魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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永遠を手に入れた代償、それは人としての心を失う事。


第十六話 生欲 リザードマン

 救済したと思っていたのに、突如復活したリザードマン頭から丸かじりになりそうになっているマミ。

 魔物の攻撃に対して、マミは反撃する余裕もなく呆けた顔でリザードマンを見るだけ。

 頭の中には一つの疑問しかなかった。

 何故救済行為を施したにも関わらず、目の前の魔物を救う事が出来なかったのかと。

 大口を開けて頭からマミを食らおうとするリザードマン。

 その攻撃に対してマミはただただ立ち尽くすだけであった。

 

「皆、頭を抱えて身を低くして!」

 

 その時突然織莉子の怒鳴り声が響く。

 何が何だか分からない一同に構わず、織莉子は水晶玉にありったけのエネルギーを溜めて宙に浮かすと、空中でそれを爆発させた。

 水晶玉の中に溜められて一気に開放させられた魔力は、爆音と閃光が辺りを覆い尽くす。

 魔法によって作られたスタングレネードの効果は抜群であり、リザードマン達は全員、一時的な失明と耳鳴りに苦しめられて、頭を抱えて蹲って行動が止まっていた。

 だがそれは魔物達だけではなかった。

 

「ギャ――!」

「目が! 目が!」

 

 織莉子の叫びに体が反応しきれない魔法少女も中には居て、さやかと杏子はそれに属していた。

 閃光によって視力を完全に失い、目を手で覆って痛みに苦しむ。

 その悲痛な様子を見ると、無事だった面々も苦痛そうな顔を浮かべるが、対処が間に合ったほむらは二人に向かって叫ぶ。

 

「二人共良く聞きなさい! 私達には心眼があるじゃないの! リザードマンは確かに強敵だけど、勝てない相手ではないわ!」

 

 ほむらの檄が飛ぶと、二人の心に冷静さが取り戻される。

 心眼に切り替えて獲物を構え直した二人を見ると、ほむらも一気に勝負を付けようと時間を停止して、目の前に居るリザードマンを相手に魔法を放つ。

 魔物の周囲を矢と卵で覆い尽くすと、制限時間がやってきて再び時間は動き出す。

 

「爆発!」

 

 勝負を決したいと自分で納得させるためにほむらは叫ぶ。

 叫びと共に彼女の眼前に居るリザードマンは爆発と激しい炎に包まれ、その体を保つ事が出来ずに、前のめりに倒れ込んだ。

 ドロドロに体が崩壊していき、目の前にはコアが一つ残っただけ。

 ほむらはそれに向かって右手を突き出すと、救済の為に聖なる気を送る。

 

「暁美さんダメ!」

 

 マミは先程の様子を見ていなかったほむらのため、彼女の元へ駆け寄り、その行動が街がないなのを証明しようとする。

 それは未来を見た織莉子も同じ事であり、離れた所から悲痛な叫びを発する。

 

「その魔物を救済しちゃダメ!」

「え?」

 

 織莉子の言葉の意味が分からず、マミが駆け寄る理由も分からず、彼女がほむらの元にたどり着いた時にはリザードマンの救済は終わり、ほむらの右腕に聖なる気が宿ると、人間に戻った物だとほむらは思っていた。

 だが現実は違っていた。コアから現れたのはトカゲの体を持ち、ジェフリーと同じ法衣に身を包んだ魔物リザードマン。

 復活したリザードマンは体力の半分を救済のために宛がって、弱ったほむらに向かって飛びかかり、顔面に向かって拳を振り下ろそうとしていた。

 イレギュラーな事態に対応が間に合わないほむらに変わり、マミは地面を掴むイメージを脳内で作り上げると、右足を振り上げて無防備になっているリザードマンのみぞおちに蹴りを放つ。

 吹っ飛ばされるリザードマンだが、地面に転がり落ちると立ち上がって、二人に向かって咆哮を上げる。

 何故救済出来なかったのかが分からず、ほむらは困惑するばかりであったが、それでも必死に心を落ち着かせると、盾から小太刀を取り出してマミと一緒に二人がかりでリザードマンに立ち向かおうと向かっていく。

 

「二人共後ろ!」

 

 織莉子の叫びが聞こえた時、二人は反射的に後ろを振り返るが、その時には既に遅かった。

 ほぼ死に体のなぎさとゆまを相手にしていたリザードマン二体は少女達から離れ、注意が前方のリザードマンだけに行っている二人の後頭部に向かって、各々が延髄切りを放った。

 人間の急所の一つである延髄に打撃を受けると、二人の意識は混濁していき、その場で前のめりに倒れこんでしまう。

 

「二人共!」

「大丈夫だ織莉子! 君の願いは私が叶える!」

 

 二人が倒れたのを見て悲痛な叫びを上げる織莉子。

 そんな彼女のために、キリカは自分が相手にしているリザードマンを突き飛ばすと、飛び上って二人の元へと向かう。

 既に彼女が相手にしているリザードマンは速度低下が浸透していて、キリカを追いかける事が出来ず、のそのそと歩くように進む事しか出来なかった。

 四体のリザードマンは二人を取り囲み、蹲ってほぼ死に体になっている彼女達に向かって、足を振り下ろして一気に攻撃をしようとしていた。

 

「そこまでだ!」

 

 リザードマン達の注意が二人に行っている一瞬の隙を突き、キリカは上空で勢いよく回転をして、突っ込んでいこうとする。

 だがその時、織莉子の脳内に再び未来が見える。

 脳内に映るビジョンを見た時、彼女はキリカに向かって悲痛な叫びを上げる。

 

「キリカ、ダメ!」

 

 織莉子の叫びの意味が分からず、そのまま回転攻撃を加えようとするキリカだったが、その刃がリザードマン達に届く事は無かった。

 心眼だけで相手をしていたさやかと杏子は気づいていなかった。自分達が戦っているリザードマンが供物を用いて作られた幻惑だと言う事に。

 そして二人から離れたリザードマン達はそれぞれ左右に散って、口を大きく開いてキリカに向かって炎を放つ。

 放たれた炎は回転して空気を沢山取り込んだキリカの体を包み込み、炎は中の本体にまで浸透していき、自分の身を守るため、キリカは回転を解除して地面に倒れ込むと、転がって体に燃え広がった炎を消そうとする。

 だがその無防備になった瞬間をリザードマン達は見逃していなかった。

 キリカの注意が自分の炎を消す事だけに集中した瞬間、魔物達は彼女の射程距離外から『氷竜の卵』を放って攻撃していく。

 辺りに冷気が広がって、キリカの体が氷で包まれると、彼女の表情は青ざめ、蹲った状態で叫ぶ。

 

「ギャ――! 冷たい! 痛い!」

 

 先程まで炎で包まれていた体が一気に冷却される。

 これにより通常の攻撃以上のダメージをキリカは被い、体が思うように動かない状態になっていた。

 その隙に二体はキリカを囲み、そこに彼女を追っているリザードマンも合流すると、蹲っている彼女に対して足蹴りを放つ。

 小気味の良い音が辺りに響き渡り、キリカの体は瞬く内に赤く腫れ上がり、ダメージが蓄積されていく。

 

「キリカ!」

 

 織莉子はキリカに向かって手を伸ばそうとした瞬間、彼女の体は地面に突っ伏してしまい、その頭は足によって踏みつけられる。

 足で織莉子の頭を踏みつけている主はリザードマン。

 魔物は既にスタングレネードの攻撃から回復していたが、織莉子が仲間のサポートに夢中になっているのを利用して、自分の事を完全に忘れるチャンスを狙っていた。

 そしてチャンスは今だと確信したリザードマンは一気に行動へ移そうとしていた。

 

「死ネ」

 

 そう冷淡に言い放つと同時に、リザードマンは改魔のフォークを振り下ろす。

 未来が見えず、織莉子の中で死の恐怖が襲ってくる。

 そして未来が見えない状態ながらも彼女は叫んだ。

 

「ジェフリー――!」

 

 叫びと同時に織莉子の頭から足が離れ、衝撃が襲ってくる。

 反射的に織莉子が上を見ると、そこには息も絶え絶えに法衣姿になっているジェフリーの姿があった。

 

「ジェフリーさん聞いて! あの魔物救済しても再び襲ってくる未来しか見えなくて……」

 

 リザードマンの謎を知りたい織莉子はジェフリーに説明を求めるが、ジェフリーは辺りを見回すと周りの確認をする。

 さやかと杏子は自分達が戦っていた相手が『赤い色欲の実』によって作られた幻惑だと分かり、なぎさとゆまは少しずつではあるが自己修復を行っている状態。

 一番危険なのはリンチを受けている、マミ、ほむら、キリカの三人。

 この状況を見て頭の中で手順を導き出すと、憑依者の豪槍を取り出して、真っ先にマミとほむらの元へ突っ込む。

 

「悪いが話は後だ!」

 

 そう叫ぶと同時にジェフリーは一直線に一体のリザードマンに向かって突っ込み、頭部に向かって穂先を放つ。

 リザードマンは何が起こったかと思って振り返った時には既に遅く、その頭部は四散して頭があった所から血が勢いよく噴水のように噴出して、魔物はその場で前のめりに倒れ込んだ。

 

「いや――!」

 

 法衣が血で真っ赤に染まるとマミは反射的にリザードマンの死体を放り投げる。

 新たな敵が現れた事に、これまでマミとほむらをリンチしていた二体も対象を二人からジェフリーへと移し、改魔のフォークを片手に彼へ向かって突っ込もうとする。

 

「どけ!」

 

 だがジェフリーは怯まない。

 両腕に巨神の腕を発動させて、二倍近くの大きさにすると、勢いよくリザードマン二体の胸に掌底打ちを放つ。

 放たれた掌底打ちは的確にリザードマン達の心臓を貫き、手が体を貫通する頃にはその手にはリザードマン達の心臓が持たれていて、ジェフリーは腕を体から引き抜くと同時に両手に持たれた心臓を握り潰す。

 その姿に狂気を感じたマミとほむらは助けてくれたお礼の言葉も言えず、ただ呆けるだけであったが、ジェフリーは気にせず残りの一体を睨む。

 彼の気迫に臆したのか、リザードマンは助けを求めようと背を向けて、他のリザードマン達と合流しようとする。

 

「もうお前負けているよ」

 

 言葉と同時にジェフリーは右手から炎竜の卵を放つ。

 的確に頭部のみを狙ったそれはリザードマンの頭に付着した瞬間に爆ぜ、頭部と首は永遠の別れを告げた。

 首無しの死体が血の噴水を放ちながら痙攣して前に倒れ込む。

 その異様な姿を見て、助けてもらったにもかかわらず、マミもほむらも何も言えないでいたが、ジェフリーの視線は三体のリザードマンへと向けられていた。

 

「あ、暁美さん。私達も……」

 

 マミに促されて、ようやくほむらも本来の目的を思い出し、小太刀を手に取りジェフリーのサポートへと向かう。

 ジェフリーは彼女達を気にする事なく、リザードマン達に向かってまっすぐ突っ込む。

 先程の激闘を耳で理解していたリザードマン達はキリカを攻撃する振りをして、ジェフリーが自分達に向かうのを待っていた。

 迎撃の準備は既に出来ている。

 ジェフリーが射程に踏み込んだ瞬間、予めセットしておいた『毒の布』から巨大なハエトリグサが姿を現し、彼の体を絡め取った。

 ハエトリグサはジェフリーの体を絞め上げて殺そうとしており、同時に前方に弾幕が出来上がるのを見ると、リザードマン達はキリカへのリンチを再開しようとする。

 

「美国さん未来は?」

 

 ほむらはこちらに向かう織莉子に対して、これから先の未来を聞く。

 織莉子が意識を集中させて未来を見ると、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。

 その笑みの理由はすぐに理解出来た。

 ハエトリグサは悲痛な叫びと共に燃え上がって、灰塵と化す。

 そして上空に居たジェフリーは三体の前に降り立ち、何も言わずに三体を見据える。

 何が何だか分からないリザードマン達であったが、ほむらは何故ジェフリーが脱する事が出来たのかを即座に理解した。

 

「ジェフリー、あなたあの中で『炎魔人の心臓』を発動させて、ハエトリグサをゴーレムの養分に変えたのね?」

 

 ほむらの問いかけと同時に完全にハエトリグサを食ったゴーレムが地面に着地する。

 ゴーレムは戦う準備が出来ていないリザードマンに対して、全力のハンマーパンチを振り下ろすと、その体をノシイカにした。

 新たに生まれた外敵に対して、リザードマンは氷硝子の破片から氷の槍を作り上げて、フットワークでかき回そうと『隼の羽』を使おうとする。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 しかし注意がゴーレムだけに行ったのは失敗だった。

 マミのティロ・フィナーレは的確にリザードマンを覆い、魔物は塵一つ残る事なく消し飛ぶ。

 一人残されたリザードマンは半ば自棄気味に、口を大きく開いてジェフリーを頭から食らおうとする。

 それに対してジェフリーは表情一つ変える事なく、拳を握りしめると、開かれた口に力の限り放り込む。

 口の中の牙が砕け、口内に広がってダメージを負うとリザードマンは悲痛な叫びを発するが、ジェフリーは気にする事なく、そのまま舌を持って自分の方に魔物を引き寄せると、開いている左手での指を二本突き立てて、リザードマンの両目を抉った。

 指の中に生温かな血の感触が襲うが、ジェフリーは気にする事なく、指を引き抜くと蹲るリザードマンの頭を掴んで勢いよく膝を頭部に叩き込む。

 急所のみを的確に狙った乱打にリザードマンの頭は耐えきれず、今日何度目になるか分からない首無しの死体が再び出来上がった。

 

「あ、あんなのって……いくら後で救済出来るからって……」

「えげつねぇ……」

 

 遠巻きからその様子を見ていた、さやかと杏子はジェフリーに対して率直な感想を述べる。

 だがジェフリーは二人の心情も気にすることなく、最後の一体に狙いを定める。

 最初にジェフリーと接触して吹っ飛ばされた最後の一体はジェフリーの姿に恐怖しながらも、ゆっくりと歩を進めるジェフリーに対して、リザードマンはせめてもの対抗と炎竜の卵を放って応戦する。

 彼の周りは爆発で覆われるが、ジェフリーは気にすることなく歩を進め、リザードマンと一定の距離を保つと、手に憑依者の豪槍が持たれていて、一直線にリザードマンに向かって投げ飛ばす。

 かわす暇もなくリザードマンの頭部は憑依者の豪槍によって貫かれ、首の後ろから穂先が出た状態のままリザードマンは倒れ込んだ。

 その場には不気味な静寂にだけ包まれていて、誰一人喋ろうとしなかったが、ジェフリーは彼女達の視線を気にする事なく、8っつのコアを集めると右腕を突き出して赤い魔のエネルギーを発する。

 

「あれって……」

 

 それはほむらには見覚えのある光景だった。

 魔物になった人間を完全に滅し、その魂を右腕に宿らせる行為。

 『生贄』

 ほむらは慌てて止めようとするが、ジェフリーの右腕に絡みついたのは鎖だった。

 

「おめぇ何やってんだ⁉」

 

 杏子は憤怒の表情で槍を飛ばし、自分の体に鎖を巻き付けるとジェフリーを自分の方へと持っていこうとする。

 だがジェフリーは面倒臭そうに、鎖を外そうと左手を伸ばすが、杏子はそれを許さず力任せに引きこもうとする。

 

「放せ」

「誰が放すか! テメェ今自分が何をやろうとしているのか分かっているのか⁉」

 

 ここに居る全員の気持ちを杏子は代弁する。

 口には出していないが、生贄行為を施そうとするジェフリーを全員が攻めていた。

 それを止められる事が出来るのは、ほむらか杏子しか居ないと言う事も分かっている。

 二人は互いに鎖を引き合って譲らず、両者の力は拮抗していた。

 

「お前だって見ただろ。リザードマンは救済行為の効かない相手だ。生贄にするしかないんだよ」

 

 決定的な事を言われると、杏子の中で揺らぐ感覚が襲う。

 その事を思い出すと、マミはジェフリーに詳細を聞こうとする。

 

「教えてください。何でリザードマンは救済出来ないんですか?」

 

 それはここに居る全員が知りたがっていた真実。

 鎖が引っ張られる力が弱まるのをジェフリーは見ると、杏子も同じ気持ちだという事が分かる。

 ジェフリーは一旦生贄行為を止めると、リザードマンが生まれるようになったきっかけを語り出す。

 

「永遠の命を欲した結果、こうなった。それがリザードマンの真実だ」

 

 『永遠の命』と言うワードを聞き、ほむらは苦い顔を浮かべた。

 永遠とも思われる苦痛の日々が一気に蘇り、俯くと一気に襲ってくる過去のトラウマの数々に体を震わせる。

 だが体を震わせているのは彼女だけではなかった。

 杏子は怒りに任せて槍を投げ捨てると感情のままに叫ぶ。

 

「んだよそれ……そんなくだらねぇもんを求めて、人の姿を捨てたって言うのかそいつ等はよ⁉」

「俺達魔法使いの間では永遠の命を手に入れる方法はある。それは自我を捨て、大きな歴史の一部となり、個と言う壁を取り払えば、それは可能だと記している」

 

 ジェフリーの言っている意味が分からず、なぎさとゆまは困惑した表情を浮かべるが、杏子は彼の言葉を理解し、分かりやすく説明しようとする。

 

「つまりは子供を残して、思い出の中でソイツは生きていられる。そう言いたいんだろ?」

「一番手っ取り早い手段はそれだ」

「つまりは遠回しにそんな物はないって言っているようなもんじゃないかよ! 何でそんな簡単な事も分からずに永遠に苦しむような存在になっちまうんだよ!」

 

 杏子はリザードマンの事を許す事が出来ず、感情に任せて地面を殴り飛ばす。

 その場には杏子が地面を殴る音だけが響いたが、決して救えない魔物が居ると言う事実は少女達にはあまりに衝撃的だった。

 

「それで何でリザードマンは生まれたんですか?」

「簡単に個を捨てられるなら、悩みなんかなく薔薇色の美しい世界がそこにあっただろう。人間だから個を捨てられないもんなんだよ。中途半端に自我が残った結果、自らの欲望に忠実で決して救えない魔物リザードマンになったって訳だ。殺生は必要最低限と言われているサンクチュアリでも、リザードマンの生贄行為だけは認めている。これは仕方ない事なんだ」

 

 ぐうの音も出ない正論に対して、織莉子は何も言い返す事が出来なかった。

 試に彼女は救済を施した場合の未来を見てみたが、その場合は八体のリザードマンが一斉に襲いかかる未来しか見えず、ジェフリーの言う『仕方ない事』と言う言い分も納得が出来た。

 杏子も完全に戦意を喪失したのか、持っていた槍を地面に落とすと、手を突き出して、ジェフリーの手首に絡んでいた鎖を解除する。

 

「いいかよく聞けお前ら!」

 

 ここで意外な人物の荒げた声が響く。

 キリカはリンチによって傷つけられた体を引きずりながら、ジェフリーの前に立つとその場に居た全員に向かって叫ぶ。

 

「ジェフリーの事を責めるのは私が絶対に許さない! 彼はな。私達に生贄行為をさせたくないのを知っているから、自分が汚れ役を買って出ているんだぞ! それは生半な覚悟では出来ない、本当の意味での気高い行為だ! だからこれ以上ジェフリーに刃向う輩が居るなら、代わりにこの呉キリカが相手になるぞ!」

 

 爪を突き出して威嚇するキリカに対して、一同は何も言う事が出来なかった。

 その場に居る全員がリザードマンの生贄を仕方ない事と割り切ったのを見届けると、キリカは手を突き出して生贄行為を促す。

 

「済まない……」

「ストップ。ハイ、そこまで」

 

 そこに突然第三者の声が響くと、一つにまとまったリザードマンのコア達は宙へと浮く。

 真っ赤な球体は一人の女性の手のひらに納まる。

 その女性は緑色の髪を下でくくったツインテールでまとめ、漆黒の法衣に身を包んだ少女であり、初めて見る魔法少女の姿にほむらは困惑していたが、織莉子とキリカはその姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

「何で貴方がそこに……」

「お前は確かに死んだ筈だぞ! 聖カンナ!」

 

 目の前に死んだ人間が居る事が信じられず、織莉子は現実を受け入れられず、キリカは怒りに任せて叫んだ。

 そんな二人を気にする事なく、カンナは自分の手の中にあるコアを弄びながら、ジェフリーを相手に交渉を行おうとする。

 

「悪いけど、今リザードマンを生贄にされるのは困るのよね。私達の目的のためにこれほどまでの逸材は存在しないからね」

「またヒュアデスの暁でも作り出すつもりか⁉」

 

 キリカは感情に任せて叫ぶが、カンナはそれを全く気にする事はなかった。

 一方のほむらは聞き慣れない『ヒュアデスの暁』と言う単語が気になるが、彼女の心情に構わず、カンナはジェフリーを相手に交渉を続ける。

 

「そこで提案。この場は見逃してくれない? そうすれば私もこれ以上の被害を貴方達に加えないわ。皆も相当疲弊しているでしょう? 初めから殺すつもりで向かった貴方と違うし、対人戦の経験がほとんど無い面々だからね」

 

 カンナに言われて、ジェフリーは周りを見る。

 彼女の言う通り、この場でカンナとやり合うのは賢い判断とは言えない。

 少し考えた後、ジェフリーは答えを出す。

 

「いいだろう。それを持ってサッサと消えな」

 

 ジェフリーの判断に誰も何も言う事が出来なかった。

 この場に彼が居なかったら全滅は間違いなかったからだ。

 答えを聞くとカンナは穏やかな笑みを浮かべながら、宙に浮かんで異空間に通じる穴を広げると中へと飛び込む。

 

「感謝するわ。でもね、私はミタマをまだ持っていないから、あなたが相手ならもしかしたら負けてかもね」

 

 最後に皮肉だけを残して、カンナは去って行った。

 その場には静寂だけが包まれていたが、ほむらがジェフリーの傍に寄り添うと、彼女は何も言わずにジェフリーの言葉を待つ。

 

「怒っているか?」

 

 ジェフリーの言葉に対して、ほむらは何も言わずに首を横に振ると、その場に居た全員の気持ちを代弁する。

 

「私達はリーダーの命令に従うだけよ……」

「ハイ、そこまで」

 

 二人の間にキリカが割って入ると、ほむらとジェフリーの距離を遠ざけた。

 そしてキリカは織莉子が自分の隣に並んだのを見ると、これからの予定を語り出す。

 

「生憎と事態はかなり危険な方向に向かっている。これまで苦戦させられた敵が他の力と同盟を組んで、更に強くなったんだからな」

「そこで私達も更に強化する事を私達は進言します。仲間になってくれる候補が三人程居るので」

 

 織莉子の提案に全員が賛成の意を示す。

 仲間が増えるのはありがたい事だから。

 

「そこでジェフリーさん。貴方にも私と一緒に仲間になってくれるかもしれない人の元へ向かってもらいます」

「どこだ?」

「あすなろ市です」

 

 織莉子の提案に対して、ジェフリーは首を小さく縦に振った。

 話がまとまったのを見ると、この日は解散となり、全員が各々自分が帰る場所へと散っていく。

 

「今度の日曜日にそちらへ向かうので、ジェフリーさんも用意しておいてください」

 

 最後に織莉子が一言言うと、ジェフリーは黙って頷く。

 ジェフリーも家に帰ろうとした瞬間、彼の脳内で幻聴が響く。

 

『アーサー、ボクのこども……』

 

 そのたどたどしい喋り方と幼い声から、パーシヴァルの物だと分かると、ジェフリーは辺りを振り返って様子を見る。

 だがどこにも彼の姿はない。

 気を取り直してジェフリーは家へと帰る。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 夜、ジェフリーが夢の中に居ると、幻聴は更に強い物となって彼の脳内に響く。

 

『アーサー、こたえて、すごいだいじなことだから……』

 

 その声がパーシヴァルの物だという事は分かる。

 恐らくはリブロムを通じて、自分に話しかけているのだろうとジェフリーは察し、その声に身を委ね、意識を集中する。

 意識を自分の脳内へと持っていくと、彼の目の前に現れたのは嘗ての仲間『パーシヴァル』だった。

 わざわざこの姿で意識を伝えに来たと言う事は余程重要な事なのだと察し、ジェフリーはパーシヴァルの言葉を待った。

 

「やっとつうじた……」

 

 分かり合えた事をパーシヴァルは喜ぶが、ジェフリーは彼がコンタクトを取った理由を問おうとする。

 

「それで何の用だ?」

「そうだった。さいきんわかったことだけど、ぼく、アーサーのからだにほうしをとばしていたんだよ。そしてほうしはいかいでふちゃくして、ぼくはいかいにこどもをつくっていた」

 

 異界の見滝原にパーシヴァルの子供が居る。

 その事実はあまりに衝撃的であり、ジェフリーは言葉を失ったが、パーシヴァルは自分の願いを引き続き話し出す。

 

「ほんとうなら、とーさんのボクがこどものめんどうみないといけない。でもいまのボクはユグドラシル、うごけないし、みんながボクをたよりにしてる。だからボクいけない」

 

 そう言うと不甲斐ない自分に嫌になったのか、パーシヴァルはさめざめと泣き出す。

 ジェフリーはそんな彼の頭を撫でながら、彼が泣き止むのを待った。

 

「それは仕方がない事だ。お前は植物で自分の意思で子供を作れる訳じゃないからな。それで俺にどうしろと」

「だからダメなとーさんのぼくのかわりに、ボクのこどものめんどうみてほしい」

 

 予想は出来ていたが、いざ言われると中々に衝撃的な事実にジェフリーは面食らう。

 だが、この状況をどうにか出来るのは自分だけ、ジェフリーはパーシヴァルの頭を撫でながら答える。

 

「分かった。それで場所は?」

「きみたちが『あすなろ市』ってよぶばしょ、そこにボクのこどもいる」

 

 偶然の一致に驚きながらも、ジェフリーはパーシヴァルの頭から手を離すと、彼に向かって親指を突きたてる。

 

「任せろ。だからお前はお前の仕事をするんだ。そして子供に会ったら言ってやるよ、パーシヴァルと言う最高の父親と、お前の最高の母親の話をな」

「ありがとう。アーサー……」

 

 それだけ言うとパーシヴァルの意識は四散して消えた。

 そして同時にジェフリーも目が覚める。

 朝日が照らす中、ジェフリーは一つの決意を固めて、日曜日を待つ事にした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 そして当日、あすなろ市への案内は織莉子が行う事となり、ジェフリーは彼女に付いていこうとするが、その場にもう一人居る事にジェフリーは気になった。

 

「まどかも行くのか?」

 

 ジェフリーに聞かれるとまどかは小さく首を縦に振る。

 そして織莉子は彼女が同行する理由を語り出す。

 

「鹿目さんは、見聞を広めたいと同行を願ったんです」

「私知りたいです。どう言う想いを持って、皆が魔法少女になったのかを、私一人よがりで無責任な概念にならないためにも、色んな人の話聞きたいです。それが私の役目だって思ってますから」

 

 決意は固いらしくまどかは意地でも同行する意思を示した。

 ジェフリーは黙って織莉子に付いていくが、歩いている途中で二人にある事を告白する。

 

「実はな。仲間に関してだが、俺もあすなろ市で仲間を見つけられるかも知れない」

「え?」

「どう言う事ですか?」

 

 織莉子とまどかに対して、ジェフリーは説明を行う。

 前に見滝原に行った時、自分の体にはユグドラシルの胞子が付いていて、それがあすなろ市の土地に定着した事を。

 ユグドラシルは嘗ての仲間パーシヴァルであり、魔物になりながらも人を全く襲わず、人間の意思を持ったままの存在だと言う事を二人に伝えた。

 話を聞くとまどかの目頭は熱くなって、涙が零れ落ちるのを必死に耐えていた。

 

「そんな魔物も居るんですね……」

「でも子供が同じ存在とは限らないわ。魔物の胞子から生まれた、言うなれば使い魔のような存在よ、もし人に害を及ぼす存在なら、私は生贄を選びます」

 

 その凛とした態度から、織莉子の決意は固い事が分かり、まどかは何も言えないでいた。

 そんな彼女に対して、ジェフリーは一言言う。

 

「俺はパーシヴァルを信じる。その息子もな」

 

 あっけらかんと言ってのけるジェフリーを見て、二人の間に強い信頼関係がある事を織莉子は理解した。

 試しに織莉子は未来を見た。

 脳内に映し出されたヴィジョンを見て、織莉子は軽く笑う。

 そこに映ったのは、森の中で裸の青年を泣きながら抱きかかえて喜ぶジェフリーの姿だったから。




と言う訳で次回はあすなろ市に向かいたいと思います。それに伴ってタグを一つ追加しました。これからはこの物語も交錯する予定です。

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