまどかに自己紹介をするよう促す。

 初めに立ち上がったのはかずみと呼ばれた少女だった。

 

「それもそうだね、私は昴かずみ。かずみでいいよ、仲良くしようねまどか!」

 

 そう言ってまどかと握手を交わすと、かずみはニカっと笑う。

 つられてまどかも笑い、二人の間には穏やかな空気が流れた。

 これに乗じて、残りの二人も続けて自己紹介をする。

 

「私は牧カオルだ。カオルで大丈夫だから、特技はサッカー。まぁほどほどによろしく頼むよ」

「改めて自己紹介します。私は御崎海香、中学生と小説家を兼任しています。サインの件ですがお断りするわ」

「え⁉」

 

 海香の発言にまどかは表情が固まり、絶望的な顔を浮かべた。

 だが海香は穏やかな顔を崩さないまま、話を続ける。

 

「だって私達は友達になるのよ。サインは親しくない人が身近にそれを感じるために必要な物、身近な存在になるまどかには必要ないでしょう?」

 

 もっともな発言にまどかの顔には希望の色が取り戻され、元気よく「ハイ!」と返す。

 

「これからよろしくお願いします! 御崎先生!」

「海香でいいわよ。それと敬語もやめてちょうだい、私達は友達になるんだから」

「うん!」

 

 完全に打ちとけあった一同を見ると、織莉子は手を叩いて自分の方に注意を向かせると、改めて魔法少女を魔法使いに血の通った人間に戻す方法を話し出す。

 ワルプルギスの夜が残してくれた遺産、舞台変換の刻印の説明を受けると、早速三人は指輪にしていたソウルジェムを織莉子に手渡し、ソウルジェムを代償に捧げての魔法使い変換の儀を申し出た。

 

「ハッ!」

 

 気合いの入った叫びと共に各々の魂は砕かれたソウルジェムを離れ、それぞれの肉体に定着していく。

 そして心臓がある部分から淡い光が漏れると、自分達もまた魔法少女を魔法使いに変える事が出来る救済の力を得て、三人には涙ながらに喜び、人目もはばからず抱き合って喜んだ。

 

「良かった! 本当に良かった!」

「私達が今日まで頑張ってきたのは無駄な事じゃなかったのね!」

「私、嬉しいよ! カオル! 海香!」

 

 三人の涙を見て、織莉子は自分が行った事が一つ成就した事に喜びを感じていた。

 一しきり泣き終えると、三人の中で一つの疑問が生まれ、代表して海香が織莉子に尋ねる。

 

「それで先程触りだけ聞きましたけど、今異世界の力がインキュベーターと手を組んで脅威になっていると聞きましたが、どう言う事なんですか?」

 

 落ち着きを取り戻すと、改めて真実を受け入れようと海香は織莉子に聞く。

 受け入れられる準備が出来たのを見ると、織莉子は真実を話し出す。

 異世界の力、聖杯がインキュベーターと手を組んで、これからは素養のない人間が魔物に変わり、人々を襲う異形に変わるという事を。

 新たな脅威に三人は青ざめた顔を浮かべるが、カオルは深呼吸の後に自分の顔を思い切り平手で叩いて気合いを入れると、両の頬に手の痕が付いた状態で織莉子に自分の気持ちを伝える。

 

「私は戦いますよ織莉子さん! せっかく織莉子さんに殺すだけじゃない、救う力を与えてもらったんだから、この力で私は絶望を希望の火で灯してみせます!」

「私もカオルと同じ気持ちです」

 

 カオルと海香は織莉子と共に戦い抜く事を約束した。

 凛とした二人の顔を見ると、織莉子は穏やかな顔を浮かべて一言言う。

 

「いい顔です。それじゃあ、このあすなろ市はあなた達に託します。何かあったら応援要請を要求しますし、情報交換も……」

「あの……」

 

 話がまとまりそうなところで、かずみが申し訳なさそうに手を上げる。

 場の空気が締まらない物になった事に不快な顔を二人は浮かべるが、そんな二人を織莉子は宥めながらかずみの応対に当たる。

 

「何?」

「織莉子さんが人間に戻してくれたのは本当に嬉しいって思います。でも……」

「でも何?」

「まどかがここに来たのは、ただ織莉子さんの付き添いって訳じゃないですよね? まどかからは決意を感じるから……」

 

 かずみはまどかの内にある決意を感じ取り、彼女の目的を果たそうとする。

 まどかもまたかずみに言われ、自分の本来の目的を思い出す。

 これから先絶対に契約しないように強い心を持つため、この街での魔法少女達の戦いを詳しく聞くと言う目的を。

 まどかは意を決して、自分の事を話し出す。

 

「さっきも言いましたけど、私にはその気になれば世界の全てを改変出来るぐらいの力があるの。私は昔弱い心に負けて、そうしそうになったの。でもこれから先そうしないためにも、私は見聞を広めて皆の話を聞いて考えたいって思っているの。だからここに来たんだよ」

「そうは言ってもだな……」

 

 カオルは実感が湧かない話に困惑して、困ったように頭を掻いていた。

 彼女に分かりやすく事を説明するのは自分の役目だと判断した織莉子は、まどかの隣に立ち、彼女に言葉を促す。

 

「そう言えば私も詳しい事は聞いていなかったけど、鹿目さんは何をインキュベーターに求めたと言うの? そこを説明する事からお願いしてもらってもいいかしら」

「ハイ」

 

 そう言うとまどかは自分がやろうとしていた願いを話し出す。

 『全ての魔女を生まれる前に消し去りたい』と聞くと、三人は苦痛に顔を歪めて、織莉子はまどかを厳しい表情で見下ろし、一言言う。

 

「おやめなさい! そんな馬鹿げた事は!」

 

 その場に怒鳴り声が響き、まどかは萎縮する。

 他の三人も言葉にこそ出していないが、まどかに対して怒りの感情を持っていた。

 まどかは膝を抱えて何も言えなくなるが、織莉子は三人の元へ向かうと、彼女達に了承を得てあすなろ市の物語を話していいか尋ねる。

 

「なぁまどか……」

 

 最初に話したのはカオル。

 カオルは言葉を頭の中で選びながらまどかに接そうとする。

 

「初めはまどかに怒った事もあったけど、今は感謝しているよ。それをやられたら、かずみは今この世に昴かずみとして生を受けていないからな」

「え⁉ どう言う事なの?」

 

 言っている意味が分からず、まどかは困惑するが、続いて海香が織莉子を押しのけ、カオルの隣に立つと続けて話し出す。

 

「織莉子さん、ごめんなさい。これは私達が話さなければいけない物語なんです。私達の中で最も暗い部分の罪の物語なんです」

「そう、なら私はもう何も言わないわ」

 

 海香の決意を知ると、織莉子は一歩下がる。

 代わりにかずみが一歩前に出ると、まどかに対して自分の想いをぶつける。

 

「最初に言っておくよ。確かにカオルと海香がやった事は悪い事かもしれない。でもそれでもそのおかげで私は生まれたんだから、二人を責めたら私が許さない!」

「うん。だから私に話して、あなた達だけの物語を」

 

 双方覚悟が決まったのを見ると、かずみ達は話し出した。

 インキュベーターと違う方向から戦い続けた少女達の物語を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 あすなろ市でのプレイアデス聖団の戦いをキリカから聞く一同。

 特に発端となった事件を聞くと、一同は怒りを覚える反面、驚愕もしていた。

 

「そんなことが本当に可能だって言うの? 和紗ミチルを復活させるため、魔女の死体を用いてクローン人間を作り出すなんて……」

 

 さやかはこの事実に食ってかかるが、キリカは冷淡に一言言う。

 

「だが事実だ。12体作ったが結局失敗に終わったよ、そこからプレイアデス聖団は一つの結論に達したよミチルの記憶が生き返る事を拒絶したとね」

「まぁ願い事はこれまでの行動を聞けば、とてもじゃないがそう言うのを望むとは考えられないからな」

 

 杏子は聖団の仮説に同意して、話の続きを求めた。

 それは皆も同じ気持ちだった。彼女達が行ったのはこれだけで終わらないと言う事は。

 

「そこから聖団はミチルの記憶を持たない、全く新しい人格の魔法少女『かずみ』を作り上げた。初めは上手く行ったんだが、やはり無理が生じたんだろうな。ある日魔女を倒した時、彼女は暴走して魔女を食うと言う奇行に走ったよ。そこからプレイアデス聖団はおかしな方向に行った」

「ちょっと待って」

 

 この発言にほむらが噛みつく。

 彼女の意見は分かる。キリカは凛とした態度でそれを受け止めようとする。

 

「あなた達は未来が見えているはずよね? そんな悲劇的な未来をただ黙って見ているだけだったって言うの?」

「これを私達が理解したのは起こってからだ。そこから悲劇的な未来を回避するため、私達はかずみを破棄する派と保護する派に分かれている側に分かれているプレイアデス聖団の中で、保護する派である牧カオルと御崎海香の二人に付いてかずみを保護する方を選んだ。彼女は強力な魔法少女だったよ。正直彼女がいなければヒュアデスの暁も倒せなかったかもしれない」

「それよ」

 

 ほむらはずっと気になっていた事に食いつく。

 聞いた事も無い大型魔女の存在を詳しくユウリに聞こうとする。

 

「かなり長い話になるから、要点だけまとめて言うとな。プレイアデス聖団は魔法少女から普通の人間に戻す方法が確立されるまで回収した魔女寸前まで穢れた魔法少女のソウルジェムを封印しておいたんだ。通称『レイトウコ』だ」

「確かにソウルジェムは魔法少女の本体だから、やろうとしている事は間違いじゃないけど……」

 

 マミはプレイアデス聖団が曲がりなりにも、魔法少女のシステムと戦っている事を認めたい気持ちはあったが、どうにも納得が行かないと言う顔を浮かべていた。

 

「巴の心配は正解だよ。ヒュアデスの暁は聖カンナによって生み出された。カンナはそこに集めた多数のソウルジェムから無理やり魔女を一斉孵化させ、カンナの能力によって変異融合させて誕生した、超大型魔女それが『ヒュアデスの暁』だ」

「そのカンナって人はどうしてそこまで聖団を恨んでいるって言うの?」

 

 さやかの質問に対して、キリカはほむらだけを別室に呼び出すと、彼女にだけ事の顛末を全て話す。

 数分後、話を全て聞いたほむらは深刻そうな顔を浮かべており、一言だけ皆に言う。

 

「この件に関してはジェフリーが戻ってきてから話しましょう。この事に関しては彼と交えて話し合いましょう」

 

 それだけ言うとほむらはそれ以上何も話そうとしなかった。

 一気に情報を得る事は精神衛生上よくないと判断した一同は、これ以上の追及を止める事にした。

 一旦落ち着きが取り戻されると、最後にキリカはほむらの前に膝を突き、祈りを捧げた。

 

「何?」

「一つ君に懺悔をしなくてはいけない。聞いてくれるか?」

「何だ? 懺悔ならここに曲がりなりにも教会の娘が居るぞ。聞いてやるから話せ」

 

 二人の間に杏子が入ると、キリカは祈りを捧げた状態で話し出す。

 

「君はこの時間軸で今までにないイレギュラーを一つ経験しているだろう?」

 

 そう言われて真っ先にほむらの脳裏に思い浮かんだのは、双樹あやせ、ルカの存在。

 彼女達には泣かされた記憶しかないが、結果として彼女達のおかげでほむらは供物魔法を完全に使いこなすことが出来た。

 全ては結果オーライではあるが、もう過去の事なのであまりガミガミは言いたくない想いがほむらは強かった。

 

「もう済んだ事をとやかく言うのは嫌なのよ。これはループによるトラウマね」

「だが一つだけ懺悔をさせてくれ。見滝原に双樹あやせ、ルカを送り込んだのはな……」

 

 そう言うとキリカは真剣な顔を浮かべて立ちあがり一言言う。

 

「この私だ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 かずみが生まれた理由を全て聞くと、まどかは膝を突いて大きく泣いた。

 まるで怒号のように激しく泣きじゃくるまどかの肩をかずみは抱いて、彼女が落ち着くまで待った。

 

「そんな! 私は! 私は! 私はあともうちょっとでかずみちゃんの存在を消し去る所だった! 私は最低だ! この世で一番最低だ!」

 

 生まれる命を無下に扱おうとした自分が許せず、まどかは無茶苦茶に大声を上げて泣きじゃくり続けた。

 そんな彼女に対し、かずみはまどかの肩を抱いたまま語りかける。

 

「泣かないでまどか。現にまどかは選んでくれたじゃない、人としてインキュベーターと戦い続ける事を、私はまどかに感謝しているよ。まどかが強い心を持ってくれていたから、弱い心に負けなかったから、私はここに居られて、まどかとも友達になれたんだから、だからもう泣かないで」

 

 そう言うとかずみはまどかを抱きしめて、子供をあやすように彼女の背中を擦った。

 まどかはかずみの胸の中で一しきり泣くと、落ち着きを取り戻したのか、皆の顔を見て一言言う。

 

「皆本当にありがとう。私の話を聞いてくれて」

「いいんだよそんなの。その代わり今度見滝原の魔法少女も紹介してくれよ」

 

 あっけらかんと笑うカオルに対して、まどかもつられて笑う。

 

「うん! 皆凄い良い娘だからカオルちゃんとも仲良くなれる!」

「やっと笑ったな」

 

 完全に元気を取り戻したまどかを見て、海香は穏やかな笑みを浮かべながら語り出す。

 

「命は素晴らしい物だ。人である以上、生まれた事に感謝して、人として真っ当に生きなければいけないからね。それはその人だけの戦いだ。誰にも否定する権利なんてないよ」

「私達は私達のエゴでかずみを生んでしまった。だけど、最後までかずみと共に歩くつもりだよ。これは罪滅ぼしとかの意味じゃない。私達がかずみと居たいからだよ」

 

 海香とカオルは堂々と言うと、かずみは人懐っこそうな笑顔を浮かべて、二人に飛びかかって抱きつく。

 この様子を見て、まどかの中で一つの話が蘇り、ここに居ない彼に対してメッセージを送る。

 

「大丈夫だよジェフリーさん。あなたはキチンとニミュエさんの心を受け止めてあげたよ。思ってくれる人が傍に居れば、人は何度だって正しい道を歩める物だから」

「そう言えば」

 

 思い出したように織莉子はまどかに対して接する。

 一つ聞いておきたい話があったから。

 

「私はジェフリーさんの過去に関してはまだ聞いていなかったわね。彼が来て全てを解決する未来が見えたからこそ、私達はあすなろ市とホオズキ市の問題に着手したのだから、よければ聞かせてくれないかしら?」

「そう言う事は本人の口から聞いた方が……」

 

 話している途中で家が結界で覆われる感覚を覚える。

 何事かと思い一同が外へと飛び出すと、そこには三体のリザードマンが居て、獲物を前に魔物達は舌なめずりを行っていた。

 そしてリザードマン達を従えている存在を見て、かずみ達は驚愕の表情を浮かべた。

 

「そんな! あなたは悲しい結末を選んだはずじゃ⁉」

 

 聖カンナの最後を見届けたかずみは、そこに彼女がいる事が信じられなかった。

 それはカオルと海香も同じであったが、カンナは淡々と語り出す。

 

「私はもしもの時のため、聖カンナが作り上げたクローンだ。彼女が死んだ後で自我に目覚めたわけだ」

「それでお前は何がしたいんだ⁉」

 

 魔法少女に変身したカオルはファイティングポーズを取って、カンナに対して威嚇をする。

 それはバックでカオルのバックアップに徹そうとする海香も同じ事であり、既に変身を終えた織莉子と一緒にまどかを守っていた。

 

「目的その物はオリジナルと一緒さ。まぁ私の場合はバックに強力なのが付いているけどな。と言う訳で改めて自己紹介しよう」

 

 そう言うとカンナは手を大きく振って貴族のように挨拶を行おうとする。

 

「私の名は聖カンナ。聖杯から生欲の力を受け継いだ者だ。そしてこれでサヨナラだ」

 

 そう言うと同時にカンナは三体のリザードマンを一同に宛がう。

 カオルは自分の魔法である四肢を鋼のように硬質化する能力で応対し、戸惑っていたかずみも変身してカオルと並んでリザードマンと戦う。

 

「悲しい事一杯あって、この人達も魔物になっちゃったんでしょ? 大丈夫、私、救うための力を手に入れたから!」

 

 そう叫ぶと同時にかずみは杖からビームを放つ。

 追いやられるリザードマンだがすぐに立ちあがると奇声を発しながら、突っ込んでいく。

 戦いを繰り広げる四人を見て、カンナは一言つぶやく。

 

「馬鹿ね。世の中には救えない魂だってあるのよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 声に導かれるまま、ジェフリーは深い森の中を歩き続ける。

 声はドンドン脳内で大きくなっていく。何を話しているのかは分からないが、それはテレパシーを発する存在がまだ言葉を知らない証拠。

 ジェフリーは彼の気持ちを察し、全速力で森の中を駆け回った。

 そして森の最奥に到着すると、一本の小さな苗木がそこにあった。

 反射的にジェフリーは右腕を突き出すと救済をしようと聖なるエネルギーを送り込む。

 

「よく聞け。偉大なる父親を持った人と魔の間を行き来する存在!」

 

 ジェフリーは苗木に対して、これから進むべき道を示すように叫んだ。

 それはジェフリー自身がパーシヴァルに関して持っている想いでもあった。

 

「これからお前が歩む道は茨の道だ。だがそれでもお前は生まれてしまった。人は人である以上、大なり小なり自分の運命と戦わなくてはいけないんだ! まだお前は人か魔物かも定かではない存在だ! だがお前の偉大な父親は魔物になっても人を救い続ける偉大な存在になったんだぞ! お前はその誇り高い心を受け継いだ存在だ!」

 

 パーシヴァルの事を話し続けるジェフリー。

 救済のエネルギーを受けると、苗木は少しずつ人の形に変わっていく。

 

「お前は苗木で終わりたくないのだろう? だから俺の力を受け入れて、大好きなこの街を守りたいと願ったのだろう。ならば戦え! お前の偉大な父親は罪悪感と魔法使いの宿命に苦しめられながらも、最後の最後まで人として、嫌! 今でも人の心を失わずに戦い続けているんだぞ!」

 

 熱を持って叫び続けるジェフリー。

 彼の想いを受けて、苗木は完全に人の形となり、その場に横たわっていたのは、パーシヴァルと瓜二つの裸の青年がそこに居た。

 そして最後に救済のエネルギーを送り、青年が立ち上がると、ジェフリーは涙ながらに生まれた命に対して抱きしめて祝福を送った。

 

「よく生まれてくれた。ありがとう……」

「あ、あ……」

 

 まだ言葉を話す事が出来ない苗木だった者は、何かを訴えようとしていたが、それをどう伝えていいか分からず、阿呆のようにつぶやくだけだった。

 そんな彼の目をまっすぐ見ながらジェフリーは語る。

 

「よく聞け。今からお前は名も無い苗木じゃない。血の通った人間になるんだ。その第一歩としてお前に名前を与えてやる」

「あ? あ……ぁあ?」

 

 名前の意味が分からず、苗木だった者は困惑するばかりだったが、構わずにジェフリーは告げる。

 

「お前の名は偉大なる父親と同じ物だ。パーシヴァル、それがお前の名前だ。言ってみろ」

「ぱーし……ヴぁる?」

 

 意味も分からず、パーシヴァルは自分の名前を復唱する。

 初めて出た人の言葉を聞くと、ジェフリーはパーシヴァルの頭を撫でた。

 

「上出来だ。これから俺達の役目を教えてやる。まどか達がピンチみたいだからな」

 

 頭を撫でられる意味はパーシヴァルには分からなかったが、心の中に広がった穏やかな感覚は気持ちがいい物。

 パーシヴァルは自然と笑みを浮かべて、自分の名前を復唱し続けた。

 

「ぱーし……ヴぁる、ぱーしヴぁる、パーシヴァル……」

 

 三回目で正しい発音が出来るようになったパーシヴァルを穏やかな笑みで見つめながら、彼のために用意した法衣をパーシヴァルの前に差し出し、ジェフリーは着方を教えた。

 そして時間が許す限り、ジェフリーはパーシヴァルに教えた。

 魔法使いの宿命と、人として正しくあり続ける心と言う物を。




と言う訳で前回言った通り、タグにも記載した『魔法少女かずみ☆マギカ』の物語を絡めました。ただし本筋と違うところもいくつかあります。

一つミチルを助けたのはマミではない。一つ杏子とユウリの接触はない。物語に統合性を持たせるため、この二つの設定は無かった事にしました。

色々と言われていますが、まどかが円環の理になる事を選んだら、かずみはどうなるんだと言う話になり、今回絡ませてみました。こんな感じになりましたがいかがでしょうか?

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