魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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そして事態は大きく動き出す。互いの譲れない心情のため。


第十一話 四つ巴の決戦

 ジェフリーが全快したと聞くと、一同は美国邸に集まり、これからの対策を彼と一緒に話し合った。

 ジェフリーは意識の世界の中でボーマンから聞かされたミタマの話を、皆に話してユウリに自分が撃退されたのはミタマの力を借りての事だと言う事を伝えた。

 話を聞くとキリカは怒りで体をワナワナと震わせながら、握り拳を作ると思い切りテーブルに叩きつける。

 

「あの女! クソが!」

 

 轟音と罵声に一同は固まるが、織莉子だけはそんな彼女を覚めた目で見つめていた。

 

「言葉使いが汚いですよキリカ」

「分かっているよ! でも……」

 

 織莉子に怒られて大人しくはなったが、それでもキリカの怒りは治まらず、歯がゆそうな顔を浮かべながら、怒りで体を震わせる。

 そんなキリカを一同は静観の方向で見守る。

 彼女の事は心配ではあるのだが、今はそれよりも解決しなくてはいけない問題がある。

 ミタマとユウリを引きはがす方法はないのかと、杏子はジェフリーに聞く。

 

「やっぱりそのユウリってのを殺すしかないのか?」

「いや、ミタマは彼女のお手製の武器に宿っている。それさえ壊せばミタマは解放されるよ」

 

 殺人に手を染めなくてはいけないのかと不安がっている杏子の心情を察し、ジェフリーは諭すように言う。

 話を聞くと杏子は安心したようにため息をつくが、問題はまだまだ山積み。

 誰かが聞かなくては行けないと思い、代表してまどかが話し出す。

 

「つまり残りの7人もミタマを宿しているんですよね? ジェフリーさんの嘗ての仲間達の……」

 

 彼の心情を察して、まどかはどこかモジモジと煮え切らない調子で話していた。

 そんな彼女の不安を解消しようと、ジェフリーはまどかの頭に手を置いて軽く撫でると語り出す。

 

「皆解放させないとな。死んでからも苦しみ続けるなんて、生き地獄でしかないからな」

「そうね。物語は終わりがあるから美しい物よ。終わりのない物語なんて地獄でしかないわ」

 

 ほむらはまどかを責めるような視線をぶつけながら言う。

 その無言の圧力を感じ取ったまどかは、辛そうな顔を浮かべながら俯くだけだった。

 二人の間に不穏な空気が流れると、さやかが助け船を出す。

 

「ちょっと止めなさいよ……」

 

 二人の間に入ってフォローをするさやか。

 織莉子とキリカはこのやり取りを不思議そうに見ていたが、織莉子は未だに何が起こっているのか理解出来ていないなぎさとゆまに説明に入る。

 残されたキリカはこの状況がどう言う事なのか、杏子に説明を求めようとした。

 

「何をあんなに暁美は鹿目を責めているんだ? 彼女に取って鹿目は私に取っての織莉子のような物だろう? それなのに何で?」

 

 キリカの問いに対して答えていいかどうか、一瞬杏子はためらったが、もうまどかに契約する気はない。

 まどかが変な気を起こさないよう、ほむらは何かにつけて彼女の願い事を否定する発言をする。

 第三者から見れば、イジメとも取れるような光景ではあるが、それはまどかが望んだ事。

 杏子は一度、何故そんな事をほむらに頼んだのかと、まどかに聞いた事があった。

 するとこんな答えが返ってきた。

 

「私は弱いから、心だけでも強く持ちたいって思っているの。戦闘で皆のサポートが出来ないなら、せめて穴にだけはならないようにって努力したいの。だからほむらちゃんには私を叱ってもらいたいって思っているの。もう世界を好き勝手にいじるなんて気を起こさないように」

 

 あえて苦難の道を選ぶまどかに、杏子はそれ以上の追及を止めた。

 まどかの願いが歪んだ物である。それを皆に分かってもらいたい、それが彼女の願い。

 ならばと杏子は意を決して、キリカにもこの事実を知ってもらおうと話し出す。

 

「実はだな……」

「ガガガガガガガガガガガガガガ!」

 

 話し始めようとした瞬間、テーブルの上に置かれたカムランが奇声を発しながら、ページを開く。

 血で見滝原の地図が描かれ、いつものように魔物が出る場所にバツ印が付けられる。

 

「何だこりゃ⁉」

 

 その光景を見て杏子は驚愕の叫びを上げた。

 東西南北それぞれに一つずつバツ印が浮かび上がり、一気に四人の敵を相手にしなくてはいけない事が分かった。

 以前と同じ分断作戦だと言う事が分かり、敵も勝負に来ていると察した一同は織莉子の方を見る。

 

「美国さん。未来を」

 

 ほむらの申し出に織莉子は未来を予測する。

 彼女が断片的に見た未来は三つ。

 マミ、杏子、キリカがそれぞれ法衣を身にまとった少女に戦いを挑もうとしている物。

 未来を見ると、織莉子は額に浮かんだ汗をハンカチで拭って体力の回復に勤しむ。

 キリカはすぐに水を持ってきて織莉子に飲ませると、織莉子は頭の中に浮かんだ未来を語り出す。

 

「佐倉さん。巴さん。キリカ、皆さんが戦う相手は魔物じゃありません。人間です」

「つまり聖杯の協力者って訳か⁉」

 

 いきり立つキリカに対して、織莉子は小さく頷く。

 一気に勝負に出た聖杯側、ならばと自分達も覚悟を決めようと、四つのチーム分けに魔法使い達は入る。

 

「アタシは西に向かう! さやか手伝ってくれ!」

「もちろん!」

 

 杏子とさやかのチームが決まると、キリカも対抗する。

 

「私は当然織莉子とコンビだ。そっちが西ならこっちは東だな」

「そうね。行きましょう」

 

 キリカの言葉に同意し、二人も立ち上がって準備に入る。

 

「それなら、私は南ね。暁美さん行きましょう」

「ええ」

 

 マミはほむらを誘い、二人も動こうとする。

 だがまだ、何を行うか決まっていないメンバーも居る。

 細かい事を決めようと、まずはジェフリーが残っている北へ向かう事を告げる。

 

「誰がまどかを守るかとか、なぎさとゆまはどこに所属するかはお前らで決めろ」

 

 そう言ってジェフリーは向かおうとするが、ほむらがその手を止める。

 ジェフリーが振り向くと、ほむらは厳しい表情を浮かべたまま彼に接する。

 

「あなたもう昨日の事を忘れたの? 一人でミタマ持ちのユウリと言う魔法少女に戦いを挑むのは危険だわ」

「暁美の言う通りだ。ユウリは人間としては最低だが、魔法少女の実力としては本物だ」

 

 ほむらの意見にキリカも同意する。

 だがそう言っている彼女達は既に別の場へと向かう事が決まっている。

 否定案を出すなら、それに変わる案を出さなくてはいけない。

 その旨をジェフリーが伝えると、キリカはたまたま目が合ったなぎさを呼び寄せる。

 

「なぎさならバックアップには持って来いだろう。ジェフリーをしっかりサポートするんだろ」

「ハイなのです! ジェフリー、なぎさが守ってあげるのです!」

 

 そう言ってなぎさはジェフリーの足にすり寄って甘える。

 そんな少女の頭をジェフリーは優しく撫でると、なぎさを連れて北へ向かおうとする。

 

「これは頼もしいナイトだ。じゃあユウリにリベンジマッチをしてくる」

「ああ。期待して待っているぞ」

 

 意気揚々と向かうジェフリーに対して、キリカは軽くエールを送った。

 残りはゆまとまどかの保護。

 不安そうにしているゆまを見ると、さやかが彼女を手招きして呼び寄せる。

 

「ゆまちゃんは私達と一緒に行こう。杏子もそれでいいよね」

「ああ、アタシは構わないけど、どうするゆま?」

 

 ゆまは杏子に怯えながらも、軽く頷いて三人はチームとなった。

 残りはまどかの保護だが、これはほむらがやろうと彼女に向かって手を伸ばす。

 

「暁美、鹿目の保護だが、私達に任せてもらえないか?」

 

 その間にキリカが割って入り、まどかの体を織莉子の方に向けて預ける。

 突然の申し出にほむらは困惑の表情を浮かべるが、彼女の疑問を解消しようとキリカが説明に入る。

 

「織莉子は前線向きじゃないから結界などの防御能力が他の魔法少女よりも多彩だ。守りながら戦うよりはこっちの方が効率がいいだろう」

 

 キリカの意見に、ほむらはある時間軸を思い出す。

 織莉子が学校を結界で覆った時間軸を。

 あの時は苦戦させられたが、その能力が味方に回ればこれ以上ないぐらい頼もしい事。

 ほむら自身もまた、未知の敵に対してまどかを守りながら戦い抜くことに不安を覚えたので、ここは仲間を信じる事を彼女は選んだ。

 

「じゃあお願いするわ。まどかもそれでいい?」

 

 ほむらの問いかけに対して、まどかは小さく頷く。

 まどかの了承を得ると、織莉子とキリカは彼女を連れて目的地へと向かう。

 

「それじゃあ私達も」

「ええ」

 

 マミに促されて、ほむらも目的地へと向かう。

 死地へと向かう全員が決めていた。

 生きてここへ戻って来る事を。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 目的である見滝原の真南に到着すると、そこには既に一つの影があった。

 壁に寄りかかって立っている身長が140代前半のまどかよりも小柄な女の子。

 

「待たせないでよ」

 

 聞こえるかどうかも分からないぐらいのかすれ声で少女は二人にコンタクトを取る。

 少女の姿は一目見ただけで忘れられなインパクトがあった。

 ボサボサに伸ばされたままの黒髪は腰まで伸びていて、毛先が上下左右に暴れ回っているところから、お洒落には無頓着な事が分かる。

 平たい胸に、焦点の合ってない目、黒いセーラー服を着ている少女は面倒臭そうに二人の前に立つと、指をパチンと鳴らす。

 それと同時に結界が発動される。

 

「え? 今結界が発動されたわよね?」

 

 念を押すようにマミはほむらに尋ねる。

 だがほむらもまたこの状況が魔女の結界と違うことに困惑を隠せず、マミの質問に答えられなかった。

 景色自体は先程と変わらないのだが、空間が明らかに違う空気を発している。

 まるでビニールにでも覆われたような息苦しさを二人は感じていて、少女は相変わらずの死んだ魚のような目で二人を見据えながら言う。

 

「料理にラップがかけられたようなもんよ。これで一般人には私達の姿は見えないし、この中に入る事も出来ない……」

 

 そう言うと同時に少女の体は発光して、光が収まると少女は法衣姿に身を包んでいた。

 少女の法衣を見た二人の第一印象、それはカラス。

 黒一色のローブを身にまとい、体全体には漆黒の鳥の羽が施され、その全てが飛び道具として武器になる物だと二人は予測して、各々獲物を構えて身構える。

 そこから二人はゆっくりと少女との距離を詰めよるが、少女は腕をダランと下げたまま二人をぼんやり見据えるだけであり、全く行動を起こそうとしなかった。

 敵意も何も感じられない少女を見て、二人はおかしいと思いコンタクトを取ろうとする。

 

「あなた何が目的で聖杯に協力なんてしているの?」

 

 単刀直入にマミは彼女の目的を聞こうとするが、それに対して少女は面倒臭そうに頭をかきながら返す。

 

「それ聞いてどうするの? 聖杯の代わりにアンタが私の願い事叶えてくれるの? このおっぱいお化け!」

 

 初めて感情のこもった言葉が少女の口から出る。

 その暴言に対して、マミは顔を真っ赤にして少女に言い返そうとする。

 

「お! おっぱいお化けですって⁉」

「巴さん落ち着いて。後は私がやるわ」

 

 ほむらは笑いを堪えながらも、興奮しかかっているマミに変わって情報を引き出す役目を受ける。

 ほむらが前に出たのを見ると、少女は変わらず見下したような、不機嫌そうなブスっとした顔を浮かべながら話し出す。

 

「今度はアンタなの? まな板?」

「それで挑発しているつもりなの?」

 

 マミとは違い、ほむらはあくまで冷静に事を進めようとする。

 能面のような顔を浮かべながら、ほむらは少女との距離をゆっくりと詰めよる。

 

「私達はあなたを殺すつもりはないわ。あなたを聖杯から引きはがす。それが私達の目的よ」

「それをやられると困るんだけどね。私にも目的があるんだからさ」

「だったら、まずはあなたの事を教えてちょうだい。私は暁美ほむら、こっちは巴マミさんよ」

 

 ユウリとの戦いをジェフリーから聞いたほむらは彼のやり方を真似てみる。

 今は少しでも多くの情報が必要だ。その事を何度も頭の中で復唱して、少女との肉体的距離、及び精神的距離を詰めよろうとする。

 ほむらの自己紹介を聞くと、少女は二人を見据えながら言う。

 

「名前は小早川恵子(こばやかわけいこ)。怠惰の力を受け継いだ者……」

 

 それだけ言うと恵子は腕を勢いよく振り抜き、そこから黒い羽を一斉に投げ飛ばす。

 襲ってくる羽を迎撃しながら、二人は思った。

 これ以上の話し合いは無理だと。

 二人は左右に散って羽の攻撃をかわしながら、テレパシーでやり取りをする。

 

(あの羽にミタマと言うのが宿っているのかしら?)

(分からないわ。とにかく慎重に行きましょう)

 

 ジェフリーの嘗ての仲間も助けたい。相手の出方を見たいと思っていた二人は長期戦を覚悟して、防御にのみ専念する事を選んだ。

 そんな二人を恵子は相変わらずの死んだ魚の目で見据えながら、何も言わずに腕を振り抜き羽を飛ばし続けていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 さやか達は息苦しさを感じていた。

 そこは確かに自分達が生活している現実世界のはずなのに、何故か魔女の結界の中にでもいるような圧迫感を覚えたからだ。

 不安から汗がにじみ出る二人。

 ゆまは二人の非ではないぐらいの汗をかいていて、立っているのもやっとの状態だった。

 そんなゆまの体をさやかは自分の近くに寄せて、少女の頭を撫でて少しでも不安が取り除かれるように努力をする。

 

「気を引き締めろよ。さやか、恐らくはもう既に結界の中に……」

 

 杏子が仮説を立てている途中で、突然ゆまの体が杏子の方に投げ飛ばされる。

 

「受け止めて!」

 

 さやかの必死の叫びに体が反応して、杏子はゆまを受け止める。

 それと同時に目の前の光景に杏子は愕然となって立ち尽くす。

 

「がああああああああああああああああああああ!」

 

 奇声と共に飛びかかった少女は、さやかの上に馬乗りになって彼女の顔面を力任せに殴り飛ばす。

 無茶苦茶に振り抜いているようだが、パンチは的確にさやかの顔面のみを捕え、轟音と共に彼女の顔は瞬く間に潰れたトマトのように真っ赤に染まる。

 まだ変身も出来ていないさやかに対する不意打ち、これに唖然となっていた杏子だが、怒りがすぐに意識を現実に戻す。

 

「テメェ! 止めろ!」

 

 怒りの叫びと共に杏子は槍を投げ飛ばす。

 少女は振り上げられた拳を止め、顔面のみを守るように防御を固めると、槍は弾き返された。

 その手には巨大なガントレットが装着されていて、先程まで馬乗りになってさやかを殴り飛ばしていた少女は法衣姿に身を包んでいた。

 白銀の胸当てが付けられている以外は、動きやすいハーフパンツと綿のシャツ姿のラフな格好の印象の少女。

 次に杏子は少女の容姿を見る。

 茶髪のショートボブに、吊り上がった目に常に相手を威圧するかのように眉間にはしわが寄って、二人を睨み付けていた。

 そんな少女は既に魔法少女に変身している杏子とゆまを見て、二人を鼻で笑う。

 

「まるで仮装パーティーだな。その格好恥ずかしくないのか?」

 

 二人を見下す少女に対して、ゆまは圧倒されるが、さやかは憎しみの視線を向けたまま少女とコンタクトを取ろうとする。

 

「テメェ何でさやかをボコった⁉ まだ敵かどうかも分からないのによ!」

「この状況で話し合いなんて起こるわけないだろ。アタシ達はやるかやられるかの関係でしかない。そこのボンクラはガキを守るのに夢中になっていたし、アンタはアンタで現状の把握に精一杯だった。だからまずはそこで横たわっているボンクラから潰した。ただそれだけだ」

 

 戦術的には理に適っている。

 実践的で合理的なやり方である。

 それは分かっているのだが、杏子はすぐ横で苦しそうな呻き声を上げているさやかを見ると目の前の少女に対する怒りが収まらない。

 取りあえずさやかは多数の槍で覆い、チェーンで包まれたミイラが出来上がるのを見て、杏子は取りあえずの安全は確保出来たと思い、槍を少女に突き出しながら距離を詰める。

 

「それで挨拶もなしに、いきなり殴りかかったって言うのか? もしかしたらそうじゃないかもしれないのにか?」

「何? 侍同士の果し合いみたいなのを望んでいる訳? 私達がやっているのは殺し合いだぞ。そんな流暢な感情持ち込めるかよ」

 

 ヘラヘラと笑いながら語る少女に対して、杏子の中で何が壊れる音が響く。

 ミタマは武器に宿っている。ならばそこを破壊すれば、ジェフリーへの義理は果たせると思った杏子は、槍を握る手に力を込めながら、攻撃のチャンスを伺う。

 

「テメェとはこれ以上話し合っても無駄みてぇだな……私の名前は佐倉杏子だ。よく覚えておけ、テメェはさやかに対してした事を償わせてやるからな!」

 

 踏みこんで一直線に突っ込む杏子。

 襲ってくる穂先に対して、少女は両腕で顔を覆うようにガードを固める。

 二つのガントレットは壁となって、穂先の攻撃を受け止める。

 少女は腕に力を込めて押し返すと、逆に杏子の体が後方に吹き飛ばされる。

 地面に吹き飛ばされる杏子を見て、ゆまは慌てて彼女に駆け寄る。

 

「杏子!」

 

 杏子を心配するゆまだが、杏子の頭の中に彼女を気遣う余裕はなかった。

 僅かに拳をかわした程度だが、目の前の少女は高い実力を持っている。

 それなら杏子は自分が優位に戦える状況を作るため、立ち上がるとゆまの体を自分の後方へと追いやる。

 

「ゆま。お前は自分の身を守る事だけ考えろ。こいつの相手はお前には無理だ」

「オイ、アタシの名前は『こいつ』じゃないぞ」

 

 ニヤニヤと笑いながら少女は耳をほじりながら言う。

 その余裕めいた態度が気に入らず、杏子は歯ぎしりをしながら少女とコンタクトを取る。

 

「なら名前ぐらい言えやボケが!」

「分かったよ」

 

 少女はバックステップで距離を取ると、ファイティングポーズを取った状態で、暴力的な邪悪な笑みを浮かべながら話し出す。

 

「アタシは松田優香(まつだゆうか)。暴食の力を受け継いだ者だ!」

 

 叫びと同時に優香は一気に踏み込んで、杏子との距離を詰めよると拳を振り下ろす。

 あまりのスピードに幻惑魔法を放つ暇もなく、杏子は槍だけで振り下ろされた優香の右拳を受け止めた。

 手がビリビリと痺れて、いつまでも取れない感覚に戸惑いながら、杏子は一つ理解出来た事を頭の中で復唱する。

 

(コイツ……マジで強い!)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 織莉子はまどかを結界で守り、キリカは目の前の少女に爪を突き立てていた。

 その異常な状況にまどかは何も言えずに呆然とするばかりであった。

 それはキリカが攻撃しようとしている少女の姿。

 小柄でまどかと大差ない身長に、軽くウェーブがかかった腰まで伸びた金髪の髪をなびかせている少女は宙に浮かんだ肘掛け椅子に座った状態で、見下した笑みを浮かべながら三人を眺めていた。

 

「椅子から降りたらどうなんだ? それが人と話す態度か⁉」

 

 高圧的にキリカは言うが、少女は相変わらずの見下した笑みを消さないまま一言言う。

 

「そっちこそ、爪を下ろしなさいよ」

「椅子から降りる方が先だ!」

 

 二人の言い争いは止まらず、まどかは困った顔を浮かべながらどうしていいか分からない状態になっていたが、織莉子が二人の間に割って入ると、キリカの代わりに話を進めようとする。

 

「失礼しました。彼女の不作法は私が謝ります」

「本当にそう。飼い主ならペットの躾ぐらいちゃんとしてよね」

 

 ペット呼ばわりされて、再び憤慨するキリカをまどかは慌てて羽交い絞めにして止める。

 双方の間で話し合いが出来たのを見ると、織莉子は少女を相手にコンタクトを取ろうとする。

 

「私の名前は美国織莉子。まずはあなたの名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 深々とお辞儀をして礼儀正しく接する織莉子に対して、少女は椅子から降りることなく、そんな彼女を見下ろしたままで話し出す。

 

「いいわ教えてあげる。私の名前は敷島有栖(しきしまありす)、色欲の力を受け継いだ者よ。そして……」

 

 自己紹介が終わると同時に有栖は指を鳴らす。

 すると先程までの現実世界の空間から世界は変わる。

 代わりに一同が立っていた場所。それは紫色の空間で構成され、周りにはティーカップが置かれている異様な空間。

 

「ここはワンダーランド⁉」

 

 未来予知が間に合わなかった事を織莉子は悔やみ、すぐに臨戦態勢を取る。

 まどかを透明な壁で四方を囲んで彼女の無事を確保すると、未来予知で分かっている魔物の出現場所に立ち、キリカは彼女の前に立って守護する事を選ぶ。

 

「これが私の武器、ワンダーランド。そして彼女こそ私のミタマよ!」

 

 有栖の叫びと共に現れたのは、魔法使いの掟に従順に従い、最後は偽者の記憶の中で体の全てを聖杯に託して魔物になった魔法使いアリスだった。

 二度しか戦ってない相手だが、その実力は十分知っている。

 決して勝てない相手ではないと踏んでいるキリカは鼻で笑って上に居る有栖を見下す。

 

「ミタマに関しての知識はそこまでないが、結界の中限定で実体化する程度の能力しかないみたいだな。残念だがコイツじゃ私達には勝てない。早々に決着を付けさせてもらうぞ」

「果たしてそうかしら?」

 

 有栖が言うと同時にアリスが攻撃してくる。

 鞭を振るうだけの単純な攻撃だったが、そのスピードは今までの比ではなく、かわすのが精一杯のキリカ。

 だがバックステップでかわしたと思っていた攻撃だが、地面に着地した瞬間にキリカは顔から冷や汗を垂らす。

 衝撃波だけでもダメージはあり、額からは縦一文字に切り傷が出来て鮮血はキリカの目の中に入る。

 心眼でアリスを確認しながら速度低下の魔法をキリカは発動させるが、戦いながらも一つの結論を導き出し、気持ちを引き締めなおした。

 

(コイツ……私やジェフリーが戦っていた時よりも強くなっている!)

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ジェフリーとなぎさは予想外の事態に困惑していた。

 そこにはユウリが居るとばかり思っていた場所にあったのは魔物の結界。

 その中で二人は襲ってくる小さな大量の鼠を相手に四苦八苦していた。

 ジェフリーの方は経験と高い攻撃力から、小型の鼠達を撃退出来ていたが、問題はなぎさの方。

 シャボン玉を放出するラッパの攻撃は決して攻撃力が高い物とは言えず、一匹、二匹なら一撃で撃退出来るのだが、ダース単位で襲ってくる鼠達になぎさは飲みこまれそうになる。

 

(こいつらゴブリンじゃない)

 

 鼠の魔物でジェフリーが真っ先に思い浮かべたのは下級魔物のゴブリン。

 だが形状を見るとゴブリンの姿ではなく、その姿はある憤怒のカテゴリーに入る魔物を連想させられた。

 追い詰められるなぎさを見て、時間はかけられないと踏んだジェフリーは心眼で辺りを見回す。

 大量に埋もれている中で一匹だけ他とは魂の色が違う鼠を見つけると、そいつに向けて火竜の卵をぶつける。

 だがその瞬間他の鼠がターゲットを守り、撃沈される。

 しかし鼠も馬鹿ではない、本能的に今の作戦では勝てないと判断したのか、大量の鼠は一つに集まって一匹の巨大な鼠に変わろうとしていた。

 

「な、なんですの?」

「よく見ろ! これが正体だ!」

 

 大量に集まった鼠達は合体して一匹の巨大な鼠に変わった。

 その姿は背中にアドバルーンを背負って、体が炎で覆われた巨大な鼠。

 お手玉をしながらゆっくりと近付くその姿を見て、ジェフリーの中の仮説は確信に変わった。

 

「コイツは『ハーメルンの笛吹き男』だ。気を付けろ、コイツは強いぞ!」

 

 ハーメルンの笛吹き男は歯を突き立てて、二人に襲い掛かる。

 まだ経験の少ないなぎさを守りながら、高ランクの魔物であるハーメルンの笛吹き男の撃退。

 難易度の高い任務にジェフリーは背筋が冷たくなる感覚を覚えた。




今回登場させた。怠惰の小早川啓子、暴食の松田優香、色欲の敷島有栖は私のオリジナルキャラクターです。

この作品で初めて原作のないキャラクターを登場させたのですが、どうでしょうか? ご意見、ご感想を聞いて今後の参考にしたいので、評価及び感想の方お待ちしています。

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