ゆまは目の前の激闘を息を飲んで見守る事しか出来なかった。
杏子は自分の身を守る事だけを考えろと言っていたが、いざとなったら参戦する覚悟をゆまは持っていたつもりだった。
だがその覚悟は目の前の二人の戦いを見ると、霞んで消えた。
息をする暇もない程の攻防が目の前で繰り広げられていたからだ。
優香が懐に飛び込んで殴りかかろうとした瞬間、杏子は槍を鎖状に分断して多節棍のように振り回して距離を取る。
槍を振るうのにベストな距離が出来上がると、杏子は優香に向かって槍を振り下ろすが、それは優香がガントレットを前面に出しての防御で弾き返される。
そうして相手の攻撃を弾き返すと、すぐにお互い自分の距離に持っていこうとする。
だがお互いに自分の境界線を保ったまま、戦いは続き二人は再び弾き飛ぶと、互いに円を描きながら距離を詰める。
「言うだけの事はあるじゃねぇか。昨日、今日力を得てチョーシこいてるだけのボンクラって訳じゃないみたいだな」
杏子は素直に優香の実力を認めた。
だがこれは彼女への称賛だけが目的ではない。杏子の作戦だ。
少しでも情報を得る事、そして話をしている中で一瞬でも気を取られて隙が生まれるチャンスを杏子は伺っていた。
「当たり前だ。アタシは昔から喧嘩三昧の毎日だったんだよ。それこそ物心つく頃には幼稚園の男子を泣かせていたよ」
優香の言葉に杏子の中で思い出が蘇る。
妹のモモが泣かされたと聞いて、初めて杏子は幼稚園の男子を相手に喧嘩を行った。
それがきっかけで今の杏子の人格は形成された物だと杏子は思っていたが、目の前の彼女が自分と同じだと思いたくない杏子は邪悪な笑みを浮かべながら槍を突き出して突っ込む。
「それは自慢のつもりなのかよ⁉」
杏子の攻撃に対して、優香は何も行う事なく足を止めて真正面から受け止めようとした。
すると杏子の体は途中でモヤとなって消える。
それと同時に優香は後方を勢いよく振り向いて、腰を力の限り捻って最大限のパワーを持ったパンチを背後から襲う杏子に向かって振り抜く。
幻惑に気を取られている隙に背後から不意打ちをする杏子の作戦は見事に失敗し、拳が顔面を貫く寸前で杏子は槍を縦に構えて防御を行うが、それは虚しい抵抗。
元々防御は幻惑能力に任せきりの杏子は咄嗟の防御と言うのが全く出来ず、振り抜かれた優香の拳は槍ごと杏子の顔面にめり込み、杏子の体を後方へと吹き飛ばした。
「こすい真似をしやがるな。テメェの底が知れたぜ」
勝ちを確信して、下衆な笑みを浮かべながら、優香はゆっくりと鼻から血を流しながら蹲る杏子の元へと向かう。
ゆまは助けなくてはと言う想いがあったが、先程の激闘を見てすっかり体が萎縮してしまい、その場から動けないでいた。
杏子は鼻血を出しながらも、槍を地面に突き刺してつっかえ棒にしながら立ち上がると、優香を相手にコンタクトを取ろうとする。
「何でさっきの攻撃が幻惑だって分かった?」
「勘だよ!」
自分の幻惑は完璧だったと疑問に思う杏子に対して、優香はシンプルな答えを突きつける。
余裕を持った笑みを浮かべながら近づく優香に対して、杏子は反撃の体勢を取ろうとするが、その際違和感に襲われる。
まだ一発しかクリーンヒットは貰っていないはずなのに、視界が歪み、杏子は何度も意識を手放しそうになる。
経験上、優香の攻撃力はかなりの上位にあたると言ってもいい、だがそれでも一発でここまでのダメージを負う事が杏子には信じられず、腕にも足にも力が入らない状態に困惑するばかりだった。
「不思議そうな顔をしているな? 何で一発しか貰ってないのに、そんなにダメージを負っているのかってな」
優香の問いかけに対して、杏子はプライドをかなぐり捨てて、黙って頷く事を選んだ。
皆のためにも生きて戻り、次の戦いへの対策のため、少しでも多く優香に関しての情報を得ようと思っていたからだ。
優香はそんな杏子に対して、ガントレットを前に突き出しながら威風堂々と話し出す。
「これがアタシのミタマの力だよ! アタシのミタマは魔と人の間を行き来する存在でね。故にアタシのミタマは『壊』のミタマ! 例え防御で防いだとしても、ダメージは行き渡り、一発でもクリーンヒットを貰えば、今まで積み上げたダメージは一気に爆発をするって話だよ!」
優香は調子に乗ってどこにミタマが宿っているかだけではなく、自分のミタマの特性まで口に出す。
彼女が言うミタマの特性に関して杏子は理解出来なかったが、今までの戦いを思い出し、ミタマの真の力を覚えようとしていた。
戦いの中、杏子は優香の攻撃を振り払ってかわしたこともあったが、そのほとんどは槍で受け止めるか、大したダメージではないと判断して被弾覚悟で突っ込むかの二択だった。
だがそれでもこれだけのダメージを負うのだから、優香を相手に肉弾戦は不利だと判断し、彼女が調子づいていると判断した杏子は更に情報を引き出そうとする。
「凄い実力だよ。アタシを相手に的確にダメージを積み重ねられるなんて、中々出来る事じゃない」
「典型的なバカの発言だ。自分がそんなに強いと思っているのか?」
優香は杏子の発言を蔑むが、杏子は気にする事なく言葉を発っする。
「だけどよ……お前は魔法少女じゃないんだろ? ソウルジェムの輝きがどこにも見当たらない」
まず杏子が得ようとした情報は、彼女自身が一番謎に思っていた疑問。
心眼で様子を見ても、優香の体からソウルジェムの輝きはどこにも見当たらなかったからだ。
優香は相変わらずの邪悪な笑みを浮かべながら語る。
「当たり前だ。アタシはお前みたいなゾンビとは違うんだよ。聖杯の協力者であっても、魔法少女なんてちゃんちゃらおかしい存在じゃない!」
「元ゾンビだよ……」
杏子は申し訳程度の反論をする。
いつもの彼女ならここで言い争いになるのだが、敢えて杏子はそれを選ばなかった。
少しでも多く情報を得るため、プライドを捨てて、彼女の言葉を引き出す事だけに徹そうと選んだからだ。
杏子が震える顔を上げて見た先には、邪悪な笑みを浮かべた優香が居た。
優香は何も言わずに杏子の腹に向かって、勢いを持った拳をめり込ませる。
突然の攻撃に杏子は吐瀉物を口から出す暇もなく、体がくの字に折れ曲がって無防備な状態を晒す。
がら空きになった顎に向かって、勢いが付いた優香の左右のフックが飛ぶと、杏子の頭蓋骨の中で脳がピンボールのように弾き飛び、彼女の意識は遠い所へと持っていかれそうになる。
だがそれを優香は許さず、杏子の顔面の真正面に目がけて力の限り右ストレートを叩きこむと、彼女の体を後方へと吹き飛ばす。
痙攣しながら大の字になって横たわる杏子を見て、優香は歪な笑みを浮かべたまま、乾いた笑い声を上げる。
「楽しいね~」
「やめろ!」
優香が悦に浸っていると、彼女の足元に鈍器で殴られたような痛みが襲う。
ゆまは震える体を必死に抑えながら、猫の尻尾が付いた純白のメイスで優香の太ももを殴り飛ばして、杏子を助けようとしていた。
そんなゆまに対して、優香は何も言わずに少女の首に向かって手を伸ばすと、片手で思い切り締め上げ、右手を高々と上げるとゆまの首を絞め上げたまま、その体を高々と掲げた。
「おいガキ、テメェアタシに戦いを挑んだのか?」
優香の問いかけにゆまは何も答える事が出来なかった。
首を絞め上げられているため、酸素を脳に送る事が出来ず、顔を真っ赤にさせて意識が遠のいていたからだ。
一歩間違えば死んでしまう状況だったが、優香は気にすることなく更に首を絞め上げる力を強める。
すると足をバタバタと動かして申し訳程度の抵抗をしていたゆまにも変化が現れる。
足はダランと力なく下がり、真っ赤に染まっていた顔も真っ青になって抵抗をしなくなった。
後少しで死んでしまう状況なのにも関わらず、優香はキュゥべえから教えてもらった情報を頭の中で整理して目の前の少女が誰なのかを思い出そうとする。
「思い出した」
目の前に居る少女が『千歳ゆま』なのだと分かると、優香は掴んでいた手を放してゆまを地面へと落とす。
ゆまは涙ながらにせき込みながら、呼吸を繰り返して自分の中に何度も酸素を取りこもうとするが、優香はそれを許さず、両手で少女の胸倉を力任せに掴みあげると憤怒の表情でゆまを睨みつけた。
「テメェ、弱いガキの分際で、アタシに戦いを挑もうってのか? アタシがガキだから手加減してくれるとでも思ったのかよ!」
優香の問いかけに対して、ゆまは恐怖から何も言う事が出来なかった。
それは彼女の中のトラウマが発動されたから。
今この状況はゆまが母親に毎日のようにされていた時と同じ状況。
最近はずっと三人と共に穏やかな日々を送っていたから、ゆまの中でもすっかり忘れていた感情だが、目の前の優香を見て一気にトラウマが蘇る。
何も言わずに青ざめた顔で震えるだけのゆまを見て、優香はキュゥべえから教えてもらった情報を思い出すと、魔法を使い指先に熱を集中させる。
燃え上がった五本の指をゆまの額に向けると、優香は勢いよく指をゆまの額に押し付ける。
「弱い癖して、一端に戦おうなんて思ってんじゃねぇよ!」
「いやああああああああああああああああああああああ!」
優香の叫びと共に、ゆまの悲痛な叫びと肉が焦げる不快な臭いと音が辺りに響く。
黒煙で包まれたゆまを見ると、優香は手を離してサッカーボールを蹴り上げるかの如く、丸まった彼女の体を思い切り蹴り飛ばす。
未だに怒りが収まらないままの優香だったが、殺気に気付くと振り返る。
その先には槍があり、優香はガントレットを突き出して槍を弾き返した。
「テメェ……今何をやったんだ⁉」
槍を投げた先を見ると、そこには槍を投げたままのポーズで固まっている杏子の姿があった。
未だに優香から受けたダメージがあり、よろけながらも怒りが杏子の体を突き動かし、優香以上の憤怒の表情を浮かべたまま、彼女の元へと向かう。
「何をやったって聞いているんだ。答えろ!」
「見ての通りだ。弱い癖して、いきがっている雑魚に気合いを入れてやっただけだ」
ヘラヘラと笑いながら語る優香を見て、杏子の中で何かが壊れる音が響く。
ペース配分も考えずに一気に優香の元に詰めよると、彼女の胸倉を掴んで怒りに満ちた表情を浮かべながら叫ぶ。
「テメェそれでも人間か⁉ こんな事しておめぇ、親や友達にあわせる顔あるのかよ⁉」
感情を抑える事が出来ずに涙ながらに叫ぶ杏子に対して、優香は彼女を軽く突き飛ばすと、ゆっくりと語り出す。
「親や友達ね。親父はアタシが生まれた頃には既に居なかったからね、それに関しては何とも言えないが、お袋は間違いなくアタシを愛していたと思うよ」
そこから優香の自分語りが始まる。
母子家庭で育ち、貧乏ながらも母親は優香に最大限の愛情を注いだ。
彼女とは別にもう一人勉強が得意な姉が居たが、勉強をしない優香に対しても母親は分け隔てなく二人に平等に愛情を注いで育てた。
「さっき触りだけ話したが、アタシは物心付いた頃から喧嘩三昧の毎日を過ごしていた。幼稚園から始まり、小学校、中学校、高校とな。毎日何かにつけて喧嘩ばっかりしてたよ」
「ちょっと待て、お前いくつなんだよ⁉」
てっきり自分と同い年ぐらいの少女だと思っていた杏子は優香に対して疑問をぶつけた。
彼女の質問に対して、優香は面倒臭そうに頭を掻きながら答える。
「18だよ」
ここからキュゥべえが今まで相手にしていた思春期の少女だけをターゲットにしているとは考えられず、全人類に対象が向かれた事に杏子は青ざめる。
だがすぐに気持ちを切り替えると、立ち上がって優香を睨み付けながら語る。
「じゃあ何か? その年にもなって、未だに喧嘩三昧でお母さん泣かし続けているって言うのか? 恥ずかしくないのかよ? 自分を見てくれている人が居るって言うのに、その想いを無下に扱ってよ!」
もう見てくれている家族が居ない杏子だからこそ、叫びに心がこもり熱を帯びて、その目には再び涙が浮かび上がる。
だが優香はそんな事を意にも介さず、淡々と語り出す。
「見てくれる人ね……確かにこの状況を叱って、喧嘩のしすぎで高校を退学になったアタシに対しても、お袋は一生懸命サポートしてくれたよ。姉が死んだにも関わらず、アタシのために復学出来る学校を探したり、働き口を探したりとかもしたね」
優香がとんでもない事を口走ったかのように杏子は聞こえたが、今は彼女から情報を引き出す事だけに集中した。
そこからアルバイトをしたりもしたが、すぐにまた喧嘩になってしまい、仕事先を転々とする日々が続いた。
「よくしてくれる人も中には居たよ。でもなぜか最後は喧嘩になって追い出されてしまう」
「それはお前が変わろうとしないからだろ……」
「違う」
杏子の説教を一蹴すると、優香は再びファイティングポーズを取って身構える。
「気付いたんだよ。それはそれで悪くないが、アタシにはこっちの方が性に合ってるってな。それが分かった瞬間、お袋とも絶縁したよ。お前みたいに捨てられたんじゃない。アタシの方から捨ててやったんだよ。邪魔くさかったっからな」
「何でそこまで……」
優香の発言が信じられずに、驚愕する杏子を無視して、彼女は自分の中で一番大事にしている心情を語り出す。
「他者を自分の力で屈服させて這いつくばらせる。この悦楽に比べれば、母親の愛情や、友達との穏やかな時間なんてクソみたいなもんだよ」
邪悪な笑みを浮かべながら言い放つ優香。
その瞬間に杏子の理性は完全に崩壊した。
訳の分からない叫びと共に、多節棍状にした槍を振り回して、優香に襲いかかるが、ただ振り回しているだけの攻撃は優香には簡単にかわす事が出来、難なく横に攻撃をかわすと、がら空きになっている脇腹にボディブローを放つ。
動きが止まったのを見ると、優香は思い切り高く飛び上って、杏子の上空を取ると肘を突き出して彼女の脳天目がけて振り下ろす。
「だからテメェもサッサとアタシの下に……」
攻撃に対処しきれず、杏子は脳天に勢いが付いた一撃を貰い、そのまま地面を舐める形となって顔面から突っ込んでいく。
「這いつくばれよ!」
肘から振動が伝わっていくと優香は悦に浸った顔を浮かべる。
杏子が大の字になって完全に動かなくなったのを見ると、その命を完全に奪おうと拳に力を込めてガントレットに包まれた拳を振り下ろそうとする。
「死ね!」
だがその瞬間に槍が飛び、振り下ろされたガントレットは弾き返される。
無防備になった優香の頬に向かって穂先の破片が飛び、頬に一線の傷が作られ、そこから鮮血が流れ落ちる。
「ま~つ~だ~!」
杏子は中々治らない傷に苦戦しながらも怒りに身を任せて立ち上がると、再び槍をつっかえ棒代わりにして震える体で優香を睨んだ。
「テメェそれ本気で言っているのか? 信念も譲れない想いもなく、生きるためと言う訳でもなく、ただ暴力を振るいたい、そんな理由だけでテメェは母親を捨てて、思ってくれる人の言葉を無視して、一人で暴れ回っているっていうのかよ⁉」
「だからそうだって言ってんじゃねぇかよ」
怒りに満ちた杏子の問いかけに対して、優香は面倒臭そうに返す。
すると杏子は震えながらも、乱暴に横へ槍を振りかざし、稚拙ながらも優香に攻撃を加えようとしていた。
「この腐れ外道が! テメェは今までアタシが出会った中で最低の人間だよ!」
その叫びは鉄拳によって打ち砕かれる。
再び大の字になって仰向けで横たわる杏子に対して、優香は拳を勢いよく振り下ろす。
手にビリビリと痛むような刺激が襲い、血液の暖かさも感じ取られる。
完全に相手を殲滅した感覚に安心したのか、優香もまた乱暴に叫んだ。
「外道で何が悪い⁉ 邪道で何が悪い⁉ 人として正道を歩まなきゃ生きちゃいけないって言うのか⁉ さすがカルト宗教の娘って事だけはあるな! アタシはアタシだ! 誰かの真似なんてしないし、これからもアタシだけのために生きていく。それだけの力がアタシにはあるんだ!」
動かなくなっている杏子に対して、拳を振り下ろそうとした瞬間、優香は顔をしかめた。
まるで体中から力が抜けるような感覚に舌打ちをすると、虚空に異空間に繋がる穴を広げ、その中に飛び込んでいく。
「残念だが時間切れだ。充電出来たら、また這いつくばらせてやるよ!」
捨て台詞と共に優香は消え、代わりに現れたのは一匹の魔物。
魔物は小人で髭面の三人の中年男性がトーテムポールのように上に乗っていて、それぞれが手に使いこまれたハンマーを持っていて、体は樽で覆われていた。
即座に杏子の脳内に魔物の名前が浮かび上がる。
「ドワーフ……」
魔物の名前を呼んだ瞬間、ドワーフは上から飛びかかって杏子に襲いかかる。
三体それぞれのドワーフが上空から飛びかかる様に、杏子は何も出来ず、彼女の中で死のイメージが広がり、杏子は覚悟を決めるように静かに目を閉じた。
「だりゃあああああああああああ!」
その時勇ましい叫びと共に鈍器が刃で切り付けられるような音が響く。
杏子が震える目を開いて見た先には、法衣姿に変身したさやかが居た。
だが、優香の『壊』のミタマの威力は凄まじく、さやかがいくら癒しの魔法に特化しているとは言え、完全に復活するのは厳しく、足は震えて立っているのもやっとの状態だった。
「よせさやか……アタシはゆまを連れて逃げるから、お前は援軍を呼ぶんだ……」
「でりゃあああああああああああ!」
さやかは杏子の忠告も聞かずに、ドワーフに向かって飛びかかる。
襲ってくる少女に対して、ドワーフは再び一つに戻って、勢いを付けて回転する。
勢いよくグルグル回ってさやかを飲み込もうとするドワーフ。
ここでさやかが取った行動は出来るだけ、杏子からドワーフを離す事。
だがダメージを負った体ではドワーフの回転攻撃をかわすのは厳しく、マントが何度も巻き込まれ、切り裂かれるような音が響く。
やはりダメージを負っているのだと分かると、杏子は這って立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
マントが全て回転攻撃で切り裂かれるのを見ると、さやかの顔にも焦りの色が出る。
だがさやかには確信があった。
あんな無茶な攻撃がいつまでも続くはずがないと。
そしてその読みは見事に的中した。
ドワーフは回転が収まるとよろめくだけで、動こうとしなかった。
その隙をついて、さやかは反撃に出ようとするが、さやか自身も逃げる事とドワーフの注意を杏子から自分に向ける事で精一杯であり、疲れ果ててその場でへたり込んでしまう。
さやかが呼吸を整えている間に、ドワーフは体勢を立て直し、三体バラバラになって上空からさやかにメイスを振りかざして襲いかかる。
「さやかをイジめるな!」
その時後方から衝撃波が襲い、三体の体は衝撃波に吹き飛ばされてドワーフ達はバラバラになった状態で横たわる。
衝撃波の方向をさやかが見ると、そこには痛む額を押さえながらメイスを地面に振り下ろして攻撃を行うゆまの姿があった。
ゆまは痛む額を擦り、涙ながらにドワーフに向かって攻撃を放つ。
再びメイスの衝撃波が魔物を襲うが、ドワーフ達はそれを散ってかわすと、三位一体となって今度はゆまの前に立ちふさがる。
魔物を目の前にして、ゆまは体の震えが止まらなかった。
今までずっとバックアップのサポートが中心で、傍には織莉子やキリカが常に付いていると言う安心感があったから、これまでは戦ってこれた。
だが今戦えられるのは自分一人、そのプレッシャーに押し負けそうになってしまい、ゆまはやぶれかぶれにメイスをドワーフに向かって振りかざす。
「よせ、ゆま! ヤケクソになっちゃ勝てる戦いも勝てないぞ!」
杏子は体が動かない状態ながらも、ゆまにエールを送る。
今、杏子の中を占めているのは影の魔女戦でのさやかの様子。
このままではあの時よりも、もっと悲惨な末路が待っていると杏子は思っていて、何度も声を大にして叫ぶ。
そして杏子の嫌な予感は的中してしまう。
前方にばかり注意が行ってしまい、足元がおろそかになっていたゆま。
だから彼女は気付いていなかった。ドワーフが地面に毒の酒をばら撒いていたことを。
少女が異変に気付いた時にはもう遅く、ゆまの体は毒の酒で覆われ、彼女の体は紫色に染まり、その場で倒れ込む。
「お酒くさいの……ヤダ……」
ここでゆまは過去のトラウマに苦しめながら意識を手放してしまう。
酒に酔った母親に何度も虐待を受けたゆまからすれば、毒の酒による攻撃の効果は抜群だったからだ。
討伐対象が動かなくなったのを見ると、ドワーフは三体に分かれてハンマーを振り下ろそうとする。
「私を忘れるな!」
その時魔物の背中に切り裂かれるような痛みが襲う。
さやかは剣の波動を放って、ドワーフの注意をゆまから自分に向けさせる。
この時初めてドワーフはさやかに明確な敵意を持った。
それは樽を切り裂かれた事で、自分の命よりも大事な酒がこぼれたからだ。
顔を真っ赤にして回転攻撃を行うドワーフに対して、さやかが取った手段は先程と同じように逃げの一手。
だが怒りで先程よりも速度が増しているドワーフは一気にさやかを追いつめようとする。
「さやか!」
杏子は悲痛な叫びを上げるが、回転する鈍器に巻き込まれそうになった瞬間、さやかは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「攻撃がワンパターンになっているよ」
そう言うと同時にさやかの体は地中に埋まる。
何が何だか分からないドワーフだったが、回転を止める訳には行かず、そのまま回転攻撃を続けていたが、突如地中から現れたさやかによって三体平等に体を覆っていた樽を傷付ける。
突然の事にドワーフは三体バラバラになって地面を寝転んでしまい、隙だらけの状態になってしまう。
この様子を見て杏子は驚愕の表情を浮かべていた。
「あれは……『土竜斬』初めて見た……」
さやかが『モグラの爪』との連携魔法である土竜斬を使える事に杏子は驚きを隠せなかった。
だがドワーフは再び一つになって、さやかに襲いかかろうとしていた。
その様子を見て杏子は再び叫ぼうとするが、咳き込んで思うように話しをする事が出来なかった。
「大丈夫だよ杏子。もう決着は付いている」
慌てる杏子とは対照的にさやかは落ち着き払った声で返した。
その瞬間杏子は自分が横たわっている地面が異常なまでに冷たくなっている事に気付く。
そして、さやかが何をやったのかを理解した。
地中に潜っている間に大量の氷の魔法を放ち、それを一気に開放させる。
普通ならばただ冷たいだけで終わるが、体全体が酒で覆われているドワーフに取ってこの攻撃は効果が抜群。
瞬く間に体の中の酒、及び地面にばら撒かれた酒は凍り付いていき、抵抗も空しくドワーフの体は氷で覆われ、一体の醜い氷像が出来上がった。
後はさやかが一押しすると、氷像は脆く崩れ去って、中からコアが出現する。
戦いが終わったのを見ると、さやかはゆまの元に向かい、癒しの魔法で額の火傷と体の中にある毒素を抜いて、全快させると杏子の方を指さす。
「救済するから、杏子も連れてきてくれる?」
「うん」
さやかに言われるがまま、ゆまは杏子を引きずりながらコアの元へと向かい、三人は右手を突き出してドワーフを救済して元の人間に戻した。
元に戻ったドワーフに対してさやかは常温の氷の布を作り上げると、それを裸の青年に手渡す。
最低限体が隠れたのを見ると、さやかはゆまに指示を出す。
「この人を安全な場所まで誘導してくれる?」
「うん!」
救済出来た事に喜びを持ち、ゆまは未だに夢うつつの青年の手を引っ張って安全な場所まで向かう。
その一方で杏子は未だに辛そうにして横たわるだけであり、そんな彼女に対してさやかは癒しの魔法を施す。
「さやか……アタシ……」
「話は治療が終わってから!」
辛そうに何かを言おうとする杏子だったが、さやかはそれを一蹴して癒しの魔法を施した。
体は彼女の魔法で回復していくのだが、杏子の顔に晴れやかな笑みはなかった。
心に深い傷を付けられたから。
***
ゆまが戻った時には丁度、杏子の傷も回復して全快していた。
そして二人はこれからの事を話し合おうとしていた。誰の加勢に向かうのかを。
「まずはテレパシーで今どうなっているか聞いたら?」
「それ!」
最初にテレパシーをほむらの方に送ろうとしたさやかだったが、杏子が手を出してそれを止める。
「どうしたのよ杏子?」
さやかの問いかけに対しても、杏子は俯いたままで何も言わないでいたが、このままでは仕方ないと言う思いもあり、ポツポツと語り出す。
「まず最初に聞くけど、アタシが暴食の力を継承した者と戦った時の事をさやかは見ているか?」
「ゴメン、杏子に結界で包まれていたから見てない。出られたのも結界の力が弱まったからだし、で見てみたら魔物に襲われそうになっている杏子を見たから助けたってわけ」
「そうか……」
そこから杏子はポツポツと松田優香と言う人物が、どう言う人間なのかを語り出す。
ただ暴力の悦楽に浸りたい。それだけで聖杯に協力している人間だと告げると、さやかは顔を真っ赤にして怒る。
「何よそれ⁉ 信念もなく、ただ暴れたいってだけ⁉ 最低じゃないのよ!」
「まるで一昔前のアタシみたいにな」
そう言って寂しそうに笑う杏子を見ると、さやかは先程までの憤慨も消え失せ、何も言わずに杏子を見た。
すると杏子は俯いたまま乾いた笑いを浮かべ、自嘲気味に語り出す。
「嫌アタシの方が性質悪いかな。家族を言い訳にして暴れている分、悲劇のヒロイン気取りのバカ女だもんな。アタシは初めて自分の姿を客観的に見る事が出来た……」
そう言うと感情を抑えられなくなったのか、杏子はさめざめと泣き出す。
彼女が泣く所を見る事にショックを受け、さやかは何も言わずに杏子が話してくれるまで待った。
「アタシは本当に嫌な奴だったんだな……今だったらあの時のさやかの気持ち凄い分かるよ。こんな嫌な奴友達になんてなりたくないもんな……」
すっかり自己嫌悪に陥っている杏子。
そんな彼女に対して、さやかはしゃがんで泣いている杏子の体をそっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。今の杏子はちゃんと変われているよ、前を向いて歩こうって決めたんでしょ? 家族を言い訳にする事なく」
「そのつもりではある……」
弱弱しいながらも杏子は返す。
彼女の決意表明を聞くと、さやかは穏やかな笑みを浮かべながら語る。
「だったらいつまでも過去に囚われてちゃいけないよ。こんな私だって皆のおかげで変わる事が出来たんだからさ、次に会った時には松田って奴皆でコテンパンにしてやろうよ。因果応報が世の中にあるって事、きっちり教育してやろう。ね?」
さやかは自分が杏子の仲間である事をアピールする。
それに便乗して、ゆまも語り出す。
「ゆまは杏子の昔を知らないけど、杏子はママやあの人とは違うよ」
そこからゆまは自分が過去に虐待を受けた事を語り出す。
魔法少女になった事が原因で、父親と母親を死なせてしまった事も語った。
辛い過去をこれ以上少女に話してもらいたくないのか、二人は慌ててフォローに入る。
「それはゆまちゃんのせいじゃないよ。自分で自分を抑えられない、ストレスに打ち勝つ事も出来ない弱い両親が悪いんだよ」
「そうだよ! そんなの当たり前じゃないか!」
「ちがう」
さやかと杏子はフォローするが、ゆまは首を横に振ってそれを否定する。
「私が魔法少女にならなければ、もしかしたらパパとママは分かってくれたかもしれないし、原因を作ったのはやっぱりゆまだし……でも!」
辛い過去を語って自らも辛くなったゆま。そんな自分のモヤモヤを払拭しようと叫ぶと同時に顔を上げて、杏子の顔をまっすぐ見ながら語る。
「杏子はママやあの人みたいに自分のためだけに怒っているわけじゃない! ゆまのために怒ってくれた。だから杏子はあの人とはちがうよ。杏子がその荷物を持てないなら、ゆまも手伝うから」
叫んでいる内に感極まり涙が出そうになるゆま。
そんな彼女の頭を軽く撫でて立ち上がると、杏子は意地の悪い笑みを浮かべた。
「全くガキがどこでそんな芝居がかった言葉を覚えた?」
「キリカがよくそう言って、なぎさちゃんとゆまに教育してくれた」
「ハハハ、あの人なら言いそうだね!」
そう言って大笑いするさやかを見て、つられてゆまも笑う。
それに続いて杏子も笑い一しきり笑い終えると、ほむらに向かってテレパシーを送る。
(ほむら、そっちは今どうなっている?)
(こっちは自分たちの仕事が終わって、美国さんの所に加勢に向かう所よ。もう無事なら、あなた達はジェフリーの加勢に向かって)
目的が決まると、杏子は足早にジェフリーが居る所へと向かおうとする。
「だったらまずは我らがリーダーを迎えに行かないとな。アイツが無事じゃないとアタシが得た情報も無意味になっちゃうからな。行くぞ、さやか、ゆま」
元気を取り戻した杏子は二人を引き連れて、ジェフリーが居る所へと向かう。
未来へ歩むために。
と言う訳で今回初めて、オリキャラを深い所まで紹介して、そして既存のキャラクターと賭け合わせた訳ですが、この作品を見てくださっている皆様に伺いたいです。私の作り出した松田優香と言うキャラクターにどのような印象を受けましたか?
今後の参考にしたいので、ご意見、ご感想待っています。