魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語   作:文鳥丸

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それは新たなる魔の誕生の瞬間だった。


第七話 憤怒 スライム

 カムランが示した場所に到着した魔法使いと6人の魔法少女達。

 そこは何もない更地であったが、ジェフリーが手をかざして力を込めると結界への入り口がポッカリと開いて一同を出迎えようとしていた。

 

「聖杯と一体化したから結界のシステムもなくなるかと思ったが、この辺りの魔女の名残か安心したよ」

 

 そう言いながら、ジェフリーは結界の中に入って行く。

 

「私達も!」

 

 ほむらに促され、魔法少女達もジェフリーに続こうとする。

 

「待った!」

 

 突然ジェフリーの声が響き渡ると、少女達の足は止まった。

 ジェフリーが振り返ると、少女達は既に変身していたが、手をかざして動きを止めたままゆっくりと話し出す。

 

「連れていくのは二人までだ。残りはこれ以上結界が広がらないように見守っているのと、使い魔が外の世界に出ないように食い止める仕事を行ってもらう」

「何でだよ⁉ こんだけいるんだから、魔物なんて楽勝だろ?」

 

 人海戦術で一気に勝負を付けたいと思った杏子はジェフリーの案に苦言を呈するが、ジェフリーは首を小さく横に振ると今までの経験を語り出す。

 

「討伐の際に魔法使いがチームとして戦う場合、三人が限界なんだよ。それ以上増やすと統率が取れなくなる場合がほとんどで、逆に時間を食ってしまう」

「確かに多すぎる人員は逆に負担になる場合もあります……」

 

 織莉子はジェフリーの意見に賛同する。

 他の面々も少し納得がいかない様子ではあったが、ここはジェフリーに従おうと思い、彼の言葉を待った。

 

「俺と一緒に魔物討伐に付き合ってもらうのは、ほむら、織莉子、頼めるか?」

 

 ジェフリーがその二人を選んだことに、そこに居た全員が驚いた。

 だがこの人選に納得がいかない人間が一人だけ居た。

 

「説明を要求してもらおうか? 暁美は私達に対してあまりいい感情は持ってないことは分かっている。違う時間軸の私達は鹿目を殺そうとしたんだからな。そんな二人を組ませたら空中分解にならないか?」

 

 キリカの意見はもっともであり、皆も言葉にはしなかったが、この二人を連れて歩く事に不安しかなかった。

 そんな彼女を宥めるように、ジェフリーは二人を選んだ理由を語り出す。

 

「と言っても、そいつらはキリカ達とは別人だ。それぐらい、ほむらなら割り切れるだろう?」

「ええ。少し前の私なら、個を見ないで混合したと思うけど、今なら、あなた達をあの頃の二人とは別人と認識出来るわ」

 

 言った際にほむらの中で思い出が蘇る。

 それはキリカがジェフリーと口づけをかわした時の記憶。

 気持ちの整理は付いたのだが、いざ思い出すと、ほむらの中で嫉妬にも似た感情が思い返され、歯ぎしりをしながらキリカを睨み付けた。

 そんなほむらに対して、キリカは勝ち誇ったような笑みを浮かべて見下していたが、間に織莉子が入って、爆発は避けられた。

 

「話を続けるぞ」

 

 ジェフリーは再び自分に注意を向かせると、改めてなぜ二人を選んだのかを語り出す。

 

「今回討伐する魔物がどんな物なのかは俺にもお前らにも全く分からない。だから時間停止が使えるほむらと、未来予知を持っている織莉子を選んだんだよ」

 

 もっともすぎる正論に何も言い返すことが出来ず、静々とほむらと織莉子はジェフリーの後ろに付いて、彼に付いていく。

 

「織莉子の事を本当に頼んだぞジェフリー!」

 

 織莉子の事が心配なキリカは念入りにジェフリーへと頼みこむ。

 それに対してジェフリーは小さく頷くことで安心させようとして、三人は結界の最奥へと向かおうとする。

 残されたメンバーも自分なりに最善の策を考えようとする。

 

「それじゃあ私達はもしもの時のためにすぐ交替出来るように、少し離れたところでジェフリーさんが言われた事やろうか?」

「そうね。私達は近距離、中距離、遠距離の攻撃が可能なチームとしてオールマイティーな戦力になっているわ。もしもの時はすぐに交替出来るようにしましょう」

 

 さやかとマミの案に乗っかると、他の面々も黙って首を縦に振る。

 そして全員が結界の中に入ると、結界は閉じられた。

 世界から遮断するように。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 灼熱地獄、それが結界の中に入った最初の感想だった。

 結界全体が炎に包まれていて、熱こそ感じなかったが歩いているだけで汗が噴き出るような印象を三人は受けた。

 使い魔達も炎に包まれた鼠のような生き物であり、侵入者を見つけると一斉に襲いかかるが、三人はそれを撃退していく。

 そして最奥にたどり着いた時、目的の魔物を見るとほむらと織莉子は言葉を失って目を見開く。

 それはまるで肉塊の化け物だった。

 人間だった頃の名残なのか、顔のような物があるが、それはゼリー状の体の中に眼球と鼻と口が浮かび上がっているだけ。

 触手のような物はかつての手だったと思われ、這いずる回るように移動するその姿はあまりに醜い物だった。

 

「何て醜い姿の魔女……」

「もう魔女なんて物はない。あれは魔物だ」

 

 ジェフリーの注意を受けると、ほむらは小さく「ごめんなさい」とだけ言う。

 織莉子も醜すぎる魔物の姿にショックを隠せなかったが、いつまでも呆けているだけにはいかず、ジェフリーに目の前の魔物の詳細を聞く。

 

「あれは『スライム』だ。俺達の世界でもっとも多く討伐される魔物だ」

 

 そう言うとジェフリーはスライムの詳細を語り出す。

 聖杯との契約には欲望に見合った物を差し出す代償が必要だが、どんな人間にも捧げられる代償がある。

 それは自身の肉体だ。例えば腹一杯食べたいと願った者は自らの肉体がゼリーになってその中にご馳走が浮かび上がり、金を求めた者は自らの肉体がゼリーになってその中に金品が浮かび上がる。

 だがそれだけでは満足出来ず、スライムは人を襲いその人の肉体をご馳走や金品に変えた。

 ジェフリーの世界でもっとも多く生まれる魔物、それが今魔法使い達の目の前にあるスライムなのだが、ジェフリーは一つ疑問に思ったことがある。

 

(何なんだあのスライム?)

 

 食欲、金欲、それがスライムの種類であり、それ以外に求める物はないとジェフリーは思っていた。

 だが眼前のスライムは真っ赤に燃え上がった炎を身にまといながら、触手を振り回していて、そこから炎をまき散らし、辺りを火の海にしていた。

 今まで戦ったことがないスライムを前に困惑するジェフリーだったが、いつまでも呆けてばかりもいられない。

 気持ちを切り替えて、既に戦闘準備が出来ているほむらと織莉子に指示を出す。

 

「織莉子はバックに回って未来予知で指示を出してくれ、ほむらは俺の援護を頼む」

 

 命令を受けると、織莉子は遥か後方に飛んで安全なところで魔力を高めて未来予知を行い、ほむらはジェフリーと織莉子の間の位置に立つと、右手をかざし炎の矢を召喚した。

 準備が整ったのを見ると、ジェフリーは改剣の氷刃を召喚するとスライムに向かって突っ込む。

 まだ詳細は分からないが、炎の攻撃を放つ所からあのスライムは氷の攻撃が弱点と踏んだからだ。

 炎の球を放ってスライムは応戦するが、ゆっくりと落下していくそれはジェフリーに取って止まって見える物。

 何度も経験したスライムの攻撃方法をジェフリーは慣れた調子でかわすと、懐に飛び込んで一気に改剣の氷刃で切り裂く。

 外の皮膚が切り裂かれ、中のゼリーへと刃が到達する。

 一気に勝負を決めようと改剣の氷刃を突き刺した時だった。

 ジェフリーの体に変化が起こり、それに気づいた時には彼は自らの獲物を離して、その場から離れた。

 

「ジェフリー!」

 

 その場に居た二人は声を荒げて彼の心配をする。

 スライムの内部に刃を突き刺した瞬間、ジェフリーの体は炎に包まれ彼は自分の体の炎を消すため、地面を転げ回っていた。

 ほむらは慌てて氷竜の卵をジェフリーに放ち炎を消す。

 すぐにジェフリーは立ち上がると、急いでほむらのところまで戻り作戦の変更を伝えた。

 

「まさか内部まで炎に包まれた魔物がいるとは思わなかったよ。フェニックスでさえ燃えているのは外部だけだったのに……」

「それでこれからどうするの?」

「俺とお前でスライムを取り囲んで、外部から円を描くように包みこんでの遠距離攻撃の連打で追い詰める。まずは体力を奪うところから始める」

「美国さん。今のところ未来は?」

 

 ほむらの質問に対して、織莉子は小さく首を縦に振って、今のところ絶望的な未来は見えておらず、その作戦に問題がないことを伝える。

 作戦に問題がないことを知ると、ほむらとジェフリーはスライムの両サイドを囲む。

 愚鈍な動きのスライムは簡単に回り込まれ、ほむらとジェフリーは予定通りにスライムの周りをグルグルと回り、少しずつ距離を詰めていく。

 その間氷の矢を二人は立て続けに放ち、スライムの燃え上がっている炎を消そうとしていた。

 作戦は成功であり、スライムの体力は見る見る内に低くなっていく。

 それは三人の耳に届く幻聴が証明していた。

 

 

 

 

ふざけんじゃねぇぞ! 俺一人が悪いって言うのか⁉

 

 

 

 

 だがその叫びは今までのスライムの叫びでないことにジェフリーは困惑する。

 しかしここでほむらの足を引っ張る訳にはいかないと踏み、彼は気持ちを切り替えて円を詰めながら氷の矢を放つ。

 だが経験からここで疑問をジェフリーは持つようになる。

 普通は炎の魔物に対して、弱点の氷の攻撃を放てば凍結地獄が発動して、その体は氷で覆われるはずだ。

 だが今のスライムを見ても、そんな様子はない。

 多少の疑問は感じたが、一気に勝負を決めようとジェフリーは氷の矢の攻撃を止めると、再び改剣の氷刃を取り出してもう一度スライムに攻撃を食らわそうとする。

 その瞬間、今まで平穏だった織莉子の脳裏に悲劇的な未来が映る。

 それはそこに居た全員が炎の爆発に包まれ、絶命する未来。

 悲劇的な未来を回避しようと、織莉子は勝手にその場から離れてジェフリーの元に駆け寄る。

 

「ジェフリー、ダメ!」

 

 突然のことにほむらは何が何だか分からないでいたが、ジェフリーは悲痛そうな織莉子の顔を見て、彼女が何を伝えたいのか察する。

 今のままでは全員が絶命する未来でも見えたのだろう。だが既に剣先はスライムの内部にまで達していた。

 その瞬間にスライムの体は大きく風船のように膨らむ。

 何が何だか分からないほむらはその場に立ち尽くし、織莉子はこの未来を回避しようと引き続き皆の元まで駆け寄ろうとしていた。

 最悪の状況を打破するためにジェフリーは叫ぶ。

 

「俺の後ろに回れ!」

 

 男の怒鳴り声に対して、二人は本能的にジェフリーの後ろに回る。

 瞬間スライムの体は炎と共に大爆発を起こして、その場に居る全てを焼き尽くそうとしていた。

 だが炎に包まれなかった存在が二つだけあった。

 ジェフリーの後ろに回ったほむらと織莉子は彼が咄嗟に用意した氷細工の蓋の影に隠れて、火炎の海から身を守ることが出来た。

 そのまま三人は壁にまで打ちつけられると、炎の攻撃は止んで、そこには元の炎に包まれたスライムが居るだけだった。

 背中への打撲程度で済んだほむらは痛む背中を擦りながら立ち上がるが、織莉子は体を蹲らせた状態のまま動けないでいた。

 

「痛い……痛い……痛い……」

 

 後頭部を擦っているところから、打ちつけた部分が背中だけではなく、後面全体だったと思われる。

 尋常じゃない織莉子の痛がり方を妙にほむらは思ったが、その理由はすぐに理解出来た。

 彼女はついこの間まで痛覚排除魔法を使えたのだが今は使えない。痛みが消去出来ない事に慣れておらず、痛みに苦しんでいるという事。

 加えて織莉子は完全な後方支援型、攻撃をまともに食らうこと自体少ないので、ここまでのダメージを負えば精神の回復に時間がかかるのは当たり前だった。

 もう未来予知のバックアップは期待できないと踏んだほむらは、ジェフリーと二人でスライムを倒そうと彼の方を見るが、その姿を見るとほむらは悲痛な叫びを上げる。

 

「ジェフリー!」

 

 そこに居たのは織莉子以上に苦しみながら、横たわっているジェフリーの姿だった。

 氷細工の蓋でガードをしたとは言え、全面に広がった炎の攻撃を防げ切ることは出来ず、全身は大火傷で覆われていて、見るも無残な状態となっていた。

 どうすればいいか分からないほむらだったが、ここで過去の思い出が蘇る。

 何故今更になって仲間たちとの楽しい思い出が蘇るのか理解に苦しんだほむらだが、すぐに本能が何を伝えたいのか理解出来た。

 自分がやるべきことが分かると、もうほむらに焦りはなかった。

 愚鈍な動きで触手を振り回しながら近づくスライムを見ながら、ほむらはバックで待機している仲間たちにテレパシーを送った。

 

(さやか、杏子、来て。あなた達なら、この魔物を倒せるはずよ)

 

 ほむらは自分が考えた作戦を二人に丁寧に伝えると、未だに痛みに苦しんでいる織莉子を抱え上げて、その場を離れる。

 残ったジェフリーに対して最後に一言言う。

 

「安心して。すぐに応援が駆けつけるわ」

 

 それだけ言うとほむらと織莉子はその場を後にした。

 入れ違いで駆けつけた。さやかと杏子に後の事を託して。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 全身が大火傷で覆われたジェフリーは未だに夢うつつの状態だった。

 救済されなければ、前線に復帰出来る状態じゃないのをジェフリー自身も理解していた。

 何とか体を起こそうとするが、回復魔法を使いたくてもそれを行う体力もない。

 だがその時、体全体を優しく暖かな感触が覆う。

 それが回復魔法だと理解するのに時間は必要なく、ジェフリーは瞼を震わせながら目を開く。

 

「動かないで、まだ治療の途中だから」

 

 そこにはさやかが居て、ジェフリーの治療を行っていた。

 周りを見ると、まるでかまくらのように二人の周りは氷のドームで覆われていて、安全地帯の確保に成功していた。

 全体の50%も体力の回復に成功すると、ジェフリーはさやかに回復魔法の施しを止めさせ、立ち上がると氷のドームを触る。

 

「それは私が自分なりに工夫して作った防空壕なんだけどね。少しはジェフリーさんに近づけたかな?」

 

 そう言って舌を出してさやかはおどけてみせたが、ジェフリーは彼女の行動を気遣う余裕は無かった。

 巨神の腕を発動させると、天井を突き破って首だけ出して外の様子を見た。

 

「オラ! そっちじゃねぇよ! こっちだよ!」

 

 そこでジェフリーが見たのは、幻惑魔法を使ってスライムをかく乱しながら、憑依者の豪槍で魔物の体力を削る杏子の姿があった。

 この様子を見て、ほむらか織莉子が機転を利かして二人と入れ替わったと判断する。

 傷ついたジェフリーを救うのは回復魔法をもっとも得意としているさやかに任せ。

 愚鈍な動きのスライムを追いつめるにはスピードに長けて、幻惑魔法を使える杏子に任せればいい。

 見事な才腕に感服するばかりのジェフリーだったが、彼女たちに頼るばかりじゃいられない。

 汚名返上とばかりにジェフリーはドームから飛び出して、杏子と合流をしようとするが、直前になって足は止まった。

 

(奴は体の中まで炎で包まれている。下手に攻撃をすればまた大爆発を起こしてしまう……)

 

 タイプ的にあのスライムは『トロル』や『フェニックス』に近い、巻き込み攻撃を行うタイプの魔物だとジェフリーは分析をした。

 ならばするべきことは一つ。その特性を逆に利用すればいいだけの事。

 自分のやるべきことを見出したジェフリーは、攻撃が中々聞かずにいい加減苛立ちを覚え出した杏子の気を引こうと叫ぶ。

 

「杏子!」

 

 ジェフリーの叫びを聞くと、杏子は地面に着地して彼の指示を待つ。

 心眼で様子を確認すると橙色に染まっていて、全体の50%は体力を削ったと見た。

 行動を起こすなら今しかないと判断したジェフリーは手の中に樹竜の卵を作り上げると、それを杏子に向かって水平に投げ飛ばす。

 

「打ち込め!」

 

 まるで野球のピッチャーのように振りかぶりながら投げられた樹竜の卵に対して、杏子は憑依者の豪槍をバッドの様にもって、スライムに向かって打ち込む。

 樹竜の卵はスライムの体の中に入ると、異物を排除しようと体の中で燃え上がってなくなろうとするが、その瞬間にスライムに変化が起こった。

 体の中に入った異物を排除しようと、毒を完全に熱消毒しようと必要以上に炎は燃え上がり、スライムの体から炎が吹き出す。

 悲痛な叫び声と共に何度も何度も炎が吹き出される様子に攻撃の効果がテキメンなのは分かるが、突然こうなったことが杏子は理解出来ずに困惑の表情を浮かべた。

 

「奴の炎は強力すぎる。だが強力すぎる攻撃は自分でも制御が効かない物がほとんどだ。故に体内に異物が入った場合、排除しようと炎は必要以上に暴れ回るって算段だよ。免疫力が暴走してるって状態だ」

「花粉症と同じ症状って訳か……」

 

 ジェフリーの分かりやすい説明に杏子は納得をし、二人は並んで心眼でスライムの様子を見た。

 体は真っ赤に染まっていて、後一歩押せば倒せると踏んだので、くたびれた座布団のように萎れきったスライムを見て二人は一気に勝負を決めようと、並んで突っ込もうとする。

 

「私の事忘れてない?」

 

 二人の後ろにさやかが追いつくと、ジェフリーと杏子は何も言わずに左右へと飛ぶ。

 ジェフリーの手には憑依者の豪槍が持たれていて、ジェフリーは右、杏子は左に飛んだが、二人の穂先は同じ一点を貫く。

 そこから二人は力任せに引っ張り、胸の中央部に刺された綻びは瞬く間に大きく引き裂かれ、嘲笑うような口が出来上がる。

 その中心にはコアのようなドロドロの物体があり、さやかは手に持っていた改剣の氷刃を変化させ、氷の手を作りあげると包むように肉体からコアを取り出して、その場を後にする。

 

「離れるぞ!」

 

 ジェフリーの叫びに賛同して、三人は一気にその場から離れると同時に制御を失ったスライムの体は大爆発を起こして消えてなくなった。

 最後にさやかはコアを地面に下ろすと、右手を突き出して青い気を放つ。

 

「二人とも救済!」

 

 言われるがまま二人も同じように青い気を右手から放って、救済を行う。

 スライムの気が三人の右腕に宿ると同時にコアも元の人間に戻る。

 だが元の人間は何も言わずに三人を睨むだけだった。

 背が低く、伸ばされたままの髪の毛に、気の弱そうなオドオドとした少年を見て、先程まで炎に包まれていたスライムと同じ存在とは思えず、さやかは困惑していた。

 男性だったのでむき出しになっている下半身を見る事が出来ず、目を背けていたが杏子が熱を失った炎の布を被せると同時に、少年の額に指を付けて魔法を放つと、少年は何も言わずに眠りに落ちた。

 

「何やったの?」

「幻惑魔法の応用だよ。それで強引にこいつを寝かせた。そして……」

 

 さやかの問いかけに面倒臭そうに答えながらも、杏子は少年の頭部を魔法で包む。

 

「更に幻惑魔法の応用で脳内から直接情報を得る事も出来るようになった。メイジーには感謝だな本当に……」

 

 そこから杏子は少年がスライムになった経緯を知る。

 少年は常に怒り狂っていた。

 自分を理解してくれない環境に対して、学校でも家庭でも居場所のない毎日に怒っていた。

 だがそれを解消する術も見つからず、一人モヤモヤした毎日を過ごしていると、一人の少女が現れた。

 力を与えてくれると言う彼女の誘惑に対し、少年は二つ返事でOKを出し、少年は怒りに身を任せたスライムに変化した。

 そこから先は何も見えないのを見ると、少年が知っている情報はここまでと知り、杏子は幻惑魔法を止め、顎でジェフリーに指示を出す。

 ジェフリーが少年を抱え上げたのを見ると、三人は並んで崩壊しかかっている結界から出ようとした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 結界から出て真っ先にジェフリーが行った事、それはキリカに対する謝罪だった。

 膝を付いて頭を下げるジェフリーに対してキリカは困惑の表情を浮かべて、どうしていいか分からない状態だった。

 

「本当に済まない。キリカから織莉子を頼まれたにも関わらず、俺は織莉子を守り切る事が出来なかった……」

「そんな! そう言う謝罪は私じゃなく、織莉子にするんだ! 私から見れば君は十分に織莉子を守り切ったよ!」

 

 キリカはジェフリーを決して憎んではいない、だがジェフリーは頭を上げようとしなかった。

 織莉子は少年の保護のため、一旦彼を連れて手配していた美国の富所へと向かっていたからだ。

 困り果てているキリカを見て、ほむらは改めて思った。この目の前に居る彼女は、今までほむらが認識していた呉キリカとは別人だと言う事を。

 彼女は織莉子以外の人間を見ようとしない、傲慢な性格の持ち主だった。

 だが今の彼女は含みを持った部分こそあるが、友好的な性格をしている。

 だがいい加減そろそろ助け船を出さねばと思っていたところで、ほむらの横を一つの影が通りすぎる。

 

「しっかりしなさい」

 

 そう言って織莉子はジェフリーの顔を強引に上げさせて立たせると、今度は逆に織莉子が膝を付いてジェフリーに謝罪をする。

 

「織莉子⁉」

「謝るのは私の方です。あの程度の攻撃で戦意を失ってしまうようならば、私は本来除隊されてもおかしくないぐらいの失態を行いました。それでもあなたは私がここに居てもいい意味を与えてくれました。そんなあなたがそんな情けないことでどうするんですか?」

 

 織莉子の意見に対して、ジェフリーは何も言い返すことが出来なかった。

 今までずっと一人で戦ってきた彼に取って、皆をまとめ上げると言う経験はなく、改めて代表の難しさと言う物に苦悩するばかりであった。

 

「美国さんの言う通りよ。この件はこれでおしまい」

 

 そう言うとほむらはジェフリーの体を持ち上げて立たせる。

 全員が並んだところで、一同はまどか達が待つ美国邸へと向かう。

 

「結局何も分からなかったな……」

 

 舌打ちをしながら杏子はつぶやく。

 だがジェフリーは杏子の言葉を否定するように、首を横に振った。

 

「そんな事はない分かった事はある」

「何がだよ?」

「基本的なところは今までと何も変わらないってことさ。直接本人の前に出向かなければ契約は出来ないと言う事がな」

 

 ジェフリーに言われると全員がハッとした顔を浮かべた。

 今までキュゥべえと大差ないと思っていたが、直接動けない以上、その8人さえ押さえれば魔物の契約は不可能になる。

 解決策が分かると、その対策を立てるため一同は足早に美国邸へと向かった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 漆黒の闇が包む異空間の中に、ポツンと用意された一軒の同色の豪邸。

 キュゥべえが八人のために用意した家の一室の客間で、キュゥべえは一人の少女と話をしていた。

 

「ジャック・オ・ランタンにスライムと中々好調のようだね」

 

 キュゥべえは少女の働きを褒めるが、少女は首を横に振ってそれを否定する。

 

「二体ともあっさり倒された。あの魔法少女達が居る限り、私の目的は完遂されない」

「なら、どうするって言うんだい?」

「私が直接、出向く」

 

 静かに言う少女に対して、キュゥべえは淡々と自分の意見を語る。

 

「君の実力を過小評価する訳じゃないけど、さすがに9人の魔法使いを君一人で撃退するのは少し驕りがすぎるんじゃないのかな?」

「なぁに作戦はある。あのチームはジェフリーと言う異界の魔法使いのワンマンチームだ。頭さえ潰せば、統率を失った体など簡単に崩壊させられる」

 

 そう言うと少女は指を鳴らし、用意した二体の魔物を呼び寄せる。

 一つは巨大な体に捻じ曲がった斧を持った魔物、一つは腹部に巨大な目を持ち、頭部の両サイドから目がいくつも浮き出た翼を持った魔物。

 完全に与えられた力を使いこなしている少女を見て、キュゥべえは軽く頷くと彼女に向かって背を向ける。

 

「期待しているよ。『憤怒』の力を受け継いだ者よ……」

 

 了承を得ると、少女は魔物たちに命令を下して共に歩む。

 自分の障害となる魔法使い達を倒すために。




物語は動き出す。それが悲劇になるか、幸福で終わるかはまだ誰にも分からない。

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