魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

44 / 64
憤怒の力を得た少女の心にある物は、それは憤怒だけだった。


第九話 その名はユウリ

 自己紹介が終わると、ユウリは再びジェフリーに向かって銃口を向け、引き金を引いて弾丸をありたっけ放つ。

 放たれた弾丸に対してジェフリーが取った行動は単純な物。

 『火神のお守り』を装備して、弾丸から炎の勢いは消えてなくなり、弾丸は鎧から地面にこぼれ落ちると無機質な金属音だけが響いた。

 

「無駄だ。それだけがお前の武器だと言うなら、ユウリ、お前に勝ち目は無い。俺に異界での火の杖は通用しない」

 

 そう言うとジェフリーは顔部分だけ鎧を解除して、ユウリに向かって手を差し伸ばす。

 あくまで平和的に解決しようとするジェフリーだったが、ユウリは構わずに弾丸を放った。

 

「何度も言わせるな。火の杖で俺は……」

 

 言おうとした瞬間、ジェフリーは自分の異変に困惑する。

 口の中に広がっていくのは血の味、それを口内にとどめる事が出来ずに、ジェフリーは吐血した。

 必死になって倒れるのを堪えて、震えながらジェフリーはユウリを見つめていた。

 その顔には困惑しかなく、自分自身の身に何が起こったのか分からないと言った顔を浮かべていた。

 鎧を保つ事が出来ず、火神のお守りが解除されるのを見ると、ユウリは歪んだ笑みを浮かべながら、思いきり足を振り上げる。

 

「さっきまでの大人ぶった態度はどうした⁉」

 

 ユウリのつま先はジェフリーの顎を的確に貫き、彼の体を後方へと吹き飛ばす。

 だがユウリの攻撃はそれだけでは終わらない。

 完全に後方へと吹き飛ばされる前に、上がったままの踵をジェフリーの脳天に叩きこんで、彼の体をうつ伏せに突っ伏させ、大の字に寝かせる。

 地面と熱いキスをかわしたジェフリーの後頭部を思い切り踏みつけ、そのまま足の裏で潰すように擦りつける。

 

「現代科学を甘く見過ぎだ! 自分の腹をよく見てみろ!」

 

 ジェフリーはユウリに頭を踏みつけられたまま、先程から激しく焼けるような痛みを感じる腹部に手を添える。

 そこからは鮮血が流れ落ち、手が振れると一直線に繋がった弾丸が落ちていく。

 

「触れた瞬間に炎の勢いが消えても、次の弾丸を同じ個所に放ち続ければ、勢いを消すことなく、攻撃個所を貫く事が出来る。こっちは生憎と近代技術に胡坐をかいているだけではないと言う事だよ」

「そうかい……解説ご苦労!」

 

 聞き出したい情報をユウリから全て聞き出すと、ジェフリーはユウリの足を掴んで退かし、勢いよく立ち上がって改魔のフォークを振り上げた。

 刃の攻撃をユウリはバックステップでかわすと、今度は額に向かって一直線に弾丸を放つ。

 攻撃に対する次のジェフリーの行動は至極単純な物。

 改魔のフォークを縦一直線に振り下ろすと、直線に連なった弾丸達は真っ二つに切断されて、勢いを持ったままの弾丸はジェフリーの両脇を通り過ぎる。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

 気合いの入った叫びと共にジェフリーは持っていた改魔のフォークを投げ飛ばす。

 高速で向かってくる刃をユウリは裏拳で弾き飛ばすと、もう一度ジェフリーに銃口を向けるが、次の瞬間彼女を襲ったのは回転する岩の突進。

 一瞬彼女の意識が改魔のフォークに向けられたのを、ジェフリーは見逃さずその隙に『岩虫の甲殻』を発動させて、ユウリに向かって突進攻撃を放った。

 

「また地面に逃げるだけ……な⁉」

 

 ユウリは先程のように地面に穴を開けて逃げようとするが、岩石は少女の体を巻き込んだまま、空中に向かって飛び上がる。

 勢いよく回転して、地面に着地すれば、再び飛び上って回転する。

 遠心力によってユウリの頭の中の脳髄は、頭蓋骨の中でピンボールのようにぶつかり合い、彼女の意識は遠いところに持っていかれそうになる。

 彼女の目が虚空を描いた瞬間、ジェフリーは岩虫の甲殻を解除して、岩の破片事ユウリの体を地面に激突させた。

 岩の破片にまみれた状態で、ユウリは大の字になって倒れ込んでいた。

 

「これで少しは時間が稼げたか……」

 

 倒すのではなく、一時的にユウリの動きを止めるのがジェフリーの目的。

 ジェフリーはユウリが目覚める前に、まずはほむらに向かってテレパシーを送る。

 

(聞くんだ。ほむら……その魔物は元々……)

 

 ジェフリーは自分が伝えたい情報をほむらに全て伝え終えると、続いてキリカに向かってテレパシーで情報を送る。

 

(よく聞けキリカ、今お前が戦っているミノタウロスだが実はな……)

「ここで私を仕留めなかった事を後悔するんだな!」

 

 テレパシーを送っている途中にユウリは目を覚まし、上半身だけ起こしてジェフリーに弾丸を放つ。

 だが照準が定まっていない手で放つ弾丸が当たるわけもなく、ジェフリーは難なくかわすとキリカにテレパシーを送り続けた。

 

(あとはお前の心に任せる!)

 

 それだけを伝えるとジェフリーは再び改魔のフォークを召喚して、ユウリと向き合う。

 戦闘準備が出来たジェフリーを見ると、ユウリも警戒心を強め、銃口を突きつけたまま、少しずつ円を描くように敵対者との距離を詰めていく。

 

「何をお仲間に伝えたのかは分からないけど無駄よ。私はお前らを観察し続けて、キュゥべえ、いや聖杯から貰った憤怒の力を使いこなして、アイツらと相性の悪い『バジリスク』と『ミノタウロス』を作ってあてがったんだ。後は私がお前を殺せば完璧と言う訳だ」

「何も分かっていないな」

 

 言葉で追いこもうとしているユウリを、ジェフリーは軽くため息をついて一蹴する。

 その余裕めいた態度が気に入らず、彼女はジェフリーを睨む。

 

「何がおかしい⁉ 事実スピードに長けた『バジリスク』は暁美ほむらを中心としたチームでは迎撃が難しく、回復力とスタミナに長けた『ミノタウロス』は決定打に欠けている美国織莉子達のチームでは迎撃は難しいだろ!」

「能力だけならな」

 

 自分の作戦を小馬鹿にされた事が許せず、ユウリはまくしたてるように叫ぶが、ジェフリーはそんな彼女を指さして蔑むような目を浮かべながら語った。

 

「能力だけで、何故そいつらが魔物になったかを知っていて、あのメンバーに宛がったのか?」

「それぐらい知っている! だが、だから何だ⁉ そんなの何の関係もないだろうが!」

「いやある」

 

 そう言うとジェフリーは改魔のフォークをしまう。

 戦闘意欲が完全に消えたジェフリーを見て、何事かと思いユウリは怒りも忘れて困惑した表情で彼を見つめた。

 

「何の真似だ⁉」

「そう喚くな。二組の戦いの様子を見る事は出来るのか?」

 

 尋ねられるとユウリは小さく首を縦に振る。

 魔物の様子を第三者の視線で見る事は聖杯から与えられた能力の一つ。

 ジェフリーはあえてユウリに戦いを見届けさせる時間を与えた。ならばとユウリはそれに乗っかる事を選び、目を閉じて意識を集中させると二組の戦いを見ようとする。

 

「何だこりゃ⁉」

 

 ユウリの脳裏に広がった光景に彼女は思わず驚愕の叫びを上げた。

 茫然自失となっている彼女を見て、ジェフリーは自分の狙いが成功したと邪悪な笑みを浮かべた。

 あの二体が魔物になった理由は、各々のモチベーションを最高潮に上げるカンフル剤なのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ほむらの行動は完全にパターン化して、バジリスクを追いこんでいた。

 獲物が飛び上がった瞬間に時間停止を行い炎の矢で取り囲むと、再び時間を動かす。

 前は毒の濃霧でかき消されて、矢が本体に届く事はなかったが、その対策も出来ていた。

 杏子に『炎の綿毛』で強化された炎の矢は、毒の濃霧で消されることなく本体を貫き、少しずつではあるがバジリスクを追いつめていた。

 

「これで最後よ!」

 

 ほむらが一日で使える時間停止は6回。最後の一回を発動させると、ほむらは一気に勝負に出る。

 バジリスクの周りを『炎竜の卵』で覆い囲むと、ほむら自身もその中に飛び込み、獲物の眼前に立つと盾の中から小太刀を取り出して向き合う。

 時間停止が解除されて、一同が見た光景はバジリスクが大爆発に飲み込まれる光景であり、それを見た一同は勝利を確信して、爆炎の中を心眼で確認する。

 

「ちょっと待て! どう言う事だオイ⁉」

 

 心眼に映った光景を見て杏子は驚愕の声を上げた。

 爆炎の中には二つの影があり、一つは大きさからバジリスクだという事はすぐわかったが、もう一つの存在を確認するため、マミは皆の無事を確認しようとし、そこに居ない少女が一人居る事に気付く。

 

「暁美さん!」

 

 その存在がほむらだと知ると、マミは慌ててリボンを彼女の元に伸ばして助けようとする。

 だがリボンは逆に引きこまれてしまい、持っていたマミの体事炎の中へと引きずり込まれそうになる。

 

「マミさん離して!」

 

 さやかはサーベルでリボンを引き裂いて、マミを救出すると『氷竜の卵』を放って炎を消そうとする。

 着弾すると炎は消え、中の様子を一同は確認する事が出来た。

 そこでのバジリスクとほむらの様子を見て、一同は言葉を失った。

 ほむらは救出のために送られたリボンでバジリスクの首を絞め上げて、魔物を追いつめていた。

 力で劣るほむらでも背中に魔物を抱え上げて、背負うように首を絞め上げれば効果はテキメン。

 魔物は苦しそうな声を漏らし、首に回されたリボンを引き裂こうとする。

 爪を突き立ててリボンが切れると、バジリスクは爪を突き立てて、ほむらに向かって振り下ろす。

 

「だから何なのよ!」

 

 振り下ろされた爪に対して、ほむらは逆に小太刀を振り上げて、爪と肉の間に刃を食いこませ、そのまま力任せに持っていき、腕を切り裂く。

 魔物から悲痛な声が響くが、ほむらはそんな事に構わず、バックステップで距離を取ると炎竜の卵を痛みで蹲るバジリスクに向かって連投する。

 

「私はあなたを絶対に許さない! バジリスク!」

 

 怒りがほむらの魔力を実力以上に引き出す。

 この絶好調はジェフリーの話を聞いてからだ。今ほむらの脳裏には彼が魔物になった経緯しか頭になかった。

 盲目の男性は自分をかいがいしく世話してくれる盲目の女性に恋に落ち、彼女の献身的な介護もあり、視力を取り戻せることが出来るぐらいにまで回復した。

 しかし彼女はそれを恐れた。盲目だからこそ、自分に自信のない彼女は彼に接する事が出来た。

 視力を取り戻し、醜い自分の姿を見たら離れるかもしれない。そう思った彼女はいつも彼が飲む薬を毒薬に変えた。

 その結果彼は死の淵を彷徨う事になり、彼女は懺悔のため自分がこれまでしてきた行為を語った。

 それに絶望した彼は聖杯の代償として、彼女を捧げ、願いであった視力を取り戻し、バジリスクに変わった。

 

「私があなたなら、絶対に彼女を憎んで代償に捧げる真似なんてしない! どんな事があっても私は想い人に絶望なんてしない! どんな事があってもだ!」

 

 叫びと共に最後に放った特大の一撃はバジリスクの体を粉々に吹き飛ばした。

 まどかはその姿を見て、元の人間が救済出来るのかどうかを不安に思い、慌てて皆と共に駆け寄る。

 

「心配しないでコアならここにあるわ」

 

 そう言ってほむらが差し出したのはバジリスクのコア。

 彼女がそれを破壊しないかと一同は不安に感じたが、ほむらは何も言わずに地面にコアを置くと右手を突き出して聖なる気を放出させた。

 

「どうしようもなく気に入らない奴だけど、それと救済は話が別よ。気に入らないからって殺してたんじゃ、血に飢えた外道と何も変わらない物」

 

 ほむらは歯がゆそうな顔を浮かべながらも、バジリスクの救済にあたった。

 そんな彼女を見て、一同はスッキリした穏やかな笑みを浮かべながら、三人も続けて聖なる気を放出して、バジリスクは元の青年に戻った。

 裸の彼に熱を失った炎の布をマミが被せると、青年の手を引き安全なところまで送り届けようとする。

 

「彼を送ったらすぐに私も合流するわ」

 

 それだけ言うとマミは足早に元バジリスクの青年を連れて結界から出ていく。

 戦いはこれで終わりじゃ無い事を分かっている一同は、ジェフリーが居ると思われる方角へと向かった。

 彼と一緒に聖杯の協力者を止めるために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 織莉子は困惑していた。

 呉キリカと言う少女は、美国織莉子と言う少女に絶対的な忠誠を誓っていると同時に、彼女以外は何も見ない存在。

 そんな彼女に対して、織莉子はもっと広い視野を持つようにと説教していたが、そんなキリカは今初めて織莉子の助言を無視して、一人で暴走をしていた。

 

「キリカ! 止めなさい! 飛ばしすぎよ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 織莉子の叱責の言葉も聞かず、キリカは憤怒の表情を浮かべたまま乱雑に爪を振り回し、ミノタウロスの斧に集中攻撃をかけていた。

 キリカが飛び上って攻撃を食らわせるたびに、ミノタウロスは斧を振り回して応戦する。

 だが怒りがキリカの反射速度を高め、寸前の所で攻撃をかわし、何度も何度も爪で斧を切り裂く。

 

「わ……私たちも加勢しないと……」

 

 あまりのキリカの剣幕に圧倒されていたゆまだったが、自分も魔物の討伐に参加しようと猫の尻尾が付いたメイスを振りかざして突っ込もうとする。

 

「ゆま手を出すな! コイツだけは、私が一人で片付ける!」

 

 怒鳴り声に完全に萎縮したゆまはその場で固まってしまう。

 なぎさは何が何だか分からず、何故こうなってしまったのかを織莉子に尋ねようとする。

 

「織莉子一体何がどうなっているのですか?」

「私にも分からないわ……」

 

 なぎさの疑問に織莉子は答える事が出来なかった。

 ジェフリーからテレパシーで情報を貰った事だけは分かるが、それ以外は何も分からない。

 一体何が原因で実力以上の力を引き出せるのかが、織莉子には全く分からなかった。

 

「これで終わりだ!」

 

 一同の困惑も無視して、キリカの爪が十文字に振りかざされると、ミノタウロスの斧はバラバラになって崩壊し、そこから漆黒の血液を噴水のように放出させた。

 唯一の武器を失い、無防備になったミノタウロスの顔面を襲ったのは回転する刃。

 キリカはジャック・オ・ランタンの得意技の回転攻撃を完全に自分の物にして、バズソーのように回転して、ミノタウロスの顔面を切り裂く。

 刃が顔に食いこんで両断するのに時間は必要なく、怒りを持ったキリカの刃は魔物の顔を真っ二つに切り裂いて、戦いを終わらせた。

 だが着地には失敗し、キリカは顔面から地面に激突して、盛大に鼻血を出した状態で倒れ込み、細かく痙攣を繰り返す。

 

「キリカ!」

 

 魔物の体が溶解するのを見て、全ての勝負が決したと判断し、織莉子達はキリカの元へ向かう。

 息も絶え絶えの状態で、焦点がまともに定まっていない目を見て、相当な無茶をしたと思われる彼女を見て、織莉子はその体を抱え上げながらも叱咤する。

 

「何でこんな無茶をしたの⁉ 圧倒しているように見えたけど、一つボタンを掛け違えれば、こっちが惨殺されるような戦い方をあなたはしたのよ! 私達はチームよ。単独行動がチームの足を引っ張る場合だってあるのよ! 答えなさい!」

 

 織莉子の怒鳴り声にゆまとなぎさは完全に萎縮して固まってしまう。

 キリカは呼吸を整えながら、まっすぐに織莉子を見ると、自分の言い分を語り出す。

 

「アイツだけは許せなかったんだ。ジェフリーからミノタウロスが魔物になる経緯を聞いたんだが、それを聞いたら頭の中が怒りで一杯になって……」

 

 そこからキリカはミノタウロスが魔物になった経緯を語り出す。

 ある領主が小間使いの女に手を出し、その女は妊娠した。

 領主の正妻は嫉妬深く、その事実が妻に知れるのを恐れた領主は生まれてきた娘を母親と引き剥がし、隠れ城へと幽閉された。

 隠れ城からは聖杯との契約によって抜け出し、少女は母親を探す旅に出て、彼女は寂れた修道院で母親を発見した。

 だが娘を引きはがされたショックと、領主の正妻による陰湿なイジメから母親の心は完全に崩壊していた。

 献身的に介護してきた娘だが、母親が彼女を自分の娘と認識することはなかった。

 

「そして奴は自分を見てくれない母親を代償にしてミノタウロスと言う魔物に変わったのさ。幸せな家族を襲い続ける魔物にな」

「そんなヒドイ……」

 

 悲しすぎるミノタウロスの事実にゆまの防壁は崩壊した。

 さめざめと泣き続けるゆまの頭をなぎさは撫でて慰める。

 そして最後にキリカは織莉子の腕から離れて立ち上がると、魔物のコアを指さしながら語る。

 

「話をジェフリーから聞いて許せなかったんだよ! 私があれと同じ立場でも絶対に愛する人を憎んだりなんてしない! 仮に織莉子の心が壊れたとしても、私は織莉子を思い続ける! それなのにアイツは……」

「でも、それは逸話の中でのミノタウロスがなった理由でしょ? あのミノタウロスが契約したのは全く別の……」

「分かっているよ! そんな事!」

 

 キリカは初めて織莉子に対して怒鳴り声を上げた。

 初めての事にそこに居た全員が固まってしまう。

 場の空気が最悪な物になった事を察し、キリカは申し訳なさそうな顔を浮かべながらコアへと向かう。

 

「悪い。強がってはみたけど、本当の所あれと同じ立場だったら、私も壊れていたかもしれない。恐らく一番腹が立った理由はそこなんだろうな。自分の影法師を見ているようでさ……」

「そうならないよ」

 

 ここで発言をしたのはゆま。

 ゆまは手の甲で涙を拭いながら、まっすぐキリカを見つめて話し出す。

 

「そうならないために、私達はチームとして戦っているんだよね。ゆまもっと強くなるから、だからキリカも自分の暗闇に負けないで」

「そう思うんなら、もうちょっと実践で役立ってくれ。あと宿題もちゃんとやってもらうし、家事も覚えてもらうからな」

 

 軽口を叩きながら、キリカは右手を突き出すと聖なる気を放出する。

 

「何をやっている? 皆も手伝ってよ」

 

 キリカに促されて、三人もコアの元へと集い、聖なる気を放出して、魔物を元の人間に戻した。

 織莉子達と同年代の少女に対して、キリカは熱を失った炎の布を与えると、ゆまとなぎさの方を見る。

 

「ゆま、なぎさ、こいつを適当な所まで送ってくれ。終わったら合流するんだぞ」

 

 キリカの命令を受けると、ゆまとなぎさは少女の手を取って結界から出て行く。

 織莉子は先程まで憎しみしか持っていなかった魔物に対して、キリカが救済行為をした事に驚き、困惑の表情を浮かべていたが、キリカはあっけらかんとした顔を浮かべながら淡々と語る。

 

「織莉子の行動は人々の救済のためだろ? なら私だってそうするさ。私にはその力があるんだからな。これで少しは織莉子に近付けたかな?」

「いいえ」

 

 笑顔で否定の言葉を口にする織莉子に、キリカは情けない顔を浮かべてずっこける。

 

「手厳しいな……」

「救済に終わりなんてないわ。命ある限り、永遠に苦悩し続けながら、その道を進まないといけないもの、私もあなたもまだ志半ばよ」

 

 諭すように言う織莉子に対して、キリカはパッと花が咲いたような明るい笑みを浮かべると、彼女の手を取って崩壊しかかっている結界から出て行く。

 

「そうだな。ならトコトン突き進むだけだよね。行こう織莉子、ジェフリーを助けにね」

「ええ」

 

 二人は手を繋いで走り出した。

 まだ歩き出したばかりの道へと向かうために。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 二体の魔物を各々が撃退し、ジェフリー達の元に魔法少女が集う。

 この事実にユウリは思わず青ざめた顔を浮かべてしまう。

 ジェフリーは何も言わずに手をさし伸ばして、ユウリと平和的な解決を望もうとする。

 

「もう十分だろう。ユウリ一人で合計して9人の魔法使いを相手にする気か? 聖杯とは手を切れ。何があったか知らないが、怒りに身を任せたところで待っているのは破滅の運命だぞ」

 

 ジェフリーの申し出に対して、ユウリは持っていた二丁の拳銃を地面に投げ捨て、足で彼の元へと送った。

 それをジェフリーは拾い上げると、手早く解体して、使い物にならない状態にすると、改めて彼女に向かって手を差し出す。

 

「感謝する」

「ああこっちも感謝するよ」

 

 無防備に近づくジェフリーに対して、ユウリは新たな武器を突きつけた。

 それは今まで使っていた近代兵器とは違い、まるで骨で構成されているようなデザインの真っ白な骨董品のような武器だった。

 形状はこれまでユウリが使っていた拳銃と言うよりは小型のバズーカに近い物であり、銃口らしき物を近付けているところから、先程まで使っていたのと同系統の武器だとジェフリーは確信した。

 

「こいつの実験台になってくれてな!」

 

 叫びと共に引き金が引かれると、中から弾丸が発射される。

 ジェフリーは放たれた弾丸を目で追う事が可能なのだが、この時は困惑するばかりだった。

 

――どう言う事だ? 火の矢が見えない⁉

 

 弾丸が見えない事に一瞬ポーカーフェイスが崩れそうになるジェフリーだが、すぐに気持ちを切り替えて銃口の角度から弾丸の軌道位置を予測して、もう一度注意深く見る。

 すると細い線のような物が見え、それが弾丸だと確信したジェフリーは自分に当たる直前で身を低くしてかわすと、そのままユウリに向かって低空タックルを決めようと突っ込む。

 

「貰った!」

 

 勝ち誇ったユウリの発言の意味がジェフリーには分からなかったが、その意味はすぐ理解出来た。

 背中を焼けるような痛みが襲う。

 熱は背中だけにとどまらず、腕、腹、足と体のありとあらゆる部分を回っていき、ジェフリーの体を熱で覆わせた。

 ここから放たれた物が途中で軌道を変化させて、体内に潜りこんだ物だとジェフリーは予測したが、痛みに負けてジェフリーはその場で崩れ落ちて蹲る。

 そんなジェフリーの頭をユウリは足で踏みつけ、勝ち誇った笑みを浮かべながら、持っていた武器を手に装着して、銃口から三本の炎の爪を作り上げ出す。

 爪でジェフリーの頬をなぞり、肉が焦げる臭いを堪能していたユウリだが、すぐに爪を振り上げ、胸に三本の大きな傷を作りあげた。

 だがジェフリーは苦しみの叫びを上げることなく、ただ黙って蹲るだけ。

 反応が無い事に怒りを覚えたユウリは立て続けに爪でジェフリーを引き裂く。

 

「どうした⁉ それで終わりか⁉ 情けない!」

 

 あっさりと決着が付いたことに怒りが収まらないユウリ。

 その怒りはジェフリーを見るも無残な形で惨殺することで納めようと決めると爪を収め、敢えて他の魔法少女が来るまで待つ事を選んだ。

 

「何故、お前が使える?」

 

 その時ユウリの足に踏みつけられながらも、震える声で彼女に物を尋ねるジェフリーの声にユウリは気付く。

 一旦ユウリが足をどけると、ジェフリーは改魔のフォークを掲げる。

 その先端部分にはまるで獣の毛のような細い繊維があり、それを見たユウリは感心した顔を浮かべた。

 

「どうやら心臓に達する前に自分の手で体内から抜き取ったようだな。運がいいなアンタ、それが心臓に達していたら、この世の物とは思えない苦しみの中で死んでいたぞ」

「そんなことはどうでもいい……」

 

 息も絶え絶えになりながらも、ジェフリーは強くユウリを睨む。

 その鋭い眼光にユウリは圧倒されそうになるが、こちらも睨み返してジェフリーを見下ろす。

 だがジェフリーに引く気はない。震える手でユウリの踵を掴むと、そこから這い上がろうて握る手に力を込める。

 

「この技は『奇兵の獣毛』俺の友達の技だぞ! 何でそれを異界のお前が使えるんだ⁉ 答えろ!」

 

 その剣幕に圧倒されながらも、ユウリはジェフリーの異常な体温が気に入らず、嫌悪感を露わにした顔を浮かべて銃口を再び突きつけた。

 

「私に触るな!」

 

 銃口から放たれたのは先程の奇兵の獣毛ではなかった。

 そこから全体に広がったのは広範囲の炎。

 同心円状に広がって、ジェフリーの体を覆い尽くす。

 人肉が焼ける不快な臭いを感じながら、炎で覆われていく男の姿を見て、ユウリは狂った笑い声を上げながら悦に浸ってた。

 だがジェフリーの方はリアルに訪れる死の感覚を前に、仲間たちとの思い出が蘇ることなく、一つの疑問だけが頭を占めていた。

 

――これは『ワーウルフ』の技……

 

 焦点が合ってない目でジェフリーはユウリが持っている武器を心眼で見つめた。

 そこには一つの魂が宿っているのが映り、それが分かるとジェフリーは目を見開いて、彼女が持っている武器に向かって手を伸ばす。

 

「何でお前がそこに居る⁉ ガウェイン!」

「そこまでよ!」

 

 叫びと共に炎の中に大量の氷竜の卵が投げ込まれ、ジェフリーの周りの炎は鎮火された。

 ユウリが鎮火原因の方角を見ると、そこには8人の元魔法少女が居て、ユウリに向かって攻撃態勢を取っていた。

 その中でもユウリを見つけたキリカは嫌悪感を露わにした顔を浮かべ、輪の中から一歩前に出てユウリとの距離を縮める。

 

「久しぶりねキリカ」

 

 友好的に挨拶をするユウリ。

 だがそれが挑発の為の物だと言う事は、そこに居た全員が分かっていた事。

 キリカはふてた表情を崩さないまま、ユウリの前に立つと今にも殴り掛かりそうな勢いで彼女と睨み合いを行う。

 

「お前の顔にはもうウンザリだよ……」

「なら決着を付けましょうか?」

「ユウリ……お前の死をもってな!」

 

 0距離から一気に爪を振り上げるキリカだが、ユウリは銃口を自分に突きつけるとその身を炎で包み込んだ。

 それでも構わずキリカは爪を振り下ろしたが、空を切る感覚に慌てて辺りを見回すと、上空には異空間に通じる穴がポッカリと空いていて、その中に逃げこむユウリの姿があった。

 

「逃げる気か⁉ この卑怯者が!」

 

 キリカは怒りの叫びと共に近くにあった石を投げ飛ばすが、無駄な徒労。

 遥か上空の彼女に届くわけもなく、ユウリは見下した顔を浮かべながら語る。

 

「勘違いするな。お前らは助かったんだよ、時間切れだ。こっちもまだ完全に『ミタマ』を使いこなす事が出来ないからな」

「何を訳の分からない事を!」

「これで終わりだと思わない事だな。次は皆殺しにするぞ」

 

 それだけ言うとユウリは異空間の中に消えていった。

 辺りは静寂に包まれるだけだったが、苦しそうに蹲っているジェフリーを見ると一同は駆け寄る。

 

「さやか治せるか?」

 

 杏子はさやかに治療を望み、さやかもすぐ癒しの魔法を発動させる。

 だが表面の傷が治っても、体の中を行き来した奇兵の獣毛の傷は外部からの魔法では簡単に治らない。

 相変わらず苦しそうにしているジェフリーを見ると、ほむらはゆまの方を見て語りかける。

 

「ゆま、あなたも癒しの魔法で……」

「何を言っているんだお前は?」

 

 ほむらの申し出に対して、キリカは怪訝そうな顔を浮かべた。

 彼女が何故こんな表情を浮かべるのか分からず困惑するほむらだったが、キリカは彼女の肩を掴んでゆまと距離を置くとひそひそと少女に聞こえないように話し出す。

 

「デリカシーとかオブラートとかどこへ行ったんだよ? ゆまは『自分の苦しみを両親に分かってもらいたい』って契約で魔法少女になったんだぞ。癒しの魔法なんて使えるわけないだろ!」

 

 そう乱暴に言い放つと、キリカはほむらを突き飛ばす。

 尻から地面に突っ伏した状態で、ほむらは自分の常識だけで物を考えた事を反省し、小さく「ごめんなさい」とだけ言うと、皆の輪に戻る。

 すると一同はジェフリーを抱え上げて運ぼうとしていた。

 

「ここから一番近いのはほむらちゃんのアパートだよね?」

「ええ……」

 

 まどかの問いかけに対しても、どこか気の抜けた返事しか出来ないほむら。

 だがそんな彼女の心情など構わず、一同はジェフリーを抱えたまま、ほむらのアパートへと向かう。

 

「このまま放っておいたら、本当にジェフリーさん死んじゃうかもしれないから、今晩はほむらのアパートに泊めてもらうよ?」

 

 さやかの申し出に対して、ほむらは何も言わずに頷くと、一同の輪に入ってジェフリーを運ぶのを手伝った。

 ほむらはジェフリーの姿を見る。

 ワルプルギスの夜を前にしても、堂々と戦い抜いた彼がここまで追い詰められる姿を見ることが信じられず、戦った相手と面識があるキリカの方を見る。

 

(ユウリ……私の知らない魔法少女だわ。話を聞く必要がありそうね)

 

 ほむらは新たに情報を得る事を心に誓った。

 一方のジェフリーは皆に聞こえないか細い声でつぶやくだけだった。

 

「ガウェイン……何でお前が……ガウェイン……」




まだ全ては判明していない。二つの絶望との戦いは始まったばかりだから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。