ジェフリーが再び見滝原に来た翌日の放課後、ほむらは意を決してキリカが居る三年生の教室に入り、彼女とコンタクトを取ろうとした。
突然入ってくる二年生に他のクラスメイトは驚くが、そんな中キリカは特に驚いた様子もなく、読んでいた文庫本を閉じてほむらの応対を始めようとする。
「待っていたよ。織莉子の予知通りだ」
「じゃあこの後何を話すかのも分かるのかしら?」
淡々と語るほむらに対して、キリカは黙って首を横に振る。
織莉子の未来予知のタイミングはまちまちである。
すぐ近くの未来が見える場合もあるし、かなり遠くの未来が突発的に見える場合もある。
故に使いどころの難しい能力ではあるが、キリカはそんな彼女を崇拝し、盲目的に彼女しか見てない存在。
それがほむらが呉キリカに抱いている印象である。ほむらはいつかの時間軸の二人の凶行を思い出して苦い顔を浮かべながらも、これからの事を話し出す。
ワルプルギスの夜を倒した異界の魔法使いジェフリーが再び見滝原にやってきた事、インキュベーターが異界の聖杯と一つになってこの世界を滅ぼそうとしている事、そして最悪の事態を回避するために自分達と共に戦って欲しい事を伝えた。
話を全て聞き終えると、キリカは携帯を取り出して織莉子にメールを送る。
「30分もすれば返信が届く。だからメアド教えて」
言われるがまま、ほむらはキリカに自分のメアドを教える。
相変わらず厳しい表情を崩さないままほむらは立ち去ろうとしたが、最後にキリカはそんなほむらの背中に向かって一言呼びかける。
「そんな眉間にしわをよせてばかりだと早く老けるよ」
そう言うとキリカは再び文庫本に目をやる。
小粋なジョークを言ったキリカにほむらは驚きもしたが、すぐに気持ちを切り替えて皆と合流するため、皆が待つ教室へと向かう。
これからの物語を紡ぐために。
***
キリカと会ってからきっちり30分後、織莉子の返信がキリカを通じてほむらの携帯に送られる。
一同は食い入るように見ていたが、文面は驚くほど穏やかな内容であった。
『ごきげんよう暁美さん。本日コンタクトを取る事は分かっていましたが、それでもあなたの方から私と交友を持ちたいと思ってくれた事、嬉しく思います。最近になって見滝原の方に引っ越してきたので、よければそこでお茶会をしながら、これからに付いて語り合いましょう。ただティーセットがまだ十分揃ってないので、来訪は三人まででお願いします』
よくマミが提案するお茶会の申し出と同じような内容の文面に一同は言葉を失うが、ほむらだけは携帯を閉じると相変わらずの厳しい表情を浮かべながら淡々と語り出す。
「基本的に美国織莉子は人当たりの良い人物よ。彼女の家柄を知れば分かることよ」
そう言うとほむらは皆に美国織莉子がどう言う人間なのかを語り出した。
代々、政治家や実業家を輩出してきた一流の家系美国家、美国織莉子はその一流の家系の一人娘。
彼女の父であり現職議員の美国久臣が、汚職疑惑の疑いをかけられてから一斉に世間から叩かれる存在にはなったが、その気高い態度だけは変わらなかった。
「そして彼女が魔法少女になったのは、彼女の父が自殺をしてからよ。『自分が生きる意味を知りたい』と言う理由で魔法少女になったのだけれども」
「ちょっと待て」
淡々と語るほむらを止めたのは、杏子の声。
杏子はマミに買ってもらったばかりの携帯をいじって画面を見せる。
そこにあったのは汚職の疑いをかけられてから、美国久臣は責任を取って議員を辞職して単身アメリカに渡った。
そこで実業家として成功し、今再び世間の注目を集めていると載っているニュースの画面が携帯には映し出されていた。
かつて経験した時間軸とは違う事実にほむらは困惑するばかりであったが、マミが詳細を語り出す。
「ある意味では美国久臣の決断は正しかったと思うわ。これ以上事がこじれる前に疑わしきは罰するの方式で、自分が辞職することで事を収めたのだと思うわ」
マミの意見に対してほむらは黙って頷くが、そうなると分からない事が一つある。
美国織莉子が魔法少女になった理由だ。
父親の死がショックで『自分が生きる意味を知りたい』と願った少女が、父親が生きているにも関わらず何故魔法少女になったのか、ほむらは理解出来なかった。
「それを確かめるためにも、美国さんのところに行こう」
まどかの声でそれまで頭の中にかかっていたモヤが晴れたような気になり、彼女の顔を見ながら小さく頷く。
そしてお茶会に呼ばれているのは三人のため、ほむらは連れていくメンバーの選定に入る。
「二人は決まっているわ、私とジェフリーよ。残りの一人だけれども……」
「私が行くよ」
名乗り出を上げたのはまどか。
詳しくは聞いてない。だが、あの二人はまどかを殺そうとした存在とほむらから聞いている。
そんな中にまどかが飛び込むのは、ライオンの檻の中に小鹿を放り込むような物だと一同は思い不安に感じていた。
そんな一同の不安を代弁するように、さやかはまどかを止めようとする。
「それは無茶だって! ここは交渉に向いてるマミさんか、もしもの時のために戦闘慣れしている杏子の方が無難だって!」
さやかの意見はもっともな物であり、そこに居たまどか以外の全員が頷く。
だがまどかは変わらぬ調子で首を横に振るだけで、そのまま語り出す。
「それじゃダメだよ! 私は人間鹿目まどかとして、魔法少女の事実と戦うって決めたんだからさ。ちゃんと美国さんや呉さんがどう言う想いを持っているかを知らないと、一緒に戦うなんて出来ないよ!」
威風堂々と言ってのける姿を見て、一同は何も言えなくなる。
こう決めたまどかは強く誰にも止められない。心の強さを見せつけられて黙りこくる一同であったが、ほむらが代表して口を開く。
「分かったわ。もしもの時はあなたは絶対に私とジェフリーで守るわ。皆は待機していて」
この言葉に全員が頷く。
危険すぎる行動であったが、不思議と安心感はあった。
それはそこにジェフリーが一緒に居るから。
これまで数多くの奇跡を生み出してきた彼が一緒なら、どんな事でも平気だろうと言う根拠のない安心感が一同を包みこんでいた。
***
メールで指定された住所へとお茶会に招待された三人は向かう。
住所は過去ほむらのループで知っている場所とは違い、この春からマミが通う見滝原高校の近くにあり、長い上り坂を上がり切った先に目的地の豪邸はあった。
それはかつてほむらが何度もループで見た。白亜の豪邸を一回り小さくしたようなデザインであり、全体的にこじんまりとした印象を持ったが、それでも豪邸と呼ぶに相応しい建物にまどかは圧倒されていたが、ほむらとジェフリーは平常心を保ったままであり、ほむらはインターホンを押すと、そこからキリカの声が聞こえる。
『待っていたよ。織莉子の予知通りの時間だ、入ってくれ』
言葉と共に玄関の門が開き、三人を迎え入れる。
中へと入って行くと、途中、途中設置されたスピーカーで庭へと向かう指示がキリカから出され、一行が歩みを進めると、そこに居たのは薔薇園の中で一人紅茶を楽しむ織莉子の姿があった。
織莉子は三人に気づくと、椅子を引いて招待をする。
「ようこそ。まずはティータイムを楽しみながら、お話をしましょう」
穏やかな笑みの織莉子に対して、まどかは引きつった笑みを浮かべながら椅子に座り、ほむらとジェフリーは相変わらずの仏頂面で椅子に座る。
簡素なテーブルを囲んで座っていると、キリカも合流して五人のお茶会が始まる。
だが紅茶と織莉子のお手製のスコーンを楽しんでいる織莉子とキリカに対し、三人は出された紅茶にもスコーンにも手を付けず、ただ黙って二人を見ているだけであった。
「心配しなくても毒なんて入ってないよ」
三人の警戒心を解くようにキリカは話す。
そんな彼女の言葉を信じ、まどかが目の前にある紅茶を一口飲む。
すると口の中一杯に薔薇の甘い香りが広がっていき、喉を通り過ぎると安心感が広がっていく感覚に自然とまどかの顔は綻んだ。
「おいしい」
「喜んでもらえて何よりです。今日はいいローズヒップが手に入ったので」
穏やかな笑みを浮かべる織莉子は二人にも向けられていた。
飲まない訳にはいかないと判断したほむらは続けて飲み、ジェフリーも同じようにティーカップを口につける。
味は一級品であり、ほむらは思わず顔が綻びそうになるが堪えてジェフリーの方を見る。
「美味いな。マミの紅茶と同じぐらいだ」
「そうね……」
ジェフリーはお茶会を楽しんでいるようだが、ほむらは今までのループでの経験があり、二人を信用しきれずに居心地の悪さを覚えていた。
そんなほむらの心境を見透かしたかのように、キリカは紅茶を飲み終えると話し出す。
「それで私達も君達と共に戦ってほしい。それが君達の提案なんだろ?」
キリカの申し出に対して、ほむらは小さく首を縦に振る。
そこからだんまりを決め込んでしまったほむらに対して、キリカは苦笑しながらも自分たちの意見を話し出す。
「オイオイ提案を持ちかけたのはそっちだろ? この場合話すべきことは一つ。私達が君達と組んだ場合のメリットを話してもらわなければ困る」
「メリットって……この世界が、私達の日常が全て大破するかもしれないのよ⁉ そんな事を言っている場合じゃないでしょ!」
キリカの提案はもっともな物であるが、そんな事を言われて即座に返せられるほどほむらはコミュ力が高い方ではない。
感情に任せて返答するが、キリカはそれでは納得がいかないと言った様子で呆れながら首を横に振っていた。
「交渉術がまるでなっていないな。じゃあ方向性を変えよう、組まなかった場合のデメリットは何かな?」
「怪我をすることになるぞ」
キリカの申し出に対して、紅茶を飲み終えたジェフリーが腕を組みながら二人を見据えて話す。
その言葉に興味を持ったキリカは話す対象をほむらからジェフリーに変える。
「穏やかじゃないな。どう言う意味かな?」
「やり方が違う以上衝突をするのは当たり前だ。俺の居た世界では魔物に対する考え方の違いから『アヴァロン』『サンクチュアリ』『グリム』の三つに組織が分かれていたが、小競り合いみたいなのはどうしてもあった」
「つまり仲間にならない以上、私達も討伐の対象にされる可能性もあると?」
「そう言う事だ。俺はやっていないが、中には魔法使いを殺して、その魂を自分の力の糧にする魔法使いだって居る」
その言葉には重みがあり、決して脅し文句を言っているわけではない事をキリカは理解した。
キリカは相変わらずの無表情を浮かべながらも、織莉子の方を見る。
二人の間でテレパシーによる意思の疎通が行われたのか、話がまとまるとキリカは織莉子と一緒に立ち上がる。
「そこまで言うのなら勝負と行こうか。ただしここはダメだ、ここまで薔薇園を育てるのに結構苦労したんだぞ」
キリカが言うように、手入れが行き届いた庭には色取り取りの薔薇が咲き乱れていて、刈り取られた芝も細かな手入れがなければ維持出来ないと言う事が理解出来る。
「衰えたとは言え、美国の権力はまだまだ健在ですわ」
「だが不必要に荒事を増やすのは馬鹿のすることだ。自然は大切にしないといけない」
そう言って二人は戦いのため場所を変えようとするが、まどかは慌てて二人を止めようとする。
「待ってください! ジェフリーさんとほむらちゃんが言ったことなら謝りますから、ダメですよ! 喧嘩なんて!」
「大丈夫だ」
慌てふためくまどかを止めたのは、同じように立ち上がったジェフリー。
その決意に満ちた表情を見て、もう彼を止められないと判断したまどかは何も言えなくなり、ほむらの方を見る。
彼女は携帯を操作して、地図アプリを起動させて一つの場所を示す。
そこは以前にほむらが双樹あやせ、ルカと戦った。既に廃棄された野球場であり、場所を理解すると一行はほむらの先導で歩き出す。
「俺が撒いた種だ、俺が一人で片付ける。ほむらお前も手出しは無用だ」
「分かったわ……」
「そんな! ほむらちゃん!」
止めるどころか、ジェフリーが二人と戦うことを了承するほむらをまどかは責める。
だがほむらはそれにも冷静な対応で返す。
「私は彼の一番近くで、彼が何度も奇跡を起こした瞬間を見てきたわ。今回だってきっとやってくれるわ。その為に彼はこの世界に戻ってきたんだもの」
その言葉を聞くと、不思議とまどかの中でこれまであった焦りや不安は消えてなくなった。
初めてほむらと会った時、言いようのない不安だけが彼女を覆っていて、恐怖しか感じていなかったが、そんな彼女が少しずつではあるが打ち解けようとしたのは、そこにジェフリーが居たから。
人間鹿目まどかとして戦い続けることを決めたまどかは意を決して、戦いを見守ることを選んだ。
ジェフリーを信じる。それが自分の戦いだと信じていたから。
***
そこはかつてほむらが双樹あやせ、ルカと戦った寂れた野球場だった。
キリカは広さを確認すると、存分に力を揮えると判断したのか、胸元からソウルジェムを取り出して魔法少女に変身をする。
続けて織莉子も変身をすると、白と黒の魔法少女は並んでジェフリーと向かい合う。
「暁美も変身したらどうだ? さすがに2対1は不遇だろう」
「そうね……」
キリカに促され、ほむらが変身しようと自分の中で気持ちを高めようとした時だった。
ジェフリーはほむらに向かって手を突き出してそれを制した。
「ジェフリー?」
「何度も言わせるな。俺が一人で片付ける」
そう言うとジェフリーは法衣姿に着替えていて、改魔のフォークを取り出して二人に向かって構える。
戦闘態勢が整っているのを見ると、織莉子は後方に飛んでキリカは6本の爪を突き出して、ジェフリーと向き合う。
「さっきのは女の前で格好つけたいと言う見栄ではなく本気で言っていたのか? それは私達を油断させるための作戦かな? それともただのうぬぼれかな?」
「答える必要はない」
キリカの問いかけに対して、ジェフリーは淡々とした調子で返す。
男の回答に対してキリカは軽く笑うと、体を前に突き出して構える。
「3分でこの勝負決める」
「俺もそのつもりだ」
それが戦闘開始の言葉だった。
キリカは勢いよく前方に爪を突き出して突っ込んでいく。
だが直線的すぎる動きはジェフリーに取って止まって見えるような物。
横にかわすと後頭部に向かって改魔のフォークの峰で殴ろうとする。
「だりゃあああああああああああああ!」
だがジェフリーの読みは大きく外れた。
攻撃に転じて無防備になったところをキリカは見逃さず、体を大きく捻って6本の爪全てを使ってジェフリーを切り裂こうとする。
目の前に巨大な爪が襲ってくるのを見て、ジェフリーは反射的に後方に飛んでかわすが、その瞬間胸が熱くなるのを感じた。
(かわしたと思ったんだがな……)
キリカの攻撃を見切ってかわしたつもりだったが、ジェフリーの胸は横に三本の大きな切り傷が付けられていた。
胸の切り傷に苦しめられながらも、ジェフリーは地面に着地して呼吸を整えようと考えていた。
だがその考えは甘い物だとすぐ認識させられる。
「その首もらった!」
着地するよりも早くキリカは上空で無防備になっているジェフリーの前に立ち、首に向かって爪を突き出す。
ジェフリーは咄嗟に両腕で防御を行ったため、首と胴が永遠の別れを告げることはなかったが、爪はジェフリーの両腕に食いこんでいき、そこから勢いよく鮮血が吹き出る。
ジェフリーは腕に力を込めて爪を弾き返そうとするが、体に力が入らずキリカのなすがままになっていて、爪はドンドン食いこんでいき、更に幅も狭まって爪はジェフリーの首に近づいていく。
(この不調。そしてまるで未来が分かっているかのような、この娘のスムーズすぎる行動。まさか……)
苦戦を強いられるジェフリーは一つの仮説を立てる。
ここまで苦戦するのは少女達に特殊な魔法があるからなのだと。
ほむらの時間停止、さやかの回復魔法、杏子の幻惑に匹敵する物が織莉子とキリカにはある。
ジェフリーは爪の痛みに苦しめられながらも、先程から全く戦闘に加わろうとしない織莉子の方を見る。
するとその体は青白く発光していて、ブツブツと呪文のような物を詠唱しながら、脂汗を流しているのを見ると、決して待機に徹していると言う訳では無い事が分かる。
その姿を見てジェフリーはどこか懐かしい感覚を覚える。
すると脳内で声が響き渡る。それは彼に取ってとても大切な相棒の声だった。
――気を付けろ。あの少女の能力は私のそれよりもずっと優秀な物だ。
マーリンの声が脳内に響くと同時に、魂が宿っている右腕にも変化が現れる。
突然勢いよく発光した右腕にその場に居た全員が息を飲んで、呆気に取られた。
キリカは攻撃することも忘れて、視線をジェフリーの右腕に向けた。
「何だこりゃ?」
「でりゃああああああああああああ!」
その隙を見逃さず、ジェフリーは両腕に力を込めると供物を発動させる。
両腕に『巨神の腕』を発動させて肥大化させると、筋肉によって食いこんだ爪は引き抜かれる。キリカが無防備になった瞬間を見ると、ジェフリーは両の拳を突き出してキリカの顔面目がけて拳を放つ。
咄嗟にキリカは爪で防御をしたので、ただ当たっただけで彼女にダメージはないが、それでも巨神の腕のパワーは絶大であり、キリカの体は織莉子の居る方にまで吹っ飛ばされる。
織莉子は弾丸のように吹っ飛ばされるキリカを手を突き出して受け止める。
まるで初めからキリカが自分の方に吹っ飛んでくるのが分かっていたのか、準備がしっかりと出来ていたため、非力な織莉子でもキリカを受け止めることに成功し、キリカは体勢を立て直す事が出来た。
「済まない織莉子……」
「いいのよ私は」
「さすがの未来予知だな」
キリカと織莉子が二人だけの世界に入っている時に、ジェフリーの声が聞こえる。
普段なら織莉子との時間を邪魔されたキリカは烈火の如く怒るのだが、ジェフリーの言葉に目を丸くして驚き、ゆっくりと彼に向かって歩み寄りながらコンタクトを取ろうとする。
「どうして織莉子の能力が未来予知だと分かった?」
「明らかにお前の動きは俺が行動する前に分かっている物だ。読心術か未来予知持ちぐらいしかそんな戦術は出来ないよ。だが読心術で俺が落下する位置までは予測出来ない」
鋭い観察眼にキリカは口元に軽い笑みを浮かべながら、ジェフリーに向かって称賛の拍手を送りながら、更に情報を引き出そうとする。
「見事な観察眼だ。だがからくりが分かった所で勝てるわけじゃないだろ? 私と織莉子のコンビは最強だ。因みに私の能力は何か分かるかな?」
まるでジェフリーを試すように、ゆっくりと歩みながらキリカは問いかける。
それに対してジェフリーは額に脂汗を浮かべながらも答える。
「お前の能力、それは相手の動きを遅くさせると言う物だ」
「どうしてそう思う? どんな答えでも納得させるには理由が必要だろう」
「先程から力を込めても微妙なタイムラグが発生して、体が思うように動かないんだよ。そしてそれは時間が経つほどにドンドン酷くなっていく。自分の体の不調ぐらい、自分で理解出来るよ」
「ハハハハハハハハハ!」
ジェフリーの答えを聞いた途端に、キリカは立ち止まって口を大きく開けて盛大に笑う。
その行動にほむらとまどかは呆気に取られているが、織莉子は穏やかな表情でキリカを黙って見守るだけだった。
回答に対して、キリカは再びジェフリーに対して拍手を送ると真実を語り出す。
「大正解だよ。点数で言うなら100点だ。その観察眼、ぜひとも織莉子のために役立てて欲しかったよ。だがな……」
話している途中でキリカはジェフリーに向かって突っ込む。
討伐対象の元に辿り着く頃にはトップスピードに到達していて、キリカはジェフリーの体全てを覆うように爪を振り下ろす。
「これは君が売った喧嘩だ! そしてこれが君の結末だよ!」
「キリカ、ダメ!」
決着をつけようとした瞬間、織莉子の悲痛な叫びが届く。
何が何だか分からないキリカだったが、その叫びの意味は振り下ろした爪が弾き飛ばされ、キリカ自身の体に激しい痺れが伝わり、彼女が目の前にある異物を見届けたことで理解出来た。
「何だこれは?」
キリカは目の前にデンと置かれている巨大な石球に呆然となっていた。
体が思うように動かないジェフリーが取った苦肉の策、それが『岩虫の甲殻』を身にまとい、自身を巨大な岩の塊にして攻撃を防ぐことだった。
その策は見事に嵌り、キリカは何度も爪を振り下ろすが、爪は突き立つことはなく、何度も弾き飛ばされ、少女の体力を奪うだけであった。
腕時計を見ると始まってから、2分が経過しようとしていた。
キリカは慌てて織莉子の方を見ると、悪い予感は的中した。
(まずいな。時間はかけられないぞ……)
立て続けに近すぎる未来を予知し続け、加えてそれを的確にキリカにテレパシーで送り続けた。
そんな無茶を続ければ体が持つはずもなく、織莉子は青ざめた顔を浮かべながらも必死になって立ってキリカに次の未来予知の結果を送ろうとする。
魔法の使いすぎで疲れている織莉子を見て、まどかは一つの疑問を抱いた。
「ワルプルシードの範囲は全世界に広がっていて、あの二人だって対象なのにどうして?」
「魔法その物が使い放題でも、術者の体が持つとは限らないわ」
まどかの疑問をほむらが解消しようと説明を始める。
いくら魔法が使い放題とは言え、術者である魔法少女がそれに耐えられるはずもない。
車だってカーブの時は速度を落とす。発電所だって一日中電気を作り続けている訳ではない。どんな物にも必ず休息は必要なのだ。
特に織莉子の場合、幾多もある未来の中から自分に取ってベストの未来を導き出す本人に取って激しい負荷がかかる魔法。
キリカとのコンビで戦っていても、彼女に対する負荷は相当な物だと予測される。
「だから恐らく3分で決着を付けると呉さんは言ったんでしょうね。それが美国さんの活動限界時間だと分かっていたから」
「その通りだ」
ほむらの仮説を聞いていたのか、キリカは肯定の意を示す。
キリカは身構えながらも、織莉子が送る最後の未来予知のイメージを受け取っていた。
「これが未来よ……」
そう言うと織莉子は耐えられなくなったのか、その場で膝を突いて荒い呼吸を整えようとしていた。
今責められたら終わりだと判断したキリカは織莉子が送ってくれた未来予知のイメージを脳内に映し出す。
それは炎と共に岩の破片を吹き飛ばして、その中から炎に包まれたジェフリーが現れる物だった。
その映像を見てキリカは確信した。ジェフリーの狙いを。
(なるほどな。私の速度低下は人体には有効だが、放たれる魔法には無力だ)
キリカは自分の魔法の弱点も分かっている。
それに気付いたキリカはジェフリーの狙いが分かった。
岩虫の甲殻の中にいれば、ジェフリーにキリカの攻撃は一切通じない。
その間に体制を整えて、炎の攻撃で中で爆発を起こして、岩の破片をマシンガンの様に放って、右往左往している討伐対象を一気に叩き潰す。それがジェフリーの作戦なのだとキリカは予想した。
「だがその程度の策で、私を止めることは出来ない!」
叫ぶと同時にキリカは勢いよく飛び上がって、大きく広がった6本の爪を合わせて一つにまとめる。
巨大な爪はキリカの意思を受けると、彼女の体を覆うように包みこんで、重力に負けて地面へと落下していく頃にはそこに呉キリカの存在はなかった。
白銀の爪に包まれた巨大な矢は、岩虫の甲殻に向かって突っ込んでいく。
一点集中に相手を貫くその形態は狙いがつけづらい分、攻撃力は格段に上がる。
攻撃対象が動かない今の状況なら、この技は確実に決まる。
岩の破片も削岩機のように貫くことが可能。ジェフリーの狙いは崩れる。勝利のイメージはキリカの中で出来上がっていた。
未来予知通り、ジェフリーは炎をまとって岩の破片を放出する。
だが白銀の矢はこれを貫き、その穂先は中央のジェフリーを狙った。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
だが未来はそこで終わりではなかった。
ジェフリーは拳を突きあげて、爆発の威力を利用して自分自身を弾丸に変えてキリカに向かって突っ込んでいく。
穂先と拳がぶつかり、辺りに轟音が響き渡る。
だが爪は拳に砕かれ、瞬く間にバナナの皮を剥くように捲れていき、拳は中のキリカへと向かう。
そして拳はキリカの顔面に叩きこまれ、少女は自分の顔が歪んでいく感覚に戸惑う暇もなく、下から突き上げられた弾丸はその体を抱え込むと、膝を突いてへたり込んでいる織莉子に向かって投げ飛ばす。
「え?」
何が何だかわからない織莉子は襲ってくるキリカに対しても何もすることが出来ず、キリカに押し潰されて織莉子はそのまま倒れ込む。
大の字になって動かなくなっている織莉子に向かって、改魔のフォークの刃が突きつけられる。
織莉子が見上げた先に居たのは、全身から湯気を発しながら荒い呼吸を整えるジェフリーの姿があった。
「まだ三分には数秒残っているぞ。どうする?」
問いかけに対して織莉子は無言を貫こうとするが、息も絶え絶えでまともに戦うことが出来ないキリカ。
後方支援に徹し、体力を使い果たした織莉子が勝てるとは思えない。織莉子は何も言わずに変身を解くと、ジェフリーの前に立つ。
「いえ、私達の負けです。キリカもそれでいいわね?」
織莉子の問いかけに対して、キリカは朦朧とする意識の中で黙って首を縦に振る。
「じゃあまずは舞台変換の刻印の力で魔法使いになってもらう。年を取る存在、血の通った人間に戻ってもらおう。いいな?」
問いかけに対して織莉子は首を縦に振るが、キリカは痙攣したまま答えることが出来なかった。
「取りあえず呉さんが落ち着いてからにしませんか?」
まどかの提案に全員が首を小さく縦に振る。
決着は静かに付いて静寂だけがその場を包みこんでいた。
新たな仲間との出会いは喜びも楽しみもなく、静けさだけが全員の心の中に吹いていた。
***
キリカが自然治癒で話せる状態になると彼女も変身を解いて、ジェフリーにソウルジェムを預けた。
二人のソウルジェムを代償に、各々の魂はそれぞれの肉体に再び定着した。
織莉子は実感が湧かずに戸惑っていたが、キリカは本能的に自分と織莉子が再び人間に戻れたことを喜び、年相応の穏やかな少女のような笑みを浮かべていた。
「もっと喜びなよ織莉子、これも未来予知で分かっていたことでしょ?」
「そうだけど……」
「ちょっと待ちなさい」
予想してなかった言葉にほむらは食いつく。
自分達が舞台変換の刻印を受ける未来が見えたのなら、何故不用意に戦う必要があったのかをほむらは織莉子に聞こうとしたが、間にキリカが割って入る。
「その答えは私が話そう。簡単なことだ、ジェフリーが私達と肩を並べて戦えるレベルの相手じゃなきゃ、そんな施しを受けるつもりはなかったよ。半端な味方など邪魔にしかならないからな」
キリカの言葉にほむらはかつてのループの数々を思い出し、苦い顔を浮かべた。
本来の目的を忘れつつある一同に変わって、まどかがこの場をまとめようとする。
「それじゃあ、あの、美国さん、呉さん……」
「ああ。そう言えば正式に言うのを忘れていたね」
「キリカ」
織莉子に言われると、キリカは彼女の隣に立って二人は並んで綺麗に深々とジェフリーにお辞儀をして、これまでの非礼を詫びた。
「今まで大変失礼しました。ぜひとも私たちもあなたの戦いに参加させてください」
「ジェフリー。君は私と織莉子を人間に戻してくれた恩人だ。この呉キリカ、君のためにこの身を捧げよう」
二人に対してジェフリーは小さく頷き、ほむら達の方を見る。
ほむらは口元に軽やかな笑みを浮かべた状態で小さく首を縦に振り、まどかはパッと花が咲いたような笑顔を浮かべながら、飛び跳ねてほむらの手を取って喜びを共有しようとしていた。
まどかの行動に対して、ほむらは困惑するばかりであり、その様子をジェフリーは穏やかな笑みを浮かべながら見つめていたが、前方に人の気配を感じると、前を向く。
眼前にはキリカが立っていて、少し近づけば肌と肌が触れ合う距離にまで居た。
「何だ?」
「なぁに恩人に対して、一つ礼をしようと思ってね」
それだけ言うとキリカはジェフリーの頬を両手で抱えるように持ち、自分の方に顔を持っていくと、自らの唇と彼の唇を重ね合わせた。
触れ合うだけのキスであったが、キリカの方を見れば目を閉じて真剣その物であり、ジェフリーは突然のキスに呆けたような顔を浮かべていた。
ほんの数秒のキスであったがその衝撃は凄まじい物であり、先程まではしゃいでいたまどかとほむらは完全に固まっていて、織莉子も口元に手をやって平穏を保とうとしていたが驚きを隠せないでいた。
静寂が包む中、キリカは唇を離すと悪戯めいた笑みを浮かべながら語り出す。
「大切にしろよ。これでも私のファーストキスなんだからな」
「オイ……」
「何だ舌を入れる奴をお求めかな? それにはまだ好感度が不足しているな。頑張ってくれ」
そう言うとキリカは呆然としている織莉子の肩を叩いて、自分に注意を向けさせると共に去ろうとする。
だが最後に呆然となっている二人に向かって、これからのことを話し出す。
「しばらくは私達は私達でしろまるの様子を見る。何か分かったら連絡するから、まずはお互い情報収集による自由行動としようじゃないか。共闘は詳しいことが分かってからだ」
「ハイ……」
もっともな意見に対して、まどかは気の抜けた返事をする。
自分の言いたいことだけ言うと二人は立ち去って行き、辺りは静寂に包まれた。
だがその静寂を打ち破ったのはほむらだった。
固まっていて下ばかりを見ていた彼女だが、意識が現実世界に戻ると歯ぎしりをしながらキッとジェフリーを睨み付け、彼の元に一気に歩み寄ると胸倉を掴んだ。
「オイ……」
「何が『オイ』よ! いい大人なんだから、ああ言うのをかわすぐらい出来ないの⁉ それとも口づけ自体初めてだったなんて言うんじゃないでしょうね⁉」
「口づけと言うには微妙だが、唇を他人の唇で塞がれて、口内に舌をねじ込まれたことは結構あったよ」
「何なんですか⁉ その異常な状況は⁉」
恋人同士がするような情緒ある口づけとは程遠い物言いに、まどかは突っ込みを入れる。
パニック状態になっているまどかを見て、説明しようとジェフリーは語り出す。
「あれはソーマと言う禁忌の薬の調査に入った時だった。その時俺はディンドランと言うソーマの製造元である最有力候補に近付き、そいつと共にしばらく討伐をしていた。そいつには変な癖があってな。人の血を啜る癖があった。俺もよくそいつに口から出た血を啜られたもんだよ。舌を何度も口内にねじ込んで、傷口から出ている血を吸い取られたもんだ」
「ロマンも何もあったもんじゃないですね……」
「そんな事聞いてないわよ!」
話している途中でほむらは怒声を上げて、ジェフリーに向かって思い切り平手を振りあげると、そのまま振り下ろして彼の頬を叩いた。
炸裂音が響き渡り、まどかは慌てて両者を見て、ジェフリーは何も言わずにほむらを見ているだけであったが、ほむらは涙目のままジェフリーを睨みつけると最後に思い切り叫ぶ。
「もうあなたなんて知らないわよ! 好きにすればいいのよ!」
そう言うと涙ながらにほむらはその場を後にする。
泣きじゃくるほむらを見て、まどかは追いかけようとするが、ジェフリーの事も気になる。
だがほむらを最優先にすることを結論付け、彼に対して一言言ってからほむらの後を追う。
「ちゃんと後でほむらちゃんに謝ってくださいね!」
そしてまどかも居なくなった。一人取り残されたジェフリーは何も言わずに痛む頬を擦りながら、記憶の中の物語を振り返る。
ニミュエやメイジーとも口づけの記憶はない。だがそれでも二人とも彼に取ってはかけがえのない女。
故にそう言う行為に対して無頓着になっている部分もあり、キリカの口づけにも驚くだけであったが、自分の唇を擦ると一言ジェフリーはつぶやく。
「明確な恋心を持っての口づけなのか? それじゃあなきゃ何の意味も無いよ」
ここで皆さんに報告があります。
ここから先の話ですが性的な描写を含む表現があります。
なので間の物語として、それまでの間に何が起こったのか、または日常のR-18な内容の話を別に用意して、R-18のタグを付けて投稿します。
タイトルはこちらになります。
『魔法使いと魔法少女が紡ぐ物語 R-18版』
こちらのタイトルでR-18のタグを付けて投稿していくのでよろしくお願いします。
誤解のないように言いますと、基本こちらの話を見なくても、本編は分かるようにしていきます。実はこの間にこんな話があった程度で捉えてください。
よろしくお願いします。