魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

47 / 64
それは理想の物語


第十二話 ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット

 恵子の羽の攻撃は間髪入れずに次々と襲いかかり、マミとほむらは攻撃のチャンスを伺えないでいた。

 共に遠距離攻撃型のタイプであり、同じ条件ならば負ける自信はないと踏んでいたが、恵子の攻撃は一発一発の威力は低い物の、連撃の力は二人よりも上であり、二人は襲いかかってくる羽を追撃するのがやっとだった。

 中々攻撃に踏みこめない事に苛立ちを感じていたマミだが、ほむらはここで違和感に気付く。

 

(おかしい……)

 

 一度感じた違和感はドンドン大きくなっていき、人の意見を聞きたいと思ったほむらはマミにテレパシーで話しかける。

 

(巴さん彼女の行動はおかしいわ)

(何がなの? 私達を迎撃するために羽の攻撃を放ち続けているじゃないの)

 

 マミはリボンで襲いかかる羽を払いのけながら言うが、ほむらは彼女の意見を首を横に振って否定する。

 

(この攻撃に致命傷となるダメージは与えられないわ。でも何か別な攻撃を行う素振りを見せている訳でもない)

(それじゃあ彼女の目的は何だって言うの?)

 

 苛立ちから乱暴に返すマミに対して、ほむらは静かに諭すようにテレパシーで話しかける。

 

(分からないわ。時間稼ぎか、自分の身を守るだけで精一杯なのかも……)

(それなら一気に勝負を決めるだけよ!)

 

 いい加減ジリ貧の戦いに苛立ちが募ったマミは、リボンで羽を払いのけた一瞬の隙を突き、無防備になっている恵子に向かって大砲のような大きさのマスケット銃を向けて溜まったエネルギー弾を放つ。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 エネルギー弾は次の攻撃を放とうとしていた恵子を襲い、そのまま彼女の体ごと飲み込んで消えてなくなった。

 それと同時にビニールのように少女達を包んでいた結界も消えてなくなり、マミは満足したように笑いながら変身を解くと帰路に付こうとする。

 

「待って! 巴さんミタマは⁉」

 

 ほむらが指摘したのは、ジェフリーの嘗ての仲間が幽閉されているミタマの存在。

 それが無事かどうかを確認したかったのだが、マミはあっけらかんとした顔を浮かべながら一言言う。

 

「ミタマ? あなたは何を言っているの?」

 

 その声のトーンは何も知らない、分からないと言う事が分かった。

 だがここでほむら自身にも違和感を覚える。

 この発言に対して反論する気がなくなっていた。

 敵を倒した事から安堵感が生まれたのか、取りあえずはこのままでいいだろうと思い、ほむらもマミの後を追った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 その日の夜、ほむらは再び襲われた違和感に悩まされていた。

 異常なまでに視力が落ち、周りの景色が全て霞んで見える状態。

 慌ててほむらはクローゼットの奥にしまっていた眼鏡を取り出してかける。

 すると元の視力を取り戻したかのようにハッキリと見えるようになり、安堵感を覚えるが、一つ問題が片付くと今度はまた新たな違和感に襲われる。

 下ろしたままの髪の毛が気になって仕方ない。

 ほむらは勉強机からヘアゴムを取り出すと、腰まで伸びた長い髪の毛を左右に三つ編みにしてまとめる。

 それでようやく落ち着きを取り戻したが、全身が映る鏡で自分の姿を見ると思わず苦笑してしまう。

 

「まるで昔の私……え?」

 

 今度はほむら自身の発言にも彼女は違和感を覚える。

 病院を退院してから、ほむらはこのスタイルで見滝原中学に転入して、現在に至るはず。

 それの何がおかしいのかと、ほむらは自分で自分を強引に納得させると、この日の復習をするため勉強机へと向かおうとする。

 その時突然携帯のアラーム音が鳴り響く。

 着信履歴を見ると、マミからだ。

 何事かと思い電話に出ると、マミはいつも通りの落ち着いた声で一言言う。

 

「暁美さん。ナイトメアが出現したわよ。すぐに準備して」

 

 それだけ言うとマミはナイトメアが出現した場所の地図をメールで送信して、通話は切れた。

 何が何だか分からないほむらは現地に向かいながらも一言つぶやく。

 

「ナイトメアって何?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 現地にほむらが到着すると、そこには彼女以外の四人の魔法少女と二匹のマスコットキャラが居た。

 

「まどか⁉ 何で⁉」

 

 その輪の中にまどかが居る事にほむらは驚愕の叫びを上げる。

 だがまどかの方もほむらに対して驚きを隠す事が出来ず、自分の疑問を彼女にぶつける。

 

「え⁉ ほむらちゃん今私の事、鹿目さんじゃなくてまどかって……」

「ほうほう、ようやくほむらも人見知りを克服しようと努力したわけですな」

「さやかから聞いたけど、見滝原中学に転入してきて、もう一月なんだろう。そろそろ気心が知れた親友の一人も作れないとな」

 

 まどかの疑問に対して、さやかと杏子も同意して、三人はほむらの成長を共に喜んだ。

 おかしいと思っていた。だがほむらはこの居心地の良い空間に浸っているのが楽しく、その疑問をぶつける事を止める事にした。

 

「キュー!」

「どうしたのキュゥべえ?」

 

 まどかの肩に乗っていたキュゥべえが指さした先にはバイオリンを持った球体の魔物が居た。

 球体の魔物はビルの屋上に居て、バイオリンを思い切り叩きつけると衝撃波からビルが崩壊しそうになっていく。

 

「皆おしゃべりはここまでよ。行くわよ!」

「ナイトメア! ナイトメア!」

 

 マミの頭に乗っかていたシャルロッテに良く似たマスコットキャラが叫ぶ。

 その叫びから、ほむらは認識をしたあれがナイトメアなのだと。

 ソウルジェムを片手に優雅に踊りながら変身していく一同、その姿を見て再びほむらは違和感を覚え困惑する。

 

(どうしてソウルジェムが? あれ?)

 

 妙に思っていたほむらの手にもソウルジェムは握られていて、皆に遅れないよう慌てて変身をすると、マミを中心として5人は決めポーズを取った。

 

「ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット!」

 

 決めポーズが決まると真っ先に飛び出したのはマミとまどか。

 二人は手を繋いで合体技の飛び道具を放つ。

 

「ティロ・デュエット!」

 

 二人の聖なるエネルギーにより、ビルの破壊は免れ修復されていく。

 唖然となっているほむらだったが、少女の怒鳴り声が聞こえると我に帰る。

 

「ほむら、ボサっとしてないで時間を止めて、私に回して!」

 

 さやかが何を言っているのかほむらには理解出来なかったが、言われるがままほむらは時間を止めると投げられた聖なるエネルギーをさやかに手渡した後、再び時間を発動させる。

 物を受け取ると、さやかは塔の上に乗り、6本の剣を召喚する。

 

「気持ちは分かるけど、ちょっとは落ち着きなよ仁美!」

 

 さやかの発言から、あのナイトメアが志筑仁美なのだと言う事をほむらは理解した。

 だがそんな彼女の心情も無視して、さやかは6本の剣をナイトメアに放つ。

 

「ゴメイサマ・リ・リ・ア・ン! 杏子!」

 

 剣はドリンクゼリーを飲んでいる杏子の元に飛んでいき、杏子は放たれた剣に槍の結界を加えて、ナイトメアの動きを制限させた。

 

「アミコミ・ケッカイ!」

 

 そうしてナイトメアは縛られて、異形を中心に五芒星の結界が出来上がり、剣の上に一人ずつ乗る。

 

「皆仕上げよ!」

 

 マミの掛け声でナイトメアの上にベベが乗ると、軽い爆発が起こり、机と椅子が現れ、ナイトメアはケーキケースの中に入れられていた。

 魔法少女の皆は椅子の上に座ると、ベベはナイトメアを食べる形態に変わる。

 目の前に現れたベベにほむらは怯えそうになるが、それをマミが宥めると歌が始まる。

 

「ケーキ! ケーキ! まぁるいケーキ! まぁるいケーキはだぁあれ?」

『ケーキハサヤカ』

「ち・が・う! 私はラズベリー。まぁるいケーキはあ・か・い。ケーキは杏子?」

「ち~が~う。あ~た~し~は~り~ん~ご。まぁるいケーキはべべが好き! ケーキはマミ?」

「ちぃがぁう。わたしはチーズ。まぁるいケーキはこぉろがる。ケーキは暁美さん?」

 

 話を振られて困惑しながらも、ほむらは自分の中に浮かんだワードを口にする。

 

「ちがいます! わた…私はかぼちゃ。ま、まぁるいケーキは甘いです。ケーキはまどか?」

「ち・が・う。私はメロン。メロンが割れたら甘い夢」

 

 そして最後にナイトメアの救済が行われる。

 

「今夜のお夢は苦い夢。お皿の上には猫の夢。丸々太ってめしあがれ!」

 

 出てきた巨大かぼちゃのケーキをベベは一口で平らげる。

 すると中から現れたのは元の志筑仁美。

 ナイトメアから元の姿に戻ったのを見ると、ベベは足早に去っていく。

 

「救済完了ね。皆帰るわよ」

 

 無事にこの日の戦いが終わると、マミは足早に帰ろうとする。

 この後反省会を兼ねたお茶会があるので、皆はそれについていくが、ほむらは一人異常なまでの違和感に苦しめられていた。

 それは『救済』と言う言葉を聞いてから。

 それはここまで軽々しく行われる物はない。救うにしても多くの犠牲と代償を払って覚悟を持って行う物。

 その疑問を我慢出来なくなったほむらは、やたらと疼く右手と手術は成功したはずなのに、妙に痛む心臓を擦りながら話し出す。

 

「きゅ、救済って、私達の救済って本当にこれでいいんですか⁉」

 

 いつも大人しいほむらが声を荒げて講義する。

 この状態をおかしいと思った一同は輪になって、彼女を宥めようとする。

 

「どうしたの暁美さん? お腹が空いたから苛立っているの?」

「だったら早くマミの家に行こうぜ。美味しい紅茶とケーキが待っているぞ」

 

 早くお茶会がしたい、杏子はほむらの手を掴んで先を急ごうとするが、ほむらはその手を振り払って、自分の疑問をぶつける。

 

「おかしくないですか⁉ ここが本当に私達の戦場なんですか? 違うでしょう!」

「ほ、ほむら落ち着いて……」

 

 さやかは興奮するほむらを宥めようと彼女の肩に手を添えるが、ほむらはその手を振り解き、一同を涙ながらに睨みつける。

 

「きっと疲れているんだよ。ほむらちゃんは私が送るから、皆はお茶会に行って……」

 

 いい加減空気が険悪になりそうなのを見計らったまどかがほむらの手を取って、彼女の家へと向かおうとする。

 繋がれた手の感触が心地よく、ほむらは彼女の言う通りに家に帰ってからゆっくり違和感については考えればいいと思いそうになった。

 

『本当にそれでいいのか?』

 

 だがその時突然ほむらの耳に叱るような幻聴が聞こえる。

 ほむらはその声に怯え、まどかの手を振り払い頭を抱えて怯えるが、幻聴は小さくなるどころか、ドンドン大きくなっていき、心臓がますます痛くなる感覚をほむらは覚えた。

 

『確かにお前の道は苦難に満ちた物だった。だがそれでもお前は皆と共に手に入れただろ! 幻惑じゃない本物の絆を!』

「ひぃ! ごめんなさいジェフリー! 許して!」

 

 咄嗟に出た言葉だが、ほむらは何の疑いもなく叫ぶと、立て続けに小声で「ごめんなさい」を繰り返して、幻聴に対して怯えながら胸を押さえて謝罪を繰り返していた。

 あまりに異常なほむらの状況を見て、これ以上は彼女の精神衛生上良くないと思い、マミは心を鬼にしてリボンでマスケット銃を作り出すと、柄の部分でほむらの頭を殴ろうとする。

 

「悪いけど、少し気を失ってもらうわ暁美さん!」

 

 襲ってくる柄に対して、ほむらは反射的に行動を起こす。

 盾だけを召喚してその中から小太刀を取り出すと、振り上げてマミのマスケット銃を弾き返した。

 

「オイ、何だよほむらその物騒な武器は?」

 

 杏子はほむらが手に持っている燃える小太刀を怪訝そうに見つめた。

 サポート要員のほむらが武器を持っている事がおかしいと思った一同は、ゆっくりとほむらに詰めよる。

 

「暁美さん。その物騒な武器をこっちに渡しなさい」

 

 マミはあくまで平和的に解決しようとするが、ほむらは本能的に察していた。

 今持っている小太刀はほむらに取って、とても大事な物。

 ほむらは絶対に渡すまいと刃の部分も掴んで抱き止めるようにしていたが、刃を手のひらで掴んだ結果、少女の手からは鮮血が滴り落ちる。

 

「馬鹿野郎! 何をやってんだ! 早くよこせ!」

 

 杏子はほむらの体を心配して、彼女の手から強引に小太刀を奪おうとする。

 力負けしそうになった時、ほむらは反射的に右手をかざした。

 そして心臓が痛くなる感覚を覚える。

 その痛みの前に意識をここから脱しそうになるが、心臓から聞こえる幻聴にほむらは身を任せた。

 

『戻ってこいほむら! お前の戦場に、お前が帰るべき仲間のところに』

「わああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 叫びと共にほむらの手からは火竜の卵が放たれる。

 まともに顔面に火竜の卵を食らった杏子の体は爆発と共に吹っ飛ぶ。

 まるで世界全体が出来の悪い粘土細工のようにグニャリと歪む。

 慌てて他の三人が襲ってくるが、もう三人はほむらの仲間とは呼べる状態ではない。

 歪んだ仲間を模した化け物に対して、ほむらは眼鏡を投げ捨て、三つ編みを両方解くと涙ながらに叫ぶ。

 

「消えろ! ここは私の戦場じゃない!」

 

 嘗ては言い訳にしか使わなかった少女の言葉。

 だが今は違う。ほむらには戦うべき場所がちゃんとある。

 その想いを胸に秘め、ほむらはまどか達の幻影に向かって火竜の卵を放ち、偽者の世界に終止符を打った。

 意識が現実へと戻る感覚が襲ってくる。

 グルグルと溶けていく感覚に身を任せていたが、手のひらの痛みだけはいつまでも消えなかった。

 だが、その厳しい痛みがあったからこそ、ほむらは今居るここが幻惑世界だと理解出来た。

 痛む手のひらを擦りながら、ほむらは感謝の言葉を述べて現実世界へと戻って行く。

 

「ありがとうジェフリー。あなたから貰った物のお陰で、私は本当の意味で人間に戻れたわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目を覚ますと、少女の視界は真っ赤でドロドロとした謎の液体に覆われていた。

 口の中にそれが入ると、今まで感じたこともない形容しがたい味が広がっていく。

 

「目覚めたんだ幻惑世界から、まぁどうでもいいけど」

 

 そう言うと恵子は何も言わずに真っ赤な液体をほむらの顔にかける。

 

「どうかしら? 悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い『ソーマ』の味は?」

 

 声の方向をほむらが見ると、そこには恵子が三角フラスコを片手に立っていた。

 そしてここでほむらは気付いた。自分よりもずっと背の低い彼女が、遥か高くから自分を見上げている事に。

 だが彼女の両足はしっかりと地面を掴んでいて、三角フラスコの中にあるソーマと呼ばれる真っ赤な液体をほむらとマミの顔にかけ続けていた。

 ほむらは改めて自分が置かれている状況を理解しようとする。

 隣を見るとマミは首だけ地面から出た状態で、生き埋めにされていた。

 そして自分も同じ視線な事で仮説は確信に変わる。

 今、二人は首だけ上を出された状態で生き埋めにされていると言う事が。

 未だに夢うつつの状態で苦しそうにしているマミを見ると、ほむらは首だけの状態ながらもキッと恵子を睨みつけた。

 

「あなたの能力。それは杏子と同じ幻惑能力で、あなたのミタマはその三角フラスコに入っているのね⁉」

 

 疑問をぶつけるほむらに対して、恵子は一旦三角フラスコを上に戻し、ソーマを二人の顔に垂れ流すのを止めた。

 そして相変わらずの死んだ魚の目を浮かべながら語り出す。

 

「そうよ。これこそ私がミタマを宿している武器、ソーマよ」

「ソーマ……」

 

 その名を聞いて、ほむらの中でジェフリーの話が思い出される。

 極上の幸福感と引き換えに、使用者を魔物に変える禁忌の薬ソーマ。

 今彼女が使っているそれがソーマなのだと分かると、ほむらは何とか情報を引き出そうと引き続き話を続ける。

 

「どうやってそれを?」

「それ聞いてどうするつもりなの? それを話して私に何かメリットでもあるの?」

 

 先程の会話でもそうだったが、ほむらはまだ数回しか会話をしていないが、恵子に対して持った印象がある。

 それは身勝手で自分本位な考え方しか出来ない少女。

 特に信念らしい信念も感じられず、幼稚な理由で聖杯の協力者になった可能性だってある。

 ならばとまずは自分と話す有効性を分かってもらおうと、ほむらはゆっくりと諭すように話し出す。

 

「だったら力になれるかどうかあなたの事を話してちょうだい。もしかしたら、聖杯なんて物騒な物の力借りなくても私達でも力になれるかもしれないから」

 

 そう言うほむらに対して、恵子は少し考えるそぶりを見せると、二人の少女達から離れて、ウロウロと辺りをさまよう。

 そして動きながら考えがまとまると、恵子は再びほむらの前に立ち彼女を見下ろしながら話し出す。

 

「何が知りたい?」

「まずあなたは魔法少女なの?」

 

 一番の疑問をほむらは恵子にぶつける。

 舞台変換の刻印で魔法使いとなったほむら達はソウルジェムがない。

 故に変身しても、それはもうないのだが、恵子の体を肉眼でも心眼でもくまなく探したが、どこにもソウルジェムらしき物が存在しなかった。

 聖杯との契約でも魔法少女は生まれるのかと疑問に思っていたほむらだが、恵子は淡々と答えていく。

 

「違う。私はあくまで聖杯の協力者だ。別にゾンビにされた訳じゃない。魂も体の中だ」

「何でそんな物になったって言うの?」

 

 一番気になっていた事をほむらは聞く。

 恵子は無表情のまま、先程と同じく淡々と答える。

 

「自分が住みよい世の中を作るため……」

 

 この発言にほむらは表情を引き締め、怒りの表情を浮かべたまま恵子を睨む。

 それは聖杯と同化したインキュベーターの目的を知っているから。

 その旨をほむらは恵子に向かって叫ぶ。

 

「あなた分かっているの⁉ インキュベーターは世界を欲望で満たそうとしているのよ、つまりはこの世界の全てを破壊しようとしているのよ! そんな状況であなたが住みやすい世の中なんて作れるわけないでしょ⁉」

 

 ほむらは恵子の華奢な見た目から、今まで何度も見てきた全てが荒廃した世界で彼女が生きられると思う訳なく、声を大にして叫ぶ。

 だが一方の恵子はそんなほむらの心情も構わず、彼女の顔に再びソーマをドバドバと垂れ流す。

 

「うるさい」

 

 一言そう言うと再びほむらの顔はソーマで覆われる。

 意識がドンドン遠のく感覚にほむらは恐怖さえ覚える。

 再びあの都合がいいだけの世界に意識が持っていかれ、現実世界の自分は醜い魔物に変わってしまうのかと。

 早くマミも起こさないといけないと思い、ほむらは行動を起こす。

 ほとんど身動きが取れない状態ながらも、盾の中をまさぐって一つの供物を取り出す。

 そして地中で発動させると、魔法は地中から姿を現せる。

 

「私達を助けなさい!」

「GOOOOOOOOO!」

 

 ほむらの命令を受けて地中から現れたのは、炎魔人の心臓から生み出されたゴーレム。

 あの状態から脱せられるとは思っていなかった恵子は、困惑の表情を浮かべながらも慌ててその場から脱して、ゴーレムのハンマーパンチをかわした。

 恵子が離れたのを見ると、ゴーレムはほむらの命令通りにほむらとマミを地中から引きずり出すと、二人の前に立って恵子に戦いを挑もうとする。

 

「巴さん起きて。巴さん!」

 

 その間ほむらは未だに夢うつつの状態になっているマミを起こす。

 マミは未だにソーマの影響で現実世界と幻惑世界の間に意識を持ちながらも、顔を手で擦りながらフラフラと上半身だけを起こして立ち上がろうとする。

 

「ありがとう。もう少しで夢の中に取り込まれるところだったわ。それが幻惑世界だと言う事には気づけたけど、脱する方法が分からなくて……」

「謝罪は後よ。今は反撃の時よ」

 

 そう言うとほむらは盾から小太刀を取り出し、マミはふらつく足取りで立ち上がりながらも、リボンでマスケット銃を形成して恵子に向ける。

 当の恵子は面倒臭そうにため息を一つつくと、異空間に通じる穴を自分が立っている場に作って、そのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

「面倒だからあとはお願い」

 

 そう言うと恵子と入れ替わりで現れたのは、半人半馬の化け物だった。

 背には複数の矢が背負われ、上半身は毛むくじゃらで右目を眼帯で覆った中年男性であり、手には使いこまれた弓が持たれている。

 下半身は馬の四本脚であり、後ろには馬車が引かれていた。この姿から二人は自分達の世界でも有名な半人半馬の魔物が現れたのだと理解した。

 

「これは『ケンタウロス』!」

 

 ほむらが叫ぶと同時に、ケンタウロスは弓から一斉に矢を放つ。

 だがその数は一つや二つではない。その場全てを矢で覆われるような豪雨が降り注ぎ、マミは全てを撃退しようとマスケット銃を構えるが、先にほむらは時間停止を使った。

 時間が止まると、ほむらはマミの元に擦り寄り、二人分の氷細工の蓋を作りあげると、矢の豪雨に備えると同時に時間切れとなる。

 ほむらの機転で矢の豪雨は回避されたが、すぐに二人は激しい衝撃に襲われ、地面を舐める形となる。

 

「何が起こったって言うの?」

 

 痛む半身を擦りながら、ほむらは衝撃の方向を見る。

 ケンタウロスは体の部分を荷車の中に隠し、そのまま回転しながら突進攻撃を食らわせていた。

 シンプルではあるが、二人では止められないパワー攻撃に対して、二人は一旦逃げる事で作戦を立てる時間を作る事を選んだ。

 だがケンタウロスの追いかけるスピードは速く、二人に逃げる時間を与えようとしなかった。

 

「もう一回!」

 

 スピードに長けた相手に対して、ほむらが取った手段は再び時間を停止させて、一気に勝負を決めると言う物。

 いつもやっているように足元に爆弾を複数置いて、一気に爆破させればいいとほむらは思っていた。

 幸いにもケンタウロスの弱点は分かる。体が炎で覆われている事から、氷系の供物が弱点だと言う事は火を見るよりも明らか。

 だが、ほむらが盾に触れようとした瞬間だった。

 ケンタウロスの回転攻撃は一旦止まり、荷車の中から勢いよく黄色いガスが噴出される。

 そのガスが鼻に届いた瞬間、ほむらの脳は痺れ手が動かなくなる感覚に陥った。

 

(これは……放屁?)

 

 信じたくない事実にほむらの行動が止まったのをケンタウロスは見逃さない。

 荷車の中から馬の足が飛び出すと、勢いよくほむらの顔を蹴飛ばして、彼女はそのまま一直線に壁に激突して、気を失ってしまう。

 

「暁美さん!」

 

 ハンカチで口を覆いながらもマミはほむらの心配をするが、その間にケンタウロスは一旦荷車から出て体力の回復を図るため、一旦マミに背中を向けて去ろうとする。

 その際、炎で包まれた謎の物体が彼女の頭にかかる。

 粘着質で腐臭を放っている物を手に取って見ると同時に、物は爆発をして顔に勢いよくかかる。

 それは道中に置かれていて、時限式の地雷のように次々と爆破していき、マミの顔に炎が振りかかる。

 マミは呆然としたまま、その攻撃を受けていたが、頭の中で信じたくない事実を何度も復唱すると、それを受け入れようとしていた。

 

(これはウンチ……これはうんち……コレハウンチ……)

 

 燃え上がった汚物をまき散らされて顔にかけられた。

 少女にこの事実を受けいれるのは厳しく、放心状態になっていたマミだったが、再び炎の矢が降り注がれると、その眼には激しい怒りの色が灯り、マスケット銃を乱打する。

 

「絶対に許さないわよ! 何を考えているのよ!」

 

 怒りがマミにいつも以上の力を発揮させる。

 何丁もマスケット銃を作り上げ、襲いかかる火の矢を全て迎撃すると無防備になっているケンタウロスに向かって一気に突っ込もうとする。

 自らの体をリボンで包み、球体を作り上げると、そのまま回転して一気にケンタウロスとの距離を詰めると同時に、次の攻撃が出来上がってないケンタウロスに向かって突進してその体を後方に突き倒す。

 自分なりのリボンで作り上げた『岩虫の甲殻』を解除させると、マミは自分を覆っていたリボンを全て両腕に集め、リボンで屈強でたくましい二本の腕を作り上げると力任せにケンタウロスの顔面に振り下ろす。

 

「よくもウンチかけたな! ウンチ! ウンチ!」

 

 マミは自分なりに作り上げた『巨神の腕』を何度も何度もケンタウロスに振り下ろす。

 少女の激情に触れた拳を何度も食らい、ケンタウロスが意識を手放すまでに時間は必要なく、魔物は自分の利点であるヒット&アウェイ作戦が一切実行出来ないまま、ドロドロに溶解していく。

 コアだけがその場に残ると、ようやくマミは落ち着きを取り戻すが、それでも感情を抑える事が出来ない。

 故にその場でへたり込んで、目を手で覆いながら幼子のようにワンワンとマミは泣く事を選んだ。

 

「わーん! ウンチかけられた!」

「落ち着いて! 巴さん!」

 

 そんな彼女を叱咤する声が届く。

 目が覚めたほむらは子供のように泣きじゃくるマミの背中を叩いて、自分に注意を向かせると彼女の話を聞こうとする。

 

「私がほんの数分気絶している間に何が起こったって言うのよ?」

「ウンチ……ウンチ……ウンチ……」

「はぁ⁉」

 

 涙ながらにマミは訴えるが、ほむらは彼女が何を言っているのか分からず、素っ頓狂な声を上げる。

 ひとまずは彼女を落ち着かせることから始めようと、ほむらはマミに対して幼子をあやすような態度で接して、何が起こったのかを聞こうとした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 マミの激情に触れる原因を行ったケンタウロスの攻撃を聞くと、ほむらは愕然とした顔を浮かべた。

 だがそれと救済は話が別と、マミを説得すると、マミは泣きながらも右手を差し出してコアに向けて聖なるエネルギーを送る。

 それに続いて、ほむらも聖なるエネルギーを送ると、ケンタウロスは元の人間に戻った。

 それでもマミは何も言わずにそっぽを向くばかりであり、代わりにほむらは熱を失った炎の布を元ケンタウロスの青年に渡すと、何も言わずに交番がある場所を指さす。

 

「全て忘れなさい」

 

 有無を言わせぬほむらの発言に、元ケンタウロスの青年は何も言わずに去っていく。

 ほむらは怪我と体力の回復に勤しもうとしたが、マミのメンタルが回復するかどうか分からず、ため息交じりにほむらはマミを見る。

 

「それでどうするの? 私としてはここから比較的近い、杏子か美国さんのチームのサポートに行きたいんだけど」

「本当は今すぐ家に帰ってシャワー浴びたい……」

 

 先程の戦いを思い出し再び泣き出すマミ。

 そんな彼女に対して、ほむらは何も言わずに彼女が落ち着くまで待つ事を選んだ。

 少し考えた後にマミは自分がやるべき事を語る。

 

「でも行かなきゃ……」

 

 涙でクシャクシャになった顔ながらも、マミは前に進む事を選んだ。

 ほむらは携帯を操作して、ここから比較的近い織莉子のチームに合流する事を選ぶと、魔法で脚力を強化して走り出す。

 

「ねぇ巴さん」

 

 走っている間、彼女を元気付けようとほむらは話しかける。

 マミは黙って彼女の話に耳を傾けた。

 

「いつだって理想は叶わない物ね。私はソーマが見せた幻惑世界で私の理想とする魔法少女の世界を見たわ」

「私も……」

「でも現実の私達は絶対無敵のヒーローじゃないわ。涙で濡れてばかりの苦難だけの道を私達は歩いているわ」

「うん……」

「あるのはいつだって現実だけよ。それはジェフリーが与えてくれた心臓刻印が教えてくれたわ!」

 

 ほむらは話している内に熱がこもったのか、心臓刻印が光る自分の胸を撫で上げると同時に、自分自身に言い聞かせるようにほむらは叫んだ。

 

「理想が叶わない。あるのは現実だけよ、なら私が現実を作り上げるわ。アイツが作る現実を私は否定したいから!」

 

 そう叫ぶほむらの目には熱い物が滾っているのをマミは感じた。

 もう彼女は昔のようにまどかしか盲目的に見ていない少女じゃない。

 それが分かるとマミは少しだけ元気を出し、弱弱しい微笑みを浮かべながらも返す。

 

「よく言ったわ暁美さん。私も頑張るから、皆が居れば何度だって私は立ち上がられるから」

 

 マミの決意表明に対しても、ほむらは小さく頷き、二人は織莉子の元へと向かう。

 向かっている最中、次のソーマを使われた時の対策をほむらは話す。

 例え精神が幻惑世界に取りこまれても、肉体の記憶までは幻惑世界には取りこまれない。

 ほむらは偶然ジェフリーの心臓刻印が幻惑世界だと警鐘を鳴らしてくれたから、戻ってこられたのだとマミに伝えた。

 

「だから巴さんにも出来るはずよ。あなただってジェフリーの心臓刻印を継いだんだから」

「分かったわ。私頑張るわ」

 

 そう言って頷くマミは先程までの涙で濡れた情けない顔はなかった。

 頼もしいパートナーを得た事に感謝しながら、ほむらはマミと共に走った。

 現実を作るために。




と言う訳で今回、叛逆の物語のほむらの理想をこう言う形で出してみました。

次回は杏子と暴食の松田優香との対決になります。次も頑張りますのでよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。