魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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快楽が何かそれは人によって様々。


第十四話 悦楽に浸る少女

 襲いかかるアリスに対して、キリカは防戦一方の状態だった。

 速度を売りにしているアリスを倒すには、彼女の魔法速度低下を浸透させてから倒すのが定石。

 だがキリカは戸惑っていた。

 速度低下は確かにアリスに効果はあるはずなのに、アリスの攻撃はこれまでと変わらない猛攻だったからだ。

 右腕を振り払い炎を地面に放ったかと思えば、鞭を振り下ろしてキリカの肉をえぐろうとする。

 単純な攻撃だがキリカは間一髪のところでバックステップでかわす。

 しかし次に襲ってきたのは、アリスの口から放たれるトランプによるカッターだった。

 

(ダメだ……間に合わない!)

 

 反射的にキリカは腕を胸の前で交差させて、爪だけで防御を試みた。

 しかしそれは間違いだったとすぐに彼女は思い知らされる。

 トランプのカッターは爪と爪の間を通り、キリカの肉をえぐり、そこから勢いよく鮮血が降り注がれる。

 肉に食いこんだトランプをキリカは体に力を込めて、筋力だけで強引に引き抜くと、怒りを持った目でアリスを睨み、一気に勝負を付けようと体を丸めて勢いをつけて回転しながら突進していく。

 

「アリス!」

 

 有栖の叫びを聞くと、アリスは軽く頷いてから一気に行動へと移す。

 足元にティーカップを召喚すると、アリスはその中に乗り込み回転しながら、キリカに向かって突っ込んでいく。

 回転する獲物同士は互いにぶつかり合い、辺りにはけたたましい炸裂音が響き渡り、火花が飛び交った。

 永遠に続くのではないかと言う攻防であったが、勝負は呆気なく決した。

 キリカの方がスタミナ切れを起こして、回転が収まった所にアリスのティーカップでの突進が決まる。

 勢いよく吹っ飛ばされたキリカは後方でまどかを守る事に専念していた織莉子の所まで吹き飛び、まどかの前に大の字になって倒れ込む。

 苦しそうに呻き声を上げるキリカを見て、まどかは悲痛な叫びを上げる。

 

「呉さん!」

 

 まどかが手を差し伸ばしても、織莉子が作り上げた結界によって遮られるだけ、織莉子はそんな彼女を手を突き出して制すると、キリカの元へと向かい回復魔法を施そうとする。

 

「ストップ。ハイ、そこまで」

 

 上から聞こえる声に織莉子は反射的に顔を上げる。

 そこには口に火炎を溜めこんでいるアリスが三人の少女達の目の前に居て、反射的に織莉子は目を閉じてすぐ近くの未来を見ようとする。

 そこで見たのは絶望の未来。

 三人の少女は魔物が放つ火炎によって、骨さえ残らない程に焼き尽くされていた。

 戦闘要員であるキリカが倒れている以上、まどかを守りながらの戦いは不利。

 そう判断した織莉子は両手を上げて変身を解くと、降伏のサインを有栖に知らせた。

 

「私達の負けです。あなたの強さは十分に分かったから、今回はご容赦のほどを」

「潔いわね。それともすぐ諦めるゆとりとでも言えばいいのかしら?」

 

 完全に降参をした織莉子に対して、有巣は相変わらずの見下した目を浮かべながら、宙に浮いた椅子に座った状態で三人を見下ろしていた。

 まどかはこの状況に何も言う事が出来ず、キリカは全身に切り傷と打撲傷を負った状態ながらも、納得が行かない状態らしく、弱弱しい声で織莉子に抗議の声を上げる。

 

「織莉子……何で?」

 

 震えながら上に居る織莉子に向かってキリカは手を伸ばす。

 織莉子はそんなキリカの手を優しく包み込むと、諭すように話し出す。

 

「私の実力には彼女に勝つのは不可能なのよ。鹿目さんを守ると言う使命も私は暁美さんから受けたわ。ここは生き残る事を最優先に考えるのが吉よ」

「そう言う事だ」

 

 声と同時にキリカの顎はつま先によって蹴飛ばされる。

 それが有栖の物だと気付くのに時間は必要なく、二人は慌てて有栖の方を見る。

 

「何てヒドイ事を……呉さんは今大怪我を負っているんですよ! 物凄く痛いんですよ!」

 

 まどかは涙ながらに動けないキリカを攻撃する有栖を責め立てる。

 だが有栖は椅子に座って足を組んだ状態のまま、そんなまどかを鼻で笑うと一言言う。

 

「でも私は痛くない」

 

 それを最後に有栖はまどかとの交流を止めると、織莉子を指で呼び寄せる。

 彼女の言われるがまま、織莉子は両手を上げて降伏の意思を示したまま、有栖が指さした先に立つ。

 完全に戦闘の意思が織莉子に無いのを見ると、有栖は何も言わずに地面を指さすと織莉子に命令を下す。

 

「見逃して欲しいんでしょ? おめおめと逃げ帰りたいのなら、私の言う事聞いてよね」

「ハイ……」

 

 ただで逃げられるとは当然織莉子は思っていない。

 彼女が下衆な命令を下す未来を織莉子は見ていたからだ。

 その先がどんな未来なのかを織莉子は敢えて見ようとしなかった。

 三人無事で帰るためにも、敢えて耐え忍ぶ事を織莉子は選んだ。

 何も言わずにジッと織莉子は有栖を見つめていて、そんな彼女に対して有栖は指さすと命令を下す。

 

「まずは私に謝りなさい。ちゃんと土下座でね」

 

 典型的な命令に対して、まどかは眉尻を上げて有栖を睨み、キリカは覚束ない足取りながらも立ち上がると、爪を突き立てて有栖に向かって突っ込もうとする。

 

「何が土下座だ! 関節バキバキにして、土下座しか出来ない体にしてやるよ!」

 

 息巻くキリカに対して、織莉子は彼女を睨みながら関節部分を目がけて水晶からレーザーを放つ。

 両手、両足の駆動部分だけを的確に貫かれると、肉が焦げる不快な臭いが辺りに蔓延し、黒煙の中、キリカは前のめりに倒れ込む。

 

「織莉子……何で?」

 

 未来予知でこの行動は彼女には分かっている。

 だからこうして的確に迎撃する事が出来た。それはキリカは理解していた。

 だがキリカが理解出来なかったのは、その行動その物。

 織莉子はキリカを必要とし、キリカも又織莉子を必要としている。

 それはお互い分かっていた事なのに、今彼女は一人で全てを背負いこもうとしている。

 それが理解出来ず、涙ながらに這いつくばるキリカに対して、織莉子は厳しい表情を浮かべたまま、キリカに対して怒鳴り散らした。

 

「これは私の戦いです! あなたは黙ってなさい!」

 

 叫ぶと同時に織莉子は膝を地面に付けると、両の手のひらを地面に付けて、有栖に向かって頭を下げる。

 

「本当に申し訳ありませんでした……」

 

 謝った瞬間に、織莉子の頭を有栖は思い切り踏みつけた。

 地面を這いつくばる形となった織莉子を有栖は引き続き強く踏みつけた。

 

「聞こえなかったの? 土下座って言うのはこうやって地面を舐めるように這いつくばる物なのよ!」

 

 そう叫ぶと有栖は何度も何度も織莉子の頭を踏みつけて、まるで地面を舐めさせるように彼女を地に伏せさせた。

 行動に対して織莉子は何も言わず、言われるがまま姿勢を正すと改めて額に地面を付けた状態で改めて土下座を行う。

 

「申し訳ありませんでした」

「名家の生まれが聞いて呆れるわね。じゃあ次は……」

 

 そう言うと有栖は靴と靴下を脱ぎ、素足を織莉子に向かって突き出す。

 

「舐めなさい。犬みたいにペロペロとね」

 

 あまりの事にキリカは這いつくばったまま呆然となっていて、織莉子は有栖の要求に対して何も言わずに舌を出して足を舐めようとしていた。

 その瞬間に有栖は満足そうな笑みを浮かべたが、舌が彼女の足に触れようとした瞬間、織莉子でもキリカでもない声が響く。

 

「やめて!」

 

 まどかは結界の壁を何度も何度も拳で叩いて、織莉子の行動を制そうとしていた。

 非力なまどかの力では織莉子の作り上げた結界を崩壊する事は出来ず、まどかの手は赤く腫れ上がっていく。

 その様子を見て有栖は歪んだ笑みを浮かべて一旦足を引っ込めると、椅子に座り直して再び宙へと浮く。

 キリカは結界を拳で叩くまどかに対して、這って彼女の元へと向かい行動を制そうとする。

 

「やめろ。織莉子の結界は絶対だ。そんな事をしても拳を痛めるだけだ……」

「やめない!」

 

 まどかは力の限り叫んで否定する。

 キリカの言う通り、まどかの拳はドンドン真っ赤に染まっていき、拳が崩壊するのも時間の問題となっていた。

 その様子を見ると、有栖は引き続き土下座を続けている織莉子の顎を手で持ちあげると、平手を振り上げて思い切り叩く。

 頬が真っ赤に染まりながらも、織莉子は何も言わずに有栖の言葉を待つ。

 

「結界を解除しなさい。見逃して欲しいならね」

「鹿目さんに手出ししないと約束してください」

 

 懇願する織莉子に対して、有栖は再び平手打ちを食らわせる。

 両方の頬が赤く染まりながらも、織莉子は何も言わずに有栖の言葉を待つ。

 

「聞こえなかったの? 私は『見逃して欲しいなら』って言ったのよ。何度も同じ事言わせないで馬鹿なの?」

 

 威圧するような有栖の言い方に織莉子は何も言わず、手をまどかの方にかざすと四方を囲む透明の壁を解除した。

 壁がなくなって拳が空を切るのを感じると、まどかは眉尻を吊り上げて有栖を睨む。

 少女の憎しみの目線を受けても、有栖は全く屈することなく、見下した目を浮かべながらまどかを黙って見ていた。

 

「何よ? 言いたい事があるならハッキリ言えば?」

「あなたはこんな事して何とも思わないんですか⁉」

 

 有栖に促されて、まどかは怒りに任せて叫ぶ。

 普段大人しすぎるぐらいのまどかが感情的になった事に、織莉子もキリカも驚愕して黙ってまどかを見つめる。

 だが、まどかの怒りは収まらない。

 感情が爆発したのか力の限り叫び続ける。

 

「織莉子さんは私達の代表として、ちゃんと謝っているじゃないですか! それをあなたは無下に扱って、抵抗出来ないのを良い事に無茶苦茶やって! 恥ずかしくないんですか⁉ 人として⁉」

「全然恥ずかしくなんてないわよ。私は私がやりたい事に忠実なだけよ。今まで自分が行った事に対して、私一度も後悔した事なんてないわよ。私完璧なんだもの」

 

 有栖は手を組んだ状態でニヤニヤと笑いながら、まどかの訴えに何も響かない様子を見せていた。

 だがまどかは止まらない。感情のままに叫び続ける。

 

「キリカさんだって十分痛い思いしたじゃないですか! これ以上やったら、あなたの心が悲しむだけですよ!」

「心が悲しむ?」

「そうですよ! 私、人が一杯心にもない行動をやって悲しみ続けてみるの見てきました!」

 

 そこから、まどかは今まで見てきた。魔法少女の悲しい物語を話し出す。

 ほむらはまどかを守るために心を氷で閉ざし、孤独な戦いを何度も何度も強いられていた。

 マミは一人ぼっちの悲しみに耐えながらも、人々のため戦い続けていた。

 杏子は力のため、家族に裏切られ、生きるためにやりたくもない悪事に手を染め、心がささくれていった。

 さやかは想い人のため、過酷な魔法少女の道を選んだが、想い人に心を見てもらう事は出来ず、絶望しきって一度は魔女になった。

 悲しい物語を聞くと、織莉子とキリカも複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「だからあなたも何があったか知らないけど、こんな事はやめて下さい! あなたも悲しい事が一杯あって、こんな風に歪んだんですよね? 私で力になれるなら、話ぐらい聞きますから、だから……」

「ククククククク……アハハハハハハハハハハハ!」

 

 話している内に感情が昂ぶり、涙目で懇願するまどかに対して、有栖は思い切り大声で笑い飛ばす。

 腹を抱えて大笑いする有栖を見て、三人は全員呆けた顔を浮かべていたが、一しきり笑い終えると有栖は呼吸を整えながら、まどかを見下した目で見ながら語る。

 

「馬鹿じゃないの?」

「え?」

「歪んだって何よ? 私はね。私がこうしたいからこうしているだけよ」

「こんな事ばかりしてたら、お父さん、お母さんに面目が立たないでしょ⁉」

「私、両親居ない。お姉ちゃんに育てられたの」

 

 思ってもいなかった有栖のカミングアウトに、それまで感情のままに叫んでいたまどかも声が止まる。

 まどかが黙ったのを見ると、有栖は自分語りを始めた。

 元々は裕福な家の出身だった有栖だが、父親が事業に失敗して会社が倒産すると、両親は幼い有栖と姉を残して蒸発。

 それからは既に成人している姉に引き取られ、姉は奨学金制度を受けながら大学に通い、将来が約束されたエリートコースを歩もうとしていた。

 

「お姉ちゃんは本当に凄かったのよ。彼女は医者になろうとしてね。よく私に夢を語ってくれたわ。将来は漫画に出てくるようなスーパードクターになるってね」

 

 そんな姉の心の拠り所はまだ幼い有栖だった。

 年が親子ほど離れているからこそ、姉は自分にすり寄る有栖が可愛らしくてしょうがなく、どんなに疲れていても有栖との時間だけは必ず毎日作るようにしていた。

 

「彼女が私を溺愛してくれから、私もお姉ちゃんの事は好きだったわよ。貧乏暮らししている私をよく励ましてくれたもの『将来、絶対お姉ちゃんがいい暮らしをさせてあげるから』ってね」

「そんなに思ってくれるお姉ちゃんがいるなら、今の事を知ったら絶対お姉ちゃん悲しみますよ! だから今すぐ……」

「でも、そのお姉ちゃんも死んだわ」

 

 思ってもみなかった有栖の言葉に、沸騰しかかっているまどかの頭は再び冷静になる。

 そして有栖は姉の最後を語り出す。

 姉はエリートコースを約束され、そんな姉についてくる人も少なくなく、姉を中心とした派閥も出来る程。

 そんな姉を誇りに思い、自然と有栖の中の自尊心も膨れ上がる。

 これまでのいじけた態度がなりを潜め、小学校でクラスメイトと言い争いになった時、試しに爆発して無茶苦茶に暴れた結果、相手は泣いて有栖に許しをこいた。

 当然担任は有栖の保護者である姉を呼び出すが、姉に取って有栖は絶対的な存在、担任の話もろくに聞かずに有栖を擁護して話は終わった。

 

「自分にも力があるって分かってからよ。私は私のやりたいようにやってきたわ。毎日が楽しくてしょうがなかったわよ。お姉ちゃんは何があっても私の味方だしさ」

「甘やかされすぎて、自分で自分を抑えられなくなったって奴か。心底見下すべきクズだな……」

 

 露骨に嫌味を言うキリカを無視して、有栖は話を続けた。

 傲慢な態度を取り続けた結果、有栖は姉以外の誰にも相手にされなくなっていた。

 だがそれでも有栖は構わなかった。

 家に帰れば姉は有栖を溺愛してくれる。それだけで有栖は十分だったから。

 しかし蜜月は長く続かなかった。

 

「いよいよ本格的にお姉ちゃんが医師としてデビューする時よ。お姉ちゃんは呆気なく死んだわ。暴走したトラックにはねられてね」

 

 あまりに突然すぎる展開に、一同は言葉を失う。

 そんな彼女達の心情などお構いなしに、有栖は話を続ける。

 霊安室で彼女の姿を見た時、有栖は絶句した。

 まるで潰れたトマトのようになって、冷たく横たわっている姉を見て、今まで感じたことない感情で覆い尽くされるのを有栖は感じていた。

 

「私はこれまで自分の不遇な環境を呪うために、傍若無人な態度を取っていたと思っていたわ。その間だけは惨めな自分を忘れられたからね」

「分かるよ。お姉ちゃん死んだから悲しくて、辛くて、そうなっちゃったんでしょ」

 

 自分にも年が離れた弟が居るまどかは、有栖に感情移入して涙ながらに語る。

 泣きじゃくるまどかを冷ややかに見つめながら、有栖は一言言う。

 

「馬鹿じゃないの?」

「え?」

「気付いたのよ。お姉ちゃんが死んだ時も別に私は悲しみに暮れていた訳じゃないわ……」

 

 そう言うと有栖は悦に浸った笑みを浮かべたまま、堂々と語った。

 

「私はただ好きだっただけなのよ! 人を泣かして傷付けるのが! お姉ちゃんがこれから先華々しい人生を送るかと思ったのに、あっさり絶命した瞬間、濡れたわ! 本当の自分に気付いた時、幸運の女神は私の前に現れたわ。聖杯が理想とする欲望で覆われた世界なら、私は君臨出来る物! 世界がどうなっても私は私の悦楽を求めて浸れるだけよ! 最高に気持ち良くなれるんだもの!」

 

 自分の主張を声を高々に話すと、有栖は狂った笑みをワンダーランド内に放ち続けた。

 あまりの事で一同は呆然となっていたが、自然治癒が間に合い動けるようになったキリカはゆっくりと立ち上がると、馬鹿笑いをしている有栖に向かって爪を突き立てて襲いかかる。

 

「このサディストの変態女が!」

 

 だが攻撃は背中への衝撃で打ち消された。

 キリカは大の字になって地面に突っ伏すが、震えながら顔だけを上げるとそこにはアリスが有栖を守るように彼女の眼前に立ち塞がっていた。

 そんなアリスを有栖は愛おしそうに撫で上げると、指をパチンと鳴らして、ワンダーランドを解除する。

 それと同時にアリスの姿も消えてなくなった。

 

「私は私に正直なだけよ。美国の娘の面白い所も見れたし、今回は引いてあげるわ」

 

 そう言うと有栖は異空間に通じる穴を広げて、椅子に座ったまま去っていく。

 完全に有栖の気配がなくなったのを見ると、キリカは厳しい表情を向けたまま織莉子に向かって詰め寄る。

 

「答えてくれ織莉子! 何であんな恥ずかしい真似をしたって言うんだ⁉ 私は織莉子には常に格好良くあってもらいたいって言うのに!」

 

 キリカにしては珍しく、織莉子に対して強い口調で責めよる。

 話している内に熱が高まったのか、キリカは織莉子の肩を両手で掴んで揺さぶる。

 それを織莉子はやんわりと掴んで話すと、凛とした顔を浮かべながら語る。

 

「まだ敵の現状は全て明らかになっていません。深追いをして皆が全滅する必要もないでしょう」

「だからと言って……」

「それにあのまま戦っていたら、私達は秒殺で全滅する未来が私には見えていました」

「え?」

 

 思ってもいなかった言葉にキリカは素っ頓狂な声を上げる。

 確かに戦力が織莉子一人になってしまった状態でアリスの相手は厳しいが、織莉子には未来予知が存在する。

 そんな彼女が秒殺されると言う未来が見えた事が信じられず彼女を見る。

 キリカが話を聞く体勢が出来たのを見ると、織莉子は有栖のミタマについての自己解釈を語り出す。

 

「私はミタマに関しての造詣はありません。ですが推測なら出来ます」

「うん」

「敷島有栖のミタマ、彼女自身も言っていましたが、ワンダーランドこそが彼女のミタマであり、そこを守護するアリスこそが最大の敵と言ってもいいでしょう」

「そうですね」

 

 キリカとまどかは適当に相槌を打つ。

 そんな彼女達に促され、織莉子は自分の考えた末での結論を語り出す。

 

「私が見た未来とこれまでの戦いぶりから見て、恐らくアリスのミタマの特性は『攻』のミタマ。戦えば戦うほど強くなるミタマと見ました。今戦うのは危険です」

「何だよそれ⁉ サイヤ人じゃないんだぞ!」

 

 織莉子の推測が信じられず、キリカは声を荒げる。

 まどかは付いていくのに必死であり、自分がどうすればいいか分からないでいたが、こちらに向かって走ってくる援軍を見ると、彼女達に助けを求めた。

 

「何がどうなったの?」

「詳しい事を教えてくれる?」

 

 ほむらとマミが到着した頃には有栖の姿はなかった。

 そこで織莉子は説明に入る。

 自分の推測と敷島有栖と言う人間の事を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリーはなぎさを自分の後ろに回して、彼女を守りながら改剣の氷刃を振るう事を選んで戦っていた。

 だがジェフリーは困惑していた。

 目の前に居るハーメルンの笛吹き男はトリッキーで多彩な攻撃が売りの魔物だったが、このハーメルンの笛吹き男は突進攻撃以外は、時折お手玉をして遊ぶぐらいで全くこちらから仕掛ける様子が見られなかったからだ。

 やる気のないハーメルンの笛吹き男を見ると、ジェフリーは改剣の氷刃をしまい、無防備に魔物との距離を詰めよる。

 

「ジェフリー?」

 

 警戒心を解かないなぎさは彼の行動に驚くが、ジェフリーは少女の叫びも気にせず、魔物との距離を目と鼻の先にまで詰めよると、拳を振り上げて思い切り殴り飛ばす。

 魔物の鼻っ柱にジェフリーの拳は炸裂して、ハーメルンの笛吹き男は勢いよく後方に吹き飛ばされる。

 この姿を見てジェフリーは確信した。

 目の前に居る、この魔物は自分達を殺す気など全くない。何か別の目的で接していると。

 それが分かると、ジェフリーは再び魔物との距離を詰めよって、両腕に巨神の腕を発動させて巨大化させると、一気に拳を振り下ろそうとする。

 

「詳しくは人間に戻った時に話しもらうぞ!」

「参った!」

 

 突然ハーメルンの笛吹き男から男性の声が響く。

 何が起こったか分からず、困惑するジェフリーだったが巨大な鼠は分離して複数の炎で包まれた鼠に分散する。

 

「またですか⁉」

 

 再び人海戦術を行おうとしているハーメルンの笛吹き男に対して、なぎさはラッパを構えるが、鼠達はなぎさを無視して人型に集まって行く。

 そして勢いよく発光して、光が収まって現れたのはピエロの衣装に身を包んだ一人の青年だった。

 

「痛いのはゴメンだからね。参ったよジェフリーさん。僕の負けです。降参します」

「馬鹿な! 自分の意思で魔物になれるのか⁉ それとも人間に擬態が可能なのか⁉」

 

 目の前でハーメルンの笛吹き男が華奢な青年に変わった事が信じられず、ジェフリーは驚愕の声を上げた。

 そしてジェフリーは自分の過去の物語を振り返る。

 だがどんなに振り返っても、人間に擬態する魔物も居ないし、自分の意思で魔物になれる魔法使いも居ない。

 イレギュラーな出来事にジェフリーは困惑していたが、体が殺気を感じ取る。

 考えるよりも早くジェフリーはなぎさの元へと飛び、彼女の体を抱きかかえながら、氷の綿毛を宙に放って弾幕を作り上げる。

 氷の綿毛で作られた弾幕は瞬く間に振り払われる。

 その攻撃が何か分からないなぎさは困惑するばかりだったが、ジェフリーはその攻撃の正体が分かっていて、攻撃された方法を見る。

 

「相変わらず見事にガウェインを使いこなしているなユウリ」

 

 声をかけられた方を見ると、そこには真紅の法衣に身を包んだユウリが居た。

 ユウリはジェフリーの賛辞の言葉を無視して、ハーメルンの笛吹き男である青年の真に立つと、自分よりも背が高い彼の頬に向かって思い切り平手打ちを放つ。

 炸裂音が響き渡り、なぎさは反射的に目を逸らし、ジェフリーは何も言わずに二人のやり取りを見守る事を選んだ。

 

「何を勝手に変身を解いている⁉ お前それでも私の使い魔か?」

「申し訳ありません。ユウリ様」

 

 口から血を出しながら青年は謝罪の言葉を口にする。

 一方のなぎさとジェフリーは目の前の青年がユウリの使い魔と言う事に困惑するばかり、情報が足りなすぎる事からジェフリーは情報を求めようとしたが、ユウリは何も言わずに青年に向かって顎で指示を出すと、二人は並んで異空間に通じる穴へと向かう。

 

「最後に教えてやるよ。今回は一気に潰す予定で私達も三人、聖杯の協力者をぶつけた。一番の障害となるお前は時間稼ぎのためにこいつをぶつけたわけだよ。だが結果は全員時間切れだ。次の機会を待つよ」

「随分と優しいんだな。任務に失敗して自分の命を優先する使い魔を平手打ち一発で許すんだからな」

 

 ジェフリーは挑発するようにユウリに言う。

 今は少しでも多くの情報を得ようと敢えて危険に身を投じた。

 そんなジェフリーに対して、ユウリは先に青年を異空間へと向かわせると、最後に振り向いて二人を威圧するように言う。

 

「ハーメルンの笛吹き男か。あれは失敗作であると同時に最大の切り札でもあるからな。無下には扱えないよ」

 

 あえて含みを持った言い方をしてユウリはその場を後にした。

 取り残されて呆然となっているなぎさだったが、ジェフリーはこちらに向かう三つの足音に気づき、音の方向を見る。

 そこにはさやか達が駆け寄る姿が見え、全員何が起こったのか分からず辺りを見回すばかりだった。

 

「皆無事で何よりだ」

 

 まずジェフリーが言ったのは労いの言葉。

 聖杯の協力者たちと戦って五体満足なのを素直に喜んだ。

 その言葉が嬉しく、全員顔をほころばせていたが、その顔はすぐに真剣な物に変わる。

 

「みんなは?」

「待ってろ。今テレパシーで確認する」

 

 ゆまの問いかけに杏子はテレパシーで全員の無事を確認する。

 全員の無事を確認すると杏子はパッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 全員無事に戻ってこれると知ると、ジェフリーが締めの一言を言う。

 

「とにかく皆無事で何よりだ。帰るまでが任務だからな」




まだ全ては明らかになっていない。だがそれでも金色の精神の持ち主達は暗闇の中を歩く。そうする事でしか道は開けないから。

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